狂 犬 病 (130108) 犬 に 咬 まれて 受 診 する 患 者 は 多 いが 狂 犬 病 を 発 症 する 可 能 性 はほぼ 無 視 していいくらい 低 い すごく 稀 な 疾 患 なのに 国 民 の 認 知 度 は 非 常 に 高 いと 思 われる 狂 犬 病 は 大 丈 夫 ですか?! なんて 聞 かれることもたびたびあるので これを 機 会 に 狂 犬 病 について 勉 強 してみることにした 狂 犬 病 (Rabies)は 狂 犬 病 ウイルスによる 致 死 性 の 人 日 共 通 感 染 症 である 1) 感 染 の 機 会 があった 場 合 直 ちにワクチン 接 種 ( 暴 露 後 ワ クチン 接 種 )を 開 始 し 発 症 を 阻 止 する 必 要 がある 1) 今 日 においても 世 界 で 33 億 の 人 々が 狂 犬 病 の 存 在 する 地 域 で 生 活 し 年 間 1000 万 人 以 上 が 暴 露 後 ワクチン 接 種 を 受 けている 1) 狂 犬 病 は 海 外 ではアジア アフリカ ヨーロッパ 南 北 アメ リカに 広 く 存 在 している アジアおよびアフリカなどの 発 展 途 上 国 ではイヌが 主 要 な 病 原 巣 となっている 一 方 ヨーロッパ アメリカなどの 先 進 国 では 野 生 動 物 の 中 でウイルスの 生 活 環 が 形 成 されており 偶 発 的 にヒトや 家 畜 への 伝 播 がみら れる 1) 厚 生 労 働 省 の HP によると 2007 年 の 時 点 で 狂 犬 病 清 浄 地 域 は 日 本 アイスランドなどの 島 国 北 欧 のノルウェー スウェーデン 大 洋 州 のオーストラリア ニュージーランドなどである その 他 の( 南 極 を 除 く) 大 陸 には 狂 犬 病 が 存 在 する 1) 世 界 中 で 各 地 にヒト 動 物 の 狂 犬 病 は 発 生 しており 狂 犬 病 の 発 症 がない 地 域 は 南 極 英 国 本 島 ニュージーランド 日 本 台 湾 スウェーデン ノルウェー スペイン カリブ 海 諸 島 の 一 部 などである 3) WHO は 年 間 約 55,000 人 が 狂 犬 病 で 死 亡 しており その 99%は 狂 犬 病 に 感 染 したイヌの 咬 傷 によると 推 計 している 1) わが 国 ではヒトの 発 症 は 1954 年 以 降 なかったが 1970 年 にネパールからの 帰 国 者 2006 年 にフィリピンからの 帰 国 者 (2 件 )の 発 症 死 亡 例 が 報 告 されている 動 物 の 発 症 は 1950 年 代 以 降 報 告 されていない 近 年 のベットブームで 大 量 の 愛 玩 動 物 が 海 外 から 輸 入 されており 検 疫 を 潜 り 抜 けて 国 内 へ 持 ち 込 まれる 危 険 性 が 指 摘 されている 1) わが 国 では 1950 年 に 制 定 された 狂 犬 病 予 防 法 により 飼 い 犬 の 登 録 とワクチン 接 種 義 務 が 行 われた またリザーバーとなる 野 生 動 物 がほとんど 生 息 しておらず 島 国 であるという 特 牲 から ほぼ 半 世 紀 以 上 を 狂 犬 病 清 浄 国 として 経 過 してきた その 後 現 在 まで 国 内 発 生 は 1970 年 にネパールからと 2006 年 末 のフィリピンからの 2 例 の 輸 入 発 症 例 のみである 2)
ヒトの 狂 犬 病 の 99%は 狂 犬 病 のイヌの 咬 傷 による 感 染 であり イヌの 狂 犬 病 対 策 が 最 も 重 要 である 1) 欧 米 先 進 国 では 野 犬 の 取 締 りと 予 防 接 種 によってイヌの 狂 犬 病 は 激 減 したが コウモリを 含 む 野 生 動 物 の 間 での 流 行 は 依 然 として 続 いている 1) ヨーロッパの 中 東 部 ではキツネ 東 北 ではタヌキの 問 で 感 染 環 が 維 持 されている 1) ヨーロッパ 諸 国 や 北 米 では 野 生 動 物 からの 発 生 が 残 っており キツネ スカンク アライグマ コウモリなどがその 宿 主 となる とくにコウモリは 後 述 のように 狂 犬 病 ウイルス 類 似 のリッサ ウイルスを 保 有 するだけでなく コウモリからの 狂 犬 病 感 染 例 もしばしば 報 告 され 保 有 動 物 として 重 要 な 位 置 にある 2) 狂 犬 病 の 流 行 様 式 は 都 市 型 流 行 と 森 林 型 流 行 に 分 けられる 都 市 型 流 行 は 都 市 部 の 動 物 の 間 で 流 行 するものであり アジア アフリカ 中 南 米 などの 途 上 国 において 認 められ 主 にイヌが 媒 介 動 物 となる 森 林 型 流 行 は 森 林 の 野 生 動 物 に 狂 犬 病 が 流 行 するものである 欧 米 での 狂 犬 病 患 者 の 発 生 は 森 林 型 流 行 によるものが 主 であり アライグマ コウモリ ス カンク キツネなどが 主 な 感 染 動 物 である 3) 米 国 CDC の 報 告 によると 米 国 では 野 生 動 物 の 狂 犬 病 はハワイ 州 以 外 の 全 州 で 発 生 して いる 1) ウイルスは 通 常 咬 傷 ( 感 染 ) 部 位 から 侵 入 し ゆっくりと 増 殖 して 末 梢 神 経 の 末 端 から 神 経 系 に 入 り 脊 髄 脳 に 到 達 する 発 症 までの 潜 伏 期 間 は 咬 傷 部 位 や 程 度 で 異 なり 傷 が 頭 部 に 近 いほど 短 いが 平 均 すると 30~90 日 が 多 く なかには 1 年 以 上 に 及 ぶ 例 もある 2) ウイルスが 中 枢 神 経 系 で 増 殖 すると その 後 は 遠 心 性 に 角 膜 唾 液 腺 内 臓 筋 肉 皮 膚 な どすべての 臓 器 に 広 がる 2) 特 徴 的 な 前 駆 症 状 に 咬 傷 部 の 灼 熱 感 や 痒 みなどの 知 覚 異 常 がある 前 駆 期 に 続 いて 興 奮 躁 動 などを 主 症 状 とし 呼 吸 困 難 嚥 下 困 難 さらには 恐 水 症 状 (hydrophobia)に 陥 る 興 奮 期 の 最 も 目 立 つ 症 状 は 恐 水 発 作 である この 症 状 を 中 心 に 極 度 の 不 安 感 衝 動 的 な 動 作 諸 感 覚 器 の 過 敏 症 分 泌 機 能 充 進 筋 緊 張 腱 反 射 の 亢 進 といったものが 興 奮 期 をかたち づくる 恐 水 症 状 は 水 を 飲 む 際 に 嚥 下 困 難 を 起 こし 苦 しみ 飲 み 込 めず はなはだしい 場 合 コップの 水 を 見 る または 水 の 音 がするだけでもそれを 避 けるようにして 苦 しむ また 送 風 機 からの 風 や 近 くを 歩 く 人 からの 風 の 動 きに 過 敏 に 反 応 しこれを 避 けようとする 場 合 もあ る( 恐 風 症 ) 狂 犬 病 のほぼ 8 割 がこの 狂 躁 型 で これに 対 し 狂 躁 状 態 がなく 最 初 から 麻 痺 症 状 を 呈 するものを 麻 痺 型 狂 犬 病 と 呼 ぶ 2) いずれの 場 合 も 最 終 的 には 脳 神 経 や 全 身 の 筋 肉 麻 痺 をきたし ほぼ 100%が 死 亡 する 麻 痺 型 の 場 合 Guillian-Barre 症 候 群 に 症 状 が 近 似 して 咬 傷 歴 が 不 明 な 場 合 などは 生 前 診 断 の 困 難 な 場 合 が 多 い またヒトの 狂 犬 病 症 例 の 30~60%は 15 歳 以 下 の 小 児 であり 咬 傷 の 部 位 も 頭 部 や 顔 面 などに 多 く 潜 伏 期 も 短 く 発 症 の 危 険 性 も 高 い ごく 特 殊 な 報 告 例 を 除
き 狂 犬 病 症 状 がひとたび 明 らかになったら 有 効 な 治 療 救 命 怯 はない 2) 病 期 は 大 きく 潜 伏 期 前 駆 期 急 性 神 経 症 候 期 昏 睡 期 に 分 けられる 3) 1) 潜 伏 期 多 くの 場 合 1~3 カ 月 であるが 年 余 の 場 合 もある 一 般 に 咬 傷 部 位 が 脳 に 近 くなるほど 潜 伏 期 が 短 くなる そのため 体 格 が 小 さい 小 児 や 咬 傷 部 位 が 顔 面 頸 部 の 場 合 では 早 期 の 処 置 が 一 層 重 要 である 2) 前 駆 期 全 身 倦 怠 感 食 欲 不 振 焦 燥 感 咽 頭 痛 頭 痛 などの 非 特 異 的 な 症 状 が 認 められる 3) 急 性 神 経 症 状 期 前 駆 症 状 の 出 現 後 より 1 週 間 以 内 に 急 性 神 経 症 状 期 へ 移 行 する 症 状 は 脳 炎 型 ( 狂 躁 型 ) と 麻 痺 型 に 分 類 され 脳 炎 型 の 頻 度 が 高 い 脳 炎 型 では 滑 動 発 熱 意 識 の 変 容 有 痛 性 の 喉 頭 けいれん 流 涎 けいれんなどの 典 型 的 な 症 状 を 認 める 患 者 は 喉 頭 けいれんは 飲 水 により 誘 発 されるため 患 者 は 飲 水 が 困 難 になる これが 恐 水 発 作 であり 狂 犬 病 に 特 異 性 の 高 い 症 状 である 風 や 音 の 刺 激 によってもけいれんが 誘 発 されることがある 麻 痺 型 は 四 肢 麻 痺 が 主 症 状 であり 脳 炎 による 症 状 は 晩 期 まで 認 めないことから ポリオ ギランバレー 症 候 群 などとの 鑑 別 を 要 し 診 断 は 容 易 ではない 4) 昏 睡 急 性 神 経 症 状 期 の 後 に 四 肢 の 弛 緩 性 麻 痺 呼 吸 不 全 循 環 不 全 を 認 める 昏 睡 から 死 亡 までの 経 過 は おおむね 2 週 間 以 内 である 国 内 では 発 生 がほとんど 見 られないので 鑑 別 診 断 項 目 の 一 つとして 念 頭 に 置 きつつ 海 外 渡 航 そして 常 在 地 で 動 物 に 咬 まれた 病 歴 などから 典 型 的 な 恐 水 症 状 などを 参 考 にして 診 断 を 下 す 麻 痺 型 狂 犬 病 の 場 合 や 動 物 咬 傷 の 不 明 な 場 合 などでは 最 終 診 断 に 苦 慮 す る 場 合 も 多 い 2) 血 清 診 断 や 髄 液 診 断 は 抗 体 価 が 死 亡 直 前 まで 上 昇 してこないので 役 立 たない 2) 生 前 の 実 験 室 内 診 断 としては 頭 頸 部 皮 膚 の 生 検 材 料 や 角 膜 スメアーなどを 用 いて 抗 N 抗 体 を 用 いた 蛍 光 抗 体 法 によるウイルス 抗 原 の 検 出 が 最 もよく 行 われる 2) 生 前 診 断 には 唾 液 血 清 髄 液 皮 膚 などの 検 体 を 用 いて 抗 体 検 出 ウイルス 分 離 PCR 法 などが 行 われる 採 取 された 皮 膚 には 毛 根 が 付 着 していることが 望 ましく 項 部 が 採 取 部 位 に 選 択 される 抗 体 が 早 期 に 検 出 されない 例 や ウイルスの 排 出 が 間 欠 的 な 例 がある ため 検 体 は 経 時 的 に 複 数 回 採 取 し 種 々の 検 査 を 組 み 合 わせたうえで 診 断 する 2) 一 旦 発 症 すると ほぼ 100% 死 亡 する 1)
狂 犬 病 はウイルスに 暴 露 後 発 症 するまで 多 くの 場 合 数 週 間 から 数 カ 月 時 に 1 年 以 上 の 潜 伏 期 がある そこで 狂 犬 病 の 暴 露 直 後 にワクチン 接 種 ( 重 症 例 では 抗 血 清 も 注 射 )を 行 う ことで 発 症 を 抑 えることが 可 能 である 1) 発 症 した 場 合 の 死 亡 率 はほぼ 100%なので 感 染 の 機 会 があった 場 合 には 傷 口 の 十 分 な 洗 浄 とそれに 引 き 続 く 曝 露 後 ワクチン 接 種 を 開 始 して 発 病 を 押 さえることが 唯 一 の 治 療 法 である 2) 国 内 における 狂 犬 病 感 染 動 物 の 報 告 は 50 年 以 上 ない このため ヒトが 国 内 におけるイヌ ネコなどにより 受 傷 した 場 合 には 原 則 として 狂 犬 病 ワクチンを 接 種 する 必 要 はない 3) これまで インターフェロンα リバビリン ビダラビン ケタミンなどを 治 療 に 用 いた 報 告 があ るが 有 効 性 が 証 明 されたものはない ステロイドの 使 用 は 動 物 実 験 から 死 亡 率 の 上 昇 と 潜 伏 期 の 短 縮 化 につながることが 示 されており 禁 忌 である 3) WHO の 狂 犬 病 専 門 家 会 議 の 検 討 では 各 種 治 療 薬 の 有 効 性 は 確 立 されておらず 狂 犬 病 が 確 定 した 時 点 で 侵 襲 的 治 療 を 回 避 すべきであるとしている 診 断 確 定 後 は 緩 和 的 にバ ルビツール モルヒネなどで 鎮 静 を 図 り 気 管 内 挿 管 人 工 呼 吸 器 管 理 などは 行 わない 方 針 を 示 している 3) 動 物 検 疫 関 係 者 あるいは 流 行 地 への 立 ち 入 りを 予 定 する 者 はあらかじめ 基 礎 免 疫 をして おくことが 望 ましい ワクチン 1ml を 0 日 7 日 28 あるいは 14 日 に 3 回 筋 注 することで 十 分 な 中 和 抗 体 の 産 生 が 1 年 近 く 維 持 される 2) わが 国 の 曝 露 前 スケジュールは 能 書 上 では 0 日 28 日 180 日 に 皮 下 接 種 で 1ml を 投 与 す ることになっているが この 投 与 法 だと 渡 航 前 など 免 疫 を 終 了 するまでに 半 年 を 要 するため 実 用 的 でないが WHO のスケジュールに 則 り 0.1ml を 2 ヵ 所 の 皮 内 接 種 法 でも 十 分 な 中 和 抗 体 価 の 上 昇 を 短 期 間 に 確 認 することができる 2) 曝 露 の 分 類 が WHO により 提 唱 されており カテゴリーII III が 曝 露 後 免 疫 の 対 象 となる 3) 1)カテゴリー1 動 物 に 触 れたり 餌 を 与 えたりした 皮 膚 をなめられた 2)カテゴリーII 素 肌 を 軽 くかむ 出 血 を 伴 わない 小 さなひっかき 傷 またはすり 傷 傷 のある 傷 をなめられた 3)カテゴリーⅢ 1 カ 所 または 複 数 の 皮 膚 をつらぬく 咬 傷 または 引 っかき 傷 なめられて 唾 液 で 粘 膜 が 汚 染 さ れた 曝 露 後 の 予 防 を 行 うのは カテゴリーII III であり 流 水 と 石 鹸 を 用 いてただちに 洗 浄 し カテゴリ ーII であれば ワクチンを 開 始 し カテゴリーⅢであれば 抗 狂 犬 病 免 疫 グロブリンの 投 与 が 推 奨 さ
れている 免 疫 グロブリンは ワクチンにより 免 疫 されたヒトまたはウマから 得 られた 血 清 抗 体 を 製 剤 化 したものである 非 常 に 高 価 であり 入 手 可 能 な 地 域 は 限 定 されている 日 本 にも 市 販 はさ れていない 3) 狂 犬 病 の 発 症 頻 度 が 低 い 地 域 では 加 害 動 物 の 観 察 が 可 能 ならば(イヌ ネコ フェレットに 限 る) 10 日 間 観 察 し 異 常 を 認 めなければ 曝 露 後 免 疫 を 実 施 しない あるいは 中 止 が 可 能 である これは これらの 感 染 動 物 が 発 病 直 前 になり 初 めて 狂 犬 病 ウイルスを 排 出 する 事 実 に 基 づいている 3) 狂 犬 病 ワクチンなんていうとなかなか 馴 染 みが 無 いかと 思 ったら ワンコは 接 種 摂 取 しているの で 意 外 と 身 近 なワクチンかもしれない 参 考 文 献 1. 牧 野 芳 大, 万 年 和 明. 狂 犬 病 ウイルス. 臨 床 と 微 生 物 37(2): 139-144, 2010. 2. 西 園 晃. 狂 犬 病. 綜 合 臨 牀 57(11): 2667-2672, 2008. 3. 菅 沼 明 彦 狂 犬 病. 小 児 科 臨 床 62(4): 757-763, 2009.