Clinical Question 1 ACL 損傷のリスクファクターにはどのようなものがあるか 要 約 Grade B 大腿骨顆間窩幅が狭いこと, 全身関節弛緩性, 月経周期の卵胞期 ( 女性 ) が ACL 損傷のリスクファクターにあげられる. Grade C 大きな脛骨後方傾斜, 膝関節の過伸

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目次

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第 1 章 疫学

Clinical Question 1 ACL 損傷のリスクファクターにはどのようなものがあるか 要 約 Grade B 大腿骨顆間窩幅が狭いこと, 全身関節弛緩性, 月経周期の卵胞期 ( 女性 ) が ACL 損傷のリスクファクターにあげられる. Grade C 大きな脛骨後方傾斜, 膝関節の過伸展,KT-2000 による前後移動量の左右差 ( 女性 ), 神経認知機能の不良, 体幹の神経筋コントロールの不良,ACL 損傷の家族歴, 白色人種 ( 女性 ), 週 4 日以上の定期的スポーツ活動, グラウンド, 天候などの環境因子などもACL 損傷のリスクファクターになる可能性がある. サイエンティフィックステートメント 大腿骨顆間窩幅に関する報告としては,ACL 損傷,ACL 非損傷 186 例のX 線顆間撮影での femur width(fw),notch width(nw),notch width index(nwi), notch 形状を比較した結果,NW,NWI はACL 損傷例で有意に小さいが, 顆間窩の型は有意の差は認められなかった (KF00254, EV level 6).ACL 再建術症例の術中に測定した顆間窩の幅が15 mm 以下群では反対膝のACL 損傷発生率は4 年間で 5.9% と,16 mm 以上群の 1.2% と比し有意に高かった (KF00494, EV level 5). ACL 損傷の受傷歴のない例と, 片側 ACL 損傷の既往をもつ例の女子ハンドボール選手のNWIを検討した結果,NWI は損傷群で有意に狭かった (KF00851, EV level 6).Division 1 の大学に所属するスポーツ選手 213 名を 2 年間前向きに調査した結果では,NWI が 0.20 以下の顆間窩狭窄例は非狭窄膝に対し 66 倍 ACL 損傷を起こしやすかった (KF00873,EV level 5). 高校の全スポーツ選手の 2 年間の前向き調査では, 非接触型 ACL 損傷の NWI は平均 0.189 で, 損傷群と比較して有意に小さかった (KF00936, EV level 5).NBA の合同練習に参加したプロバスケット選手 615 名を対象として,X 線顆間窩撮影による NWI 測定後,11 年間追跡した結果,ACL 損傷群での NWI は 0.235 ± 0.031, 非損傷群では 0.242 ± 0.041 と統計学的有意差はなかった (K2F00040, EV level 6). 米国軍士官候補生を 4 年間追跡した 4 年間の前向き調査では, 顆間窩幅の狭小, 全身関節弛緩性が ACL 損傷の発生率の危険因子であり, さらに女性では BMI の高値,KT-2000 の前方移動量が高いことが危険因子としてあげられた (K2F00021, EV level 5). 女子サッカー, バスケット選手 ACL 損傷例と非受傷例の症例対照研究では, 膝関節の過伸展,KT-2000 の前方移動量の左右差が ACL 損傷の危険因子であった (K2F00113, EV level 6). 別の症例対照研究では,ACL 損傷症例では全身関節弛緩性と 10 以上の膝過伸展を呈する比率は非損傷例に比べ有意に高かった (K2F00337, EV level 6). 非接触型 ACL 損傷と月経周期との関連に関する systematic review では, 統計学 10 第 1 章疫学

解説 的に有意に卵胞期での受傷率が高く, 黄体期における受傷率は統計学的に有意に減少していた (K2F00083, EV level 5).ACL 損傷を受傷した女性のレクレーショナルアルペンスキーヤー症例対照試験では, 血中プロゲステロンにより決定した月経サイクルにおいて, 排卵前のスキーヤーが ACL 損傷を起こすリスクは, 排卵後と比較するとオッズ比 3.22 倍と高かった. 月経歴による検討でも同様の傾向が見られたが, 有意差はなかった (K2F00066, EV level 6). 脛骨の後方傾斜との関連に関しては,ACL 不全患者と膝蓋大腿関節痛の患者の脛骨後方傾斜が, 女性, 男性ともに ACL 損傷群では有意に対照群と比較して大きかった (K2F00187, EV level 6). 大学生スポーツ選手の神経認知機能をImPACTにより評価したcase-control study では, 言語記憶, 視覚記憶, 処理速度, 反応時間の四つの項目すべてにおいて, 対照群と比較して統計学的に有意に劣っていた (K2F00089, EV level 6). 大学生スポーツ選手の神経筋コントロールが ACL 損傷の発生率に与える影響を調べたcohort studyでは,acl 受傷群では非受傷群に比べて体幹の移動量が有意に大きく, 中でも体幹の側方への変位量が大きな因子であった (K2F00095, EV level 5). ACL 損傷の家族歴に関する case-control study では,ACL 損傷のある群では対照群に比べて,ACL 損傷の受傷歴のある親族 ( 一親等, 二親等, 三親等 ) が有意に多かった ( オッズ比 2.00). 一親等の家族に ACL 損傷の既往がある場合に限ると, オッズ比は2.22とさらに高かった (K2F00039, EV level 6). 人種が WNBA 女子バスケットボール選手の ACL 損傷の発生率に与える影響を検討した case series では, 白人女性の受傷率が白人以外の選手に比べ有意に高かった ( オッズ比 6.55) (K2F00069, EV level 5). フィンランドでの9 年間の大規模 cohort studyでは, 週 4 回以上の頻度で一定のスポーツ活動を行っている女性の十字靱帯損傷の危険率 (adjusted hazard ratio) は 8.5, 男性では 4.0 と, 定期的にスポーツ活動に参加している人では十字靱帯損傷のリスクは上昇した (K2F00231, EV level 5). 試合の開催地の気候と ACL 非接触型損傷との関連をロジスティック回帰分析を用いて検討した前向き調査では, 乾燥したグラウンドと少ない雨量は過去 12 ヵ月以内のACL 再建術をした症例数に有意の影響を及ぼしていた (KF00181, EV level 5). ACL 損傷のリスクファクターに関しては, 顆間窩幅狭小以外に, 骨格構造の形態として脛骨の後方傾斜との関連が示唆された. また, 全身関節弛緩性や膝関節の過伸展との関連も明らかにされた. このほか, 家族歴や人種, 女性アスリートでは月経周期により受傷率が異なることが明らかにされた. 週 4 日以上の定期的スポーツ活動もリスクファクターとしてあげられた. また, 神経認知機能や神経筋コントロールの要因と ACL 損傷との関連が明らかにされた. このように, 以前と比較して ACL 損傷の多くのリスクファクターが明らかになってきているが, 実際には一つの要因よりも複数の要因が関与して受傷すると考えられている. Clinical Question 1 11

文献選択基準 ACL 損傷の発生と直接的に関連する要因を検討した level 6 以上の文献を選択した. 文献 1 ) KF00254 Ireland ML, Ballantyne BT, Little K et al:a radiographic analysis of the relationship between the size and shape of the intercondylar notch and anterior cruciate ligament injury. Knee Surg Sports Traumatol Arthrosc 2001;9(4):200-205 2 ) KF00494 Shelbourne KD, Davis TJ, Klootwyk TE:The relationship between intercondylar notch width of the femur and the incidence of anterior cruciate ligament tears. A prospective study. Am J Sports Med 1998;26(3):402-408 3 ) KF00851 Lund-Hanssen H, Gannon J, Engebretsen L et al:intercondylar notch width and the risk for anterior cruciate ligament rupture. A case-control study in 46 female handball players. Acta Orthop Scand 1994;65(5):529-532 4 ) KF00873 LaPrade RF, Burnett QM:Femoral intercondylar notch stenosis and correlation to anterior cruciate ligament injuries. A prospective study. Am J Sports Med 1994;22(2):198-202;discussion 203 5 ) KF00936 Souryal TO, Freeman TR:Intercondylar notch size and anterior cruciate ligament injuries in athletes. A prospective study. Am J Sports Med 1993; 21(4):535-539 6 ) K2F00040 Lombardo S, Sethi PM, Starkey C:Intercondylar notch stenosis is not a risk factor for anterior cruciate ligament tears in professional male basketball players:an 11-year prospective study. Am J Sports Med 2005;33(1):29-34 7 ) K2F00021 Uhorchak JM, Scoville CR, Williams GN et al:risk factors associated with noncontact injury of the anterior cruciate ligament:a prospective four-year evaluation of 859 West Point cadets. Am J Sports Med 2003;31(6):831-842 8 ) K2F00113 Myer GD, Ford KR, Paterno MV et al:the effects of generalized joint laxity on risk of anterior cruciate ligament injury in young female athletes. Am J Sports Med 2008;36(6):1073-1080 9 ) K2F00337 Ramesh R, Von Arx O, Azzopardi T et al:the risk of anterior cruciate ligament rupture with generalised joint laxity. J Bone Joint Surg Br 2005; 87(6):800-803 10) K2F00083 Hewett TE, Zazulak BT, Myer GD:Effects of the menstrual cycle on anterior cruciate ligament injury risk:a systematic review. Am J Sports Med 2007;35(4):659-668 11) K2F00066 Beynnon BD, Johnson RJ, Braun S et al:the relationship between menstrual cycle phase and anterior cruciate ligament injury:a case-control study of recreational alpine skiers. Am J Sports Med 2006;34(5):757-764 12) K2F00187 Brandon ML, Haynes PT, Bonamo JR et al:the association between posterior-inferior tibial slope and anterior cruciate ligament insufficiency. Arthroscopy 2006;22(8):894-899 13) K2F00089 Swanik CB, Covassin T, Stearne DJ et al:the relationship between neurocognitive function and noncontact anterior cruciate ligament injuries. Am J Sports Med 2007;35(6):943-948 12 第 1 章疫学

14) K2F00095 Zazulak BT, Hewett TE, Reeves NP et al:deficits in neuromuscular control of the trunk predict knee injury risk:a prospective biomechanicalepidemiologic study. Am J Sports Med 2007;35(7):1123-1130 15) K2F00039 Flynn RK, Pedersen CL, Birmingham TB et al:the familial predisposition toward tearing the anterior cruciate ligament:a case control study. Am J Sports Med 2005;33(1):23-28 16) K2F00069 Trojian TH, Collins S:The anterior cruciate ligament tear rate varies by race in professional Women's basketball. Am J Sports Med 2006;34(6): 895-898 17) K2F00231 Parkkari J, Pasanen K, Mattila VM et al:the risk for a cruciate ligament injury of the knee in adolescents and young adults:a population-based cohort study of 46 500 people with a 9 year follow-up. Br J Sports Med 2008;42(6):422-426 18) KF00181 Orchard J, Seward H, McGivern J et al:intrinsic and extrinsic risk factors for anterior cruciate ligament injury in Australian footballers. Am J Sports Med 2001;29(2):196-200 Clinical Question 1 13

Clinical Question 2 ACL 損傷の発生率に男女差はあるか 要 約 Grade C ACL 損傷の発生率は, 男性に比べ女性の方が 2 3 倍高いと考えられている. ただし, スポーツ種目やスポーツレベルが男女で異なることなど, 男女の ACL 損傷発生を比較するうえでいくつかのバイアスが関与していることに注意を要する. サイエンティフィックステートメント 解説 マサチューセッツ州の高校サッカーおよび高校バスケットボールで受傷し,1992 1997 年にボストン Children's Hospital で再建術を行った ACL 損傷の調査では, 両スポーツの参加人数および ACL 手術数は男女ともに年度ごとに増加した. 特に女子サッカーにおいて年度ごとの増加率が著しかった. 州全体における高校サッカーおよびバスケットボールの参加人数と比較して求めた,ACL 損傷の発生率は, 両スポーツともに女性に多かった (KF00429, EV level 10). サッカー, バスケットボール, ラクロスにおける ACL 損傷発生頻度の男女差を全米大学体育協会のデータを基に分析した. 活動 1,000 時間あたりの ACL 損傷発生率は, サッカーでは男性 0.12, 女性 0.32, バスケットボールでは男性 0.08, 女性 0.28 で有意差を認めたが, ラクロスでは男性 0.17, 女性 0.18で有意差を認めなかった (K2F00068, EV level 6). 米国陸軍士官学校でのスポーツ活動中の ACL 損傷発生頻度の男女差を分析した. 活動 1,000 時間あたりのACL 損傷発生率は男性 0.117, 女性 0.095で有意差を認めなかった. ただし, 男性だけが行うスポーツを除外して比較すると, 女性の ACL 損傷発生率が有意に高かった (K2F00073, EV level 6). 女性のスポーツ参加が増加するなかで, 女性におけるスポーツ外傷の発生率は注目される. 上述した 3 編の論文では,ACL 損傷の発生率は男性に比べ女性の方が 2 3 倍高いと考えられる. ただし, スポーツ種目やスポーツレベルが男女で異なることなど, 男女の ACL 損傷発生を比較するうえでいくつかのバイアスが関与していることに注意を要する. 女性の ACL 損傷発生頻度が高い原因として, 顆間隆起間の狭小化や膝屈筋群の大腿四頭筋に対する筋力比の低下, 脛骨後傾角が大きいことなどが考えられている. 文献選択基準 ACL 損傷の発生率の男女差に関する疫学的な分析的横断研究 (level 10) 以上の報告を採用した. 14 第 1 章疫学

文献 1 ) KF00429 Micheli LJ, Metzl JD, Di Canzio J et al:anterior cruciate ligament reconstructive surgery in adolescent soccer and basketball players. Clin J Sport Med 1999;9(3):138-141 2 ) K2F00068 Mihata LC, Beutler AI, Boden BP:Comparing the incidence of anterior cruciate ligament injury in collegiate lacrosse, soccer, and basketball players:implications for anterior cruciate ligament mechanism and prevention. Am J Sports Med 2006;34(6):899-904 3 ) K2F00073 Mountcastle SB, Posner M, Kragh JF, Jr et al:gender differences in anterior cruciate ligament injury vary with activity:epidemiology of anterior cruciate ligament injuries in a young, athletic population. Am J Sports Med 2007;35(10):1635-1642 Clinical Question 2 15

Clinical Question 3 ACL 損傷のスポーツでの受傷メカニズムはどのようなものがあるか 要 約 Grade Ⅰ ACL 受傷時のビデオを解析した記述的研究では, 膝の軽度屈曲位, 内旋位あるいは外旋位での外反 collapseによる受傷の頻度が高いとの知見はあるが, すべてのACL 受傷に当てはまるか否かは不明であり, 科学的エビデンスは低い. サイエンティフィックステートメント 解説 ノルウェーの女子ハンドボールチームを 12 シーズンにおいて, その受傷シーンのビデオと 32 人の ACL 受傷選手に対して行った受傷後インタビューから, その受傷メカニズムを解析した. 一番多い受傷メカニズムは plant-and-cut であり, 膝は伸展位に近いところで外反, 外旋位または内旋位になっていた. 次に多いメカニズムは片足でのジャンプ着地であり, やはり膝は伸展位に近いところで外反, 外旋位になっていた (K2F00534H,EV level 9). バスケットボール選手の受傷シーン 39 例について専門家 6 名が解析した. 解析は着地の瞬間と 50 msec 後のフェーズで行われた.39 例中 11 例はコンタクトプレーに拠った. 女子の 22 例中 11 例は衝突や相手に押し飛ばされたものであった.ACL 損傷は着地後 17 50 msec 内で生じた. 女子選手の方が受傷時の肢位として男子選手より膝, 股関節が屈曲しており, 外反位になって崩れるケースが 5.3 倍も高かった (K2F00533H,EV level 9). これまで主に聞き取り調査により ACL 損傷の受傷機序が解析されてきたが, 近年,ACL 受傷時のビデオを元に受傷機序を記述する報告がなされている. しかしながら, 得られた知見がバスケットボールにおける ACL 受傷のすべてに当てはまるかは不明であり, また, ビデオの入手方法の詳細な記載がなく, 臨床研究としての科学的エビデンスは低い. しかしながら, すべての ACL 受傷状況をビデオにて記録することは非現実的であることより, 記述的研究による ACL 損傷の受傷機序の知見を元に ACL 損傷予防の方法を開発し, この方法を RCT にてその介入効果を検討することが現実的なアプローチと考えられる. 文献選択基準 本 CQ に関しては基準の臨床エビデンスを有する研究がないため, ビデオにて ACL 損傷の受傷機序を解析した記述的横断研究 (level 9) の二つを採択した. 16 第 1 章疫学

文献 1 ) K2F00534H Olsen OE, Myklebust G, Engebretsen L et al:injury mechanisms for anterior cruciate ligament injuries in team handball:a systematic video analysis. Am J Sports Med 2004;32(4):1002-1012 2 ) K2F00533H Krosshaug T, Nakamae A, Boden BP et al:mechanisms of anterior cruciate ligament injury in basketball:video analysis of 39 cases. Am J Sports Med 2007;35(3):359-367 Clinical Question 3 17