日 本 の 資 金 循 環 と 改 正 PFI 法 - 資 金 循 環 の 観 点 からみた 改 正 PFI 法 の 意 義 - 株 式 会 社 野 村 総 合 研 究 所 公 共 経 営 戦 略 コンサルティング 部 副 主 任 コンサルタント 竹 端 克 利 1.はじめに 2. 日 本 の 資 金 循 環 構 造 の 変 遷 2011 年 5 月 24 日 に 民 間 資 金 等 の 活 用 に よる 公 共 施 設 等 の 整 備 等 の 促 進 に 関 する 法 律 の 一 部 を 改 正 する 法 律 案 ( 以 下 改 正 PFI 法 と 呼 ぶ)が 成 立 した 本 稿 では 改 正 PFI 法 は 日 本 の 資 金 循 環 にどのようなインパクトをもたらし 得 るか という 観 点 から 考 察 を 行 う なぜ 資 金 循 環 との 関 連 で 考 察 を 行 うのか 筆 者 は 今 回 の 法 改 正 が わが 国 の 経 済 や 国 民 生 活 にどのような 効 果 を 及 ぼすのかという 理 解 を 促 す 解 説 がやや 不 足 しているという 印 象 を 持 つ このような 問 題 意 識 から 改 正 PFI 法 の 効 果 をわかりやすく 解 説 して 資 金 の 流 れがどのように 変 わるのか という 点 に 着 目 し 考 察 をする 本 稿 では 2 章 で 日 本 の 資 金 循 環 構 造 の 変 遷 を 整 理 した 上 で 問 題 点 を 指 摘 し 3 章 で 改 正 PFI 法 がどのように 資 金 循 環 構 造 に 影 響 を 与 えるかを 公 的 部 門 の 財 政 問 題 民 間 金 融 資 産 の 有 効 活 用 という 2 つの 視 点 から 考 察 す る 4 章 では 今 後 のさらなる 一 般 国 民 への 理 解 促 進 の 方 向 性 を 整 理 する 1) 投 資 を 控 える 企 業 部 門 図 表 1は 日 本 の 経 済 主 体 の 資 金 過 不 足 の 対 GDP 比 の 長 期 的 な 推 移 を 示 している こ こでいう 資 金 過 不 足 とは ある 経 済 主 体 が 1 年 間 に 記 録 した 貯 蓄 と 投 資 の 差 額 を 意 味 し 符 号 が 正 であれば 資 金 余 剰 主 体 負 であれば 資 金 不 足 主 体 と 呼 ばれている 1980 年 度 以 降 一 貫 して 資 金 不 足 主 体 であ った 企 業 部 門 が バブル 崩 壊 を 機 に 資 金 不 足 の 規 模 を 急 激 に 圧 縮 し 始 め 1998 年 度 以 降 は 資 金 余 剰 主 体 となっている つまり 企 業 は 借 入 や 株 式 発 行 など 外 部 資 金 を 活 用 するので はなく 手 持 ち 資 金 の 範 囲 内 で 投 資 を 行 って きたといえる この 背 景 には バブル 崩 壊 を 契 機 に 企 業 部 門 の 期 待 成 長 率 が 急 激 に 低 下 し たため 投 資 スタンスを 消 極 化 させたことが 大 きくある 内 閣 府 が 実 施 した 企 業 行 動 に 関 するアンケート 調 査 からも バブル 崩 壊 前 後 で 企 業 部 門 が 認 識 する 将 来 の 成 長 率 が 大 きく 低 下 していることがわかる( 図 表 2) NRI パブリックマネジメントレビュー November 2011 vol. -1-
15% 10% 図 表 1 制 度 部 門 別 資 金 過 不 足 (GDP 比 )の 推 移 民 間 企 業 家 計 一 般 政 府 海 外 5% 0% -5% -10% -15% ( 年 度 ) 出 所 ) 日 本 銀 行 資 金 循 環 統 計 内 閣 府 国 民 経 済 計 算 年 報 GDP 速 報 より NRI 作 成 図 表 2 企 業 の 期 待 成 長 率 の 推 移 (%) 6.0 5.0 4.0 3.0 3.8 期 待 成 長 率 平 均 値 (バブル 崩 壊 前 ) 平 均 値 (バブル 崩 壊 後 ) 2.0 1.7 1.0 0.0 ( 調 査 年 度 ) 注 ) 期 待 成 長 率 とは 各 調 査 年 度 時 点 において 回 答 企 業 が 想 定 する 5 年 後 の 実 質 GDP 成 長 率 を 意 味 する 出 所 ) 内 閣 府 企 業 行 動 に 関 するアンケート 調 査 結 果 より NRI 作 成 2) 国 債 投 資 に 傾 斜 する 銀 行 1)で 言 及 した 企 業 部 門 の 資 金 需 要 がな い という 事 実 は 銀 行 部 門 側 からみると 貸 出 先 がない ということにほかならない 銀 行 が 受 け 入 れている 預 金 のうちどの 程 度 が 貸 出 に 回 っているかを 示 す 預 貸 率 をみても 1997 年 度 以 降 は 全 業 態 で 低 下 傾 向 にあるこ とがわかる( 図 表 3) この 動 きと 並 行 して 銀 行 は 有 価 証 券 投 資 特 に 国 債 投 資 を 増 加 さ せている 図 表 4からは ここ 10 年 間 で 銀 行 は 国 債 保 有 残 高 を 2 倍 以 上 に 増 加 させていること がわかる 銀 行 部 門 としては 有 望 な 貸 出 先 が 減 少 しているため 利 回 りの 低 い 国 債 投 資 へ 傾 斜 せざるを 得 ない 状 況 に 直 面 していると いえる * 1 *1 銀 行 が 国 債 投 資 を 増 加 させている 他 の 理 由 として BIS 規 制 の 仕 組 みにあるという 指 摘 も 存 在 する 世 界 ソブリンバブル 衝 撃 のシナリオ ( 朝 日 新 聞 出 版 2011 年 1 月 )では 規 制 上 銀 行 が 国 債 を 保 有 す る 際 に 必 要 とされる 自 己 資 本 はゼロであるため 自 己 資 本 比 率 規 制 が 課 される 銀 行 にとっては 国 債 を 保 有 するインセンティブが 働 くとされている NRI パブリックマネジメントレビュー November 2011 vol. -2-
図 表 3 銀 行 の 預 貸 率 の 推 移 (%) 95 90 都 市 銀 行 地 方 銀 行 第 Ⅱ 地 方 銀 行 85 80 75 70 65 60 55 50 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 ( 年 度 末 ) 出 所 ) 日 本 銀 行 民 間 金 融 機 関 の 資 産 負 債 より NRI 作 成 ( 兆 円 ) 180 160 140 120 80 60 40 20 0 図 表 4 銀 行 の 国 債 保 有 残 高 の 推 移 32 46 73 66 78 102 96 85 81 135 155 ( 年 度 末 ) 出 所 ) 日 本 銀 行 民 間 金 融 機 関 の 資 産 負 債 より NRI 作 成 3) 資 金 循 環 構 造 の 問 題 点 1)2)をまとめると 日 本 の 資 金 循 環 の 最 大 の 特 徴 は 家 計 の 金 融 資 産 が 銀 行 の 国 債 投 資 を 経 由 して 公 的 部 門 に 流 れているという 点 にある このような 日 本 の 資 金 循 環 構 造 は 何 が 問 題 なのだろうか 第 一 に 公 的 部 門 の 財 政 の 持 続 可 能 性 に 関 する 問 題 である 政 府 が 最 大 の 資 金 不 足 主 体 であり 続 けていることは 毎 年 財 政 赤 字 を 計 上 しているということであり ストックと しての 債 務 残 高 は 上 昇 し 続 けていくことを 意 味 する 現 時 点 では 公 的 部 門 の 赤 字 ( 資 金 不 足 分 )が 家 計 企 業 といった 国 内 部 門 の 資 金 余 剰 によって 賄 えていること 等 から 欧 州 のような 状 況 には 至 っていない しかし ながら 民 間 部 門 が 投 資 を 控 え 政 府 部 門 が 巨 額 の 財 政 赤 字 を 計 上 し 続 ける 姿 は 持 続 不 可 能 ではなく 日 本 の 財 政 問 題 は 深 刻 な 状 況 と 捉 えるべきである *2 第 二 に 日 本 国 内 の 金 融 資 産 が 有 効 活 用 さ れていない 可 能 性 が 高 い 周 知 のとおり 家 計 の 金 融 資 産 は 1,400 兆 円 の 規 模 に 達 してお り この 巨 額 の 資 金 の 大 半 が 銀 行 部 門 を 通 じ て 収 益 性 の 低 い 国 債 投 資 に 回 されている 理 論 的 には 国 債 は 安 全 資 産 であり 一 国 の 中 で は 最 もリターンが 低 い 投 資 先 である マネー の 最 大 の 受 け 皿 が 国 債 という 状 況 は 金 融 資 産 全 体 のリターンを 低 水 準 に 留 めていると いう 意 味 で 有 効 活 用 されていない *2 日 本 銀 行 資 金 循 環 統 計 によると 2010 年 12 月 末 時 点 で 中 央 政 府 地 方 政 府 の 総 負 債 残 高 は 1,000 兆 円 を 突 破 した NRI パブリックマネジメントレビュー November 2011 vol. -3-
3. 改 正 PFI 法 が 資 金 循 環 に 与 える 影 響 1) 改 正 PFI 法 のポイント 改 正 PFI 法 で 最 も 重 要 な 点 は 公 共 施 設 等 運 営 権 という 権 利 が 設 定 され コンセッ ション 方 式 と 呼 ばれる 案 件 組 成 が 可 能 になっ たことであろう コンセッション 方 式 とは インフラ 事 業 に 民 間 企 業 が 参 入 する 仕 組 みのことである 公 共 部 門 がインフラ 資 産 を 保 有 したまま それ らを 運 営 する 権 利 の 公 共 施 設 等 運 営 権 を 民 間 側 に 譲 渡 できる 公 共 施 設 等 運 営 権 を 取 得 した 民 間 主 体 には 自 らの 判 断 でインフラ 事 業 に 係 る 料 金 設 定 や 更 新 等 の 投 資 判 断 と 資 金 調 達 が 期 待 される 案 件 ごとの 契 約 内 容 に よって 詳 細 は 異 なるものの インフラ 事 業 の PL と BS に 対 する 民 間 事 業 者 の 裁 量 の 幅 が 広 がったといって 差 し 支 えない コンセッシ ョン 方 式 の 導 入 により 多 様 な 特 性 を 持 ったイ ンフラ 事 業 が 多 様 なリスク リターン 選 好 を 持 った 民 間 資 金 と 結 び 付 くことが 期 待 され る 2) 公 的 部 門 の 財 政 負 担 軽 減 1)で 述 べた 変 化 は マクロの 資 金 循 環 に どのような 影 響 を 与 えるのだろうか 第 一 に 考 えられるのは 財 政 負 担 軽 減 を 通 じた 政 府 部 門 の 資 金 不 足 幅 の 抑 制 であり 財 政 状 況 が 深 刻 化 することを 防 ぐ 一 つの 手 段 と なり 得 ることである 図 表 5は 平 成 21 年 度 国 土 交 通 白 書 ( 国 土 交 通 省 ) 掲 載 の 社 会 インフラに 係 る 更 新 費 用 の 将 来 推 計 である この 推 計 によると 2037 年 時 点 を 境 に 社 会 資 本 の 維 持 管 理 や 更 新 に 要 する 費 用 が 投 資 可 能 額 を 上 回 ることが 予 想 されている 新 規 投 資 はおろか それま で 整 備 した 社 会 インフラのメンテナンスさえ もままならない 状 況 であり 財 政 面 からみた 制 約 がいかに 大 きいかがうかがえる これまでは 社 会 インフラの 更 新 投 資 は 政 府 部 門 の 財 源 によって 賄 われてきたが コン セッション 方 式 ではそれらの 投 資 負 担 も 合 わ せて 公 共 施 設 等 運 営 権 として 民 間 側 に 譲 渡 さ れるため 公 的 部 門 の 財 政 負 担 の 軽 減 に 寄 与 する 可 能 性 が 高 い *3 ( 兆 円 ) 20 15 10 図 表 5 社 会 インフラの 更 新 投 資 の 必 要 額 新 設 ( 充 当 可 能 ) 費 災 害 復 旧 費 更 新 費 維 持 管 理 費 5 0-5 1965 67 69 71 73 75 77 79 81 83 85 87 89 91 93 95 97 99 01 03 05 07 09 11 13 15 17 19 21 23 25 27 29 31 33 35 37 39 41 43 45 47 49 51 53 55 57 59 出 所 ) 国 土 交 通 省 平 成 21 年 度 国 土 交 通 白 書 より NRI 作 成 *3 譲 渡 対 価 の 評 価 によっては 負 担 を 軽 減 する( 赤 字 幅 を 縮 小 する)だけでなく プラスの 財 源 が 政 府 の 収 入 として 発 生 し 得 る NRI パブリックマネジメントレビュー November 2011 vol. -4-
3) 金 融 資 産 の 有 効 活 用 次 に 考 えられるのは 金 融 資 産 全 体 の 有 効 活 用 が 促 進 されることである これまで 社 会 インフラを 資 金 面 から 支 えて きたのは 地 方 債 や 国 債 といった 公 共 債 であっ たが そこではインフラ 事 業 社 会 保 障 関 連 といった 資 金 使 途 を 明 確 に 区 別 せず 発 行 体 である 自 治 体 や 国 の 信 用 力 に 依 存 して 資 金 を 調 達 する 仕 組 みであった つまり 豊 富 な 家 計 金 融 資 産 が 銀 行 生 保 年 金 等 の 機 関 投 資 家 を 経 由 して 国 債 地 方 債 のファイナンス を 下 支 えする 構 造 となっていた 一 方 経 済 産 業 省 が 実 施 したアンケート 調 査 によると 国 内 の 機 関 投 資 家 の 約 6 割 強 が 日 本 の 社 会 インフラへの 投 資 意 向 を 持 ってい ることが 報 告 されている つまり 個 別 の 社 会 インフラに 対 する 投 資 ニーズは 潜 在 的 に 強 かったものの その 投 資 手 段 が 存 在 しなかっ たということである 図 表 6 国 内 機 関 投 資 家 の 日 本 国 内 の インフラ 施 設 への 投 資 意 欲 28.8% 7.2% 9.7% 54.3% N=514 現 時 点 でインフラファンド 投 資 は 考 えていないが 日 本 国 内 に 投 資 するインフラファンドが 出 てくれば 投 資 を 検 討 しようと 思 う 現 時 点 でインフラファンド 投 資 を 考 えている/ 実 行 し ているが 国 内 に 投 資 するインフラファンドが 出 てく れば これも 検 討 先 に 加 えようと 思 う インフラファンドへの 投 資 を 検 討 する/ 行 う 上 での 影 響 は 特 にない 無 回 答 出 所 ) 経 済 産 業 省 平 成 22 年 度 アジア 産 業 基 盤 強 化 等 事 業 (インフラ 整 備 のためのインフ ラファンドの 活 用 促 進 調 査 ) 2011 年 2 月 より NRI 作 成 事 業 ごとではない 一 括 した 資 金 調 達 の 仕 組 みと 投 資 家 サイドからみた 需 給 のミスマッ チを 考 えると わが 国 では 機 関 投 資 家 に 集 め られた 家 計 の 金 融 資 産 が 有 効 活 用 されてこな かったといえる コンセッション 方 式 は 個 別 のインフラ 事 業 と 機 関 投 資 家 の 資 金 を 結 び 付 ける 仕 組 みであると 前 述 したが これはわが 国 における 資 金 循 環 上 のミスマッチを 解 消 さ せる 効 果 が 期 待 できるといえよう 4.おわりに 本 稿 では わかりやすく 伝 える という 趣 旨 のもと 日 本 の 資 金 循 環 の 観 点 から 改 正 PFI 法 を 考 察 した よりわかりやすくその 意 義 を 伝 えることを 目 的 とするならば 改 正 PFI 法 の 導 入 によっ てどの 程 度 の 国 民 負 担 が 軽 減 されるのか 軽 減 される 国 民 負 担 は 消 費 税 の 何 % 分 に 相 当 す るといった 評 価 があり 得 るだろうし 資 金 の 有 効 活 用 によってどの 程 度 GDP が 上 昇 する 効 果 を 持 つのか 何 万 人 分 の 雇 用 に 相 当 する のか といった 観 点 からの 評 価 も 有 益 だろう いずれにしろ 改 正 PFI 法 の 意 義 や 効 果 を 一 般 国 民 に 伝 えていく 努 力 は 必 要 だろうし その 際 には 本 稿 のような 定 性 的 な 整 理 に 留 ま らず より 馴 染 みのある 指 標 に 反 映 するステ ップが 必 要 になると 考 えられる これらの 点 は 今 後 の 課 題 としたい 筆 者 竹 端 克 利 (たけはな かつとし) 株 式 会 社 野 村 総 合 研 究 所 公 共 経 営 戦 略 コンサルティング 部 副 主 任 コンサルタント 専 門 は マクロ 経 済 分 析 経 済 統 計 など E-mail: k-takehana@nri.co.jp NRI パブリックマネジメントレビュー November 2011 vol. -5-