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どのような便益があり得るか? より重要な ( ハイリスクの ) プロセス及びそれらのアウトプットに焦点が当たる 相互に依存するプロセスについての理解 定義及び統合が改善される プロセス及びマネジメントシステム全体の計画策定 実施 確認及び改善の体系的なマネジメント 資源の有効利用及び説明責任の強化

未来教育 1 プロジェクト学習とポートフォリオ 文部科学省採択事業 確かな学力の育成に係る実践的調査研究 課題解決能力の獲得を可能とするプロジェクト学習とポートフォリオ教員研修プログラムの開発 コーチング指導による コンピテンシー育成 を目指して 報告書 (H22) より シンクタンク未来教育ビジョ

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イタロ ズヴェーヴォ よくできた 冗 談 における 欠 如 と 補 綴 の 考 察 79 イタロ ズヴェーヴォ よくできた 冗 談 における 欠 如 と 補 綴 の 考 察 石 井 沙 和 Uno studio sulla mancanza e sulla protesi in "Una burla riuscita" di Italo Svevo Ishii Sawa Riassunto L'osservazione sul rapporto tra la mancanza e la protesi rivela uno dei fatti consistenti del narrare-abbindolare nelle opere di Italo Svevo. L'origine della mancanza e della protesi si trova nel mito dell'evoluzione lasciato nelle pagine del suo diario e nei saggi in cui Svevo chiama l essere umano «uomo in abbozzo». Quest ultimo avrebbe sviluppato l'evoluzione fuori del corpo e dentro allo spazio mentale creando, per esempio, gli strumenti e gli ordigni come prolungamento corporale, ma che in compenso avrebbe lasciato intatto il corpo stesso per lasciare a se stesso la disponibilità di evolversi in ogni modo. I personaggi di "Una burla riuscita" vivono in un ambiente assai abbondante di prodotti strumentali e mentali, i quali vengono trattati come merci ma che sono sempre lo stesso «uomo in abbozzo» il quale vive con il desiderio di compensare la mancanza con la protesi. Questo desiderio facilita lo sviluppo della burla, utilizzando il frutto delle evoluzioni esteriori e interiori. Il mondo esterno si riempie delle protesi provenienti dall'prolungamento del corpo e rende il nostro esterno "il mondo fisico della vista", dove gli esseri umani compensano la mancanza principalmente con il commercio che realizza la compravendita degli strumenti. Sviluppando l'evoluzione anche nello spazio mentale, gli esseri umani hanno anche "il mondo invisibile di pensiero". Attraverso i personaggi questi due mondi si invadono e conseguentemente viene enfatizzata la figura del mondo riempito dalle protesi. L'umano, dimenticandosi l'origine delle protesi, la quale è nata come prolungamento del corpo, non si accorge della realtà. La continua moltiplicazione delle creature umane ostacola la visuale e fa perdere la vista agli umani, finendo per indebolire la percezione visiva. "Una burla riuscita", che attraverso la burla dimostra l'invasione dei due mondi sudditi, è la dichiarazione della diffidenza nei confronti della percezione visiva degli esseri umani che ripetono la protesi senza limiti.

石井 沙和 80 となっている しかしサミッリ兄弟の日常はガイアの 目次 1 はじめに 冗談をきっかけにリズムを崩す 外交員をしているガ 2 共生の神話と補綴の欲望 イアはマリオの旧友で マリオと同様文学に情熱を傾 3 外と内の進化が生み出したもの けていた過去を持つ ガイアには 過去に売れない本 3. 1 視覚による物質世界 書記媒体 を書いただけのマリオが作家を自負していることが気 3. 2 思考による不可視の世界 作り話 に障り マリオの自負をからかってやろうと冗談をい 4 境界侵犯 うが マリオがその冗談を信じたため 冗談をもとに 5 視覚認識に対する不信 偽りの出版話をマリオに持ちかける ガイアから 過 6 おわりに 去に自費出版したものの鳴かず飛ばずだったマリオの 作品に興味を示し ドイツ語でぜひ出版したいと考え るウェステルマン出版のエージェントだという人物の 存在を明かされ マリオは作家の慢心からガイアの嘘 1 はじめに に巻き込まれる イタロ ズヴェーヴォ Italo Svevo は 1861 年 イ ガイアはマリオの心にくすぶる作家としての不満 タリア王国統一の年にトリエステに誕生し 第一次世 成功の欲望を利用し 商業にうといマリオに対して彼 界大戦後 1928 年にヴァカンスからの帰途 自動車 の小説を商品として扱うことで マリオに冗談に対す 事故により他界する ズヴェーヴォが生きた時代 そ る疑いを抱く余地を与えない ガイアの冗談は 人間 れは都市の近代化と機械の発達により 人間の生活に の持つ 欠如を補う志向を利用している 欠如を補う 根本的な変化がもたらされた時代でもある ハプスブ 志 向 を ズ ヴ ェ ー ヴ ォ は 未 完 成 の 人 間 uomo in ルク帝国の主要な港として商業発展を遂げていたトリ 2 abbozzo と呼び 人間の基本的な また他の動物と エステで生まれ育ったズヴェーヴォは 父親の意向で 一線を画する特性としている バイエルンへ留学し商業を学ぶ その後銀行員を経て 本稿では短編 よくできた冗談 を中心に ズヴェー 義父の会社の一翼を担うも 文学への情熱は絶やさず ヴォの語り 騙り を生み出すひとつの要素となっ 何かしらの形で執筆活動は続けていたが 生活の大半 ている 欠如と補綴の関係を考察する を商業活動に費やさなければならなかった 幾度か発 表した作品が評価を得るのは晩年のことで 彼の生涯 は基本的に商業に従事する者のそれであったと言える だろう 2 共生の神話と補綴の欲望 ズヴェーヴォによるとヒトと動物の違いはヒトの不 本稿では 1928 年に雑誌 ソラリア Solaria に発 完全さにある 不完全なゆえに つまり進化を完了し 表された短編 よくできた冗談 Una burla riuscita なかったために 人間はつねに自らに変化の余地を残 を中心として扱う し完全を求める性質をもつに至る そうした性質を持 よくできた冗談 では 冗談を真に受けたマリオと つヒトを彼は 未完成の人間 3 と呼んだ 未完成の 彼を騙し続けることにしたガイア この二人の間で冗 人間 の起源はズヴェーヴォの試論や日記から伺い知 談が発展する マリオ サミッリは 60 歳に差し掛かっ ることができる 1 た 過去に小説家を志した男で 旧友でもある事業家 のブラウエルの会社で事務員として働き 痛風を患う 主なる神が天地創造の仕事を終えられた 途轍も 弟ジュリオと慎ましく暮らしている 夜は外出の自由 ない業に疲労し休息されて曰く 私は休むが創 のきかない弟のために本を読みきかせるのが彼の日課 造は自らを求め続けるだろう 私は生命を与えら

イタロ ズヴェーヴォ よくできた冗談 における欠如と補綴の考察 81 れたものに生命力を与えそれが私の仕事を引き継 私にはどのようにその関係が始まったのかわから ぐのだ ない 人間と犬のそれがどうやって始まったかわ 4 からないように おそらくくだらぬ直立の動物が これは 生命の堕落 の冒頭部である 神の創造は 彼を敵意で取り巻く途方もない自然に恐れをなし 神の手を離れて生物の内で創造を続け それが進化を 見あたる動物の中でも最大の者の下に難を逃れ 発展させる 生命の堕落 によると生物は自己保存 すばしこい手でその背を掻いてよろこばせたり虫 のために欠如している能力を補うことで 各々自らに から守ったりした 草食で温和な大きい獣はすぐ 適した進化をとげる 例えば 下等生物は早い段階で さま恵みの手を受け入れ大切にし 彼を守った 適応に満足し進化を止めた生物であり その他の動物 与えられた召使いを 中略 マンモスが連携に たちはそれぞれ補食や運動能力を高める爪や牙 翼や おいて導かれたのは本能から 人間は霊感という 走行力 また耐寒力を強化する毛皮や渡りの能力など 進化した本能としか言い得ないものから たぶん 生存のための身体機能の進化を完了させた生物である 人間が試したのは最初は他の強い動物たちでそれ 進化の完了は生物として完成したことを意味し その から噛み付かない者に落ち着いたのだ7 時点で神の創造も完了する その一方 人間は他の動物たちとは少し異なった進 人間は脆弱な自分を守る盾を 他者の身体を利用す 化をとげる ズヴェーヴォの日記に登場する進化の神 ることで手にいれた 人間にとっては他者も能力の欠 話では 人間の進化の起源となる神との会話が描かれ 如を補う装置であり これが補綴の起源となる8 る その神話によると 動物の王として水陸空どこで 他者の影で安全を確保するも 環境の変化に従って も生きる能力が欲しいと言う人間に対して神は 不公 またさまざまな能力を身につけたいという欲求によっ 平であろうそれでは 叶えてやることはできぬ だが て 人間はさらに身体的脆弱さを補おうとする 動物 おまえの身体に欲求を授けて自ら走り 泳ぎ 飛ぶ方 のように四肢を進化させる代わりに 人間は四肢の延 法をみつけだすようにしよう と答える ズヴェー 長として道具を生み出し身体能力を補う 道具を装備 ヴォ曰く 人間は欲求を与えられたことによって あ することで身体の脆弱さを補うようになった人間はマ らゆる場所での生存方法を生み出す思考を与えられた ンモスとの共生関係を必要としなくなり 外挿的な補 それにより 動物のようにひとつの生存方法を選び 綴によって身体能力を強化し ズヴェーヴォの神話に とってそれに合わせて身体を進化させなくとも 環境 よると次第に全てを欲するようになる 5 に適応する可能性を得たことになる しかしそれは同 時に 人間の身体が 動物のように特定の環境にあっ 彼 人間 が欲しがったのはすべてだ 常にすべ た進化を遂げて完全となることがない ということで てを 一日のすべての時間と地上のあらゆる気候 もある 人間は欲求に従ってさまざまな能力を補う方 は彼のものでなければならなかった9 法を見つけるのに適した身体を持たなければいけない 括弧内は筆者による補足 ため 進化において身体的には脆弱な存在となった 人間は身体的な脆弱さを補うために自分よりも強い 人間は外部にあるものを補綴物として利用し また 者を利用することを考える それをズヴェーヴォは人 外部に補綴物をつくりだす それにより外部にあるも 間とマンモス の共生関係の始まりとして描く のは補綴物とみなされ 利用したり装備したりするこ とで補綴物は自分の一部となり その人間の所有物と 6 卑小な人間が仕えることにしたのは最大の動物マ なる その結果 利用の対象となる外部全体は所有の ンモスで その大きなお腹が彼の盾となっていた 対象ともみなされる10 すべての能力を望む人間は

石井 沙和 82 あらゆる補綴物を利用しさまざまな環境に適応するこ 的世界となり人間の外部を補綴により埋めてきた そ とを求め 補綴によって 動物の王 として完全を求 れにより外部は 視覚による物質世界 となり 主に めるようになる 道具の売買による商業で人間は欠如を補う その一方 人間の進化は外部だけでなく 内面でも起こる 神 内面での進化も継続する人間は 思考による不可視の に与えられた欲求に従った結果 完全を求めるように 世界 を併せ持っている なった人間は 理想と欲望が混在し拮抗する精神をそ ヒトと他の生物との一線を画するといわれる言葉に の内に生み出した 自己と理想を比べて欠如に気づ 注目して 視覚による物質世界 と 思考による不 いたとき それを補綴する欲望が生まれ そのために 可視の世界 これらふたつの世界を 作品中の主な三 発想が生まれる それは例えば倫理や科学 宗教 社 つの関係 マリオとジュリオの兄弟関係 マリオとブ 会制度や経済体制といったもので それら発想の産 ラウエル氏の友人兼同僚関係 そしてマリオとガイア 物 によって人間の生命活動を支え円滑にすることで のライバル関係 から考察する 11 12 13 外部への補綴の欲望をいっそう強化する 動物と異なりあらゆる能力を求めたために 人間は 身体的進化を完了させず その代わりに身体的脆弱さ 3 1 視覚による物質世界 書記媒体 を外部から補い また外部へと身体の延長を広げてき ブラウエルにとって作家に生まれつくことは大き た そしてあらゆる能力を求め完全を目指し 充足す な不幸であり まったく罪もなくそのような不運 ることがないために 欠如を保持し補綴を繰り返す にみまわれる者は より幸運な仲間からあらゆる 完全を目的としたときから 補綴の目的は自己保存に 保護をうける権利をもっていた14 必要な能力を補うことから 人間が持ちうる能力を逸 脱したより高い能力を求めることへとすり替わった 作家は書くことしかできないと考えるブラウエルは その時点で補綴物は身体の延長ではなくなり 人間は このような視点からサミッリ兄弟を見守る マリオの 動物としての完全さではなく能力の完全さを求めるに 仕事で至らない点も責めることなく補い 経済的に困 至り 欠如を補綴する欲望は動物と一線を画する人間 窮すれば援助の手をさしのべ 兄弟が生きる上での支 の特性のひとつとなった えとなっている 兄弟にとって ガイアの冗談の計算 よくできた冗談 ではこの欠如を補綴する欲望を を狂わせるところで彼は最大の助けとなる ガイアは 利用することで冗談が展開される その際 外と内の マリオに許可するまで出版社からの小切手を交換する 進化の産物が利用され 人間の現実認識の差異により な という指示をだすのだが マリオの代わりにブラ 起こる拮抗が描き出される ウエルが銀行に小切手をもってゆき 銀行員の友人に 当日のレートを勧められ現金化するところでガイアの 3 外と内の進化が生み出したもの 計算が狂う ブラウエルが友人の言葉に従うのは商業 に通じておりいかにレートが不安定であるかを知って よくできた冗談 にはマンモスに庇護されるふた いるからである 作家を不幸な人間とみるブラウエル りの人間 そして影のないマンモスを連れた人間が登 にとって 文学は理解の外にあり 文字で記されたも 場する 彼らは神話時代よりもはるかに多くの道具や ので彼に親しみのあるのは 商業文書のような書記媒 内面の進化の産物にかこまれ それらを売買し 商品 体である 文字で記されたものは共感したり思考を読 として扱う時代に生きている 未完を保存する欲求は み込んだりするものではなく 数学的また貨幣的と 変わらず 人間はつねに欠如を抱えそれを補綴する欲 いった 視覚で把握できる情報の書かれた紙媒体であ 望で生きている 外界は身体の延長を起源とする外挿 る 作家の存在する余地のない 書記媒体による 視

イタロ ズヴェーヴォ よくできた冗談 における欠如と補綴の考察 83 覚による物質世界 が よくできた冗談 の世界の一 認識に偏りや盲点が少ないため マリオの認識の助け 部をなしている その世界で作家ができることは少な や精神的支えとなることで盲人の杖となっている し く マリオは登記や商業文書の作成といった書く作業 かし彼はびっこひきで彼にも移動するのに頼るものが を担当しており 書く行為について異なる認識を持 必要であり それを補うのはマリオである 彼は家か つ マリオとブラウエルの 仕事上の需要と供給の交 らでられないジュリオのために自分が見聞きした街の 点となっている16 出来事や様子を伝えて彼をなぐさめる 欠如を補いあ 視覚による物質世界 でブラウエルの庇護のもと う関係ではあるが 安心できる杖としての完全性は互 マリオとジュリオのサミッリ兄弟は慎ましい暮らしを いに持ち合わせておらず 彼らには移動の不自由さが おくる マリオは作家として成功できなかったものの 残る 過去の不成功にかき乱されることなく穏やかに日々を ガイアはこの移動の不自由さを補う存在となる ト 過ごしている 成功の欲望を消極的に保存し続けてい リエステやイストリアを飛び回る外交員が彼の職業で るために 穏やかな兄弟の暮らしに支障がでることは あり 場所をつなぐガイアがマリオに提供するのはド なかった イツ語での出版話である 無論マリオは出版の経緯や 彼らの暮らしに変化を与えるのは書記媒体である 翻訳の詳細等は聞かされないが 移動に不自由な自ら マリオが過去に出版した小説と辞典 出版社のものと に代わり自分の作品が言語の国境を越えることに そ 偽られた小切手が 穏やかな日常に歪みを生じさせる して最終的に国外での評価がイタリアでの評価につな マリオが過去に出版し鳴かず飛ばずの小説は ガイ がるだろうという希望を抱く アが偽の出版話を持ち込むことで 作品から商品へと 商品として扱われることで マリオの小説はガイア 扱いが変わる マリオには 出版へ至るための作品の の冗談の道具となりサミッリ兄弟の暮らしに変化をも 評価は示されず出版契約の話が伝えられるのみである たらし また思わぬ形でジュリオに不幸をもたらす原 が 彼は当然批評家の評価が介在しているはずだと思 因にもなっている ジュリオには就寝時にマリオに本 い込み 成功する欲望を呼び覚まされたことでガイア を読んでもらう習慣がある それによりジュリオは落 の話に疑問を抱かない よくできた冗談 では マ ち着いた眠りを得ているのだが マリオが批評を加え リオの小説は商品として扱われ 作品の内容について ることがあり そうすると彼の話が白熱するため安眠 はほとんど触れられることはない ガイアの冗談にお を妨害される18 批評を避けるためにある日ジュリオ いてマリオの小説は売買の対象としかみられず モノ はマリオ自身の小説を読むように頼む ジュリオの読 として扱われる マリオはそれを認識せず 自分の作 みはあたり批評を聞くことはなくなったが その代わ 品への評価を期待しているために ガイアに作家とし り突然マリオは作品中の単語が気になりだし 辞書で ての自負を利用され延々と冗談を仕組まれつづける 確認し始める 15 17 マリオにとって小説の出版によって満たされるのは 成功の欲望だけではない 作品のなかでマリオとジュ しかしマリオは 中略 イタリア語の第二版にむ リオの兄弟は 盲人 cieco とびっこひき zoppo に例え けても準備するべきだと思い込んでおり 辞書に られている 視覚による物質世界の視点からみると 釘付けだった 中略 まるまる 1 ページを読んだ マリオの作家的な思考は現実を直截的に認識できない いまや辞書を読むことは車が荒野を走るがごとき ために盲しいているとされ ジュリオは痛風を煩って ものだった19 おり移動の自由がきかないためびっこひきとされてい る 歩くためには盲人とびっこひき 両者ともに杖と 言葉の精確さに固執するあまり辞書を読みはじめる なるものが必要である ジュリオはマリオよりも現実 マリオにジュリオは耐えられず 彼の思いを告げるこ

石井 沙和 84 とで 悪気も悪意もないジュリオの言葉にマリオは軽 の契約書と小切手がある 出版社との契約書はドイツ んじられていると傷つき ジュリオを冷たくあしらい 語で書かれているため マリオには理解できない書記 始め 辞書によって兄弟間にすきま風が吹き始める 媒体であり 書かれている内容はすべてガイアの翻訳 で伝えられる 小切手も冗談を信じさせる小道具であ 辞書を省きたかっただけなのだよ その朗読に耐 り 出版社名義とされる小切手は実際に銀行で換金さ えるのはとても大変だから 中略 おまえはわ れることになる 小切手が与える視覚的な情報は額面 かっているだろう私がおまえの作品が大好きだと の数字と署名だが 最終的に小切手が与えるのは貨幣 中略 しかし訂正はたまらないのだよ 我々文 である 視覚による物質世界では 書かれているもの 学者でない者ははっきりしていることを求めてい は書記媒体とみなされ 印刷物となり商品となり貨幣 るんだ もし我々の眼前で一語変えられたら そ 交換の対象となる 貨幣もまた書記媒体のひとつであ のページ全体を本物だと信じられなくなる り 視覚による物質世界 において書記媒体の価値 20 は書記媒体を生むところにある 共生の神話において 辞書もまた物語とは異なる 物理的な書物の特性を 創造が同語反復的な運動に陥ったのと同様 外部の進 生かして編まれた書記媒体である マリオが辞書に 化も書記媒体を目的とした書記媒体が価値を持つ 執着し始めた動機である 改訂版のため というのも 同語反復的運動は完全を志向する欲望によって継続 印刷物としての書物という見方が可能にするものであ される 書記媒体が目的とされる背後にはマリオと他 り ジュリオが小説を作品と認識している一方で こ 者の欠如と補綴の関係があり マリオの場合は不成功 こでマリオが自分の小説を印刷物として 視覚的に認 を補いたいという作家としての欠如を補綴する欲望が 識するものとして捉えていることがわかる 先のジュ あるために ガイアにくり返し冗談を仕掛けられる リオの言葉はマリオを宥めるために発せられたもので よくできた冗談 では欲望に根ざした 視覚での知 あるが 辞書の音読が耳障りであり 視覚による書記 覚が不可能な世界が 冗談の潤滑油となる 21 媒体は音読には適さないことが読み取れる 誰の言葉 でもなく誰の言葉でもある匿名の定義の詰まった権威 的な辞書は不協和音の集合であり その一方でひとつ 3 2 思考による不可視の世界 作り話 の作品として完結している文学作品は完結性が調和と 視覚での知覚が不可能な世界は 内面 思考 想像 なって耳に心地よい それゆえジュリオは就寝前の朗 にもとづいた 思考による不可視の世界 である マ 読を好み 辞書を拒んだのだろう 辞書は言葉の定義 リオとジュリオのサミッリ兄弟の認識はこちらの世界 を示すものではあるが 完結しているはずの作品の調 にもとづき その特徴はマリオに顕著にみられる マ 和を乱すものでもあり マリオが望む作品としての完 リオには寓話的な作り話をする癖があり それが不満 璧さを達成するものではない しかし出版を目前に商 のはけ口になっている 創作活動の唯一の残滓のよう 品としての精度に気をとられるマリオにはそれがわか なものでもあり 作家としての成功を見送った ある らない マリオの小説を作品として捉えるか商品とし いは成功までの待機状態である日常に不満の影を落と て捉えるか その差が兄弟間の亀裂の原因をつくるこ すことなく穏やかに保つ安定剤として機能している とになる このマリオの特徴は内面の進化のひとつである 未完 作品か商品か サミッリ兄弟の間にその捉え方の差 の存在である人間は自らの未完の欲求に苛まれてもい を生み出す原因となっているのはガイアの仕掛けた冗 る 種として進化を保存し未完の欲求を抱えたゆえ生 談である 彼の冗談で使われる書記媒体には前述した まれた共生関係は 否応なく他者の必要性をつきつけ マリオの小説以外に 冗談に真実味を与える出版社と 独立して存在できない不満を生み出す マリオは自分

イタロ ズヴェーヴォ よくできた冗談 における欠如と補綴の考察 85 で満足することはなく 他者からの評価を求める 満 り 小鳥たちの嘲笑はマリオの思索の産物であるため たされることのない精神的欲求を埋めるため 人間は 結局マリオは自分で自分を笑う 現実の出来事を自身 内部を進化させることになった 身体の延長が道具と の精神状態に合わせて読み直し マリオは現実に対す して外部に発展 進化してゆく一方で 精神の延長は る不満を作り話で補完し 現実に対する耐性を保つ24 想像により人間の内部に道具をつくりだしたり 言葉 創作活動が 内面の進化 の一端であるなら 作り を介してたとえば小説や作り話を生み出したりして外 話という点からみるとガイアの冗談も同じ性質のもの 部に生産される とみることができる ガイアはマリオの作家としての マリオの作り話には人間が小鳥に姿を変えられて登 驕りをくじこうと 知人である同業者と共謀して嘘の 場し 対象となる経験を教訓的に語る マリオには自 出版話を持ちかけ 冗談 を仕掛ける マリオが長年 宅の庭にいる小鳥たちを眺める日課があり エサをつ 望んできたことを現実として描きだし話をつくりあげ いばみ空を飛ぶ姿や 夜に木でさえずりながら眠りに ることで 作家として成功したい欲望を利用し マリ 着く様子に想像力が加わって 人の言葉を話す小鳥た オに作り話を信じさせる ガイアの行動はマリオに金 ちが登場するに至る 例えば サミッリ兄弟はスラブ 銭的 物質的な損失を与えることではなく 彼を笑う 人農民に食べ物を分けてもらったことがある 戦争下 ことを目的としている 現実を自分の目的に合わせて で食物が不足している時代に貧しい兄弟を農民の親切 作り直し 利用することでガイアはマリオを嘲笑する が救い 食物を確保することができた マリオは感謝 欲求を満たす するが 同時に 農民の寛容さは無知によるものに違 欠如を補綴する欲望はマリオの寓話とガイアの冗談 いなく無知な者で成功することをたいてい詐欺と呼 を生み出し 未完成の人間 にとって生物としての ぶ と 騙してしまったかのような後悔の念も感じ 完璧さという満足を得ることが不可能であるために てしまう せっかくの満足した気分と食欲を害さない これらふたつの作り話は持続する25 寓話は二 三書 ように マリオは話を作り出す き留められるものがあるが他人の目には曝されず 冗 22 談でも書記媒体が用いられるが ガイアの意図する利 小鳥にパン屑が与えられたがその小さな嘴には大 用目的は他者の目にみえるものではない どちらの作 きすぎた 微々たる成果に小鳥は獲物のまわりで り話も思考の産物で不可視である 幾日も激怒した いっそう悪いのはパンが硬くなっ 人間の外と内への進化は ヒトと動物の一線を画す たときで そうなると小鳥は与えられた恵みを諦 言葉によって比較すると 書記媒体と作り話という例 めるよりなかった 飛び立ち考えるに 恵みを与 で捉えることができる マリオとガイアのように 偏っ える者の無知は与えられた者の災難だ と た思考の二者がぶつかりあうと 二つの世界の間で境 23 界侵犯がおこる 罪悪感を見事にかわし他人の親切を無知に置き換え て責任転嫁を遂げ 現実の出来事とは反する怒りが描 かれるが 教訓は後悔を感じるマリオの心境を的確に 4 境界侵犯 表現している マリオの作り話にはまた嘲笑の欲求も ガイアの目的はマリオに 作家ではない という現 読み取れ 小鳥たちが人間をあざ笑う たとえば毎日 実をつきつけることで それはマリオが 視覚による エサを与えている男が小鳥たちはきっと感謝している 物質世界 で自分の小説を認識することである だろうと思えば 小鳥たちは彼を一度も自分たちを捕 作品が商品になっていない以上 ガイアにはマリオ まえられない愚か者だとみなす 話のなかで笑うのは を作家だとは認めがたい そこで彼は 冗談 によっ 小鳥だが マリオの作り話はマリオの現実の写しであ て現実の真と偽の境界を曖昧にし 視覚による物質

86 石井 沙和 世界 と 思考による不可視の世界 の境界を侵犯す 虚像であるエージェントの存在により 視覚による る 真偽の境界が曖昧になることでふたつの世界の境 物質世界 と 思考による不可視の世界 の境界が侵 界線は溶け合いやすくなる 嘘とユーモアが紙一重に 犯され 書記媒体になり得ないマリオの小説が浮かび なっている冗談は 冗談だ と笑い飛ばすだけでそ 上がる 虚像が生み出すさらなる虚像 偽の契約書 れまでの嘘の情報を無かったことにできる 境界侵犯 出版社のものではない小切手は商業の世界でモノとし には最強の道具となる26 て認識されない小説 商品にはならない作品である事 境界侵犯にガイアは同業の知人を利用する ウェ 実をマリオにつきつける ガイアはマリオの作品が究 ステルマン出版のエージェント はガイアが作り出し 極的に役に立たず 利用価値もなく所有の対象にもな た架空のエージェントであり 同業の知人は実際のと らないこと つまり補綴物であふれる商業の世界での ころ何のエージェントでもない ウェステルマン出版 作品の存在価値を否定し 作品から 文学 という肩 のエージェントと紹介されるその男について名前は明 書きを剥奪することに成功する27 かされない エージェントはドイツ語しか解さず 商 先に電話が聴覚器官を拡張した と述べたが 拡張 談も契約もすべてドイツ語でなされるため 内容はガ は逆に人間本来の能力が持ち得る限界を侵犯している イアの通訳によってマリオに伝えられる つまりエー ことにもなる 能力の限界を侵犯して拡張することは ジェントとされる人物はマリオにとって音でしかない 共生の神話にもあるように 自然や他の動物といった エージェントの存在を示すものは 男の姿とガイアの 他者の侵犯を意味する 人間の欠如と補綴の欲望は 通訳によって知り得た彼の言葉 交わされるドイツ語 際限なく侵犯をくり返す その結果共生の神話は 人 の契約書 そして必死にこらえた笑い声である それ 間が補綴の起源を忘れ 不特定多数の他者を所有と利 らはしかしガイアを介さなければ ドイツ語はただの 用の目的のもとでしか認識できないという結末を提示 契約書の言葉も意味をなさず マリオにとってエー 音 する 視覚による物質世界 と 思考による不可視 ジェントは姿はみえるが音しか認識できない対象であ の世界 の境界侵犯は 人間の外と内の侵犯であり る エージェントの男は実体も名前も明かされない匿 共生の神話にかえれば 主体と他者 すなわち人間と 名の存在であり その姿はガイアが同業の知人と作り 動物の境界侵犯となる 視覚による物質世界 と 思 出した虚像である 彼については虚像と音声のみ知覚 考による不可視の世界 の境界を侵犯する冗談はその できる 虚像と音声のみ というと少々不可解で気持 背後に笑い声を抱え その笑い声が人間と動物の境界 ち悪い感じがするかもしれないが 20 世紀のテクノ を侵犯する28 ロジーのひとつである電話とイメージを重ねることが マリオの作り話もガイアの作り話も 互いに知覚さ できる 姿をみることができない遠方にいる相手とも れることはないがそれぞれ嘲笑と音に満ちている マ 話すことができる電話機同様 エージェントもマリオ リオの寓話的な作り話では小鳥たちの鳴き声に ガイ が決してひとりでは辿り着けない 遠いドイツの地と アの冗談は押し殺された笑い声に満ち 嘲笑すること 結びつく手段となっている 電話が拡張したのは人間 を目的としている 鳴き声とも言葉ともつかない笑い の聴覚器官であり 当初は驚嘆をもって迎えられただ 声をちょうど人間の発する音と動物の発する音の中間 ろう 見えない相手とのコミュニケーションも 時間 にある音のようなものと捉えると 境界侵犯の起点を とともに当然となり 音声を伝える電話機が遠くの相 口に求めることができる 手の虚像であることへの抵抗もなくなる そう捉える 口の基本的な機能は大きく食べることと話すことに とまったく正体不明のエージェントに疑問も抱かな わけることができる 食べることは人間と動物に共通 かったマリオに 当時のテクノロジーが浸透し始めた の原初的 本能的欲求であり 話すことは人間と動物 生活の匂いを感じることもできるだろう の線引きをする能力である 冗談と小鳥の寓話をマリ

イタロ ズヴェーヴォ よくできた冗談 における欠如と補綴の考察 87 オからみてみると 小鳥の寓話は一見小鳥たちがエサ 動によって 代替物である貨幣はマリオとジュリオの をついばみながら鳴いているだけだが マリオを介す 予想を裏切り ガイアには経済的損失を マリオには ると彼らの話が聞こえてくる 冗談は人間同士の会話 与えられるはずのない対価を与え 冗談がガイアとマ で成り立っているが マリオを介するとエージェント リオを ひっかけ る 貨幣によって冗談は人間の手 とされる男の言葉は一切理解できない音声となる 動 ガイアとマリオの ばかす ばかされる関係 を離れ 物と人間を画するはずの言語がここで無効になり 人 は無効化されることになる 間と動物の線引きが曖昧になる 自分たちが共通に理 貨幣の流れは代替物の流れであり 欠如と補綴のく 解できる言葉を共有できないことによって 同類であ り返しを表す 帝国下の重要な商業港であったトリエ るはずの人間も所有と利用目的の他者として同様にみ ステは商品と物の集積地 すなわち貨幣の集積地であ なすことができる 境界侵犯の結果 人間も動物もモ り 多様な民族的 文化的集団は商業でつながってい ノも 自己以外はすべて補綴物であるという前提が強 た30 貨幣は細胞間物質のように人間とモノのあいだ 調される を埋め いっそう商業都市として発展することで街は 大きくなり建物が増え人間の視界を塞いでゆく 遠く 5 視覚認識に対する不信 近代都市ウィーンを理想とした発展とイタリア併合で 都市はその起源を見失い31 同時にそこに住む多様な 人間は進化の過程でさまざまなモノを生み出してき 人々も歴史的連関の中で自らの民族の起源をみつめる た それらは内面の進化による産物も含め 自らの延 ことが困難になる32 商業は貨幣によって細胞間物質 長から始まった補綴物である それら補綴物は進化と のように人と人 また人とモノの間を物質的に埋める 共に本来の補綴という目的を失いその起源を忘れられ 身体の延長に始まり人間は補綴をくり返し 人間の現 所有と利用の対象として扱われるようになり商業に 実は起源を忘れられた補綴物の堆積と化し 共生の神 よって氾濫し 人間は自分が多くの代替物に囲まれて 話に語られる動物と人間の連続性は途切れる 完全の いることに気づかない そうした人間の手による被造 欲求を持つ未完の人間は自らに補綴をくり返し 周囲 物が増殖と流通を繰り返す際 介在するのが貨幣であ を補綴で埋め尽しそれら代替物で自らの視界を覆う る 貨幣も書記媒体のひとつであり その背後にある しかしそれらの起源を忘れたために神話の他者とも自 べき実体は失われている 貨幣は売買の手段として 己の延長であるモノとも断絶し 自らの視界を覆うも 代替物と交換するための媒介として機能し 人間の生 のの奥にあるものを知覚する視力を失った33 起源と み出した代替物は貨幣という実体を失った虚像によっ の断絶により実体と断絶した虚像の堆積34 のような て動かされている よくできた冗談 のガイアの冗 真と偽の境界が曖昧である現実において 人間の視覚 談は最終的に独り歩きを始める すぐに換金するなと 的認識を信頼することはもはやできない 29 いう指示のもとマリオがガイアから受け取った小切手 は 交換レートが不安定なことを理由にブラウエルの 判断で銀行に預けられ そこから小切手はガイアの力 6 おわりに の及ばないところとなる 後に小切手がウェステルマ 視界が塞がれ視力を失ったとき よくできた冗談 ン出版のものではないことがわかっても 小切手は有 で頼りにされるのは聴覚である サミッリ兄弟は隣り 効であるためマリオには金額が支払われることになる 合う部屋にいるお互いの寝息やいびきで相手の様子を しかし受け取るのは レートの変動により 出版社の 確認する 彼らは相手の言動よりも お互いが見えな 契約が本当ならば支払われたはずの金額の半分だけで い状態できこえる音で的確に相手の状態を理解する ある レートの変動という一個人の制御が及ばない運 また冗談と寓話にも同じことがいえる どちらとも作

石井 沙和 88 り話という虚構であり 冗談は笑い声で 寓話は小鳥 ズヴェーヴォによると真の希求は真を真とする主張 たちの声で満ちている ガイアの話の笑い声とマリオ に集約される 真偽を分けるのはそれを判断する人間 の話の小鳥の声は ふたつの話が虚構であることを暴 がどちらを求めているかに拠り 最終的に人間はその 露する 本人が当初希求していた真そのものではなく 主張を 愛し始める 視覚的判断の代わりにズヴェーヴォは聴 真への愛はふたつの方法で表れる 真を肯定し愛 覚的判断に信頼を寄せるが 聴覚で得た情報が真実を しながら または偽を否定し憎みながら 当然な 語るというのではなく 何が起きているのかを知らせ がら真と偽は入れ替え得るが 真だという主張を るしるしのようなもの 語りの中から騙りのトーンや 愛しながら 偽だという主張を憎みながら 真を アクセントを聞き分ける比較的優秀な器官として 聴 愛 す る と 断 言 で き る お そ ら く 思 い 違 い な が 覚的判断に信頼を寄せていたと考えられるのではない ら だろうか 35 注 省略について ズヴェーヴォのテクストについては以下を用いた 引用注等ではタイトル名を省略して記載している Tutte le opere / Italo Svevo ; edizione diretta da Mario Lavagetto, Milano, A. Mondadori, 2004 - Romanzi e «continuazçni» / Italo Svevo ; edizione critica con apparato genetico e commento di Nunzia Palmieri e Fabio Vittorini ; saggio introduttivo e cronologia di Mario Lavagetto, Milano, A. Mondadori, 2004 以下 REC とす る - Racconti e scritti autobçgrafici / Italo Svevo ; edizione critica con apparato genetico e commento di Clotilde Bertoni ; saggio introduttivo e cronologia di Mario Lavagetto. Milano, A. Mondadori, 2004 以下 RES とする - Teatro e saggi / Italo Svevo ; edizione critica con apparato genetico e commento di Federico Bertoni ; saggio introduttivo e cronologia di Mario Lavagetto, Milano, A. Mondadori, 2004 以下 TES とする 脚注 1 アルベルト カロッチによって 1926 年に創刊された雑誌 ジョイスやプルースト等 ヨーロッパ文学の 旗手をイタリアに紹介 2 Nella mia mancanza assoluta di uno sviluppo marcato in qualsivoglia senso io sono quell uomo. Lo sento tanto bene che nella mia solitudine me ne glorio altamente e sto aspettando sapendo di non essere altro che un abbozzo. (L uomo e la teoria darwiniana, TES., p.849) 3 Svevo rivendica la dignità - se non la superiorità - dell'uomo «in abbozzo», un essere ancora disponibile, plasmabile, indeterminato, certo più debole dell'uomo «sviluppato» ma capace di racchiudere in sé una promessa del futuro, un germe di cambiamento, quello stato di potenzialità che lo rende, a differenza della «bestia», ancora «perfettibile» (Ibid.,p.1624) 4 "Il signor Iddio aveva conchiusa la sua opera di creazione. Stancatosi dell immane lavoro riposò dopo di aver detto: Io riposerò ma la creazione continuerà a ricercare se stessa. Io diedi all essere animato un anima e questa continuerà l opera mia." (La corruzçne dell anima, Ibid., p.884) 5 Il Signore aveva finita l opera di creazione. Dichiarò agli animali che li lasciava liberi di scegliersi l elemento in cui volevano vivere. Alcuni corsero la terra, altri si precipitarono nell acqua e infine molti si slanciarono nell aria. Io, che sono il re degli animali disse l uomo dovrei avere la capacità di vivere nell acqua e sulla terra ed anche essere capace di volare.

イタロ ズヴェーヴォ よくできた冗談 における欠如と補綴の考察 Sarebbe ingiustizia, questa disse il Signore e non potrei compiacerti. Ma fornirò il tuo organismo di tale appettito che finirai col trovare tu i mezzi per correre, nuotare e volare. (RES., p.776) 6 最終氷期に絶滅 大小さまざまな進化を遂げ完全となったが 個体として完全であるがゆえに環境の変化 によって絶滅した一例として用いられている 7 Il piccolo uomo si mise al servizio dell animale più grande il Mammut la cui grossa pancia gli faceva da scudo. Io non so come la relazione sia cominciata come non so come si sia iniziata quella fra l uomo e il cane. Probabilmente il ridicolo animale eretto spaventato dall enorme natura che lo circondava ostile si rifugiò presso il maggiore degli animali che trovò e gli si rese gradevole grattandogli la schiena con le sue mani agili e proteggendolo dagl insetti. Il bestione vegetariano bonario subito s adattò al beneficio aiuto e si tenne caro, proteggendolo, il servo che gli si era offerto [...]. Il Mammut nell associazione fu guidato dall istinto, l uomo dall ispirazione che non può essere altro che un istinto evoluto. Forse l uomo tentò prima con altri forti animali e si fermò a quello che non l azzannò. (Ibid., pp. 887-888.) 8 as man uses the strong animal as a shield and then simply moves onward, while the Mammoth lags behind, like an obsolete, discarded tool, The first tool to be invented in as idea of the other as a prosthetic device that leads to all the other infinite prostheses man creates for his unfinished body. (Giuliana Minghelli, In the shadow of the mammoth, Italo Svevo and the emergence of modernism, University of Toronto Press, Toronto, 2002, p.41) 9 Egli voleva tutto, sempre tutto. Tutte le ore del giorno e tutti i climi della terra dovevano essere suoi. (TES, p.886) 10 道具の利用により完全追求の欲求 欲望は育まれ 病 となって現れる sotto la legge del possessore del maggior numero di ordigni prospereranno malattie e ammalati. (La cosciena di Zeno, REC, p.1085 ) 11 ティム アームストロングの言うところの 消極的補綴 negative prosthesis と 積極的補綴 positive prosthesis を参考に考えたい What is grammatically an addition becomes the covering of a lack in the body [...]. What I would label a negative prosthesis involves the replacing of a bodily part, covering a lack. The negative prosthesis operates under the sign of compensation [...]. A positive prosthesis involves a more utopian version of technology, in which human capacities are extrapolated. (Tim Armstrong, Modernism, technology and the body, A cultural study, Cambridge UP, Cambridge, 1998, p.78.) アームストロングは 補綴 を 消極的補綴 と 積 極的補綴 に すなわち 身体的な欠如を埋め合わせ 苦痛を軽減することを目的とする 消極的補綴 と テクノロジーの助けを外挿的に借りることによって人間が潜在的にもつ能力や才能をより 完全 に 近づけようという ユートピア的なヴィジョンに根ざしている 積極的補綴 とに分けて考える 中略 一九二〇年前後には 第一次世界大戦で足や腕を失った兵士たちに義足や義手を提供するという 消極的 補綴 の考え方が一般的になり 帰還兵の日常生活を支えるのに重要な役割を果たした だが 二十世紀 前半のテクノロジーは それ以外の領域においても さまざまなレヴェルで人びとの生活に浸透しつつあっ た 電話がある意味では人間の聴覚器官の拡張であり 蓄音機もまた人間の記憶力を拡張したのはもちろ んだが 中略 言うなれば さまざまな領域で 積極的 消極的 補綴 の考えが社会の 進歩 を推 し進める原動力となると見なされていた ヒュー ケナー 松本朗訳 機械という名の詩神 メカニッ ク ミューズ SUP モダン クラシック叢書 上智大学出版会 2009 pp.174-175 12 The only true evolution, Svevo suggests here thus setting his new man aside from the primitive technological man who externalized his evolution is the one that takes place inside the human being, though not in the physiological body as with all the other animals, but rather in the mental space where ideas and desires compete with each other. Thus, in the context of a restless species, Svevo grants primacy to the human animal who has internalized the struggle for life and therefore has succeeded in maintaining the seed of the future, an availability to the society to come[...]. (Giuliana Minghelli, In the shadow of the mammoth, Italo Svevo and the emergence of modernism, University of Toronto Press, Toronto, 2002, p.28) 13 Alcuni di questi ordigni erano idee. La giustizia che regola le avventure e le sventure attenuandole o aggravandole, la scienza ch è l espressione più alta dell anima malcontenta, che prepara gli ordigni e crea il loro bisogno, la religione che dà qualche istante di pace all anima torva e infine l ordinamento sociale e economico cioè un metodo per far convivere in una guerra dall aspetto di pace il triste e malvagio animale guerresco. (La corruzçne dell anima, RES., p.886) 14 Per il Brauer era una grande sventura quella di essere nato scrittore, e coloro cui era toccata senza nessuna colpa una disgrazie simile, avevano diritto ad ogni protezione da parte dei compagni più fortunati. (RES., p.215) 89

90 石井 沙和 15 作家と商業に携わる人間の違いをマリオは以下のように表現している Il Brauer volava ad esso [del pane] per la via più diritta, e perciò più bassa. Mario volava in alto ed è così che arrivava in ritardo. Ma digiunava volentieri confortato dalla bellezza della vista di cui dall alto aveva potuto godere. (Ibid., p.215) 内は筆者による補足 16 Oltre a quelle lettere che faceva in collaborazione, a lui incombevano anche molte registrazioni ed altri lavori d ordine inferiore che in commercio spettano di diritto ai lettrati che non sanno fare altro. (Ibid., p.215) 17 Una tale vita è igienica e si fa ancora più sana se, come avveniva da Mario, è condita da qualche bel sogno. Alla sua età egli continuava a considerarsi destinato alla gloria, [...] perché un inerzia grande, quella stessa che gl impediva ogni ribellione alla sua sorte, lo tratteneva dal faticoso lavoro di distruggere la convinzione che s era formata nell animo suo tanti anni prima. [...] La vita aveva rotto a Mario qualche osso, ma gli aveva lasciati intatti gli organi più importanti, la stima di se stesso, e anche un po quella degli altri, dai quail certo la gloria dipende. Egli attraversava la sua triste vita accompagnato sempre da un sentimento di soddisfazione. (Ibid., p.199) 18 La letteratura era perciò una buona cosa anche per Giulio, ma la sua forma, la critica, lo danneggiava e minacciava la sua salute. Troppo spesso Mario interrompeva la lettura per mettersi a discutere violentemente il valore del romanzo che leggeva. La critica sua era la grande critica dell autore disgraziato. [...] Scoppii di voce, suoni di disprezzo, discussioni con interlocutori assenti, tanti strumenti musicali varii che s alternavano, e impedivano il sonno. (Ibid., p.211) 19 Ma Mario [...] credeva di doversi preparare anche alla seconda edizione italiana, rimase attaccato al vocabolario. [...] ne lesse una pagina intera. Ora la lettura del vocabolario somiglia alla corsa di un'automobile su una brughiera. (Ibid., pp.241-242) 20 Volevo solo risparmiarmi il vocabolario, di cui è tanto difficile di sopportare la lettura. [...] Tu sai ch'io amo la tua prosa [...] solo mi seccano le correzioni. Noi che non siamo letterati, amiamo le cose definitive. Se in nostra presenza si cambia una parola, non crediamo vera tutta la pagina. (Ibid., pp.244-245) 21 物理的な書物の特性とは 物理的な容量 数字を打たれたページ 無限の相互参照 視覚的な提示の機会 等である 近代におけるテクノロジーとその産物があたえる文学テクストへの影響と文化的なテクストの 位置づけについてはヒュー ケナー著 ストイックなコメディアンたち フローベール ジョイス ベケッ ト 富山英俊訳 高山宏解説 未來社 1998 が詳しい 22 la generosità del contadino fosse dovuta alla sua ignoranza e che il successo con gli ignoranti spesso si chiama truffa. (RES, p.209) 23 Ad un uccellino furono offerti dei pezzi di pane troppo grandi per il suo beccuccio. Con piccolo resultato l uccellino s accanì per vari giorni intorno alla preda. Fu ancora peggio quando il pane indurì, perché allora l uccellino dovette rinunziare al ristoro offertogli. Volò via pensando: L ignoranza del benefattore è la sventura del beneficato. (Ibid., p.209) 24 ズヴェーヴォにとって人生と書くことは合致する 自伝的記述は限界のある努力であり それは現在が 過去に対して休み無く働きかけるためで 最初からすでに生きた人生という新しい光のもとで解読するか らである 人生が持つ唯一の目的は自身を認識して自身で再構築することである 自身の記述は人生と合 致する Gabriella Contini, Il romanzo inevitab e, temi e tecniche narrative nella Coscienza di Zeno, Mondadori, Milano, 1987, pp.124-125 また 当面の人生への不安が 流れの中の瞬間を侮辱し苦しめ 記述によって その残酷さに対する防御装置 Angelo Ara, Claudio Magris, Trieste, Un identità di frontiera, Einaudi, Torino, 1982, pp.84-85 となる 25 欲望する主体は 自分が残虐な不正のあわれな犠牲者だと できれば思いたいところだが 自分にのし かかるように思われるそうした断罪がもしかしたら当然なものかもしれないと考えて苦しむのだ かくし て対抗意識は媒介作用をいっそう激化させることにのみ役立つ 対抗心は媒体の幻惑力をいっそう増大し 中略 その所有権あるいはその所有欲をいっそう声高に公言させるようにしむける こうなると欲望す る主体は これまで以上に その近寄り難い対象から目をそらすことができなくなるのだ ルネ ジラー ル 古田幸男訳 欲望の現象学 法政大学出版局 1971 p.14 26 La burla aveva lo stesso scopo di tutte quelle di cui il Gaia aveva cosparso l Istria e la Dalmazia, e delle quali ora Mario ricordava di aver riso di cuore. Sì! Della burla si rideva e non occorreva altro. Ne ridevano tutti coloro che non dovevano piangere. E Mario ricordando questo, subito pianse com era la legge della burla. (RES., p.253) ガイアは 自分に利益や満足をもたらすことを第一としており 彼の冗談の主たる目的は 笑いでコミュニケーショ

イタロ ズヴェーヴォ よくできた冗談 における欠如と補綴の考察 ンを円滑にすることであり 冗談は仕事で相手から同意を得やすくするツールともなっている ガイアの 言動にはマリオに対する嫌みや報復が含まれており マリオは冗談という虚構の犠牲者である 彼自身が 冗談の対象となっていることに気づくまでは 真偽の境界の曖昧さは保持され侵犯が進行する 冗談には その対象となっている者の犠牲が伴い 冗談の背後には笑う者と泣く者という光と影があるが ガイアと マリオの関係においては 冗談はそこに含まれる悪意と対象となっている人間の痛みを暴力的に無効化す る 27 ガイアの冗談に気づいた後 マリオは自身の作り話を作家としての創作活動の一環とはみなさなくなる Si trattava di una letteratura casalinga, nata nel cortile e destinata a quella camera. Anzi non era letteratura perché letteratura è una cosa che si vende e si compera. (Ibid., p.258) 28 抽象的な知は直感的な表象を反射したものであり 直感的な表象をもとにはしているけれども しかし どの場合にも直感的な表象の代理をつとめることができるほどに両者は一致しているわけではない 中 略 抽象的な知は 直感的な表象に むしろけっして厳密には一致しないものである 中略 ほかでも ない この不一致のために 直感的な認識と抽象的な認識とが随分と接近していながら それはたかだか 寄せ石細工が絵画に似ているといった程度の近づきでしかないわけだが 両者のこの不一致が 次に述べ る一つの注目すべき現象の理由にもなっている それは 中略 笑い das Lachen のことである 中略 笑いが生じるのはいつでも ある概念と なんらかの点でこの概念を通じて考えられていた実在の客観と 4 4 4 4 の間に とつぜんに不一致が知覚されるためにほかならず 笑いそのものがまさにこの不一致の表現なの である ショーペンハウアー 西尾幹二訳 意志と表象としての世界Ⅰ 中央公論新社 2004 pp.131132 29 今日の世界通貨体制内では 紙幣 有価証券の支払い保証 不在なる金地金や銀地金をいくらか引き渡 すという保証も結局債務不履行になる 米国財務省へ一ドル紙幣を持っていき償還を求めたところで ま た イングランド銀行へ一ポンド紙幣を持って行きそうしたところで その持参人は正貨など与えてもら えず ただその紙幣のコピーを一枚渡されることでもって償還されるだけだろうから そうした同語反復 的な交換モデル内で 紙幣 有価証券はけっして地上へ舞い降りることなき飛銭と化す ブライアン ロトマン 西野嘉章訳 ゼロの記号論 無が意味するもの 岩波書店 1991 p.96 30 商業の中心地でハプスブルク帝国の港であったトリエステは コスモポリタン的な辺境の街で そこで イタリア人のブルジョワジーは 言われているように 同化し 広い範囲で より多くの民族的 文化的 集団と交わった ドイツ人 スロヴェニア人 クロアチア人 ギリシア人 レバント諸国の人々 ユダ ヤ人たちと 過去の連続を持たない街で まさにブルジョワの街だと呼ぶにふさわしく そう生まれつ き 成長し そして存在していた 経済面 そして精神面で ただこの商業的次元においてのみ 名のあ る歴史を持たず トリエステはその背後に最低限の最近の起源があるのみ Angelo Ara, Claudio Magris, Trieste, Un identità di frontiera, Einaudi, Torino, 1982, p.71 31 対立を止揚し統合する際の支点であるべき 確としたまとまりのある中心的価値体系が瓦解していき 中央との関連性において確認しえた周辺という自己認識すら不可能となり 世界との関連性も見失われて いく これが世紀転換期から第一次大戦後にかけて 念願のイタリアとのアイデンティティを獲得してい くと同時に それと引き換えに 唯一の 帝国の海への玄関 という歴史的役割を そして経済的後背地 スロヴェニアもついには失っていったトリエステの つまりは 歴史的連続性と精神的中心を そして創 造的緊張関係にある他者を喪失していったトリエステの状況であった クラウディオ マグリス 鈴木 隆雄 藤井忠 村山雅人訳 オーストリア文学とハプスブルク神話 書肆風の薔薇 1990 p.485 32 トリエステで生活するすべての集団は他所を 遠くの母国をみつめ その想像の投射によってのみ自己 を重ねることができた イタリア人がみつめていたのは イッレデンティスタのように イタリアで あ るいはいずれにせよイタリアの文化に帰属し なんらかの離れた形で属していると感じながらも まさに それゆえ より熱狂的な旗手となっていた ドイツ人やオーストリア人はアルプスの向こうから彼らの世 界観を受けとり スロヴェニア人は彼らの土地の覚醒をみつめ さらに向こうには より総体的な帝国の スラヴ人をみつめていた Angelo Ara, Claudio Magris, Trieste, Un identità di frontiera, Einaudi, Torino, 1982, p. 17 33 レオパルディ Giacomo Leopardi: 1798-1837 の 無限 L'infinito という詩に 自然の中で木立により 塞がれた視界によって可能となる無限への視力とそれによって得られる快さが表現されている その一方 近代は自然と断絶し建造物やモノで視界を覆い その背後の空間をも埋め尽くし 無限を感覚させる地平 91

石井 沙和 92 線をも失った 以下に 無限 を引用する つねにわが身にいとしきは 寂しきこの丘 そしてまた地平の果てから わが目を遮るこの木立 ここに佇み 眺めつつ その彼方なる果てしなき 広がりと この世ならない沈黙と 深きしじまに思いを馳せれば わが心畏れふるえる また木立の間を風そよぐ音を聞くとき その限りなき静寂をこの風音になぞらえながら 永遠を 死に去り行きし歳月を また現し世の今このときを その音を心に浮かべる わが思い かかる無限のひろがりの中に溺れて この海に沈み行くこそ快し レオパルディ カンティ 脇功 柱本元彦訳 名古屋大学出版会 2006 34 忘れ去られるもの 無視されるもの 抑制されるもの 実際には 抑圧されるもの は元の主体である というよりはむしろ こうした主体の媒介であり 一次的メタ記号を通して記号体系全体を創発すること へ責任を負っているそれの活動なのだ そして 一次的主体によって空席として残された場所にメタ主体 が興る 不在化 席を譲ら された主体との関係が一時的な虚構的同一化のそれである ブライアン ロトマン 西野嘉章訳 ゼロの記号論 無が意味するもの 岩波書店 1991 p.98 35 L'amore alla verità si manifesta in due modi: affermando il vero e amandolo, o negando il falso e odiandolo. Naturalmente che vero e falso possono scambiarsi, ma amando un'affermazione che si dice vera e odiandone un'altra che si dice falsa, si può asserire di amare la verità, forse ingannandosi. (La verità,tes., p.1008) 参考文献 ヒュー ケナー 松本朗訳 機械という名の詩神 メカニック ミューズ SUP モダン クラシック叢書 上智大学出版会 2009 ヒュー ケナー 富山英俊訳 ストイックなコメディアンたち フローベール ジョイス ベケット 未來 社 1998 ルネ ジラール 古田幸男訳 欲望の現象学 法政大学出版局 1971 ショーペンハウアー 西尾幹二訳 意志と表象としての世界Ⅰ 中央公論新社 2004 ブライアン ロトマン 西野嘉章訳 ゼロの記号論 無が意味するもの 岩波書店 1991 クラウディオ マグリス 鈴木隆雄 藤井忠 村山雅人訳 オーストリア文学とハプスブルク神話 書肆風の 薔薇 1990 レオパルディ カンティ 脇功 柱本元彦訳 名古屋大学出版会 2006 Gabriella Contini, Il romanzo inevitab e, temi e tecniche narrative nella Coscienza di Zeno, Mondadori, Milano, 1987 Giuliana Minghelli, In the shadow of the mammoth, Italo Svevo and the emergence of modernism, University of Toronto Press, Toronto, 2002 Tim Armstrong, Modernism, technology and the body, A cultural study, Cambridge UP, Cambridge, 1998 Angelo Ara, Claudio Magris, Trieste, Un identità di frontiera, Einaudi, Torino, 1982 テクスト Tutte le opere / Italo Svevo ; edizione diretta da Mario Lavagetto, Milano, A. Mondadori, 2004 - Romanzi e «continuazçni» / Italo Svevo ; edizione critica con apparato genetico e commento di Nunzia Palmieri e Fabio Vittorini ; saggio introduttivo e cronologia di Mario Lavagetto, Milano, A. Mondadori, 2004 - Racconti e scritti autobçgrafici / Italo Svevo ; edizione critica con apparato genetico e commento di Clotilde Bertoni ; saggio introduttivo e cronologia di Mario Lavagetto. Milano, A. Mondadori, 2004 - Teatro e saggi / Italo Svevo ; edizione critica con apparato genetico e commento di Federico Bertoni ; saggio introduttivo e cronologia di Mario Lavagetto, Milano, A. Mondadori, 2004