-STANDARD PROTOCOL PROJECT- TRANEXAMIC ACID SPP-1 2012. 9 佐 藤 奈 々 子, 杉 浦 孝 広
心 臓 外 科 手 術 ではおなじみとなってきているトラネキサム 酸 ですが 悪 いことが 起 きている? トラネキサム 酸 投 与 により? 因 果 関 係 は 証 明 されていないが 血 栓 塞 栓 症 は 防 ぐべき 合 併 症 の 一 つ p p トラネキサム 酸 をはじめとしたリジン 類 似 体 がヘパリン 中 和 後 に 残 存 していると 理 論 的 には 深 部 静 脈 血 栓 症 肺 塞 栓 脳 卒 中 心 筋 梗 塞 といった 血 栓 塞 栓 症 が 生 じると 考 えられる が 複 数 の 総 論 やメタ 分 析 ではトラネキサム 酸 の 術 中 投 与 と 血 栓 塞 栓 症 との 関 連 性 は 見 出 されていない 心 臓 手 術 後 に 痙 攣 発 作 を 起 こした24 人 を 対 象 24 人 全 員 が 術 中 大 量 のトラネキサム 酸 投 与 を 受 けていた(61~259mg/ kg) いずれも 新 規 の 脳 虚 血 障 害 の 証 拠 はなく また 永 続 的 な 脳 障 害 を 起 こした 患 者 もいなかった ü ü ü Aprotinin and tranexamic acid for high transfusion risk caridiac surgery. Wong BL, Ann Thorac Surg 2000;69:808-816 Pharmacological strategies to decrease excessive blood loss in cardiac surgery. Levi M, Lancet 1999;354:1940-1947 High-dose tranexamic acid is associated with nonischemic clinical seizures in cardiac surgical patients. Murkin JM. Anes Analg 2010;110:350-353
そもそも なんのためにトラネキサム 酸 は 投 与 されているのでしょうか? 線 維 素 溶 解 ( 線 溶 ) まずは 線 溶 について 線 溶 とは プラスミノゲン 活 性 化 因 子 がプラスミノゲンをプラスミンに 変 化 させることによってプラスミンが 主 とし てフィブリンを 分 解 する 現 象 プラスミノゲンはリジン 結 合 部 位 を 介 してフィブリンに 結 合 する 抗 線 溶 薬 20 (3) 285 288, 2009 心 臓 外 科 麻 酔 と 体 外 循 環 における 血 栓 止 血 の 制 御 日 臨 麻 会 誌 Vol. 29 No.7/Nov.2009
そもそも なんのためにトラネキサム 酸 は 投 与 されているのでしょうか? 線 溶 阻 害 薬 体 外 循 環 におけるトラネキサム 酸 投 与 の 目 的 p 体 外 循 環 によって 凝 固 線 溶 系 が 亢 進 し 血 液 凝 固 系 の 恒 常 性 が 失 われる p 線 溶 系 の 亢 進 に 加 えてフィブリノーゲンその 他 の 血 液 凝 固 因 子 の 低 下 や 血 小 板 機 能 の 低 下 が 体 外 循 環 後 の 止 血 に 難 渋 する 原 因 となっている p 線 溶 阻 害 薬 はプラスミノゲンの 活 性 化 を 阻 害 することで 線 溶 系 の 過 亢 進 を 抑 制 する 目 的 で 投 与 される Thrombin During Cardiopulmonary Bypass L. Henry Edmunds, Ann Thorac Surg 2006;82:2315 22
線 溶 阻 害 薬 には3 種 類 がありました アプロチニン トラネキサム 酸 εアミノカプロン 酸 線 溶 阻 害 薬 の 一 つであるアプロチニンは 体 外 循 環 を 使 用 した 心 臓 手 術 における 輸 血 量 の 劇 的 な 減 少 効 果 を 認 めた 一 方 で 以 下 の 理 由 からアプロチニンは 使 用 が 禁 止 されました アプロチニンは 合 併 症 発 生 率 や 死 亡 率 が 上 昇 するといった 報 告 がされるようになった ü BART(The Blood Conservation Using Antifibrinolytics in a Randomized Trial)studyでは 高 リスク 心 臓 手 術 を 受 ける 患 者 2331 名 を 対 象 アプロチニンはトラネキサム 酸 やεアミノカプロン 酸 と 比 べ 周 術 期 の 出 血 が 減 少 したが 手 術 後 30 日 における 死 亡 率 においてトラネキサム 酸 は3.9% ε アミノカプロン 酸 は4.9%であったのに 対 し アプロチニンは6.0%と 有 意 に 高 い 値 をとった Fergusson DA, A comparison of aprotinin and lysine analogues in high-risk cardiac surgery. N Engl J Med 2008;358:2319-2331 ü 冠 動 脈 血 行 再 建 術 を 行 った4374 例 を 対 象 に 抗 プラスミン 剤 であるアプロチニン トラネキサ ム 酸 ε-アミノカプロン 酸 の 予 後 への 影 響 を 調 査 し アプロチン 投 与 群 においてのみ 腎 障 害 ( 人 工 透 析 導 入 となる) 心 筋 梗 塞 心 不 全 脳 卒 中 などの 発 生 率 が 増 加 すると 報 告 した The risk associated with aprotinin in cardiac surgery. Mangano DT. N Engl J Med 2006;354:353-365
そのため 臨 床 で 使 用 できる 薬 剤 はトラネキサム 酸 とεアミノカプロン 酸 のみ トラネキサム 酸 分 子 量 :157.21 分 子 式 : C8H15NO2 では トランサミンって? トラネキサム 酸 は 血 中 で 分 解 され2 分 子 のεア ミノカプロン 酸 となる(アミノカプロン 酸 投 与 と 同 機 序 で 働 く) プラスミノゲンのリジン 結 合 部 位 と 結 合 しフィブ リンへの 吸 着 を 阻 止 することで 抗 線 溶 作 用 を 発 揮 する この 複 合 体 の 血 中 半 減 期 は 短 いためトラネキ サム 酸 は 持 続 的 に 投 与 することが 望 ましい 適 応 は 全 身 性 線 溶 亢 進 が 関 与 すると 考 えられ る 出 血 傾 向 や 異 常 出 血 抗 線 溶 薬 20 (3) 285 288, 2009 心 臓 外 科 麻 酔 と 体 外 循 環 における 血 栓 止 血 の 制 御 日 臨 麻 会 誌 Vol. 29 No.7/Nov.2009
始 まりは 少 量 から トラネキサム 酸 の 投 与 量 方 法 10mg/kg 投 与 後 1mg/kg/hrの 投 与 でその 有 効 性 が 示 された p 体 外 循 環 を 使 用 した 心 臓 手 術 患 者 148 人 を 対 象 とした 無 作 為 化 二 重 盲 検 試 験 対 象 を6グループに 分 類 (placebo(p) 群 Quarter(Q) 群 :2.5mg/kg 投 与 後 0.25mg/ kg/hで 持 続 投 与 Half(H) 群 :5.0mg/kg 投 与 後 0.50mg/kg/hで 持 続 投 与 Whole(W) 群 :10mg/kg 投 与 後 1.0mg/kg/hで 持 続 投 与 Double(D) 群 :20mg/kg 投 与 後 2.0mg/kg/hで 投 持 続 投 与 Fourfold(F) 群 :40mg/kg 投 与 後 4.0mg/kg/hで 持 続 投 与 )し 術 後 12 時 間 の 胸 腔 ドレーンからの 出 血 量 を 調 べた 結 果 : 少 なくと も10mg/kg 投 与 後 1.0mg/kg/hで 持 続 投 与 した 群 (W,D,F 群 )はP 群 と 比 較 して 明 ら かに 出 血 量 は 少 なかった しかし トラネキサム 酸 投 与 量 と 出 血 量 に 相 関 は 認 め ず 輸 血 量 との 関 連 も 認 めなかった The dose-response relationship of tranexamic acid. Horrow JC, Anesthesiology 1995;82:383-392 p In vitroにおいてはトラネキサム 酸 は10μg/mlの 血 清 濃 度 にて 線 溶 を 阻 害 し 16μg/mlでプラスミンによる 血 小 板 活 性 化 を 抑 制 するとされる CPBを 使 用 した 心 臓 手 術 患 者 21 人 を 対 象 に 初 回 10mg/kgを20 分 以 上 かけて 静 注 し 1mg/kg/hを 中 心 静 脈 からICU 帰 室 20 時 間 後 まで 投 与 した 初 回 ボーラス5 分 後 CPB 開 始 5,30 60 分 後 投 与 中 止 時 中 止 後 1 時 間 後 のトラネキサム 酸 血 中 濃 度 を 測 定 すべての 時 点 で 有 効 血 中 濃 度 の10μg/mlを 上 回 った Plasma tranexamic acid concentrations during cardiopulmonary bypass. Fichte BK. Anesth Analg 2001;92:1131-1136
徐 々に 投 与 量 が 増 えていき トラネキサム 酸 の 投 与 量 方 法 投 与 量 が 検 討 された p 軽 度 低 体 温 の 心 臓 手 術 患 者 150 人 を 対 象 とした 無 作 為 化 二 重 盲 検 対 象 を3グ ループに 分 類 (トラネキサム 酸 投 与 量 50,100,150mg/kg)しCPB 前 に 静 脈 内 投 与 術 後 6 12 24 時 間 後 の 胸 腔 ドレーン 出 血 量 を 比 較 した 結 果 :50mg/kg 投 与 群 で6 時 間 後 の 出 血 量 が 他 2 群 と 比 較 して 明 らかに 多 く ヘモグロビン 減 少 も 150mg/kgの 群 と 比 較 して 明 らかに 多 かった 輸 血 量 凝 固 異 常 については 差 を 認 めなかった 結 論 : 最 も 効 果 的 で 費 用 対 効 果 も 優 れている 投 与 量 は100mg/kg と 考 えられる The effect of three different doses of tranezamic acid on blood loss after cardiac surgery with mild systemic hypothermia(32 ). Karski JM, J Cardiothorac Vasc Anesth 1998;12:642-646 CPBを 使 用 した 心 臓 手 術 患 者 30 人 を 対 象 対 象 を3グループ(トラネキサム 酸 50mg/kg 100mg/kg 10mg/kg 静 注 その 後 いずれも1mg/kg/hで10 時 間 持 続 投 与 )に 分 類 し トラネキサム 酸 の 血 漿 濃 度 を 測 定 2コンパートメントモデルで CPB 使 用 前 後 使 用 中 のトラネキサム 酸 の 予 測 血 中 濃 度 を 計 算 した この 研 究 によると 12.5mg/kgを30 分 かけてローディング 後 6.5mg/kg/hで 持 続 投 与 1mg/kgをCPBのプライミングとして 使 用 するとトラネキサム 酸 濃 度 が334μM 以 上 で 維 持 され 30mg/kgを30 分 かけてローディング 後 16mg/kg/hで 持 続 投 与 2mg/kgをCPBのプライミングとして 使 用 するとトラネキサム 酸 濃 度 が800μM( 出 血 リスクの 高 い 患 者 に 推 奨 される 濃 度 ) 以 上 で 維 持 されると 報 告 している Pharmacokinetics of tranexamic acid during cardiopulmonary bypass. Dowd NP. Anesthesiology 2002;97:390-399
実 際 どのくらいの 量 を 使 えば 良 いのか? 至 適 投 与 量 とは? トラネキサム 酸 の 投 与 量 方 法 では 何 を 目 安 に 投 与 するのか?その 至 適 投 与 量 は 未 だ 十 分 に 確 立 されていない Recommended Dosages( 現 在 の 東 京 医 療 センターの 投 与 量 の 根 拠 となる 論 文 ) Ø Total:3-10g Ø Loading dose at induction of anesthesia:2-7g Ø Maintenance dose during surgery:20-250mg/h Prevention and treatment of Major Blood Loss Pier Mannuccio Mannucci, M.D. N Engl J Med 2007;356:2301-11 ü ü 投 与 量 に 幅 があるため 過 剰 投 与 となる 可 能 性 がある 抗 線 溶 薬 投 与 の 有 用 性 は 証 明 されている ü 合 併 症 を 避 け 効 果 的 な 量 は? 至 適 投 与 量 は 未 だ 十 分 には 確 立 されていない では 使 えないのか?
徐 々に 投 与 量 が 増 えていき 合 併 症 の 報 告 がなされ 投 与 量 が 見 直 されつつある トラネキサム 酸 の 投 与 量 方 法 原 点 回 帰? 人 工 心 肺 を 使 用 する 高 齢 患 者 を 対 象 に 行 われたRCT トラネ キサム 酸 10mg/kg 投 与 後 1mg/kg/hの 持 続 投 与 にて 輸 血 量 が 減 少 し 合 併 症 も 発 生 しなかった Tranexamic Acid Reduces Blood Transfusions in Elderly Patients Undergoing Combined Aortic Valve and Coronary Artery Bypass Graft Surgery: A Randomized Controlled Trial Journal of Cardiothoracic and Vascular Anesthesia, Vol 26, No 2 (April), 2012: pp 232-238 至 適 投 与 量 についてはまだ 議 論 が 続 いており 結 論 が 出 て いない 痙 攣 や 血 栓 の 合 併 症 に 注 意 しながら 使 用 するべき としている 一 方 で 使 用 量 には 言 及 していない Tranexamic Acid: How Much Is Enough? Anesth Analg 2010 Letter to the editor High-dose tranexamic acid is associated with nonischemic clini-cal seizures in cardiac surgical patients. Anesth Analg 2010;110:350 3 Effect of tranexamic acid on surgical bleeding:systematic review and cumulative meta-analysis BMJ 2012;344:e3054 doi: 10.1136/bmj.e3054 (Published 20 May 2012)
以 上 の 内 容 をふまえたうえで 現 在 推 奨 される 使 用 量 を 考 えました 推 奨 使 用 量 ただし これは 今 後 も 検 討 が 必 要 だと 思 われます p 抗 線 溶 作 用 を 示 す 血 清 濃 度 (10μg/ml) 維 持 を 目 標 に 投 与 する p 急 激 な 血 清 濃 度 の 上 昇 を 伴 うような 投 与 法 は 避 ける 麻 酔 導 入 後 10mg/kgを 手 術 開 始 までに 持 続 投 与 手 術 開 始 から 麻 酔 終 了 まで1.0mg/kg/hで 持 続 投 与 60mg/kgを 超 える 大 量 投 与 は 避 ける
トラネキサム 酸 の 投 与 の 有 用 性 の 報 告 心 臓 手 術 以 外 でも 今 後 は 使 用 する 機 会 が 増 えていくのでしょうか? p p 外 傷 患 者 や 整 形 外 科 手 術 等 でもトラネキサム 酸 の 使 用 による 出 血 量 の 減 少 が 認 められており 今 後 は 使 用 の 幅 が 広 がる 可 能 性 もある しかし その 一 方 で 重 篤 な 合 併 症 が 起 こる 可 能 性 があることも 念 頭 に 置 いておく 必 要 がる 40カ 国 274 施 設 において 実 施 された 20211 人 の 重 症 出 血 あるいはそのリス クを 有 する 成 人 外 傷 患 者 を 受 傷 8 時 間 以 内 にトラネキサム 酸 投 与 群 (1gを10 分 間 で 初 回 負 荷 後 1gを8 時 間 持 続 点 滴 ) またはプラセボ 投 与 群 のどちらか 一 方 に 無 作 為 的 に 割 付 けた 結 果 :10096 例 の 患 者 がトラネキサム 酸 投 与 群 10115 例 がプラセボ 投 与 群 に 割 付 けられ うち10060 例 10067 例 がそれぞれ 分 析 の 対 象 となった 全 原 因 による 死 亡 リスクはトラネキサム 酸 投 与 群 で 有 意 に 減 少 した (トラネキサム 酸 投 与 群 1463 例 14.5% vsプラセボ 投 与 群 1613 例 16.0% ;RR 0.91 95%CI 0.85-0.97;p=0.0035) 出 血 が 原 因 の 死 亡 リスクも 有 意 に 減 少 した (489 4.9% vs 574 5.7% ;RR 0.85 95%CI 0.76-0.96; p=0.0077) Effects of tranexamic acid on death, vascular occlusive events, and blood transfusion in trauma patients with significant haemorrhage (CRASH-2): a randomised, placebo-controlled trial the Lancet Published online June 15, 2010
編 集 後 記 として トラネキサム 酸 投 与 において いくつか 思 うところをまとめました トラネキサム 酸 は 腎 排 泄 のため 腎 機 能 の 低 下 している 患 者 では 血 清 濃 度 が 上 昇 する 可 能 性? 16μg/mlを 目 標 とする 方 が 理 論 的 には 良 いのでは?という 考 えがある 中 で その 至 適 投 与 量 は 検 討 されていない 5mg/kgの 投 与 後 5mg/kg/hの 使 用 によって20μg/mlが 維 持 できたとする 報 告 が 存 在 する トラネキサム 酸 の 使 用 にも 禁 忌 が 存 在 する DICに 対 する 抗 線 溶 薬 の 投 与 は 全 身 性 の 血 栓 発 生 の 可 能 性 から 原 則 禁 忌 である トラネキサム 酸 の 保 険 適 応 は500~2500mg( 静 注 )のため 上 述 の 使 用 量 では 問 題 となることはない
トラネキサム 酸 @SPP n 適 応 u 心 外 ( 大 血 管, 弁 膜 症 ), 外 傷, 人 工 関 節 手 術 など n 禁 忌 u DIC n 注 意 u 腎 不 全, 血 栓 症 の 既 往, 冠 動 脈 狭 窄 を 有 する 患 者 n 投 与 量 1 麻 酔 導 入 後 10mg/kgを 手 術 開 始 までに 持 続 投 与 2 手 術 開 始 から 麻 酔 終 了 まで1.0mg/kg/hで 持 続 投 与