第 3セッション 雇 用 保 険 発 表 者 1: 浅 見 靖 仁 教 授 ( 一 橋 大 学 大 学 院 社 会 学 研 究 科 ) タイの 総 労 働 力 人 口 の 約 4 分 の1が 失 業 保 険 に 加 入 している フォーマル 部 門 の 従 業 員 に は 失 業 保 険 加 入 が 義 務 付 けられているが 労 働 力 人 口 の4 分 の3を 占 めるインフォーマル 部 門 の 労 働 者 は 失 業 保 険 の 対 象 外 となっている 失 業 保 険 の 受 給 者 数 は 月 により 大 きく 変 動 する 2007 年 は 失 業 者 の 6.7%~17.7%が 失 業 給 付 金 を 受 給 している 2007 年 の 失 業 者 数 の 約 3 分 の1が 会 社 都 合 の 解 雇 であり 給 与 の 50% 相 当 の 給 付 金 受 給 資 格 者 であった 残 りの3 分 の2は 自 己 都 合 退 職 で 給 与 の 33% 相 当 の 給 付 金 受 給 資 格 者 である 2004 年 に 失 業 保 険 制 度 を 初 導 入 した 当 時 タイの 一 人 あたり GDP は 2,479 米 ドルで 他 の APEC 諸 国 が 失 業 保 険 制 度 を 導 入 した 年 の 一 人 あたり GDP よりも 非 常 に 低 い 数 値 であった なぜタイはこのような 早 い 段 階 で 同 制 度 を 導 入 したのか?これは 他 の 第 二 世 代 の 新 興 工 業 国 にとって 何 を 示 唆 するものなのか? 失 業 保 険 制 度 は タクシン 政 権 の 下 2004 年 に 施 行 された 当 時 労 働 省 の 官 僚 たちが 強 く 支 持 していたものの 財 界 の 首 脳 からはあまり 支 持 されなかった にも 関 わらず 導 入 さ れた 理 由 の1つは 同 制 度 によって 政 治 的 な 利 点 が 得 られるからである また 同 制 度 の 興 味 深 い 点 は 持 続 可 能 で 収 益 性 が 見 込 めるという 点 である 保 険 料 だけでは 生 活 できな い 金 額 に 給 付 額 が 設 定 されているため コストが 抑 制 できるし 国 民 が 失 業 保 険 の 給 付 金 のみに 依 存 しないよう 図 ることも 可 能 である 現 行 制 度 のもとでは 従 業 員 と 雇 用 者 は 対 象 従 業 員 の 給 与 の 0.5% 相 当 額 そして 政 府 は 0.25% 相 当 額 の 失 業 保 険 料 を 支 払 うようにな っている これに 対 し 給 付 は 会 社 都 合 の 解 雇 の 場 合 でも 解 雇 前 の 給 与 の 50%(ただし 月 に 7,500 バーツが 上 限 )が 半 年 間 貰 えるだけである 保 険 料 率 と 給 付 額 がこのように 設 定 さ れていることにより 失 業 率 がかなり 高 くなっても 失 業 保 険 制 度 は 赤 字 にはならない 第 二 世 代 の 新 興 工 業 国 の 中 には まだ 失 業 保 険 を 導 入 していない 国 が 多 いが タイの 事 例 は 失 業 保 険 の 導 入 は 財 政 的 に 実 現 可 能 であり 政 治 的 に 魅 力 的 な 政 策 ともなり 得 ること を 示 している 発 表 者 2: 藍 科 正 准 教 授 ( 国 立 中 正 大 学 労 使 関 係 学 部 ) 台 湾 もまた 人 口 の 高 齢 化 出 生 率 の 低 下 失 業 率 の 増 加 が 進 んでいる 2009 年 に 雇 用 保 険 法 が 改 正 され 高 齢 者 や 障 害 者 の 失 業 保 険 の 給 付 期 間 が6ヶ 月 から9ヶ 月 に 延 長 されたほ か 失 業 者 の 扶 養 家 族 に 特 別 給 付 金 が 支 給 されるようになった 15 歳 ~65 歳 の 台 湾 の 国 民 および 永 住 者 は 同 制 度 への 加 入 資 格 を 有 する 雇 用 保 険 加 入 者 数 は 2008 年 まで 下 降 傾 向 に あったが 2009 年 の 改 正 以 降 は 増 加 傾 向 にある 雇 用 保 険 料 は 被 保 険 者 の 給 与 の1%であ 1
る 会 社 都 合 の 解 雇 であるとの 証 明 ができ 雇 用 保 険 を 1 年 以 上 納 付 済 みで 公 共 職 業 安 定 所 で 職 業 検 索 サービスに 登 録 している 人 は 誰 でも 給 付 対 象 失 業 者 として 認 定 される 同 保 険 では 1) 失 業 給 付 金 2) 早 期 再 就 職 支 援 金 3) 研 修 生 生 活 手 当 4) 国 民 健 康 保 険 料 補 助 5) 育 児 休 業 手 当 の5 種 類 の 給 付 金 を 支 給 している 台 湾 は 中 小 企 業 の 割 合 が 高 いため 解 雇 された 従 業 員 を 吸 収 できる 状 況 にあり 解 雇 され た 労 働 者 の 生 活 を 支 えるさまざまな 給 付 金 を 支 給 している また 国 内 に 数 多 く 存 在 する 非 熟 練 外 国 人 労 働 者 も その 雇 用 主 は 雇 用 安 定 基 金 に 拠 出 しており 台 湾 人 労 働 者 の 支 援 に 役 立 っている 発 表 者 3: 金 明 中 博 士 (ニッセイ 基 礎 研 究 所 研 究 員 ) 韓 国 では 雇 用 率 失 業 率 が 共 に 低 く 非 常 勤 職 員 の 比 率 が 高 い 2008 年 以 降 失 業 給 付 金 を 求 める 人 が 急 増 している 自 営 業 者 の 比 率 も 高 く 貧 困 率 は 2008 年 以 来 増 加 し 続 けて いる 対 象 企 業 の 雇 用 主 や 従 業 員 は 保 険 料 を 納 めなければならない 彼 らには 雇 用 保 険 機 構 から 助 成 金 や 失 業 給 付 金 を 受 ける 権 利 が 与 えられる 韓 国 の 雇 用 保 険 システムは 失 業 者 に 現 金 給 付 がされる 消 極 的 労 働 市 場 政 策 である1 失 業 給 付 事 業 と 積 極 意 的 労 働 市 場 政 策 であ る2 雇 用 安 定 事 業 と3 職 業 能 力 開 発 事 業 から 構 成 されている また 2002 年 には4 母 性 保 護 事 業 も 導 入 された 保 険 システムは 従 業 員 の 給 与 から 0.45% 相 当 額 を 天 引 き また 雇 用 主 の 給 与 予 算 から 0.45% 以 上 を 天 引 きする 形 でファイナンスされている 農 業 や 林 業 漁 業 狩 猟 建 設 業 公 立 私 立 学 校 職 員 パート 職 員 家 族 経 営 の 従 業 員 など 極 小 規 模 の 事 業 従 事 者 は 対 象 外 となっている 2008 年 は 社 会 保 険 受 給 資 格 者 の 35.5%が 給 付 の 申 請 をしており この 数 値 は 年 々 増 加 傾 向 にある 韓 国 政 府 は 1997 年 の 金 融 危 機 以 来 社 会 的 セーフティネットの 強 化 により 一 層 注 力 して おり 社 会 保 険 制 度 の 他 にも 数 多 くの 対 労 働 市 場 政 策 を 積 極 的 に 施 行 している 政 策 の 一 例 として 若 者 対 象 のインターシップや 弱 者 対 象 の 労 働 プログラム 社 会 奉 仕 による 労 働 創 出 政 策 ワークシェアリング 等 が 挙 げられる 1997 年 の 金 融 危 機 以 来 次 々と 社 会 政 策 が 導 入 されているが ある 程 度 は 成 功 しているも のの 今 後 は 政 策 強 化 が 必 要 であると 思 われる 発 表 者 4: 三 谷 直 紀 教 授 ( 神 戸 大 学 大 学 院 経 済 学 研 究 科 ) 2
日 本 の 失 業 率 は 2009 年 末 に 5.1%まで 急 増 している 同 年 の 失 業 保 険 受 給 者 数 は 101 万 人 を 越 えている 日 本 の 雇 用 保 険 制 度 は 失 業 給 付 金 ( 予 算 2.261 兆 円 従 業 員 給 与 の 8/1000 相 当 額 の 従 業 員 雇 用 主 拠 出 金 からまかなわれている) 職 業 安 定 サービス 人 材 開 発 サービス( 予 算 は 両 サービス 合 計 で 1.191 兆 円 従 業 員 給 与 の 3/1000 相 当 額 の 従 業 員 拠 出 金 からまかな われている) 等 がある 雇 用 保 険 の 加 入 資 格 者 となるには 週 20 時 間 以 上 の 労 働 時 間 が6 ヶ 月 以 上 あり 65 歳 以 下 でなくてはならない 失 業 給 付 金 の 受 給 資 格 者 となるには 雇 用 保 険 の 納 付 実 績 が 12 ヶ 月 以 上 あり 公 共 職 業 安 定 所 に 登 録 していなくてはならない 失 業 保 険 制 度 によって 日 本 の 社 会 基 盤 は 効 果 的 に 維 持 されている しかし 職 業 訓 練 や 職 業 紹 介 支 援 等 のさらなる 充 実 化 を 図 り 弱 者 を 支 援 できるようなものとしなければならな い 発 表 者 5: 上 村 泰 裕 准 教 授 ( 名 古 屋 大 学 大 学 院 環 境 学 研 究 科 ) 社 会 政 策 不 在 の 中 で 自 由 貿 易 市 場 の 深 化 を 進 めることは 悪 魔 の 碾 き 臼 (ポランニ)へ の 道 を 歩 むことである 東 アジア 諸 国 は 福 祉 の 境 界 を 引 き 直 す 必 要 がある 本 シンポジ ウムは 相 互 学 習 の 場 として 歓 迎 すべきであり なかでも 失 業 保 険 の 検 討 はこの 地 域 の 未 来 にとって 欠 かせないものである 東 アジア 諸 国 はそれぞれ 産 業 化 の 異 なる 段 階 にある 多 くの 国 にとって 失 業 問 題 は 1997 年 の 経 済 危 機 以 降 に 表 面 化 した 新 しい 課 題 である 失 業 保 険 制 度 をもつ 国 ( 日 本 台 湾 韓 国 タイ 中 国 ベトナム)と もたない 国 ( 香 港 シンガポール マレーシア フィ リピン インドネシア)があるが 何 がこの 違 いを 生 んだのか? 失 業 保 険 の 有 無 と 経 済 発 展 水 準 との 間 には 相 関 関 係 は 見 られない また 日 本 韓 国 台 湾 の 失 業 保 険 を 分 析 し 制 度 のカバリッジ( 労 働 力 人 口 に 占 める 被 保 険 者 の 割 合 )や 受 給 率 ( 失 業 者 に 占 める 受 給 者 の 割 合 )を 比 較 した その 結 果 特 に 若 年 層 で 失 業 しても 失 業 給 付 を 受 給 できない 人 が 多 いことが 判 明 した 香 港 シンガポール マレーシア フィリピン インドネシアは 失 業 保 険 制 度 を 導 入 す べきである 一 方 すでに 同 制 度 が 施 行 されている 国 では 失 業 給 付 を 必 要 とする 人 が 確 実 に 受 給 できるよう 制 度 を 見 直 すべきである コメンテーター: Donald Campbell 大 使 (Chair, Canadian National Committee for Pacific Economic Cooperation (CANCPEC)) 3
雇 用 保 険 は 危 機 に 打 たれ 強 い 社 会 を 維 持 するツールとして 直 接 的 な 効 果 があるが 限 界 もある ほとんどの 人 が 雇 用 保 険 は 良 いものであると 同 意 している 点 に 驚 いている と いうのも カナダでは 多 くの 国 民 が 雇 用 保 険 は 成 長 を 減 速 させるものと 見 なしているか らである 失 業 保 険 を 導 入 していない 国 は 導 入 すべき とする 上 村 准 教 授 の 意 見 には 賛 成 である 導 入 国 が 経 済 発 展 のどの 段 階 にあるかは 関 係 ない 失 業 保 険 は 経 済 の 信 頼 性 構 築 に 役 立 つ ものとして 人 気 がある 政 策 だ 積 極 的 な 労 働 市 場 政 策 は 雇 用 保 険 の 重 要 なポイントである 制 度 の 存 在 は 労 働 力 の 安 定 化 要 因 となり 長 期 的 な 成 長 に 寄 与 するとの 研 究 結 果 がある 質 疑 応 答 Dambadarjaa 氏 が 各 国 の 失 業 保 険 施 行 者 について 質 問 これに 対 し Campbell 大 使 は カナ ダでは 政 府 が 施 行 したと 返 答 三 谷 教 授 も 日 本 も 同 様 であると 返 答 Wisarn Pupphavesa 博 士 (Advisor, Thailand Development Research Institute)は 雇 用 保 険 制 度 の ない 国 はその 導 入 に 時 間 がかかるとコメント タイの 事 例 は 制 度 導 入 に 要 する 経 費 をま かなえるだけの 資 金 的 余 裕 が 政 府 にあるかが 政 策 課 題 となった 事 実 があり タクシン 前 首 相 は 政 治 的 動 機 の 故 ではなく 財 界 からの 圧 力 がかかったために 導 入 に 踏 み 切 ったと 指 摘 また 1997 年 の 経 済 危 機 によって 財 界 人 の 多 くが 危 機 に 瀕 したときに 経 済 を 立 て 直 すための 効 果 的 な 社 会 ネットが 存 在 しないことを 認 識 したためであり 政 治 家 の 尽 力 に より 雇 用 保 険 が 生 まれたとは 言 い 切 れないとした これに 対 し 浅 見 教 授 は 雇 用 保 険 の 導 入 について 政 治 的 理 由 を 強 調 しすぎた 可 能 性 があるとしつつも やはり 政 治 的 理 由 もあっ ただろうと 返 答 また 政 治 的 機 運 なくしては 導 入 も 不 可 能 であったはずとした Horioka 教 授 は 日 本 の 失 業 保 険 制 度 に 関 する 三 谷 教 授 の 分 析 についてコメント 同 制 度 が 労 働 者 を 雇 用 した 企 業 にではなく 雇 用 を 継 続 させている 企 業 に 補 助 金 を 支 給 している 点 や 新 規 採 用 ではなく 中 途 採 用 に 対 して 補 助 金 を 支 給 している 点 に 疑 問 を 感 じるとした また 日 本 社 会 で 真 に 補 助 金 を 必 要 としている 機 関 や 人 にとって 役 立 つものに より 多 く のリソースを 投 じるよう 提 案 聴 衆 者 より 日 本 以 外 のアジア 諸 国 で 最 低 賃 金 の 額 について 論 じている 国 は 存 在 するのか また アジア 経 済 にとってこの 論 議 は 効 果 があるのかを 質 問 これに 対 し 藍 教 授 は 台 湾 ではこの2 年 間 労 働 組 合 が 最 低 賃 金 の 値 上 げを 図 るためロビー 活 動 を 行 っていると 返 答 将 来 的 には 政 府 は 市 場 に 決 定 権 を 委 ねる 意 向 である 雇 用 主 側 は 最 低 賃 金 労 働 者 の ほとんどが 外 国 人 であり 外 国 人 にこれ 以 上 高 い 賃 金 を 払 いたくないと 考 えていることか 4
ら 最 低 賃 金 の 値 上 げを 喜 ばしく 思 っていない 浅 見 教 授 は タイの 場 合 最 低 賃 金 制 度 は 1972 年 から 導 入 されており 最 低 賃 金 の 引 き 上 げが 経 済 に 良 い 影 響 を 及 ぼしたこともあ ると 返 答 雇 用 主 は 最 低 賃 金 が 引 き 上 げられると 人 件 費 の 上 昇 を 避 けるために 労 働 者 を 解 雇 することもまれにはあり 特 に 成 長 産 業 の 場 合 は その 高 い 賃 金 で 新 規 採 用 者 を 雇 え るようになるからである 5