主 文 1 被 告 は, 原 告 に 対 し,7 万 円 を 支 払 え 2 原 告 のその 余 の 請 求 を 棄 却 する 3 訴 訟 費 用 は,これを7 分 し,その1を 被 告 の,その 余 を 原 告 の 各 負 担 とする 事 実 及 び 理 由 第 1 請 求 被 告 は, 原 告 に 対 し,50 万 円 を 支 払 え 第 2 事 案 の 概 要 1 本 件 は, 原 告 が, 広 島 刑 務 所 に 収 容 中, 同 刑 務 所 の 職 員 に 対 し 複 数 回 にわた り 花 粉 症 の 症 状 を 訴 えたにもかかわらず, 医 師 による 診 察 も 薬 の 投 与 もされな いまま35 日 間 放 置 されたため, 症 状 が 悪 化 し 苦 痛 を 受 けたと 主 張 して, 被 告 に 対 し, 国 家 賠 償 法 1 条 1 項 に 基 づき, 慰 謝 料 50 万 円 の 支 払 を 求 める 事 案 で ある 2 本 件 の 前 提 となる 事 実 は, 次 のとおりである (1) 原 告 の 収 容 の 経 緯 原 告 は, 平 成 23 年 4 月 5 日, 東 京 拘 置 所 に 収 容 され, 同 年 8 月 12 日, 東 京 地 方 裁 判 所 において 有 罪 判 決 を 受 け, 同 年 12 月 29 日 にその 裁 判 が 確 定 したことにより 懲 役 刑 受 刑 者 となった 原 告 は, 平 成 24 年 1 月 17 日, 東 京 拘 置 所 から 広 島 刑 務 所 に 移 送 され, その 後, 同 刑 務 所 に 収 容 されていた( 弁 論 の 全 趣 旨 ) (2) 広 島 刑 務 所 の 医 療 態 勢 ア 広 島 刑 務 所 において 被 収 容 者 の 医 療 を 担 当 する 医 務 部 には, 平 成 26 年 3 月 当 時, 常 勤 医 師 として, 医 務 部 長 1 名, 保 健 課 長 1 名, 医 療 課 長 1 名 及 び 法 務 技 官 医 師 1 名 の 合 計 4 名 が 配 置 され,そのほかに, 同 部 の 事 務 を 行 う 保 健 課 長 補 佐 ( 看 守 長 )1 名, 係 長 1 名 及 び 副 看 守 長 1 名,さらに, 法 務 技 官 薬 剤 師 2 名, 法 務 技 官 臨 床 検 査 技 師 1 名, 法 務 技 官 看 護 師 9 名 及 - 1 -
び 准 看 護 師 の 資 格 を 有 する 職 員 3 名 が 配 置 されていた なお, 准 看 護 師 の 資 格 を 有 する 職 員 は, 保 健 助 手 ( 医 師 の 監 督 を 受 けながら 被 収 容 者 に 対 す る 医 療 を 補 助 する 者 )の 指 定 を 受 けていた( 弁 論 の 全 趣 旨 ) イ 平 成 18 年 5 月 23 日 付 け 矯 医 訓 第 3293 号 法 務 大 臣 訓 令 被 収 容 者 の 保 健 衛 生 及 び 医 療 に 関 する 訓 令 ( 乙 7)は, 刑 事 施 設 の 長 は, 被 収 容 者 が 負 傷 し, 又 は 疾 病 にかかっている 旨 の 申 出 をした 場 合 には, 医 師 がそ の 申 出 の 状 況 を 直 ちに 把 握 できる 場 合 を 除 き, 看 護 師 又 は 准 看 護 師 にその 状 況 を 把 握 させ, 当 該 看 護 師 又 は 准 看 護 師 に 診 察 の 緊 急 性 等 を 判 断 させた 上 で 医 師 へ 報 告 させるものとし(10 条 1 項 ), 上 記 報 告 がされたときは, 医 師 において 診 察 の 要 否 を 判 断 するものとしている( 同 条 2 項 ) また, 昭 和 52 年 3 月 9 日 付 け 矯 医 訓 第 462 号 法 務 大 臣 訓 令 備 薬 箱 の 設 置 及 び 取 扱 規 程 ( 乙 8)では, 保 健 助 手 は, 必 要 に 応 じて 備 薬 等 を 携 行 し, 被 収 容 者 に 対 して 家 庭 医 療 程 度 の 応 急 処 置 を 行 うこととされ(3 条,1 条 1 項 ),この 処 置 を 行 うに 当 たっては, 当 該 被 収 容 者 の 心 身 の 状 況 を 観 察 し, 医 官 の 診 察 を 受 けさせることが 適 当 と 認 めたときは, 速 やかに 医 官 に 報 告 しなければならないものとされている(4 条 ) 広 島 刑 務 所 においては, 准 看 護 師 の 資 格 を 有 する 職 員 が, 週 に1 回, 工 場 及 び 居 室 棟 を 巡 回 して, 被 収 容 者 から 直 接 医 療 上 の 主 訴 を 確 認 し, 主 訴 に 応 じて 家 庭 医 療 程 度 の 応 急 処 置 に 必 要 な 薬 剤 を 投 与 するとともに, 医 師 の 診 察 を 受 けさせることが 適 当 と 認 められた 場 合 にはその 旨 を 医 師 に 報 告 するなどの 業 務 ( 以 下 備 薬 巡 回 という )を 行 っており, 備 薬 巡 回 の 際, 被 収 容 者 から 負 傷 や 疾 病 等 医 療 上 の 願 い 出 を 受 け 付 け, 医 師 の 診 察 を 願 い 出 る 者 があれば, 当 該 准 看 護 師 がその 者 の 身 体 の 状 況 を 確 認 した 上, 医 師 の 診 察 を 受 けさせることを 適 当 と 認 めたときは, 医 師 に 報 告 して 診 察 の 要 否 について 判 断 を 仰 いでいる また, 被 収 容 者 に 突 発 的 な 身 体 の 不 調 等 を 生 じた 場 合 は,その 都 度 医 師 による 医 療 上 の 措 置 を 実 施 している - 2 -
( 弁 論 の 全 趣 旨 ) (3) 平 成 24 年 及 び 平 成 25 年 における 原 告 の 花 粉 症 についての 診 察 等 ア 広 島 刑 務 所 医 務 部 長 法 務 技 官 医 師 C( 外 科 専 門 以 下 C 医 師 という ) は, 平 成 24 年 4 月 3 日 に 原 告 を 診 察 した 際, 原 告 より1か 月 前 から 目 の かゆみ 及 び 鼻 水 の 各 症 状 があること 並 びに8 年 前 から 季 節 性 の 花 粉 症 で あることの 申 出 があり, 原 告 の 両 側 鼻 腔 に 発 赤 及 び 鼻 汁 の 症 状 が 認 められ たため,アレルギー 性 鼻 炎 と 診 断 し, 抗 ヒスタミン 剤 であるクレマスチン を1 日 1 回 朝 食 後 に1 錠 投 与 することとし,28 日 分 を 処 方 した( 乙 1, 2,5) イ 広 島 刑 務 所 医 務 部 医 療 課 法 務 技 官 医 師 D( 以 下 D 医 師 という )は, 平 成 25 年 4 月 9 日 に 原 告 を 診 察 した 際, 原 告 より 目 のかゆみ, 鼻 水 及 び 咽 頭 痛 の 各 症 状 の 申 出 があり, 原 告 の 扁 桃 腺 に 排 膿 はないものの, 発 赤 が 認 められたため, 花 粉 症 と 診 断 し,クレマスチンを1 日 1 回 朝 食 後 に1 錠 投 与 することとし,28 日 分 を 処 方 した( 乙 1,2,5) (4) 平 成 26 年 における 原 告 の 花 粉 症 についての 診 察 等 ア 平 成 26 年 3 月 6 日 の 申 出 原 告 が 所 属 する 工 場 においては, 毎 週 木 曜 日 に 備 薬 巡 回 が 行 われていた ところ, 原 告 は, 平 成 26 年 3 月 6 日 に 実 施 された 備 薬 巡 回 の 際, 准 看 護 師 の 資 格 を 有 する 広 島 刑 務 所 医 務 部 医 療 課 矯 正 処 遇 官 副 看 守 長 A( 以 下 A 准 看 護 師 という )に 対 し, 花 粉 症, 胃 もたれ 及 び 唇 あれの 各 症 状 がある 旨 の 申 出 ( 以 下 3 月 6 日 の 申 出 という )をした A 准 看 護 師 は, 胃 もたれ 及 び 唇 あれの 各 症 状 に 対 し, 胃 痛 散 及 びワセリン 軟 膏 をそれ ぞれ 投 与 するとともに, 花 粉 症 についての 原 告 の 症 状 を 確 認 し,その 結 果 をD 医 師 に 報 告 した D 医 師 は,A 准 看 護 師 の 上 記 報 告 を 受 け, 原 告 の 花 粉 症 の 申 出 について, 直 ちに 診 察 を 行 わなければならないほどの 必 要 性 はないと 判 断 し, 原 告 の - 3 -
診 察 を 行 わなかった( 乙 1から3まで) イ 平 成 26 年 3 月 13 日 の 申 出 原 告 は, 平 成 26 年 3 月 13 日 に 実 施 された 備 薬 巡 回 の 際,A 准 看 護 師 に 対 し, 花 粉 症, 胃 もたれ 及 び 唇 あれの 各 症 状 がある 旨 の 申 出 ( 以 下 3 月 13 日 の 申 出 という )をした A 准 看 護 師 は, 胃 もたれ 及 び 唇 あれ の 各 症 状 に 対 し, 胃 痛 散 及 びワセリン 軟 膏 をそれぞれ 投 与 するとともに, 花 粉 症 についての 原 告 の 症 状 を 確 認 した 上,D 医 師 に 対 し, 原 告 の 主 訴 及 び 症 状 のほか, 原 告 が 平 成 25 年 4 月 に 花 粉 症 と 診 断 され,クレマスチン の 投 薬 治 療 を 受 けていたことを 報 告 した D 医 師 は,A 准 看 護 師 の 上 記 報 告 を 受 け, 原 告 の 花 粉 症 の 申 出 について, 直 ちに 診 察 を 行 わなければならないほどの 必 要 性 はないと 判 断 するとと もに, 前 記 (3)アのとおり, 原 告 が 季 節 性 の 症 状 である 旨 を 申 告 していた ことから, 同 イの 平 成 25 年 における 診 察 と 同 時 期 である 平 成 26 年 4 月 上 旬 頃 に 原 告 の 花 粉 症 についての 診 察 を 行 うこととし,この 時 点 では 原 告 の 診 察 を 行 わなかった( 乙 1から3まで) なお, 原 告 は, 平 成 26 年 3 月 20 日 に 実 施 された 備 薬 巡 回 の 際,A 准 看 護 師 に 対 し, 胃 もたれの 症 状 がある 旨 の 申 出 をし, 胃 痛 散 の 投 与 を 受 け たが, 花 粉 症 に 関 する 申 出 はしなかった( 乙 1,3) ウ 平 成 26 年 3 月 27 日 の 申 出 原 告 は, 平 成 26 年 3 月 27 日 に 実 施 された 備 薬 巡 回 の 際,A 准 看 護 師 に 対 し, 花 粉 症, 胃 もたれ 及 び 下 痢 の 各 症 状 がある 旨 の 申 出 ( 以 下 3 月 27 日 の 申 出 という )をした A 准 看 護 師 は, 胃 もたれ 及 び 下 痢 の 各 症 状 に 対 し, 胃 痛 散 及 び 整 腸 散 をそれぞれ 投 与 するとともに, 原 告 に 花 粉 症 の 症 状 ( 目 及 び 鼻 水 の 症 状 )が 認 められると 判 断 して,C 医 師 にその 旨 の 報 告 をした C 医 師 は,A 准 看 護 師 の 上 記 報 告 を 受 け, 前 記 イのD 医 師 の 判 断 と 同 様 - 4 -
の 判 断 をし, 具 体 的 な 実 施 日 は 未 定 であるが, 平 成 25 年 における 診 察 と 同 時 期 に 原 告 の 花 粉 症 についての 診 察 を 行 うこととし,この 時 点 では 原 告 の 診 察 を 行 わなかった( 乙 1から3まで) エ 平 成 26 年 4 月 3 日 の 申 出 原 告 は, 平 成 26 年 4 月 3 日 に 実 施 された 備 薬 巡 回 の 際,A 准 看 護 師 に 対 し, 花 粉 症, 胃 もたれ, 下 痢 及 び 水 虫 の 各 症 状 がある 旨 の 申 出 ( 以 下 4 月 3 日 の 申 出 という )をした A 准 看 護 師 は, 胃 もたれ, 下 痢 及 び 水 虫 の 各 症 状 に 対 し, 胃 痛 散, 整 腸 散 及 びサルチル 酸 軟 膏 をそれぞれ 投 与 す るとともに, 原 告 に 花 粉 症 の 症 状 ( 目 及 び 鼻 水 の 症 状 )が 認 められると 判 断 して,C 医 師 にその 旨 の 報 告 をした C 医 師 は,A 准 看 護 師 の 上 記 報 告 を 受 け, 次 回 の 診 察 日 に 原 告 の 花 粉 症 についての 診 察 を 行 うこととした( 乙 1から3まで) オ 診 察 の 実 施 広 島 刑 務 所 医 務 部 保 健 課 法 務 技 官 医 師 E( 外 科 専 門 以 下 E 医 師 と いう )は, 平 成 26 年 4 月 10 日, 原 告 を 診 察 し, 原 告 より 目 のかゆみ 及 び 鼻 閉 の 各 症 状 が 毎 年 出 るとの 申 出 を 受 け, 花 粉 症 と 診 断 した 上,ヒス タミンH1 受 容 体 拮 抗 剤 であるエバスチン10mgを1 日 1 回 夕 食 後 に 1 錠 投 与 することとし,28 日 分 を 処 方 した( 乙 1,2,6) 3 争 点 及 びこれに 関 する 当 事 者 の 主 張 (1) 原 告 による 花 粉 症 の 症 状 の 申 出 に 対 し, 平 成 26 年 4 月 10 日 まで 診 察 や 薬 の 投 与 が 行 われなかったことが, 国 家 賠 償 法 上 違 法 であるか( 争 点 1) ( 原 告 の 主 張 ) 原 告 には 花 粉 症 の 持 病 があり, 広 島 刑 務 所 に 収 容 中 の 平 成 24 年 4 月 及 び 平 成 25 年 4 月 には, 花 粉 症 の 症 状 を 申 し 出 た 翌 日 に 医 師 の 診 察 が 行 われ, 薬 が 投 与 された しかし, 平 成 26 年 においては,3 月 6 日 の 申 出 の 際, 原 告 に 花 粉 症 の 症 - 5 -
状 が 現 れていたにもかかわらず, 広 島 刑 務 所 の 医 師 は, 花 粉 症 の 症 状 の 有 無 や 軽 重 を 判 断 できないA 准 看 護 師 の 見 立 てに 依 存 して, 原 告 を 直 接 診 察 する ことなく 経 過 観 察 とした そして, 原 告 がその 後 3 回 にわたり 医 師 の 診 察 を 求 め,A 准 看 護 師 も 花 粉 症 の 症 状 が 認 められる 旨 の 報 告 をしたにもかかわら ず, 広 島 刑 務 所 の 医 師 は, 花 粉 症 は 季 節 性 のものであり 前 年 と 同 時 期 に 診 察 を 行 えば 足 りるとの 不 合 理 な 判 断 に 基 づき, 平 成 26 年 4 月 10 日 まで 原 告 の 診 察 を 行 わなかった このように, 広 島 刑 務 所 の 医 師 が35 日 間 にわたり 原 告 の 診 察 をすること なく 放 置 したため, 原 告 の 花 粉 症 の 症 状 は 重 篤 なものとなったのであり, 上 記 のような 対 応 は, 国 家 賠 償 法 上 違 法 である ( 被 告 の 主 張 ) ア 3 月 6 日 の 申 出 の 際, 原 告 に 花 粉 症 の 症 状 は 全 く 認 められず,3 月 13 日 の 申 出 の 際 も 原 告 には 鼻 水 をすする 程 度 の 状 況 しかなかったため,A 准 看 護 師 からその 旨 の 報 告 を 受 けたD 医 師 は, 診 察 の 必 要 性 はないと 判 断 す る 一 方,A 准 看 護 師 に 指 示 をして, 原 告 にマスクの 着 用 等 の 花 粉 症 予 防 を 徹 底 するよう 指 導 させた イ 3 月 27 日 の 申 出 の 際 には, 原 告 に 目 の 充 血 等 の 症 状 は 見 受 けられない 一 方 で, 鼻 声 であったが,A 准 看 護 師 からその 旨 の 報 告 を 受 けたC 医 師 は, 鼻 声 となる 程 度 の 鼻 水 の 出 現 が 認 められるだけではまだ 花 粉 症 と 診 断 し て 薬 物 療 法 を 実 施 すべき 段 階 には 至 っていないとして, 引 き 続 き 経 過 観 察 をすることとした そして,4 月 3 日 の 申 出 の 際, 原 告 には 目 の 周 りに 手 でこすった 跡 のよ うな 発 赤 及 び 鼻 水 による 鼻 閉 症 状 が 認 められ, 花 粉 症 の 初 期 症 状 と 同 様 の 症 状 が 確 認 されたため,A 准 看 護 師 は,C 医 師 にその 旨 を 報 告 したところ, C 医 師 は, 直 ちに 診 察 を 要 する 症 状 ではないが, 初 期 症 状 のうちに 薬 物 療 法 を 開 始 することが 適 当 であると 判 断 して,A 准 看 護 師 に 診 察 日 程 を 調 整 - 6 -
するよう 指 示 し, 同 月 10 日 に 原 告 の 診 察 が 行 われることとなった ウ E 医 師 が 平 成 26 年 4 月 10 日 に 原 告 を 診 察 したところ, 原 告 には 目 の 周 りに 手 でこすった 跡 のような 発 赤 及 び 鼻 水 による 鼻 閉 症 状 が 認 められ, 花 粉 症 の 初 期 症 状 と 推 認 される 程 度 のものであったが, 今 後, 花 粉 の 飛 散 状 況 によってはアレルギー 症 状 が 強 まることも 予 想 されたことから, 予 防 的 に28 日 分 のエバスチン 錠 を 処 方 した エ このように, 原 告 に 花 粉 症 によるアレルギー 症 状 が 出 現 したと 認 め 得 る のは, 平 成 26 年 4 月 3 日 から 同 月 10 日 頃 であり, 同 日 の 診 察 後,その 症 状 は 軽 快 しているから, 広 島 刑 務 所 の 医 師 の 判 断 及 び 診 療 は 的 確 であっ たというべきであり, 少 なくとも, 医 師 に 認 められた 医 学 的 な 裁 量 を 逸 脱 しているとはいえない (2) 原 告 の 損 害 額 ( 争 点 2) ( 原 告 の 主 張 ) 医 師 の 診 察 や 薬 の 投 与 が 行 われなかったため, 原 告 は, 鼻 水 が 出 るたびに 鼻 をかむことで 鼻 の 粘 膜 をやられたほか, 眉 間 に 鈍 痛 が 起 こるようになっ た また, 夜 間 に 鼻 をかむことで 同 房 者 に 迷 惑 をかけないようにするため, 鼻 にちり 紙 を 詰 めて 寝 ていたが, 口 で 呼 吸 をするために 慢 性 扁 桃 腺 炎 の 持 病 が 悪 化 した 原 告 が4 回 にわたり 診 察 をするよう 求 めたにもかかわらず,35 日 間 も 放 置 されたことで, 原 告 は, 上 記 のような 苦 痛 を 受 けたから,その 慰 謝 料 とし ては50 万 円 が 相 当 である ( 被 告 の 主 張 ) 損 害 額 に 関 する 原 告 の 主 張 は 争 う 第 3 当 裁 判 所 の 判 断 1 争 点 1( 平 成 26 年 4 月 10 日 まで 原 告 の 診 察 や 薬 の 投 与 が 行 われなかった ことの 違 法 性 )について - 7 -
(1) 刑 事 収 容 施 設 及 び 被 収 容 者 等 の 処 遇 に 関 する 法 律 は, 刑 事 施 設 において は, 被 収 容 者 の 心 身 の 状 況 を 把 握 することに 努 め, 被 収 容 者 の 健 康 及 び 刑 事 施 設 内 の 衛 生 を 保 持 するため, 社 会 一 般 の 保 健 衛 生 及 び 医 療 の 水 準 に 照 らし 適 切 な 保 健 衛 生 上 及 び 医 療 上 の 措 置 を 講 ずるものとし(56 条 ), 刑 事 施 設 の 長 は, 被 収 容 者 が 疾 病 にかかっているとき, 又 はその 疑 いがあるときには, 速 やかに, 刑 事 施 設 の 職 員 である 医 師 等 による 診 療 を 行 い,その 他 必 要 な 医 療 上 の 措 置 を 執 るものとしている(62 条 1 項 1 号 ) そして, 被 収 容 者 は, 自 己 の 意 思 により 自 由 に 刑 事 施 設 外 の 医 師 の 診 療 を 受 けることができない ことも 考 慮 すれば, 刑 事 施 設 において 被 収 容 者 に 講 じられる 医 療 上 の 措 置 は, 基 本 的 には, 一 般 の 国 民 が 受 けられる 医 療 行 為 と 同 水 準 のものであるこ とが 求 められるというべきである もっとも, 多 数 の 被 収 容 者 を 抱 える 刑 事 施 設 において, 被 収 容 者 に 対 する 医 療 上 の 措 置 を 講 ずるための 人 的, 物 的 な 態 勢 を 整 備 することには 自 ずと 限 界 があるから, 被 収 容 者 から 傷 病 に 罹 患 した 旨 の 申 出 があっても, 直 ちに 医 師 による 診 療 を 実 施 することが 常 に 可 能 であるとは 限 らず, 症 状 の 重 篤 性 や 緊 急 性 等 に 応 じて, 診 療 の 要 否 や 時 期 等 の 判 断 をせざるを 得 ない 場 合 もある ことは 否 定 し 難 い したがって, 被 収 容 者 から 医 師 の 診 察 を 求 める 旨 の 申 出 があった 場 合 に, 医 師 の 診 察 を 行 うか 否 か,また, 行 うとしていかなる 時 期 に 行 うかなどの 判 断 については, 被 収 容 者 の 心 身 の 状 況 やそれについての 刑 事 施 設 の 職 員 であ る 医 師 の 所 見, 当 該 刑 事 施 設 の 医 療 態 勢 等 の 具 体 的 状 況 を 踏 まえた 刑 事 施 設 の 長 の 合 理 的 な 裁 量 に 委 ねられているというべきであるが,その 判 断 が 裁 量 権 の 範 囲 を 逸 脱 し, 又 はその 濫 用 に 当 たる 場 合 には, 国 家 賠 償 法 上 違 法 と 評 価 されるものと 解 するのが 相 当 である (2) 花 粉 症 については, 花 粉 の 飛 散 開 始 前 又 は 症 状 のごく 軽 い 時 期 から 薬 物 を 予 防 的 に 服 用 することで, 症 状 の 発 現 を 遅 らせたり, 症 状 を 軽 くしたりする - 8 -
初 期 療 法 が 有 効 であるとされ, 一 般 にもそのような 治 療 が 多 く 行 われて いるものと 認 められるのであり( 乙 14 9 頁, 乙 15 33 頁 ),その 治 療 内 容 が 刑 事 施 設 内 で 実 施 することに 困 難 を 伴 うようなものであるなどの 事 情 もうかがわれない そうすると, 刑 事 施 設 において, 被 収 容 者 が 花 粉 症 の 症 状 を 訴 え,その 治 療 を 求 めている 場 合 には, 早 期 に 医 師 による 診 察 を 行 って 初 期 療 法 の 実 施 を 検 討 することが, 一 般 的 な 医 療 行 為 の 水 準 に 適 う 医 療 上 の 措 置 であるという ことができ, 業 務 上 の 支 障 があるなどの 特 段 の 事 情 がない 限 り, 速 やかに 上 記 措 置 を 講 ずることが 求 められるというべきである (3)ア 平 成 26 年 における 原 告 の 花 粉 症 の 症 状 の 申 出 及 びこれに 対 する 広 島 刑 務 所 の 医 師 等 の 対 応 に 関 する 経 緯 は, 前 記 第 2の2(4)のとおりである ところ, 原 告 が 初 めてA 准 看 護 師 に 花 粉 症 の 自 覚 症 状 を 訴 え 出 た3 月 6 日 の 申 出 の 時 点 で, 原 告 の 外 見 上 花 粉 症 の 症 状 と 見 受 けられるような 状 況 が あったかどうかについては 必 ずしも 明 らかではないが, 原 告 は, 次 の 備 薬 巡 回 に 際 し 再 度 同 様 の 申 出 (3 月 13 日 の 申 出 )をし,また,A 准 看 護 師 も 原 告 に 鼻 水 をすする 状 況 があることを 確 認 している( 乙 13)のであり, 原 告 が 平 成 24 年 及 び 平 成 25 年 にも 花 粉 症 を 発 症 し 治 療 を 受 けている ことにも 照 らせば,この 時 点 で, 原 告 には 少 なくとも 花 粉 症 を 発 症 する 兆 候 が 見 られたということができる なお, 被 告 は, 平 成 26 年 3 月 20 日 に 実 施 された 備 薬 巡 回 の 際 には 原 告 が 花 粉 症 に 関 する 申 出 をしていないことを 指 摘 するが, 原 告 によれば, 3 月 13 日 の 申 出 に 対 し, 既 に 診 察 の 予 約 を 入 れているから 待 つようA 准 看 護 師 に 言 われたため 申 出 をしなかったというのであり, 現 に3 月 13 日 の 申 出 を 受 けて 同 年 4 月 上 旬 頃 の 診 察 が 予 定 されていたこと( 前 記 第 2の 2(4)イ)に 鑑 みれば,そのような 事 情 があったことも 十 分 に 考 えられる したがって, 原 告 が 同 年 3 月 20 日 の 備 薬 巡 回 に 際 し 花 粉 症 に 関 する 申 出 - 9 -
をしなかったことをもって,この 頃 までに 原 告 に 花 粉 症 の 症 状 又 はその 兆 候 が 出 現 していた 事 実 がなかったということはできない イ 前 記 (2)のとおり, 花 粉 症 に 対 しては 初 期 療 法 が 有 効 とされているとこ ろ, 花 粉 の 飛 散 開 始 の 時 期 は 毎 年 一 定 であるとは 限 らず( 乙 16の1から 3まで),また, 症 状 の 発 現 時 期 にも 個 人 差 があるものと 考 えられるので あるから,D 医 師 が,3 月 13 日 の 申 出 に 当 たり 原 告 に 鼻 水 をすする 状 況 が 見 られたことや, 原 告 が 平 成 25 年 にも 花 粉 症 の 症 状 を 訴 えて 治 療 を 受 けていることの 報 告 をA 准 看 護 師 から 受 けながら, 同 年 における 診 察 と 同 時 期 である 平 成 26 年 4 月 上 旬 頃 に 診 察 を 行 えば 足 りると 判 断 したこと の 合 理 性 には, 疑 問 があるものといわざるを 得 ない ウ そして,3 月 27 日 の 申 出 の 際 には,A 准 看 護 師 も 原 告 に 花 粉 症 の 症 状 ( 目 及 び 鼻 水 の 症 状 )が 認 められると 判 断 して,C 医 師 にその 旨 の 報 告 を したもので, 上 記 のとおり 原 告 が 平 成 25 年 にも 花 粉 症 の 治 療 を 受 けてい ることや, 平 成 26 年 においても3 月 6 日 の 申 出 以 降 既 に 複 数 回 にわたり 花 粉 症 の 症 状 を 訴 え 出 ていることも 踏 まえれば,C 医 師 は,この 時 点 で, 少 なくとも, 原 告 を 直 接 診 察 してその 症 状 の 有 無 や 程 度 を 確 認 し, 薬 の 投 与 等 の 初 期 療 法 を 実 施 することの 要 否 について 判 断 することが 相 当 であ ったというべきである しかし,C 医 師 は,なおも 原 告 を 直 接 診 察 することなく, 前 記 イのD 医 師 の 判 断 と 同 様 に, 平 成 25 年 における 診 察 と 同 時 期 に 原 告 の 診 察 を 行 え ば 足 りるとしたもので,その 判 断 に 合 理 性 を 認 めることは 困 難 である エ 被 告 は, 少 数 の 医 師 によって 多 数 の 被 収 容 者 の 医 療 需 要 に 対 応 しなけれ ばならない 我 が 国 の 矯 正 医 療 全 般 に 関 する 実 情 を 指 摘 した 上, 平 成 26 年 3 月 頃 の 広 島 刑 務 所 における 医 療 態 勢 も 同 様 であったと 主 張 するが, 花 粉 症 に 関 する 原 告 の 一 連 の 申 出 に 対 して 直 ちに 医 師 の 診 察 を 受 けさせるこ とができなかった 具 体 的 な 事 情 は 何 ら 示 されておらず,また, 原 告 の 診 察 - 10 -
を 直 ちには 行 わないとのD 医 師 及 びC 医 師 の 判 断 に 際 し, 上 記 事 情 が 考 慮 された 様 子 もうかがわれないから, 一 般 的 に 上 記 のような 実 情 があるとし ても,これをもって 本 件 におけるD 医 師 及 びC 医 師 の 上 記 各 判 断 の 合 理 性 を 基 礎 付 けるものであるということはできない (4) 原 告 は, 平 成 26 年 4 月 10 日 に 行 われたE 医 師 の 診 察 において, 花 粉 症 と 診 断 され, 薬 の 投 与 を 受 けたものであるが, 花 粉 症 に 対 しては 症 状 のごく 軽 い 時 期 から 薬 物 を 予 防 的 に 服 用 する 初 期 療 法 が 有 効 であるとされている こと,また, 同 年 3 月 13 日 頃 までには 原 告 に 花 粉 症 の 症 状 又 はその 兆 候 が 出 現 していたことは, 前 記 のとおりであり, 原 告 がより 早 期 に 医 師 の 診 察 及 び 薬 の 投 与 等 の 治 療 を 受 けていた 場 合 には, 症 状 を 軽 減 したり, 症 状 の 悪 化 を 防 いだりすることができた 蓋 然 性 が 高 いということができる (5) 以 上 のことに 照 らせば, 平 成 25 年 における 診 察 と 同 時 期 である 平 成 26 年 4 月 上 旬 頃 に 診 察 を 行 えば 足 りるとしたD 医 師 又 はC 医 師 の 判 断 に 基 づ き, 同 月 10 日 まで 原 告 の 花 粉 症 について 医 師 による 診 察 や 治 療 を 行 わせな かった 広 島 刑 務 所 長 の 判 断 には, 合 理 性 が 認 められず,その 裁 量 権 の 範 囲 を 逸 脱 したものとして, 国 家 賠 償 法 上 違 法 の 評 価 を 免 れないというべきであ る 2 争 点 2( 原 告 の 損 害 額 )について 弁 論 の 全 趣 旨 によれば, 原 告 は, 平 成 26 年 4 月 10 日 まで 花 粉 症 について の 医 師 の 診 察 や 治 療 を 受 けられなかったことで, 目 のかゆみや 鼻 水 等 に 悩 まさ れた 上, 頻 繁 に 鼻 をかむことによる 痛 みが 生 じるなどしたことが 認 められ,ま た,このような 症 状 があることを 繰 り 返 し 訴 えて 医 師 による 診 察 を 求 めたにも かかわらず, 長 期 間 にわたりこれを 容 れられないままの 状 態 に 置 かれたことで, 精 神 的 苦 痛 を 受 けたものということができ,これに 対 する 慰 謝 料 としては,7 万 円 が 相 当 である 3 結 論 - 11 -
よって, 主 文 のとおり 判 決 する なお, 認 容 部 分 についての 仮 執 行 宣 言 は, 事 案 に 鑑 み,これを 付 さないこととする 広 島 地 方 裁 判 所 民 事 第 3 部 裁 判 長 裁 判 官 梅 本 圭 一 郎 裁 判 官 財 賀 理 行 裁 判 官 内 藤 陽 子 - 12 -