歴 史 Ⅰ 授 業 まとめ 2014 年 度 夏 学 期 月 曜 日 3 限 作 成 :L12-18 Rvsunggari(2014 年 入 学 )
これは 2014 年 度 夏 学 期 月 曜 3 限 の 歴 史 Ⅰ( 田 中 創 教 官 )の 授 業 をまとめたものです ここには 授 業 中 に 扱 った 分 野 を 超 える 内 容 が 多 々 含 まれております シケプリとして 用 いる 際 には 各 自 情 報 の 取 捨 選 択 をお 願 いします 著 者 はローマ 史 古 代 キリスト 教 史 に 関 して 興 味 があり 高 校 時 代 からそれなりに 勉 強 してきたつもりですが それ 以 外 の 分 野 をはじめとして 一 定 の 誤 謬 が 含 まれるかもし れません 誤 謬 を 見 つけましたら 訂 正 するもしくは 作 成 者 に 通 報 していただけると 幸 い です これをシケプリとして 用 いる 人 たちへ おそらく 歴 史 Ⅰの 試 験 に 臨 むにあたっては 内 容 の 暗 記 というよりも この 内 容 をあくまで 土 台 として 授 業 で 扱 った 諸 テーマにつ いての 理 解 を 深 め 自 分 なりの 歴 史 解 釈 を 形 成 することが 大 切 です では このプリントが 読 者 諸 氏 の 歴 史 Ⅰの 授 業 そして 地 中 海 史 古 代 宗 教 史 全 体 に 対 する 理 解 を 深 める 一 助 となれば 幸 いです イエスが 言 った あなたの 面 前 にあるものを 知 りなさい そうすれば あなたに 隠 さ れているものはあなたに 現 されるであろう なぜなら 隠 されているもので 顕 になら ないものはないからである (トマスによる 福 音 書 語 録 5, 荒 井 献 訳 )
第 一 回 (4/14) テーマ: ミラノ 勅 令 ローマ 史 王 政 (ca.762bce~ca.509bce) 共 和 政 帝 政 (1) 前 期 帝 政 ( 元 首 政 )(27BCE~235CE) アウグストゥス~セウェルス 朝 まで (2) 軍 人 皇 帝 時 代 (235~284CE) (3) 後 期 帝 政 ( 専 制 君 主 政 )(284~395CE) (4) 東 西 分 裂 (395CE) 東 ローマ 帝 国 (~1453) 西 ローマ 帝 国 (~395) 史 料 ミラノ 勅 令 二 つの 原 典 からの 引 用 :ラクタンティウス De mortibus persecutorum( 迫 害 者 たちの 死 について) ( 羅 ) :エウセビオス Historia ecclesiastica( 教 会 史 ) ( 希 ) 本 来 の ミラノ 勅 令 はどういうものであったのか? [ 時 代 背 景 ] 293~ ディオクレティアヌス 帝 によるテトラルキア( 四 分 統 治 )の 施 行 東 西 に 正 副 4 皇 帝 305 年 のディオクレティアヌス 帝 退 位 後 に 内 乱 が 勃 発 313 年 時 点 では 東 方 正 帝 リキニウス と 西 方 正 帝 コンスタンティヌスしか 残 らなくなる 313 年 リキニウスが 東 方 副 帝 マクシミヌス ダイアを 倒 して 帝 国 東 方 を 統 一 [ 特 徴 ] 東 西 皇 帝 の 連 名 で 書 かれている L7 に 我 皇 帝 コンスタンティヌスと 我 皇 帝 リキニウス どちらが 出 したのかわからない 属 州 総 督 に 向 けた 書 簡 であり 一 般 市 民 向 けではない L24 に 貴 官 の 役 所 とある
[ 実 際 のミラノ 勅 令 ] ミラノでのコンスタンティヌスとリキニウスの 会 談 は 確 かに 行 われた(L7 より)が この 勅 令 自 体 がミラノで 発 布 された 証 拠 はない また コンスタンティヌスではなく リキニウスが 出 した 可 能 性 が 高 い ちなみにマクシ ミヌス ダイアはキリスト 教 徒 を 迫 害 していた( 教 会 財 産 の 没 収 )ため ミラノ 勅 令 は 東 方 の 一 属 州 総 督 への キリスト 教 徒 迫 害 停 止 の 書 簡 でリキニウスがニコメディア( 帝 国 東 方 の 首 都 現 :トルコ 共 和 国 イズミット)で 出 した 可 能 性 が 高 い (ラクタンティウスの 著 作 はこ こに 依 拠 する) なお ラクタンティウスによる De mortibus persecutorum には 迫 害 者 としてマクシミヌス ダイアが 挙 げられている この 勅 令 は 少 なくとも ラクタンティウスやエウセビオスの 著 作 への 引 用 の 段 階 では 皇 帝 ( 発 布 したのがどちらであったとしても)から 一 属 州 総 督 への 親 書 の 形 態 をとってい る つまり これは 勅 令 であったのかさえ 疑 わしい コンスタンティヌスは 313 年 以 前 よりキリスト 教 徒 に 寛 容 な 政 策 を 展 開 さらに 軍 人 皇 帝 期 でもキリスト 教 徒 に 寛 容 な 皇 帝 は 存 在 エウセビオスがなぜ リキニウス を コンスタンティヌス に 捏 造 したか? リキニウスは 314 年 以 降 にコンスタンティヌスと 内 戦 を 起 こして 敗 北 コンスタンティ ヌスはローマを 再 統 一 した このようにエウセビオスたちがキリスト 教 を 布 教 し キ リスト 教 の 権 威 を 高 めるために コンスタンティヌス の 名 前 が 必 要 だった [まとめ] 高 校 の 世 界 史 の 教 科 書 では ミラノ 勅 令 は コンスタンティヌスによって ミラノで 出 された 勅 令 とされている しかし 歴 史 学 的 に 文 献 を 読 み 時 代 背 景 の 考 察 をすれば 教 科 書 とは 別 の 事 実 が 見 えてくる
第 二 回 (4/21) テーマ: 元 首 政 期 ローマ 支 配 下 のギリシア 都 市 エフェソスを 事 例 に 配 布 史 料 :ガイオス=ウィビオス=サルタリオスによるエフェソスのアルテミス 祭 祀 ( 配 布 史 料 については 別 途 歴 史 Ⅰ 第 二 回 史 料 脚 注 を 活 用 してください) [ 時 代 背 景 エフェソスの 歴 史 ] 前 17 世 紀 ~6 世 紀 半 ば ヒッタイト 王 国 リュディア 王 国 の 支 配 下 に 入 る 前 800 年 頃 イオニア 人 (アテネを 中 心 とする)による 植 民 活 動 が 活 発 化 このころにはイオニア 同 盟 が 結 成 され エフェソスもイオニア 同 盟 に 加 入 する 前 6 世 紀 ~4 世 紀 中 葉 アケメネス 朝 ペルシアの 支 配 を 受 ける 前 499 年 ミレトス サルディスなどのイオニア 同 盟 諸 都 市 とともに 対 ペルシア 反 乱 に 参 加 ペルシ ア 戦 争 の 端 緒 となる 前 334 年 マケドニア 王 国 のアレクサンドロス 大 王 によって 征 服 される 前 290 年 アレクサンドロス 大 王 のディアドコ イ( 後 継 者 )であるリュシマコスによ る 植 民 活 動 前 282~133 年 ペルガモン 王 国 の 支 配 を 受 ける 前 133 年 ローマのアシア 属 州 設 置 に 伴 い 共 和 政 ローマに 編 入 以 後 内 乱 の 1 世 紀 ではポンペイウス ブルートゥス アントニウス クレオパトラ などの 内 戦 の 敗 者 側 につき 続 ける
[ 祭 式 規 定 ] 配 布 史 料 (B)を 参 照 年 月 日 情 報 セクストス=アッティオス=スブラノスが 2 度 目 にして マルコス=アシニオス=マル ケルスが 執 政 官 の 年 (L1-L2)とある 共 和 政 期 以 降 ローマでは と が 執 政 官 の 年 という 表 現 でその 年 を 表 していた( 日 本 における 元 号 のようなもの) これはローマに おける 執 政 官 職 任 期 が 一 年 であることと 結 びついている またここでは ティベリオス ~ とあるようにエフェソス 市 のローカルな 年 月 日 の 表 し 方 もなされている 奉 納 物 女 神 アルテミス(エフェソスで 盛 んに 崇 拝 される)とエフェソス 市 各 組 織 ( 市 民 団 参 事 会 長 老 会 6 部 族 (*) 青 年 団 etc )にガイオス=ウィビオス=サルタリオス( 以 下 サルタリ オス)が 奉 納 物 を 納 める( 女 神 の 模 像 9 皇 帝 や 各 組 織 の 肖 像 20 基 金 20000 デナリウ ス) * 古 代 ギリシアにおける 部 族 はクレイステネスの 改 革 にも 見 られるが アジアやアフ リカの 原 始 社 会 の 部 族 と 異 なり 民 主 政 下 で 議 員 を 選 出 するための 行 政 区 のようなも のである 模 像 と 肖 像 の 詳 細 ( 像 の 形 重 量 献 呈 対 象 管 理 方 法 ) 像 を 用 いた 祭 列 規 定 ( 執 行 日 祭 列 の 道 順 運 搬 役 罰 則 ) ちなみに 祭 列 の 道 順 は 配 布 史 料 中 の 地 図 によれば Artemision(74) Magnesian Gate(70) Theater(25) Northern Gate(20) Aretmision * 参 事 会 や 民 会 アルテミス 祭 などの 重 要 な 行 事 は Theater(25)で 行 われることが 多 い 20000 デナリウスの 基 金 から 生 じる 利 子 の 運 用 ( 富 くじでの 分 配 対 象 ) 利 子 の 支 払 い 方 法 と 支 払 い 責 任 及 びサルタリオス 死 後 の 基 金 の 運 用 方 法 について 規 定 に 反 した 者 への 罰 則 規 定 州 総 督 と 副 官 による 承 認
[ 民 会 決 議 ] 配 布 史 料 (A)を 参 照 年 月 日 情 報 ティベリオス=クラウディオス=アンティパトロス=ユリアノスが 議 長 の 年 のポセイデ オン 月 の 6 日 (L1)とある ここでは(B)にみられるローマ 式 の 年 月 日 の 記 述 法 は 見 られず エフェソス 市 独 自 の 年 月 日 記 法 のみとなっている 前 文 (エフェソス 市 への 恩 恵 者 を 顕 彰 することの 意 義 について) エフェソス 市 への 恩 恵 者 (ここではサルタリオス)に 大 きな 名 誉 で 報 いることにより さら なる 市 への 恩 恵 者 を 誘 致 する 意 図 が 見 える サルタリオスの 恩 恵 の 説 明 模 像 肖 像 及 び 基 金 の 奉 納 とそれに 付 随 する 祭 列 や 分 配 金 の 説 明 ( 配 布 史 料 (B)と 同 じ) 州 総 督 や 副 官 の 支 持 後 援 決 議 内 容 ( 恩 恵 者 サルタリオスへの 報 酬 ) 1 サルタリオスの 像 を 2 カ 所 に 設 置 2 黄 金 の 冠 によるサルタリオス 顕 彰 3 祭 列 の 承 認 ( 参 事 会 民 会 属 州 総 督 による) 4 サルタリオスの 規 定 の 恒 久 化 5 規 定 を 変 更 私 物 化 する 者 の 処 罰 ( 市 (ここではアルテミスの 化 粧 )と 皇 帝 への 罰 金 ) 6 金 銭 の 管 理 方 法 の 承 認 [ヘレニズム 世 界 とは?] アレクサンドロス 大 王 の 征 服 活 動 により 東 地 中 海 オリエント 一 帯 (ギリシア 人 植 民 の 進 んだ 南 イタリアや 西 地 中 海 も 含 む)に 国 際 言 語 としてのギリシア 語 ギリシア 文 化 の 登 場 これらの ギリシア 語 ギリシア 文 化 は 商 業 外 交 宗 教 学 問 などの 諸 々の 表 現 を 担 う 言 語 となった また 古 代 世 界 では 機 能 別 の 言 語 の 使 い 分 けが 盛 んであった (cf. アケメネス 朝 時 代 では アラム 語 フェニキア 語 が 国 際 商 業 での 共 通 語 であった) それまで 小 アジア シリア ギリシア マグナ=グレキア( 南 イタリア) エジプトなどの 個 々の 地 方 で 個 別 に 育 まれてきた 学 知 文 化 宗 教 に 新 たな 表 現 形 態 が 与 えられる ( 商 業 語 に 留 まったアラム 語 フェニキア 語 をさらに 上 回 る 広 範 囲 な 使 用 範 囲 ) 言 語 だけでなく 彫 像 貨 幣 碑 文 なども 一 種 の 共 通 言 語 として 流 布 各 地 の 宗 教 もこの 共 通 言 語 をもとに 新 たに 描 写 されるようになる
[エフェソスの アルテミス 崇 拝 とヘレニズム] 従 来 小 アジアではキュベレーをはじめとする 地 母 神 信 仰 が 盛 んであった この 信 仰 はギ リシア 人 植 民 以 降 に 現 地 のギリシア 人 の 信 仰 (いわゆる ギリシア 神 話 )と 混 合 していく そして ヘレニズム 時 代 の 到 来 によりエフェソスでは 地 母 神 豊 穣 の 神 とされていた 神 が ギリシア 文 化 によって 再 構 成 されることにより アルテミス として 崇 拝 されるこ ととなり こうして 異 形 の 女 神 である エフェソスのアルテミス の 信 仰 が 確 立 され た これはヘレニズム 世 界 での 宗 教 的 シンクレティズムの 一 端 とも 考 えられる 左 からキュベレー 像 ギリシアでの 一 般 的 なアルテミス 像 エフェソスのアルテミス 像
第 三 四 回 (5/12 5/19) テーマ: 元 首 政 期 ローマ 支 配 下 のギリシア 都 市 エフェソスを 事 例 に 配 布 史 料 :ガイオス=ウィビオス=サルタリオスによるエフェソスのアルテミス 祭 祀 ( 配 布 史 料 については 別 途 歴 史 Ⅰ 第 二 回 史 料 脚 注 を 活 用 してください) [ 時 代 文 化 としてのヘレニズム] (1) 時 代 区 分 としてのヘレニズム アレクサンドロス 大 王 の 征 服 活 動 ( 前 330 年 代 )からプトレマイオス 朝 エジプト 滅 亡 ( 前 30 年 )まで 一 方 で 文 化 としてのヘレニズムは 東 地 中 海 中 央 アジアに 至 る 広 い 地 域 で 7 世 紀 (イスラームの 伝 来 )までは 強 い 影 響 を 持 ち 続 けた また 一 部 はイスラーム 世 界 に 継 承 または 東 アジアや 南 アジアに 伝 播 した 例 えば 北 インド 発 祥 の 仏 教 もクシャーナ 朝 (1-3C) グプタ 朝 (4-6C)などのもとで 仏 教 美 術 (ガンダーラ 美 術 グプタ 美 術 )の 表 現 形 態 を 得 る (2) ローマの 東 地 中 海 進 出 ( 前 2 世 紀 中 葉 ) ローマによるヘレ ニズム 諸 王 国 (マケ ドニア シリア エ ジプト)にかわる 新 たな 覇 権 国 家 によ る 支 配 ギリシア 文 化 のロ ーマへの 流 入 が 加 速 ヘレニズム 文 化 圏 での 国 際 共 通 語 であるギリシア 語 をローマ 人 も 使 用 (cf.ホラティウス 征 服 されたギリシア 人 は 猛 きローマを 征 服 した ) ローマの 公 用 語 であるラテン 語 は 公 文 書 行 政 官 の 命 令 などのごく 一 部 に 限 定 (なお ガリア ヒスパニアなどではラテン 語 が 依 然 として 卓 越 する) (3) ヘレニズムの 柔 軟 性 許 容 性 ローマ( 異 民 族 )による 属 州 支 配 (それは 必 ずしも 安 逸 なものではなかったはずである)を ヘレニズム 文 化 の 枠 組 みの 中 で 再 構 成 する ラテン 語 ではない ギリシア 語 ( 東 地 中 海 の 国 際 共 通 語 )でローマ 文 化 を 表 現
[サルタリオス 規 定 の 中 のローマ 的 要 素 ] 皇 帝 トラヤヌス 皇 妃 プロティナ 州 総 督 副 官 騎 士 身 分 のガイオス=ウィビオス=サルタリオス praenomen( 個 人 名 )/nomen( 氏 族 名 )/cognomen( 家 名 )を 持 つのでエフェソス 人 (ギリシ ア 人 )かどうか 疑 わしい 先 祖 はイタリア 半 島 からわたってきた 可 能 性 が 高 い また 騎 士 身 分 であることはローマ 市 民 権 保 有 者 であることを 示 す 古 代 地 中 海 世 界 の 人 名 については 扱 いが 難 しいため 以 下 で 一 定 の 説 明 を 行 う 1ギリシアでは 基 本 的 に 人 名 は 単 一 の 要 素 で 表 現 される 場 合 によっては 出 身 地 などを つけて 区 別 し ( 地 名 )の と 表 現 する ( 例 :ピタゴラス プラトン カイサリアのエウセビオス ナジアンゾスのグレゴリオス) 2ローマ 文 化 圏 では 人 名 を 複 数 の 要 素 から 表 現 する 王 政 初 期 ( 前 8~7 世 紀 )はギリシアと 同 様 にローマ 人 も 単 一 の 要 素 で 表 現 される 名 前 で あったが 人 口 の 増 加 とともに 氏 族 名 (nomen)を 個 人 の 区 別 のために 用 いるようになっ た (この 背 景 としては 当 時 のローマは 領 域 として 狭 く 地 名 による 個 人 名 の 区 別 に 不 向 きであったことと ローマ 人 の 人 名 パターン 自 体 が 少 ないことが 考 えられる ) ま た 共 和 政 期 には 個 人 のあだ 名 や 氏 族 名 から 発 達 派 生 世 襲 化 した 第 三 名 (cognomen) を 用 いるようになった また 第 三 名 が 世 襲 化 固 定 化 したために 本 来 の 意 味 を 失 った 後 第 四 名 (agnomen) が 生 まれた 第 四 名 は 名 前 というより 称 号 に 近 いものであり 出 生 地 や 本 人 の 業 績 に 由 来 する 場 合 が 多 く 第 三 名 と 異 なって 世 襲 されることは 稀 である 第 三 名 までが 完 全 に 同 名 の 場 合 は Minor( 小 )や Maior( 大 )で 区 別 する なお ローマ 文 化 圏 の 女 性 は 固 有 名 を 持 たず 父 親 の 氏 族 名 の 女 性 形 を 通 称 として 用 いていた 元 老 院 とローマ 人 騎 士 身 分 とローマ 人 市 民 団 の 肖 像 ティベリオス=クラウディオス=ユリアノス おそらくこの 参 事 会 議 長 はローマ 市 民 権 保 有 者 である 可 能 性 が 高 い そうだとすれば 彼 はローマとエフェソスの 二 重 国 籍 状 態 となる スブラノスが 二 度 目 にしてマルケルスが 執 政 官 の 年 の 1 月 ユリアノスが 議 長 の 年 のポセイデオン 月 ローマの 記 年 法 とエフェソスの 記 年 法 の 併 用
[サルタリオス 規 定 の 中 の 肖 像 の 取 捨 選 択 ] 全 肖 像 29 体 皇 帝 夫 妻 の 肖 像 をのぞけば 27 体 アルテミス 像 +エフェソスの 英 雄 + 部 族 ( 9 で 27 体 ) アウグストゥス リュシマコスなどのエフェソスに 貢 献 した 英 雄 (ミトリダテス 6 世 やアントニウスは 敗 者 なので 反 映 されない) 皇 帝 崇 拝 皇 帝 の 裸 像 を 制 作 する( 裸 像 はギリシア 世 界 においては 神 や 神 格 を 持 つ 英 雄 に 飲 み 許 されるため 皇 帝 の 裸 像 を 作 ることで 皇 帝 への 絶 対 の 忠 誠 を 示 す) なお 古 代 ローマ 世 界 ではユリウス カエサルやアウグストゥス 帝 以 降 の 皇 帝 は 往 々に して 神 格 化 (apotheosis)された このプロセスは 大 きな 業 績 を 上 げた 皇 帝 のみに 対 して 行 われ 後 継 の 皇 帝 の 主 導 の 下 で 元 老 院 およびローマ 市 民 (S.P.Q.R*) の 承 認 の 下 で 行 われるイベントであった また このイベントは 前 皇 帝 の 施 政 に 対 する 総 括 の 意 味 も 含 む 恒 例 行 事 であった ちなみに キリスト 教 徒 は 皇 帝 崇 拝 を 拒 否 したために 迫 害 を 受 けた *S.P.Q.R とは Senatus Populusque Romanus( 元 老 院 及 びローマ 市 民 )の 略 [ 都 市 の 国 際 関 係 ] 皇 帝 元 老 院 (S.P.Q.R) 任 命 命 令 アシア 属 州 総 督 納 税 防 衛 軍 団 指 揮 官 僚 機 構 としては 弱 体 各 地 方 都 市 の 伝 統 的 統 治 機 構 を 踏 襲 使 者 の 派 遣 直 接 交 渉 交 渉 の 承 認 行 幸 競 技 会 の 主 催 直 接 的 軍 事 権 の 行 使 アシア 同 盟 エフェソス ペルガモン ラオディケアなどのアシア 属 州 内 のギリシア 人 都 市 による 同 盟
都 市 の 自 治 構 造 政 治 主 体 都 市 参 事 会 員 参 事 会 で 都 市 政 治 を 主 導 都 市 市 民 ( 土 地 所 有 者 ) 市 民 権 保 有 者 で 民 会 を 構 成 部 族 ( 自 治 体 )として 再 編 成 年 齢 ごとに 組 織 ( 青 年 団 長 老 会 など) 政 治 不 参 加 の 住 民 女 性 奴 隷 ( 解 放 奴 隷 ) 在 留 外 人 農 村 住 民 土 地 所 有 者 ( 都 市 市 民 ) 参 政 権 を 持 つ 小 作 農 奴 隷 参 政 権 を 持 たず 都 市 への 食 糧 供 給 に 従 事 パクス=ロマーナ という 支 配 体 制 前 頁 の 図 にある 通 り ローマ 帝 国 の 属 州 支 配 体 制 は 必 ずしも 強 固 なトップダウン 式 当 地 ではない むしろ 属 州 現 地 の 各 地 方 都 市 の 統 治 機 構 を 継 承 した そして 帝 国 本 国 は ( 圧 倒 的 な) 軍 事 力 によって 属 州 内 の 治 安 維 持 にあたり 紛 争 への 抑 止 力 となっていた また ローマによる 属 州 化 後 に ローマの 植 民 市 が 属 州 内 につくられることがあった こ うした 植 民 市 の 住 民 の 多 くはローマ 軍 団 勤 務 を 満 期 除 隊 したもの(*1)やアウクシリア(*2) 勤 務 でローマ 市 民 権 を 獲 得 した 属 州 民 であり 軍 団 の 駐 屯 基 地 や 属 州 の 防 衛 拠 点 街 道 の 中 継 地 としての 機 能 を 担 った *1 ローマの 軍 事 は 武 器 自 弁 の 市 民 兵 によって 担 われたと 思 われがちだが この 制 度 は 王 政 期 の 伝 説 的 な 王 セルヴィリウス( 在 位 前 578~535 年 )によって 整 えられ ポエニ 戦 争 前 後 に 若 干 の 改 変 を 加 えられ ながらも 堅 持 されていた しかし ポエニ 戦 争 後 に 属 州 化 したシチリア ヒスパニア(スペイン)から 流 入 した 安 価 な 穀 物 がローマ 国 内 の 農 業 にダメージを 与 え 兵 士 の 主 要 な 供 給 層 であった 農 民 ( 土 地 所 有 階 級 )が 困 窮 して 流 民 化 した これによりセルヴィリウス 以 来 の 軍 事 制 度 が 崩 壊 に 向 かったため 前 2 世 紀 の 将 軍 マリウスは 軍 制 改 革 を 行 い 徴 兵 制 を 廃 して 志 願 制 としたほか 軍 団 兵 の 任 期 を 25 年 とした つ まり ローマ 軍 団 を 完 全 に 職 業 軍 人 化 したのである *2 マリウスの 軍 制 改 革 以 降 ローマ 市 民 で 構 成 された 正 規 軍 (レギオー)に 対 して 補 助 的 な 役 割 を 果 たした 部 隊 のこと ラテン 語 の 助 っ 人 に 由 来 する アウクシリアは 主 に 非 ローマ 市 民 の 属 州 民 によって 構 成 され 騎 兵 の 供 給 や 兵 站 の 管 理 などを 受 け 持 った 任 期 は 正 規 軍 の 兵 士 と 同 じく 25 年 であり 任 期 満 了 後 は 退 職 金 もしくはローマ 市 民 権 が 与 えられた
[ 恵 与 のメカニズム(エヴェルジェティズム)] 富 裕 者 から 同 胞 市 民 への 恩 恵 施 与 個 人 が 提 供 例 ) 建 築 物 ( 劇 場 浴 場 列 柱 廊 噴 水 など) 食 品 や 金 銭 の 無 償 供 与 見 世 物 ( 競 技 会 剣 闘 士 試 合 など) パンとサーカス 施 与 者 への 感 謝 報 恩 (1) 参 事 会 への 編 入 (2) 施 与 者 の 彫 像 の 建 立 冠 特 別 座 席 などの 名 誉 トラヤヌス 浴 場 cf.) 決 議 (A) L39~42 を 参 照 名 誉 の 授 与 によって 都 市 が 施 与 者 を 招 致 施 与 者 も 名 誉 を 獲 得 し 立 身 出 世 に 役 立 てる WIN-WIN 関 係 恩 恵 者 間 の 施 与 競 争 他 人 よりも 派 手 な 恩 恵 施 与 を 行 う=より 大 きな 名 誉 を 得 る 都 市 間 での 恩 恵 者 獲 得 競 争 結 果 ローマをはじめとする 地 中 海 世 界 一 帯 での 都 市 インフラ 大 理 石 建 築 の 発 展 これらの 多 くは 現 代 まで 残 り 世 界 遺 産 ともなっている 時 代 背 景 (1) パクス ロマーナ の 下 での 比 較 的 安 定 した 経 済 活 動 (2) 大 理 石 などの 建 材 や 人 的 資 源 をはじめとする 物 品 の 流 通 網 や 交 易 路 の 確 保 (3) 安 定 した 産 業 活 動 交 易 の 発 展 と 余 剰 資 金 (4) 貨 幣 経 済 の 進 展 (5) 地 方 都 市 の 自 治 の 存 在 これらにより 都 市 の 大 規 模 な 発 展 がみられ 過 剰 なまでの 建 築 活 動 が 行 われることと なった [ 名 誉 の 帝 国 ] 帝 政 初 期 までには 出 世 パターンの 確 立 (クルスス ホノルム) 執 政 官 に 当 選 するまでの 一 定 のレールが 確 定 安 定 した 社 会 を 背 景 とする 地 方 都 市 ( 主 にギリシア) 都 市 参 事 会 員 哲 学 者 ソフィスト(*) 神 官 が 主 にエリートとされる *ソフィストは 本 来 は 弁 論 術 を 教 えることで 金 銭 を 得 る 職 業 に 就 くもの 全 般 を 指 す ローマ 帝 政 期 のソフィ ストはギリシアで 前 5 世 紀 ごろに 発 達 したそれとは 異 なり 哲 学 的 な 弁 論 のパフォーマンス 的 な 要 素 が 強 調 されている ( 堀 尾 耕 一 哲 学 的 弁 論 術 と 第 二 のソフィスト 術 ( ギリシャ 哲 学 セミナー 論 集 XI 2014 所 収 )より)
第 五 回 (5/26) テーマ: 帝 政 前 期 の 宗 教 1 ルキアノス 偽 予 言 者 アレクサンドロス より 配 布 史 料 :ルキアノス( 高 津 春 繁 訳 ) 偽 予 言 者 アレクサンドロス ( 配 布 史 料 については 別 途 歴 史 Ⅰ 第 四 回 史 料 脚 注 を 活 用 してください) [ 都 市 のシンボルとしての 宗 教 ] 偽 予 言 者 アレクサンドロスの 出 自 ( 配 布 史 料 p.108~111 を 参 照 ) (1) 出 身 はアボーノテイコス(p.110) アボーノテイコスはアナトリア 半 島 の 黒 海 沿 岸 パフラゴニア 地 方 に 位 置 する 地 方 都 市 であった この 地 域 は 前 3 世 紀 はじめに 成 立 したポントス 王 国 の 支 配 を 受 けたのち 前 1 世 紀 にポントス 王 国 がローマの 属 国 になり 紀 元 後 64 年 にネロ 帝 のもとでポント ス 属 州 として 帝 国 に 編 入 された この 歴 史 を 見 ればわかるようにアレクサンドロスの 生 まれたアボーノテイコスは 帝 国 の 中 でも 後 進 地 帯 であった (この 点 ヘレニズム 以 前 からの 繁 栄 を 謳 歌 し ていた 小 アジア 最 大 級 の 都 市 エフェソスとは 違 う) また アボーノテ アボーノテイコス( 現 :イネボル) イコスという 名 も 地 元 の 無 名 の 英 雄 に 由 来 す カルケドン るものであった (2) 母 系 の 先 祖 をペルセウスとする(p.111) 当 時 のローマ ギリシアの 貴 族 の 間 では 先 祖 を 神 話 の 英 雄 に 擬 する 風 潮 があった (*1) ここから アレクサンドロスの 母 親 の 先 祖 は 没 落 した 貴 族 ではないか?という 推 測 成 り 立 つ *1 例 えば 前 1 世 紀 の 政 治 家 であるガイウス ユリウス カエサルはユリウス 氏 族 の 出 身 であっ たが ユリウス 氏 族 は 自 らの 出 自 を 女 神 アフロディテの 子 である 英 雄 アイネイアスの 子 孫 だとし た なお ローマの 伝 説 的 な 建 国 者 であるロムルスもアイネイアスの 子 孫 だといわれる (3) 医 師 と 公 称 する 男 を 師 匠 とする(p.108) アレクサンドロスは 若 いころ 医 師 と 公 称 する 男 を 師 として 薬 の 調 合 を 学 んだ と いう 記 述 がある この 医 師 はテュアーナのアポローニオス(1 世 紀 の 有 名 な 宗 教 者 修 行 者 でイエスと 同 時 代 人 であったことから 反 キリスト 教 主 義 者 に 異 教 徒 のイエ ス として 崇 拝 された)の 関 係 者 であった (4)ビザンティオン 出 身 の 合 唱 隊 歌 作 者 との 協 力 (p.108) これによって 神 託 作 り に 必 要 な 韻 文 の 技 術 を 手 に 入 れることとなる
アボーノテイコスの 拡 大 宗 教 による 都 市 の 発 達 (1) カルケドンのアポロン 神 殿 で 発 見 された 青 銅 版 をきっかけに 神 殿 建 立 決 議 (p.110) (2) 噂 が 拡 がるとともに 大 勢 のパプラゴニア 人 ( 小 アジア 北 部 地 方 )がたちまちの 中 に 馳 せ 集 ってくるだろうと 期 待 しながら これは 実 際 にその 通 りになった(p.113) (3) 州 総 督 ウェリアーヌスの 神 託 伺 い(p.120) (4) 神 託 の 赫 々たる 噂 がイタリアへと 拡 がり ローマ 市 に 侵 入 した 時 踵 を 接 して 押 寄 せぬ 者 とてなかった (p.122) (5) シリア 語 ケルト 語 の 通 訳 (p.133) 多 国 語 に 通 暁 したエリートの 存 在 宗 教 活 動 を 通 じて 後 進 地 域 の 田 舎 町 であったアボーノテイコスが 発 展 していく (p.137)アボーノテイコスなる 名 を 変 更 してイオーノポリスと 呼 び 新 貨 を 打 つこと を 皇 帝 に 願 うこと この 企 ては 成 功 し 田 舎 町 のアボーノテイコ スは イオーノポリス(イオンの 町 ) と 名 を 変 え 現 在 にその 名 を 伝 えている なお 現 在 の トルコ 共 和 国 内 の イネボル はイオーノポリ スに 由 来 する また グリュコーンを 象 った 貨 幣 も 実 際 に 発 行 された [ 近 隣 都 市 との 合 従 連 衡 ] (1)エピクロス 派 (*1)の 偽 予 言 者 アレクサンドロスへの 反 発 (p.118) ポントスは 無 神 論 キリスト 教 に 満 たされると 脅 迫 *1 エピクロスは 無 神 論 的 とも 取 れる 立 場 から 死 をすべての 感 覚 の 消 滅 だと 考 え 死 の 苦 痛 や 死 後 の 審 判 などを 恐 れる 必 要 はなく 平 静 な 心 (ataraxia) を 持 つべきだと 説 いた また 精 神 的 な 幸 福 の 追 求 を 主 張 し 度 を 越 した 快 楽 欲 望 は 結 果 的 に 不 快 をもたらすとして 批 判 した (2)テイオスのサケルドス アマストリスのレピドスとの 接 触 (p.119,128) どちらも 近 隣 都 市 の 有 力 者 であり ここから 近 隣 都 市 と 協 力 関 係 または 敵 対 関 係 を 築 いていることがわかる なお アマストリスのレピドスはアレクサンドロスに 敵 対 的 立 場 をとるエピクロス 派 である (3)ポントスとパフラゴニアから 貴 族 の 子 弟 を 集 める(p.127) 近 隣 都 市 の 有 力 者 との 協 力 関 係 (4)クラーロスやディデュモイ(=ブランキダイ)やマロスの 神 託 所 に 顧 客 を 斡 旋 (p.121) いずれも 小 アジアの 有 名 な 神 託 所 神 託 所 同 士 の 連 携 関 係 を 確 立 (5)プラトンやクリュシッポスやピュータゴラース 派 の 人 々は 彼 の 友 (p.119) エピクロス 派 とは 敵 対 する 一 方 でプラトンやクリュシッポス(ストア 派 ) ピュータゴラ ース 派 とは 協 力 した なお エピクロス 派 以 外 の 三 派 は 哲 学 の 学 派 でありながら 神 秘 主 義 にある 程 度 傾 斜 していた
[ 神 託 とは?] 神 託 神 殿 などの 神 託 所 から 出 される 韻 律 に 沿 って 書 かれた 文 章 で 神 の 言 葉 とされる おもに 意 味 不 明 解 釈 が 多 岐 にわたることが 多 いが 古 来 より 伝 統 的 にギリシア 人 を 中 心 に 広 く 支 持 されていた 神 託 所 は 人 が 多 く 集 まることから 金 融 や 市 場 など と 複 合 した 経 済 的 な 中 心 地 となった Ex)ローマ 軍 とクラーロスの 神 託 ( 配 布 史 料 第 五 回 を 参 照 のこと) クラーロスのアポロン 神 託 解 釈 に 従 って 男 神 たち 女 神 たちに 大 隊 (coh.)が(この 奉 納 碑 を 捧 げる) ブリタニア 北 アフリカ サルデーニャで 同 じ 碑 文 が 出 土 ローマ 皇 帝 (ローマ 帝 国 軍 総 司 令 官 )が 神 託 に 対 して 各 部 隊 に 奉 納 を 指 示 か? このようにローマ 皇 帝 ですら 神 託 に 一 定 の 敬 意 を 払 っていたことがわかる [ 帝 政 期 の 哲 学 諸 派 ] 中 期 プラトン 主 義 アスカロンのアンティオコス( 前 1 世 紀 中 葉 ) 以 降 ローマ 帝 政 期 の 代 表 的 著 作 家 はプル タルコス( 代 表 作 対 比 列 伝 ) 懐 疑 主 義 (*1)から 離 れた 形 而 上 学 的 世 界 理 解 ( 従 来 のプラトン 主 義 は 懐 疑 主 義 が 中 心 ) *1 懐 疑 主 義 とは 絶 対 的 な 普 遍 原 理 を 懐 疑 的 にとらえ 独 断 による 世 界 認 識 を 排 除 しようとする 思 潮 のことである 場 合 によっては 不 可 知 論 ( 人 間 による 世 界 の 本 質 認 識 を 不 可 能 だと 断 ずる) ストア 派 ゼノン( 前 3 世 紀 初 め)を 祖 とする 思 想 体 系 はクリュシッポス( 前 3 世 紀 中 葉 )によって 整 理 される 命 題 論 理 や 自 制 心 克 己 心 を 究 めることに 主 眼 が 置 かれるが 決 定 論 運 命 論 的 側 面 や 終 末 論 を 唱 えていることもあり 神 秘 主 義 的 要 素 をある 程 度 含 んでいた エピクロス 派 エピクロス( 前 3 世 紀 初 め)を 祖 とする 精 神 的 な 安 寧 の 希 求 と 精 神 的 な 苦 しみの 克 服 を 説 く 形 而 上 的 な 存 在 ( 神 を 含 む)による 現 世 への 干 渉 を 否 定 神 的 世 界 と 現 世 を 分 離 原 子 論 的 な 立 場 をとる [ローマ 帝 国 への 影 響 ] (1)ルティリアヌスの 支 持 ルティリアヌスは 元 老 院 議 員 で 執 政 官 ( 補 充 執 政 官 )や 属 州 総 督 経 験 のある 名 士 中 の 名 士 であった このような 有 力 者 の 支 持 を 得 たことはアレクサンドロスの 帝 国 内 での 影 響 力 増 大 に 大 いに 役 立 った (2)マルクス 帝 (マルクス アウレリウス 帝 )の 神 託 伺 い(p.131) マルコマンニ 戦 争 時 にマルクス アウレリウス 帝 がアレクサンドロスの 神 託 所 に 神 託 伺 いを 行 ったとされるが 真 相 は 不 明 皇 帝 自 身 の 指 示 でない 可 能 性 もある
(3)ビテュニア=ポントス 属 州 総 督 アウィートゥスの 裁 判 拒 否 (p.137) アウィートゥスはどちらかといえばアレクサンドロスよりも 同 輩 のルティリアヌスに 配 慮 した 形 だが アレクサンドロスの 活 動 したパフラゴニア 地 方 を 統 治 する 総 督 としては ルキアノスの 告 訴 とはいえ 属 州 全 域 で 広 く 支 持 を 集 めるアレクサンドロスに 対 して 思 い 切 った 対 応 をとれなかった 可 能 性 が 高 い [アレクサンドロスの 神 話 体 系 ] 従 来 の 神 話 とは 異 なる 神 話 を 創 作 こうした フレキシビリティ や 包 容 性 がヘレニズムの 特 徴 である Ex)アポロン 神 託 音 楽 医 療 の 神 神 託 の 要 素 を 司 りアレクサンドロスの 宗 教 の 根 幹 を 占 める 神 となる イオーノポリス の 名 は イオンの 町 という 意 味 であるが この イオン はアポロンの 息 子 にあたる 英 雄 である なお ギリシア 人 の 部 族 イオニア 人 と 同 じ 由 来 である ゼウス レートー ペルセウス アポロン コローニス アスクレピオス=グリュコーン ポダレイリオス アレクサンドロスの 母 親 セレーネー(ルティリア 扮 する) か kk アレクサンドロス(エンデュミオン) 娘 ルティリアヌス
[ピタゴラスとアレクサンドロス] p.107,p.123,p.127 にピタゴラスに 関 するアレクサンドロスの 言 及 がある 彼 の 太 腿 がわざと 露 出 せられて 金 色 であることを 示 されたことがしばしばであった ( 中 略 ) 黄 金 の 太 腿 を 持 っているから 彼 はピュータゴラースの 魂 か あるいはそれに 類 するほかの 魂 を 持 っているのかという 議 論 をして ピタゴラスは 黄 金 の 太 腿 をもっているという 特 徴 があったとされている アレクサンドロスは 自 らの 黄 金 の 太 腿 を 根 拠 に 自 らをピタゴラスの 転 生 した 存 在 とし た 輪 廻 転 生 説 自 体 はプラトン 国 家 等 にもみられる 思 想 である また ピタゴラス 学 派 自 体 が 数 をアルケー( 万 物 の 根 源 )とする 宗 教 結 社 的 性 格 を 持 っ ており 共 和 制 後 期 前 期 帝 政 期 ローマでは 空 中 浮 遊 瞬 間 移 動 降 霊 術 を 含 んだ 神 秘 主 義 呪 術 的 な 新 ピタゴラス 主 義 が 出 現 した 新 ピタゴラス 主 義 者 は 自 らを ピタゴラス 派 と 自 称 したという 特 徴 がある 著 名 な 哲 学 者 にはニギディウス フィグルス( 前 1 世 紀 )やテュ アーナのアポローニオス(Ⅰ 世 紀 )がある 後 者 は p.108 にその 言 及 があり アレクサンド ロスのⅠ 世 代 前 の 宗 教 家 として 有 名 で アレクサンドロス 個 人 にも 影 響 を 与 えた 可 能 性 が 高 い [アレクサンドロスの 宗 教 に 見 られる 秘 儀 的 要 素 ] 秘 儀 (Μυστήρια) 古 代 ギリシアで 見 られる 神 秘 主 義 的 秘 密 主 義 的 な 祭 儀 のこと アレクサンドロスの 宗 教 にも 以 下 にあげられるような 秘 儀 的 要 素 がみられる お 直 声 接 吻 内 の 人 々 による 神 託 の 制 限 (p.120) 夜 の 神 託 の 説 明 者 の 限 定 (p.127) 炬 火 祭 及 び 神 官 の 位 階 の 設 置 エレウシスの 秘 儀 を 模 範 とする エレウシスの 秘 儀 については 第 四 回 史 料 脚 注 を 参 照 のこと 神 託 秘 儀 治 癒 哲 学 的 説 教 などの 既 存 のカリスマ 的 要 素 を 織 り 込 んだ 宗 教 初 期 キリスト 教 をはじめとした 帝 政 期 の 新 興 宗 教 の 特 徴 [ 帝 政 前 期 社 会 に 見 える 帝 政 後 期 社 会 の 萌 芽 ] 皇 帝 を 中 心 とした 名 誉 志 向 の 発 達 安 定 した 社 会 政 治 のもとでローマ 社 会 における 出 世 の 階 梯 (クルスス ホノルム)が 確 定 しつつあった 富 裕 な 市 民 にとって 執 政 官 をはじめとした 政 務 官 に 当 選 し 元 老 院 入 りするために 恵 与 をはじめとする 名 誉 支 持 獲 得 競 争 をさかんに 行 った 背 景 が あった 地 方 エリートによる 新 宗 教 の 採 用 と 町 の 発 展 他 都 市 の 団 体 との 連 帯 アレクサンドロスにみられる 新 宗 教 は 町 の 発 展 に 結 びついた また 彼 はアマストリス
のレピドスやテイオスのサケルドスのような 他 都 市 の 支 配 層 と 合 従 連 衡 関 係 を 結 んだ 秘 儀 神 託 予 言 といった 要 素 帝 政 前 期 の 宗 教 は 後 世 の 世 界 宗 教 にみられるドグマティックな 要 素 よりも 秘 儀 神 託 予 言 といったカリスマ 的 要 素 を 多 く 含 んでいた これは 後 に 世 界 宗 教 の 一 翼 を 占 めるキリスト 教 も 例 外 ではなかった 克 己 心 にあふれ 権 力 や 世 間 体 を 気 にせず 死 後 への 精 神 的 修 業 を 尊 び 肉 体 的 快 楽 を 卑 しむ 気 風 これは 主 に 次 回 以 降 に 解 説 する 範 囲 に 含 まれる グノーシス 主 義 や 初 期 キリスト 教 マニ 教 のように 現 世 を 相 対 化 し 死 後 における 救 済 を 目 指 して 精 神 的 修 行 に 励 む 諸 宗 教 が 勃 興 したのは 確 かである
第 六 七 回 (6/2 6/9) テーマ: 帝 政 前 期 の 宗 教 2 キリスト 教 グノーシス マニ 教 配 布 史 料 : 創 世 記 6:1-3 第 一 エノク 書 6-7 異 端 駁 論 Ⅰ25:6 三 体 のプローテンノイア [ 初 期 キリスト 教 の 発 展 ガリラヤからローマへ] 初 代 教 会 ( 紀 元 前 後 ~4 世 紀 末 ) の 成 立 イエスの 死 後 12 使 徒 (イエスの 直 弟 子 たち)を 中 心 にエルサレムに 原 始 的 なキリスト 教 会 が 成 立 した (1 世 紀 中 葉 ) 西 暦 70 年 前 後 に 最 初 の 福 音 書 である マルコによる 福 音 書 が 成 立 以 後 多 種 多 様 な キリスト 教 文 書 が 出 現 し ユダヤ 教 イエス 派 から キリスト 教 へと 変 化 を 遂 げ ていく パウロによる 伝 道 パウロ( 紀 元 前 後 ~65 年 頃 )は 元 々 小 アジアのタルソス 生 まれの 熱 心 なパリサイ 派 ユダ ヤ 教 徒 であり キリスト 教 徒 と 敵 対 していたがイエスの 死 後 にキリスト 教 に 回 心 し 熱 心 な 伝 道 活 動 を 行 った 65 年 頃 にローマ 皇 帝 ネロによるキリスト 教 迫 害 に 巻 き 込 まれて 殉 教 した パウロの 伝 道 やキリスト 教 の 拡 大 にはそれを 可 能 にした 背 景 があった (1)アンティオキア 教 会 の 設 立 アンティオキアはセレウコス 朝 シリアの 首 都 として 建 設 され シ リアの 中 心 都 市 交 通 の 要 衝 として また ローマ アレクサン ドリアに 次 ぐローマ 帝 国 第 三 の 都 市 として 繁 栄 を 誇 っていた こ の 大 都 市 に 教 会 を 設 立 したことでシリア 小 アジアへの 伝 道 が 進 んだ また キリスト 教 徒 という 呼 称 が 初 めて 使 用 された( 従 来 のユダヤ 教 徒 との 明 確 な 区 別 がなされた)のはアンティオキアで のことであった(*1) *1 そこでバルナバ(イエスの 弟 子 パウロの 同 行 者 )はサウロ(パウロと 同 一 人 物 パウロのユダヤ 名 )を 捜 しにタルソ(タルソス パウロの 出 身 地 )へ 出 か けて 行 き 彼 を 見 つけたうえ アンテオケ(アンティオキア)に 連 れて 帰 った ふたりは まる 一 年 ともどもに 教 会 で 集 まりをし 大 ぜいの 人 々を 教 えた このアンテオケで 初 めて 弟 子 たちがクリスチャンと 呼 ばれるようになっ た ( 使 徒 行 伝 11:25-11:26) (2) 地 中 海 世 界 に 広 がるユダヤ 人 コミュニティ バビロン 捕 囚 からヘレニズム 時 代 に 至 る 数 百 年 間 で 多 くのユダヤ 人 が 傭 兵 活 動 商 業 活 動 を 通 じて 地 中 海 世 界 各 地 にコミュニティを 築 いていた 中 でも 傭 兵 活 動 は 傭 兵 として の 任 期 満 了 後 にローマ 市 民 権 や 植 民 市 の 住 民 として 土 地 を 獲 得 できる( 屯 田 兵 のようなも
の)ため ローマ 市 民 権 を 得 てローマ 人 に 同 化 していったユダヤ 人 も 多 い なお パウロ はパリサイ 派 ユダヤ 教 徒 でありながらローマ 市 民 権 を 保 有 していた(=ローマ 帝 国 内 で 一 定 のエリート 層 だと 認 識 された)ことも 伝 道 に 役 立 った (3)ローマの 張 り 巡 らした 街 道 網 ローマ 帝 国 は 本 国 のみならず 属 州 にも 広 範 囲 に 道 路 網 を 張 り 巡 らした その 中 には 人 や 物 資 の 移 動 以 外 に 本 国 から 軍 団 を 速 やかに 紛 争 地 に 送 り 込 むといった 役 割 も 含 まれて いた この 街 道 網 もパウロの 伝 道 に 大 きく 役 立 った パウロはローマ 市 民 権 保 有 者 であり 属 州 のエリート 層 に 属 していたため 通 行 の 安 全 や 移 動 の 便 宜 を 属 州 総 督 に 図 ってもら っていた 可 能 性 が 高 い この 一 例 として 46 年 から 49 年 に 行 われたパウロの 伝 道 ( 使 徒 行 伝 13:4-14:28)について 触 れる パウ ロはバルナバとともにキプロスか ら 小 アジアに 向 かい パンフィリア (Pamphylia) 地 方 の 中 心 都 市 であ るペルガ(Perga)に 上 陸 し 陸 路 で ピシディアのアンティオキア(シリ アのアンティオキアと 区 別 される) に 向 かっている この 際 に Via Sebaste(アウグストゥス 街 道 )を 通 っている Via Sebaste は 山 がちで 交 通 が 不 便 な 小 アジア 中 央 部 ( 下 図 PISIDIE の 部 分 )の 統 治 を 効 率 化 するためにアウグス トゥス 帝 時 代 に 建 造 された 道 路 である この 地 域 はパウロの 出 身 地 であるタルソスにも ほど 近 く パウロにとっても 地 縁 があったと 思 われる
(4)パウロの 伝 道 の 特 徴 主 に 富 裕 層 貴 族 が 対 象 (ローマ 市 民 権 を 布 教 に 活 用 ) 非 ユダヤ 教 徒 ( 異 邦 人 )への 伝 道 が 中 心 ユダヤ 教 的 な 律 法 の 遵 守 を 求 めない [ヘレニズムでの 布 教 ] 旧 約 聖 書 のギリシア 語 訳 ヘレニズム 文 化 圏 の 公 用 語 であるギリシア 語 を 用 いた 布 教 七 十 人 訳 聖 書 (Septuaginta)の 編 纂 ( 前 3 世 紀 中 葉 プトレマイオス 朝 エジプト*1 にて) 他 に シノペのアクィラス(アキュラ) テオドティオン シュンマコス(エビオン 派 *2)に よる 旧 約 のギリシア 語 訳 が 知 られる *1 プトレマイオス 朝 はアレクサンドロス 大 王 の 部 下 がエジプトで 独 立 し 建 てた 王 国 であるため 支 配 層 はギリシア 人 であった *2 エビオン 派 とは 2 世 紀 頃 に 出 現 したキリスト 教 の 一 派 で 養 子 的 キリスト 論 を 特 徴 とする 彼 らは イエスのアプリオリ 的 な 神 性 や 聖 母 マリアの 処 女 懐 胎 を 否 定 し イエスがバプテスマのヨハネによっ て 洗 礼 を 受 けた 時 に 神 の 子 として 神 性 を 獲 得 したと 主 張 する その 構 成 員 のほとんどはユダヤ 人 キリスト 教 徒 であったとされる なお メソポタミアやパレスティナではヘブライ 語 やアラム 語 での 布 教 も 行 われた [ 初 代 キリスト 教 の 留 意 点 ] (1) 秘 儀 的 宗 教 個 人 の 子 弟 における 会 合 特 殊 な 入 信 儀 礼 聖 体 拝 領 兄 弟 花 嫁 の 部 屋 などの 隠 語 の 使 用 異 教 徒 への 秘 密 主 義 的 態 度 (2) 専 門 的 カリスマ 的 聖 職 者 の 活 動 都 市 ごとの 固 定 化 された 教 会 - 司 祭 関 係 ではなく 各 地 を 遍 歴 する 説 法 者 や 悪 魔 祓 い 師 らによる 呪 術 治 療 活 動 などのパフォーマンスによって 信 者 を 獲 得 し 教 団 を 維 持 した 同 じ 帝 政 前 期 の 宗 教 として 偽 予 言 者 アレクサンドロス とさまざまな 類 似 点 がある (3) 多 数 の 福 音 書 行 伝 黙 示 録 書 簡 現 代 キリスト 教 の 新 約 聖 書 27 文 書 (カトリック)がほぼ 確 定 し 現 在 の 形 になったの は 367 年 の アタナシオスの 第 39 復 活 祭 書 簡 を 経 て 397 年 の 第 3 カルタゴ 教 会 会 議 である つまり それ 以 前 にはキリスト 教 の 使 徒 聖 人 の 名 を 用 いた 文 書 が 多 数 流 布 し 何 をも って 正 典 となすかについては 教 派 教 会 ごとにさまざまであった こうした 流 動 性 や 可 能 性 は 初 期 キリスト 教 の 重 要 な 点 であり 神 話 の 自 由 な 解 釈 がある 程 度 可 能 であ ったヘレニズムの 影 響 を 初 期 キリスト 教 も 色 濃 く 受 けていたことを 示 す
[キリスト 教 とヘレニズムの 接 触 ] 第 二 次 ソフィスト 運 動 1 世 紀 頃 から 現 れるギリシア 文 化 のブーム( ギリシア ルネサンス という 研 究 者 も) (cf. http://greek-philosophy.org/ja/files/2014/03/ronshu2014horio.pdf 堀 尾 耕 一 哲 学 的 弁 論 術 と 第 二 のソフィスト 術 (ギリシア 哲 学 セミナー 論 集 XI,2014 より)) ギリシア 文 化 を 愛 好 したハドリアヌス 帝 ( 位 117-138)のもとで 興 隆 する 他 にもパンヘレニックなギリシア 都 市 同 盟 を 構 築 新 約 聖 書 のギリシア 語 底 本 のギリシア 語 が 稚 拙 2 世 紀 末 からギリシア 語 ラテン 語 の 素 養 に 優 れた 社 会 的 上 流 階 級 による 著 作 カイサリアのオリゲネス(c.182-251) リヨンのエイレナイオス(c.130-202)など 聖 書 の 比 喩 寓 意 的 解 釈 ギリシア 哲 学 ( 新 プラトン 主 義 (*1)の 流 出 説 (*2))などのヘレニ ズム 的 要 素 の 導 入 2~3 世 紀 にギリシア 語 でのキリスト 教 関 連 著 作 を 行 った 著 作 家 をギリシア 教 父 と 呼 ぶ *1*2 新 ブラトン 主 義 はプラトン 主 義 中 期 プラトン 主 義 の 流 れを 汲 んだ 思 想 で 多 分 に 神 秘 主 義 的 要 素 を 含 む 思 想 はアンモニオス サッカス(3 世 紀 中 葉 )やプロティノス(c.205-270)によって 提 唱 さ れ 流 出 説 を 基 本 とする 流 出 説 は 高 次 清 浄 な 世 界 に 存 在 する 大 いなる 一 者 からの 流 出 派 生 によって 万 物 が 生 まれ 流 出 の 過 程 を 遡 行 することで 霊 魂 を 高 次 清 浄 な 世 界 に 導 く ことができると 唱 える 説 である この 思 想 はアウグスティヌスにも 影 響 を 与 え( 彼 は 一 時 期 新 プラ トン 主 義 に 傾 倒 した) キリスト 教 神 学 の 中 で 一 者 が 父 なる 神 に 擬 せられていく 一 方 で グ ノーシス 主 義 の 神 話 にも 影 響 を 与 えた なお ここで 着 目 しなければいけない 点 はプロティノス 自 身 が 主 著 の エンネアデス でグノーシス 主 義 を 批 判 している 点 である グノーシス 主 義 は 世 界 輪 廻 からの 脱 出 を 唱 える 一 方 プロティノスはあくまで 世 界 輪 廻 の 枠 組 みの 中 での 霊 魂 の 高 次 化 を 唱 えている [グノーシス] 原 義 はギリシア 語 の Γνῶσις (Gnosis) で 知 識 を 意 味 する 定 義 づけは 難 しい 従 来 は キリスト 教 の 一 教 派 という 位 置 づけをなされた 時 代 もあったが キリスト 教 の 枠 にとどまらない 多 様 な 宗 教 集 団 だという 定 義 が 現 在 では 最 も 有 力 である 聖 書 に 加 えてギリシア 哲 学 ヘレニズム 文 化 の 知 見 も 加 えた 神 秘 主 義 的 神 話 体 系 プラトン 主 義 新 プラトン 主 義 にゾロアスター 教 エジプトの 宗 教 さえ 包 含 する ギリシア 哲 学 +キリスト 教 ユダヤ 教 思 想 +ヘレニズム 文 化 のシンクレティズム 反 宇 宙 的 二 元 論 を 中 心 的 教 義 とする
反 宇 宙 的 二 元 論 とグノーシスの 神 話 観 宇 宙 星 辰 ( 惑 星 ) 造 物 主 などの 現 世 を 支 配 していると 思 われていた 絶 対 的 存 在 を 相 対 化 し 現 世 での 営 為 や 人 間 の 肉 体 を 悪 だと 断 じる 思 想 である 造 物 主 ( 旧 約 聖 書 の 神 )は 至 高 なる 神 = 真 なる 神 からの 流 出 失 敗 で 生 まれた 失 敗 作 であり 至 高 なる 神 の 存 在 を 知 らないため 自 らの 権 能 を 驕 り 世 界 人 間 を 創 造 した これを 根 拠 に 人 間 世 界 は 悪 だと 断 じることが 可 能 となった 人 間 の 肉 体 が 悪 である 一 方 で 至 高 なる 神 は 救 済 の 糸 口 として 人 間 の 霊 魂 に 自 己 に 由 来 する 善 の 要 素 を 含 めた しかし 現 世 に 生 きる 人 間 は 欲 望 肉 体 という 枷 に 囚 われて 自 己 の 霊 魂 (= 本 来 的 自 己 ) に 含 まれる 至 高 なる 神 の 善 の 要 素 を 知 覚 することができない したがって 従 来 の 造 物 主 への 帰 依 では 死 後 に 救 済 を 得 ることはできず 現 世 に 転 生 して 再 び 肉 体 という 枷 に 拘 束 される 死 後 において 救 済 を 得 るためには 造 物 主 への 信 仰 ではなく 自 己 の 霊 魂 (= 本 来 的 自 己 ) に 含 まれる 至 高 なる 神 の 要 素 に 目 覚 める(=グノーシス= 知 識 )する ことで 輪 廻 から 解 脱 し 真 の 救 済 を 得 ることができる 否 定 神 学 的 な 宗 教 観 至 高 神 を ~ 無 い という 形 容 を 多 用 して 表 現 することで 人 間 の 尺 度 では 測 れない 至 高 なる 神 のイメージを 表 す 単 一 性 とは 単 独 支 配 のことであるから さらにその 上 に 支 配 するものは 存 在 しない それは 真 の 神 万 物 の 父 聖 なる 霊 万 物 の 上 にあって 見 えざる 者 不 滅 性 の 中 にある 者 純 粋 なる 光 すなわち いかなる 視 力 でも 見 つめることのできないほどの 光 の 中 にある 者 である(ヨハネのアポクリュフ ォン 第 6 節 ) この 彼 ( 至 高 神 )は 生 まれることも 死 ぬこともない 者 であるがゆえに 初 めも 終 わりもない 者 と 呼 ばれるにとどまらない むしろ 始 まりも 終 わりもないことが 既 にあり 方 であるように その 偉 大 さにおいて 達 しがたく その 知 恵 において 近 づきがたく その 権 威 において 把 握 しがたく その 甘 美 さにおいて 究 めがたいものである ( 三 部 の 教 え 第 3 節 ) わたしは 見 えざる 者 の 思 考 ( 筆 者 注 :グノーシス 主 義 の 至 高 神 は 自 己 を 思 惟 する 者 )の 中 にあ る 見 えざる 者 わたしは 測 り 得 ざる 者 言 い 得 ざる 者 の 中 に 顕 われてはいるが 私 は 達 し 得 ざる 者 達 し 得 ざる 者 の 中 に 存 在 し あらゆる 被 造 物 の 中 で 動 いている ( 三 体 のプローテンノイア 第 1 節 ) [グノーシスの 代 表 的 事 例 ] マルキオン 派 マルキオン(c.90-c.160 右 図 )によって 創 始 される マルキオ ンは 仮 現 論 (*1)やグノーシス 主 義 的 立 場 非 ユダヤ 人 に 対 する 差 別 非 道 徳 的 記 述 から 旧 約 聖 書 を 否 定 し 144 年 頃 に 異 端 として 破 門 されて 以 降 は テキストを ルカによる 福
音 書 パウロ 書 簡 (テモテ テトス 人 への 手 紙 を 除 く) に 限 定 した 独 自 の 正 典 を 編 集 した マルキオン 派 の 教 説 に 対 してはカルタゴのテルトゥリアヌス(c.160-c.220)やリヨン のエイレナイオスが 強 く 反 駁 したが 彼 らの 提 起 した 真 理 は 一 つなのになぜ 福 音 書 は 4 つもあるのか? という 問 いに 対 しては 当 代 随 一 の 教 養 を 誇 るギリシア 教 父 たちも 論 理 的 な 答 えを 出 すことができなかった *1 仮 現 論 (Docetismus)は 狭 義 には イエスの 人 間 としての 受 肉 や 受 難 を 否 定 し 人 々に そのよう に 見 えた のに 過 ぎなかった(イエスはあくまで 神 的 霊 的 存 在 で 肉 体 は 幻 のようなものに 過 ぎな い)とする 説 である 広 義 には 神 的 霊 的 なイエスが 人 間 に 働 きかける インターフェース として 肉 体 を 利 用 したとして 部 分 的 な 受 肉 を 認 める 説 も 含 まれる どちらにしてもイエスの 身 体 性 を 否 定 する 考 えで グノーシス 主 義 に 特 徴 的 な 思 想 の 一 つ イエスは 彼 らすべてを 密 かに 欺 いた なぜなら 彼 は 彼 が 実 際 に (そうで)あったような 仕 方 ( 姿 )では 現 わ れなかった むしろ 人 々に 見 られ 得 る 仕 方 ( 姿 )でこそ 現 われたからである この 者 たちすべてに 彼 は 現 れ た 大 いなる 者 には 大 いなる 者 として 現 れ た 小 さな 者 には 小 さな 者 として 現 れた 天 使 たちには 天 使 として 現 われた そして 人 間 たちには 人 間 として 現 れたのである (フィリポによる 福 音 書 26:a) ウァレンティヌス 派 ウァレンティヌス(c.100-c.160)によって 創 始 される その 特 徴 は 下 のような 階 梯 的 な 宇 宙 像 創 造 神 話 である その 概 要 は 以 下 に 述 べるように 多 神 教 的 であり この 点 ではヘレニ ズム 的 な 宗 教 観 が 多 分 に 取 り 込 まれている また 神 話 はギリシア 語 で 描 写 されている 最 初 に 至 高 なる 神 である Bythos( 他 にもさまざまな 呼 称 がある)からアイオーン( 神 的 存 在 )たちが 流 出 し ていき オグドアス 呼 ばれる 8 体 のアイオーン( 至 高 神 を 含 む)が 出 現 した なお アイオーンたちは 全 て 両 性 具 有 の 存 在 であったが 2 体 で 1 対 をなしていた このうち アイオーン Logos( 言 葉 )-Zoe( 生 命 ) の 対 および Anthropos( 人 間 )-Ekklesia( 教 会 )の 対 から 二 次 的 な 流 出 が 行 われ さらに 11 対 22 体 のアイ オーンが 現 れた この 時 点 で 30 体 のアイオーンが 存 在 する 領 域 はプレーローマ( 超 越 永 遠 的 世 界 )と 呼 ばれ また 至 高 神 の Bythos を 見 ることができるのは Nous( 精 神 )のみであった この 時 最 後 のアイオ ーン Sophia( 知 恵 )が 秩 序 を 破 って Bythos の 姿 を 見 よう としたため プレーローマは 大 いに 乱 れた Sophia は 最 終 的 に 自 らの 雑 念 を 下 界 ( 中 間 界 )に 捨 て プレーローマの 安 定 は 回 復 したが 中 間 界 に 落 とされた Sophia の 雑 念 (= 悪 ) は 創 造 神 (デミウルゴ ス ヤルダバオートと 呼 ばれ る) として 現 世 人 間 の
肉 体 を 創 造 した 一 方 で 人 間 の 霊 魂 は 創 造 神 ではなく Bythos に 由 来 するものであり イエス は 人 間 たちに 霊 魂 = 本 来 的 自 己 を 知 覚 させるために Bythos が 遣 わした 霊 的 存 在 である そして 人 間 は 本 来 的 自 己 を 知 覚 (=グノーシス)することで 死 後 に 霊 魂 が Bythos のもとへ 回 収 され 救 済 さ れるとする マンダ 教 マンダ はマンダ 語 (マンダ 教 徒 が 用 いる)で 知 識 を 意 味 する (=グノーシス) 聖 典 ギンザー を 中 心 とした 信 仰 を 行 う 流 水 に 天 界 からの 要 素 が 含 まれているとして 洗 礼 や 洗 礼 者 ヨハネを 重 視 する ( ギンザー には ヨ ルダン(ヨルダン 川 ) などの 洗 礼 にかかわる 語 句 が 多 数 登 場 する) マンダ 教 は 現 在 もユーフラテス 川 下 流 のイラク イラン 南 部 に 2000 人 程 度 の 信 者 コミュ ニティが 現 存 する グノーシス はキリスト 教 の 一 派 というよりもローマ 帝 国 ヘレニズム 世 界 という 肥 沃 な 知 的 宗 教 的 土 壌 に 生 まれた 知 的 な 潮 流 [グノーシスと 正 統 教 会 の 闘 い - 正 典 の 固 定 化 -] マルキオン 派 以 降 のグノーシス 教 派 多 種 多 様 の 福 音 書 聖 文 書 を 自 派 の 主 張 に 合 わせて 使 用 正 統 教 会 側 からの 反 発 正 典 として 使 用 テキ ストを 固 定 する 動 き cf.ムラトリ 断 片 (Muratorian Fragment 右 図 ) 2 世 紀 に 書 かれた 正 典 の 目 録 正 典 (canon)と 外 典 (Apocrypha) 偽 典 (Pseudepigrapha)の 区 別 が 生 まれる 当 時 に 大 量 の 外 典 偽 典 文 書 ( 外 典 は 正 典 に 含 まれるか 議 論 の 末 に 外 された 文 書 偽 典 は 使 徒 聖 者 の 名 を 騙 った 文 書 で 正 典 に 含 まれるか 議 論 さえされずに 排 除 された 文 書 )が 流 布 していたことがうかがえる キリスト 教 公 認 (313) キリスト 教 国 教 化 (392) 以 降 も 正 典 の 定 義 については 教 会 会 議 で 検 討 が 進 められる 新 約 旧 約 の 順 で 正 典 の 確 定 化 が 進 んでいく アタナシオスの 第 39 復 活 祭 書 簡 (367) 第 3 カルタゴ 教 会 会 議 (397)でほぼ 成 立 ( 東 方 教 会 では 10 世 紀 ごろまで 遅 れ コプト 教 会 やプロテスタントなどでは 現 在 でも 正 典
とする 文 書 が 異 なる) ナグ ハマディ 文 書 ( 右 図 ) 1945 年 にナイル 川 中 流 のナグ ハマディで 発 見 された 3~4 世 紀 の 写 本 集 でそのほとんどがグノーシス 主 義 的 な 外 典 文 書 で 占 められる エジプトの 修 道 士 会 (パコミオス 派 )が テキストとして 用 いていた 可 能 性 が 高 い 写 本 中 にプラト ン 国 家 の 一 部 があることから ギリシア 哲 学 プラト ン 思 想 の 影 響 が 強 かったことがわかる 聖 書 訳 の 矛 盾 への 対 処 タティアノス ディアテッサロン( 右 図 ) (c.160-175) 最 初 のシリア 語 訳 新 約 聖 書 4 福 音 書 を 併 記 アレクサンドリアのオリゲネス ヘクサプラ( 左 図 ) 七 十 人 訳 をはじめとする 6 種 の 底 本 の 旧 約 聖 書 を 比 較 対 照 このように ヘレニズム 時 代 帝 政 前 期 の 諸 宗 教 には 2 つの 潮 流 が 読 み 取 れる 1 神 話 文 献 の 派 生 創 作 偽 予 言 者 アレクサンドロスやグノーシス 主 義 に 代 表 されるように 既 存 の 宗 教 神 話 を ある 程 度 改 変 創 作 することに 寛 容 な 土 壌 が 存 在 した 1VS2の 対 立 2 正 典 の 選 別 固 定 化 教 義 の 確 定 1の 流 れに 対 抗 して 正 統 とされていた 教 会 教 派 による 教 義 の 固 定 化 によって 求 心 力 を 獲 得 するという 意 図 が 存 在 した 正 統 から 外 れた 存 在 は 異 端 外 典 偽 典 として 排 斥 [ 教 会 内 外 の 緊 張 ] 殉 教 者 告 白 者 ( 証 聖 者 ) 遍 歴 説 教 者 予 言 者 といったカリスマ 的 存 在 への 崇 拝 (ex.フリ ギアのモンタヌス 派 *1) 教 会 聖 職 位 階 制 を 否 定 都 市 を 基 盤 とする 定 住 的 司 教 教 会 との 緊 張
*1 モンタヌス 派 は 予 言 者 モンタヌスによって 小 アジアのフリギア 地 方 で 創 始 された モンタヌス 派 は 聖 霊 降 誕 と キリスト 再 臨 を 主 張 し 原 始 教 会 への 回 帰 を 説 いた 一 方 で 断 食 や 禁 欲 などの 苦 行 的 修 行 を 行 った 聖 職 位 階 制 を 否 定 したため 2 世 紀 末 には 異 端 に 指 定 された 地 方 慣 習 の 相 違 による 教 会 間 対 立 復 活 祭 催 行 日 をめぐるローマ 教 皇 ウィクトル 1 世 ( 位 189-199)と 小 アジア 諸 教 会 との 対 立 (リヨンのエイレナイオスによる 調 停 で 教 会 分 裂 は 回 避 325 年 の 第 1 ニカイア 公 会 議 で 確 定 ) 教 義 の 相 違 による 教 会 内 対 立 アンティオキア 司 教 であったサモサタのパウルス(c.200-275)が 異 端 のモナルキア 主 義 ( 養 子 的 キリスト 論 )を 展 開 したため 教 会 会 議 で 追 放 されたが パルミラ(ローマ 帝 国 から 半 独 立 状 態 になっていた) 女 王 のゼノビアの 保 護 のもとに 司 教 位 を 強 引 に 保 持 272 年 にアウレリアヌス 帝 がパルミラを 滅 ぼしたのち 皇 帝 のもとで 裁 判 が 行 われ 公 式 にパウルスは 司 教 を 退 いた [マニ 教 ] キリスト 教 ゾロアスター 教 グノーシス 主 義 仏 教 ギリシア 哲 学 を 総 合 ギリシア ヘレニズム 的 思 想 シリア パレスティナからのキリスト 教 グノーシス 主 義 インドからの 仏 教 土 着 のゾロアスター 教 が 混 じり 合 うイラン 高 原 で 誕 生 教 祖 はマーニー(216-277) マーニーはユーフラテス 川 下 流 地 域 の 出 身 で 元 はユダヤ 人 キリスト 教 徒 であったとされる マーニー 自 身 を セト エノシュから 続 く 預 言 者 の 系 譜 ( 仏 陀 を 含 む)に 位 置 づける マーニーは 最 後 の 封 印 ( 最 後 の 預 言 者 ) メソポタミア シリア エジプト 北 アフリカを 中 心 に 信 者 を 獲 得 のちにはシルクロードを 経 由 して 中 央 アジア 中 国 にも 伝 播 戒 律 を 遵 守 し 司 牧 を 行 う 聖 職 者 と 経 済 的 支 援 を 行 う 一 般 信 者 の 存 在 ユダヤ 教 的 [ 教 父 アウグスティヌス(354-430)] 告 白 神 の 国 などの 著 作 中 世 ヨーロッパの 神 学 哲 学 に 大 きな 影 響 初 期 の 経 歴 (354-386) キ ケ ロ ( ラ テ ン 修 辞 学 ) の 学 習 新 プ ラ ト ン 主 義 マ ニ 教 キリスト 教 キリスト 教 回 心 以 前 にギリシア ラテン 哲 学 やヘレニズム 的 な 宗 教 思 想 に 広 く 触 れたことが 後 の 著 作 活 動 を 支 えたには
[ユダヤ 教 ] ローマ 以 前 の 略 史 ユダヤ 人 のエジプト 移 住 と 迫 害 モーセによる 出 エジプト 十 戒 12 部 族 のゆるやかな 連 帯 のもとでパレスティナに 定 住 ペリシテ 人 ( 海 の 民 の 一 派 )やアラム 人 フェニキア 人 などの 他 民 族 との 接 触 王 国 時 代 (サウル ダビデ ソロモン)には 近 隣 のペリシテ 人 を 破 ってイスラエル 王 国 (ヘブライ 王 国 )を 建 国 ソロモン 王 の 死 後 にイスラエル 王 国 とユダ 王 国 に 分 裂 アッシリア 新 バビロニア 王 国 により 滅 亡 バビロン 捕 囚 などの 民 族 の 危 機 アケメネス 朝 ペルシアによる 解 放 と 民 族 意 識 の 高 揚 民 族 宗 教 としての ユダヤ 教 の 確 立 アレクサンドロス 大 王 による 征 服 大 王 死 後 にはセレウコス 朝 の 支 配 下 に 入 る マカバイらによる 反 乱 ハスモン 朝 ユダヤの 確 立 ポンペイウスによる 征 服 ( 前 63) ローマ 帝 国 内 のユダヤ 教 徒 66-73 年 第 一 次 ユダヤ 反 乱 ウェスパシアヌス ティトゥスによる 鎮 圧 とエルサレムの 破 壊 132-136 年 第 二 次 ユダヤ 反 乱 バル コクバによる 独 立 戦 争 ハドリアヌス 帝 による 鎮 圧 ユダヤ 人 をエルサレムから 追 放 属 州 名 を ユダヤ から バレスティナ に 改 名 ディアスポラ(ユダヤ 人 の 離 散 )の 本 格 化 ディアスポラとユダヤ 教 の 発 展 神 畏 れ 人 ( 非 ユダヤ 人 のユダヤ 教 徒 支 援 者 ) 非 ユダヤ 人 ユダヤ 教 徒 の 登 場 ユダヤ 教 の 勢 力 拡 大 民 族 宗 教 から 普 遍 宗 教 への 脱 皮 Patriarcha に 代 表 されるローマとの 関 係 改 善 4 世 紀 にはユダヤ 教 聖 職 者 への 特 権 や 神 殿 再 建 が 行 われる 各 地 の 信 者 コミュニティの 再 編 ラビ(ユダヤ 教 の 宗 教 指 導 者 )たちの 知 識 律 法 の 再 編 ミシュナー の 編 集 (2 世 紀 末 )による 口 頭 伝 承 がメインだった 律 法 解 釈 の 成 文 化 ローマ 社 会 との 文 化 的 融 合 ヘレニズム 的 表 現 形 式 を 積 極 的 に 採 用 したシナゴーグ 建 築 や 共 同 墓 地 建 設 12 星 座 や 太 陽 ギリシア 語 の 使 用 太 陽 神 崇 拝 をモチーフとして 使 用
[ユダヤ 教 文 献 の 新 たな 潮 流 ] ガリラヤ バビロニアが 新 たな 宗 教 的 中 心 地 となる 外 典 偽 典 の 成 立 死 海 文 書 ( 右 図 ) に 代 表 される 多 様 な 聖 典 の 流 布 ラビたちの 知 的 活 動 作 品 と 時 代 に 応 じた 分 類 (1) Tannaim (1-2C) (2) Amoraim (3-5C) (3) Savoraim (6C) (4) Geonim (7-10C) ミシュナー は Tannaim 期 に 属 する 様 々な 文 献 の 成 立 トセフタ 3 世 紀 末 頃 に 成 立 中 期 ヘブライ 語 での 執 筆 Amoraim 期 の 代 表 的 著 作 タルムード ミシュナー の 注 釈 6 世 紀 頃 (Savorim 期 )のものが 特 に 有 名 ミシュナー に 収 録 されなかった 多 くの Tannaim 期 のラビたちの 発 言 を 多 く 収 録 パレスティナとバビロニアでそれぞれ 制 作 される ミドラシュ 律 法 と 聖 典 の 釈 義 解 説 書 の 総 称 Tannaim 期 から Geonim 期 以 降 13 世 紀 頃 に 至 るまで 多 くの ミドラシュ が 制 作 された (ך נת タナハ(Tanakh, ヘブライ 語 聖 書 のことを 指 し ユダヤ 教 では 聖 典 として 扱 われる (הרות (Torah, モーセ 五 書 (םיאיבנ (Nevi im, 預 言 者 (םיבותכ (Ketubim, 諸 書 キリスト 教 の 旧 約 聖 書 と 本 質 的 には 変 わらないが 文 書 の 配 列 がやや 異 なる
第 八 回 (6/16) テーマ:ローマ 帝 政 後 期 の 社 会 [ 三 世 紀 の 危 機 (235-284)] 軍 人 皇 帝 時 代 とも 呼 ばれたローマ 帝 国 の 混 乱 衰 退 期 (1) 外 圧 と 皇 帝 の 乱 立 帝 国 東 方 でのササン 朝 ペルシア(226 年 成 立 )という 強 大 な 中 央 集 権 国 家 の 台 頭 帝 国 西 方 でのゴート 族 などのゲルマン 人 の 台 頭 ローマ 全 軍 の 最 高 指 揮 官 (imperator)である 皇 帝 が 単 独 で 帝 国 各 地 の 軍 団 を 指 揮 して 国 境 各 地 の 紛 争 に 対 応 するのが 困 難 に 属 州 駐 屯 軍 団 近 衛 軍 団 (イタリア 駐 屯 軍 )による 皇 帝 擁 立 弱 小 な 近 衛 軍 団 (praetoriani)しか 持 たない 皇 帝 元 老 院 は 対 抗 できず 結 果 として 235-284 年 の 49 年 間 で 元 老 院 に 承 認 された 皇 帝 だけで 19 人 承 認 されていない 僭 称 (usurpatio)も 含 めると 50 人 前 後 の 皇 帝 が 擁 立 された 擁 立 された 軍 人 皇 帝 の 多 くは 騎 士 身 分 出 身 者 ( 前 期 帝 政 期 の 皇 帝 はほとんどが 元 老 院 議 員 身 分 )であり 実 力 主 義 的 傾 向 が 強 まっている 背 景 には 帝 位 継 承 原 則 の 未 確 立 と 元 老 院 の 権 威 の 弱 体 化 がある 1 帝 位 継 承 原 則 の 未 確 立 前 期 帝 政 時 代 の 皇 帝 はあくまでも S.P.Q.R( 元 老 院 及 びローマ 市 民 )の プリンケプス ( 第 一 人 者 ) でしかなかったため 王 朝 を 持 つことはなかった 帝 位 継 承 は 世 襲 の 場 合 (セプティミウス セウェルス 帝 -カラカラ 帝 など)もあれば 皇 帝 が 有 能 な 人 物 を 自 身 の 養 子 として 帝 位 を 継 がせる 場 合 ( 五 賢 帝 時 代 )もあり 決 まった 帝 位 継 承 法 は なかった これは 初 代 皇 帝 アウグストゥスが 共 和 政 の 伝 統 を 崩 さない 範 囲 で 国 家 の 全 権 を 掌 握 するためにとった 方 法 が プリンケプス となることであり 王 皇 帝 を 直 接 名 乗 らなかったことに 起 因 する 弱 点 である 皇 帝 は 基 本 的 に 終 身 職 であり 任 期 途 中 での 更 迭 は 不 可 能 であったため 無 能 不 人 気 な 皇 帝 に 対 しては 暗 殺 内 戦 による 帝 位 簒 奪 以 外 の 方 法 が 存 在 しなかった 2 元 老 院 の 権 威 の 弱 体 化 共 和 政 時 代 の 元 老 院 は 軍 団 指 揮 官 などの 軍 事 職 を 輩 出 したが 帝 政 期 には 軍 事 の 大 部 分 を 皇 帝 と 皇 帝 の 任 命 した 騎 士 身 分 出 身 の 軍 人 に 依 存 することとなった これに より 元 老 院 は 軍 事 的 影 響 力 をほぼ 失 い 強 大 な 軍 事 力 を 背 景 とした 軍 人 皇 帝 に 対 抗 できなかった また その 時 代 のパワーバランスに 合 わせて 多 数 の 軍 人 皇 帝 を 承 認 し たために 市 民 からの 信 頼 を 失 った 皇 帝 元 老 院 /イタリア 本 国 属 州 の 関 係 が 崩 壊 身 分 権 威 よりも 実 力 重 視 の 時 代 の 到 来
(2) 経 済 の 混 乱 帝 国 各 地 での 戦 争 による 軍 事 費 の 増 加 貨 幣 の 改 悪 による 打 開 を 図 るが 失 敗 し 急 激 なインフレと 貨 幣 経 済 の 崩 壊 を 招 く 帝 国 内 部 への 異 民 族 侵 入 による 神 殿 の 略 奪 海 上 交 易 の 衰 退 ゴート 人 が 北 方 から 侵 入 して 黒 海 沿 岸 のボ スポラス 王 国 (クリミア 半 島 のギリシア 人 国 家 でローマの 属 国 )を 衰 退 させる 黒 海 からボスポラス 海 峡 を 突 破 して 地 中 海 に 進 出 地 中 海 各 地 の 都 市 神 殿 を 略 奪 神 殿 は 地 中 海 世 界 において 経 済 的 中 心 地 の 役 割 も 果 たしていたため 神 殿 の 略 奪 は 地 域 の 経 済 活 動 を 低 下 させた (3) 地 方 政 権 の 自 立 ササン 朝 ペルシア ゲルマン 人 の 侵 攻 に 対 応 するため 帝 国 の 東 西 で 地 方 政 権 が 独 立 西 方 :ガリア 帝 国 (*1 右 図 緑 ) 東 方 :パルミラ 王 国 (*2 右 図 黄 ) 274 年 にアウレリアヌス 帝 (*3)が 再 統 一 *1 ガリア 帝 国 は 260 年 から 274 年 までローマ 帝 国 西 方 (ブリタニア ガリア)を 支 配 した 独 立 政 権 であ る 260 年 にローマ 皇 帝 ウァレリアヌスがササン 朝 に 敗 れて 捕 虜 となり ローマ 皇 帝 の 権 威 は 失 墜 した 間 もなく 帝 位 をガリエヌス 帝 (ウァレリアヌス 帝 の 息 子 )が 継 いだものの 帝 国 各 地 で 反 乱 皇 帝 の 僭 称 が 頻 発 した その 中 でも ライン 川 下 流 地 域 の 駐 屯 軍 司 令 官 のポストゥムスはローマ 皇 帝 を 僭 称 しただけでなく 首 都 をコローニア アグリッピナ( 現 :ケルン)に 置 き 独 自 の 元 老 院 や 近 衛 軍 団 まで 創 設 した ガリア 帝 国 は 通 称 に 過 ぎないが ポストゥムスの 政 権 が 他 の 僭 称 皇 帝 と 異 なる 最 大 の 点 はその 持 続 期 間 である 多 くの 僭 称 皇 帝 は 元 老 院 や 軍 団 の 支 持 を 得 られずにすぐに 有 力 な 皇 帝 の 討 伐 軍 に 敗 れ その 政 権 は 短 命 であった 一 方 で ガリア 帝 国 の 存 在 はローマ 帝 国 に 半 ば 黙 認 された 状 態 で 5 代 15 年 も 続 いた(ガリエヌス 帝 はゲルマン 人 ササン 朝 対 策 に 忙 殺 されており ガ リア 帝 国 を 攻 撃 する 余 裕 がなく またガリア 帝 国 は 同 じローマ 人 による 地 方 政 権 であるため 異 民 族 の 侵 入 に 比 べて 優 先 度 は 低 かった ) しかしポストゥムスの 死 後 ガリア 帝 国 は 崩 壊 へ 向 かい 最 後 の 皇 帝 テトリクス 1 世 および 息 子 のテトリクス 2 世 はアウレリアヌス 帝 の 討 伐 軍 に 降 伏 した ローマ 帝 国 の 元 老 院 議 員 階 級 でもあったテトリクス 1 世 父 子 は 降 伏 後 も 処 刑 されずに 元 老 院 議 員 に 復 帰 し テトリクス 1 世 はイタリア 南 部 の 行 政 官 を 務 めた *2 パルミラ 王 国 は 267 年 ( 実 質 的 には 260 年 )から 273 年 までローマ 帝 国 東 方 を 支 配 した 独 立 政 権 であ る 260 年 にローマ 皇 帝 ウァレリアヌスがササン 朝 に 敗 れて 捕 虜 となり ローマ 皇 帝 の 権 威 は 失 墜 した 間 もなく 帝 位 を 継 いだガリエヌス 帝 はササン 朝 ペルシアの 脅 威 に 対 抗 するため シリア 属 州
パルミラ 出 身 の 有 力 者 であったセプティミウス オデナトゥスと 協 力 してササン 朝 を 打 ち 破 った この 功 績 により オデナトゥスはガリエヌス 帝 から 帝 国 東 方 属 州 の 防 衛 を 一 任 される 存 在 となった ため オデナトゥスを 支 配 者 とし パルミラを 首 都 とする 実 質 的 な 地 方 政 権 が 成 立 した なお オデ ナトゥスはあくまでローマ 帝 国 から 独 立 せず ガリエヌス 帝 に 忠 誠 を 尽 くして 戦 った しかし 267 年 にオデナトゥスが 暗 殺 されたのちに 実 権 を 掌 握 したゼノビア(アラビア 系 の 部 族 出 身 でオデナト ゥスの 妻 )は 息 子 のウァバッラトゥスを アウグストゥス と 名 乗 らせ ローマ 帝 国 からの 独 立 を 宣 言 し 自 らは 女 王 として 実 権 を 握 った パルミラ 王 国 は 現 地 住 民 やアラブ 系 遊 牧 民 の 支 持 を 受 け ササン 朝 とも 良 好 な 関 係 を 保 ちつつも ローマ 帝 国 に 対 して 明 確 な 敵 対 姿 勢 を 見 せなかった(ガ リエヌス 帝 も 多 正 面 作 戦 を 嫌 ってパルミラとの 全 面 的 な 衝 突 を 避 けた) 一 方 でパルミラ 王 国 はゼノ ビアのもとでエジプトや 小 アジア 一 帯 をローマ 帝 国 から 奪 うなど 領 土 を 拡 大 した しかし 273 年 にアウレリアヌス 帝 はアンティオキアを 攻 略 するなどパルミラ 王 国 に 対 する 軍 事 作 戦 を 強 化 し パ ルミラもペルシア 式 の 重 装 騎 兵 戦 術 で 対 抗 したが 敗 れ パルミラを 攻 め 落 とされたため パルミラ 王 国 は 滅 亡 した ウァバラトゥスは 敗 死 し ゼノビアは 捕 虜 になったが 処 刑 はされずに 解 放 され て のちに 元 老 院 議 員 と 再 婚 したといわれている *3 アウレリアヌス 帝 (ルキウス ドミティウス アウレリアヌス)はパンノニア 属 州 のシルミウムで 214 年 に 生 まれた アウレリアヌスはローマ 軍 に 入 隊 し 百 人 隊 長 や 大 隊 長 を 務 めたのちにガリエヌス 帝 のもとで 騎 兵 隊 司 令 官 に 任 命 され 268-269 年 の 対 ゴート 族 戦 争 で 数 万 人 のゴート 族 を 殲 滅 するなど 有 能 な 軍 人 としての 才 能 を 発 揮 した 270 年 に 内 戦 を 制 してローマ 皇 帝 位 に 就 いたのちも 精 力 的 な 軍 事 行 動 を 行 い 271 年 にアレマンニ 族 ゴート 族 を 破 り 273 年 にはパルミラ 王 国 を 征 服 した 274 年 には 15 年 近 くにわたって 帝 国 西 方 を 占 領 していたガリア 帝 国 を 接 収 (ガリア 皇 帝 テトリクス 1 世 が 自 身 の 身 の 安 全 と 引 き 換 えに 降 伏 )し ローマ 帝 国 の 再 統 一 を 成 し 遂 げた この 功 績 により 元 老 院 から Restitutor Orbis( 世 界 の 修 復 者 )の 称 号 を 贈 られた アウレリアヌスの 成 し 遂 げた 主 な 業 績 は 他 にはダキア 属 州 (トラヤヌス 帝 により 106 年 に 属 州 化 )のゴート 族 への 譲 渡 とゴート 族 との 講 和 や ローマ 市 の 城 壁 再 建 貨 幣 の 改 善 などが 挙 げられる アウレリアヌスの 努 力 にもかかわらず 帝 国 の 衰 退 と 混 乱 は 収 まることはなく 275 年 にアウレリアヌスが 暗 殺 されると 帝 国 は 再 び 大 きな 混 乱 期 を 迎 えることとなる (4) 帝 国 側 の 対 応 騎 兵 隊 中 心 の 大 規 模 な 野 戦 機 動 軍 の 創 設 国 境 線 駐 屯 軍 のみではゲルマン 人 ササン 朝 ペルシアの 侵 入 を 抑 えることが 困 難 皇 帝 直 属 の 中 央 野 戦 軍 により 紛 争 地 に 急 行 鎮 圧 することが 可 能 になる 軍 事 指 揮 官 職 からの 元 老 院 議 員 の 排 除 元 老 院 議 員 の 軍 事 指 揮 官 職 就 任 を 禁 止 (ガリエヌス 帝 時 代 からだと 言 われる) 軍 人 と 政 治 家 の 完 全 分 離 を 達 成 軍 団 の 統 率 力 向 上 これらの 改 革 により 軍 事 的 危 機 を 打 開 しかし かつてのローマ 帝 国 のあり 方 とは 大 きく 変 容 してしまうこととなり 後 期 帝 政 への 流 れが 加 速 してゆく
[ディオクレティアヌスの 改 革 後 期 帝 政 の 開 始 ] テトラルキア( 四 分 統 治 ) 広 大 な 帝 国 を 一 人 の 皇 帝 が 防 衛 統 治 するのは 不 可 能 数 人 の 皇 帝 で 分 割 統 治 を 行 う (1)ディアルキア( 二 分 統 治 ) 東 西 2 名 の 皇 帝 (285-293) ディオクレティアヌス 東 方 皇 帝 (Augustus Iovius) マクシミヌス 西 方 皇 帝 (Augustus Herculius) 二 分 統 治 でも 効 率 的 な 統 治 が 困 難 (2)テトラルキア( 四 分 統 治 ) 東 西 皇 帝 (Augustus)のもとに 副 帝 (Caesar)を 置 く(293-305) 東 方 正 帝 ディオクレティアヌス 担 当 地 域 : 小 アジア シリア パレスティナ エジプト リビア メソポタミア 首 都 :ニコメディア 東 方 副 帝 ガレリウス 担 当 地 域 :バルカン 半 島 ~ドナウ 川 右 岸 首 都 :シルミウム 西 方 正 帝 マクシミヌス 担 当 地 域 :イタリア リビア キレナイカ マウレタニア ヒスパニア 首 都 ;メディオラーヌム(ローマでないことに 注 意 ) 西 方 副 帝 コンスタンティウス クロルス 担 当 地 域 ;ブリタニア ガリア ゲルマニア 首 都 :アウグスタ トレヴェローヌム
皇 帝 権 威 の 拡 大 ( 前 期 帝 政 期 ) 皇 帝 はあくまで S.P.Q.R の プリンケプス( 第 一 人 者 ) であり 皇 帝 個 人 の 人 格 に 重 点 が 置 かれる ( 後 期 帝 政 期 ) 皇 帝 の 称 号 としての Dominus( 主 )の 使 用 貨 幣 などに 描 かれる 皇 帝 像 の 差 別 化 が 縮 小 ( 個 人 よ りも 皇 帝 という 地 位 への 崇 拝 ) ディアデマ( 冠 )の 使 用 や 儀 礼 の 差 異 化 東 方 的 な 絶 対 的 君 主 像 がモデル テオドシウス 1 世 が 描 かれた 硬 貨 頭 にはディアデマが 巻 かれている [ディオクレティアヌス 改 革 の 影 響 ] (1) 共 同 統 治 帝 の 出 現 に 伴 う 宮 廷 の 増 加 と 軍 団 の 拡 充 東 西 それぞれの 正 帝 副 帝 4 名 の 皇 帝 が 並 立 したため 各 皇 帝 の 支 配 地 にそれぞれ 宮 廷 軍 団 が 置 かれる 巨 大 な 官 僚 軍 事 機 構 の 誕 生 拡 大 帝 国 政 府 関 連 の 役 職 が 増 加 地 方 都 市 の 有 力 者 が 帝 国 政 界 に 進 出 帝 国 中 央 と 地 方 都 市 の 接 触 が 密 接 になる (cf.アントニヌス 勅 令 (212 年 )による 全 属 州 民 へのローマ 市 民 権 付 与 も 一 因 ) (2) 属 州 の 分 割 細 分 化 従 来 のイタリア 本 国 - 属 州 の 制 度 を 廃 止 新 たに 道 管 区 属 州 の 3 行 政 区 を 設 立 道 (Praefectura Praetorio)> 管 区 (Dioecesis)> 属 州 (Provincia)の 順 で 階 層 化 イタリア 道 イリュリクム 道 ガリア 道 オリエンス 道 の 4 道 に 分 かれて 統 治 皇 帝 1 名 に 対 して 1 つの 道 を 統 治 4 道 のもとに 15 管 区 が 属 し その 下 にさらに 約 100 の 属 州 が 属 する(4 世 紀 中 葉 ) 属 州 の 細 分 化 により 総 督 の 権 限 を 削 減 中 央 集 権 化 を 進 める cf.ヴェローナ リスト ヴェローナで 発 見 された 4 世 紀 初 頭 のローマ 帝 国 各 属 州 のリスト 約 100 州 が 記 録 される
第 九 回 (6/23) テーマ:ローマ 帝 政 後 期 の 都 市 今 回 は 前 期 帝 政 との 対 比 がかなり 重 要 な 部 分 を 占 めており この 授 業 自 体 のメインテーマの 一 つでもあ るので 適 宜 第 二 ~ 四 回 の 授 業 まとめを 参 照 して 下 さい [アントニヌス 勅 令 ] インペラトル カエサル マ ルクス アウレリ ウス セウェルス アントニヌス ア ウグストゥ ス が 告 示 した ( 中 略 ) そこで 私 は 外 人 たちが 我 らの 民 (ローマ 市 民 )の 中 に 入 るたびに 彼 らを 神 々へ の 崇 拝 に 導 いたならば 私 が 偉 大 にして 経 験 に 神 々の 威 光 に 相 応 しいことをなすことができると 信 じる それゆえに 世 界 中 に 住 むすべての 外 人 にローマ 市 民 権 を 与 える 降 伏 者 (*1)を 例 外 としてすべての 種 族 が ローマ 市 民 の 地 位 に とどまる ( 歴 史 学 研 究 会 編 世 界 史 史 料 1 古 代 のオリエントと 地 中 海 世 界 よ り アントニヌス 勅 令 (P. Giss. I. 40 より) ) *1 ラテン 語 訳 版 (P. Giss はギリシア 語 )で dediticiis なので 解 放 奴 隷 奴 隷 のことだと 思 われる 212 年 カラカラ 帝 (マルクス アウレリウス セウェルス アントニヌス)によって 発 布 帝 国 内 の 全 自 由 民 にローマ 市 民 権 を 付 与 東 地 中 海 世 界 (ギリシア 語 ヘレニズム 文 化 圏 )でのローマ 市 民 権 保 有 者 を 増 加 させた ガリア ヒスパニアなど( 西 地 中 海 ラテン 文 化 圏 )では 元 々ローマ 市 民 権 保 有 者 が 多 い 地 中 海 世 界 の 一 体 化 ローマ 市 民 非 ローマ 市 民 の 区 別 の 消 滅 [ 後 期 帝 政 の 地 方 行 政 ] 前 期 帝 政 の 地 方 行 政 構 造 については 第 三 四 回 まとめを 参 照 皇 帝 ( 正 帝 副 帝 2~4 名 ) 移 動 宮 廷 巨 大 な 官 僚 機 構 中 央 野 戦 軍 道 長 官 (Praefectus Praetorio) イタリア イリュリクム ガリア オリエンス 管 区 (Dioecesis) 長 官 州 (Provincia) 総 督 属 州 内 の 都 市
ディオクレティアヌス 帝 による 道 管 区 の 設 置 州 分 割 による 行 政 の 細 分 化 属 州 内 の 都 市 代 表 と 皇 帝 の 直 接 交 渉 が 困 難 に(cf. 前 期 帝 政 期 には 直 接 交 渉 が 可 能 ) 道 - 管 区 - 州 という 行 政 ヒエラルキーを 通 した 皇 帝 からの 命 令 系 統 の 確 立 都 市 住 民 の 意 思 を 反 映 伝 達 する 役 割 が 都 市 参 事 会 から 州 総 督 へと 移 る( 州 分 割 による 州 総 督 の 地 位 低 下 も 一 因 ) 都 市 参 事 会 の 地 位 低 下 アントニヌス 勅 令 後 に 市 民 権 を 得 た 都 市 参 事 会 員 の 中 央 政 界 進 出 の 試 み( 次 項 で 解 説 ) [ 前 期 帝 政 期 の 社 会 階 層 ] ローマ 本 国 地 方 都 市 元 老 院 議 員 身 分 都 市 参 事 会 員 騎 士 身 分 ローマ 市 民 ローマ 市 民 権 保 有 者 市 民 非 ローマ 市 民 のラテン 人 解 放 奴 隷 解 放 奴 隷 奴 隷 奴 隷 ( 前 期 帝 政 期 の 社 会 の 特 徴 ) ローマ 本 国 と 地 方 都 市 で 類 似 の 身 分 構 造 が 併 存 地 方 都 市 の 上 層 身 分 ( 都 市 参 事 会 員 )はローマ 市 民 権 騎 士 身 分 をあわせ 持 つ 元 老 院 ローマの 中 央 政 界 への 進 出 を 目 指 す
[ 後 期 帝 政 の 社 会 階 層 ] ローマ 帝 国 元 老 院 議 員 コメス( 随 行 員 ) 宮 廷 職 軍 事 職 honestiores ( 高 貴 な 市 民 ) ローマ 市 民 権 保 有 者 道 管 区 州 役 人 都 市 参 事 会 員 ローマ 市 民 humiliores ( 賤 しい 市 民 ) 解 放 奴 隷 奴 隷 ( 後 期 帝 政 期 の 社 会 の 特 徴 ) 複 数 の 皇 帝 宮 廷 の 登 場 および 地 方 行 政 機 構 の 細 分 化 による 官 僚 組 織 の 拡 大 アントニヌス 勅 令 によるローマ 市 民 権 の 普 及 地 方 行 政 のヒエラルキー 化 中 央 集 権 化 による 都 市 参 事 会 の 地 位 低 下 地 方 出 身 者 の 帝 国 政 界 進 出 のチャンスの 増 大 地 位 や 官 職 の 流 動 性 が 高 まる 身 分 や 地 位 のインフレーション 元 老 院 議 員 身 分 と 騎 士 身 分 の 融 合 (cf.コンスタンティノポリスへの 元 老 院 の 増 設 元 老 院 の 定 員 拡 大 ) ( 後 期 帝 政 期 の 社 会 変 動 のもたらした 影 響 ) 都 市 参 事 会 の 地 位 低 下 と 地 位 や 官 職 の 流 動 化 地 方 の 都 市 参 事 会 員 が 教 会 や 軍 団 元 老 院 に 大 挙 して 進 出 都 市 参 事 会 員 の 枯 渇 皇 帝 が 地 方 の 都 市 参 事 会 を 維 持 するために 法 令 で 身 分 官 職 の 移 動 を 制 限 (cf. テオドシウス 法 典 ) 後 世 の 評 価 としては 身 分 の 固 定 化 強 制 国 家 と 捉 えられるが 実 際 には 身 分 官 職 の 無 秩 序 な 流 動 を 政 府 側 が 統 制 秩 序 化 しようとした 取 り 組 みである
[ 都 市 自 治 の 変 質 ] ( 基 本 的 な 概 念 ) 都 市 の 自 治 への 皇 帝 州 総 督 の 介 入 第 2~5 回 の 授 業 を 参 照 し 前 期 帝 政 との 比 較 という 視 点 で 眺 めてみるべき ( 背 景 ) ディオクレティアヌス 帝 の 改 革 以 降 皇 帝 中 心 の 中 央 集 権 化 行 政 のヒエラルキー 化 が 進 行 都 市 は 州 (Provincia) の 構 成 組 織 でしかなくなり 前 期 帝 政 期 には 行 ってきた 皇 帝 元 老 院 との 直 接 交 渉 が 封 じられる ( 後 期 帝 政 期 の 地 方 都 市 ) 州 総 督 による 財 政 の 掌 握 公 共 建 築 競 技 会 開 催 公 式 行 事 の 開 催 と 運 営 を 総 督 が 行 う ( 背 景 としては 軍 人 皇 帝 時 代 以 降 の 地 方 での 混 乱 インフラの 機 能 不 全 を 回 復 させる 目 的 ) これらは 前 期 帝 政 期 にエヴェルジェティズム( 第 3 4 回 授 業 を 参 照 )のもとで 恵 与 者 によって 私 財 で 行 われていたものであった 都 市 間 競 争 の 終 焉 都 市 の 帝 国 内 における 存 在 感 の 低 下 と 同 時 に 前 期 帝 政 期 では 盛 んであった 都 市 間 の 格 をめぐる 競 争 が 終 息 へと 向 かった 代 わって 州 単 位 でのアイデンティティ 形 成 が 行 われる ( 結 果 影 響 ) 都 市 参 事 会 の 地 位 低 下 州 総 督 の 都 市 政 治 への 介 入 皇 帝 や 元 老 院 への 直 接 交 渉 が 不 可 能 になったことによる 都 市 参 事 会 員 の 帝 国 中 央 への 進 出 志 向 伝 統 的 な 名 誉 授 与 の 衰 退 ( 前 期 帝 政 ) 後 期 帝 政 期 には 衰 退 参 事 会 ( 民 会 決 議 ) 恵 与 者 への 顕 彰 彫 像 建 立 ( 後 期 帝 政 ) 州 総 督 皇 帝 への 顕 彰 民 衆 の 歓 呼 賛 同 皇 帝 総 督 の 地 方 行 政 に 対 する 要 求
ローマ 市 民 非 ローマ 市 民 の 区 別 の 消 滅 アントニヌス 勅 令 でローマ 帝 国 内 の 全 自 由 民 にローマ 市 民 権 を 授 与 前 期 帝 政 期 には 一 般 的 だった ローマ 市 民 権 の 有 無 による 区 別 が 不 可 能 に ( ローマ 市 民 という 特 権 階 級 の 実 質 的 な 消 滅 ) honestiores( 高 貴 な 市 民 ), humiliores( 賤 しい 市 民 ) といった 曖 昧 な 区 別 民 衆 を 動 員 する 新 たな 組 織 (1) 都 市 参 事 会 に 代 わって 民 衆 の 歓 呼 が 都 市 市 民 の 政 治 的 主 張 の 方 法 として 台 頭 (2) 都 市 参 事 会 員 の 中 央 への 流 出 カリスマ 的 指 導 者 扇 動 者 による 民 衆 の 動 員 による 政 治 活 動 がさかんに ex.) 戦 車 競 技 団 (*1) 劇 場 の 喝 采 団 ソフィスト 司 教 哲 学 者 修 道 士 etc *1 戦 車 競 技 (チャリオットレース)は 前 期 後 期 を 問 わず 帝 政 期 のローマ 市 民 を 非 常 に 熱 狂 させたスポ ーツである 戦 車 競 技 は 多 くの 場 合 皇 帝 や 総 督 によって 実 施 されることが 多 かったため 戦 車 競 技 の 場 で 市 民 が 皇 帝 や 総 督 に 歓 呼 の 形 で 意 見 を 表 明 することが 多 かった また 戦 車 競 技 の 応 援 団 は 熱 狂 する 市 民 を 扇 動 しやすい 立 場 にあったことも 事 実 である 532 年 には 東 ローマ 帝 国 皇 帝 ユス ティニアヌス 1 世 の 政 策 や 重 税 に 反 対 する 市 民 が 戦 車 競 技 の 場 で 熱 狂 のうちに 皇 帝 に 対 する 暴 動 を 起 こし 反 皇 帝 派 の 元 老 院 議 員 と 結 託 して 反 乱 にまで 発 展 した 反 乱 は 間 もなく 皇 帝 が 軍 を 動 員 し て 暴 徒 化 した 市 民 を 武 力 で 鎮 圧 し 反 乱 に 加 わった 元 老 院 議 員 を 逮 捕 して 追 放 したために 沈 静 化 し た この 反 乱 により 多 くの 元 老 院 議 員 が 粛 清 されたために 東 ローマ 帝 国 において 元 老 院 が 有 名 無 実 化 した 以 後 東 ローマ 帝 国 は 中 央 集 権 化 専 制 君 主 化 の 道 を 進 むこととなるのである
第 十 回 (6/30) テーマ:キリスト 教 の 国 教 化 [キリスト 教 会 の 都 市 行 政 への 関 与 ] ローマ 法 関 連 の 法 的 行 為 奴 隷 解 放 後 見 人 の 設 定 遺 贈 の 授 与 など 上 訴 審 としての 司 教 法 廷 州 総 督 によって 行 われる 一 次 的 な 裁 判 結 果 を 受 容 しない 者 による 司 教 裁 判 への 上 訴 従 来 は 神 殿 が 果 たしていた 裁 判 市 場 などの 市 民 生 活 の 基 盤 としての 役 割 を 教 会 が 果 たすようになる(4 世 紀 以 降 ) [コンスタンティヌス 帝 ( 位 306-337)の 宗 教 施 策 ] 宗 教 的 寛 容 策 とキリスト 教 会 への 積 極 的 財 政 支 援 ( 聖 職 者 特 権 建 築 資 材 提 供 穀 物 給 付 ) 聖 職 者 への 免 除 ( 税 などの 市 民 負 担 ) 特 権 教 会 内 でのローマ 市 民 法 上 の 法 的 行 為 を 公 式 に 承 認 4 世 紀 初 頭 時 点 におけるキリスト 教 会 自 体 は 地 域 教 義 の 相 違 によって 多 くの 分 派 が 存 在 (ex. モンタノス 派 (*1) ドナートゥス 派 (*2)など) 支 援 を 受 けるべき 正 統 な 教 会 を 確 定 する 必 要 性 が 生 じる 教 会 会 議 (*3) 開 催 の 支 援 普 遍 的 教 会 規 則 の 制 定 を 目 指 す 325 年 第 1 ニカイア 公 会 議 (*3)など *1 モンタノス 派 は 歴 史 Ⅰ 第 六 七 回 まとめ を 参 照 のこと *2 北 アフリカで 誕 生 した 分 派 基 本 的 教 義 はアタナシウス 派 など 主 流 派 教 会 と 変 わらない 一 方 棄 教 者 背 教 者 の 教 会 復 帰 を 認 めず 再 洗 礼 を 教 会 復 帰 の 条 件 とする 311 年 にカルタゴ 司 教 に 任 じられた カエキリヌスがディオクレティアヌス 帝 による 大 迫 害 の 際 に 棄 教 した 司 教 に 洗 礼 を 受 けた 経 歴 を 持 っ ていたことに 反 発 した 北 アフリカの 信 者 がカエキリヌスの 司 教 位 を 認 めなかったことに 始 まる ドナ ートゥス 派 はディオクレティアヌス 帝 による 迫 害 と 棄 教 背 教 の 多 発 を 時 代 背 景 とする 313 年 の 第 1 ラテラノ 教 会 会 議 でコンスタンティヌス 帝 および 教 皇 ミルティアデスはドナートゥス 派 と 正 統 教 会 の 和 解 を 図 ったが ドナートゥス 派 が 和 解 を 拒 絶 したため 結 果 的 に 異 端 (Schisma, 日 本 語 では 離 教 者 であり 異 端 とは 意 味 合 いは 違 うが 実 質 的 な 異 端 ) 認 定 された *3 教 会 会 議 (Synod/Council)と 公 会 議 (Ecunomical Council)の 違 いについて 述 べる まず 教 会 会 議 は 東 方 正 教 カトリックともに 一 定 の 地 方 を 代 表 する 司 教 が 集 合 して 教 義 や 教 会 の 運 営 などに 関 して 会 議 を 行 うものである 公 会 議 は 東 西 教 会 で 呼 称 の 統 一 や 定 義 に 違 いが 生 じるために 説 明 が 難 しい 公 会 議 の 本 来 の 定 義 は 全 世 界 の 司 教 が 集 まる 会 議 という 意 味 である この 意 味 を 狭 義 にとった 場 合 に 公 会 議 と 定 義 できるのは 第 7 回 公 会 議 ( 第 2 ニカイア 公 会 議 )までである 第 7 回 公 会 議 までは 東 西 両 教 会 が ともに 認 可 しているという 意 味 で 全 世 界 的 なものといえる(アッシリア 東 方 教 会 エチオピア 正 教
会 などが 認 可 する 公 会 議 はさらに 少 ない) それ 以 降 に 行 われた 公 会 議 は 東 西 いずれかの 教 会 が 認 可 し ていないという 意 味 で 広 義 の 公 会 議 にとどまる 例 えば 宗 教 改 革 期 のトリエント 公 会 議 や 英 国 国 教 会 のウェストミンスター 会 議 が 挙 げられる キリスト 教 信 仰 を 打 ち 出 すことで 都 市 への 昇 格 を 勝 ち 取 る 自 治 体 の 出 現 偽 予 言 者 アレクサンドロス の 創 始 した 新 興 宗 教 によって 都 市 の 地 位 向 上 を 勝 ち 取 っ たアボーノテイコス( 歴 史 Ⅰ 第 五 回 まとめ 参 照 )や エフェソス 崇 拝 が 都 市 としての 特 徴 誇 りとなっていたエフェソス( 歴 史 Ⅰ 第 二 回 まとめ 参 照 )のように 帝 政 前 期 を 中 心 に 独 自 の 宗 教 を 押 し 出 すことでアイデンティティを 獲 得 していた 都 市 が キリスト 教 へと 乗 り 換 えていく 現 象 が 発 生 参 照 すべき 古 典 としての 聖 書 前 期 帝 政 ~ 第 二 次 ソフィスト 運 動 期 に 流 行 したギリシア ヘレニズム 文 化 の 影 響 で ギ リシア 古 典 ギリシア 哲 学 (ex. ヘロドトス プラトンの 著 作 )が 人 々の 行 動 の 指 針 と なっていた コンスタンティヌス 帝 期 以 降 は 聖 書 がその 役 割 を 担 うようになる (ローマ 皇 帝 をダビデ 王 やイエスに 仮 託 する 動 きもみられる) 聖 書 の 普 及 により 聖 書 に 登 場 するエルサレムを 中 心 とするパレスティナ 地 方 への 関 心 が 高 まる 4 世 紀 ごろから 巡 礼 運 動 が 始 まり キリスト 教 の 大 衆 化 が 加 速 (cf.325 年 頃 にコンス タンティヌス 帝 がエルサレムに 聖 墳 墓 教 会 建 設 を 指 示 ヘレナ(コンスタンティヌス 帝 の 母 親 )による 聖 十 字 架 聖 釘 の 発 見 も 背 景 にあるとされる) このころから 聖 遺 物 聖 人 への 崇 敬 (*4)も 一 般 的 になり 始 める *4 偶 像 崇 拝 を 禁 じるキリスト 教 では 聖 人 への 崇 敬 は 父 子 聖 霊 への 崇 拝 と 異 なり あくまで 敬 意 を 払 う 行 為 だと 説 明 されている 一 方 で 聖 人 は 奇 跡 を 起 こすことができるとされており 聖 人 の 遺 体 などは 聖 遺 物 として 扱 われ 神 の 奇 跡 の 媒 介 として 祭 儀 典 礼 で 重 要 な 位 置 を 占 め た ローマ 帝 国 での キリスト 教 公 認 の 対 外 的 影 響 ローマ 帝 国 の 衛 星 国 や 同 盟 国 貿 易 等 で 盛 んに 交 流 を 行 っていた 周 辺 国 がキリスト 教 への 改 宗 キリスト 教 の 国 教 化 を 行 うことでローマ 帝 国 との 関 係 強 化 を 目 指 す Ex. アクスム 王 国 (*5) アルメニア 王 国 グルジア (イベリア 王 国 /ラジカ 王 国 ) *5 アクスム 王 国 は 現 在 のエリトリア エチオピアを 中 心 として 成 立 し た 王 国 である アクスム 王 国 の 正 確 な 成 立 年 代 はわかっていないが シバの 女 王 ( 紀 元 前 1000 年 ごろの 伝 説 的 なエチオピアの 女 王 )とイス ラエルのソロモン 王 の 子 であるメネリク 1 世 の 末 裔 であると 主 張 し ている アクスム 王 国 は 1 世 紀 ごろからローマ インド(クシャーナ 朝 アーンドラ 朝 ) 間 の 季 節 風 を 用 いた 中 継 貿 易 で 発 展 した 325 年 頃 にコプト 派 キリスト 教 が 伝 来 し 直 後 に 国 教 化 された これが
後 に 3600 万 人 の 信 徒 を 持 つことになるエチオピア 正 教 の 発 祥 であった こうしたキリスト 教 化 の 背 景 には 貿 易 相 手 国 のローマとの 関 係 を 重 視 しようとしたことが 挙 げられる [テオドシウス 帝 によるキリスト 教 国 教 化 ] 単 一 の 明 確 な 法 令 によるものではなく 380 年 392 年 と 2 つの 段 階 を 経 て 国 教 化 380 年 の 勅 令 (Cunctos Populus/テッサロニカ 勅 令 ) 皇 帝 グラティアヌス ウァレンティニアヌス テオドシウスがコンスタンティノポリス 市 民 に 我 々の 寛 容 で 穏 健 なる 治 政 下 にあるすべての 人 々( 原 文 Cunctos populus)が 敬 虔 なる 伝 統 によって 守 られてきた 聖 なる 使 徒 ペテロがローマ 人 に 伝 えた 宗 教 つまり 大 司 教 ダマスス( 訳 者 注 :ローマ 教 皇 ダ マスス 1 世 (*1))および 使 徒 の 如 き 聖 性 を 持 つ 者 アレクサンドリア 司 教 ペトルスが 信 仰 する 宗 教 を 信 仰 することが 我 々の 希 望 である 使 徒 の 教 えや 福 音 の 教 理 に 基 づき 唯 一 の 神 たる 父 そして 子 と 聖 霊 を 等 しい 偉 大 さを 持 つ 者 として また 至 聖 なる 三 位 一 体 の 存 在 として 信 仰 (A)しようではないか 我 々はこれに 従 う 者 が 普 遍 的 ( 原 文 catholicorum/ 英 訳 catholic) (B)なキリスト 教 徒 と 名 乗 ることを 許 可 しよう しかし 我 々はその 他 の 者 に 関 しては 愚 かな 狂 人 であると 判 断 するため 彼 らは 恥 ずべき 異 端 という 烙 印 を 押 されるべきであり 大 胆 にも 教 会 の 名 のもとに 礼 拝 を 行 うことをしてはならないこと を 布 告 する 彼 ら( 異 端 )は 第 一 には 神 聖 な 非 難 という 罰 に 第 二 には 我 々が 神 の 意 志 に 基 づいて 我 々の 権 威 のもとに 加 えるであろう 罰 に 苦 しむことだろう 皇 帝 グラティアヌスが 5 回 目 にして 皇 帝 テオドシウスが 執 政 官 の 年 の 3 月 3 日 にテッサロニカにて 発 布 する ( 訳 者 Rvsunggari 原 文 Codex Theodosianus 英 訳 版 からの 重 訳 原 文 英 訳 ともに https://en.wikipedia.org/wiki/edict_of_thessalonica より) *1 第 37 代 ローマ 教 皇 ( 位 366-384) ルシタニア 属 州 ( 現 :ポルトガル) 出 身 ニカイア 派 支 持 者 であり アリウス 派 からの 激 しい 攻 撃 を 受 けながら 366 年 にローマ 教 皇 に 着 座 する ローマ 教 皇 着 座 後 は 368 年 と 369 年 の 教 会 会 議 でアポリナリオス 主 義 (*2)やマケドニウス 派 (*3)といった 反 三 位 一 体 派 を 批 判 した 380 年 にはテオドシウス 帝 によるテッサロニカ 勅 令 発 布 に 協 力 する 一 方 で ヒエロニム ス(ウルガータ 聖 書 の 編 纂 者 )を 登 用 した *2 ラオディケアのアポリナリオス(?-390)によって 提 唱 された 説 三 位 一 体 説 を 支 持 する 一 方 でイエス の 精 神 に 人 間 的 理 性 は 存 在 せず 神 の 理 性 のみしか 存 在 しないことを 提 唱 した ここで 特 記 すべきなのは アポリナリオスは 反 アリウス 派 であり イエスの 人 間 性 を 重 視 するアリウス 派 にち する 極 端 な 批 判 がイエスの 人 間 性 を 大 きく 否 定 する 教 説 を 生 んだとする 考 え 方 もできる 381 年 の 第 1 コンスタンティノポリス 公 会 議 で 異 端 とされた *3 マケドニウス(4 世 紀 中 葉 頃 )によって 提 唱 された 説 半 アリウス 派 とも 呼 ばれる その 説 は 大 きく 二 つに 大 別 され 一 つは 神 と イエス が ホモイウシオス ( 類 似 した 性 質 である)としている 点 で これは 神 と イエス が アノモイオス/ヘテロウシオス ( 相 違 である)または ホモイオ ス ( 似 ている)とするアリウス 派 とは 微 妙 に 異 なり ニカイア 派 寄 りである もう 一 つには 聖 霊 の 神 性 を 否 定 することで 三 位 一 体 を 根 本 的 に 否 定 している 点 が 挙 げられる この 点 から マケドニ ウス 派 は プネウマトマキ 派 (Pneumatomachi 霊 魂 と 闘 う 者 ) とも 呼 ばれる
テッサロニカ 勅 令 の 意 義 正 統 (カトリック) 教 会 の 確 定 ( 初 めて カトリック の 語 が 用 いられる 下 線 部 (B)) 正 統 ニカイア 派 (*4) 異 端 非 ニカイア 派 (アリウス 派 (*5)など) 正 統 教 会 に 対 しては 皇 帝 からの 援 助 が 与 えられ 異 端 は 排 斥 される *4 ニカイア 派 とは 325 年 の 第 1 ニカイア 公 会 議 の 結 果 を 受 容 し ニカイア 信 条 (*7)を 受 け 入 れる 宗 派 を 指 す 主 にアタナシウス 派 (*6)を 中 心 とする *5 アレクサンドリア 司 教 アレイオス(c.250-c.336)の 教 説 を 信 奉 する 一 派 ユダヤ 教 的 な 神 の 唯 一 性 を 唱 え イエスの 神 性 を 否 定 的 にとらえ イエス は 神 の 被 造 物 にして 養 子 だと 考 え 神 と イエ ス がヘテロウシオス( 相 違 する)とする 325 年 に 第 1 ニカイア 公 会 議 でアタナシウス 派 に 敗 北 して 異 端 認 定 されるも かなりの 支 持 を 集 めていた 教 会 史 の 作 者 であるエウセビオスやコンスタンティ ヌス 帝 もアリウス 派 キリスト 教 徒 であったとされる *6 アレクサンドリアのアタナシウス(298-373)の 教 説 を 信 奉 する 一 派 基 本 的 な 考 え 方 は 三 位 一 体 で あり 神 と イエス はホモウシオス( 同 質 )と 考 える アタナシウス 派 という 呼 称 については 一 般 的 ではなく 一 般 的 には ニカイア 派 の 呼 称 を 用 いることが 多 い その 理 由 は まず 三 位 一 体 説 を 唱 えたアタナシウスが 第 1 ニカイア 公 会 議 に 出 席 した 際 はまだ 27 歳 の 輔 祭 であり 司 教 大 司 教 なみ の 影 響 力 はなかったこと 第 1 ニカイア 公 会 議 自 体 の 結 論 は アリウスの 追 放 アリウス 派 の 異 端 認 定 であったが 三 位 一 体 説 は 未 確 立 であったこと 第 1 ニカイア 公 会 議 後 のアタナシウスはアリウス 派 よりの 皇 帝 のもとで 5 回 の 追 放 を 受 けていること 三 位 一 体 説 が 一 つの 教 説 として 明 確 に 確 定 する のは 381 年 の 第 1 コンスタンティノープル 公 会 議 (アタナシウスの 死 後 )であることを 考 えれば 三 位 一 体 説 の 一 切 をアタナシウスに 帰 するのは 困 難 であるからである *7 信 条 ( 正 教 会 では 信 経 ) はキリスト 教 の 教 理 を 示 した 文 章 である 使 徒 信 条 やニカイア 信 条 カルケ ドン 信 条 などが 知 られる ニカイア 信 条 ( 正 教 会 では 原 ニケア 信 条 )は 325 年 の 第 1 ニカイア 公 会 議 の 際 に 制 定 され 三 位 一 体 説 神 とイエスの 同 質 性 などが 盛 り 込 まれている この 内 容 は 多 くの 地 方 で 受 け 入 れられたが 内 容 に 不 備 があるなどの 理 由 で 改 変 の 要 求 が 出 ていた これに 対 し テオドシウ ス 帝 はテッサロニカ 勅 令 を 出 した 直 後 に 第 1 コンスタンティノポリス 公 会 議 (381 年 )を 開 催 し アリウ ス 派 を 排 斥 し ニカイア 派 を 正 統 とする 決 定 を 下 す 一 方 で ニカイア 信 条 の 改 正 を 行 い ニカイア コンスタンティノポリス 信 条 ( 正 教 会 ではニケア 信 条 ) を 制 定 した 他 にはアポリナリオス 主 義 サベ リウス 主 義 などの 非 三 位 一 体 派 が 異 端 とされた 392 年 の 勅 法 ( 俗 に 言 う キリスト 教 国 教 化 ) 偶 像 崇 拝 供 犠 行 為 肝 臓 占 い 従 来 の 神 殿 の 利 用 の 禁 止 (= 異 教 (ユダヤ 教 以 外 の 神 )へ の 崇 拝 儀 式 の 禁 止 ) Ex. 393 年 に 古 代 オリンピックを 異 教 の 神 への 儀 式 として 禁 止 多 神 教 自 体 の 禁 止 (ローマ ギリシアの 神 の 存 在 の 否 定 )とは 限 らない テオドシウス 帝 の キリスト 教 国 教 化 のロジックは 1 正 統 キリスト 教 の 確 定 と2 異 教 (ローマ ギリシアの 神 への 崇 拝 行 為 ) の 禁 止 という 2 段 階 からなる
第 十 一 回 (7/7) テーマ: 教 会 の 組 織 化 と 田 園 部 の 発 達 ( 前 半 ) [ 人 々の 心 性 と 宗 教 実 践 のあり 方 ] キリスト 教 は 何 か? 異 教 とはどこが 異 なるのか? フリュギアのゾシモス 霊 の 書 物 ( 聖 書 ) と ホメロスの 詩 句 を 用 いて 予 言 ゾシモスはキリスト 教 徒 と 言 えるのか? 異 教 徒 なのか? Cf. 第 十 回 授 業 にて 参 照 される 古 典 としての 聖 書 が 言 及 されている 一 般 市 民 のレベルでは 聖 書 は ひとつの 古 典 としての 認 識 しかないのではないか 公 現 祭 のあり 方 とクリスマス 祭 儀 Cf. サラミスのエピファニオス 薬 籠 より 偶 像 崇 拝 を 創 始 した 詐 欺 師 たちはこの 真 実 の 一 端 を 認 めざるを 得 ず 彼 らを 信 じる 偶 像 崇 拝 者 を 騙 す 為 に 公 現 祭 (*1)と 同 じ 夜 に 最 大 の 祭 りを 催 して ( 中 略 ) この 日 この 時 間 に コレー(すなわち 処 女 )がアイオーンを 生 んだと 答 えている *1 公 現 祭 はイエスの 生 誕 と 洗 礼 東 方 三 博 士 による 訪 問 というイエスの 生 誕 に 関 わる 様 々な 出 来 事 に 対 する 祝 祭 であり 現 代 では 1 月 6 日 とされる (クリスマスはイエスの 生 誕 のみ) ( 問 題 点 ) 1エピファニオスは コレーがアイオーンを 生 んだ 日 を 祝 うアレクサンドリアの 人 々を 偶 像 崇 拝 として 批 判 していた この 祭 儀 が(1)イエスの 誕 生 日 と 同 日 であること(2)コレー( 処 女 )= 聖 母 マリア アイ オーン(*2)=イエス キリストに 比 定 可 能 であること (1)(2)を 考 えれば アレクサンドリアでの 祭 儀 は 真 に 異 教 と 言 えるのか? *2 アイオーンはギリシア 語 で 時 空 間 を 指 す 語 であるが 宗 教 的 文 脈 ( 主 にグノーシス 主 義 )では 超 越 的 な 魂 高 次 の 霊 を 指 す なお アレクサンドリアのあるエジプトはシリアと 並 ぶ 西 方 グノー シス 主 義 の 中 心 の 1 つであった 212 月 25 日 (クリスマス) 1 月 6 日 ( 公 現 祭 )という 日 付 (1)イエスの 誕 生 に 関 する 聖 書 の 記 述 は 不 十 分 (2)4 世 紀 後 半 になるまで 帝 国 西 方 で 公 現 祭 が 祝 われた 記 述 はない 初 出 はアンミアヌス マルケリヌス(ユリアヌス 帝 期 の 軍 人 著 作 家 )による 361 年 の 記 述 (3)12 月 末 ~1 月 初 旬 にはローマ ギリシアの 神 々の 祭 儀 が 集 中 12 月 17~23 日 にはサトゥルナーリア(サトゥルヌス 神 祭 )が 開 かれ 豊 作 祝 いの 宴 会 が 行 われる ここから 推 論 できるのは ローマ ギリシア 世 界 の 神 々への 祭 儀 が クリスマス 公 現 祭 のような 後 発 のキリスト 教 祭 儀 に 影 響 を 与 えたのではないか?ということで ある
エフェソスのアルテミス 神 殿 での 英 雄 祭 祀 Cf. ペルシオンのイシドロス (?-c.450) 書 簡 集 殉 教 者 たちの 遺 体 の 灰 が 彼 らの 神 に 対 する 愛 と 志 操 の 堅 固 さゆえに 我 々から 崇 敬 され ている ( 中 略 ) 邪 な 悪 行 で 名 を 馳 せた 者 たちの 遺 骸 は 嫌 悪 するようにしなさい というの も 異 教 徒 (ヘレネス=ギリシア 人 )たちはそれをアルテミス=エフェシアの 神 殿 に 埋 めて 極 めて 浅 ましい 形 でそれを 崇 拝 の 対 象 とし ギリシア 世 界 には 古 くから 英 雄 ( 神 と 人 間 の 子 ) の 墓 所 を 神 聖 視 する 風 潮 があり こ れは 聖 人 殉 教 者 の 遺 骸 を 聖 遺 物 として 崇 敬 するキリスト 教 思 想 に 影 響 を 与 えたの ではないか ( 神 を 絶 対 視 するキリスト 教 では 人 間 でしかないはずの 聖 人 の 奇 跡 や 物 でしかない 聖 人 の 遺 骸 を 崇 敬 するという 聖 人 崇 拝 は 異 質 ) アンティオキアにおけるシナゴーグの 権 威 コンスタンティノポリス 司 教 ヨハネス クリュソストモス(c.347-407)による 説 教 (キリス ト 教 徒 がユダヤ 教 のシナゴーグに 出 入 りすることを 非 難 ) もし 何 人 かがあなたの 息 子 を 殺 すなら あなたは その 殺 害 者 の 挨 拶 をまともに 受 けることができよ うか 子 を 十 字 架 にかけた 悪 魔 そのものである 殺 害 者 から 身 を 遠 ざけないでいられようか そうし た 殺 害 者 たちが 祈 っているところこそシナゴーグであり 腐 敗 と 悪 徳 の 深 淵 である 多 くの 人 々が ユダヤ 人 を 尊 敬 し 彼 らの 生 活 に 敬 意 を 抱 いていることを 私 は 知 っている こうしたとんでもない 信 徒 たちの 考 え 方 を 根 本 から 絶 やすことを 私 は 自 分 の 急 務 としているのです (388 年 にヨハネスがアン ティオキアで 行 った 説 教 ) 4 世 紀 末 に 至 ってなお 民 衆 のレベルでは キリスト 教 ユダヤ 教 の 区 別 が 曖 昧 ( 結 論 ) 国 家 教 会 レベルではキリスト 教 国 教 化 異 教 の 禁 止 教 義 の 統 一 を 志 向 一 般 信 徒 のレベルでは キリスト 教 と その 他 の 区 別 が 曖 昧 国 家 教 会 による 統 制 には 限 界 が 見 える [ 公 会 議 と 異 端 の 認 定 ] 流 動 的 キリスト 教 の 固 定 化 地 方 教 会 同 士 の 合 従 連 衡 パワーゲーム エフェソス 公 会 議 (431) テオトコス Θεοτόκος 論 争 (*1)を 通 したコンスタンティノポリス 司 教 ネストリウスと アレクサンドリア 司 教 キュリロスの 論 争 ネストリウス 派 の 敗 北 異 端 認 定 とネストリウスの 追 放 ネストリウス 派 は 東 ローマ 帝 国 内 での 活 動 が 困 難 になり 東 方 (ペルシア シリア)に 逃 亡 ペルシア 商 人 やソグド 人 に 対 する 布 教 が 行 われ 交 易 路 (シルクロード)を 通 じて 中 国 に 伝 播 (cf. 大 秦 景 教 ( 中 国 でのネストリウス 派 の 呼 称 ) 流 行 中 国 碑 (781 年 ))
*1 テオトコス とは 神 を 産 むもの を 意 味 し 聖 母 マリアはイエスの 神 としてのヒュポスタシス( 位 格 )を 産 んだ 存 在 とみなす 呼 称 である( 神 の 本 性 を 産 んだ 存 在 ではない) これに 対 して 429 年 頃 コン スタンティノポリス 司 教 のネストリウスは テオトコス の 呼 称 はアポリナリオス 主 義 ( 第 十 回 まとめ を 参 照 ) 的 であり 聖 母 マリアは クリストトコス(キリストを 産 むもの) と 呼 ばれるべきだとした その 後 のネストリウス 派 とシリア 語 文 献 ネストリウス 派 は 東 ローマ 帝 国 での 布 教 が 禁 じられたのちに アッシリア 地 方 (シリア イラク 北 部 )で 信 仰 を 保 持 し エデッサ 学 派 やニシビス 学 派 を 形 成 して 教 勢 を 維 持 したが 489 年 に 東 ローマ 皇 帝 ゼノ ンによる 圧 力 をうけてアッシリアを 追 われ 当 時 東 ローマ 帝 国 と 敵 対 していたササン 朝 ペルシアの 庇 護 を 受 け 首 都 クテシフォンに 新 たな 教 会 を 設 立 した 644 年 にイスラム 教 勢 力 によってササン 朝 ペルシアが 滅 ぼされるとネストリウス 派 は 保 護 を 失 い 一 部 はイスラム 化 の 進 んでいない 中 央 アジアの 遊 牧 民 や 中 国 での 布 教 を 行 った また 一 部 はインドの トマス 派 教 会 ( 使 徒 トマスを 創 始 者 と 主 張 する 教 会 ) と 合 流 し た 中 央 アジア 中 国 方 面 での 布 教 は 8 世 紀 ごろに 最 盛 期 を 迎 え 特 に 唐 代 の 中 国 では 皇 帝 の 保 護 を 受 けて 発 展 したが 18 代 皇 帝 の 武 宗 による 仏 教 弾 圧 (845 年 頃 )のあおりを 受 けて 中 国 では 衰 退 した しかし 北 方 のモンゴル 系 遊 牧 民 にはネストリウス 派 信 仰 を 保 持 す るものが 依 然 として 多 く 元 代 にその 存 在 が 確 認 され るものの 元 の 滅 亡 以 降 は 完 全 に 信 仰 が 途 絶 えた 中 東 に 残 留 したネストリウス 派 教 会 はアッシリア 東 方 教 会 として 命 脈 を 保 ち 続 け 第 一 次 世 界 大 戦 中 のオスマン 帝 国 による 大 虐 殺 などの 苦 難 を 乗 り 越 え 現 在 もシリア イラクを 中 心 に 40~50 万 人 の 信 徒 がいるとされている アッシリアを 中 心 に 活 動 したネストリウス 派 はペシタ 訳 聖 書 をはじめとするシリア 語 文 献 を 多 く 使 用 し 従 来 のギリシア 語 ラテン 語 文 献 のシリア 語 訳 作 業 も 行 った こうしたノウハウの 蓄 積 はアッバー ス 朝 時 代 にギリシア 語 文 献 の 同 じセム 系 言 語 であるアラビア 語 への 翻 訳 が 行 われた 際 に 役 立 ったとされ ている カルケドン 公 会 議 (451) 単 性 論 (*2) の 弾 劾 *2 単 性 論 はエウテュケス 主 義 と 合 性 論 の 二 つに 大 別 される エウテュケス 主 義 はイエスの 人 性 は 神 性 に 吸 収 されているとしていた 合 性 論 では イエスは 単 独 の 本 性 を 持 つ 一 方 で 本 性 のもとに 神 性 人 性 が 統 合 されており 本 性 の 中 に 神 性 人 性 が 併 存 するとした 現 在 のいわゆる 非 カルケドン 派 教 会 のほとんどは 合 性 論 を 支 持 している また 合 性 論 はアポリナリ オス 主 義 的 なエウテュケス 主 義 への 批 判 として 形 成 された 教 説 であるため 非 カルケドン 派 教 会 は 自 身 が 単 性 論 でないと 主 張 している 非 カルケドン 派 教 会 はシリア 教 会 コプト 教 会 エチオピ ア 教 会 などが 知 られ カトリック プロテスタント 東 方 正 教 に 次 ぐ 規 模 を 誇 る
(カルケドン 公 会 議 の 背 景 ) 各 地 の 教 会 (コンスタンティノポリス ローマ アンティオキア アレクサンドリア) 間 のパワーゲーム 主 導 権 争 い 特 にアンティオキア アレクサンドリアの 両 教 会 は 学 派 を 形 成 して 帝 国 東 方 の 主 導 権 を 争 ってい た エフェソス 公 会 議 もネストリウス(アンティオキア 学 派 )とアレクサンドリアのキュリロス(アレクサン ドリア 学 派 )の 抗 争 であり ローマ 教 皇 の 支 持 を 受 けたアレクサンドリア 学 派 の 勝 利 という 見 方 が 可 能 433 年 に 両 学 派 間 で 一 応 の 和 解 を 見 るが 双 方 の 強 硬 派 は 和 解 に 満 足 しない ローマ 教 皇 レオ 1 世 アンティオキア 学 派 の 支 持 するコンスタンティノポリス 教 会 会 議 (448 年 )でエ ウテュケス(アレクサンドリア 学 派 強 硬 派 )が 前 述 の 単 性 論 により アポリナリオス 主 義 者 として 破 門 宣 告 アレクサンドリア 司 教 ディオスコロス(アレクサンドリア 学 派 強 硬 派 )はエウテュケスの 破 門 を 拒 否 449 年 8 月 に 東 ローマ 皇 帝 テオドシウス 2 世 の 承 認 のもと エフェソスで 公 会 議 を 開 催 単 性 論 を 正 統 として 承 認 エウテュケスの 破 門 取 り 消 し フラウィアヌスらローマ アンティオキアの 有 力 聖 職 者 の 破 門 を 決 定 ( 出 席 したフラウィアヌスは 暗 殺 された) ローマ 教 皇 はこの 公 会 議 を 承 認 せず エフェソス 強 盗 会 議 (Latrocinium) と 批 判 し 教 会 分 裂 の 危 機 が 訪 れる 450 年 アレクサンドリア 学 派 単 性 論 に 好 意 的 なテオドシウス 2 世 が 急 死 両 性 論 を 支 持 するマル キアヌス 帝 が 即 位 ローマ 教 皇 の 意 向 を 受 けカルケドンで 公 会 議 を 開 催 ( 結 果 ) 単 性 論 (エウテュケス 主 義 合 性 論 )の 排 斥 異 端 認 定 エフェソス 強 盗 会 議 の 効 力 取 り 消 し アレクサンドリア 司 教 ディオスコロスの 破 門 マルキアヌス 帝 の 影 響 の 強 いプロテリウスが 司 教 に 任 命 され アレクサンドリア 学 派 の 影 響 力 が 大 きく 削 られる ディオコスコロスの 死 (454 年 )の 後 ディオスコロスを 支 持 する 者 はカルケドン 派 教 会 を ネストリウス 主 義 として 批 判 し コプト 教 会 を 設 立 して 独 立 ( 二 つの ア レクサンドリア 教 会 が 並 立 ) こうした 単 性 論 者 による 独 立 教 会 設 立 がシリア ア ルメニアでも 発 生 非 カルケドン 派 教 会 の 始 まり エルサレム 教 会 のアンティオキアからの 独 立 エルサレム 教 会 のアンティオキア 教 会 から 独 立 が 認 められる(531 年 にユスティニア ヌス 帝 によって 総 主 教 の 称 号 が 与 えられる) カノン 法 (Canones)の 制 定 都 市 定 住 型 の 司 教 聖 職 者 を 基 準 とし 修 道 運 動 を 管 理 キリスト 教 国 教 化 時 代 において 教 会 が 帝 国 の 都 市 支 配 の 末 端 に 組 み 込 まれていく
第 十 二 回 (7/14) テーマ: 教 会 の 組 織 化 と 田 園 部 の 発 達 ( 後 半 ) [ 修 道 士 に 対 する 崇 敬 の 発 達 と 宗 教 的 熱 情 の 高 まり] 修 道 士 に 対 する 崇 敬 修 道 活 動 (1) 孤 住 型 神 との 一 体 感 を 求 めて 禁 欲 的 な 宗 教 修 行 を 行 うために 単 独 で 荒 野 や 砂 漠 に 隠 棲 した 宗 教 家 ( 隠 修 士 ) アントニオス(c.251~356)によって 確 立 前 5~4 世 紀 ごろにギリシアで 発 生 した 哲 学 者 の 一 派 である 犬 儒 派 (キュニコス 派 )にこう した 禁 欲 的 で 一 切 の 財 産 を 放 棄 し 半 ば 乞 食 のような 生 活 をしながら 哲 学 的 思 索 に 耽 る という キリスト 教 修 道 活 動 の 淵 源 が 見 られる 少 なくとも 地 中 海 世 界 でこうした 哲 学 のあり 方 は 受 け 入 れられていた (マルクス アウレリアヌス 帝 の 自 省 録 にもキュニ コス 派 についての 言 及 がある) (2) 集 住 型 多 くの 修 道 士 が 一 ヶ 所 に 集 まって 修 道 院 を 形 成 し 修 道 院 での 共 同 生 活 の 中 で 修 行 を 行 う パコミオス(c.292~348)によって 確 立 偽 予 言 者 アレクサンドロス にすでにアレクサンドロスが 若 者 を 集 めて 教 育 した と の 描 写 があることから 帝 政 前 期 にはこうした 共 同 生 活 を 通 じた 宗 教 活 動 の 萌 芽 は 見 え る (3) 遍 歴 修 道 士 一 ヶ 所 に 定 住 することなく 街 から 街 へ 放 浪 を 続 けながら 修 行 や 説 法 を 行 い 信 者 からの 援 助 によって 生 活 するもの キリスト 教 の 黎 明 期 から 存 在 する 定 住 しない という 活 動 の 特 性 ゆえ 教 会 帝 国 の 管 理 が 行 き 届 かない 一 方 で 多 数 の 支 持 者 を 動 員 することが 可 能 教 会 や 帝 国 の 地 方 行 政 に 対 する 脅 威 であり テオドシウス 帝 以 降 急 速 に 規 制 が 進 む 修 道 活 動 の 広 がり 当 初 はエジプト パレスティナが 中 心 であった 修 道 活 動 が 次 第 にシリア 小 アジア 西 地 中 海 に 拡 大 していく その 背 景 には 柱 頭 行 者 シメオン(*1)などの 有 名 な 修 道 者 の 活 躍 やアレキサン ドリアのアタナシオスによる 聖 アントニオス 伝 (*2)の 流 布 ヨハンネス カッシアヌス(*3)の 影 響 があった *1 柱 頭 行 者 または 登 塔 者 シメオン(c.390~459)は 小 アジア 南 部 のキリキア に 生 まれ 若 くして 修 道 院 での 修 道 生 活 を 送 り 多 くの 奇 跡 を 起 こした とされる( 詳 しくは 配 布 史 料 を 参 照 ) シメオンは 20 代 後 半 から 修 道 院 に 建 てられた 柱 の 上 で 40 数 年 間 修 行 を 続 けたとされる( 右 図 )
*2 アレクサンドリアのアタナシオス(c.296~298-373)は 325 年 の 第 1 ニカイア 公 会 議 でアリウス 派 に 対 す る 反 駁 の 急 先 鋒 に 立 った 人 物 で ニカイア 派 ( 正 統 信 仰 )の 確 立 者 の 一 人 である 彼 はエジプトの 隠 修 士 であり 修 道 活 動 の 創 始 者 でもあったアントニオスとも 親 交 があり アントニオスの 死 去 した 直 後 の 357 年 頃 に 聖 アントニオス 伝 を 記 したとされる 聖 アントニオス 伝 の 内 容 はアントニオスの 生 涯 と 彼 の 功 績 をたたえたものである 一 方 理 想 的 な 修 道 士 のあり 方 を 示 したものでもある この 中 には 隠 修 士 アントニオスがエジプトで 大 きな 影 響 力 を 持 っていたことがうかがえる 記 述 がある こうして このように 優 れた 人 物 アントニオス によってアレイオス( 筆 者 注 :アリウス) 派 の 異 端 が 排 斥 されていくのを 聞 いて 人 は 皆 喝 采 した そして アレクサンドレイア( 筆 者 注 :アレクサンドリ ア)の 町 中 の 人 がアントニオスを 一 目 見 ようと 駆 け 集 まってきた それだけでなく 異 教 徒 たちも 彼 らのあいだで 祭 司 と 呼 ばれている 人 々も 主 の 家 すなわち 教 会 に 来 て 神 の 人 にお 会 いしたい と 言 って 懇 願 した このように あらゆる 人 が 彼 アントニオス を 呼 び 求 めた そして この 町 ア レクサンドレイア でも 彼 を 通 じて 主 は 悪 霊 どもに 心 を 悩 まされている 多 くの 人 を 浄 め 癒 したのだ った このため 大 勢 の 異 教 徒 までもが 自 分 に 益 をもたらすと 信 じて 彼 アントニオス に 触 れる ことを 請 い 求 めた (アレクサンドレイアのアタナシオス アントニオス 伝, 小 高 毅 訳, 上 智 大 学 中 世 思 想 研 究 所 編 訳 中 世 思 想 原 典 集 成 1 より) *3 ヨハンネス カッシアヌス(c.360~435)はドナウ 川 河 口 近 くのスキュティアに 生 まれた ケルト 人 であ ったとも 言 われている 20 代 前 半 の 時 友 人 のゲルマヌスとともにパレスティナやエジプトに 留 学 し 当 時 盛 んであった 集 住 型 修 道 活 動 を 知 った その 後 コンスタンティノポリスを 経 てローマへ 向 かった カッシアヌスはローマ 教 皇 インノケンティウス 1 世 の 下 南 ガリア( 現 在 のマルセイユ 付 近 )で 修 道 活 動 を 開 始 した カッシアヌスは 西 地 中 海 世 界 に 修 道 活 動 を 紹 介 したひとりであり 彼 の 思 想 は 後 のベネデ ィクトゥスにも 影 響 を 与 えた 修 道 院 と 田 園 部 の 発 達 修 道 院 はその 成 立 過 程 から 中 心 市 から 離 れた 田 園 部 に 建 設 されることが 多 い ( 司 教 によって 運 営 される 教 会 は 中 心 市 に 建 設 される) 田 園 部 の 住 民 の 支 持 を 修 道 院 が 集 める また 田 園 部 は 中 心 市 への 食 糧 供 給 地 であり こ うした 食 糧 生 産 拠 点 を 修 道 院 が 抑 える 田 園 部 を 強 力 な 支 持 基 盤 とする 中 心 市 における 教 会 と 並 ぶ 大 きなキリスト 教 勢 力 教 会 と 協 力 敵 対 関 係 を 維 持 しながらキリスト 教 信 仰 に 大 きな 影 響 力 を 持 つ 独 立 勢 力 修 道 院 の 動 員 力 を 恐 れた 教 会 帝 国 による 規 制 ( 東 方 では 修 道 活 動 の 草 創 期 から 規 制 活 動 が 見 られる Ex. カエサリアのバシレイオス 修 道 制 大 規 定 ) 殉 教 者 崇 拝 や 聖 地 巡 礼 の 登 場 殉 教 者 の 聖 遺 物 ( 遺 骨 生 活 用 品 など)に 奇 蹟 を 起 こす 力 があるという 信 仰 (その 萌 芽 自 体 はヘレニズム 時 代 のギリシアでの 英 雄 崇 拝 に 見 られる) 聖 遺 物 への 崇 敬 の 政 治 利 用 (ex. コンスタンティヌス 帝 による 聖 墳 墓 教 会 建 設 ) 聖 遺 物 が 前 期 帝 政 期 のエヴェルジェティズムに 代 わる 新 しい 都 市 のステータスになる
各 都 市 での 聖 遺 物 獲 得 競 争 ( 一 部 には 捏 造 も 見 られたとされる) 同 時 に 聖 書 の 普 及 やキリスト 教 国 教 化 の 影 響 で 聖 地 エルサレムや 殉 教 者 ゆかり の 土 地 への 関 心 が 増 大 し 帝 国 各 地 から 巡 礼 者 が 聖 遺 物 を 目 当 てに 聖 地 を 訪 れる (その 背 景 には 地 中 海 世 界 にくまなく 広 がる ローマ 帝 国 の 建 設 した 道 路 網 や 会 場 交 通 網 の 存 在 がある) [ 教 会 の 分 立 と 並 存 ] ローマ 市 民 権 の 行 使 と 正 統 信 仰 との 結 びつき コンスタンティヌス 帝 以 降 教 会 がローマ 法 の 執 行 機 関 となっていき テオドシウス 帝 に よる 380 年 のテッサロニカ 勅 令 での 正 統 キリスト 教 の 規 定 正 統 (ニカイア 派 )キリスト 教 徒 でなければ ローマ 法 の 保 護 を 受 けられず 官 職 に 就 けな い 状 態 ( 正 統 キリスト 教 信 仰 自 体 がローマ 市 民 権 と 結 合 する) 各 地 方 言 語 の 発 達 キリスト 教 拡 大 により 聖 書 をさまざまな 地 方 の 言 語 に 翻 訳 して 布 教 する 必 要 性 ゴート アルメニア グルジアでの 文 字 の 発 明 (いずれも 知 識 人 階 級 の 司 祭 による) 後 のキリル 文 字 の 原 型 となるグラゴール 文 字 の 発 明 者 であるスラブの 亜 使 徒 キュリロス (827-869) メトディオス 兄 弟 (826-885)もスラブ 人 へのキリスト 教 布 教 のためにギリシア 文 字 を 参 考 に 文 字 を 発 明 したといわれる [まとめ; 後 期 帝 政 の 都 市 宗 教 のあり 方 ] (1) 宗 教 民 間 レベルでの 拡 大 変 容 を 遂 げようとする 宗 教 宗 教 を 秩 序 化 しコントロール 下 に 置 こうとする 帝 国 教 会 前 期 帝 政 期 には 偽 予 言 者 アレクサンドロス の 例 にあるように さまざまな 目 的 が あったにしろ 当 時 の 神 話 を 独 自 に 解 釈 変 容 させることは 当 然 のように 受 け 入 れられて いた 一 方 で ほぼ 同 時 期 に 拡 大 を 始 めたキリスト 教 でもそうした 多 様 な 教 義 解 釈 をなす 動 きは 見 られた しかし 独 自 の 多 様 な 聖 書 教 義 解 釈 をなすマルキオンやグノーシス 主 義 諸 派 に 対 抗 する 正 典 による 教 義 固 定 の 動 きは 2~3 世 紀 以 降 開 始 され グノーシス 主 義 は 排 斥 され 後 の 正 統 キリスト 教 の 原 型 が 作 られ 始 めた 一 方 で 後 期 帝 政 期 にはコンスタンティヌス テオドシウス 両 皇 帝 により キリスト 教 (キ リスト 教 会 )が 帝 国 の 統 治 システムとして 組 み 込 まれ 特 権 を 享 受 した しかし 諸 教 派 の うち 正 統 で 特 権 を 享 受 すべき 教 会 を 確 定 するために 公 会 議 教 会 会 議 を 通 じた 国 家 を 挙 げた 教 義 の 固 定 秩 序 化 を 行 う 動 きが 見 られた しかし 民 間 レベルでは キリスト 教 異 教 の 区 別 はあくまで 曖 昧 であり 修 道 活 動 などの 新 しい 宗 教 活 動 も 支 持 を 集 め キリスト 教 は 変 容 を 遂 げつつあった このような 帝 国 や 正 統 教 会 のコントロール を 離 れた 変 容 に 対 して 帝 国 や 正 統 教 会 は 執 拗 に 規 制 を 試 みていた しかし そうした 勅 法 などによる 規 制 の 成 功 度 実 効 度 はごくごく 限 定 的 であった
(2) 都 市 前 期 帝 政 期 における 都 市 は 属 州 内 で 高 い 地 位 を 占 めており 皇 帝 と 直 接 交 渉 をする 権 利 やある 程 度 の 自 治 権 が 認 められており 都 市 参 事 会 を 通 じた 自 治 が 行 われた また 都 市 間 の 地 位 競 争 も 激 しく エヴェルジェティズムに 基 づいたある 種 の 公 共 建 築 の 招 致 競 争 と 名 誉 の 授 与 競 争 も 行 われた このように 前 期 帝 政 期 における 都 市 は 中 心 市 を 中 心 とした 発 展 が 見 られた 後 期 帝 政 期 にはディオクレティアヌス 帝 の 行 政 改 革 により 都 市 参 事 会 の 価 値 が 低 下 し 属 州 の 都 市 住 民 が 中 央 政 府 に 自 らの 意 見 を 伝 達 する 手 段 が 都 市 参 事 会 から 州 長 官 や 皇 帝 に 対 する 歓 呼 賛 同 の 形 に 変 貌 した また 212 年 のアントニヌス 勅 令 により 全 属 州 民 が ローマ 市 民 となった そして ディオクレティアヌス 帝 の 導 入 した 四 分 統 治 策 は 帝 国 内 の 官 僚 軍 事 組 織 を 肥 大 化 させた こうした 時 代 の 流 れは 地 方 の 都 市 参 事 会 員 の 参 事 会 離 れ を 加 速 させ 彼 らに 中 央 政 界 進 出 という 目 標 を 与 えた また 都 市 参 事 会 の 代 わりとなる 歓 呼 賛 同 という 帝 国 中 央 への 自 己 主 張 の 新 形 態 の 登 場 は 民 衆 を 多 数 動 員 可 能 なカリスマ 的 な 存 在 ( 戦 車 競 技 の 応 援 団 ソフィスト 司 教 遍 歴 修 道 士 )が 地 方 政 治 に 大 きな 影 響 力 を 及 ぼし 始 めたことを 意 味 する そして 道 - 管 区 - 州 という 行 政 のヒエラルキー 化 は 確 かに 属 州 の 自 立 化 を 防 いだ が 中 央 政 府 の 権 力 が 地 方 支 配 の 末 端 組 織 へと 変 貌 した 都 市 の 内 部 まで 必 ずしも 届 か ない という 皮 肉 な 事 態 を 生 んだ ( 例 えば アレクサンドリアなど 一 部 の 大 都 市 ではテッ サロニカ 勅 令 やカルケドン 公 会 議 以 後 も 異 端 の 単 性 論 派 キリスト 教 信 者 が 一 定 のコミュニ ティを 築 いていた) 最 後 に 中 心 市 域 でのエヴェルジェティズムの 衰 退 と 修 道 院 や 有 力 者 の Villa( 別 荘 )を 中 心 とした 田 園 部 の 発 達 は 従 来 の 中 心 市 に 従 属 する 田 園 部 という 都 市 像 を 変 容 させ 都 市 の 凝 集 性 が 緩 和 された こうした 流 れは イスラーム 化 以 前 の 中 世 前 期 の 東 地 中 海 の 一 つの 大 きな 流 れである
補 遺 歴 史 Ⅰ 第 二 回 史 料 について [ 史 料 ]ガイオス=ウィビオス=サルタリオスによるエフェソスのアルテミス 祭 祀 1. 前 提 エフェソスについて エフェソスはアナトリア 半 島 西 部 に 位 置 し エーゲ 海 に 面 する 都 市 である この 地 域 に は ミケーネ 文 明 期 から 都 市 が 築 かれており 紀 元 前 8 世 紀 ごろからアルテミス 崇 拝 の 聖 地 として 知 られていた 紀 元 前 6 世 紀 以 降 リュディア 王 国 やアケメネス 朝 ペルシアの 支 配 を 受 ける 一 方 ヘレニズム 都 市 として 繁 栄 した この 地 に 紀 元 前 323 年 に 再 建 されたア ルテミス 神 殿 は 世 界 の 七 不 思 議 に 入 るほど 壮 大 なものであった 以 下 の 引 用 は 紀 元 前 2 世 紀 後 半 にエフェソスを 訪 れたシドンのアンティパトレスの 叙 述 による 私 は 戦 車 が 通 りうるほど 広 いバビロンの 城 壁 を 見 アルペイオス 河 畔 のゼウス 像 を 見 た 空 中 庭 園 も ヘリオスの 巨 像 も 多 くの 人 々の 労 働 の 結 集 たる 大 ピラミッドも はた またマウソロスの 巨 大 な 霊 廟 も 見 た しかし アルテミスの 宮 がはるか 雲 を 突 いてそびえ ているのを 見 たとき その 他 の 驚 きはすっかり 霞 んでしまった 私 は 言 った 見 よ オ リンポスを 別 にすれば かつて 日 の 下 にこれほどのものはなかった アンティパトレス パラティン 詩 選 集 9 巻 58 紀 元 前 133 年 にエフェソスはローマに 征 服 されるとアシア 属 州 の 中 心 都 市 として 繁 栄 し のちにはアントニウスとクレオパトラの 会 談 も 開 かれた また エフェソスには 早 く からキリスト 教 が 伝 来 し 現 地 のアルテミス 信 仰 と 激 しく 対 立 した これは 新 約 聖 書 中 の
エフェソの 信 徒 への 手 紙 にも 残 っている ちなみに アルテミス 神 殿 は 3 世 紀 のゲル マン 人 侵 入 やキリスト 教 の 浸 透 により 荒 廃 し 現 在 ではその 原 型 をとどめていない 2. 史 料 脚 注 等 (A) L1 ティベリオス=クラウディオス=アンティパトロス=ユリアノス エフェソス 市 参 事 会 の 議 長 市 民 代 表 L1 ポセイデオン 月 古 代 ギリシャ 暦 の 月 太 陽 暦 11/16~12/14 を 指 す L6 この 都 市 ~ふさわしい ( 第 三 段 落 ) 市 民 としてエフェソス 市 に 尽 くす( 都 市 やアルテミス 神 殿 への 寄 進 か?) 者 に 名 誉 を 与 えるべきだとする 決 議 L11 ガイオス=ウィビオス=サルタリオス この 決 議 の 主 人 公 アルテミス 神 殿 への 寄 進 祭 祀 を 行 う 人 L11 騎 士 身 分 ローマの 騎 士 身 分 は 中 世 の 騎 士 と 異 なり 重 装 歩 兵 民 主 制 下 で 騎 兵 を 務 めた 階 級 つまり 馬 を 飼 うことのできた 富 裕 層 を 意 味 する L19 インペラトル~ダキクス トラヤヌス 帝 ( 在 位 98~117)を 指 す ダキア メソポタミアを 征 服 し ローマ 帝 国 最 大 領 土 を 実 現 L20 プロティナ トラヤヌス 帝 の 妃 トラヤヌス 帝 との 間 に 子 はおらず トラヤヌス 帝 の 遠 縁 の 親 戚 であるハドリアヌスを 養 子 に 迎 える L24 マグネシア 門 別 資 料 の 地 図 70 L24 劇 場 別 資 料 の 地 図 26 L27 そして 彼 の 手 ~ 貸 し 出 して サルタリオスが 貸 金 業 を 行 っていたという 意 味 または サルタリオスが 市 や 諸 団 体 に 献 金 した 分 の 基 金 の 運 用 ( 貸 付 等 )を 自 ら 行 っていたということか?( 筆 者 注 ) 自 分 としては 後 者 の 説 が 自 然 に 思 える L28 ドラクマ ギリシアの 貨 幣 単 位 ( 銀 貨 )で 銀 4.3g を 指 す ローマの 貨 幣 であるデナリウスとほぼ 等 価 L28 アス ローマの 貨 幣 単 位 1 デナリウス=1 ドラクマ=16 アス( 前 2 世 紀 以 前 は 10 アス) L29 女 神 の 誕 生 日
アルテミスの 誕 生 日 であるタルゲリオン 月 ( 太 陽 暦 4/24~5/23)の 6 日 を 指 す 太 陽 暦 の 4/29 頃 か L30 彼 は~ 都 市 に 支 払 うだろう おそらく サルタリオスが 都 市 やそれに 属 する 諸 団 体 階 級 代 表 に 献 金 することを 言 っているのではないかと 思 われる L31 集 団 の 指 導 者 L27-28 のエフェソスの 参 事 会 長 老 会 市 民 青 年 童 子 (パイデス)を 指 す L33 州 総 督 (プロコンスル) 共 和 政 期 ローマでは 属 州 総 督 は 通 例 執 政 官 経 験 者 (プロコンスル)や 法 務 官 経 験 者 (プロプラエトル)が 任 命 されていたが アウグストゥスによる 帝 政 開 始 後 は 属 州 が 元 老 院 属 州 と 皇 帝 属 州 (エジプトは 例 外 的 に 皇 帝 の 私 領 扱 い)に 二 分 され 比 較 的 治 安 が 良 く 戦 乱 に 巻 き 込 まれる 危 険 性 の 低 い 元 老 院 属 州 は 元 老 院 が 総 督 任 命 権 をもつ ( 共 和 政 時 代 と 同 様 に 執 政 官 法 務 官 経 験 者 を 任 命 することが 多 い) 一 方 で 辺 境 地 域 に 位 置 して 異 民 族 の 侵 入 の 恐 れがあり 多 くの 軍 団 の 駐 屯 を 必 要 とする 皇 帝 属 州 は 皇 帝 が 任 命 権 を 持 っていた( 軍 団 の 指 揮 能 力 に 長 けた 将 軍 を 任 命 することが 多 かっ た) これは 3 世 紀 末 のディオクレティアヌスの 改 革 まで 制 度 としては 機 能 してい た なお エフェソスが 属 するアシア 属 州 は 元 老 院 属 州 であったため 元 老 院 が 総 督 任 命 権 を 持 っていた つまり アクィリオス=プロクロスは 元 老 院 議 員 であり(あっ た) プロコンスル 資 格 で 属 州 総 督 を 務 めている 可 能 性 が 高 い L33 法 務 官 (プラエトル) 共 和 政 ローマ 下 では 執 政 官 に 次 ぐ 権 力 を 持 ち 軍 団 の 指 揮 権 を 含 む 大 きな 権 限 を 持 っていた また 任 期 終 了 後 はプロプラエトル 資 格 で 属 州 総 督 となることができ る 法 務 官 級 がどういう 意 味 かは 不 明 プロコンスルに 次 ぐという 意 味 でアシ ア 属 州 副 総 督 くらいの 意 味 か? L35 市 民 エフェソス 市 民 のことをさすのか ローマ 市 民 権 所 有 者 という 意 味 をさすかは 不 明 L37 以 下 のように 決 議 した ここから 参 事 会 の 決 議 内 容 詳 細 に 入 る L46 主 たるアルテミスへの 追 加 の 化 粧 アルテミス 神 殿 への 寄 進 (という 名 目 のエフェソス 市 への 罰 金 支 払 いの 可 能 性 とも 解 釈 できる) L46 主 たるカエサルの 金 庫 皇 帝 (トラヤヌス 帝 )の 治 めるローマ 帝 国 の 国 庫 のことだと 思 われる L46 25,000 デナリウス
ローマ 時 代 の 貨 幣 単 位 を 現 代 の 貨 幣 単 位 と 比 較 するのは 困 難 だが トラヤヌス 帝 時 代 のローマ 軍 団 兵 の 年 収 は 300 デナリウスであることを 考 えれば 相 当 な 金 額 であ る L49-51 彼 によって 提 起 され~(2 行 ほど 欠 )~ 気 前 良 さと 徳 の 見 返 りとして おそらく 欠 落 部 分 は この 決 議 内 容 とサルタリオスの 名 を 永 久 に 記 録 した 石 板 を 設 置 する 的 な 話 の 可 能 性 が 高 い L51 彼 の 手 ~ 約 束 した 意 味 不 明 あくまで 仮 説 推 測 の 域 を 出 ないが サルタリオス 自 身 が 基 金 を 作 った うえでその 基 金 の 運 用 を 自 ら 行 い その 利 益 を 市 に 献 じるということではないか L53 神 殿 守 たる 市 民 団 アルテミス 神 殿 の 存 在 はエフェソスの 誇 りであり エフェソス 市 民 の 誇 りであった ことは 想 像 に 難 くない (B) ここでは(A)と 同 じ 出 来 事 について 記 述 していることを 留 意 されたし L1-3 セクストス=アッティオス=スプラトス~ポセイドン 月 の 日 に 古 代 ローマでは と が 執 政 官 であった 年 という 言 い 方 でその 年 を 表 現 し ていた( 日 本 の 元 号 と 同 じ) ちなみにここで 言 及 されている 年 は 西 暦 104 年 であ る この 時 点 では まだダキアの 征 服 は 完 了 していないが 102 年 の 第 一 次 ダキア 戦 争 後 に 元 老 院 はトラヤヌスにダキクス(ダキアの 征 服 者 )の 称 号 を 贈 っており (A) の 記 述 および L11 の 記 述 にあるトラヤヌス 帝 の 称 号 の 記 述 と 矛 盾 しない L4-10 ガイオスの 子 ~20000 デナリウスを 捧 げた (A) と 同 内 容 なお ここではサルタリオスの 献 金 額 が 20000 デナリウスと 明 示 さ れている L11 インペラトル=カエサル~ダキクス トラヤヌス 帝 を 指 す これ 以 降 (A)でも 記 述 された 肖 像 の 詳 細 が 述 べられる L12 リトラ ウンキア どちらも 古 代 ローマの 重 量 単 位 ウンキアは 12 分 の 1 を 意 味 するラテン 語 に 由 来 1 リトラ= 約 326g=12 ウンキア L13-16 これらは 奉 納 者 ~という 条 件 である これらはどうやらエフェソスの 民 会 に 捧 げられたものらしい これ 以 降 (A)でも 登 場 した 肖 像 ( 模 像 )の 行 き 先 が 述 べられる なお アルテミス 女 神 は 現 世 に 実 際 の 姿 を 現 しているわけではないのでその 姿 を 模 した 像 が 作 られるのである L17-33 黄 金 製 のアルテミス 像 ~ 捧 げられる (A)でも 登 場 した(16 行 欠 )の 部 分 も 含 まれ 模 像 肖 像 がどういうものか 説 明 してい る
L38-41 上 記 の 模 像 ~ 奉 納 物 なのだから アルテミスの 模 像 は 民 会 供 犠 ( 動 物 の 生 贄 をささげる 祭 り)の 際 に 用 いられる L42 民 会 の 解 散 後 には~ 運 び 出 され アルテミス 像 は 普 段 は 神 殿 に 安 置 されている L44-45 マグネシア 門 ~ 随 行 すること ここから 推 測 されるアルテミス 像 の 運 搬 ルートは 別 紙 の 地 図 を 参 照 すれば 74( 神 殿 ) SACRED WAY:KATHODOS 70(マグネシア 門 ) 26( 劇 場 ) 20 SACRED WAY:ANODOS(DIRETISSIMA) 74( 神 殿 ) L52 毎 年 9%の 利 子 サルタリオスの 献 じた 基 金 からの 利 益 を 指 す L53-68 参 事 会 書 記 に 450 デナリウス~15 デナリウスと 13.5 アスを 渡 すだろう 1800 デナリウスの 使 い 道 について 具 体 的 にはアルテミス 女 神 の 誕 生 日 に 行 われる 富 くじのようなもの L69-74 それゆえ~ 返 却 すべし サルタリオスの 20000 デナリウスの 基 金 を(サルタリオスの 死 後 または 生 前 のサル タリオスから) 購 入 する 権 利 とそれに 付 随 する 諸 規 定 購 入 者 はサルタリオスの 代 わ りに 1800 デナリウスを 拠 出 することを 求 められる L75-78 そして 20000 デナリウス~ 責 を 負 うことになる サルタリオスの 相 続 人 はサルタリオスの 死 後 もこの 20000 デナリウスの 元 本 と 1800 デナリウスの 利 子 の 運 用 を 絶 やさず 継 続 する 義 務 がある L88-89 私 ガイオスの 子 ~ 捧 げた この 提 案 がサルタリオス 自 身 によるものであることを 示 す
歴 史 Ⅰ 第 四 回 史 料 について [ 史 料 ]ルーキアーノス 著 高 津 春 繁 訳 偽 予 言 者 アレクサンドロス ( 遊 女 の 対 話 他 三 篇 岩 波 書 店 1961) 1. 前 提 ルーキアーノスについて ルーキアーノス(120 頃 ~180 年 以 降 )は 120 年 頃 ロ ーマ 帝 国 シリア 属 州 のサモサタに 生 まれ その 生 涯 で 80 編 以 上 の 風 刺 作 品 を 著 した 彼 はシリア 出 身 であるがそ の 著 作 はギリシア 語 で 著 されており 彼 自 身 も 180 年 以 降 に ギリシアのアテネで 没 した 彼 の 作 品 は 当 時 流 行 していた 新 興 宗 教 やキリスト 教 を 批 判 的 に 風 刺 したものが 多 く 当 時 の 社 会 政 治 状 況 を 示 すものとして 価 値 は 高 いものの 残 念 ながら 日 本 では 知 名 度 が 低 く 訳 書 も 少 ない 彼 の 代 表 作 は 神 々の 対 話 遊 女 の 対 話 本 当 の 話 などが 知 られ 月 への 旅 を 著 した 本 当 の 話 は 最 古 のサイエンス フィクシ ョンといわれることもある また 彼 はエピクロス 派 哲 学 を 支 持 していたとも 言 われてい る 偽 予 言 者 アレクサンドロス で 彼 が 言 葉 を 尽 くしてアレクサンドロスを 批 判 してい た 背 景 には アレクサンドロスがエピクロス 派 と 敵 対 していたから または 文 章 を 捧 げた ケルソスがエピクロス 派 だったからとされている 2. 資 料 脚 注 等 ----------------ここから 105 ページ---------------- L1 ケルソス 君 ルーキアーノスの 友 人 彼 はルーキアーノスと 同 様 にエピクロス 派 に 属 し 魔 術 師 を 駁 する という 書 を 著 した L1 アボーノテイコス 偽 予 言 者 アレクサンドロスが 生 まれ また 彼 が 活 動 していた 地 小 アジア パフラ ゴニア 地 方 (アナトリア 半 島 の 黒 海 沿 岸 )に 位 置 する 後 に 偽 予 言 者 アレクサンドロ スがマルクス アウレリウス 帝 に 願 い 出 てイオーノポリスと 改 名 した L4 ピリッポス
マケドニア 王 ピリッポス 2 世 ( 在 位 前 359~336)を 指 す 前 338 年 カイロネイアの 戦 いに 勝 利 し コリントス 同 盟 を 創 設 全 ギリシアに 覇 権 を 唱 えるが 前 336 年 に 暗 殺 される L4 ピリッポスの 子 アレクサンドロス マケドニア 王 アレクサンドロス 3 世 ( 以 下 :アレクサンドロス 大 王 とする) 急 逝 した 父 の 跡 を 継 ぎ 東 方 遠 征 を 行 う アケメネス 朝 ペルシアを 滅 ぼし エジプトを 征 服 したのち インダス 川 に 達 する 大 帝 国 を 築 き ヘレニズム 文 化 の 発 展 のきっかけと なった しかし 前 323 年 わずか 32 歳 で 病 死 以 後 オリエントはローマ 帝 国 の 制 服 を 受 けるまで 多 数 の 王 国 が 割 拠 する ギリシアの 英 雄 であるアレクサンドロス 大 王 の 功 業 はギリシア 文 化 の 影 響 を 深 く 受 けた 地 中 海 世 界 (ローマを 含 む) 全 域 に 伝 えられ 地 中 海 世 界 の 人 々の 意 識 や 著 作 に 深 い 影 響 を 与 えたことは 特 記 すべきであ る L5 このアレクサンドロス 偽 予 言 者 アレクサンドロス のこと L5 かのアレクサンドロス アレクサンドロス 大 王 のこと L7-10 アウゲイアースの 牛 小 屋 ~ 努 めてみよ う アウゲイアースの 牛 小 屋 掃 除 はギリシ ア 神 話 の 英 雄 ヘラクレスのなした 12 の 功 績 のうちの 一 つ アウゲイアースはエーリ ス 王 (エーリスはペロポネソス 半 島 西 部 イオニア 海 に 面 する 地 方 右 図 A)で 彼 の 牛 糞 にまみれた 牛 小 屋 をヘラクレスが 一 日 で 掃 除 したという 伝 説 にちなむ ここで の 糞 は 偽 予 言 者 アレクサンドロスの 悪 行 の 数 々をさすか? L12-13 教 養 のある~ 見 世 物 となるべき 人 間 おそらく 偽 予 言 者 アレクサンドロスのことを 指 す ローマでは 猛 獣 を 使 って 死 刑 囚 を 殺 させる 刑 罰 があり ここでは 偽 予 言 者 アレクサンドロスの 如 き 者 は 猛 獣 でも ない 猿 や 狐 に 殺 されるのがふさわしい という 程 度 の 意 味 L15 エピクテートス 帝 政 ローマ 初 期 のストア 派 哲 学 者 エピクテトス(50 頃 -135 頃 )のこと 小 アジアの フリギア 生 まれ 一 時 は 奴 隷 身 分 に 落 ちるがのちに 解 放 されて 哲 学 者 となる 生 涯 迫 害 され 続 ける 不 遇 の 人 生 を 歩 むが その 平 静 平 等 を 説 く 思 想 は 後 の 哲 人 皇 帝 マルクス アウレリウス アントニヌスの 思 想 に 受 け 継 がれていく
L16 アリアーヌス 2 世 紀 のローマの 叙 述 家 にして 政 治 家 フラウィウス アッリアノス(86 頃 -160 頃 ) のこと 彼 自 身 はギリシア 人 であるが ローマ 市 民 権 所 有 者 であったため 本 文 中 で は ローマ 人 (L15) と 述 べられている 彼 はエピクテトスに 師 事 し 彼 の 言 葉 を 語 録 という 著 作 で 残 した 代 表 作 に アレクサンドロス 東 征 記 が 知 られてい る 彼 は 政 治 家 軍 人 としても 有 能 で トラヤヌス 帝 ハドリアヌス 帝 に 仕 えて 執 政 官 や 属 州 総 督 を 歴 任 した L14-16 しかし 誰 かが~ 同 じ 目 に 会 っている 悪 人 である 偽 予 言 者 アレクサンドロスについて 著 作 をなすことについての 世 人 の 批 判 に 対 し 偉 大 な 叙 述 家 であるアリアーヌス( 著 者 のルーキアーノスとほぼ 同 時 代 人 )も 悪 人 ( 後 述 )について 書 いているではないか と 反 論 している ----------------ここから 106 ページ---------------- L17 匪 賊 ティロロポス 著 作 家 アリアーヌスが 著 作 の 題 材 にしたといわれる 盗 賊 L18 ミューシア 小 アジア 地 方 ダーダネルス 海 峡 に 面 する 地 方 ( 右 図 ) 古 くよりギリシア 人 の 植 民 活 動 が 活 発 であり ホメロス イーリアス にもトロイアの 同 盟 国 として 登 場 する L18 イダ 山 小 アジア 地 方 ダーダネルス 海 峡 に 面 する 山 この 山 は 古 来 よりキュベレー( 小 アジアで 広 く 崇 拝 されてきた 地 母 神 でギリ シア ローマでも Μητηρ Θεων Ιδαια(メーテール テオーン イーダイア)や Magna Mater(マグナ マーテール)と 呼 ばれて 尊 崇 を 集 めた) 崇 拝 の 聖 地 として 知 ら れる L18-21 アシアの~となるだろう ティロロポスはアシア 属 州 の 周 辺 だけを 略 奪 して 回 った 一 方 で 偽 予 言 者 アレクサ ンドロスはその 詐 欺 的 行 為 でローマ 帝 国 中 を 混 乱 させたのでこちらのほうがより 大 悪 人 であると 述 べようとしている L28 ヘーラクレース ギリシア 神 話 の 半 人 半 神 の 英 雄 最 高 神 ゼウスとミケーネ 王 女 アルクメーネーの 間 に 生 まれる その 生 涯 で 12 の 試 練 を 成 し 遂 げたことで 知 られる ローマでも 広 く 尊 崇 された
L28 守 りの 神 ゼウス ギリシア 神 話 の 最 高 神 ゼウスのこと L28-29 救 済 者 ディオスクーロイ ゼウスとスパルタ 王 妃 レーダーの 間 に 生 まれた 双 子 カストルとポリュデウケース (ポルックス)のこと 航 海 の 守 護 者 として 知 られる L29 われわれの 仇 ~ありますように 偽 予 言 者 アレクサンドロスの 頭 脳 や 魂 について 修 辞 を 尽 くして 批 判 している L33 ケルコープス ギリシア 神 話 に 登 場 するオケアノスの 息 子 である 二 人 の 兄 弟 ゼウスにいたずらし たため 石 に 変 えられた または 他 の 人 名 をさすか? 詳 細 不 明 L33 エウリュバトス プリュノーンダス 古 代 ギリシアの 悪 党 の 代 名 詞 ----------------ここから 107 ページ---------------- L34 アリストデーモス ソーストラトス 古 代 ギリシアの 悪 人 両 人 とも 同 名 者 が 多 すぎるため 特 定 困 難 L36 ピュータゴラース 古 代 ギリシアの 数 学 者 哲 学 者 であるピタゴラス( 前 582~496)のこと サモス 島 に 生 れ 万 物 の 根 源 (アルケー)を 数 だと 考 えるピタゴラス 学 派 を 創 設 この 学 派 は 秘 密 結 社 的 な 性 格 を 持 ち しばしば ピタゴラス 教 団 ともいわれる 他 に 三 平 方 の 定 理 の 発 見 や 音 律 の 研 究 を 行 った L37 彼 は 賢 者 で 神 のごとき 叡 智 の 持 主 ピュータゴラースのこと L37-38 この 男 と~ 見 えるだろう ピタゴラスの 叡 智 でさえ 偽 予 言 者 アレクサンドロスの 悪 知 恵 に 比 べれば 子 供 のよ うなものである ということ L43 誣 罔 ふもう と 読 む 嘘 を 言 って 人 を 貶 めること ----------------ここから 108 ページ----------------
L58 テュアーナ 小 アジア カッパドキア 地 方 ( 右 図 Cappadocia の 部 分 )の 中 心 都 市 後 述 するテュアーナのアポローニオスを 輩 出 する L58 かの 名 高 いアポローニオス 帝 政 初 期 の 哲 学 者 テュアーナのアポローニオス (15 頃 ~100 頃 )のこと( 右 図 ) 彼 はテュアーナに 生 まれ たのち 新 ピタゴラス 学 派 に 属 し 各 地 を 放 浪 して 哲 学 を 説 き 一 説 にはパルティアを 通 過 してインドまで 赴 いたともいわれる 彼 はまた 魔 術 や 神 秘 主 義 にも 傾 倒 し 数 々の 奇 跡 を 起 こしたとされ イエス キリス トと 同 時 代 人 であることから 反 キリスト 教 派 に 聖 人 と して 崇 拝 された ここで 着 目 すべきはルーキアーノスは 偽 予 言 者 アレクサンドロス に 限 らずこうした 教 団 をも 批 判 している 点 である L59 お 芝 居 前 述 のとおり ルーキアーノスはアポローニオスを 崇 拝 する 人 々を 批 判 的 なまなざ しでとらえており ここでもアポローニオスの 起 こしたとされる 数 々の 奇 跡 を お 芝 居 だとして 批 判 している ここから 2 行 前 の 名 高 い というアポローニオ スの 形 容 は 皮 肉 ともとらえられる L67 ビーテューニア アナトリア 半 島 黒 海 沿 岸 偽 予 言 者 アレクサンドロスの 生 まれたパフラゴニアのす ぐ 西 に 位 置 するローマの 属 州 前 項 地 図 の Bithynia の 部 分 L67 マケドニア 諸 王 紀 元 前 7 世 紀 頃 からアルゲアス 朝 アンティゴノス 朝 の 下 で 繁 栄 したマケドニア 王 国 のこと アルゲアス 朝 時 代 にはピリッポス 2 世 がギリシアを 征 服 し アレクサン ドロス 大 王 が 大 帝 国 を 築 くなど 最 盛 期 を 迎 えたが アレクサンドロス 大 王 の 死 後 に マケドニアはアンティゴノス 朝 に 取 って 代 わられた アンティゴノス 朝 は 第 二 次 ポ エニ 戦 争 に 介 入 してローマと 対 立 し 紀 元 前 168 年 にローマに 征 服 された これに より 繁 栄 を 極 めたマケドニアもローマの 一 属 州 に 転 落 した ----------------ここから 109 ページ----------------
L68 ペラ( 右 図 ) 紀 元 前 399 年 アルゲアス 朝 マケドニア 王 国 の 国 王 アルラケオス 1 世 により 建 設 される 以 降 アルゲアス 朝 アンティゴノス 朝 を 通 じてマケドニア 王 国 の 首 都 と して またギリシア ヘレニズム 文 化 の 中 心 的 都 市 の 一 つとして 繁 栄 した しかし ローマによる 征 服 後 に 衰 退 した ルーキアーノスが 活 躍 した 2 世 紀 にはもはや 廃 墟 同 然 であったといわれる L70 おだやかで 慣 れた 大 蛇 ここで 登 場 する 大 蛇 はラテン 語 で Anguis Aesculapii と 言 われる 種 類 ( 学 名 :Zamenis Longissimus 英 名 :Aesculapian Snake 右 図 )で 南 ヨーロッパ 全 域 に 広 く 分 布 する この 蛇 はアスクレピオースの 杖 に 巻 き 付 いている 蛇 であるといわれる 長 さは 長 いもので 2m を 越 える L71 オリュムピアス マケドニア 王 ピリッポス 2 世 の 王 妃 にしてアレクサンドロス 大 王 の 母 オリュンピ アス( 前 375~316)のこと 彼 女 は 一 説 にはマイナス( 狂 信 的 デュオニュソス 崇 拝 者 ) であり 常 に 蛇 とともに 寝 ていたといわれる(プルタルコスによる) そのため ア レクサンドロス 大 王 の 父 親 は 蛇 に 化 けたゼウスとも 言 われ これはアレクサンドロ ス 大 王 オリュンピアス 自 身 も 主 張 しており アレクサンドロス 大 王 のエジプト 支 配 の 正 当 化 にも 使 われた(エジプトのファラオとなる 要 件 には 神 性 が 求 められる) L72 彼 女 に 関 する 話 オリュンピアスがアレクサンドロス 大 王 を 出 産 した 経 緯 についてはさまざまな 神 話 的 な 言 い 伝 えが 残 っている L73 銅 銭 (オボロス) ギリシアの 貨 幣 単 位 1 オボロス=1/6 ドラクマ 1 デナリウス L73-74 トゥーキューディデース アテネ 生 まれの 歴 史 家 将 軍 (ストラテゴス) トゥキディデス( 前 460 頃 ~ 前 395)の こと ペロポネソス 戦 争 を 描 いた 戦 史 ( 歴 史 とも) を 著 す 戦 史 は 中 立 的 客 観 的 な 視 点 から 戦 争 を 見 た 書 物 として 史 料 価 値 が 高 い L79 デルポイ~ブランギタイ 古 代 ギリシアで 有 名 な 聖 地 の 数 々 とくにデルポイは 神 託 で 有 名 であった L79-81 先 に 述 べた 暴 君 ~ 発 見 した
ここは 偽 予 言 者 アレクサンドロスとコッコーナスという 二 人 の 悪 人 の 立 場 を 借 り て 著 者 のルーキアーノス 自 身 が 暗 に 古 代 ギリシアの 神 託 を 得 ることを 目 的 とした 崇 拝 を 批 判 しているともとれる ルーキアーノスの 属 したエピクロス 派 は 神 への 信 仰 を 絶 対 視 せず 神 自 身 すら 相 対 化 する 傾 向 にあった ----------------ここから 110 ページ---------------- L86 カルケードーン ポスポラス 海 峡 に 面 する 小 アジアの 都 市 で 交 通 の 要 衝 はるか 後 の 451 年 この 地 でキリスト 教 の 公 会 議 が 開 かれた L86 トラーキア ボスポラス 海 峡 の 欧 州 側 ( 右 図 の 濃 い 部 分 ) 現 在 のブ ルガリア 南 部 ~ギリシア 東 部 ~トルコの 欧 州 側 にあた る 地 域 紀 元 前 1 世 紀 の 奴 隷 反 乱 の 指 導 者 スパル タクスの 生 まれ 故 郷 L95 とにかく~ 思 われたから ビテュニアのカルケドンは 当 時 から 交 通 の 要 衝 として 知 られ 彼 らが 名 を 売 るにはもってこいであったが 住 民 が 純 朴 で 迷 信 を 信 じやす いという 点 では 偽 予 言 者 アレクサンドロスの 故 郷 であるパフラゴニアのアボーノテ イコスの 方 がよかったのであろう L96 アポローン ゼウスとレートーの 子 アルテミスとは 双 子 の 兄 神 託 をなす 神 そして 芸 術 の 神 としてギリシア 文 化 圏 で 広 く 崇 拝 される 中 でもデルポイのアポローン 神 殿 の 神 託 は 有 名 であり ペルシア 戦 争 の 勝 利 を 支 えたとも 言 われる のちにローマでは 太 陽 神 とされた L96 アスクレーピオス アポローンとコローニス(テッサリア 地 方 の 領 主 の 娘 )の 子 生 後 すぐに 母 を 失 い ケンタウロス( 半 人 半 馬 の 種 族 )のケイローンに 育 てられる 成 長 して 医 者 となったが 死 者 を 甦 らせたとしてゼウスに 殺 された 彼 の 用 いた 蛇 の 巻 き 付 いた 杖 は アスクレピオースの 杖 ( 右 図 )として 現 代 でも 医 の 象 徴 として 用 いられる ----------------ここから 111 ページ----------------
L103 ペルセウス 式 に 鎌 を 手 にしている ギリシア 神 話 の 英 雄 ペルセウスは 怪 物 メデューサの 首 を 切 断 するときに 鎌 のような 曲 刀 を 用 いたとされている( 右 図 ) こ れを 利 用 して 偽 予 言 者 アレクサンドロスは 自 分 をペルセウス の 後 裔 だと 信 じ 込 ませようとした L106 ポイボス アポローンの 別 名 輝 く 神 程 度 の 意 味 ローマ 神 話 にお いてアポローンを 太 陽 神 だと 解 釈 する 根 拠 となった L107 ポダレイリオス アスクレピオースの 子 アポローンの 孫 父 親 と 同 様 に 医 者 であり 内 科 専 門 の 名 医 であったといわれる トロイア 戦 争 にもギリシア 側 で 参 戦 した L109 トリッカ ギリシア テッサリア 地 方 北 西 部 の 都 市 ( 現 在 のトリカラ) アスクレピオースの 出 身 地 とも 言 われる アスクレピオース 神 殿 があり 現 在 もその 遺 跡 が 残 る L108-109 どうも~ものと 見 える 偽 予 言 者 アレクサンドロスの アポローン アスクレピオース ポダレイリオスの 子 孫 という 主 張 に 対 する 皮 肉 彼 らはみなポスポラス 海 峡 西 側 のギリシア 本 土 に 生 れており 偽 予 言 者 アレクサンドロスの 生 まれたパフラゴニアのアボーノテイコ スとは 何 の 関 係 もない L110 シビュラ 固 有 名 詞 か 一 般 名 詞 かは 曖 昧 であるが おもにデルポイなどでアポローンの 神 託 を 受 け 取 っていた 巫 女 前 7 世 紀 のイオニア 地 方 で 生 まれたとされる もともとはオ リエント 的 な 巫 女 であったか? L111 シノーペー パフラゴニア 地 方 のギリシア 植 民 市 アボーノテイコスにほど 近 い L111 エウクセイノス 黒 海 (Black Sea)のこと L112 アウソニア もともとはギリシア 人 が 植 民 活 動 の 盛 んだった 南 イタリア(マグナ グラエキア)を 指 して 言 った 言 葉 転 じてイタリア 全 体 さらに 転 じてローマの 雅 称 となる ここ での アウソニア 人 はローマ 人 のこと L113-114 初 めの 一 と 三 十 ~ 数 えたるもの 1,20.5.60 はギリシア 文 字 で 数 字 として 表 すと ALEX となり つまり 偽 予 言 者 アレ クサンドロス 本 人 をあらわす L116 気 が 狂 ってる 真 似
古 代 ギリシア オリエント ローマに 限 らず 世 界 中 で 神 がかり 状 態 になった 予 言 者 はしばしば 発 狂 したような 状 態 を 呈 する ----------------ここから 112 ページ---------------- L118-121 その 上 ずっと 以 前 ~ 引 っぱられているのだった アスクレピオースの 使 いとして 知 られている 大 蛇 を 偽 予 言 者 アレクサンドロスは 利 用 しようとした そこで 蛇 に 神 託 を 言 わせるために 腹 話 術 のような 仕 掛 けを 用 意 し た L129 大 地 女 神 フリギア 地 方 を 中 心 に 小 アジアで 広 く 崇 拝 される 地 母 神 キュベレーのこと キュ ベレーの 崇 拝 者 は 狂 乱 に 満 ちた 祭 儀 をすることで 有 名 であった ----------------ここから 113 ページ---------------- L145-146 コローニス テッサリア 領 主 プレギュアースの 娘 アポローンとの 間 にアスクレピオースを 生 む ----------------ここから 114 ページ---------------- L167 ポントス アナトリア 半 島 黒 海 沿 岸 東 部 ビテュニアの 東 隣 にあるローマの 属 州 L167-168 のろ 間 で 無 教 育 な 人 間 地 中 海 沿 岸 に 対 して 黒 海 沿 岸 のパフラゴニアやポントスは 後 進 地 域 であった な お ルーキアーノスは 繁 栄 を 極 めていたオリエントの 中 心 地 シリア 生 れである ここから 偽 予 言 者 アレクサンドロスにいとも 簡 単 にだまされるパフラゴニア 人 や ポントス 人 を 憐 れみながらもその 知 恵 のなさを 暗 に 蔑 視 している 点 が 見 受 けられ る ----------------ここから 115 ページ---------------- L172 デーモクリトス トラキア 生 まれの 哲 学 者 デモクリトス( 前 460 頃 ~370 頃 ) 万 物 の 根 源 を 原 子 だ とした 彼 は 亡 霊 などの 非 現 実 的 なものを 信 じなかったといわれる L173 エピクーロス
サモス 島 生 まれの 哲 学 者 エピクロス( 前 341~270)のこと 精 神 的 な 安 寧 を 追 求 す るエピクロス 派 の 創 始 者 神 への 絶 対 的 帰 依 については 懐 疑 的 で 我 々はパンと 水 さえあれば 神 と 幸 福 を 競 うことができる という 言 葉 が 有 名 これによりエピク ロス 派 は 偽 予 言 者 アレクサンドロスの 宗 教 結 社 と 激 しく 対 立 する なお ルーキア ーノスおよびケルソスはエピクロスの 教 えに 深 く 賛 同 しており この 点 で 偽 予 言 者 アレクサンドロスに 対 しての 批 判 に 感 情 的 な 点 が 見 受 けられる この 点 は 留 意 しな ければならないだろう L173 メトロドーロス メトロドーロス 自 体 は 同 名 者 が 多 く 特 定 は 困 難 ここではキオスのメトロドーロ ス( 前 4 世 紀 ごろのエピクロス 以 前 の 哲 学 者 ) またはランプサコスのメトロドーロ ス( 前 331 頃 ~278 頃 the younger の 方 )であろう 後 者 はエピクロスの 弟 子 L179 グリュコーン 偽 予 言 者 アレクサンドロスがアスクレピオース の 神 体 としてパフラゴニア 人 を 欺 くのに 利 用 し た 大 蛇 に 人 間 や 他 の 動 物 の 頭 がついたもの( 右 図 ) グリュコーン という 言 葉 自 体 は 偽 予 言 者 アレクサンドロスが 作 ったのではなく 前 1 世 紀 の 著 作 家 ホラティウスの 著 作 にすでに 登 場 するため 蛇 神 の 信 仰 はそれ 以 前 からあったとされている L180 ゼウスの 孫 アスクレピオースはアポローンの 子 であるが アポローンはゼウスの 子 であるた め アスクレピオースはゼウスの 孫 であるという 認 識 ができる L183 アムピロコス キリキア 生 まれの 予 言 者 トロイア 戦 争 に 参 戦 後 小 アジアにギリシア 人 植 民 市 を 建 設 する L183 アムビアラーオス アムピロコスの 父 ギリシアの 英 雄 であり 予 言 者 テーバイとの 戦 いの 最 中 ゼウ スの 投 じた 雷 で 生 じた 地 割 れに 飲 み 込 まれて 姿 を 消 す ここでの 死 んで テーバ イにおいて 姿 を 消 した はそこの 伝 説 を 踏 まえている ----------------ここから 117 ページ---------------- L205 瀝 青 天 然 の 固 体 ~ 液 体 形 状 をとる 炭 化 水 素 アスファルトやコールタールのこと L213 君 が 魔 術 師 を 攻 撃 して 書 いた~ 書 物
ケルソスが 書 いたといわれる 魔 術 師 を 駁 する という 著 作 この 著 作 は 現 存 しな いものの ローマのヒッポリュトス(170 頃 ~235 対 立 教 皇 聖 人 )の 代 表 作 である 全 異 端 反 駁 に 著 者 ヒッポリュトスがケルソスの 記 述 を 参 考 にしたと 思 われる 部 分 がある ----------------ここから 118 ページ---------------- L231-232 すでに 死 んだ 者 をさえ 復 活 させた アスクレピオースはその 卓 越 した 医 療 技 術 を 用 いて 死 者 の 蘇 生 を 行 ったとされる しかしこれは 冥 界 の 神 であるハデスから 世 界 の 秩 序 を 壊 すと 非 難 されたため アス クレピオースはゼウスの 雷 に 打 たれて 死 ぬこととなる ----------------ここから 119 ページ---------------- L239 無 神 論 者 やキリスト 教 徒 無 神 論 者 はエピクロス 派 に 多 く 古 代 ローマではルクレティウス( 前 99 頃 ~55)が 有 名 彼 はエピクロス 派 の 考 えに 基 づき 無 神 論 的 思 想 により 死 の 恐 怖 から 人 々を 解 き 放 つために 事 物 の 本 性 について を 著 した また この 文 章 が 書 かれた 2 世 紀 にはキリスト 教 が 小 アジア(ポントスを 含 む)で 信 者 を 増 やしつつあった L239-240 この 人 たち~あえて 言 っていた エピクロス 派 は 無 神 論 的 立 場 から キリスト 教 徒 は 一 神 教 的 立 場 から 偽 予 言 者 アレ クサンドロスの 新 宗 教 を 批 判 していた L245-246 その 来 詣 者 たち~ 思 われるだろう 400 年 以 上 昔 の 哲 学 者 エピクロスのことは 知 っているのに 偽 予 言 者 アレクサンド ロスの 荒 唐 無 稽 な 嘘 は 見 抜 けない 偽 予 言 者 アレクサンドロスの 信 奉 者 たちに 対 する 皮 肉 L248-250 いったい いんちき 経 験 者 で~ 他 にいるだろうか いんちき 経 験 者 いかさまが 好 き 真 理 の 最 悪 の 敵 とは 偽 予 言 者 アレクサ ンドロスを 指 す ここで 著 者 のルーキアーノスが 偽 予 言 者 アレクサンドロスを 言 葉 を 尽 くして 批 判 しているのは 彼 の 詐 欺 行 為 に 対 する 義 憤 以 上 に 自 らの 信 奉 するエ ピクロスと 敵 対 的 であり 自 らと 同 じエピクロス 派 を 排 斥 していることに 対 する 憤 りからだろう これは 事 物 の 性 質 を 看 破 し ただ 一 人 その 中 に 内 在 する 真 理 を 知 っているエピクーロス と 述 べている 点 からもわかる これ 以 降 ルーキアーノ スは 徐 々に 論 調 語 気 における 冷 静 さや 余 裕 を 失 い 始 める L250 クリューシッポス
ストア 派 の 大 成 者 ソロイのクリュシッポス( 前 280 頃 ~207 頃 )のこと ローマ 世 界 では 著 作 の 少 ないゼノン(ストア 派 創 始 者 )より 多 数 の 著 作 を 残 したクリュシッポ スの 方 が 有 名 であった 可 能 性 がある L250-251 プラトーンや~ 深 い 平 和 が 保 たれた 偽 予 言 者 アレクサンドロスに 対 して 無 神 論 者 エピクロス 派 キリスト 教 徒 は 激 し い 批 判 を 加 えた 一 方 プラトン 派 ( 新 )ピタゴラス 派 は 神 秘 主 義 的 要 素 があったた めに 偽 予 言 者 アレクサンドロスを 激 しく 非 難 しなかった ストア 派 もまた 同 じだと 思 われる L252 かかる 事 を 笑 い 飛 ばし 戯 談 にしていた エピクロスは 現 世 の 人 間 に 対 する 神 の 干 渉 を 否 定 しており 偽 予 言 者 アレクサ ンドロスの 神 託 のようなものも 当 然 否 定 の 対 象 になった L253 レピドス ポントスの 司 祭 長 にしてアマストリス 市 参 事 会 長 のティベリウス クラウディウ ス レピドゥスのこと 司 祭 長 は 主 にローマ 皇 帝 崇 拝 を 管 掌 していたとされる 彼 はエピクロス 派 に 属 していたといわれる L254 アマストリス ポントス 属 州 の 首 都 アボーノテイコスの 西 に 位 置 する 黒 海 に 面 した 都 市 ----------------ここから 120 ページ---------------- L267 アルメニア アルメニア 王 国 ( 右 図 オレンジ 色 部 分 とほ ぼ 重 なる)のこと ローマとパルティアの 間 の 緩 衝 国 として 命 脈 を 保 ち 続 ける この 国 の 王 が 親 ローマ 派 か 親 パルティア 派 かで ローマ パルティア 双 方 の 外 交 情 勢 が 大 き く 変 化 した この 文 章 が 書 かれた 2 世 紀 中 ごろは 161 年 にアントニヌス ピウス 帝 の 死 に 乗 じてパルティア 王 ヴォロガセス 4 世 が 親 ローマ 政 権 下 のアルメニアに 侵 攻 し 親 パルティア 政 権 を 成 立 させたことに たいしてローマが 反 発 第 六 次 ローマ=パルティア 戦 争 が 勃 発 した L267 セヴェリアーヌス ガリア 出 身 の 軍 人 でカッパドキア 属 州 総 督 マルクス セダティウス セヴェリア ヌスのこと 偽 予 言 者 アレクサンドロスの 神 託 を 信 じてアルメニアに 侵 攻 したがエ レゲイアでパルティア 軍 に 包 囲 されて 自 害 彼 の 率 いたカッパドキア 駐 屯 の 軍 団 は
全 滅 した この 後 ローマ 皇 帝 ルキウス ウェルス(マルクス アウレリウス アン トニヌス 帝 との 共 同 皇 帝 ) 率 いる 援 軍 が 駆 けつけて 戦 況 は 逆 転 し 163 年 にアルメニ アを 占 領 して 親 ローマ 政 権 を 復 活 させた ルキウス 帝 はその 余 勢 をかってバビロニ アに 侵 攻 し パルティアの 首 都 クテシフォンを 攻 略 した しかし 天 然 痘 の 蔓 延 や 北 方 でのゲルマン 人 侵 入 によりルキウス 帝 らローマ 軍 は 撤 退 し ヴォロガセス 4 世 は 一 時 的 に 危 機 を 脱 したものの 166 年 にローマ 軍 が 再 びメディアを 占 領 するとヴ ォロガセス 4 世 はローマに 有 利 な 講 和 を 強 いられた 169 年 にルキウス 帝 が 180 年 にマルクス アウレリウス アントニヌス 帝 が 死 ぬとヴォロガセス 4 世 は 再 びア ルメニアに 侵 攻 して 占 領 自 らアルメニア 王 を 称 した 191 年 にヴォロガセス 4 世 が 死 んだのち パルティアは 激 しい 王 位 争 いの 末 ヴォロガセス 5 世 が 王 位 を 継 い だ 彼 はローマ 帝 国 内 の 帝 位 争 いに 介 入 してシリアに 侵 入 したが 失 敗 し 帝 位 を 確 定 させたセプティミウス セウェルス 帝 はパルティアに 対 して 大 規 模 な 侵 攻 作 戦 を 展 開 し 198 年 ごろには 再 びクテシフォンを 攻 め 落 とし 大 規 模 な 略 奪 をおこなっ た こののち パルティアは 再 び 王 位 争 いにより 国 力 が 低 下 し 3 世 紀 はじめには アルダシールらサーサーン 朝 の 勢 力 拡 大 を 止 められず 226 年 に 滅 亡 した ローマ 帝 国 もまもなく 軍 人 皇 帝 時 代 に 突 入 し 東 方 では 260 年 にウァレリアヌス 帝 がサー サーン 朝 軍 の 捕 虜 になるなどローマの 勢 力 が 退 潮 していく そして ローマが 東 方 にふたたび 注 力 しはじめるのは 284 年 以 降 つまりディオクレティアヌス 以 降 であ る L271 ティベルの 輝 かしき 水 テヴェレ 川 のこと アペニン 山 脈 中 のモンテ フマイオーロに 源 を 発 し ローマ 市 内 を 貫 流 してティレニア 海 に 注 ぐ 河 口 はカスプ 状 三 角 州 で 有 名 ここではローマ の 枕 詞 のようなもの ----------------ここから 121 ページ---------------- L273 馬 鹿 者 のケルト 人 ケルトはギリシア 人 がガリア( 現 在 のフランス)を 指 していう 言 葉 偽 予 言 者 アレク サンドロスの 神 託 を 信 じてアルメニアに 侵 攻 して 惨 敗 したセヴェリアヌスはガリア の 生 れである L273 オスロエース セヴェリアヌス 率 いるローマ 軍 を 破 ったパルティアの 将 軍 の 名 ----------------ここから 122 ページ---------------- L294 ルーティリアーヌス
ローマの 政 治 家 プブリウス ムンミウス ルティリアヌスのこと 彼 は 146 年 に 補 充 執 政 官 (consul suffectus)に 選 出 されたローマの 名 士 で 偽 予 言 者 アレクサンド ロスと 出 会 ったときはアシア 属 州 総 督 を 務 めていた 彼 は 優 秀 な 人 物 であったがい ささか 狂 信 癖 があったとルーキアーノスは 評 している ルーキアーノスは 彼 と 顔 見 知 りであったことが 後 述 される L299 ほとんど 委 嘱 せられた 職 務 を 捨 てて ルティリアヌスは 当 時 アシア 属 州 総 督 (プロコンスル 資 格 )であり 偽 予 言 者 アレク サンドロスの 活 動 していたビテュニアやポントスは 管 轄 外 であった L305 宮 廷 の 大 部 分 の 者 を 騒 がせた ここでいう 宮 廷 は 元 老 院 のことを 指 す 可 能 性 が 高 い ルティリアヌス 自 身 が 執 政 官 経 験 者 であり 元 老 院 属 州 (アシア)の 属 州 総 督 を 務 めていることから 彼 自 身 も 元 老 院 議 員 であったと 考 えられる ----------------ここから 124 ページ---------------- L325-327 アレクサンドロスが~あろう かかる 小 人 は 偽 予 言 者 アレクサンドロスがインチキな 予 言 に 失 敗 したのにそれ を 非 難 せず むしろ 弁 護 する(おそらく 相 当 な 金 は 払 っているのにもかかわらず)ル ティリアヌスのお 人 よしさを 批 判 している 言 葉 その 後 は 反 語 になっていることか ら 偽 予 言 者 アレクサンドロスがルティリアヌスや 他 の 信 者 のバカさ 加 減 を 笑 う だけではなく 彼 らから 不 正 に 金 品 その 他 を 詐 取 しているから 私 (ルーキアーノ ス)は 偽 予 言 者 アレクサンドロスを 批 判 する くらいの 意 味 だろうか?ルーキアーノ スは 偽 予 言 者 アレクサンドロスを 盲 信 して 疑 わない 信 者 たち(ルティリアヌス 含 む) の 態 度 もこの 前 後 で 批 判 している L328-329 ペーレウスの 子 次 にメナンドロス ペーレウスはギリシア 神 話 の 英 雄 で 海 の 女 神 テティスと 結 婚 する 彼 の 息 子 にト ロイア 戦 争 の 英 雄 アキレウスがいる メナンドロス( 前 342~292/291)はアテネ 生 ま れの 喜 劇 作 家 新 喜 劇 最 大 の 劇 作 家 としてローマでも 知 られる L335 月 の 女 神 ギリシア 神 話 の 月 の 女 神 セレーネーのこと L337-338 月 の 女 神 が~ 彼 女 の 癖 なのさ セレーネーは 美 少 年 エンデュミオーンを 愛 し ゼウスに 依 頼 して 彼 に 不 老 不 死 の 眠 りを 与 えたという 伝 説 から この 伝 説 を 踏 まえて 偽 予 言 者 アレクサンドロスは 自 分 の 娘 を 月 の 女 神 との 娘 だと 主 張 した ここでルーキアーノスが 言 っている 美 少 年 は 当 然 偽 予 言 者 アレクサンドロスを 指 すのだが これも 後 でわかるが 痛 快 な 皮 肉 となっている
L338 賢 者 の 中 の 賢 者 偽 予 言 者 アレクサンドロスの 神 託 を 盲 信 し 自 分 の 滑 稽 な 行 動 が 見 えていないルテ ィリアヌスに 対 する 痛 烈 な 皮 肉 L338-341 ルーティリアーヌス~ 気 でいた ルティリアヌスは 偽 予 言 者 アレクサンドロスの 娘 をセレーネーの 娘 だと 信 じて 彼 女 と 結 婚 する これにより 偽 予 言 者 アレクサンドロスはローマの 重 鎮 ともいうべき ルティリアヌスの 縁 故 者 となることでローマ 帝 国 全 土 に 自 身 の 信 者 を 増 やすことが 可 能 となった ----------------ここから 125 ページ---------------- L345 例 の 疫 病 165 年 頃 からローマ 帝 国 東 方 諸 属 州 を 中 心 に 発 生 した 天 然 痘 の 大 流 行 アントニ ヌスの 疫 病 とも 呼 ばれる 第 六 次 ローマ=パルティア 戦 争 に 従 軍 した 兵 士 たちに よってローマ 帝 国 西 方 にももたらされ ローマ 市 内 でも 多 くの 死 者 を 出 した 歴 史 家 カシウス ディオによれば 一 日 で 2000 人 が 死 んだといわれ 十 数 年 にわたって 影 響 は 継 続 し 最 終 的 には 500 万 人 以 上 が 死 亡 したといわれる マルクス アウレ リウス アントニヌス 帝 の 息 子 ウェルスもこの 疫 病 で 死 んだといわれる 偽 予 言 者 アレクサンドロスの 一 見 荒 唐 無 稽 に 思 える 新 興 宗 教 が 広 く 受 容 されたのもこうし た 社 会 的 不 安 が 背 景 としてあったのではないだろうか マルクス アウレリウス アントニヌス 帝 の 時 代 は 五 賢 帝 時 代 の 末 期 である この 時 代 はローマが 地 中 海 世 界 の 超 大 国 として 輝 きを 放 った 最 後 の 時 代 であった しかしながら 同 時 にこの 時 代 というのは トラヤヌス ハドリアヌス 両 皇 帝 の 下 での 最 盛 期 は 過 ぎ 去 り 3 世 紀 の 危 機 の 萌 芽 がそこかしこに 現 れようとしていた 時 代 でもあった L348-349 この 言 葉 が 書 きつけられた 家 々が 最 もひどく 空 になったのだ 偽 予 言 者 アレクサンドロスの 神 託 を 盲 信 し 疫 病 対 策 を 怠 った 家 は 疫 病 にかかって 真 っ 先 に 一 家 全 滅 したという 話 か これは 偽 予 言 者 アレクサンドロスの 神 託 が 実 害 を 出 している 例 として 挙 げられている( 偽 予 言 者 アレクサンドロスを 盲 信 する 信 者 へ の 批 判 もなされているが) ----------------ここから 126 ページ---------------- L357 自 分 の 国 L360 布 告 おそらく 活 動 の 中 心 地 のある 小 アジアを 指 す
おそらく 直 前 の 秘 蹟 炬 火 祭 神 官 の 記 述 より エレウシスの 秘 儀 の 如 きものを 執 り 行 うという 布 告 か?ちなみに エレウシスの 秘 儀 とは 前 1700 年 ごろ のミケーネ 文 明 時 代 から 行 われた 神 秘 主 義 的 な 祭 儀 で その 内 容 は 完 全 に 秘 密 とさ れた 一 方 でこの 儀 式 はローマ 支 配 下 でも 継 続 され 皇 帝 も 参 加 するなど 高 い 知 名 度 と 格 式 を 誇 った エレウシスでは 豊 穣 の 女 神 デメテルとその 娘 ペルセポネーの 信 仰 が 盛 んであったため 秘 儀 と 何 らかの 関 係 があるとされるが 4 世 紀 末 にローマ 帝 国 がキリスト 教 を 国 教 化 するとこうした 異 教 の 祭 儀 は 禁 止 され 伝 統 は 断 絶 した 現 在 この 儀 式 の 全 容 はいまだ 解 明 されていない L360 無 神 者 基 督 者 或 はエピクーロスの 徒 基 督 者 はキリスト 教 徒 を 指 す この 三 者 は 偽 予 言 者 アレクサンドロスの 宗 教 を 否 定 する 者 として 偽 予 言 者 アレクサンドロスから 目 の 敵 にされていた L363-365 レートーの 産 褥 ~ 結 婚 があった ゼウスの 子 アポローンが 生 まれ アポローンの 子 アスクレピオースを 経 てその 血 統 が 偽 予 言 者 アレクサンドロスに 受 け 継 がれるまでを 演 じる エレウシスの 秘 儀 もこ のような 演 劇 的 再 現 のようなものであったという 説 もある ここの 顛 末 や 詳 し い 説 明 はすでに 行 っているため 割 愛 します L366-368 そして 最 後 に~ 務 める 自 分 の 娘 を 月 の 女 神 セレーネーの 娘 だと 主 張 するために 自 らをエンデュミオーンに 見 立 てている ここの 顛 末 もルーティリアーヌスの 件 で 説 明 されているので 割 愛 し ます L367 神 官 長 (ヒエロパンテース) エレウシスの 秘 儀 における 最 高 位 の 神 官 を 指 す L373-374 エウモルピダイやケーリュケス エレウシスの 秘 儀 を 代 々 伝 承 し 司 っていた 一 族 ----------------ここから 127 ページ---------------- L378-379 黄 金 の 太 腿 ~ 持 っているのか ピタゴラスは 伝 承 によれば 黄 金 の 太 腿 を 持 っていたとされる ここでの 偽 予 言 者 ア レクサンドロスは 自 分 がピタゴラスの 転 生 した 姿 だと 主 張 するために 黄 金 の 太 腿 を 見 せる 演 出 をした L386 すべての 者 に~ 不 敬 なり 地 中 海 世 界 では 古 来 より 男 性 の 同 性 愛 が 盛 んにおこなわれていた ハドリアヌス 帝 と 少 年 アンティノウスの 話 は 有 名 偽 予 言 者 アレクサンドロスも 御 多 分 にもれずそ の 一 人 であった
----------------ここから 128 ページ---------------- L404 バクトラ 中 央 アジアに 位 置 する 交 易 都 市 かつてはバクトリア 王 国 の 都 として 栄 えた ルー キアーノスの 時 代 はクシャーナ 朝 の 下 で 貿 易 拠 点 として 繁 栄 していた ----------------ここから 129 ページ----------------- L409 レピドス ポントスの 司 祭 長 にしてアマストリス 市 長 のティベリウス クラウディウス レピ ドゥスのこと(L253 参 照 ) 偽 予 言 者 アレクサンドロスと 敵 対 していた L412-413 というのは~からである ポントスのレピドゥスはエピクロス 派 であったということを 示 すか?でなければ 偽 予 言 者 アレクサンドロスがそこまで 明 確 にレピドゥスに 対 して 敵 対 する 必 然 性 がな い ここでもエピクロスを 賢 明 な と 叙 述 していることからルーキアーノスのエ ピクロスに 対 する ひいき が 見 て 取 れる L416 アレクサンドレイア エジプトのアレクサンドリアのこと アレクサンドロス 大 王 によって 建 設 され そ の 後 のプトレマイオス 朝 エジプト 王 国 の 下 で 学 術 都 市 貿 易 拠 点 として 発 展 した 大 図 書 館 や 大 灯 台 は 有 名 であり ローマ 時 代 は 名 門 貴 族 の 子 弟 の 主 要 な 留 学 先 とな った また その 交 通 の 要 衝 としての 開 放 性 ゆえにキリスト 教 の 伝 播 は 早 く 福 音 記 者 マルコによって 1 世 紀 にはすでにアレクサンドリア 教 会 が 設 立 されたといわれ ている L417 ガラティア アナトリア 半 島 中 央 部 に 位 置 するローマの 属 州 ( 下 図 ) L418 猛 獣 の 餌 食 ローマ 帝 国 では 処 刑 の 方 法 として 罪 人 を 猛 獣 と 戦 わせる 刑 が 存 在 した
----------------ここから 130 ページ---------------- L428 ざまあ 見 ろだ 偽 予 言 者 アレクサンドロスに 対 してのルーキアーノスの 言 葉 真 実 を 語 って 自 分 の 欺 瞞 を 暴 露 したエピクロス 派 の 者 を 排 除 できなかったことについて L428-429 どうして~ならなかったのだろう 彼 はアレクサンドリアに 向 かった 息 子 の 話 を 持 ち 出 して 偽 予 言 者 アレクサン ドロスを 批 判 したエピクロス 派 の 者 を 指 す ルーキアーノスもエピクロスを 支 持 し ていたので 彼 は 仲 間 にあたる ここでは 偽 予 言 者 アレクサンドロスの 言 いなり になって 彼 に 石 を 投 げたパフラゴニア 人 たちの 愚 かさも 非 難 している L435 定 論 エピクロスの 著 作 といわれる Principal Doctrines (Κύριαι Δόξαι) のことを 指 す か?この 定 論 は 断 片 しか 現 存 しない L440-443 かの 書 物 が~この 呪 われたる 悪 党 は 知 らないのだ エピクロスの 著 作 に 対 する 賛 辞 とそれを 焼 いた 偽 予 言 者 アレクサンドロスに 対 する 批 判 エピクロスは 無 神 論 的 とも 取 れる 立 場 から 死 をすべての 感 覚 の 消 滅 だと 考 え 死 の 苦 痛 や 死 後 の 審 判 などを 恐 れる 必 要 はなく 平 静 な 心 (ataraxia) を 持 つ べきだと 説 いた また 精 神 的 な 幸 福 の 追 求 を 主 張 し 度 を 越 した 快 楽 欲 望 は 結 果 的 に 不 快 をもたらすとして 批 判 した ----------------ここから 131 ページ---------------- L445-446 ゲルマニアにおける 戦 マルコマンニ 戦 争 (162-180)のこと 162 年 以 降 ドナウ 川 流 域 各 地 でゲルマン 人 の 侵 入 が 多 発 し ローマ 帝 国 軍 は 撃 退 に 成 功 していた しかし 169 年 頃 にこれまで ローマに 協 力 的 であったマルコマンニ 族 をはじめとする 親 ローマ 的 なゲルマン 人 諸 部 族 が 反 ローマに 転 じたため ローマ 軍 は 劣 勢 に 陥 った また 当 時 は 疫 病 の 蔓 延 により 帝 国 全 域 で 多 数 の 死 者 が 出 るなどローマ 帝 国 の 国 力 が 衰 退 したためローマ 軍 は 苦 戦 し ローマ 軍 が 戦 局 を 立 て 直 しながらも 戦 争 は 長 期 化 した この 戦 争 はマル クス アウレリウス アントニヌス 帝 が 死 去 し 後 を 継 いだコモドゥス 帝 が 180 年 にマルコマンニ 族 らゲルマン 人 と 講 和 を 結 んで 終 結 した この 長 い 戦 争 でローマ ゲルマン 人 はともに 疲 弊 したため 双 方 とも 積 極 的 攻 勢 にしばらく 出 ることができ ず ドナウ 川 流 域 からのゲルマン 人 侵 入 は 一 時 的 に 抑 えられた L446 神 去 りましたマルクス 帝
マルクス 帝 はマルクス アウレリウス アントニヌス 帝 を 指 す 神 去 りまし た はマルクス アウレリウス アントニヌス 帝 が 死 去 したことを 指 す 彼 が 死 去 したのは 180 年 であることから ルーキアーノスがこの 文 章 を 書 いたのはマルク ス アウレリウス アントニヌス 帝 死 後 であったと 思 われる (wikipedia などでル ーキアーノスの 没 年 について 180 年 以 後 となっているのはここから 来 ている か?) L446-447 マルコマンニ 族 及 びクヮディ 族 どちらも 現 在 のオーストリア~チェコにかけて 居 住 していたゲルマン 人 の 一 派 し ばしばドナウ 川 を 越 えてローマ 帝 国 領 に 侵 入 する 一 方 マルコマンニ 族 は 一 説 によ れば 前 1 世 紀 に 追 放 されたローマの 将 軍 マルクス ファビウス ロマーヌスがゲル マン 人 を 糾 合 したことをルーツに 持 つといわれ 伝 統 的 に 親 ローマ 的 であり ロー マ 軍 に 騎 兵 を 供 給 していた L448 イストロス 河 ダニューブ 川 (ドナウ 川 )のこと 当 時 はダヌウィウス 川 といわれていた 初 代 皇 帝 アウグストゥスがライン 川 以 西 のゲルマニア 経 営 を 放 棄 して 以 来 ゲルマン 人 に 対 するローマ 帝 国 の 防 衛 線 は 北 海 から 黒 海 にかけてライン 川 リーメス ゲルマニ クス(ライン=ドナウ 川 間 に 築 かれた 要 塞 線 ) ドナウ 川 のラインであった このラ インにはローマ 軍 の 過 半 が 駐 屯 していたとされ 常 にゲルマン 人 の 侵 入 に 備 えてい たためライン 川 やドナウ 川 の 駐 屯 軍 はローマ 軍 最 強 の 精 鋭 といわれ 内 戦 や 皇 帝 の 親 征 の 際 は 真 っ 先 に 駆 り 出 されて 東 方 やブリタニアまで 向 かった L451 キュベレーの 使 ライオンのこと L456-457 そしてたちまち~ 蒙 ったのだ 170 年 頃 マルコマンニ 族 ら 親 ローマ 的 なゲルマン 人 が 一 斉 蜂 起 してドナウ 川 を 渡 河 してローマ 軍 本 陣 のカルヌントゥム( 現 在 のオーストリア チェコ 国 境 付 近 )を 襲 撃 し 不 意 を 突 かれたローマ 軍 は 2 万 人 以 上 を 失 って 壊 滅 した ここでの たちま ちにして は L453-454 の 偽 予 言 者 アレクサンドロスの 予 言 にある たちまちにし て 勝 利 と 大 いなる 栄 光 望 ましき 平 和 とともにあらん を 踏 まえた 皮 肉 である
L457 アクィレイアの 事 件 アクィレイア( 右 図 A)は ローマ 帝 国 の 本 国 イタリアとノリリクム ダルマツ ィア パンノニア 各 属 州 の 国 境 に 位 置 する 街 でドナウ 川 方 面 への 交 通 の 要 衝 であり ゲルマン 人 との 戦 争 において は 皇 帝 の 本 陣 が 置 かれることが 多 かっ た 170 年 ローマ 軍 をカルヌントゥ ムに 破 ったゲルマン 諸 部 族 の 軍 はアク ィレイアを 包 囲 した この 危 機 は 171 年 からのローマ 軍 決 死 の 反 攻 によって 回 避 さ れたが アクィレイアはれっきとしたローマ 本 国 であり ローマ 本 国 が 危 機 にさら されたのは 前 101 年 のアルプスからのガリア 人 侵 入 以 来 であった( 前 101 年 当 時 は ポー 川 以 北 アルプス 山 脈 以 南 はガリア キサルピナ 属 州 であり 本 国 ではなかった) ----------------ここから 132 ページ---------------- L458-459 デルポイの 弁 解 とクロイソスの 神 託 の 例 クロイソスは 前 6 世 紀 のリュディア 王 国 の 王 でペルシアと 戦 うべきか 決 めかねてお り 神 託 で 名 高 いデルポイのアポローン 神 殿 に 神 託 を 求 めた その 結 果 は もしペ ルシアと 戦 えば 非 常 に 強 大 な 帝 国 を 滅 ぼすだろう というものであった これを クロイソス 王 は 自 分 がペルシアを 滅 ぼすことができると 解 釈 し スパルタやエジプ トと 同 盟 を 組 んでペルシアに 侵 攻 したが 失 敗 し 逆 にペルシアのキュロス 2 世 によ ってリュディアを 攻 め 滅 ぼされてしまった これについて デルポイ 側 は 神 託 にあ った 強 大 な 帝 国 とはペルシアではなくリュディアであり 解 釈 を 誤 ったクロイ ソス 王 に 責 任 があるとした これと 同 様 偽 予 言 者 アレクサンドロスも 勝 利 を 得 るのがゲルマン 人 かローマか 明 示 していないことを 言 い 訳 に 予 言 の 正 当 性 を 示 そ うとした(cf. 本 文 L460-461 神 はなるほど 勝 利 を 予 言 されたが ローマ 人 のかか の 敵 のかは 明 らかにされなかった ) L465 特 に 巻 物 が~そうだった 偽 予 言 者 アレクサンドロスの 神 託 が 真 の 神 託 などではなく 彼 が 密 かにさまざ まな 技 術 を 用 いて 巻 物 の 封 印 を 露 見 しないように 破 っていることを 示 唆 している L469 一 アッティカ タラントン 地 中 海 世 界 での 重 量 の 単 位 talent のこと ギリシア ローマでそれぞれ 読 みに 相 違 がみられる ギリシアでは タラントン ローマでは タレント といわれる また 貨 幣 の 単 位 としてもつかわれ ギリシアでは 6000 ドラクマ( 銀 26kg)に 相 当 す
る ローマでは 数 千 デナリウスに 相 当 する これは 一 般 家 庭 の 数 年 ~ 数 十 年 の 年 収 に 相 当 する L474 カリゲネイア ギリシア 文 化 圏 の 祝 祭 の 一 つ テスモフォリア 祭 で 祭 られる 女 神 の 一 人 ( 西 郷 田 美 子 エレウシスの 秘 儀 ( 哲 学 会 誌 (27) 51-62,2003 年, 学 習 院 大 学 )より) テスモフ ォリア 祭 自 体 が 多 分 にエレウシスの 秘 儀 のような 秘 密 主 義 的 要 素 を 含 んでいるた め 文 献 は 少 なく 詳 しいことは 不 明 ----------------ここから 133 ページ---------------- L481 カリュプソー ギリシア 神 話 の 海 の 女 神 巨 人 アトラスの 娘 L482-483 いったいどんな~ 唾 をはかずにいられようか デーモクリトスは L172 で 偽 予 言 者 アレクサンドロスの 欺 瞞 を 看 破 しうる 人 物 とし て 挙 げられている ここではそうした 人 物 のたとえであろう 彼 のもくろみ と は 当 然 意 味 不 明 な 予 言 により 無 知 な 大 衆 を 惑 わすことであろう ----------------ここから 134 ページ---------------- L506-511 ただ 一 つの~ばかりだった 偽 予 言 者 アレクサンドロスの 予 言 が 欺 瞞 であることを 示 すために 著 者 ルーキアーノ ス 自 身 が いつアレクサンドロスのいかさまが 捕 るだろうか( 原 文 ママ) という 一 つの 神 託 伺 いを 出 す 際 まるで 8 つの 神 託 を 求 めているかのような 擬 装 をなすこと で 真 に 偽 予 言 者 アレクサンドロスが 神 託 を 得 ているか 試 した もし 真 に 彼 が 神 託 を 得 ているのなら 如 何 に 擬 装 しようが 一 つの 神 託 しか 下 りないからである ここで 8 つの 神 託 が 下 りたことから 偽 予 言 者 アレクサンドロスの 神 託 はでたらめだとルー キアーノスは 確 信 した ----------------ここから 135 ページ----------------- L518 彼 の 市 彼 = 偽 予 言 者 アレクサンドロスだと 考 えると 彼 の 市 は 彼 の 活 動 拠 点 であ ったアボーノテイコスか? 後 述 するようにカッパドキアの 総 督 に 護 衛 兵 を 借 りてい るところからもその 可 能 性 が 高 いか L519 カッパドキアの 総 督 この 時 のカッパドキアの 総 督 はセヴェリアヌスではない
L523-524 私 はそれに~ 片 輪 にしてやった 著 者 ルーキアーノス 自 身 が 偽 予 言 者 アレクサンドロス(ルーキアーノスを 敵 とみなし ていたにもかかわらずギリシアではよく 知 られた 哲 人 の 彼 をむしろ 表 面 的 には 歓 迎 した)の 手 に 接 吻 するふりをしてその 手 に 噛 みついた 片 輪 にしてやった とある ことからかなり 強 く 噛 みついたのだろう ----------------ここから 136 ページ---------------- L529-530 私 の 力 で~ 私 にするのか ルティリアヌスは 執 政 官 も 務 めたことのある 属 州 総 督 であり ローマの 有 力 者 であ った その 義 理 の 父 親 にあたる 偽 予 言 者 アレクサンドロスを 通 じれば ルティリア ヌスに 取 り 入 ることができる ということ 偽 予 言 者 アレクサンドロスは 確 かにル ーキアーノスを 敵 視 していたものの その 帝 国 内 での 知 名 度 は 意 識 していた( 噛 みつ かれてもすぐに 制 裁 を 加 えていない 点 から) L538 彼 らはわれわれを 海 中 に 投 ずるようアレクサンドロスに 命 ぜられていた ルーキアーノスの 知 名 度 を 考 え 衆 目 の 前 で 害 を 加 えられないと 考 えた 偽 予 言 者 ア レクサンドロスはまず 自 分 に 噛 みついたルーキアーノスを 寛 大 に 許 したふりをす る 一 方 底 意 のない 鄭 重 な( 本 文 L568) ふりをして 仇 敵 ルーキアーノスを 海 上 で 暗 殺 しようとした ----------------ここから 137 ページ---------------- L546 エウパトール 王 黒 海 北 岸 地 方 のギリシア 植 民 市 連 合 に 起 源 をもち 前 1 世 紀 ごろにローマの 属 国 とな ったボスポラス 王 国 ( 右 図 の 濃 赤 ~ 薄 赤 の 部 分 )の 国 王 ティベリウス ユリウス エウパトール(?~174)のこと L552 ヘーラクレイアの 哲 人 ティーモクラテス ルーキアーノスと 同 時 代 のストア 派 哲 学 者 L556-557 このような~やめにした 偽 予 言 者 アレクサンドロスに 同 乗 しているビテュニア ポントス 総 督 アヴィートゥ スのこと 当 時 の 属 州 総 督 は 属 州 内 でかなりの 権 限 を 認 められており 属 州 内 での 徴 税 財 政 運 営 および 属 州 内 の 司 法 権 を 司 っていた つまり ルーキアーノスが 偽 予 言 者 アレクサンドロスを 起 訴 した 場 合 彼 の 活 動 地 域 であるパフラゴニア 地 方 を 管 轄 するべきビテュニアやポントスの 総 督 が 裁 判 を 行 う 権 利 を 持 つこととなる
----------------ここから 138 ページ---------------- L563-564 脚 が 腰 の~ 死 に 方 をした 偽 予 言 者 アレクサンドロスは 70 歳 前 後 で 壊 疽 によって 死 去 したといわれている 170 年 頃 のできごとであったとされている 参 考 文 献 ルーキアーノス 著 高 津 春 繁 訳 遊 女 の 対 話 他 三 篇 ( 岩 波 書 店,1961 年 ) ルキアノス 著 内 田 次 信 戸 高 和 弘 渡 辺 浩 司 訳 ルキアノス 全 集 4 偽 預 言 者 アレクサン ドロス ( 京 都 大 学 出 版 会,2013 年 ) 西 郷 田 美 子 エレウシスの 秘 儀 ( 哲 学 会 誌 (27) 51-62,2003 年, 学 習 院 大 学 ) 荒 井 献 トマスによる 福 音 書 ( 講 談 社 学 術 文 庫,1995 年 ) 荒 井 献 大 貫 隆 小 林 稔 筒 井 賢 治 ナグ ハマディ 文 書 <1>~<4> ( 岩 波 書 店,1997 年 ) 筒 井 賢 治 グノーシス - 古 代 キリスト 教 の< 異 端 思 想 >- ( 講 談 社 選 書 メチエ,2004 年 ) 大 貫 隆 グノーシスの 神 話 ( 講 談 社 学 術 文 庫,2014 年 ) 上 智 大 学 中 世 思 想 研 究 所 編 小 高 毅 監 修 中 世 思 想 原 典 集 成 Ⅰ - 初 期 ギリシア 教 父 - ( 平 凡 社,1995 年 ) J.N.D.ケリー 著 津 田 謙 治 訳 初 期 キリスト 教 教 理 史 ( 下 ) ニカイア 以 後 と 東 方 世 界 ( 一 麦 出 版 社,2010 年 ) 他