~ 活 動 報 告 ~ JICA 長 期 専 門 家 の 業 務 を 終 えて JICA 国 際 協 力 専 門 員 弁 護 士 磯 井 美 葉 1.プロジェクトと 担 当 業 務 2013 年 4 月 から,2014 年 4 月 まで,カンボジア 民 法 民 事 訴 訟 法 普 及 プロジェクト ( 英 語 名 は Legal and Judicial Development Project Phase4 )の 長 期 専 門 家 として,1 年 間 プノンペンに 赴 任 しておりました 主 な 担 当 業 務 は, 不 動 産 登 記 に 関 する 共 同 省 令 の 起 草 普 及 支 援 でした 本 稿 では, 長 期 専 門 家 業 務 を 終 えての 雑 感 ということで, 業 務 の 様 子 とそのときど きに 感 じたことなどをご 紹 介 したいと 思 います 現 在 のプロジェクトは,2012 年 4 月 から 2017 年 3 月 までの5 年 間 の 予 定 で 実 施 さ れていますが,これまで 行 ってきた 個 別 の 起 草 支 援 をいったん 中 止 し, 民 法 民 事 訴 訟 法 を 理 解 した 中 核 人 材 の 育 成 を 目 指 しています 民 法 民 事 訴 訟 法 の 解 釈 運 用 普 及 や,そのために 必 要 な 法 令 の 起 草 改 正 を, 将 来 カンボジア 側 が 自 分 たちででき るようになってもらうためには,まずは 民 法 と 民 事 訴 訟 法 の 全 体 構 造 や 制 度 趣 旨 をき ちんと 理 解 したカンボジア 人 を 育 成 する 必 要 があるという 考 え 方 に 基 づいています しかし, 不 動 産 登 記 に 関 する 共 同 省 令 は, 現 在 のプロジェクトの 前 身 にあたる 法 制 度 整 備 プロジェクト(フェーズ3)で 支 援 していた 民 事 関 連 法 令 の 中 でも,カンボジ ア 側,および 当 時 の 専 門 家 チームをはじめとする 関 係 者 が, 相 当 の 労 力 を 割 いていた ものでした 民 事 訴 訟 法 を 実 施 するための 共 同 省 令 は,2011 年 3 月 に 発 令 されていま したが,その 後, 民 法 を 実 施 するための 共 同 省 令 の 起 草 作 業 が 続 いており,2012 年 3 月 のプロジェクト 終 了 時 も, 毎 週 の 起 草 班 会 合 が 開 催 されていました これを 途 中 で 打 ち 切 るのは 望 ましくなかったので, 新 しいプロジェクトにおいても, 開 始 から2 年 間 (2012 年 4 月 ~2014 年 3 月 )の 期 間 限 定 で 起 草 作 業 を 支 援 し,その 期 間 中 に, 少 な くとも 省 令 の 発 令 をめざすとともに, 可 能 であれば, 書 式 の 策 定 やある 程 度 の 普 及 セ ミナーの 開 催 も 支 援 することとしたものです その 後, 前 任 の 金 武 絵 美 子 専 門 家 ( 司 法 書 士 )のサポートのもと, 民 法 関 連 の 不 動 産 登 記 共 同 省 令 は,2013 年 1 月 にすでに 発 令 されたところでしたが, 私 が 赴 任 した 2013 年 4 月 には,カンボジア 側 と 合 意 した 支 援 期 間 が1 年 残 っており,また, 民 法 関 150
連 の 不 動 産 登 記 共 同 省 令 の 書 式 の 作 成 が 続 けられていました このため, 私 の 業 務 は, 発 令 された 民 法 関 連 の 共 同 省 令 に 基 づき, 毎 週 の 起 草 班 会 合 で 検 討 されていた 登 記 簿 および 登 記 申 請 書 の 書 式 作 成 についてアドバイスをするこ とと, 省 令 の 普 及 セミナーの 実 施 をサポートすることがメインとなりました なお, 金 武 元 専 門 家 は,2013 年 4 月 以 降, 日 本 司 法 書 士 会 連 合 会 と 国 土 管 理 都 市 計 画 建 設 省 ( 以 下 国 土 省 )との 合 意 により,カンボジアの 国 土 省 のアドバイザーとし て, 再 びプノンペンに 赴 任 しておられたので, 現 地 でも 必 要 に 応 じて 情 報 交 換 し,カ ンボジアの 土 地 制 度 についていろいろ 教 えて 頂 くこともありました 以 上 の 経 緯 から, 私 の 任 期 は1 年 であり, 通 常 の 長 期 専 門 家 が2 年 程 度 の 任 期 で 派 遣 されることが 多 いのと 比 べると, 短 い 期 間 でしたが, 私 自 身 は,2009 年 1 月 に, 短 期 専 門 家 として3 週 間, 司 法 省 と 国 土 省 の 協 議 に 参 加 したり,2009 年 4 月 以 降 4 年 間, JICA 本 部 で 客 員 専 門 員 ( 法 整 備 支 援 アドバイザー)としてカンボジアに 関 わったりし てきたので,カンボジアの 不 動 産 登 記 制 度 の 現 状 や 問 題 点, 関 係 者 の 顔 と 名 前 などは ある 程 度 把 握 しており, 業 務 そのものはスムーズに 開 始 することができました プロジェクトは, 日 本 人 の 長 期 専 門 家 が 私 を 含 め5 名,カンボジア 人 のスタッフが 6 名 でした 私 の 後 任 はいないので, 私 の 任 期 満 了 により,2014 年 4 月 以 降 は 日 本 人 が4 名 になっています プロジェクトオフィスの 様 子 ICD NEWS 第 59 号 (2014.6) 151
2. 不 動 産 登 記 共 同 省 令 の 起 草 班 会 合 私 の 担 当 していた 不 動 産 登 記 共 同 省 令 の 起 草 班 は, 司 法 省 と 国 土 省 のメンバーで 構 成 されて, 毎 週 木 曜 日 の 午 後, 司 法 省 内 のプロジェクト 会 議 室 で 会 合 をしていました 名 簿 上 のメンバーは 20 名 余 りでしたが, 実 際 に 会 合 に 参 加 していたのは,1 年 を 通 じて,だいたい4 名 程 度 でした 人 材 育 成 の 観 点 からは,もっと 出 席 してもらえると よかったのですが, 書 式 やセミナーの 準 備 などのタスクを 進 める 必 要 もあり,そのた めに 必 要 なコアのメンバーは 参 加 してくれていたので, 出 席 率 を 上 げることは 特 に 目 指 しませんでした 毎 回 出 席 してくれていたメンバーは, 物 権 法 や 不 動 産 登 記 についてもよく 理 解 して おり, 特 に 国 土 省 の 登 記 局 長 ( 当 時 )は, 民 法, 民 事 訴 訟 法 の 内 容 や 考 え 方, 日 本 の 登 記 の 考 え 方 についても 十 分 理 解 してくれていました 司 法 省 側 のメンバーも,かつ ては, 誤 った 認 識 に 基 づいていろいろと 質 問 したり 意 見 を 述 べたりすることもありま したが, 私 が 赴 任 したころには, 民 法, 民 事 訴 訟 法 の 考 え 方 もよく 理 解 しており,と きどき 誤 解 に 基 づく 発 言 があっても,こちらが 説 明 すればスムーズに 理 解 してくれる ようになっていたと 思 います これは, 私 が 本 格 的 にカンボジアの 法 整 備 支 援 に 関 わ り 始 めた 2009 年 ごろと 比 べると 格 段 の 進 歩 であり,ご 本 人 たち,そしてこれまでの 専 門 家 の 方 たちの 苦 労 の 賜 物 でもあると 思 います 3.その 他 の 起 草 支 援 司 法 省 次 官 の 依 頼 により, 不 動 産 登 記 共 同 省 令 以 外 に, 夫 婦 財 産 契 約 登 記 省 令, 法 人 登 記 省 令 についても, 起 草 班 会 合 を 持 ちました これらはいずれも 司 法 省 単 独 の 省 令 です 夫 婦 財 産 契 約 登 記 省 令 については, 過 去 の 専 門 家 の 支 援 のもと,ほぼ 条 文 案 は 完 成 していましたが,2013 年 7 月 に 行 われた 国 民 議 会 選 挙 の 影 響 もあり, 司 法 省 次 官 から, 突 如, 早 急 に 発 令 したいとの 要 請 があり, 対 応 することになりました こちらは 2013 年 8 月 に 発 令 されました また,そのあとは, 法 人 登 記 省 令 についても 検 討 することになりました カンボジ アでは, 法 人 制 度 として, 民 法 の 適 用 開 始 より 前 に, 営 利 企 業 の 登 記 登 録 ( 商 業 省 ) と,NGO の 登 記 登 録 ( 内 務 省 )が 実 施 されており,しかも, 内 務 省 の NGO 法 案 が 起 草 されながらなかなか 成 立 しない 状 態 のため, 民 法 に 基 づく 非 営 利 社 団 法 人 の 適 用 範 囲 はあまりはっきりしていないのですが,これも 2013 年 7 月 の 国 民 議 会 選 挙 後, 司 法 省 でも 前 に 進 めようという 方 針 になったようです こちらの 作 業 は,10 月 ごろから, 毎 週 会 合 を 開 いて 検 討 しましたが, 私 の 任 期 中 に 152
は, 条 文 と 書 式 の 確 認 を 終 えたにとどまり, 発 令 には 至 っていません 4. 普 及 セミナー 講 義 スタイルのセミナーは, 主 に 以 下 の 通 り 開 催 しました 2013 年 5 月 不 動 産 登 記 共 同 省 令 (プノンペン, 担 保 に 関 する 小 規 模 セミナー) 2013 年 12 月 不 動 産 登 記 共 同 省 令 (プノンペン, 日 本 の 先 生 方 による 講 義 ) 2014 年 1 月 不 動 産 登 記 共 同 省 令 (プノンペン) 2014 年 1 月 不 動 産 登 記 共 同 省 令 (シェムリアップ 州, 司 法 省 及 び 国 土 省 メンバ ーによる 講 義 ) 2014 年 2 月 不 動 産 登 記 共 同 省 令 (コッコン 州, 司 法 省 及 び 国 土 省 メンバーによ る 講 義 ) 2014 年 2 月 不 動 産 登 記 共 同 省 令 (モンドルキリ 州, 司 法 省 及 び 国 土 省 メンバー による 講 義 ) 2014 年 2 月 夫 婦 財 産 契 約 登 記 省 令 (プノンペン) それぞれのセミナーについて, 講 義 中 の 焦 りや 反 省 点, 終 わった 後 の 達 成 感 など, カンボジア 側 起 草 班 メンバーによるセミナー 講 義 ICD NEWS 第 59 号 (2014.6) 153
いろいろなことを 思 い 出 しますが,2014 年 1 月 から2 月 にかけて 地 方 で 実 施 したセミ ナーでは, 司 法 省 及 び 国 土 省 の 起 草 班 メンバーに 講 義 してもらいました 普 段 の 会 合 では 準 備 の 時 間 が 足 りなくなってしまったので, 結 局 私 がセミナーのための 原 稿 を 用 意 し,それを 参 考 にしてもらうことにしたのですが, 若 手 の 司 法 省 職 員 が, 予 想 以 上 にしっかり 内 容 を 理 解 して 自 分 のものにし,それを 参 加 者 にわかりやすく 伝 えようと していたのがとても 印 象 的 でした 本 人 も 講 義 をしてみて 自 信 がついたようで, 終 了 後 に, こういう 機 会 を 与 えてもらい,プロジェクトに 感 謝 している と 言 ってくれた のも,とても 嬉 しかったことです カンボジアでは, 若 手 がシニアの 参 加 者 に 対 して 講 義 をするのはまだまだ 慣 習 上 難 しいことのようで, 上 記 のセミナーについても, 後 日, 若 手 が 講 義 をするのはよくな い という 意 見 も 出 たようです 年 齢 や 序 列 に 関 係 なく, 専 門 知 識 のある 人 の 話 に 耳 を 傾 けることは,カンボジアの 発 展 にとって 必 要 なことだと 思 うので,その 点 は 残 念 ですが, 今 回 このような 経 験 をしてもらえたのはよかったと 思 います 5. 言 語 と 通 訳 カンボジアの 法 整 備 支 援 における 現 地 の 定 例 会 合 は,これまで 主 に 英 語 クメール 語 の 通 訳 を 介 して 行 っていました 2012 年 に 王 立 法 律 経 済 大 学 / 名 古 屋 大 学 日 本 法 セ ンターの 第 1 期 生 を2 名 採 用 してから, 日 本 語 のできるカンボジア 人 スタッフの 力 も 借 りることができるようになりました ただし, 私 自 身 は, 普 段 の 活 動 は 英 語 クメール 語 の 通 訳 スタッフをメインにお 願 いしていました 過 去 の 起 草 作 業 との 連 続 性 を 保 つためということもありますし, 起 草 支 援 という 活 動 の 性 質 上, 最 終 的 には, 成 果 品 である 省 令 を,カンボジア 人 のみな らず,カンボジアで 活 動 している 国 際 機 関 や NGO, 外 国 人 ビジネスパーソンにも 広 く 公 開 する 必 要 があるためです 会 合 では, 単 語 を 忘 れたり,わかりやすい 表 現 をすぐに 思 いつかなかったりして 手 間 取 ってしまうこともありましたが,スタッフも 法 律 をよく 理 解 しているので, 私 の 意 図 をよく 理 解 してくれ, 大 いに 助 けてもらいました 英 語 で 法 律 の 議 論 をする 際 には, 英 米 法 の 考 え 方 と 大 陸 法 に 近 い 日 本 やカンボジア の 民 法 や 民 事 訴 訟 法 の 概 念 の 間 に 大 きな 違 いがあるため, 一 般 的 にはやりにくかった り 誤 解 が 生 じやすかったりすると 言 われます しかし,カンボジアのプロジェクトで の 日 常 の 活 動 では,その 点 でストレスを 感 じることはほとんどありませんでした そ れは,90 年 代 後 半 からの 活 動 の 蓄 積 があり,しかも, 民 法 と 民 事 訴 訟 法 は 日 本 が 起 草 支 援 しているので, 内 容 についてこちらが 情 報 を 持 っているためだと 思 います 民 法 154
と 民 事 訴 訟 法 の 英 訳 も, 日 本 語,クメール 語 の 条 文 をベースに 日 本 側 で 用 意 したもの であり,カンボジア 人 のスタッフや 英 語 のできる 法 律 家 たちも,それをベースに 勉 強 しています このため,カンボジアの 民 法 民 訴 法 の 話 をするときは, 日 本 語 で 想 定 する 概 念 をそのまま 英 語 に 置 き 換 えて 使 えば,ほとんど 誤 解 はないと 思 います ただし, 日 本 の 用 意 している 英 訳 の 意 図 するところが,カンボジア 人 以 外 の 外 国 人 にスムーズに 理 解 される 訳 ではありません 特 にもともと 英 語 圏 の 出 身 者 で, 英 米 法 の 概 念 をベースにした 外 国 人 には, 民 法 民 訴 法 の 英 訳 が 採 用 している 表 現 や 概 念 は, わかりにくいのではないかと 思 います 他 のドナーや 外 国 人 ビジネスパーソンとの 意 見 交 換 では, 民 法 や 民 訴 法 の 概 念 が 誤 解 されていたり, 当 方 との 認 識 のずれがあった りすることを 感 じました こちらも, 英 米 法 の 概 念 をある 程 度 理 解 した 上 で, 誤 解 や 認 識 のずれを 埋 めていく 必 要 があると 感 じます セミナー 等 で 自 分 が 講 義 をする 際 にも,できるところまで 英 語 を 使 うようにしまし た 2 日 間 の 講 義 では,1 日 目 を 英 語 で,2 日 目 を 日 本 語 で 行 ったりしました 大 勢 の 前 での 講 義 なので, 英 語 で 原 稿 を 用 意 して,こちらも 苦 労 しましたし, 度 胸 だけで よくこんなことを,と 我 ながら 思 うのですが, 決 してきれいな 英 語 でなくても,スタ ッフが 内 容 を 理 解 して 通 訳 してくれますし,クメール 語 だけでなく, 英 語 のテクニカ ルタームを 参 加 者 に 耳 にしてもらえることはメリットであったと 思 います 不 動 産 登 記 省 令 普 及 セミナーの 開 会 式 ICD NEWS 第 59 号 (2014.6) 155
6. 他 のドナーとの 意 見 交 換 カンボジア 滞 在 中 は,せっかく 現 地 にいるので, 法 律 分 野 のドナー 関 係 者 とのネッ トワークも 広 げるように 心 がけました 言 葉 の 壁 もあり,インタビュー 以 上 に, 会 っ て 雑 談 をするような 関 係 にまではなかなかなりませんでしたが,GIZ の 国 土 省 アドバ イザーや USAID のプロジェクトを 実 施 している EWMI(East West Management Institute)のアドバイザー,NGO にいる 外 国 人 弁 護 士, 現 地 の 法 人 権 分 野 のドナー のチェアとなった 国 連 OHCHR の 担 当 者,ADB のコンサルタントの 方 たちなどからお 話 を 伺 うことができました 7. 帰 国 後 カンボジア 在 任 中 は,できるだけのことをしたつもりでしたが, 今 考 えるといろい ろ 積 み 残 したこと,もっとやればよかったと 思 うことがあります また, 若 手 の 人 材 は 少 しずつ 育 っていると 思 いますが, 民 法 民 事 訴 訟 法 は,いろ いろな 要 因 でまだまだ 趣 旨 どおりに 動 いているとは 言 えません 幸 い,カンボジアから 帰 任 して, 再 び JICA 本 部 の 国 際 協 力 専 門 員 として, 引 き 続 き 法 整 備 支 援 に 関 与 しており,カンボジアも 引 き 続 き 担 当 する 予 定 ですので, 今 後 も, 日 本 からできることをしていきたいと 思 います 以 上 156