トピックス Ⅰ. HTLV-1 関連疾患の疫学 HTLV-1 関連疾患の疫学 要旨 ヒトT 細胞白血病ウイルス1 型 (human T-cell leukemia virus type 1: HTLV-1) は日本に約 100 万人の感染者が存在し, 近年, 九州 沖縄地方から都市部へ分布が変化しつつある. 妊婦検診, 献血によって判明するケースがそれぞれ3 分の1で, 年間 4,000 名程度は新規に感染が判明する. 感染ルートは母児感染と性交渉であるが, 最近, 性感染の実態が明らかになりつつある. 感染者の5% 程度が成人 T 細胞白血病 (adult T-cell leukemia:atl) を発症するほか,HTLV-1 関連脊髄症 (HTLV-1-associated myelopathy:ham),htlv-1ブドウ膜炎等の原因になる. 内丸薫 日内会誌 106:1370~1375,2017 Key words 母児感染, 妊婦検診,ATL,HAM,HTLV-1 関連ぶどう膜炎 はじめにヒトT 細胞白血病ウイルス 1 型 (human T-cell leukemia virus type 1:HTLV-1) はCD4 陽性 T 細胞に感染する全長約 9kbのδ レトロウイルスに分類されるウイルスである.1977 年, 内山, 高月らにより, 成人 T 細胞白血病 (adult T-cell leukemia:atl) の疾患概念が提唱されたが, その報告論文の最後はこう結ばれている. but other factors such as oncogenic virus infections must be explored 1). この論文において詳細な臨床的な観察と考察により, 現在でも通用する臨床的特徴を的確に記載し, 報告の当初から原因を推定した洞察は, 臨床医学に携わる者としてどのように疾患に向き合うべきかを改めて教えてくれる. こうしてATLの発症原因としてのウイルスの探索が始まり, 吉田らによりHTLV-1の全ゲ ノム配列が決定され,ATL 発症の原因として確立した. その後,HTLV-1 関連脊髄症 (HTLV-1-associated myelopathy:ham),htlv-1 関連ブドウ膜炎等のHTLV-1 関連疾患が順次明らかにされてきた. 本稿では,ATL をウイルス感染によって発症する疾患と看破した先人を思いながら, 改めてHTLV-1 感染と関連疾患の疫学的事項について概説する. 1.HTLV-1 感染者の分布 HTLV-1 感染者は全世界で 1,000~3,000 万人と推定されている. 推定の幅が広いのは一部の国 地域で統計データが不十分であるからである. その分布には地域的な偏りがあり,high-endemic area( 高浸淫地域 ) として知られているのは, 赤道アフリカおよび南部アフリカ, イラ 東京大学大学院新領域創成科学研究科メディカル情報生命専攻病態医療科学分野 Recent advances in diagnosis and treatment of HTLV-1-associated diseases. Topics:I. Current status of HTLV-1 infection and related diseases in Japan. Kaoru Uchimaru:Laboratory of Tumor Cell Biology, Department of Computational Biology and Medical Sciences, Graduate School of Frontier Sciences, The University of Tokyo, Japan. 1370 日本内科学会雑誌 106 巻 7 号
特集 HTLV-1 関連疾患の診断と治療の進歩 図 1 世界と日本の HTLV-1 感染者の多い地域 ンの一部地域, ニューギニア, カリブ海沿岸諸国, 南米, 特にブラジル, コロンビア, ペルー, および日本である ( 図 1 左 ). 近年, オーストラリアの先住民アボリジニ居住地域にhigh-en- demic areaがあり, 独特の病態をとっていることが報告され, 注目されている. アメリカ, ヨーロッパでも一部感染者がみられるが, ほとんどはカリブ海沿岸地域やアフリカからの移民であり, その頻度は低い. 日本は先進諸国の中で唯一のhigh-endemic areaであり,htlv-1 関連疾患研究のみならず, 感染予防対策等において世界に先駆けてリードしていく責務がある. 日本国内においても, 感染者の分布に偏りがあり, 九州, 南西諸島方面に多いことはよく知られている. しかし, このほかにも感染者の多い地域があり, 四国の太平洋岸から豊後水道沿岸にかけて, 隠岐, 紀伊半島の太平洋岸地域, 伊豆半島, 東北地方の太平洋岸地域, 特に石巻湾から牡鹿半島にかけての地域等は比較的感染者の多い地域である ( 図 1 右 ). 近年, 国内の HTLV-1 感染者の分布は, 人口の移動に伴い変化してきていることが明らかになってきている. 平成 2 年度の厚生科研 成人 T 細胞白血病の母児感染防止に関する研究 における田島らの報告によれば, 全国の推定感染者数は約 120 万人で, 九州地区在住者はそのうち50.8%, 関東地方は 10.8% であったが, 平成 20 年度厚生労働科学研究 本邦におけるHTLV-1 感染及び関連疾患の実態調査と総合対策 ( 代表 : 山口一成 ) の調査によると, 推定キャリア数は約 108 万人で九州地区在住者の比率は46% に減少し, 関東地区在住者は18% に増加していた. これは首都圏地区への人口の移動による分布の変化と推定され, 実際, 東京大学医科学研究所附属病院 HTLV-1キャリア専門外来受診者の調査において, 同外来を受診した首都圏在住のHTLV-1キャリアの 39.5% はendemic areaの出身で, また, 首都圏出身のキャリアの母親の出身地は57% が endemic areaであったことからもうかがわれる 2). 昨年,AMED(Japan Agency for Medical Research and Development) 浜口班により, 再度全国のHTLV-1キャリア数の推定が行われ, 約 82 万人という数字が出されている. 本調査も含めて, これまでのデータは献血者の陽性率をもとに推定がなされているが, どの程度実態を反映しているかについては再度検証が必要であろう. 2.HTLV-1 感染の疫学 HTLV-1の感染ルートとして, 母乳を介する母児感染と性交渉による感染, および現在では日赤によるスクリーニングによりなくなっている 日本内科学会雑誌 106 巻 7 号 1371
トピックス Ⅰ. HTLV-1 関連疾患の疫学 250 人 福岡 200 150 大都市圏は九州地区に匹敵する 大阪 鹿児島 100 50 0 北海道宮城 埼玉 千葉 東京 神奈川 静岡 愛知 兵庫 図 2 妊婦健診で判明した HTLV-1 感染者数都道府県別推定値 (2012 年 ) ( 日本産婦人科医会, 富山大学齋藤滋原図による ) 沖縄長崎宮崎熊本大分 が輸血を介する感染の3つが主に知られている. 前述の通り,HTLV-1 感染者の分布が, 特に大都市圏へ拡大 ( 感染が拡大しているのではなく, 分布が拡散しているという方が適切であろう ) している現状を踏まえ, これまでのendemic areaにおける地方単位の対策ではなく, 国として対策を進めるために2010 年,HTLV-1 総合対策が提言され, 翌年から本格的にスタートした. 全国的な妊婦のHTLV-1 抗体検査は重点施策として掲げられ, 公費負担による妊婦の全例抗体検査が始まった.2012 年の日本産婦人科医会, 厚生労働科学研究板橋班の齋藤らによる推定では, ウェスタンブロット法で陽性と判定される妊婦は年間約 1,700 名, 判定保留となる妊婦が400 名弱で, 合わせて毎年 2,000 名以上が HTLV-1キャリアないしキャリアの疑いとして授乳対策の対象となっている. 都道府県別でみると最も多いのが福岡県,2 位が鹿児島県であるが, 大阪府が3 位, 東京都は6 位であった ( 図 2). その後, 大阪府, 東京都はそれぞれ2 位, 5 位となり, 改めて大都市圏のキャリアの分布のシフトが推定される結果であった. 今後, endemic area のみではなく,non-endemic megalopolisにおけるhtlv-1 感染対策が重要な課題となっていくと思われる. 母児感染の予防のため, 抗体陽性の場合, 授乳制限に関する指導が行われる. キャリアマザーが通常の授乳を行った場合の児の感染率は 18~20% 程度とされているが, 人工乳哺育 ( 断乳 ) を行った場合の児の感染率は3% 程度まで減少する. 授乳しなくても感染率が0にならないのは授乳以外の母児感染が存在することを示しており, 産道感染, 子宮内での臍帯血を介する感染等が想定されているが, 詳細は未だ不明である. その他, 授乳期間を3カ月以内の短期にした場合の感染率は1.9%, 母乳を搾乳したうえで凍結解凍して与える凍結母乳法で授乳した場合の感染率は3.1% と報告されており,HTLV-1 抗体陽性の妊婦に対しては, 人工乳及び3カ月以内の短期授乳, 凍結母乳を説明し, 授乳方針を妊婦自身に選択させる. 性交渉による水平感染の実態は必ずしも明らかではないが, 日赤中央血液研究所の佐竹らは, 継続的な献血者における抗 HTLV-1 抗体の陽 1372 日本内科学会雑誌 106 巻 7 号
特集 HTLV-1 関連疾患の診断と治療の進歩 転化例の比率から年間の抗体陽転者数, すなわち水平感染者数の推定を試み, 年間 4,190 名という試算を昨年報告した 3). この数字はキャリア妊婦と診断される数をもとに全員が断乳したと仮定した場合の児の感染率を3%, あるいは全員が通常の授乳を行ったと仮定した場合の児の感染率を20% としたときの年間母児感染数をはるかにしのぐ数であり, 今後, 水平感染をどのように考えるべきかという重要な課題が示された. 性感染は男性から女性への感染が主であるといわれてきたが, この報告では男性から女性への感染が100,000 人年あたり6.88であるのに対し, 女性から男性への感染は2.29と試算されており, 男性から女性への感染対女性から男性への感染が3:1 程度であることを示唆している大変興味深いデータである. 献血時のスクリーニングによって抗体陽性となった場合, 希望者には通知されるので, 献血はHTLV-1キャリアであると判明する重要な契機の1つとなっている. 厚生労働科学研究 HTLV-1 キャリアとATL 患者の実態把握, リスク評価, 相談支援体制整備とATL/HTLV-1 感染症克服研究事業の適正な運用に資する研究 ( 代表 : 内丸薫 ) による調査では,HTLV-1 キャリアであると判明した経緯は, 妊婦検診が 32.2%, 献血が 26.4%, その他が 41.3% となっている 4). 日赤中央血液研究所の佐竹による調査では, 献血のスクリーニング検査での陽性件数は年間 1,200 件程度である. 従って, 国内では妊婦検診, その他の経緯 ( 家族がHTLV-1 感染者であることが判明した, 別の理由で医療機関を受診したときに偶然判明した等 ) で判明した人を合わせて年間 4,000~5,000 名が毎年新規にHTLV-1キャリアと診断されていると推定される. 3.ATLの疫学 ATLはHTLV-1 無症候性キャリアの中から一部 のケースが長い期間を経て発症してくる. HTLV-1 感染細胞に種々のエピジェネティックな異常, ゲノム異常等が蓄積し, 感染後長期の後に腫瘍化して発症してくるものであるが, 発症するのはHTLV-1キャリアのうちのごく一部であり, 大体数のキャリアは生涯にわたり無症候性キャリアとして過ごす. キャリアからの生涯 ATL 発症率は5% 程度とされている. 前述の厚労科研山口班の第 10 次全国調査結果からは, 男性で8.7%, 女性で5.1% と推定されており, 男性の方が発症率が高い.2002 年, 山口らによりJSPFAD(Joint Study on Predisposing Factors of ATL Development) が開始された. 本研究は多施設共同 HTLV-1 キャリアコホート研究であり, 登録されたキャリアを年に1 回フォローして血液検体を採取し,ATL 発症ハイリスク群の同定につながるバイオマーカーの検索を目的とするものであるが,2016 年 4 月までの時点で登録者数 3,327 人, 収集検体は10,832 検体で現在も新規登録が続けられている. 本研究に登録されたキャリアからATLに進展したケースの解析から, 岩永らにより4つのリスクファクターが抽出された. すなわち,1) 末梢血中のHTLV-1 プロウイルス量 (proviral load:pvl 単核球中の感染リンパ球比率 ) が4% 以上である,2) 年齢 40 歳以上,3)ATL 発症の家族歴,4) 他疾患で医療機関受診時に判明したキャリア, がATL 発症のリスクファクターであった.JSPFAD 登録例の解析ではPVL 4% 以上のケースは全体の25% であり, このグループがATL 発症のハイリスクグループと考えられる 5). HTLV-1の感染ルートは上記のように主に母児感染と性交渉による感染であるが, そのうち ATLを発症するのは母児感染によるケースだと考えられている.ATL 患者の発症年齢の中央値は, 厚生労働科学研究 ATLの診療実態 指針の分析による診療体制の整備 ( 代表 : 塚崎邦弘 ) における第 11 次全国調査によれば68.9 歳であり, 感染してからATL 発症まで70 年近い時 日本内科学会雑誌 106 巻 7 号 1373
トピックス Ⅰ. HTLV-1 関連疾患の疫学 間がかかっていることになる. 患者年齢中央値は2001 年に報告された第 9 次全国調査の結果では61.1 歳であり, 発症年齢の高齢化が進んでいることがうかがわれる. これは若年者の感染率が低下し, 高齢者にキャリアの大きなプールがあり, ここから持続的にATLを発症してくることが原因と考えられる.ATLの患者発生数に関しては, 上記厚労科研山口班の調査で年間 1,146 人と推定されている.RARECAREによる希少がんの定義では10 万人あたりの罹患率 6 人以下と定義されており,ATL も希少がんの1つと考えることができる.ATLは下山分類によりくすぶり型, 慢性型, リンパ腫型, 急性型の4 病型に分けられるが, 前記の厚労科研塚崎班による第 11 次全国調査では, 各病型の頻度はくすぶり型 12.4%, 慢性型 11.1%, リンパ腫型 27.9%, 急性型 47.1% であり,aggressive ATLに分類されるリンパ腫型, 急性型で全体の80% 近くを占め, 残りindolent type ATLがそれぞれ 10% 程度を占めるという結果であった. 4.HAMの疫学 HAMはHTLV-1キャリアに発症する両下肢痙性対麻痺を中核症状とする難治性の脊髄炎として1986 年に納らにより提唱された. 運動障害の次に重要かつ高頻度にみられるのが膀胱直腸障害で, 下肢のしびれや痛み等の感覚障害を伴うケースもある.HAMの生涯発症率は0.3% 程度と見積もられ, 全国で約 3,000 人の患者が存在すると推定されている. 年齢的には中年以降が多いとされており, 聖マリアンナ医科大学の山野らにより運用が開始されたHAM 患者登録ウェブサイト HAMねっと の登録データの解析では, 発症時年齢 44.2 歳, 診断時年齢 51.3 歳で男性 25.9%, 女性 74.1% とATLとは対照的に女性の発症率の方が高く, 発症年齢はATLに比べて若年であった.ATLと異なり, 母児感染例, 性感染例, 輸血感染例のいずれからも発症する ことが知られている. 5.HTLV-1 関連ブドウ膜炎の疫学 HTLV-1ブドウ膜炎 (HAU:HTLV-1 associated uveitisまたはhu:htlv-1 uveitis) は 1992 年に望月らにより第 3のHTLV-1 関連疾患として提唱された疾患概念である. 前部, 中間部ブドウ膜炎を比較的急速な経過で発症してくるケースが多い. キャリアにおける有病率の推定がなされており, キャリア10 万人あたり112 人程度との報告があり (0.1%), 比較的稀な関連疾患と考えられる.HAUにおいて非常に特徴的なのは Graves 病の合併である.HAU 患者の実に17%, 女性に限れば25% にGraves 病の合併がみられる. これらの例では全例でGraves 病が先行しており, 甲状腺ホルモンによる影響等が議論されてきたが, むしろGraves 病に対する治療が影響しているのではないかという説も出ている. 6. その他の疾患とHTLV-1 の疫学上記のほかにHTLV-1 感染が原因で発症することが明らかになっている疾患に感染性皮膚炎があるが, 日本においてはまずみることはない.HAM,HAU 以外にも関節リウマチ,Sjögren 症候群, 多発筋炎等の膠原病や, 閉塞性肺疾患, 間質性肺炎, 慢性気管支炎等の肺病変等様々な炎症性疾患がHTLV-1 感染が原因で発症することがあるのではないかと疑われてきた. 特に関節炎との関連は古くから議論されてきており, 厚労科研 HTLV-1 感染症に関連する非 ATL 非 HAM 希少疾患の実態把握と病態解明 ( 代表 : 岡山昭彦 ) による疫学調査が継続されているが, 現時点では明らかな関連は見出されていない. 前述の通り, 近年, オーストラリアのアボリジニの中にHTLV-1 感染率が高率な集団があり, 気管支拡張症の合併頻度が高いと報告されており, 注目されている. 1374 日本内科学会雑誌 106 巻 7 号
特集 HTLV-1 関連疾患の診断と治療の進歩 おわりに HTLV-1 感染および関連疾患に関連した疫学 的なデータから,HTLV-1 キャリア, 関連疾患の 全体像についての概観を試みた. 個々の関連疾患の詳細については, 該当項目の論文を参照していただきたい. 著者の COI(conflicts of interest) 開示 : 本論文発表内容に関連して特に申告なし 文献 1 ) Uchiyama T, et al : Adult T-cell leukemia : clinical and hematologic features of 16 cases. Blood 50 : 481 492, 1977. 2 ) Uchimaru K, et al : Factors predisposing to HTLV-1 infection in residents of the greater Tokyo area. Int J Hematol 88 : 565 570, 2008. 3 ) Satake M, et al : Incidence of human T-lymphotropic virus 1 infection in adolescent and adult blood donors in Japan : a nationwide retrospective cohort analysis. Lancet Infect Dis 16 : 1246 1254, 2016. 4 ) 内丸薫 :HTLV-1 キャリア自主登録ウェブサイトの構築, 厚生労働科学研究費補助金がん政策研究事業 HTLV-1 キャリアと ATL 患者の実態把握, リスク評価, 相談体制整備と ATL/HTLV-1 感染症克服研究事業の適正な運用に資する研究 ( 研究代表者 : 内丸薫 ). 平成 27 年度総括 分担報告書,2016, 15. 5 ) Iwanaga M, et al : Human T-cell leukemia virus type I(HTLV-1)proviral load and disease progression in asymptomatic HTLV-1 carriers : a nationwide prospective study in Japan. Blood 116 : 1211 1219, 2010. 日本内科学会雑誌 106 巻 7 号 1375