Economic Trends マクロ 経 済 分 析 レポート どうなる? 税 制 のオーバーホール 発 表 日 :2016 年 4 月 8 日 ( 金 ) ~ 若 年 低 所 得 子 育 て 世 帯 の 負 担 軽 減 へ 舵 を 切 るか~ ( 要 旨 ) 第 一 生 命 経 済 研 究 所 経 済 調 査 部 担 当 副 主 任 エコノミスト 星 野 卓 也 TEL:03-221-447 政 府 の 税 制 調 査 会 は 税 体 系 全 般 のオーバーホール と 銘 打 たれた 税 制 改 革 の 議 論 を 進 めている 議 論 の 主 軸 は 所 得 課 税 と 資 産 課 税 にかかるものとなっており 今 夏 にも 中 期 答 申 として 内 容 の 大 枠 が 公 表 されるスケジュールとなっている キーワードは 応 能 負 担 原 則 の 強 化 税 制 調 査 会 から 公 表 されている 論 点 整 理 案 では 所 得 税 の 所 得 控 除 の 見 直 しなどを 通 じて 高 所 得 世 帯 への 負 担 を 強 化 する 一 方 若 年 低 所 得 子 育 て 世 帯 の 負 担 軽 減 を 実 施 する 指 針 が 示 されている 賃 金 に 対 して 定 率 負 担 で 負 担 額 の 上 限 の 存 在 する 社 会 保 険 料 率 の 上 昇 が 進 んだ 結 果 日 本 の 税 社 会 保 険 料 を 包 括 した 所 得 課 税 全 体 における 累 進 度 は 先 進 国 中 でも 低 くなっている 非 正 規 雇 用 の 増 大 など を 背 景 に 所 得 格 差 が 広 がる 中 において 税 制 調 査 会 の 議 論 の 方 向 性 に 意 義 は 認 められよう 医 療 費 や 年 金 給 付 の 増 加 が 進 む 中 財 政 再 建 の 必 要 性 から 歳 出 構 造 の 硬 直 化 が 進 んだことによって 若 年 低 所 得 子 育 て 世 代 への 給 付 が 手 薄 になってきた 側 面 もあろう 税 のみに 留 まらず 社 会 保 険 料 家 族 給 付 ( 児 童 手 当 など)も 含 めた 家 計 負 担 の 枠 組 みに 関 する 包 括 的 なオーバーホールが 求 められ る 実 施 に 当 たっては 各 家 計 単 位 間 で 負 担 が 増 える 世 帯 減 る 世 帯 が 生 じることは 避 けられず 高 い 政 治 ハードルがある 抜 本 的 な 改 革 にどこまで 踏 み 込 めるか それを 見 る 上 で 中 期 答 申 に 注 目 した い 税 体 系 全 般 のオーバーホール 中 身 は? 消 費 税 率 引 き 上 げの 是 非 が 専 ら 話 題 であるが 昨 年 来 の 政 府 税 制 調 査 会 では 個 人 所 得 課 税 や 資 産 課 税 の 改 革 議 論 が 進 んでいる これは 201 年 6 月 に 閣 議 決 定 された 骨 太 方 針 において 実 施 することが 示 さ れた 税 制 の 抜 本 改 革 税 体 系 全 般 のオーバーホール に 向 けた 議 論 である どういった 内 容 なのか 先 般 税 制 調 査 会 から 発 表 された 経 済 社 会 の 構 造 変 化 を 踏 まえた 税 制 のあり 方 に 関 する 論 点 整 理 ( 案 ) を 参 照 すると 第 一 に 掲 げられているのは 個 人 所 得 課 税 の 見 直 しについてである 若 年 層 非 正 規 雇 用 者 の 増 加 による 所 得 格 差 の 拡 大 に 伴 う 所 得 再 分 配 機 能 の 向 上 働 き 方 に 対 する 中 立 性 の 確 保 など 社 会 構 造 変 化 に 対 応 する 形 での 税 制 改 正 の 必 要 性 が 示 されている また 資 産 課 税 において は 将 来 世 代 への 格 差 の 残 存 を 防 ぐために 資 産 の 再 分 配 を 強 化 する 方 向 での 指 針 が 示 されている 論 点 整 理 案 におけるポイントは 所 得 税 相 続 税 の 再 分 配 機 能 の 強 化 を 示 すなど 担 税 能 力 ( 税 を 支 払 う 能 力 )のある 人 には 高 い 負 担 を 求 める 応 能 負 担 原 則 を 強 化 していく 内 容 となっていることだ その 一 方 で 若 年 層 低 所 得 層 子 育 て 世 代 の 負 担 軽 減 を 実 施 する 方 向 性 も 明 示 されており 税 の 負 担 構 造 を 大 きく 転 換 することを 示 している 1
資 料 1. 税 体 系 のオーバーホールの 方 向 性 非 正 規 雇 用 の 増 加 等 による 労 働 市 場 の 変 容 若 年 低 所 得 層 の 増 加 に 鑑 み 税 の 所 得 再 分 配 機 能 を 高 め 個 人 所 得 課 税 る これを 通 じて 結 婚 して 子 どもを 産 み 育 てようとする 若 年 層 低 所 得 層 を 支 援 する 所 得 の 種 類 に 応 じた 控 除 ( 給 与 所 得 控 除 等 )から 家 族 体 系 に 応 じた 人 的 控 除 へ 移 行 する 多 様 に 亘 っている 企 業 年 金 個 人 年 金 等 にある 税 制 優 遇 の 格 差 を 解 消 し 働 き 方 やライフコースに 影 響 されない 制 度 を 構 築 する 資 産 格 差 が 次 世 代 の 格 差 につながることを 防 ぐため 資 産 の 再 分 配 機 能 を 回 復 させる 資 産 課 税 老 後 扶 養 の 社 会 化 が 進 んでいる 現 状 に 鑑 みて 寄 附 等 を 通 じた 相 続 資 産 の 社 会 還 元 を 促 進 する 長 寿 命 化 に 伴 う 老 老 相 続 の 増 加 を 踏 まえ 若 年 層 への 資 産 移 転 を 図 るため 相 続 税 よりも 高 率 な 贈 与 税 の 仕 組 みを 見 直 すことで 資 産 移 転 の 時 期 に 中 立 的 な 制 度 とする ( 出 所 ) 政 府 税 制 調 査 会 資 料 経 済 社 会 の 構 造 変 化 を 踏 まえた 税 制 のあり 方 に 関 する 論 点 整 理 ( 案 ) 筆 者 が 一 部 を 要 約 日 本 の 所 得 課 税 は 累 進 性 が 低 い? 応 能 負 担 原 則 強 化 の 方 向 性 が 示 された 一 つの 背 景 には 日 本 の 所 得 課 税 の 累 進 性 が 低 くなっていることが ある OECD 統 計 の Taxing Wages では 各 国 の 賃 金 に 対 する 課 税 率 を 国 税 地 方 税 社 会 保 険 料 家 族 手 当 の4 分 類 で 参 照 することができる 同 統 計 では 所 得 水 準 ( 平 均 賃 金 に 対 するパーセンテージ) 毎 の 平 均 課 税 率 も 掲 載 されている これをベースに 簡 易 的 に 所 得 課 税 の 累 進 性 を 国 際 比 較 したものが 資 料 2で ある( 方 法 は 資 料 2 注 に 記 載 ) ここからは 日 本 の 所 得 課 税 の 累 進 性 はOECD 内 では 低 いグループに 入 るということが 見 て 取 れる 1 日 本 の 所 得 税 には 累 進 課 税 が 適 用 されているにも 関 わらず なぜ 累 進 性 が 低 いということになるのか 第 一 の 要 因 として 上 限 が 設 けられている 社 会 保 険 料 率 の 上 昇 が 続 いていることがある 社 会 保 険 料 は 賃 金 水 準 を 0 等 級 ( 健 康 保 険 の 場 合 厚 生 年 金 の 場 合 は 30 等 級 )に 分 け 等 級 ごとの 標 準 報 酬 に 社 会 保 険 料 率 を 乗 じることで 算 出 される 最 高 等 級 に 属 する 場 合 は 賃 金 がそれ 以 上 上 がっても 標 準 報 酬 は 変 わらないため 同 額 の 社 会 保 険 料 が 課 されることになる そのため 実 効 税 率 ( 実 際 の 税 額 / 個 々の 人 件 費 )でみると 一 定 所 得 を 超 えると 税 率 が 下 がることになる 第 二 の 要 因 は 累 進 性 のある 所 得 税 の 課 税 ベース( 税 率 が 乗 じられ る 課 税 所 得 額 )が 給 与 所 得 控 除 基 礎 控 除 社 会 保 険 料 控 除 等 多 くの 控 除 によって 実 際 の 賃 金 額 よりも 小 さくなっていることである 所 得 税 は 所 得 階 層 が 上 がるにつれて 限 界 税 率 が 高 くなる 累 進 課 税 の 仕 組 み になっているが 税 率 が 乗 じられる 課 税 所 得 額 は 実 際 の 賃 金 額 よりも 小 さくなっている( 社 会 保 険 料 には 所 得 控 除 の 仕 組 みは 無 い) 加 えて 社 会 保 険 料 控 除 によって 社 会 保 険 料 分 は 全 額 課 税 所 得 から 除 かれる そのため 社 会 保 険 料 率 の 上 昇 は 逆 進 的 な 社 会 保 険 料 の 増 加 とともに 累 進 性 のある 所 得 税 を 減 じる 効 果 を 生 じさせる こうした 流 れのもとで 所 得 課 税 全 体 の 累 進 性 が 下 がっているのだ 資 料 3は 日 本 の 社 会 保 険 料 率 と 国 地 方 税 家 族 手 当 ( 児 童 手 当 ) それぞれの 実 効 税 率 をみたものだ 社 会 保 険 料 率 は 基 本 的 に 定 率 だが 一 定 所 得 を 超 えると 実 効 税 率 が 下 がっていくこと 控 除 の 仕 組 みがある 所 得 税 の 実 効 税 率 は 低 い 水 準 にあることが 確 認 できる 1 なお 本 稿 では 社 会 保 険 料 は 広 義 の 税 である という 基 本 認 識 のもとで 話 を 進 めたい 1 健 康 保 険 は 保 険 料 の 多 寡 に 関 わらずほぼ 同 一 給 付 であり 税 の 性 格 が 強 いこと( 就 労 不 能 時 に 支 払 われる 傷 病 手 当 金 や 出 産 時 の 出 産 手 当 金 など 一 部 には 社 会 保 険 料 と 給 付 額 が 対 応 する 仕 組 みがある) 2 現 役 世 代 から 老 年 世 代 への 移 転 を 前 提 とし た 賦 課 方 式 の 年 金 制 度 は 所 得 再 分 配 の 性 格 が 強 いことなどが 理 由 である また 日 本 を 含 む 複 数 の 国 では 社 会 保 険 料 の 企 業 負 担 分 があるが これもまた 実 質 的 な 賃 金 への 課 税 である それは 企 業 が 長 期 的 に 人 件 費 を 設 定 する 際 に は 企 業 負 担 分 の 社 会 保 険 料 も 含 めて 費 用 設 定 を 行 うと 考 えられ その 企 業 負 担 分 は 社 会 保 険 料 がなければ 勤 労 者 の 所 得 となりえたものと 考 えられるためである 2
0% 60% 70% 80% 90% 100% 110% 120% 130% 140% 10% 160% 170% 180% 190% 200% 210% 220% 230% 240% 20% OECD - Average Denmark OECD - Average Denmark 資 料 2. 累 進 度 指 数 の 国 際 比 較 ( 左 : 単 身 世 帯 右 : 夫 婦 子 二 人 片 働 き 世 帯 ) (OECD 平 均 =1) (OECD 平 均 =1) ( 出 所 )OECD.Stat Taxing Wages 201 ( 注 ) 累 進 度 指 数 :OECD の Taxing Wages 201 を 基 に 年 収 階 層 別 ( 平 均 賃 金 の 0%~20%)の 平 均 所 得 課 税 率 をプロットし その 回 帰 曲 線 の 傾 きを 算 出 OECD 平 均 値 を1として 指 数 化 した 値 を 本 稿 では 累 進 度 指 数 と 定 義 した 累 進 度 指 数 が 大 きいほど 累 進 性 が 高 い ゼロ であれば 完 全 な 単 一 比 例 税 率 であることを 意 味 する 社 会 保 障 制 度 保 険 料 負 担 と 給 付 の 関 係 が 各 国 で 異 なることなどから 単 純 比 較 が 適 切 でない 場 合 があることには 留 意 資 料 3. 日 本 の 個 人 所 得 課 税 率 ( 人 件 費 に 占 める 割 合 夫 婦 子 二 人 片 働 き 世 帯 ) 3 20 30 1 合 計 ( 左 軸 ) 2 10 社 会 保 険 料 ( 企 業 負 担 ) ( 右 軸 ) 20 1 10 0 - -10 社 会 保 険 料 ( 労 働 者 負 担 ) ( 右 軸 ) 国 税 ( 右 軸 ) 地 方 税 ( 右 軸 ) 0-1 家 族 手 当 ( 右 軸 ) 年 収 ( 平 均 年 収 =100%) ( 出 所 )OECD Taxing Wages 201 より 第 一 生 命 経 済 研 究 所 作 成 ( 注 ) 家 族 手 当 の 給 付 をマイナスの 課 税 としている 3
1990 年 1991 年 1992 年 1993 年 1994 年 199 年 1996 年 1997 年 1998 年 1999 年 2000 年 2001 年 2002 年 2003 年 2004 年 200 年 2006 年 2007 年 2008 年 2009 年 2010 年 2011 年 2012 年 2013 年 2014 年 201 年 税 の 枠 組 みに 留 まらない 包 括 的 な 改 革 を 総 務 省 の 家 計 調 査 で 五 分 位 収 入 階 級 別 の 可 処 分 所 得 の 推 移 をみると 2000 年 代 以 降 全 般 的 に 所 得 の 低 下 傾 向 が 続 く 中 で 際 立 った 低 下 をみせているのが 収 入 階 級 I に 属 する 低 所 得 世 帯 であり 中 高 所 得 者 との 格 差 が 拡 大 していることが 示 唆 されている( 資 料 4) こうした 状 況 下 将 来 的 に 見 込 まれる 社 会 保 険 料 率 の 上 昇 に 伴 い 所 得 課 税 の 累 進 性 はより 一 層 低 下 していく 可 能 性 がある その 是 正 を 進 めていく 税 制 調 査 会 の 議 論 の 方 向 性 に 意 義 は 認 められよう 日 本 は 医 療 年 金 をはじめとする 社 会 保 障 費 の 増 加 が 続 く 一 方 で 財 政 再 建 との 両 立 を 求 められている そうした 中 で 裁 量 的 に 動 かせる 政 策 経 費 が 減 少 歳 出 構 造 が 硬 直 化 しており 大 胆 な 政 策 を 打 ち 出 すことが 難 しくなっている 家 族 給 付 の 対 GDP 比 率 を 国 際 比 較 すると 日 本 はOECD 平 均 を 下 回 る 水 準 となって おり( 資 料 ) 若 年 低 所 得 子 育 て 世 帯 への 給 付 が 手 薄 になっている 側 面 がある 将 来 的 な 少 子 化 の 進 行 を 抑 える 意 味 で 経 済 的 な 理 由 で 子 どもを 持 つことを 諦 めるようなケースを 減 らしていくことが 必 要 であ り 場 合 によっては 子 育 て 支 援 の 強 化 する 方 向 での 大 胆 な 歳 出 構 造 の 転 換 も 検 討 すべきだろう 今 回 の オ ーバーホール は 税 のみに 留 めることなく 社 会 保 険 料 家 族 給 付 ( 児 童 手 当 など)も 含 めた 家 計 負 担 の 枠 組 みに 関 する 包 括 的 なものであるべきだ 改 革 実 施 に 当 たっては 各 家 計 単 位 間 で 負 担 が 増 える 世 帯 減 る 世 帯 が 発 生 することは 避 けられず 高 い 政 治 ハードルがある 抜 本 的 な 改 革 にどこまで 踏 み 込 めるか それをみるうえで 中 期 答 申 に 注 目 したい 資 料 4. 世 帯 の 定 期 収 入 階 級 別 可 処 分 所 得 ( 名 目 値 )の 推 移 110 (199 年 =100) 10 100 9 90 8 80 7 定 期 収 入 階 級 Ⅴ 定 期 収 入 階 級 Ⅳ 定 期 収 入 階 級 Ⅲ 定 期 収 入 階 級 Ⅱ 定 期 収 入 階 級 Ⅰ 70 ( 出 所 ) 総 務 省 家 計 調 査 ( 注 )1999 年 以 前 は 農 林 漁 家 世 帯 を 除 く 2000 年 以 後 は 含 むベースであり 数 値 に 完 全 な 連 続 性 がない 4
Denmark OECD - Total 資 料. 家 族 給 付 の 対 GDP 比 4. 4.0 3. ( 出 所 )OECD Social Expenditure Database (2011 年 ) 以 上