2012 年 6 月 14 日 森 本 紀 行 資 産 運 用 コラム 厚 生 年 金 基 金 の 脱 退 と 解 散 をめぐる 社 会 問 題 前 回 は 総 合 型 厚 生 年 金 基 金 について 解 散 と 任 意 脱 退 をめぐる 解 き 得 ない 難 問 が 検 討 さ れたのでした 今 回 は 続 編 として その 難 問 が 具 体 的 な 社 会 問 題 化 していることについて 少 し 補 足 をしておこうということですね 理 論 的 難 問 も 訴 訟 になれば 具 体 的 な 司 法 判 断 が 下 されなければならなくなる 事 実 総 合 型 厚 生 年 金 基 金 からの 任 意 脱 退 をめぐっては 訴 訟 がおきています 社 会 としては 解 決 不 能 な 難 問 として 放 置 できなくなって 何 らかの 答 えをださないといけなくなっているのです 最 初 に 脱 退 に 関 する 法 律 問 題 を 確 認 しておきましょう 総 合 型 厚 生 年 金 基 金 においては 制 度 の 根 幹 を 支 える 理 念 としての 相 互 扶 助 原 理 との 関 係 におい て 全 く 自 由 には 加 入 企 業 の 脱 退 を 認 めることができません 何 らかの 制 限 を 設 けることは 制 度 の 趣 旨 からは 当 然 のことです 論 点 は 単 に その 拘 束 が 社 会 的 公 正 の 見 地 から 妥 当 かどうかとい うことだけです では 基 金 は 脱 退 の 制 限 を どのような 形 で 制 度 的 に 工 夫 しているのか 厚 生 年 金 基 金 の 根 拠 法 は 厚 生 年 金 保 険 法 です その 第 百 十 五 条 第 一 項 は 基 金 は 規 約 をも つて 次 に 掲 げる 事 項 を 定 めなければならない として その 第 三 号 に 基 金 の 設 立 に 係 る 適 用 事 業 所 の 名 称 及 び 所 在 地 を 掲 げています この 基 金 の 設 立 に 係 る 適 用 事 業 所 というのが 一 般 に 設 立 事 業 所 といわれるもので 基 金 に 加 入 している 企 業 のことです つまり 加 入 企 業 の 名 称 一 覧 は 規 約 に 記 載 されなければならない ということです 次 いで 第 百 十 七 条 は 基 金 の 最 高 議 決 機 関 として 代 議 員 会 の 設 置 を 定 め 続 く 第 百 十 八 条 は 代 議 員 会 の 議 決 事 項 を 定 めるのですが その 第 一 項 第 一 号 に 規 約 の 変 更 とあります つまり 加 入 企 業 の 一 覧 が 規 約 に 記 載 されていると ある 加 入 企 業 の 脱 退 が その 名 称 の 削 除 というかたちで 規 約 の 変 更 に 該 当 することになるので 脱 退 の 承 認 に 関 しては 代 議 員 会 の 議 決 が 必 要 だ ということになる 仕 組 みです また 先 の 第 百 十 五 条 の 第 二 項 では 規 約 の 変 更 に 関 して 厚 生 労 働 大 臣 の 認 可 を 受 けなければ その 効 力 を 生 じない としているので 加 入 企 業 の 脱 退 が 認 められるためには 代 議 員 会 の 議 決 を 経 たうえで 厚 生 労 働 大 臣 の 認 可 を 得 なければならない ということになります さて 総 合 型 基 金 の 相 互 扶 助 原 理 の 働 きが 強 くなると この 代 議 員 会 の 議 決 が 大 きな 意 味 をもってく ることは 容 易 にわかると 思 います つまり 脱 退 を 代 議 員 会 で 否 決 するような 力 が 基 金 内 部 に 働 く と いうことです 実 際 脱 退 申 請 が 代 議 員 会 で 否 決 される 例 が 少 なからずあるのです 脱 退 を 求 める 企 業 からすれば そのような 代 議 員 会 の 議 決 は 経 営 の 自 由 に 対 する 過 度 の 1
拘 束 だから 当 然 に 議 決 無 効 を 主 張 する それが 訴 訟 になる 場 合 がある ということですね 現 在 業 界 の 注 目 を 集 めている 事 例 があります 5 月 19 日 付 けの 信 濃 毎 日 新 聞 のウェブ 版 から 引 用 しましょう 県 建 設 業 厚 生 年 金 基 金 ( 長 野 市 )に 加 入 する 昌 栄 土 建 興 業 ( 諏 訪 郡 原 村 )が 基 金 の 財 政 悪 化 な どを 理 由 に 基 金 からの 脱 退 を 求 めて 同 厚 年 基 金 側 と 争 った 訴 訟 は 18 日 長 野 地 裁 で 第 2 回 口 頭 弁 論 があり 結 審 した 判 決 は 8 月 24 日 原 告 側 は 脱 退 の 自 由 は 事 業 所 の 基 本 的 権 利 で 制 限 することは 公 序 良 俗 に 反 すると 主 張 民 法 は 厚 生 年 金 基 金 ( 厚 年 基 金 )よりも 人 の 結 び 付 きが 強 い( 共 同 企 業 体 など 民 法 上 の) 組 合 について 脱 退 の 自 由 を 認 めている と 訴 えた 一 方 被 告 側 は 厚 年 基 金 は 公 的 な 性 格 を 持 つ 組 織 と 反 論 基 金 の 安 定 運 営 には 加 入 する 事 業 所 の 確 保 が 不 可 欠 だとし 事 業 所 の 脱 退 に 対 して 一 定 の 制 限 を 課 すことは 基 金 の 性 格 上 むしろ 当 然 としている 閉 廷 後 原 告 側 の 代 理 人 弁 護 士 は 脱 退 が 相 次 いだ 場 合 深 刻 な 財 政 状 況 の 基 金 運 営 がさらに 厳 しくなる 可 能 性 について 加 入 事 業 所 の 責 任 ではない それで 抜 けられては 困 る と 言 うのはおかし い とした 被 告 側 の 代 理 人 弁 護 士 は 加 入 事 業 所 の 確 保 のため 脱 退 に( 加 入 事 業 所 の 代 表 でつく る) 代 議 員 会 の 議 決 が 必 要 なのは 公 序 良 俗 に 反 していない と 反 論 厚 年 基 金 は 公 的 な 組 織 で 民 法 上 の 組 合 とは 異 なる と 話 した いい 記 事 ですね これで 問 題 の 要 点 は 尽 くされています 8 月 24 日 には どういう 判 決 がでるのや ら この 手 の 訴 訟 は 他 にもあるのですが 和 解 をしているので 裁 判 所 の 判 決 というかたちをとるのは 今 回 が 初 めてです それだけに 注 目 されているのです 敢 えて 判 決 を 占 うとしたら どうなりますか この 基 金 は かなり 特 殊 な 状 況 にあります 元 事 務 長 が 約 23 億 円 も 横 領 したとされ 行 方 不 明 に なっているのです 基 金 の 元 事 務 長 に 対 する 損 害 賠 償 請 求 訴 訟 では 約 2 億 円 の 支 払 いを 命 じる 判 決 もおりています このことが 影 響 するのかどうかわかりませんが 一 応 は 独 立 した 問 題 としておきまし ょう 私 は もう 既 に 明 らかでしょうが 被 告 基 金 と 同 様 の 主 張 を 展 開 しているのですから 原 告 敗 訴 を 予 想 します 少 なくとも 希 望 的 には 原 告 敗 訴 を 予 想 します 基 金 は 一 つの 相 互 扶 助 制 度 であって 個 々の 加 入 企 業 と 基 金 との 間 の 関 係 以 前 に 加 入 企 業 相 互 の 関 係 性 が 優 越 するのだろうと 思 います 原 告 主 張 は ひとつの 加 入 企 業 と 基 金 との 間 の 関 係 として は 理 解 できなくはないですが 当 該 企 業 は 基 金 を 通 じて 他 の 全 加 入 企 業 との 間 にも 関 係 性 を 有 す ると 考 えられ その 同 意 抜 きには 脱 退 できないというのは 制 度 上 は 当 然 であると 思 われます 2
ずばり 単 純 にいい 切 ってしまえば 制 度 の 趣 旨 として 脱 退 が 認 められるためには 制 度 を 支 える 共 同 性 の 崩 壊 が 前 提 になるのであろうから そのときは 個 別 にばらばらと 加 入 企 業 の 脱 退 を 認 めること は 公 平 性 の 見 地 からできず いっそのこと 一 気 に 解 散 の 決 議 へ 向 かうべきだ ということになるのだと 思 われるのです 私 はむしろ 当 該 基 金 の 加 入 企 業 において 解 散 の 意 向 があるのかないのかに 深 い 関 心 がありま す 実 は この 長 野 県 建 設 業 厚 生 年 金 基 金 は 指 定 基 金 です つまり 3 事 業 年 度 連 続 で 純 資 産 額 が 最 低 責 任 準 備 金 の 9 割 を 下 回 った 基 金 として 厚 生 労 働 大 臣 の 指 定 を 受 けて 財 政 の 健 全 化 のための 指 導 を 受 けている 基 金 なのです 要 は 代 行 割 れ 基 金 です この 訴 訟 の 原 告 となった 企 業 は おそらくは 解 散 支 持 派 の 企 業 です なぜなら 脱 退 できるだけの 財 務 体 力 があって 脱 退 時 に 積 立 不 足 を 清 算 するための 特 別 掛 金 を 負 担 できる 企 業 なのです という ことは 解 散 時 の 代 行 割 れ 相 当 分 の 一 括 拠 出 も 可 能 なはずです ところが 解 散 の 合 意 形 成 は 無 理 と みて あるいは 可 能 でも 著 しく 時 間 がかかるとみて 早 期 の 解 決 のために 脱 退 を 決 意 したのでしょう ここは 裁 判 所 の 判 断 でも 大 きな 要 素 になるのかもしれません 事 実 として 多 くの 企 業 が 当 該 企 業 の 脱 退 に 反 対 している その 背 景 に 特 定 個 社 の 脱 退 は 不 公 平 で 認 められない 脱 退 を 認 めるくら いなら 解 散 によって 全 企 業 の 公 平 性 を 確 保 すべきだ という 共 通 の 考 え 方 があるからではないでしょ うか まさに 一 種 の 共 同 体 の 論 理 です もしも 共 同 体 的 価 値 観 が 生 きているのであれば 脱 退 は 認 められない もしも 共 同 体 的 価 値 観 が 崩 壊 しているなら 脱 退 ではなくて 解 散 によって 全 企 業 を 同 じ 位 置 に 立 たせるべきだ ということになるのではないかと 思 われるのです もしも 多 くの 企 業 が 解 散 に 傾 いているにもかかわらず 不 足 額 の 一 括 拠 出 ができない 企 業 の 反 対 で 解 散 できていないとしたら そういう 状 況 のなかでの 個 社 の 脱 退 は 認 められ 難 いで あろう ということですね 解 散 に 反 対 する 企 業 の 反 対 で 脱 退 承 認 が 否 決 されているのだとしたら そういうことになるのだと 思 うのです もっとも この 基 金 の 背 景 については よくわかりませんが いずれにしても どのような 判 決 がでようとも 基 金 の 存 立 基 盤 となっている 業 界 の 事 情 基 金 の 財 政 状 態 基 金 存 立 へ 向 けての 努 力 の 実 情 などが 総 合 的 に 勘 案 されるのだと 思 われます まさか 一 般 論 として 脱 退 自 由 の 原 則 などに ついての 判 断 がでるわけではないのです 解 散 はまた 解 散 で 大 きな 社 会 的 問 題 を 誘 発 することが 前 回 の 論 考 でもでましたが それ についての 補 足 は 解 散 をすれば 全 加 入 企 業 が 一 括 納 付 にしろ 特 例 解 散 による 分 割 納 付 にしろ 不 足 額 の 納 付 義 務 を 負 います この 債 務 は 理 論 的 には 厚 生 年 金 の 保 険 料 の 未 納 分 になりますので 悪 いいい 方 をす 3
れば 租 税 等 の 滞 納 にも 似 た 位 置 づけになります また この 不 足 額 解 散 までは 潜 在 債 務 として 簿 外 の 債 務 だったものが 解 散 によって 納 付 額 が 確 定 してしまうと 確 定 債 務 として 会 計 認 識 がされることになります そうなると 少 なからざる 企 業 で 債 務 超 過 に 陥 るのではないか と 推 測 されているのです 債 務 超 過 にならない 企 業 でも 著 しい 自 己 資 本 の 減 少 が 生 じることは 間 違 いありません それでも 銀 行 等 からの 借 入 れがなければ 何 とかなるかもしれません しかし 多 くの 場 合 は 銀 行 等 から 融 資 を 受 けていることが 多 いと 思 われます 解 散 が 起 きると 銀 行 等 の 立 場 は 非 常 に 悩 まし いものになります 普 通 は 租 税 等 の 滞 納 があって 債 務 超 過 ということであれば 融 資 できない 企 業 に なってしまうからです そこまでいかなくても 自 己 資 本 の 減 少 は 融 資 条 件 を 厳 しいものにしてしまい ます だからといって 銀 行 取 引 を 停 止 すれば その 企 業 を 倒 産 に 追 い 込 みます 融 資 額 の 制 限 等 条 件 を 厳 しくしても やはり その 企 業 を 苦 境 に 追 い 込 むことは 間 違 いありません 銀 行 等 としては 取 引 先 を 破 綻 に 追 い 込 みたくないでしょうが 一 方 では 規 定 に 従 った 厳 格 な 対 応 もせざるを 得 ない 分 割 納 付 をしている 企 業 間 の 連 帯 責 任 は この 問 題 を 一 層 複 雑 にします 一 社 が 破 綻 すると 連 帯 債 務 を 負 う 他 社 の 破 綻 確 率 が 上 昇 します これが 連 鎖 倒 産 の 仕 組 みです こういう 事 情 があるから 厚 生 労 働 省 が 財 政 状 況 の 悪 い 基 金 の 解 散 を 促 しても 金 融 庁 の 金 融 行 政 や 経 済 産 業 省 の 中 小 企 業 対 策 で 何 らかの 対 応 がとられないと うまくいきません ましてや 基 金 の 解 散 命 令 などは 実 際 上 は だせっこないのです これが 日 本 の 政 府 の 現 状 なのです 省 庁 あっ て 政 府 なし です 細 かな 行 政 あって 大 きな 政 策 なし です 今 の 政 府 の 能 力 では 無 理 ですが しかし 相 当 に 有 能 な 政 府 にも 名 案 はないのでは 解 散 を 前 提 にすれば 二 つしか 方 法 がない 第 一 は 現 政 府 内 部 でも 検 討 されていることですが 日 本 政 策 金 融 公 庫 等 の 政 府 系 金 融 機 関 から 納 付 額 に 見 合 う 劣 後 融 資 をだすというもの 第 二 は 一 定 の 条 件 のもとで 納 付 額 を 減 額 もしくは 免 除 するというもの いずれも 中 小 企 業 対 策 の 問 題 として 政 策 的 に 直 接 間 接 に 税 金 を 投 入 するというものです このうち 納 付 額 の 減 額 や 免 除 は 社 会 保 険 料 負 担 の 公 平 性 から 国 民 全 体 の 納 得 は 得 られそうも ないということで 政 策 金 融 による 支 援 が 現 実 的 な 策 として 残 っているのです さて どうなるか 技 術 的 には 当 該 劣 後 融 資 が 明 確 に 資 本 性 をもつものとして 扱 われることが 必 要 で 金 融 庁 の 検 査 マニュ アル 等 で 一 定 の 指 針 等 を 明 定 するのでなければ 銀 行 等 としては 融 資 条 件 等 を 据 え 置 くことの 正 当 性 に 疑 義 が 生 じるということでしょうね もちろん 貸 倒 れが 生 じたときの 政 治 責 任 が 本 質 的 な 問 題 で しょうが 解 散 を 前 提 にすれば ということでしたが 解 散 を 前 提 にしなければ 妙 案 があるということで しょうか 4
解 散 したときに 発 生 する 不 足 金 を 政 府 系 金 融 機 関 が 立 て 替 える というのが 検 討 されている 案 です しかし なぜ 後 ろ 向 きの 解 散 に 公 的 金 融 支 援 が 行 われるのか 中 小 企 業 対 策 と 雇 用 福 祉 対 策 として の 政 策 の 意 義 からいえば 基 金 の 維 持 のための 公 的 金 融 支 援 のほうが まともではないのか 基 金 維 持 のために 掛 金 の 引 き 上 げが 避 けられないとしたら そして その 掛 金 負 担 に 耐 えられない 加 入 企 業 があるとしたら そのような 企 業 にこそ 公 的 な 支 援 が 与 えられるべきではないのか また 不 足 額 の 棚 上 げといえば 聞 こえが 悪 いですが 不 足 額 を 分 離 して 長 期 的 に 回 復 計 画 を 立 てる こと 即 ち 超 長 期 的 に 不 足 額 を 積 立 てることで 掛 金 負 担 の 急 増 を 回 避 して 基 金 存 立 を 図 るような 施 策 も 検 討 されていいでしょう とにかく なぜ 解 散 を 前 提 にした 議 論 になるのかが 全 く 理 解 できない 総 合 型 厚 生 年 金 基 金 は そもそもが 欠 陥 のある 制 度 だから 早 急 に 廃 止 すべきだ というなら そのような 欠 陥 制 度 を 放 置 した 政 治 責 任 を 明 らかにすべきです そのうえで 政 治 の 責 任 として 即 ち 不 足 金 を 全 額 政 府 負 担 として 解 散 させるべきです しかし そのような 施 策 が 愚 劣 極 まりないものであることは 明 らかでしょう 税 金 を 投 入 することで 多 数 の 中 小 企 業 に 働 く 人 々と 年 金 受 給 者 の 利 益 を 損 なうわけですから それはもう 政 治 の 大 義 などどこにもない 暴 挙 といわざるを 得 ない 次 回 更 新 は 6 月 21 日 ( 木 )になります 以 上 5