名 古 屋 学 院 大 学 論 集 医 学 健 康 科 学 スポーツ 科 学 篇 第 4 巻 第 1 号 pp. 31-38 症 例 報 告 成 人 脳 性 麻 痺 患 者 の 二 次 障 害 に 対 する 理 学 療 法 原 田 拓 1, 渡 邊 晶 規 2, 田 村 将 良 1 1, 可 知 悟 要 旨 二 次 障 害 として 腰 痛 を 呈 した 成 人 脳 性 麻 痺 患 者 の 理 学 療 法 をする 機 会 を 得 た 筋 力 増 強 運 動 を 中 心 とした 機 能 障 害 に 対 するアプローチにより, 腹 筋 群 を 中 心 に 筋 収 縮 を 高 めることができた この 結 果, 腰 痛 を 軽 減 させるだけでなく,これまでに 身 につけていた 背 筋 群 に 依 存 した 独 自 の 運 動 パターン を 変 化 させることができた 成 人 脳 性 麻 痺 患 者 においても, 正 常 な 筋 収 縮 を 伴 う 運 動 パターンへの 変 化 が 望 める 可 能 性 が 示 唆 された キーワード: 脳 性 麻 痺, 二 次 障 害, 成 人, 理 学 療 法, 機 能 障 害 はじめに 脳 性 麻 痺 ( 以 下 CP)とは, 受 胎 から 新 生 児 ( 生 後 4 週 以 内 )までの 間 に 生 じた 脳 の 非 進 行 性 病 変 に 基 づく, 永 続 的 なしかし 変 化 しうる 運 動 及 び 姿 勢 の 異 常 で, 進 行 性 疾 患 や 一 過 性 の 運 動 障 害,また は 将 来 正 常 化 するであろうと 思 われる 運 動 発 達 遅 滞 は 除 外 する と 定 義 されている(1968 年 厚 生 省 特 別 研 究 報 告 ) 従 って, 脳 性 麻 痺 は 停 止 性 の 脳 病 変 であるが,その 臨 床 症 状 は 年 齢 発 達 とともに 変 化 し, 四 肢 の 発 達 限 界 は15~20 歳 とされている[6] 二 次 障 害 とは, 疾 病 や 病 態 に 直 接 起 因 する 一 次 障 害 の 発 生 時 には 存 在 せず, 経 過 に 引 き 続 いて 発 現 してくる 障 害 とされ[8], 脳 性 麻 痺 においては 成 長 加 齢 とともに 一 次 障 害 が 進 行 悪 化 した 状 態, または 生 活 環 境 労 働 環 境 の 影 響,つまり 生 活 習 慣 に 基 づいた 拘 縮 変 形 の 進 行, 急 激 な 機 能 低 下, 新 たな 疾 患 症 状 障 害 を 総 称 して 呼 ぶことが 多 い[3] 二 次 障 害 の 代 表 的 なものとして 脊 椎 側 彎 症 や 頸 髄 症, 股 関 節 脱 臼 などがあり[5], 軽 中 等 度 者 には, 頭 痛, 肩 こり, 腰 痛, 股 関 節 痛, 外 反 母 趾, 心 の 問 題 などが 日 常 生 活 に 支 障 を 来 たす 症 状 として 出 現 してくる[5] こうした 脳 性 麻 痺 児 の 高 齢 化 に 対 する 問 題 の 指 摘 は20 年 以 上 前 からされているものの[8], 比 較 的 近 年 の 小 規 模 な 調 査 [10]にお 1 可 知 整 形 外 科 リハビリテーション 科 2 名 古 屋 学 院 大 学 リハビリテーション 学 部 Correspondence to: Masanori Watanabe E-mail: m.wtnb@ngu.ac.jp Received 11 June, 2015 Revised 23 August, 2015 Accepted 24 August, 2015 31
名 古 屋 学 院 大 学 論 集 いても,その 支 援 体 制 は 十 分 ではないことが 伺 え, 小 児 期 の 治 療 にくらべ 成 人 期 の 対 応 は 不 十 分 とい える 今 回, 近 年 まで 一 般 企 業 で 就 労 していたものの, 激 しい 疼 痛 により 退 職 を 余 儀 なくされ,さらにそ の 後 継 続 する 疼 痛 により 生 活 レベルを 低 下 させていた 脳 性 麻 痺 患 者 の 理 学 療 法 に 携 わることができ た そこで, 脳 性 麻 痺 の 二 次 障 害 に 対 する 理 学 療 法 に 関 し, 若 干 の 知 見 を 得 たため 報 告 する なお, 本 症 例 には 趣 旨 を 説 明 し, 投 稿 への 同 意 を 得 た 症 例 紹 介 一 般 情 報 :40 歳 代 後 半, 女 性, 中 肉 中 背 主 訴 : 腰 が 痛 くて 動 けない 診 断 名 : 筋 筋 膜 性 腰 痛 症 現 病 歴 : 約 5 年 前 まで 一 般 企 業 で 勤 めていたが, 腰 痛 が 出 現 し 仕 事 の 継 続 が 困 難 となり 退 職 した 腰 痛 を 我 慢 する 生 活 を 続 けるものの, 徐 々に 移 動 動 作 を 中 心 とした 日 常 生 活 動 作 が 制 限 され, 当 院 を 受 診 した 筋 筋 膜 性 腰 痛 症 の 診 断 を 受 け 入 院 となった 既 往 歴 :CP( 痙 直 型 )にて 幼 児 期 まで 通 院 にてハビリテーション 実 施 児 童 期 に 両 アキレス 腱 延 長 術, 両 足 底 筋 膜 切 離 術 を 実 施 30 歳 代 前 半 に 腰 椎 椎 間 板 ヘルニアにて 手 術 (いずれも 詳 細 不 明 ) 画 像 所 見 : 腰 部 のヘルニアや 脊 柱 管 狭 窄 等 の 所 見 なし( 図 1 左 ) 両 股 関 節 裂 隙 の 狭 小 化, 右 大 腿 骨 頚 部 短 縮 を 認 めた( 図 1 右 ) 入 院 時 の 理 学 療 法 評 価 ( 表 1 左 ) 疼 痛 は 安 静 時 においても 強 く, 腰 部 ならびに 右 股 関 節 のVisual Analog Scale( 以 下 VAS)はそれ 図 1 画 像 所 見 腰 部 のヘルニアや 脊 柱 管 狭 窄 等 の 所 見 なし( 左 ) 両 股 関 節 裂 隙 の 狭 小 化, 右 大 腿 骨 頚 部 短 縮 を 認 める( 右 ) 32
成 人 脳 性 麻 痺 患 者 の 二 次 障 害 に 対 する 理 学 療 法 疼 痛 (VAS) 表 1 理 学 療 法 評 価 初 期 評 価 ( 入 院 時 ) 最 終 評 価 ( 退 院 時 ) 腰 :8 /10( 安 静 時 ) 股 関 節 :7/10( 安 静 時 ) 麻 痺 (BRS) Ⅵ Ⅴ Ⅳ Ⅵ Ⅴ Ⅳ 筋 緊 張 ( 触 診 ) (MAS 右 / 左 ) 背 筋 群 : 亢 進 腹 筋 群 : 低 下 足 関 節 底 屈 筋 (4/3) 筋 力 体 幹 :1レベル (MMT 右 / 左 ) 下 肢 :3 /4レベル 柔 軟 性 股 関 節 伸 展 :-10 / -5 (ROM-t 右 / 左 ) 足 関 節 背 屈 :-10 / -8 ( 座 位 での FFD) 体 幹 屈 曲 :40cm( 下 腿 までリーチ) FIM (126 点 満 点 ) 生 活 状 況 合 計 104 点 ( 運 動 69 点 認 知 35 点 ) 減 点 : 清 拭 1 点, 更 衣, 歩 行, 階 段 2 点 端 座 位 や 背 臥 位 の 保 持 においても 疼 痛 を 有 し,1 日 の 大 半 をベッド 上 側 臥 位 で 過 ごす 多 くの 人 が 無 意 識 に 行 う 肩 を 回 す 動 作 や, のび と いった 動 作 はほとんどない 腰 :0 /10( 安 静 時 ),5 /10( 運 動 時 ) 股 関 節 :0/10( 安 静 時 ),5/10( 運 動 時 ) 背 筋 群 : 軽 度 亢 進 腹 筋 群 : 軽 度 低 下 足 関 節 底 屈 筋 (2 /2) 体 幹 :2レベル 下 肢 :3 /4レベル 股 関 節 伸 展 :-5 / 0 足 関 節 背 屈 : 8 / 13 体 幹 屈 曲 :0cm( 床 までのリーチ) 合 計 124 点 ( 運 動 89 点 認 知 35 点 ) 減 点 : 歩 行, 階 段 6 点 談 話 室 にて 他 患 者 と 交 流 する 無 意 識 的 な 肩 を 回 す 動 作 や, のび と いった 動 作 は 観 察 されなかったが, 定 期 的 に 腰 部 と 足 部 のセルフスト レッチを 実 施 できる ぞれ8,7であった 腰 部 においては 傍 脊 柱 起 立 筋 の 圧 痛 を 認 め, 右 股 関 節 においては 大 腿 筋 膜 張 筋 の 圧 痛 を 認 めるとともに,Ober testは 陽 性 であった また,Patrick testは 陰 性 であり, 臼 蓋 に 対 す る 大 腿 骨 頭 の 関 節 面 への 圧 迫 による 疼 痛 は 認 められなかった Brunnstrom Recovery Stageは 両 側 と もに 上 肢 Ⅵ, 手 指 Ⅴ, 下 肢 Ⅳであり, 四 肢 の 筋 緊 張 は 足 関 節 底 屈 でModified Ashworth Scale( 以 下 MAS) 右 4/ 左 3と 亢 進 を 認 め, 体 幹 においては 視 診 触 診 により 背 筋 群 で 亢 進 を, 腹 筋 群 で 低 下 を 認 めた 筋 力 はDanielsらの 徒 手 筋 力 検 査 ( 以 下 MMT)にて, 腹 筋 群 1, 股 関 節 外 旋 筋 群 右 1/ 左 2, 足 関 節 背 屈 筋 群 右 1/ 左 2,その 他 下 肢 筋 群 右 3/ 左 4レベルであった 他 動 的 ROM-tでは, 股 関 節 伸 展 右 -10 / 左 -5, 足 関 節 背 屈 ( 膝 屈 曲 位 ) 右 -10 / 左 -8 と 制 限 を 認 め, 胸 腰 部 柔 軟 性 の 指 標 として 行 った 端 座 位 でのFinger Floor Distance( 以 下 FFD)は40cm 程 度 であり, 下 腿 上 端 ま でのリーチであった 日 常 生 活 の 自 立 度 は, 機 能 的 自 立 度 評 価 ( 以 下 FIM)にて, 運 動 項 目 69/91 点, 認 知 項 目 35/35 点 であり, 減 点 項 目 は 清 拭 1, 更 衣 下 肢 2, 歩 行 2, 階 段 1( 未 実 施 )であった 生 活 状 況 として, 端 座 位 や 背 臥 位 の 保 持 においても 疼 痛 が 生 じていることから,1 日 の 大 半 をベッド 上 側 臥 位 で 過 ごし, 移 動 は 病 室 からトイレまでの 約 10mをT-cane 利 用 にて 行 う 程 度 であった また, 多 くの 人 が 日 常 で 無 意 識 に 行 っている 肩 を 回 す 動 作 や, のび といった, 筋 緊 張 を 緩 和 させるため の 動 作 はほとんど 見 られなかった 33
名 古 屋 学 院 大 学 論 集 治 療 介 入 および 経 過 主 訴 で 挙 げられた 腰 痛 は 立 位 や 座 位 の 抗 重 力 位 に 限 らず 背 臥 位 においても 出 現 しており, 医 師 によ るMRI 画 像 の 診 断 ならびに 疼 痛 評 価 より 傍 脊 柱 起 立 筋 に 圧 痛 所 見 が 認 められたことから, 背 筋 群 の 筋 筋 膜 性 疼 痛 であることが 考 えられた また, 触 診 より 持 続 的 に 背 筋 群 の 筋 緊 張 亢 進 が 認 められたた め, 腰 痛 は 筋 緊 張 に 起 因 されていることが 考 えられた さらに 背 筋 群 の 筋 緊 張 は 腹 筋 群 の 低 緊 張 と 筋 力 低 下, 胸 腰 部 柔 軟 性 低 下 にも 影 響 を 及 ぼしていることが 考 えられた そこで,はじめに 安 静 肢 位 で の 筋 緊 張 の 軽 減 を 目 指 した その 方 法 として,ポジショニングや 同 体 位 での 重 心 移 動, 体 位 変 換 を 通 じて 身 体 ならびに 周 囲 への 探 索 行 動 を 促 し, 環 境 への 適 応 を 図 ることで 異 常 筋 緊 張 の 軽 減 を 図 った 具 体 的 にはポジショニングと 同 体 位 での 重 心 移 動 に 関 しては, 側 臥 位 ~ 半 腹 臥 位 にて 股 関 節 屈 曲 位 にすることで 骨 盤 中 間 位 にしたり, 上 肢 ~ 腹 部 にクッションを 入 れ 支 持 基 底 面 を 増 やすことによって ポジショニングを 整 え, 背 筋 群 のリラクゼーションを 図 り, 支 持 面 や 設 置 したクッションを 触 れなが ら,はじめは 徒 手 誘 導 にて 他 動 的 に, 実 施 可 能 であればできる 限 り 能 動 的 に 上 肢 または 下 肢 を 動 か し, 徐 々に 動 かす 範 囲 を 広 げ, 追 随 して 体 幹 屈 曲 や 回 旋 が 出 現 するように 四 肢 や 体 幹 の 重 心 移 動 を 促 した 座 位 においても 同 様 に, 座 面 の 高 さを 下 腿 長 程 度 に 調 節 し, 靴 を 履 いて 足 底 接 地 することや 殿 部 にタオルを 設 置 して 支 持 基 底 面 を 増 やすことでポジショニングを 整 え, 背 筋 群 のリラクゼーション を 図 り, 体 幹 の 前 後 左 右 の 動 作 や 骨 盤 挙 上 により 重 心 移 動 を 促 した なお, 環 境 に 応 じて 筋 緊 張 を 変 化 させることを 目 的 とするため, 徐 々にポジショニング 方 法 を 変 えていくことや 治 療 ベッドを 変 えて 支 持 面 の 硬 度 を 変 えることなど, 支 持 基 底 面 と 床 反 力 を 変 化 させた 動 作 練 習 には 病 棟 での 生 活 にお いても 実 施 している 寝 返 り, 起 き 上 がり, 起 立 動 作 を 選 択 した いずれの 姿 勢 動 作 においても, 異 常 な 筋 緊 張 を 知 覚 循 環 [9]により 緩 和 させるため, 身 体 感 覚 の 変 化 に 意 識 を 集 中 させることで 定 位 で きる 肢 位 の 探 索 を 促 した しかし, 疼 痛 に 対 する 恐 怖 感 やこれまでとは 異 なる 身 体 活 動 を 実 施 するこ とへの 不 安 感 が 強 く, 十 分 な 筋 緊 張 の 緩 和 は 得 られなかった 動 作 方 法 の 変 化 も 見 られず, 背 筋 群 の 筋 緊 張 を 高 め, 体 を 固 めたまま, 両 上 肢 にてベッド 柵 を 引 っ 張 ることで 寝 返 りや 起 き 上 がり 動 作 の 遂 行 を 図 るため, 結 果 として 背 筋 群 の 筋 緊 張 はさらに 増 強 し, 疼 痛 を 発 生 させていた そこで 次 に 横 断 マッサージ, 機 能 的 マッサージを 脊 柱 起 立 筋 に 対 して 施 行 することで, 直 接 的 な 背 筋 群 の 筋 緊 張 の 緩 和 を 図 り, 拮 抗 筋 にあたる 腹 筋 群 の 活 性 化 による 背 筋 群 の 筋 緊 張 の 抑 制 を 目 的 とし て,draw in 運 動 とpelvic tilt 運 動 の 獲 得 を 促 した さらに 過 剰 努 力 の 軽 減 を 目 的 として 機 能 障 害 に 着 目 し, 足 関 節 周 囲 の 可 動 域 運 動, 腹 筋 群 と 股 関 節 外 旋 筋 群 の 筋 力 増 強 運 動 を 行 った その 後, 床 上 動 作 を 通 して 支 持 基 底 面 と 身 体 重 心 の 理 解 を 促 すことで 努 力 性 動 作 の 軽 減 を 図 った なお 床 上 動 作 では 腹 筋 群 の 優 位 な 半 腹 臥 位 や 四 つ 這 位,パピー 肢 位 での 動 作 を 選 択 した 具 体 的 には,それぞれの 動 作 で 筋 力 増 強 運 動 を 行 った 腹 筋 群 に 注 意 を 向 けるよう 口 頭 指 示 し, 必 要 に 応 じて 徒 手 的 に 補 助 した ま た 主 観 的 に 快 楽 か 不 快 か 確 認 しながら, 随 意 性 の 高 い 上 肢 の 設 置 位 置 を 変 更 することで 快 楽 肢 位 を 探 索 した その 結 果, 約 1 週 間 で 端 座 位, 背 臥 位 保 持 が 疼 痛 なく 実 施 可 能 となり,3 週 間 でT-caneでの 屋 外 歩 行 が 可 能 となり, 退 院 時 にはVAS, 筋 緊 張,MMT,ROM, 胸 腰 部 柔 軟 性 において 機 能 向 上 を 認 めた( 表 34
成 人 脳 性 麻 痺 患 者 の 二 次 障 害 に 対 する 理 学 療 法 1) また 治 療 時 には 自 分 の 身 体 について 説 明 を 受 けるのは 初 めて こんなこと( 動 作 )ができるん だ といった 発 言 が 多 く 聴 取 された 退 院 時 の 理 学 療 法 評 価 ( 表 1 右 ) 安 静 時 の 疼 痛 は 腰 部, 右 股 関 節 ともに 消 失 し, 運 動 時 の 疼 痛 は 腰 部 でVAS5, 右 股 関 節 でVAS3 で あった 傍 脊 柱 起 立 筋 の 圧 痛 は 減 少 を 認 め, 大 腿 筋 膜 張 筋 の 圧 痛 は 消 失 したものの,Ober testは 陽 性 であった Patrick testは 陰 性 で 変 化 なし, 股 関 節 関 節 面 の 圧 迫 所 見 も 変 わらず 疼 痛 は 認 めなかっ た Brunnstrom Recovery Stageに 変 化 は 見 られなかったが, 筋 緊 張 は 改 善 を 認 め, 足 関 節 底 屈 の MASは 右 2/ 左 2となり,また 背 筋 群 では 亢 進 の, 腹 筋 群 では 低 下 の 程 度 が 軽 減 した MMTは 腹 筋 群 2, 股 関 節 外 旋 筋 群 右 3/ 左 4, 足 関 節 背 屈 筋 群 右 3/ 左 3となり 改 善 を 認 めた 他 動 的 ROM-t は, 股 関 節 伸 展 で 左 右 ともに5, 足 関 節 背 屈 で 左 右 とも15 以 上 の 改 善 が 得 られ,また 端 座 位 におけ るFFDは0cmと 改 善 しており, 四 肢 体 幹 ともに 柔 軟 性 の 向 上 が 得 られた FIMは 運 動 項 目 が89 点 まで 上 昇 し, 減 点 項 目 は 歩 行 6, 階 段 6のみであった 生 活 状 況 は, 当 初 より 大 きく 変 化 し, 院 内 歩 行 自 立 となり 談 話 室 にて 他 患 者 とも 交 流 する 時 間 が 増 えた 無 意 識 的 な 肩 を 回 す 動 作 や, のび と いった 動 作 は 観 察 されなかったが, 定 期 的 に 腰 部 と 足 部 のセルフストレッチを 実 施 できた また, 疼 痛 出 現 時 であっても,いざりや 体 位 変 換 を 行 えた 考 察 小 児 CP 患 者 の 治 療 は1950 年 代 より 手 術 療 法 を 中 心 に 展 開 され, 社 会 認 知 が 拡 大 したが,その 後, 手 術 療 法 と 従 来 のハビリテーションに 限 界 を 感 じたとの 報 告 が 多 くなり,1970 年 代 より 神 経 発 達 学 的 アプローチが 注 目 された[4] 当 時 のハビリテーションは 原 始 反 射 に 由 来 する 特 徴 的 な 動 作 パター ンを 行 わせないように 行 動 抑 制 を 加 えることや,その 子 供 にとって 実 用 的 でないとしても, 画 一 的 な 動 作 パターンを 行 わせることに 価 値 があるとされていた[4] しかし 実 生 活 との 関 連 が 乏 しく 実 用 性 に 欠 けており, 患 者 がハビリテーションの 本 意 を 見 出 せずに 上 記 アプローチは 衰 退 したと 報 告 されて いる そして 近 年 では 治 療 概 念 のひとつとして,ダイナミックシステム 理 論 が 提 唱 された[1] 意 欲 や 脳, 体 重, 関 節 可 動 域, 筋 力 などの 内 部 条 件 と 重 力 や 課 題 の 特 異 性 といった 外 部 条 件 などの サブ システム の 相 互 作 用 によって, 課 題 や 状 況 に 応 じた 行 動 が 形 成 されるといった 理 論 である[1] 各 々 のサブシステムを 変 更 することで, 最 も 効 率 的 な 運 動 行 動 を 達 成 する 可 能 性 があると 考 えられており, 本 人 に 関 わる 条 件 や 外 部 条 件 を 変 容 させることや 現 実 の 行 動 の 文 脈 での 繰 り 返 しの 実 践 が 重 要 視 され る[3] 歴 史 的 背 景 を 鑑 みると, 本 症 例 が 小 児 期 に 受 けたハビリテーションにおいても, 神 経 発 達 学 的 アプ ローチ 中 心 であったことが 伺 われる 児 童 期 に 入 り 足 部 の 手 術 を 受 けているものの,その 後 継 続 的 な ハビリテーションが 実 施 されなくなった 背 景 は 推 測 の 域 を 出 ないが, 結 果 として 本 症 例 においても 正 常 なパターンによる 動 作 は 定 着 せず, 日 常 生 活 における 諸 課 題 に 独 自 に 適 応 していく 中 で, 背 筋 群 優 35
名 古 屋 学 院 大 学 論 集 位 の 動 作 が 徐 々に 定 着 していったものと 考 えられる その 結 果, 拮 抗 筋 である 腹 筋 群 の 活 動 性 低 下 を 招 き, 二 次 障 害 としての 筋 筋 膜 性 腰 痛 症 を 認 めたものと 考 えられる こうした 筋 緊 張 のアンバランス を 抱 えたまま, 疼 痛 に 対 して 快 楽 肢 位 を 探 索 した 結 果 が, 入 院 初 期 で 認 められたベッド 上 側 臥 位 で 身 体 を 固 めることであったと 考 えられる 痙 性 を 呈 して 何 十 年 も 生 活 してきたことで 形 成 された 運 動 のパターンと,それに 伴 う 筋 緊 張 のアン バランスを 是 正 し, 正 常 な 筋 収 縮 や 運 動 の 獲 得 を 求 めることは 適 切 ではないと 考 え,ダイナミックシ ステム 理 論 に 基 づき,はじめに 環 境 設 定 を 調 整 し, 能 動 的 に 動 くことで 筋 緊 張 を 変 化 させるべく 知 覚 循 環 を 促 し, 外 部 条 件 へ 適 応 することと,それによる 筋 緊 張 の 緩 和 を 目 的 とした しかし, 背 筋 群 優 位 とする 動 作 に 変 化 は 見 られなかった そこで 同 理 論 の 内 部 条 件 に 着 目 し, 背 筋 群 への 徒 手 療 法 によ り 一 時 的 に 筋 緊 張 の 緩 和 を 図 り, 低 下 している 腹 筋 群 を 中 心 に 筋 収 縮 を 高 めることを 試 みた その 結 果, 予 想 に 反 して 改 善 がみられ, 疼 痛 を 軽 減 することができた また,それに 続 く 床 上 動 作 の 中 で 聴 取 された こんなことできるんだ といった 発 言 や, 病 棟 内 での 活 動 量 が 増 加 したことからは,わず かながら 運 動 パターンを 改 善 したものと 考 えられた 長 年 の 単 一 化 された 独 自 の 運 動 パターンは 関 節 の 自 由 度 を 制 限 させることで 支 持 性 を 保 ち, 定 型 化 された 神 経 メカニズムや 筋 活 動 が 運 動 の 起 源 となっていたと 考 えられる 今 回 の 介 入 を 通 じてわずか であるが 新 たな 自 由 度 と 筋 活 動 が 加 わったことで, 動 作 の 中 での 気 づきを 促 すことができ, 運 動 パター ンに 変 化 がもたらされたと 考 える 結 果 から 判 断 すれば, 単 に 入 院 前 の 低 活 動 による 機 能 低 下 が 改 善 されただけかもしれない しかし 成 人 CP 患 者 においては, 脳 の 非 進 行 性 病 変 であり,また 加 齢 によ る 機 能 低 下 も 考 慮 すれば, 筋 力 増 強 など 機 能 向 上 を 目 的 とするアプローチが 優 先 されることは 一 般 的 ではないと 判 断 される[2]ため, 本 症 例 のような 結 果 が 得 られたことは, 成 人 CP 患 者 の 理 学 療 法 に おいて 意 義 のあることではないかと 考 える またダイナミックシステム 理 論 における 内 部 条 件 に 対 し て 介 入 することに 価 値 が 見 出 され, 内 部 条 件 の 変 化 が 外 部 条 件 への 適 応 に 働 きかけることが 示 唆 され た ただ, 長 年 をかけて 形 成 された 運 動 パターンを 逸 脱 させることのみを 目 的 として 機 能 障 害 の 改 善 を 図 ることは, 患 者 にとって 逆 に 過 大 な 負 担 となって, 実 生 活 を 不 便 にする 可 能 性 もあるので, 注 意 が 必 要 であると 考 える また, 今 回 観 察 することができた 運 動 パターンの 変 化 の 持 続 性 について 検 証 ができていない 点 も 今 後 の 課 題 である 本 症 例 にはストレッチなどのセルフケアの 指 導 を 行 っており, 今 後 経 過 を 観 察 し 知 見 を 広 げたい 文 献 [1] Thelen E, Smith LB. (1995) A Dynamic Systems Approach to the Development of Cognition and Action. J Cogn Neurosci. 7: 512 514 [2] 尾 崎 文 彦.(2007) 脳 性 麻 痺 の 加 齢 に 対 する 理 学 療 法. 理 学 療 法.24:459 463 [3] 大 畑 光 司.(2011) 最 近 の 脳 性 麻 痺 の 理 学 療 法. 理 学 療 法.28:1218 1225 [4] 熊 谷 普 一 郎.(2009)リハビリの 夜. 医 学 書 院, 東 京,pp83 91,234 236 [5] 佐 久 間 和 子.(2000) 成 人 脳 性 麻 痺 の 障 害 像.Clinical Rehabilitation.9:443 448 36
成 人 脳 性 麻 痺 患 者 の 二 次 障 害 に 対 する 理 学 療 法 [6] 佐 久 間 和 子.(2003) 脳 性 麻 痺 の 二 次 障 害 としての 機 能 予 後.リハビリテーション 医 学.40:98 102 [7] 佐 藤 一 望.(2001) 脳 性 麻 痺 の 二 次 障 害.リハビリテーション 医 学.38:775 783 [8] 手 塚 主 夫, 佐 藤 一 望, 高 橋 孝 文.(1998) 成 人 脳 性 麻 痺 の 加 齢 現 象 全 身 的 状 況. 総 合 リハ.16:679 685 [9] 冨 田 昌 夫.(2000)クラインフォーゲルバッハの 運 動 学.J Clin Phys Ther.3:1 9 [10] 松 本 美 穂 子, 宮 本 昌 寛, 山 田 孝.(2010) 地 域 生 活 を 送 っている 成 人 脳 性 まひ 者 の 現 状 と 二 次 障 害 予 防 への 関 わりに 関 する 研 究 OPHI-IIを 用 いての 聞 き 取 り 調 査. 作 業 行 動 研 究.14:127 37
名 古 屋 学 院 大 学 論 集 Case Report Physical Therapy for Secondary Disabilities of Adult with Cerebral Palsy Taku Harada 1, Masanori Watanabe 2, Masayoshi Tamura 1, Satoru Kachi 1 Abstract Cerebral palsy in adults is used to describe a variety of chronic movement disorders affecting body and muscle coordination. Even though it is considered a non-progressive condition, secondary conditions usually found with cerebral palsy in adults. Back Pain is the most common problem for older adults with cerebral palsy. This case study reports on the muscle strength exercise-based physical therapy program to an adult female with severe low back pain attributable to cerebral palsy. Furthermore, we had not only taken away hers low back pain, but we had been also able to change her original motor pattern depending on back muscles formed by primary impairments and environment to normal motor pattern. In conclusion, the physical therapy programs for adults with cerebral palsy may be beneficial in enhancing their motor pattern. Keywords: cerebral palsy, secondary disabilities, adult, physical therapy, impairment 1 Department of Rehabilitation, Kachi Orthopedics 2 Department of Physical Therapy, Faculty of Rehabilitation Sciences, Nagoya Gakuin University 38