女性の悩み解消への情報発信 ジネット特別号 INTERVIEW 松島ランドマーククリニック院長 松村奈緒美先生
痔疾患を発症しやすい女性の味方 女性医師による 女性だけの肛門科 松島ランドマーククリニック ( 神奈川県横浜市 ) 院長松村奈緒美先生 ご経歴 : 平成 4 年国立富山医科薬科大学医学部卒業 同大学第二外科入局 平成 7 年横浜市立大学医学部第二外科入局 松島病院常勤医を経て平成 20 年松島ランドマーククリニック院長に就任し 現在に至る 資格 : 消化器内視鏡学会認定医 大腸肛門病学会認定医 羞恥心から周囲に相談できない女性が気軽に受診できるクリニックを 松島ランドマーククリニックのご来歴をお聞かせください 松村 松島ランドマーククリニック ( 以下 当院 ) は 平成 5 年 肛門科専 門病院として 80 年以上の歴史がある松島病院のサテライトクリニックとして みなとみらいのランドマークタワー内に開院しました 当初は 病院の大腸内視鏡検査と肛門科外来を補填するクリニックでしたが 羞恥心から周囲に相談できずにいる女性患者さんに少しでも気軽に受診して頂くため 平成 10 年より週 1 回半日だけ 女性医師とスタッフによるレディース外来を始めました 当初は 当院あるいは松島病院に通院中の女性患者さんがほとんどで 半日で15 名程度を診察していましたが 口コミによってあっという間に30 40 名の女性患者さんが来院されるようになりました こうした受診患者数の増加に対応するため 週 2 回の半日診察から終日診察 週 3 回の終日診察へとレディース外来の開設回数を順次増やしていきましたが さらなる診療の充実を目ざして 平成 1 8 年に施設を全面的にリニューアルし 女性医師とスタッフによる女性専門のレディース肛門科クリニックとしました 松島病院との連携はどのようにされていますか 松村当院は外来のみのクリニックであり ここでは行えない検査や入院治療が必要な場合は松島病院に紹介しています その場合男性医師が執刀する場合があること 待合室に男性がいらっしゃることは事前にきちんと説明することで納得して頂いています 30 40 代を中心に 0 歳 90 歳超まで裂肛 痔核が主だが 最近は見た目も どのような患者さんが来院されますか 松村 現在 当院における年間の初 診患者さんは約 4,000 名で 初診 再診をあわせると延べ約 18,000 名を診察しています 当院を選ばれた理由の6 割がネット情報 4 割が口コミです 神奈川県内が一番多いのですが 海外を含めかなり遠方の患者さんもいらっしゃいます 年齢は30 代が一番多く 40 代 20 代と続き 平均は約 40 歳です ただし 肛門の痛みや出血 小さなでっぱりなどを主訴にお母さんに連れられて来院する乳幼児や学童期の少女は少なくありません 便秘による裂肛が多く 始めから排便コントロールを目的に受診される場合もあります また 便秘や
ぱなしの仕事の姿勢 妊娠で子宮が大きくなることによる圧迫 あるいはからだの冷えなどが肛門周囲の血流不全につながります このように 便秘傾向にあることに加え ライフサイクルのなかで痔疾患を引き起こす原因に遭遇する機会が多いことも 女性が裂肛や痔核になりやすい理由であると考えています 女性が便秘になりやすい理由についてはいかがですか 松村 1つは 排卵 月経前の約 2 週間や妊娠期に多く分泌される黄体ホルモンの影響が考えられます 黄体ホルモンには子宮の筋肉の収縮を抑え 妊娠継続や流産を防止する働きがありますが 同時に腸の蠕動運動も抑えられることになり その結果 便中の水分が失われ 便が硬くなり排便しにくくなるのです また 月経前の時期は交感神経優位になり排便が不安定になりやすいと考えられており 月経前症候群の1つの症状として排便異常があげられています 月経前に便秘になり 月経がはじまると排便がよくなるという女性は珍しくありません 松村裂肛の主な原因は便秘であり 痔核は肛門周囲の静脈の血流不全 うっ血から始まります 便秘や出産でいきむこと 立ちっぱなしや座りっ もう1 つは 体の構造です 男性の骨盤はすり鉢型のため 直腸から肛門に向かって便がスムースに流れていきます しかし 女性の骨盤は骨盤底部が拡がったお椀型のため 便が硬いと肛門にひっかかって排便 排出障害を生じやすいのです また 男性には直腸の腹部側に前立腺やその周囲組織があるため 直腸が前側に拡がりませんが 女性では膣 = 空間になっているため 便が硬いと直腸が膣側に押される形で拡がり そこに便がたまってしまうことがあります ( レクトシール 直腸膣壁弛緩症 直腸瘤 ) その他に 学校や勤務先でのストレス 夜更かしなどによって交感神経と副交感神経のバランスが崩れることや 体型を気にして朝食を抜く 極端に食事量や水分量を減らすなど 誤ったダイエットをすることも女性が便秘になりやすい原因です 診察前に看護師が問診票をチェック患者さんの要望を明確化 女性を診察する際 とくに工夫され ていることはありますか 裂肛や痔核の発生と女性特有の原因 女性が裂肛 痔核になりやすい理由 を教えてください 出産などで 長く肛門の悩みを抱えながらも誰にも相談できずにいた 90 代の方など 幅広い年齢層の患者さんが来院されています 来院時の主訴は出血 痛み 脱出がそれぞれ5 6 割 多くは痔核または裂肛で 実際に入院手術になる方は全体の1 割弱といったところでしょうか 皮膚炎の患者さんも多いのですが 過度の清潔志向も要因の1つかもしれません また近年 見た目を気にしての来院が増えている印象があります 50 代以上の方では介護を受けるようになったときに恥ずかしいから 若年層では恋人に指摘された 肛門 会陰 外陰部の脱毛を受けるためにでっぱりを切除して欲しいなどです 実際にそれが痔核であれば切除術を行いますが 皮膚のたるみなどの場合 基本的には他の症状がなければメスを入れることは勧めません 判断が難しいところですが 本人の悩みの深さなども考慮して十分説明した上で治療を決定します 女性では 痔瘻の患者さんは少ないのですか 松村痔瘻は 肛門陰窩に細菌が入り込み 感染を起こすことで発症する男性に多い疾患です 乳児痔瘻という赤ちゃんの痔瘻もありますが 特徴的に男児にのみみられます 排便状態にも関係があると考えられていますが はっきりした理由はわかりません
女性の悩み解消への情報発信ジネット 写真 1 直腸鏡検査の様子 松村すべての患者さんの診察時に共通する点ではありますが 患者さんが不安を感じて緊張で体が硬くなると 診察が難しくなります 患者さんの不安を和らげる工夫の1つとして 診察台の周りにカーテンを引き ドアが予期せぬタイミングで開いても外側から患者さんが見えないように配慮しています また 診察時の体位は 羞恥心が少ないとされる側臥位にしています なお 当院では 松島病院の方針で 直腸をしっかり診ることができる右側を下にした体位を原則としています ( 写真 1) とくに当院の工夫をあげるとすれば 初診時の問診がかなり詳細である点でしょうか 診察室に入るまでに 患者さんには問診票を記入して頂き 看護師とともにチェックし 不安や悩みで混沌とした頭の中を整理し 何が一番困っているのか それをどうして欲しいのか を できる限り明確にしてもらうようにしています とくにご高齢の方や経過の長い方 診察に対する不安や羞恥心が強い方の場合 ご自分の要望を明確にする過程に時間がかかることがあります 医師の診察前にこのようなステップを踏むことで 短い時間でも 正確な 診断に基づいて 患者さんにとって適切な治療法を提案できます 女性専門クリニックであることは診察上どのような点がメリットですか 松村肛門科への受診は 診療そのものへの不安 ( どのような診察を行うのかがわからないなど ) の他に 自分だけなのではないか という思いが緊張をつのらせているように思います 以前 女子高生が父親に 痔なんか中年以上の男性の病気だ お前はおかしい といわれたと涙を見せたことがあります この方は待合室に入ってまず 若い女性が多いことに非常に安堵したとのことで 来院するだけで安心できるというのはメリットだと思います また 男性がいない環境では女性が本来持つ強さが発揮されるように思います 診察中は実際の肛門直腸の様子をモニターで見られるようになっていますが 見たくないと目をそらす方はほとんどいらっしゃいません 大抵は食い入るように見つめながら説明を聞いて 自分の状況を把握し納得されます そういう意味では医師にとっても女性を診察しや すい状況であるといえるかもしれませんね 肛門科の治療の基本は排便管理痛みを早期に取り除くことも重要 裂肛に対する治療方針を教えてください 松村 軽症の裂肛 急性の裂肛であ れば 1 2 週間の薬物療法のみで治療可能ですが 当院を受診される裂肛の患者さんの多くは 繰り返す症状に悩んできた方です 裂肛を繰り返す原因はほとんどの場合排便状態が悪いことにあります したがって裂肛に対する治療の基本は排便コントロールを主とする薬物療法です 肛門に痛みがあると便を出すことへの不安や恐怖から便意を抑えてしまい 結果 次の便がまた硬くなるという悪循環が生じます 繰り返すと肛門が緊張し うまく開かなくなり 排便時だけでなく排便後にも痛みが持続するようになります 更にそれが続いて慢性裂肛 肛門狭窄にまで進んでしまえば入院手術が必要になりますが そこまでいくのは5% 程度です 痛みを早くコントロールし 排便を
女性の悩み解消への情報発信ジネット 改善すれば 裂肛はそのほとんどが外来治療が可能なのです なお 当院では 最初の処方に関しては 朝は軟膏剤 夜は坐剤を処方しています 朝に坐剤を使うと 便意を催して坐剤を排泄してしまう場合があるからです 2 回目以降の処方は 患者さんの使いやすい剤型を選んで頂くようにしています 排便管理についてはどのように説明されていますか 松村当院では 排便がうまくいかない方へ ( 図 1) というリーフレットを作成しました まずは私がこのリーフレットを使用して 患者さんに排便管理の概要を説明します その後 看護師から詳細な部分を説明してもらっています 排便管理のポイントは 排便回数にこだわりすぎず楽な排便をすることです 楽な排便をするには 便の硬さ と 腸の動き の 2つが重要で 練り歯磨き むいたバナナくらいの硬さの便を 腸を正しく動かして ( 良好な蠕動運動で ) 排便することを目標にして頂きます 痔核に対する治療方針を教えてください 松村内痔核は誰にでもあり それにより困った症状が生じると治療の対象になります 出血や軽度の脱出にはまず薬物治療と生活指導を行います トイレに座っている時間はほぼイコール痔核を悪化させている時間といえ やはり排便指導は欠かせません また 立ちっぱなしや座りっぱなし 冷え 重いものを持つ お酒を飲むなどの習慣に注意するよう話します ただし その症状が本当に痔核によるものかどうかは非常に重要で 内視鏡など必要な検査を行います 症状が改善しない場合はALTA 療法など注射での治療を 症状が重いものには初めから手術治療をすすめることもありますが 痔核は良性疾患であり 患者さんの治療に対する考えや希望を頭から無視することはありません 医学的に最良と思われる方法を提示し きちんと説明を行った上で治療方針を決定します インターネットなどを利用し 排便に関する誤解を解いていきたい 最後に 今後の展望を教えてくだ さい 松村 女性の痔疾患の治療において は 排便管理が根幹をなします ところが 毎日 便を出さなければならない 便が出ないと便が硬くなるから下剤を飲む など 一般に広まっている排便に対する認識は 肛門科医の立場からみると正しいとは言いきれない点が多くあります このような排便に対する誤解を解いていきたいという思いで インターネットなどを利用して排便に関する情報を発信しています 今後もこの活動を継続し 新たな情報を含めて発信していきたいと思っています 図 1 排便管理指導用リーフレット Dr's Comment 監修 : 松島病院大腸肛門病センター院長 松島誠先生 我々 肛門科医は 良性疾患である痔疾患を数多く診ます 良性疾患の治療においては 患者さんの QOLを念頭に置いた治療法の選択や治療ゴールの設定が必要とされるため ライフスタイルの多様化につれ 個々の患者さんが置かれている状況をより正確に把握する必要性が生じています しかし 肛門疾患では とりわけ患者さんの羞恥心が強く 正確 な情報を聞き出せず診察がスムースに行えない場合すらあります この資材を通じて肛門科医の経験に基づいた情報を発信し 多くの先生方と共有することで 日常診療がより充実したものとなり 多様化する患者さんのニーズに応える一助となることを願っております