思春期 望まない妊娠 その効果的な防止対策への提言 きた日本家族計画協会常務理事 クリニック所長北 むら村 くに邦 お夫 キーワード 性行動 低用量経口避妊薬 (OC) 緊急避妊法 (EC) 性教育 親と子のコミュニケーション はじめに 大阪府警松原署は 24 日までに 自宅内で出産後に死亡した男児の遺体を放置したとして 死体遺棄の疑いで大阪府の高校 3 年の女子生徒 (17) を逮捕した 逮捕容疑は 4 月 20 日昼ごろ 自宅のトイレで出産後に死亡した男児の遺体を 風呂場の浴槽内に放置した疑い 松原署によると 生徒は出産当日 通学途中のコンビニで破水 自宅に戻って出産した 家族や学校は妊娠していたことに気付いていなかったという 司法解剖の結果 男児の死因は窒息死 生徒は ( 男児が ) 息もせず 泣かなかったので死んでいると思った と話しており 同署が詳しい経緯を調べている 生徒の父親が 20 日夜 浴槽内に透明な袋に入った遺体があるのを発見 生徒は 21 日 父親に付き添われて同署に出頭した ( 東京新聞 web 2009 年 4 月 24 日 ) 望まない妊娠の防止をライフワークとして取り組んできた筆者としては このような痛ましい事件に接するたびに言葉に表すことのできない衝撃を覚えている 家族は言うまでもないが 友人や教師がなぜ女子生徒の妊娠に気づかなかったのか 生まれたばかりの子どもを放置すれば死に至るという当たり前のことを想像できないのか 妊娠とは男女の営みの結果であることは明白なのに相手の男性の姿が一向に見えてこないのは何故か 小さな心が張り裂けるほどになっているのに Help! となぜ叫ばないのか このような事件が繰り返されないために私たち 大人が 家族 学校 社会としてどのように取り組むべきかについて明らかにすることが筆者に与えられた課題だと考えている 1. 若年者の性行動 妊娠 出産 中絶の現状日本テレビで 14 歳の母 が放映された頃 メディアは若年出産が増えているかのような報道を加熱させた 実際は 15 歳未満の出生数を見てもここ 10 年ほど大きな変動はなく したがってその世代の出産が増えているという事実はない ( 表 1) メディアは性交の低年齢化 加速化が進行していると あたかも若者たちの性が乱れているかのような取り上げをする傾向にあるが 筆者らの調査によれば調査対象となっている 16 ~ 19 歳の女子の 15 歳時点での累積性交経験率は 4.2% 20 ~ 24 歳では 10.5% であったことから 性交年齢の低年齢化という表現は当たらない ( 表 2) 1) 人工妊娠中絶についても 2001 年の 15 ~ 19 歳の女子人口千対 13.0 をピークに漸減しているが 依然として高率であることには変わりがない ( 図 1) しかし 妊娠の帰結が人工妊娠中絶となる可能性が高いわが国の場合 ( 表 3) 2) 性交の開始を慎重にさせるだけでなく 避妊指導の徹底と確実な避妊法の提供がどうしても必要であると言わざるを得ない 2. 避妊法選択の理想条件は女性主体であること日本産婦人科医会が人工妊娠中絶を受けた 626 人に 今回妊娠したとき避妊はしていたか を尋 46
表 1. 母の年齢 (5 歳階級 ) 別 母の年齢 昭和 45 年 55 年 平成 2 年 7 年 12 年 18 年 19 年 総数 1,934,239 1,576,889 1,221585 1,187,064 1,190,547 1,092,674 1,089,818 14 歳以下 12 14 18 37 43 41 39 15 ~ 19 20,165 14,576 17,478 16,075 19,729 15,933 15,211 20 ~ 24 513,172 296,854 191,859 193,514 161,361 130,230 126,180 25 ~ 29 951,246 810,204 550,994 492,714 470,833 335,771 324,041 30 ~ 34 358,375 388,935 356,026 371,773 396,901 417,776 412,611 35 ~ 39 80,581 59,127 92,377 100,053 126,409 170,775 186,568 40 ~ 44 9,860 6,911 12,587 12,472 14,848 21,608 24,553 45 ~ 49 523 257 224 414 396 522 590 50 歳以上 25 1 6 9 19 注 : 総数には母の年齢不詳を含む 表 2. 女性の以下の年齢での性交経験率 (2008 年 ) ( 北村邦夫 : 男女の生活と意識に関する調査 2008 性交経験不明例は除く ) 以下の年齢での累積性交経験率 15 歳 18 歳 16 ~ 19 歳 4.2% 20 ~ 24 歳 10.5% 38.4% 25 ~ 29 歳 11.6% 52.6% 30 ~ 34 歳 11.1% 48.4% 35 ~ 39 歳 3.5% 38.6% 40 ~ 44 歳 2.9% 39.4% 45 ~ 49 歳 1.6% 18.7% 図 1. 15 歳 ~ 19 歳の女子人口千対の人工妊娠中絶実施率 47
2) 表 3. 各国の十代妊娠の結末 15 ~ 19 歳の女子人口 1000 対 * 出産中絶妊娠 出産割合 (%) ロシア 45.6 56.1 101.7 44.8 米国 54.4 29.2 83.6 65.1 ブルガリア 49.6 33.7 83.3 59.5 ハンガリー 29.5 29.6 59.1 49.9 ニュージーランド 34.0 20.0 54.0 63.0 英国 28.4 18.6 47.0 60.4 カナダ 24.2 21.2 45.4 53.3 オーストラリア 19.8 23.8 43.6 45.4 アイスランド 22.1 21.2 43.3 51.0 スコットランド 27.1 14.5 41.6 65.1 チェコスロバキア 20.1 12.3 32.4 62.0 ノルウェー 13.5 18.7 32.2 41.9 イスラエル 18.0 9.8 27.8 64.7 スウェーデン 7.7 17.2 24.9 30.9 デンマーク 8.3 14.4 22.7 36.6 フィンランド 9.8 10.7 20.5 47.8 フランス 10.0 10.2 20.2 49.5 アイルランド 15.0 4.2 19.2 78.1 ドイツ 12.5 3.6 16.1 77.6 ベルギー 9.1 5.0 14.1 64.5 スペイン 7.8 4.5 12.3 63.4 オランダ 8.2 4.0 12.2 67.2 イタリア 6.9 5.1 12.0 57.5 日本 3.9 6.3 10.2 38.2 * 妊娠には流産などを含まない ねると腟外射精 (24.4%) とコンドーム (19.0%) と回答している ( 図 2) 3) 避妊をしていたのに という切実な訴えが伝わってくるとともに 避妊を男性任せにしている多くの日本人の避妊法選択の誤りが浮き彫りされる形となった 避妊法選択の理想条件とは 1 避妊効果が確実 2 簡単に使える 3セックスのムードを壊さず性感を損なわない 4 経費がかからない 5 副作用がなく 妊娠しても胎児に悪影響を及ぼさない 6 女性の意志だけで実行できる さらに加えれば 7 避妊以外の健康上の利点が期待できるなどが挙げられる 4) この理想条件を完全に満たす方法はないが 使用するカップルの避妊に対する意識 性交頻度 妊娠を受容できるかどうか 生活習慣などを問いかけるとともに それぞれの避妊法の特徴 避妊機序 長所 欠点 使用法などを十分説明した上で選択を迫ることになる とはいえ 若年者の場合 性的に活発であるだけでなく衝動的な性行動に走りやすいことから 安全で効果の高い避妊法が必要とされる しかも セックスの相手が一時的 不特定であれば性感染症 (Sexually Transmitted Infections:STI) に罹患する危険性が高いことから望まない妊娠と STI の予防を会わせて行う dual protection( 二重防御法 ) 具体的には女性が主体的に取り組める避妊法である低用量経口避妊薬 (Oral Contraceptives:OC) と STI 予防にはコンドームの使用を提唱したい 48
母子保健情報第 60 号 (2009 年 11 月 ) OC に高い避妊効果があることは今さら言うまでもないが OC の普及が人工妊娠中絶の減少に寄与していることは各種データからも明らかである ( 図 3) また 合わせて女性ホルモン剤を用いた緊急避妊法 (Emergency Contraception:EC) についての情報提供も怠ってはならない 3. 緊急避妊法とは 5) EC は 避妊しなかった 避妊できなかった 避妊に失敗した 時にはレイプされたなどの場合に 望まない妊娠を回避する最後の避妊手段として高い評価を受けてきた わが国では 運悪く妊娠したら中絶すればいいと 中絶に寛容な風土があるためか 医療従事者の間でも EC に対する理 解がことのほか低い 国際的には相当進歩した EC が用いられているが わが国の場合 政府から承認を受けた EC が存在するわけではなく 別用途で承認されている薬剤を転用する方法が採られている エチニルエストラジオール 50μg とノルゲストレル 0.5mg を含有する中用量ホルモン剤 ( 商品名 プラノバール がこれに相当する ) を 性交が行われた後 72 時間以内にできるだけ速やかに 2 錠服用させ その 12 時間後に更に 2 錠服用させる方法である 1998 年 4 月 ~ 2008 年 3 月末日までの 10 年間に 908 人が私どものクリニックの EC 外来を訪れている 受診理由などその背景は図 4 の通りであるが このうち EC を処方し 治療後の出血の 図 2. 今回妊娠したとき避妊はしていたか ( 複数回答 %) 図 3. OC の売上動向と人工妊娠中絶実施件数の推移 49
有無 避妊効果 服用時の副作用まで正確に追跡できた 589 人のうち 16 人 (2.72%) で妊娠が起こっている すなわち EC は定期的に行っている避妊法よりも効果が低い というのは EC の場合 1 回限りの使用に対する妊娠率を算出しているものであって 100 人の女性が 1 年間に起こる妊娠率を求める他の一般的な避妊法とは比較できないからである ( 表 4) とはいえ 知らないのは愚か 知らせないのは罪 とまで言われている EC 妊娠のリスクを 4 分の 1 程度に低下させ得る EC の使用をためらう理由は見当たらない 4. 新しい性教育への提言包括的性教育という言葉がある 1 初交年齢を遅らせることができる 2 仮に性交がなされるのであれば避妊と STI 予防を踏まえた責任ある行動がとれる の 2 点に要約できる 初交年齢が遅くなればいいのかとの批判もあるが 性交の結果として引き受ける可能性のある妊娠や STI などを考慮すると 親のすねをかじっている 若者が性交を急ぐメリットを感じ取れないのだ 筆者は厚生労働科学研究の一環として 第 4 回 図 4. 緊急避妊を必要とした理由 (%) ( 日本家族計画協会クリニック :1998 年 4 月 ~ 2008 年 3 月末 ) 表 4. 各種避妊法使用開始 1 年間の失敗率 ( 妊娠率 ) 避妊法 理想的な使用 * (%) 一般的な使用 ** (%) 1 年間の継続率 (%) ピル (OC) 0.3 8 68 コンドーム 2 15 53 殺精子剤 18 29 42 ペッサリー 6 16 57 薬物添加 IUD 0.1 ~ 0.6 0.1 ~ 0.8 78 ~ 81 リズム法 1 ~ 9 25 51 女性避妊手術 0.5 0.5 100 男性避妊手術 0.1 0.15 100 避妊せず 85 85 * 理想的な使用とは : 選んだ避妊法を正しく続けて使用している場合 ** 一般的な使用とは 飲み忘れを含め一般的に使用している場合 Trussell J. Contraceptive efficacy. In Hatcher RA, Trussell J, Stewart F, Nelson A, Cates W, Guest F, Kowal D. Contraceptive Technology: Eighteenth Revised Edition. New York NY; Ardent Media, 2004. 50
男女の生活と意識に関する調査 を実施している 1) この調査結果から 日本人の性意識 性行動の実態が明らかとなっているが 中でも各種質問項目について初交年齢との数量クロス集計を試みたところ 極めて興味深い結果を得たので紹介したい 本調査は層化二段無作為抽出法によって 16 ~ 49 歳の国民男女 3,000 人を抽出し 調査員による訪問留置回収を実施したもので 長期不在 転居 住居不明を除く 2,712 人を対象とした有効回答数は 1,468 人 (54.1%) であった この調査において性交経験がある回答者の平均初交年齢は 19.0 歳 以下 統計学的に有意な差が明らかとなった項目を列挙した 6) 1. 中学生の頃 家庭が楽しくない と性交開始年齢が早くなる 楽しかった (19.1 歳 ) まあ楽しかった(19.2 歳 ) あまり楽しくなかった (18.6 歳 ) 楽しくなかった (18.4 歳 ) 2. 中学生の頃 普段 ほとんど話さない と性交開始年齢が早くなる よく話をした (19.1 歳 ) 時々話をした(19.1 歳 ) ほとんど話をしなかった(18.1 歳 ) まったく話をしなかった (19.0 歳 ) 3. 中学生の頃 朝食をたべない と性交開始年齢が早くなる 毎日食べた (19.4 歳 ) だいたい食べた(18.3 歳 ) あまり食べなかった (18.1 歳 ) 食べなかった (17.5 歳 ) 4. 母親を 嫌い うっとうしい と思っていると性交開始年齢が早くなる 産んでくれて 育ててくれて 感謝している (19.0 歳 ) 自分を守ってくれる (19.7 歳 ) 嫌い うっとうしい (16.0 歳 ) 5. 父親を 嫌い うっとうしい と思っていると性交開始年齢が早くなる 産んでくれて 育ててくれて 感謝している (19.2 歳 ) 自分を守ってくれる (18.8 歳 ) 嫌い うっとうしい (18.6 歳 ) 父親よりも母親に対する評価が低い方が性交開始年齢を早めてしまうことがわかる これらの結果をどのように読み解くかの課題が残ったままである 実は ( 中学生のころ ) 朝食を食べなかった人の初交年齢が早まることがメディアに大々的に取り上げられたことをきっけんけんごうごうかけにインターネット上では喧々囂々の議論が起こってしまった ( 中学生のころ ) 朝食を食べない は 食べたくても親が離婚あるいは死別などによって 食べられない 親が作ってくれないから 食べられない 親が作ってあげたい気持ちがあっても経済的な理由や仕事が忙しくて作れないから 食べられない 本人の夜更かしが過ぎて 食べられない ダイエットをしているので 食べない などなど そのすべてが初交年齢に影響するとは考え難いし 初交年齢が早まったのは親のせいだと論じるのも乱暴であるし 結局 親の問題 子ども自身の問題 親と子の関係性の問題によっては性交の開始を早めてしまうと分析したのだが ネット掲示板では 二つの事象はストレートに因果関係がある と曲解した人も多く 中学生のころ 朝食なんか食べなかったのに 30 歳を超えた今も童貞なのはどうしてか? セックスを早く経験したいから朝食を食べないことに決めた 食事とセックスを関連づけようという無謀さ と書き込まれる始末 アンケート調査結果の扱いの難しさを痛感させられることとなった おわりに若年者の望まない妊娠を効果的に防止するために 筆者として以下提案したい 1.( 中学生の頃までに ) 親と子のコミュニケーションが円滑に図られるように努める 具体的には 子に尊敬される親として 日頃から子どもとの関わりを楽しみ 家での食事時間を大切にする 2. 望まない妊娠を防止する最も確実で効果的な方法はノーセックスであるが それが叶わないのであれば OC に代表される女性が主体的に取り組める避妊法を最優先し STI 予防には最初から最後までコンドームを使い通せるように心掛ける 51
3. 欧米諸国のように OC を無料で入手できるよう国としての援助政策を検討する 4. 世界で広く使用されている EC の早期承認を実現し 国民が安心して EC を使用できるようにする 5. 医療機関にあっては 反復中絶を防止するために中絶手術が行われた当日を月経の初日と考えて OC の服用あるいは子宮内避妊具の挿入を勧める 仮に OC の服用開始時期が遅れることがあっても術後 5 日を超える場合には最初の 7 日間はコンドームなどバックアップを併用し IUD については術後 10 日以内での挿入を原則とする 文献 1. 平成 20 年度厚生労働科学研究費補助金 ( 子ども家庭総合研究事業 ) 研究 全国的実態調査に基づいた人工妊娠中絶の減少に向けた包括的研究 ( 主任研究者武谷雄二 分担研究者北村邦夫 ): 第 4 回男女の生活と意識に関する調査報告書 2008 2.The Alan Guttmacher Institute:Teenager Sexual and Reproductive Behavior in Developed Countries, 2001 3. 日本産婦人科医会 10 代の人工妊娠中絶についてのアンケート調査 報告書 2002 4. 北村邦夫 避妊相談への対応 産婦人科の実際 55: 別冊 完璧! 産婦人科ローテート マニュアル 79-85 2006 5. 北村邦夫 質疑応答産婦人科 緊急避妊ピルの作用機序と処方の実際 日本医事新報 4423:95-96 2009 6. 北村邦夫 第 4 回男女の生活と意識に関する調査 結果の概要 性教育にかかわるテーマをめぐって 現代性教育研究月報 27(4):1-7 2009 * * * 52