issue 11.09.05 report no.25 事業承継の実務 Seiwa Meitetsu Legal-map 事業承継の実務 弁護士渡邊顯弁護士土岐敦司弁護士卜部忠史弁護士西江章 弁護士渡辺昭典弁護士田代桂子 弁護士 辺 見 紀 男 弁護士 福 田 大 助 弁護士 武 井 洋 一 弁護士 飯 田 直 樹 弁護士 西 村 賢 弁護士 佐 藤 弘 康 弁護士 樋 口 達 弁護士 中 島 雪 枝 弁護士山内宏光弁護士小嶋順平 弁護士 村 瀬 幸 子 弁護士 平 井 智 子 弁護士 川 見 友 康 弁護士 赤 根 妙 子 弁護士山下成美 東京都港区虎ノ門 4-3-1 城山トラストタワー 31 階 TEL03-5405-4080 FAX03-5405-4081 成和明哲法律事務所 1
事業承継の実務 1. とあるオーナー企業の悩み 図 1 甲一家関係図 甲は X 社の代表取締役であり 3 分の 2 を保有する株主 妻乙は既に他界しており 2 の息子 A,B と娘 C の計 3 人の子供がいる (1) 甲の相談ある日 甲が法律事務所に相談にやって来ました 甲は X 社の代表取締役であり X 社の株式の過半数を保有する株主 いわゆるオーナー社長です 甲は 最近事業を息子の A に継がせたいと思い その円滑な事業承継について相談にやって来ました 甲には 以下の2 点の要望がありました 後継者として長男 A を考えており 600 株の株式を A に譲りたい 自分が死ぬまでは 株主として経営に関与し続けていたい 死後は 会社が円滑に経営できるよう A への円滑な株式の承継を行いたい (2) 何の手当てもせずに甲が死亡した場合 遺産分割による承継 以上のような悩みを抱えていたにもかかわらず 甲が何の手当もせずに死亡した場合 X 社の経営に関し以下の問題が生じます ア. 遺産分割の長期化 相続財産を分配する際に 遺産分割協議が行われます この遺産分割協議は 相続人間で争いがある場合 長い時間を要することになります (10 年を超えるケースもあります ) イ.B C による経営権掌握の可能性 2
甲の遺産である 600 株の議決権行使について 遺産分割協議中は 法定相続分に応じた議決権行使をすることができず (A は 200 株 (600 株 法定相続分 1/3) の議決権行使ができません ) 株式は法定相続人による共有となります この場合 各相続人は法定相続分に応じた持分を有し その持分の過半数の賛成で選任された代表者による議決権行使が認められています したがって B と C の法定相続分は持分全体の過半数を超えるため 両者が結託して相続人の代表者として B ( または C) を選任し 甲の有していた 600 株について A の意にそぐわない議決権行使が可能となるのです ( 図 2 遺産分割協議の問題 参照 ) 図 2 遺産分割協議の問題 ウ. 自社株の分散 遺産分割協議の結果 法定相続分に基づいて株式を分配することとなった場合には 甲が有していた 600 株は 200 株ずつ各相続人 ABC に分割されますので A は既に保有している 300 株と併せて 500 株しか取得することができません さらに B C が死亡した場合は それぞれの配偶者や子供など 将来さらに自社株が分散することになります (3) 遺産分割以外の方法による財産の承継方法と問題点 ア. 遺産分割以外の方法の利用 3
以上のように 遺産分割協議による自社株承継には多くの問題があり ます そこで これらの問題点を解決するため 以下の方法による自社 株の承継方法が考えられます 1 売買 甲の生前に A に対し保有株式を売却する 2 生前贈与 甲の生前に A に対し保有株式を贈与する 上記 1とは A が株式の取得代金を用意しなくてよい点に違いがある 3 遺言 甲の有する 600 株を A に相続させる旨の遺言を書く 4 死因贈与 600 株を A へ贈与する契約を生前に締結するが 株主としての権利の移転時期は甲の死亡と同時とする 5 遺留分に関する民法の特例 ( 経営承継円滑化法 ) 6 種類株式の活用 7 保険の活用 8 信託の活用 上記のうち 1については 最もトラブルが少ない方法と言えますが A が買い取り資金を有しているかという問題があります また 株主として経営に関与したい という甲の要望にこたえられないことになります 次に 234の方法をとった場合 株式が甲の唯一の財産であるときは B C から遺留分減殺請求がなされる可能性があります ( 遺留分減殺請求については次頁 遺留分減殺請求とは 参照 ) 5の経営承継円滑化法とは 相続人となる人全員が合意し 経済産業大臣の確認と家庭裁判所の許可を得ることにより 自社株式を遺留分算定の根拠となる財産から除外する すなわち自社株を遺留分減殺請求の対象から外す制度をいいます ただし この制度は相続人予定者全員による書面による同意が必要であること 家庭裁判所の許可に加え 経済産業大臣の確認が必要であることから 手続きが煩雑であり あまり利用されていないのが現状です ( 平成 20 年 10 月 1 日の施行から平成 22 年 8 月までの間に 22 件の利用 ) 6の種類株の活用とは 会社法を活用して 議決権のない株式を発行し これを非後継者 (B C) に分配 議決権のある株式を後継者 (A) に分配するという方法です これにより A のみが X 社に対して議決権を行使することができます その他には 会社の重要事項について拒否権を持つ拒否権付株式を発行し 4
後継者 (A) に発行する方法があります いずれの方法も 種類株式発行のための定款変更の内容が専門的であり その後は種類株主総会の開催をしなければならない場合があることなどから 手続の複雑さ等を考えると 中小企業においてこれだけの労力をかけるだけのメリットはないのではないでしょうか 6 保険の活用 及び 7 信託の活用 について詳細は後述しますが 7については信託報酬の負担や 制度として不明確な点が残っている点に問題があるといえます これらを表にまとめると 別紙 1 の通りとなります < 遺留分減殺請求とは> 1. 遺留分 は相続人のために留保されなければならない相続財産一定の相続人のために法律上必ず留保されなければならない相続財産を遺留分といいます 被相続人 ( 死亡した人 ) は 自己の財産を遺言等により自由に処分できることが原則ですが 相続人の相続の期待や 遺族の生活を保障するために 遺留分の制度が設けられています また 遺留分の算定にあたっては 死亡時の財産だけでなく 法定相続人以外の人に対する贈与では相続開始から1 年以内の贈与もしくは それ以前の贈与であっても当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って行った贈与も対象となり 法定相続人に対する贈与は死亡から何年前の贈与であっても それが特別受益に該当する場合には その認識の有無に係らず対象となります ここにいう 損害を加えることを知って とは その贈与が遺留分を侵害するという認識があればよく 損害を与えてやる という加害意思は不要です 2. 遺留分の侵害があった場合には遺留分減殺請求が可能遺留分を侵害された相続人は 侵害額の範囲において 遺贈や死因贈与の履行を拒絶し または生前贈与された財産を取り戻すことができます これを遺留分減殺請求といいます 本件においても 遺言だけでなく 生前贈与や死因贈与によって自社株式を甲から A に移転させた場合には 自社株式も遺留分算定の基礎となる財産に含まれ 遺留分減殺請求を受けると A へいったん移転した自社株式が 遺留分侵害額の範囲において再び遺留分権利者のものになる可能性があります 5
3. 遺留分の計算方法 (1) 遺留分割合遺留分は 遺留分の基礎となる財産 ( 基礎財産 ) に各相続人に応じた遺留分割合を乗じて算出します この遺留分割合は 被相続人 ( 死亡した人 ) に配偶者や子供がおらず 両親や祖父母 ( 直系尊属 ) が相続人となる場合には 基礎財産の 1/3 その他の場合は 1/2 となります (2) 遺留分の基礎財産基礎財産は以下の計算で求めます 基礎財産 =1 相続開始時に被相続人が有していた財産 ( 遺産 ) ( 第三者への贈与の場合 ) +2 相続開始前 1 年前の贈与 ( 生前贈与 ) +31 年以上前の贈与であっても遺留分権利者に損害を加えることを知って行った贈与 ( 生前贈与 ) ( 法定相続人への贈与の場合 ) +2 相続開始前 1 年前の贈与 ( 生前贈与 ) +31 年以上前の贈与であっても遺留分権利者に損害を加えることを知って行った贈与 ( 生前贈与 ) +41 年以上前の贈与であっても生計の資本としてした贈与等 ( 特別受益 ) -5 負債 算定例 : 1 遺産 5,000 万円 5 負債 2,000 万円 23 生前贈与 2,000 万円 基礎財産 6,000 万円 4 特別受益 1,000 万円 (3) 具体例に基づく計算 本件 ( 相続人 A,B,C) の場合 各人の遺留分額は 上記基礎財産算定例を前 6
提とすると 6,000 万円 1/3( 法定相続分 ) 1/2( 遺留分割合 )=1,000 万円 となります ただし 遺留分を侵害したか否かは 上記生前贈与や特別受益を加味して判断されますので 例えば B の具体的相続分がゼロであっても B が特別受益として 甲の生前に 1,000 万円の贈与を受けていた場合には 遺留分が侵害されたことにならない点に注意が必要です 各人の遺留分侵害額は 下記の計算式によります ( 最判平成 8.11.26 など ) 遺留分相続によ負担すべき各自の 侵害額 = 遺留分額 って得た + 相続債務額 特別受益額 - 遺贈額 財産額 7
イ. 信託の活用 ( ア ) スキーム1 次に 信託制度を事業承継用に活用させる方法について 説明します まず一つ目のスキームは 甲が生前に自社株式を受託者に信託し 甲の 生存中の受益者は甲自身とし 甲死亡後の受益者を後継者 Aとするもので す これを 本稿の事例で図式化すると 以下のとおりとなります 図 3 スキーム1 1X 社株式を信託 甲 受託者 後継者 A 2 議決権の指図 ( 信託銀行等 ) 6 委託者甲の死亡時に受益権取得 5 配当支払 3 議決権行使 4 配当支払 X 社 ( イ ) スキーム2 二つ目は 甲が生前に 自社株式を対象に信託を設定し 信託契約において 後継者を受益者と定めるものです 本稿の事例の甲は 自分が死ぬまでは 株主として経営に関与し続けていたいとの希望がありますが 甲が 配当による収入自体は後継者 A に譲ってもよい と考える場合に考えられる方法です 図 4 スキーム2 1X 社株式を信託 5 配当支払甲受託者受益者 A 2 議決権の指図 ( 信託銀行等 ) 6 信託契約終了時 ( 又は委託者甲の死亡時 ) に株式交付 3 議決権行使 4 配当支払 X 社 8
( ウ ) スキーム3 三つ目は 受益権を分割して非後継者 ( 受益者 BやC) の遺留分に配慮しつつ 議決権行使の指図権を後継者 ( 受益者 A) のみに付与する方法もあります 図 5 スキーム3 1X 社株式を信託 6 甲死亡時に受益権非後継者 B C 甲 受託者 後継者 A 2 議決権の指図 ( 信託銀行等 ) 6 甲の死亡時に受益権 ( 議決権行使の指図権あり ) 5 配当支払 3 議決権行使 4 配当支払 X 社 ( エ ) 信託活用の問題点主に以上のような信託の活用類型が考えられるところ 実際はあまり活用されていません その理由としては 民法上の遺留分との関係や具体的な法的効果等未解決の問題点も多く 受託者に対する信託報酬の負担も小さくないからです そうすると 実際に活用するには困難といえます ウ. 保険の活用 ( ア ) 保険の類型 B C からの遺留分減殺請求に対して A は遺留分に相当する金銭を BC に支払うことにより 自社株式の分散を防ぐことができます ( 価額弁償 ( 民法 1041 条 )) また 上記のように 信託を利用した場合には 信託報酬など諸経費がかかることも考えられるため これらの資金を手当てするためにも保険を利用することが考えられます この生命保険の活用にあたっては 以下のとおり 被保険者 契約者 受取人によって 課税方法が異なる点に留意すべきです 9
被保険者 ( 死亡者 ) 表 1 保険類型ごとの課税方法 契約者 ( 保険料負担者 ) 受取人 ( 保険金受取人 ) 課税方法 類型 1 甲甲 A 相続税 留意点 法律上も相続財産と 認定されるおそれ 類型 2 甲 A A 一時所得 A の保険料負担 類型 3 甲 X 社 A 贈与税高額な贈与税 ( イ ) 各類型における留意点 類型 2が税負担が軽いが後継者による保険料支払いがネック i) 類型 1は 受取保険金があまりにも高額の場合には受取保険金に対しても 遺留分減殺請求がなされる可能性があります ( 相続財産と同額程度の保険金を受領した場合に受取保険金を特別受益に準じて取り扱うとした裁判例があります ( 東京高裁平成 17 年 10 月 27 日 )) この場合には 受取保険金を含めて遺留分が計算されるため A が B 及び C に支払う価額弁償の金額は大きくなります ii) 類型 2では 受取保険金が一時所得となり 保険料を必要経費に算入でき さらには他の所得と合算されるため 基本的には最も税負担が軽いパターンといえます しかし 保険料を A 自身が負担することから 高額な保険料負担に耐えられないことが懸念されます なお 年間 110 万円までの贈与には税金がかかりませんので ( 暦年贈与 ) 類型 2に関しては Aの保険料の負担を回避するために 甲が A に対して年間 110 万円の贈与を行い これを保険料の原資にするという方法があります iii) 類型 3 では会社が保険料を負担することから 甲及び A に保険料負担 はありません しかし 受取保険金は贈与税の対象となるため 高額 な贈与税の負担が足かせとなります 10
3. 事業承継におけるポイントと対策以上のような検討から 結論として 事業承継を考えなければならない立場の方々としては 比較的簡易かつ確実に事業承継させるため なるべく早い段階で 弁護士に相談し 1 中長期の経営計画に従って 事業承継計画を立てること 2 相続人間の紛争の火種を少しでも減らす努力をしておくこと 3 後継者の教育をしていくこと 4 適切な遺言書の作成に着手しておくこと 5 資金面での手当をしておくこと が必要といえます そこで 以下 それぞれについて 解説していきます なお 詳細については 別紙の 事業承継に当たってのチェックリスト や 遺言書例 も参照してください (1) 事業承継計画を立てる事業の将来性がなければ 後継者の引き受け手が出てこないこととなり 廃業の選択肢を取らざるをえません そこで 中長期の経営計画に従って 事業承継計画を立てるためにも まず会社の現状を把握することが重要となります ( 別紙チェックリスト 1. 現状の把握 4. 事業承継計画の作成 参照 ) 具体的には 会社の資産や負債の状況 ( 預貯金 不動産 借入金等 ) や従業員の人数 年齢構成等を把握します また 経営者自身の保有する自己株式の株数と評価額 後継者候補を親族内とするか 相続発生後の相続税見込額や納税資金の有無 相続人相互の人間関係等も事業承継計画を立てる上で把握しておきます これらの把握は 事業承継の方法として 親族内承継か 従業員等による承継か M&Aかの判断をする前提となります (2) 紛争の火種を少しでも減らす次に 親族内で事業承継させるとしても 相続人等の関係者とのすりあわせ 根回しは円滑かつ確実な事業承継のための準備として非常に大切です ( 別紙チェックリスト 2. 関係者との意思疎通 5. 関係者の理解に向けた環境整備 参照 ) 11
したがって 後継者候補の選定の段階から 相続人等や会社の幹部らとも十分協議し 理解を得ておく必要があります 後継者が決まったら 社内の役員 従業員や取引先 金融機関等の理解を得るために 事業承継計画を公表するなどといった 事前説明を行うとよいでしょう 一般的には 親族への説明後 社内で発表し 最終的には取引先や金融機関に公表していく手順となります (3) 後継者の教育円滑な事業承継のためには意識的な後継者の育成が不可欠です ( 別紙チェックリスト 6. 後継者教育 参照 ) 後継者を各部門にローテーションさせたり 特定部署の重要な地位に就かせる 他社での勤務経験をさせる 子会社や関連会社の経営を任せる といった後継者教育のスケジュールを 社内の実情に合わせて計画 実行していきましょう また 外部機関によるセミナー等を利用することも検討し その際には各社の実情に合ったものとすべく 一度弁護士等の専門家に相談すると良いでしょう (4) 適切な遺言書の作成遺言を作成することで 後継者に株式等を集中することが可能ですので 活用を検討してみましょう ( 別紙 遺言書例 参照 ) ただし 手軽に作成でき 費用がかからない 自筆証書遺言 では 文意不明や形式不備等により無効となるリスクや遺言の紛失 隠匿 偽造のおそれがあることなどから 作成までに手間や費用がかかるものの 公正証書遺言 ( 遺言者が 原則として 証人 2 人以上とともに公証人役場に出かけ 公証人に遺言内容を口述し 公証人が筆記して作成するもの ) を利用すると後継者のためにも安心でしょう 公正証書遺言作成の手数料は以下のとおりとなります 12
表 2 公正証書作成手数料 遺言の目的となる財産の価格 ~100 万円以下 手数料 5,000 円 100 万円超 ~ 200 万円以下 7,000 円 200 万円超 ~ 500 万円以下 11,000 円 500 万円超 ~ 1,000 万円以下 17,000 円 1,000 万円超 ~ 3,000 万円以下 23,000 円 3,000 万円超 ~ 5,000 万円以下 29,000 円 5,000 万円超 ~ 1 億円以下 43,000 円 1 億円超 ~3 億円以下 3 億円超 ~10 億円以下 10 億円超 ~ 43,000 円 + 5,000 万円超過ごとに 13,000 円加算 95,000 円 + 5,000 万円超過ごとに 11,000 円加算 249,000 円 + 5,000 万円超過ごとに 8,000 円加算 相続人が複数の場合には 相続人ごとに上表に基づき計算した上で 合算して手数料総額を計算する また 相続財産の総額が 1 億円に満たない場合には 11,000 円が加算されます 公正証書遺言作成を弁護士に依頼する場合には 上記手数料のほかに弁護士報酬が必要です ( 手数料計算例 ) 相続財産 1 億 2,000 万円相続人 3 人 (A:1 億円 B:1500 万円 C:500 万円 ) の場合 43,000 円 (A)+23,000 円 (B)+11,000 円 (C)=77,000 円 実際に適切な遺言書を作成するには 添付の遺言チェックリストを見て 遺言書に何を記載するべきか 準備しておく必要があります 遺言書といっても 元気で若いうちに作成しておくと安心です ここでのポイントは 事業承継においては 経営の空白期間を生じさせないで円滑かつ確実に後継者に承継させることですから 1 場合によっては相続人全員の前で遺言書を作成することも視野に入れて 13
公正証書遺言を作成する ( 紛争防止 ) 2 遺言の内容としても 弁護士を遺言執行者として選任して 迅速な承継を実現させる ( 円滑な遺言執行 ) ことが鍵となります (5) 資金面での手当後継者が十分な資金を保有していない場合 現経営者から株式を取得するに当たって必要となる税負担用の資金や 遺留分減殺請求を受けた場合の価額弁償用の資金等を 後継者にあらかじめ手当てしておくことも必要です ( 別紙チェックポイント 7. 株式 財産の分配 参照 ) この場合 節税の観点から 暦年贈与 ( 年間 110 万円の非課税枠 ) を最大限利用したり 保険制度を活用することが有益です すなわち 本稿での事例に即していえば 年間 110 万円までは贈与税がかからないことから その枠内で甲から後継者 Aに対して資金を贈与しておき 後継者 A 自らが当該資金等を利用して生命保険契約の契約者となって保険料の負担をし 被相続人である甲が死亡した際に受け取った保険金を原資として 他の相続人 BやCからの遺留分減殺請求に対する価額賠償金として準備しておく方法です 以上 14
別紙 1 事業承継の方法とそのメリット デメリット 承継時期メリットデメリット 1 売買生前 代金額が相当であれば遺留分等の制約なし 生前に確実な承継が可能 2 生前贈与生前 生前に確実な承継が可能 売買代金の用意不要 3 遺言死後 最後の意思が尊重される ( 撤回が可能 ) 相続税 < 贈与税 4 死因贈与死後 遺言とほぼ同様 遺言と比べて無効となるおそれ低い 売買代金 譲渡所得税等の後継者の経済負担大 売買後は売主は株主としての経営関与不可 遺留分減殺対象 相続税 < 贈与税 売買後は売主は株主としての経営関与不可 方法不備による無効の恐れ 遺留分減殺対象 負担付遺贈の場合には撤回が制限される場合あり 遺留分減殺対象 5 経営承継 円滑化法 生前 自社株を遺留分減殺請求の 対象外とすることができる 手続きが煩雑 相続人全員の同意を得る 必要あり 6 種類株生前 柔軟な制度設計が可能 株主総会決議により導入が可能 7 遺言信託双方 委託者と受託者との間で柔軟な設計が可能 円滑で確実な承継が可能 定款変更等手続が煩雑かつ専門的 受託者に対する信託報酬の負担が大きい 実務上の事例集積が少なく 未解決の問題が生じうる 15
事業承継に当たってのチェックリスト 本文で紹介したような 事業承継をするに当たってのチェック項目を以下に 列挙しますので 各社で検討してみてください 1. 現状の把握 会社の現状について把握しましたか ( 会社の経営資源や経営リスクの状況を認識し 円滑な事業承継に向けた課題を整理し 承継の時期を含めた事業承継計画を後継者と協力して作成する前提として必要な作業となります 本文 9 頁 (1) 中長期の経営計画に従って 事業承継計画を立てる 参照 ) 会社の経営資源の状況 資産 ( 預貯金 円 不動産 円 その他 円 ) キャッシュフローの現状と見込み ( 過去 10 年間の実績は? 今後 10 年間の予想は?) 従業員 名 (20 代 名 30 代 名 40 代 名 50 代以降 名 ) 会社の経営リスクの状況 負債 ( 借入 円 ( うち個人保証の有無 ( 有 無 )) その他 円 ) 業界での競争力の現状と見込み ( 業界でのシェアや今後の市場の伸びの予測 ) 経営者である自分の状況について把握しましたか 保有自社株式 株 ( 発行済株式 株 ) その他個人資産の価値 負債 個人保証等 < 資産 > 1 自宅土地 ( 所有 賃貸 )( 価値 円 ) 2 自宅建物 ( 所有 賃貸 )( 価値 円 ) 3その他 ( ) < 負債 > 1 借入 円 ( 借入の内容 年 月付の金銭消費貸借契約 ) 2 保証 円 ( 保証の内容 年 月付の連帯保証契約 ) 16
後継者候補をリストアップしましたか 親族内 社内 社外それぞれに後継者となり得るものがいるかどうか それぞれの後継者候補に 能力 適性があるかどうか ( 統率力 意思疎通能力 視野の広さ 忍耐力 行動力 柔軟性 経営能力等 ) それぞれの後継者候補の属性はどうなっているか ( 年齢 経歴 会社経営に対する意欲の有無 親族 役職員との人間関係等 ) 相続発生時に予想される問題点の把握 解決方法の検討をしましたか 法定相続人について 相互の人間関係 株式保有状況はどうなっているか 相続財産の特定 相続税額の試算 納税方法の検討 ( 特に 納税資金の手当てのための検討は重要です 本文 10 頁 (5) 資金面での手当 参照 ) 2. 関係者との意思疎通 関係者との事前の意思疎通は 紛争の火種を少しでも減らすことに繋がりま す ( 本文 9 頁 (2) 紛争の火種を少しでも減らす 参照 ) 事業承継について 後継者候補に後継者となる意思はありますか ( はい いいえ まだ聞いていない ) 事業承継について 親族や幹部役員の意見を聞きましたか ( はい いいえ まだ聞いていない ) 3. 承継の方法 後継者の確定承継の方法を確定し 事業承継計画を立てる前提として把握しておきましょう 親族内承継 従業員等への承継 M&Aそれぞれの特徴 メリット デメリットを把握しましたか 1 親族内承継メリット 一般的に内外の関係者から心情的に受け入れられやすい 後継者を早期に決定し 後継者教育等のための長期の準備期間を確保することも可能 17
デメリット 親族内に 経営の資質と意欲を併せ持つ後継者候補がいるとは限らない 相続人が複数いる場合 後継者の決定 経営権の集中が難しい( 後継者以外の相続人への配慮が必要 ) 2 従業員等への承継メリット 親族内だけでなく 会社の内外から広く候補者を求めることができる 特に社内で長期間勤務している従業員に承継する場合は 経営の一体性を保ちやすい デメリット 親族内承継の場合以上に 後継者候補が経営への強い意志を有していることが重要となるが 適任者がいないおそれがある 後継者候補に株式取得等の資金力がない場合が多い 個人債務保証の引き継ぎ等に問題が多い 3M&A メリット 身近に後継者に適任な者がいない場合でも 広く候補者を外部に求めることができる 現経営者が会社売却の利益を獲得できる デメリット 希望の条件( 従業員の雇用 価格等 ) を満たす買い手を見つけるのが困難である 経営の一体性を保つのが困難である 以上を踏まえ 承継の方法 後継者を確定しましたか 4. 事業承継計画の作成 経営理念の明文化 社内への浸透に向けた取組を行いましたか 経営理念 社内への浸透に向けた取組内容 18
中長期の経営計画を作成しましたか 会社の現状の詳細な分析 今後の環境変化の予測 中長期的な方向性 (= 経営ビジョン ) の決定 売上高 利益等の具体的数値目標の設定 事業承継の具体的な時期を検討しましたか 中長期の経営計画に 事業承継の時期 課題の解決策を実施する時期を盛り込んだ 事業承継計画 を作成しましたか 下記事業承継計画表 ( 中小企業庁 HP 事業承継ガイドライン20 問 20 答 ) 参照 なお より詳細な会社の事業計画書の作成方法については 中小企業庁発行の小冊子 中小企業の会計 31 問 31 答 ( 平成 22 年指針改正対応版 ) に載っています ホームページからもダウンロードできます http://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/kaikei/kaikei_tool.html 19
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それでは 以下 特に親族内の事業承継に焦点を置いたチェック項目を記載 します 5. 関係者の理解に向けた環境整備 事業承継計画を社内や取引先企業 金融機関等に公表しましたか 後継者を重要なポストに就けて権限の一部を委譲し 関係者と意思疎通する機会を与えましたか 役員 従業員の理解を得つつ 後継者を助ける将来の役員陣の検討を始めましたか 6. 後継者教育 後継者を選定したのちには 社内 社外教育をして 来るべき承継に備えま しょう ( 本文 10 頁 (3) 後継者の教育 参照 ) 社内での現場のローテーションや 責任ある地位に就けて自覚を促しましたか 他社勤務を通じて 幅広い人脈の形成や経営手法の習得をさせましたか セミナーへの参加を通じて必要な知識を修得させましたか 7. 株式 財産の分配 株式 財産の分配については 後継者への株式等事業用資産の集中と後継者 以外の相続人への配慮がポイントとなりますが 以下の点を確認しましょう 株式の保有状況を把握し 必要な対策を検討しましたか 株主構成の確認 株式譲渡制限規定の有無の確認 既に株式が分散している場合は 個人または会社による買取りの検討 従業員持株会等を利用した増資等の安定株主対策 財産分配の方針を決定しましたか 後継者の円滑な経営のための株式等の集中 他の相続人への配慮 資産の把握 評価 納税方法の検討 21
後継者への株式の生前贈与を検討しましたか 遺留分等民法の規定の理解と必要な対策の実施 ( 遺留分の計算の仕方は 本文 4 頁 遺留分減殺請求とは 参照 ) 暦年課税制度と相続時精算課税制度の比較 最適な手法の選択 ( 相続時精算課税制度を利用した場合の財産は 相続時ではなく贈与時の時価で評価されることとなります このため 相続財産である自社株式の価値が相続時に上昇していることが見込まれるような場合には 相続時精算課税制度を活用した生前贈与を行うことが有効です ) 遺言の活用を検討してみましたか ( 遺言書例参照 ) 遺言のメリット及び活用上の注意点の理解 ( 本文 10 頁 (4) 適切な遺言書の作成 参照 ) 他の相続人の遺留分や遺言執行者の指定等 遺言作成上のポイントの理解 相続紛争防止に効果的な公正証書遺言の活用の検討 自筆証書遺言の注意点を把握した上での活用の検討 遺言信託のメリット デメリットを把握し 活用を検討 ( 本文 6 頁 イ. 信託の活用 参照 ) 会社法の各種制度の活用を検討してみましたか ( 議決権制限株式や拒否権付種類株式については 本文 3 頁 6 種類株の活用 参照 ) 株式譲渡制限規定がない場合には 規定の新設を検討 相続人に対する売渡請求の規定 ( 相続や合併といった譲渡以外の事由によって移転した株式 ( 譲渡制限株式に限る ) について 会社が売渡請求を行うことを可能とする規定のことです ) を置くことの検討 議決権制限株式を活用した後継者への経営権集中策についての検討 ( 相続に先立って 議決権制限株式を発行し 他の相続人 B Cに相続される株式が議決権制限株式である旨を遺言で指定するなどの方法 ) 拒否権付種類株式 ( 黄金株 ) を利用した後継者への経営権の委譲促進の検討 生命保険の活用を検討してみましたか その際 節税対策も同時に検討しま したか ( 本文 7 頁 ウ. 保険の活用 及び 10 頁 (5) 資金面での手当 参照 ) 22
任意後見制度の活用を検討してみましたか ( 事業承継の対策には法律行為を伴うことが多くあり 経営者の判断能力があるうちに 信頼のおける 任意後見人 を選任して契約を結んでおくことで 本人の意思に沿った財産処分等を確実にするものです ) 23
遺言書 ( 例 ) 1 遺言者甲野太郎は 遺言者の有する次の不動産を遺言者の長男である A( 昭 和 年 月 日生 ) に相続させる ポイント 1 不動産の表示 所在地番地目地積 東京都港区虎ノ門 番 宅地 m2 所在 東京都港区虎ノ門 番地 家屋番号 番 種類 共同住宅 構造 鉄筋コンクリート造鋼板葺 2 階建 床面積 1 階 m2 2 階 m2 2 遺言者甲野太郎は 遺言者の有する次の株式を前記 A に相続させる 記 ポイント 2 株式会社 ( 本店 東京都港区虎ノ門 番地 ) の株式全部 3 遺言者は 遺言者の有する全ての預貯金及び国債を換価し その中から遺 言者の一切の債務を弁済し 遺言者の葬儀費用を支払い かつ 遺言の執 行に関する費用を控除した残金を 次のとおり相続させる ポイント 3 長男 A( 昭和 年 月 日生 ) に 3 分の 1 二男 B( 昭和 年 月 日生 ) に 3 分の 1 長女 C( 昭和 年 月 日生 ) に 3 分の 1 24
4 上記以外の本遺言書に記載なき相続財産及び後日判明した相続財産は 前 記 A が全てこれを取得する 5 次の者を遺言執行者に指定し 遺言執行者に対して 本遺言執行のための不動産の名義変更 預貯金等の名義変更 解約 受領その他本遺言執行に関する一切の権限を付与する ポイント4 (1) 住所 港区虎ノ門 4-3-1-31 (2) 職業 弁護士 (3) 氏名 ( 年 月 生 ) (4) 報酬 相続開始時点における遺言執行者の属する弁護士会の報酬 規程に従うものとする 6 本遺言の執行に要する一切の費用は 相続財産の負担とする 平成 年 月 日 東京都港区 甲野太郎 印 ポイント *1について 株式と事業用資産の分散を避ける! 株式に加えて 事業のために使用されている資産が相続財産に含まれている場合には その資産も後継者に承継させたほうがよいでしょう たとえば 会社が所有する本社ビルの敷地が被相続人個人の所有地である場合 事業を承継しない相続人が敷地のみを承継すると 万が一相続争いが生じた場合 土地の利用権の根拠となる契約 ( 使用貸借 賃貸借 ) が解除されるなどによって会社経営に重大な影響が生じるリスクがあります 25
*2について 株式の分散を避ける! 株式の分散は 会社経営の不安定化につながりますので 後継者に議決権の過半数 できれば会社法上の特別決議を可決することができる3 分の2 以上の議決権を確保させるようにすることが理想的です *3について 遺留分対策をする! 後継者以外の相続人によって遺留分減殺請求権が行使されないように ここで割合を調整するか 仮に行使された場合にも減殺の方法 ( 及び価額弁償 ) に関する定めを置いておくとよいでしょう たとえば もし 遺言者の二男 Bから遺留分減殺請求があったときは 1 第 項記載の預金 2 第 項記載の動産 3 第 項記載の株式の順序により減殺し 3の株式については 価額弁償の方法によるものとする などです *4について 遺言執行者を指定し スムーズな事業承継を実現する! 遺言執行者を弁護士等の専門家に指定しておけば 遺言執行の空白期間を生じさせるリスクが減り 他の相続人による相続財産の処分その他遺言執行の妨害行為を防止できます また 相続人が遺言執行者に無断で行った処分行為は絶対的に無効となります なお 遺言執行者の報酬は 定額で定めることや 遺産総額に対する割合で決することも可能です 以上 26