すことが分かりました また 協調運動にも障害があり てんかん発作を起こす薬剤への感受性が高いなど 自閉症の合併症状も見られました 次に このような自閉症様行動がどのような分子機序で起こるのか解析しました 細胞の表面で働くタンパク質 ( 受容体や細胞接着分子など ) は 細胞内で合成された後 ダイニン

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統合失調症モデルマウスを用いた解析で新たな統合失調症病態シグナルを同定-統合失調症における新たな予防法・治療法開発への手がかり-

別紙 自閉症の発症メカニズムを解明 - 治療への応用を期待 < 研究の背景と経緯 > 近年 自閉症や注意欠陥 多動性障害 学習障害等の精神疾患である 発達障害 が大きな社会問題となっています 自閉症は他人の気持ちが理解できない等といった社会的相互作用 ( コミュニケーション ) の障害や 決まった手

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共同研究チーム 個人情報につき 削除しております 1

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学位論文の要約

統合失調症発症に強い影響を及ぼす遺伝子変異を,神経発達関連遺伝子のNDE1内に同定した

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糖鎖の新しい機能を発見:補体系をコントロールして健康な脳神経を維持する

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Microsoft Word - 【確定】プレスリリース原稿(坂口)_最終版

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現し Gasc1 発現低下は多動 固執傾向 様々な学習 記憶障害などの行動異常や 樹状突起スパイン密度の増加と長期増強の亢進というシナプスの異常を引き起こすことを発見し これらの表現型がヒト自閉スペクトラム症 (ASD) など神経発達症の病態と一部類することを見出した しかしながら Gasc1 発現

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2. 手法まず Cre 組換え酵素 ( ファージ 2 由来の遺伝子組換え酵素 ) を Emx1 という大脳皮質特異的な遺伝子のプロモーター 3 の制御下に発現させることのできる遺伝子操作マウス (Cre マウス ) を作製しました 詳細な解析により このマウスは 大脳皮質の興奮性神経特異的に 2 個

サカナに逃げろ!と指令する神経細胞の分子メカニズムを解明 -個性的な神経細胞のでき方の理解につながり,難聴治療の創薬標的への応用に期待-

汎発性膿疱性乾癬のうちインターロイキン 36 受容体拮抗因子欠損症の病態の解明と治療法の開発について ポイント 厚生労働省の難治性疾患克服事業における臨床調査研究対象疾患 指定難病の 1 つである汎発性膿疱性乾癬のうち 尋常性乾癬を併発しないものはインターロイキン 36 1 受容体拮抗因子欠損症 (

平成24年7月x日

平成14年度研究報告

Microsoft Word - 日本語解説.doc

研究の背景社会生活を送る上では 衝動的な行動や不必要な行動を抑制できることがとても重要です ところが注意欠陥多動性障害やパーキンソン病などの精神 神経疾患をもつ患者さんの多くでは この行動抑制の能力が低下しています これまでの先行研究により 行動抑制では 脳の中の前頭前野や大脳基底核と呼ばれる領域が

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前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

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1. Caov-3 細胞株 A2780 細胞株においてシスプラチン単剤 シスプラチンとトポテカン併用添加での殺細胞効果を MTS assay を用い検討した 2. Caov-3 細胞株においてシスプラチンによって誘導される Akt の活性化に対し トポテカンが影響するか否かを調べるために シスプラチ

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生物時計の安定性の秘密を解明

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図 : と の花粉管の先端 の花粉管は伸長途中で破裂してしまう 研究の背景 被子植物は花粉を介した有性生殖を行います めしべの柱頭に受粉した花粉は 柱頭から水や養分を吸収し 花粉管という細長い管状の構造を発芽 伸長させます 花粉管は花柱を通過し 伝達組織内を伸長し 胚珠からの誘導を受けて胚珠へ到達し

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RNA Poly IC D-IPS-1 概要 自然免疫による病原体成分の認識は炎症反応の誘導や 獲得免疫の成立に重要な役割を果たす生体防御機構です 今回 私達はウイルス RNA を模倣する合成二本鎖 RNA アナログの Poly I:C を用いて 自然免疫応答メカニズムの解析を行いました その結果

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60 秒でわかるプレスリリース 2008 年 8 月 21 日 独立行政法人理化学研究所 GABA 抑制の促進がアルツハイマー病の記憶障害に関与 - GABA 受容体阻害剤が モデルマウスの記憶を改善 - 物忘れに始まり認知障害へと徐々に進行していくアルツハイマー病は 発症すると究極的には介護が欠か

のとなっています 特に てんかん患者の大部分を占める 特発性てんかん では 現在までに 9 個が報告されているにすぎません わが国でも 早くから全国レベルでの研究グループを組織し 日本人の熱性痙攣 てんかんの原因遺伝子の探求を進めてきましたが 大家系を必要とするこの分野では今まで海外に遅れをとること

報道発表資料 2002 年 10 月 10 日 独立行政法人理化学研究所 頭にだけ脳ができるように制御している遺伝子を世界で初めて発見 - 再生医療につながる重要な基礎研究成果として期待 - 理化学研究所 ( 小林俊一理事長 ) は プラナリアを用いて 全能性幹細胞 ( 万能細胞 ) が頭部以外で脳

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PRESS RELEASE (2014/2/6) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

( 様式乙 8) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 米田博 藤原眞也 副査副査 教授教授 黒岩敏彦千原精志郎 副査 教授 佐浦隆一 主論文題名 Anhedonia in Japanese patients with Parkinson s disease ( 日本人パー

2014年


生物 第39講~第47講 テキスト

平成24年7月x日

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第四問 : パーキンソン病で問題となる運動障害の症状について 以下の ( 言葉を記入してください ) に当てはまる 症状 特徴 手や足がふるえる パーキンソン病において最初に気づくことの多い症状 筋肉がこわばる( 筋肉が固くなる ) 関節を動かすと 歯車のように カクカク と軋む 全ての動きが遅くな

神経細胞での脂質ラフトを介した新たなシグナル伝達制御を発見

抑制することが知られている 今回はヒト子宮内膜におけるコレステロール硫酸のプロテ アーゼ活性に対する効果を検討することとした コレステロール硫酸の着床期特異的な発現の機序を解明するために 合成酵素であるコ レステロール硫酸基転移酵素 (SULT2B1b) に着目した ヒト子宮内膜は排卵後 脱落膜 化

今後の展開現在でも 自己免疫疾患の発症機構については不明な点が多くあります 今回の発見により 今後自己免疫疾患の発症機構の理解が大きく前進すると共に 今まで見過ごされてきたイントロン残存の重要性が 生体反応の様々な局面で明らかにされることが期待されます 図 1 Jmjd6 欠損型の胸腺をヌードマウス

Ⅰ. ヒトの遺伝情報に関する次の記述を読み, ~ に答えなさい 個体の形成や生命活動を営むのに必要な ( a ) は, 真核生物の細胞では主に核 の中で染色体を形成している 通常, ₁ 個の体細胞には同じ大きさと形の染色体が 一対ずつあり, この対になっている染色体を ( b ) といい, 片方の染

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一次サンプル採取マニュアル PM 共通 0001 Department of Clinical Laboratory, Kyoto University Hospital その他の検体検査 >> 8C. 遺伝子関連検査受託終了項目 23th May EGFR 遺伝子変異検

世界初! 細胞内の線維を切るハサミの機構を解明 この度 名古屋大学大学院理学研究科の成田哲博准教授らの研究グループは 大阪大学 東海学院大学 豊田理化学研究所との共同研究で 細胞内で最もメジャーな線維であるアクチン線維を切断 分解する機構をクライオ電子顕微鏡法注 1) による構造解析によって解明する

図 1 マイクロ RNA の標的遺伝 への結合の仕 antimir はマイクロ RNA に対するデコイ! antimirとは マイクロRNAと相補的なオリゴヌクレオチドである マイクロRNAに対するデコイとして働くことにより 標的遺伝 とマイクロRNAの結合を競合的に阻害する このためには 標的遺伝

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創薬に繋がる V-ATPase の構造 機能の解明 Towards structure-based design of novel inhibitors for V-ATPase 京都大学医学研究科 / 理化学研究所 SSBC 村田武士 < 要旨 > V-ATPase は 真核生物の空胞系膜に存在す

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く 細胞傷害活性の無い CD4 + ヘルパー T 細胞が必須と判明した 吉田らは 1988 年 C57BL/6 マウスが腹腔内に移植した BALB/c マウス由来の Meth A 腫瘍細胞 (CTL 耐性細胞株 ) を拒絶すること 1991 年 同種異系移植によって誘導されるマクロファージ (AIM

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Epilepsy2015

られる 糖尿病を合併した高血圧の治療の薬物治療の第一選択薬はアンジオテンシン変換酵素 (ACE) 阻害薬とアンジオテンシン II 受容体拮抗薬 (ARB) である このクラスの薬剤は単なる降圧効果のみならず 様々な臓器保護作用を有しているが ACE 阻害薬や ARB のプラセボ比較試験で糖尿病の新規

Microsoft Word - HP用.doc

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 森脇真一 井上善博 副査副査 教授教授 東 治 人 上 田 晃 一 副査 教授 朝日通雄 主論文題名 Transgene number-dependent, gene expression rate-independe

平成 29 年 6 月 9 日 ニーマンピック病 C 型タンパク質の新しい機能の解明 リソソーム膜に特殊な領域を形成し 脂肪滴の取り込み 分解を促進する 名古屋大学大学院医学系研究科 ( 研究科長門松健治 ) 分子細胞学分野の辻琢磨 ( つじたくま ) 助教 藤本豊士 ( ふじもととよし ) 教授ら

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自閉症の原因となる遺伝子を特定 GABA 受容体の運び屋タンパク質が発症の鍵握る 中村勉 秋山徹 ( 分子情報研究分野 ) Nature Communications(3 月 16 日 ) DOI 番号 :10.1038/ncomms10861 発表のポイント : PX-RICS 遺伝子を欠損させたマウスが 自閉症に特徴的な行動異常を示すことを発見しま した PX-RICS 遺伝子が ヤコブセン症候群患者に発症する自閉症の原因遺伝子であることを特 定しました PX-RICS が GABA 受容体の運搬に関与することを見出しました これを標的とする自閉 症の新薬創製が期待できます 発表概要 : 自閉症は 対人関係の障害 コミュニケーションの障害 限定的な興味やこだわりを中核症状とする発達障害のひとつです 80~100 人に 1 人の割合で発症するきわめて身近な発達障害ですが 発症の詳しい仕組みは分かっていません 東京大学分子細胞生物学研究所の中村勉講師と秋山徹教授らの研究グループは PX-RICS 遺伝子を欠損するマウスが 自閉症の症状に特徴的な行動異常を示すことを見出しました さらに PX-RICS 遺伝子がヤコブセン症候群患者に発症する自閉症の原因となる遺伝子であると特定しました PX-RICS は大脳皮質などの神経細胞に豊富に存在し GABA 受容体 ( 注 1) を神経細胞の表面へ運ぶ役割を担っています GABA 受容体の輸送が自閉症の発症に関係することは新たな知見です 自閉症の新しい治療戦略として GABA 受容体の輸送を改善する薬剤の創製が期待されます 発表内容 : 自閉症は 対人関係の障害 コミュニケーションの障害 反復的 常同的な言語や行動 限定的な興味やこだわりを中核症状とする発達障害のひとつです また 協調運動障害やてんかん発作などの合併症状もあります 有病率は 80~100 人に 1 人と高く 年々患者数が増加し続けています 原因は先天的な脳の機能障害 特に社会認知機能 ( 他者の心を推し量ったり 他者に共感したりする脳の機能 ) の障害であると考えられていますが 詳しい発症機構は分かっていません ヒトの脳には千数百億個の神経細胞 ( ニューロン ) が存在し 個々のニューロンが無数の突起を伸ばして互いに連結して きわめて複雑な神経回路を作っています この連結部をシナプスといい 1 個のニューロンが平均して数万個のシナプスを形成しています シナプスでは グルタミン酸 ( 興奮性 ) と GABA( 抑制性 ) を伝達物質とする信号伝達が行われます 正常な脳では両者のバランスが適正に調節されていますが この調節メカニズムに異常をきたして神経回路の興奮 / 抑制バランスが乱れると 自閉症を発症すると考えられています 東京大学分子細胞生物学研究所の中村勉講師と秋山徹教授らの研究グループは GABA の受容体をニューロンの表面に運ぶタンパク質 PX-RICS の異常が 自閉症の原因となることを特定しました 本研究グループは 大脳皮質 海馬 扁桃体など脳の認知機能に関連する領域の神経細胞に豊富に発現しているタンパク質 PX-RICS を同定し その遺伝子を欠損するマウスを作製しました このマウスは外見的には正常でしたが 新規個体に対する興味の減少 他個体からのアプローチに対する応答の減少 超音波域の鳴き声を使った母子コミュニケーションの減少 反復行動の増加 習慣への強いこだわりなど 自閉症の中核症状に類似した多彩な行動異常を示

すことが分かりました また 協調運動にも障害があり てんかん発作を起こす薬剤への感受性が高いなど 自閉症の合併症状も見られました 次に このような自閉症様行動がどのような分子機序で起こるのか解析しました 細胞の表面で働くタンパク質 ( 受容体や細胞接着分子など ) は 細胞内で合成された後 ダイニンなどのモータータンパク質に乗って表面まで運ばれます 本研究グループは PX-RICS 欠損マウスの大脳皮質ニューロンを培養し その表面に発現しているタンパク質を調べ GABAA 受容体の量が顕著に減少していることを見出しました この減少により GABA による抑制性のシナプス伝達も有意に減少していました また PX-RICS が GABARAP( 注 2) および 14-3-3 と結合し ダイニンと GABAA 受容体を繋ぐアダプター複合体として機能することを見出しました ( 図 1) これらの事実を総合し PX-RICS が GABAA 受容体をニューロン表面へ運搬する役割を担っていると結論づけました さらに PX-RICS 欠損マウスにクロナゼパム ( 注 3) を投与してニューロン表面に残存する GABAA 受容体を活性化すると マウスの自閉症行動がほぼ正常レベルまで改善されることが分かりました つまり PX-RICS 遺伝子の欠損により GABAA 受容体をニューロン表面に発現できなくなると 自閉症の発症に直接結びつくことが示されました それでは PX-RICS はヒトの自閉症の発症に関与するのでしょうか ヤコブセン症候群は 11 番染色体長腕末端部の欠失に起因する疾患で 特徴的な顔貌 ( 三角頭蓋 両眼隔離 短く上向きの鼻 下顎後退など ) 心奇形 血小板減少 精神運動発達遅滞など多彩な先天異常を現します また その半数以上の症例で自閉症を発症します 11 番染色体長腕末端部のうち自閉症を発症したヤコブセン症候群患者で共通して欠失しているのは約 240kb( キロベース ) で この領域内に PX-RICS をはじめ KCNJ1 KCNJ5 TP53AIP1 という 4 つの遺伝子が位置することが分かっていました このうち KCNJ1 は腎臓で KCNJ5 は副腎で機能するカリウムチャネル TP53AIP は胸腺に局在するアポトーシス関連タンパク質をコードする遺伝子で いずれも脳の機能とは無関係です 本研究により PX-RICS 遺伝子が脳の認知機能に関連する領域のニューロンで発現し GABAA 受容体のニューロン表面への運搬という重要な機能を担っており その機能を失うと自閉症様行動を引き起こすことが明らかになり ヤコブセン症候群患者に発症する自閉症の原因遺伝子が PX-RICS であると特定できました ( 図 2) 自閉症の原因遺伝子としては グルタミン酸シナプスを構築している Neuroligin や Shank GABA を放出する側のニューロン ( シナプス前のニューロン ) で機能する Cntnap2 や Scn1a などのタンパク質をコードする遺伝子が 欧米の研究グループによりすでに報告されています 本研究では GABAA 受容体の輸送機序の異常 すなわち GABA を受け取る側のニューロン ( シナプス後のニューロン ) の異常が自閉症の発症に寄与するという知見が得られました このようなポストシナプスの異常による自閉症発症メカニズムはこれまで知られていなかった新たな知見です この輸送メカニズムを標的とし GABAA 受容体の表面発現を促進する薬剤を創製するなど 自閉症の新たな治療戦略への貢献が期待されます また PX-RICS 欠損マウスは自閉症の中核症状と主要合併症を幅広く呈することから 優れた自閉症モデルとして新薬創製に貢献することが期待されます なお本研究は 東京大学医科学研究所基礎医科学部門神経ネットワーク分野の真鍋俊也教授 カリフォルニア大学サンディエゴ校のポール グロスフェルド博士との共同研究によるものです

発表雑誌 : 雑誌名 : Nature Communications 論文タイトル : PX-RICS-deficient mice mimic autism spectrum disorder in Jacobsen syndrome through impaired GABAA receptor trafficking 著者 : Tsutomu Nakamura*, Fumiko Arima-Yoshida, Fumika Sakaue, Yukiko Nasu-Nishimura, Yasuko Takeda, Ken Matsuura, Natacha Akshoomoff, Sarah N. Mattson, Paul D. Grossfeld, Toshiya Manabe & Tetsu Akiyama DOI 番号 :10.1038/ncomms10861 問い合わせ先 : 東京大学分子細胞生物学研究所分子情報研究分野 講師中村勉 用語解説 : ( 注 1)GABA 受容体 : 抑制性の神経伝達物質 GABA(γ-aminobutyric acid) を受け取る受 容体で シナプスの後ろ側のニューロンの表面に発現しています イオンチャネル型 の GABAA および GABAC 受容体と代謝型の GABAB 受容体がありますが 脳で機能 する主要な GABA 受容体は GABAA 受容体です GABA が GABAA 受容体に結合する と 受容体を通って Cl - イオンが細胞内に流入し Na + イオンに起因する神経の興奮 を抑制します ( 注 2)GABARAP: GABAA receptor-associated protein の略号で GABAA 受容体の細胞内 領域に結合するタンパク質として 1999 年に報告されました ( 注 3) クロナゼパム : GABAA 受容体に結合し活性化する作用があり 日本では抗てんかん 薬として汎用されています

9. 添付資料 : ( 図 1) PX-RICS は GABARAP および 14-3-3 と結合してアダプター複合体を形成し ダイニン -ダイナクチン複合体 ( モーター ) と GABA A 受容体 ( 積荷 ) を連結する ダイニンは微小管 ( レール ) に沿って移動し GABA A 受容体を含む輸送小胞をニューロン表面に運搬する

( 図 2) 正常マウスでは PX-RICS を核とする GABA A 受容体輸送複合体が形成され GABA A 受容体がニューロン表面に正常に発現するため 神経回路の興奮 / 抑制バランスが適切に制御され 正常な社会認知機能が発揮される PX-RICS を欠損するマウスでは GABA A 受容体輸送複合体が形成できず GABA A 受容体の表面発現が損なわれる結果 社会認知機能に障害をきたし 自閉症に類似した行動異常となって現れる ヒトでは 11 番染色体長腕の末端部が欠失するとヤコブセン症候群を発症するが このとき PX-RICS を含む領域が欠失すると 自閉症を合併することになる