図 /2010~2015/2016 におけるシーズン毎の検出状況 ( 丸の大きさが検出数の程度を表し グラフ内の数字が検出数を示す ) 図 2. RdRp 領域と VP1 領域の遺伝子型の分類 及び検出状況 /2016~2016/17(2 シーズン ) における VP1

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図 1. 2009/2010~2015/2016 におけるシーズン毎の検出状況 ( 丸の大きさが検出数の程度を表し グラフ内の数字が検出数を示す ) 図 2. RdRp 領域と VP1 領域の遺伝子型の分類 及び検出状況 3.2 2015/2016~2016/17(2 シーズン ) における VP1 領域と RdRp 領域の遺伝子型の分類 2015/2016 と 2016/2017 シーズンについて VP1 領域と RdRp 領域の両方の遺伝子型の分類が可能だった NoV 及びSaVについて その検出状況を図 2に示した 2015/2016 シーズンでは GII.Pe-GII.4 Sydney 亜株と GII.P17-GII.17 Kawasaki 変異株が主流の検出株であった 一方 2016/2017 シーズンの検出された GII.2 株は RdRp 領域の解析から GII.P16-GII.2 に分類され 主流の株となった また 2016/2017 シーズンでは これまで の流行株であった GII.Pe-GII.4 Sydney 亜株は検出されなかった さらに 2016/2017 シーズンに検出された GII.P16-GII.2 の 5 株について VP1 領域と RdRp 領域の全長による系統樹解析を図 3 図 4 に示した これらの株は 2010 ~ 2012 年に国内で検出された同じ GII.P16-GII.2 と共通の祖先を持ち 独自のクラスターを形成していた 2012~2014 年までに流行していた GII.P16-GII.2 とは 系統が異なっていた - 60 -

61 - 図 3. 2016/2017 に栃木県内で検出された NoV GII.P16-GII.2(5 株 ) の ML 法による系統樹解析 (VP1 遺伝子 ) ( 太文字の検体が栃木県内の検出株 ) 栃木県保健環境センター年報第 22 号 (2017)

62 - 図 3. 2016/2017 に栃木県内で検出された NoV GII.P16-GII.2(5 株 ) の ML 法による系統樹解析 (RdRp 遺伝子 ) ( 太文字の検体が栃木県内の検出株 )

4 考察 1995 年に GII.4 US95_96 亜株のパンデミックが発生して以来 GII.4 は主流の遺伝子型として検出されてきた 7) さらに この GII.4 は約 2~3 年ごとに新たな変異株を出現させて 置き換わるように流行している 7), 8) 2006 年には GII.4 Den Haag 亜株が 2009 年には GII.4 New Orleans 株が 2012 年には GII.4 Sydney 株が 日本だけではなく 世界的な大流行を引き起こした 9), 10) 栃木県においても 2009/2010 シーズンは GII.4 Den Haag 亜株 および GII.4 New Orleans 亜株が主流の検出株であった 一方 2012/2013 シーズン以降は 世界的な動向と同様に GII.4 Sydney 亜株が主流となった また 2014/2015 に突如として出現した GII.17 Kawasaki 変異株は 新規遺伝子型 GII.P17 を有し 日本のみならず世界各地で流行した 11) 栃木県内においては 2015 年 2 月に初めて GII.17 Kawasaki 変異株が検出された GII.17 Kawasaki 変異株の出現までは GII.4 は亜型を変化させながら主流株として流行してきた このように NoV は様々な遺伝子型が大流行の原因となる可能性がある NoV は ORF1/ORF2 ジャンクション領域で組替えを起こすことが知られている 12) そのため 一般的に用いられる ORF2 の塩基配列をベースとした遺伝子型の分類に加え ORF1 の遺伝子型の解読も求められるようになった VP1 領域の変異株である GII.4 Sydney 亜株や GII.17 Kawasaki 変異株も ORF1 の組替えを起こしたキメラウイルスであることが報告されている 11) このように NoV の流行状況を正確に把握するためには VP1 領域の変異株だけでなく 組替えキメラウイルスも監視していく必要がある 2016/2017 シーズンに大流行した GII.P16-GII.2 は これまでの同遺伝子型と遺伝学的性状が異なる変異株であることが明らかにされた 13) 全国と同様に 栃木県でも集団発生や散発の事例の大半から検出された このような変異株は 抗原性を乖離することによりヒトの集団免疫を回避して感染を拡大させている可能性が示唆されている 14) SaV は NoV と同じカリシウイルス属に属するウイルスである その検出数があまり多くないため 病原性や疫学的な情報は乏しい この SaV については 今後 全国の地方衛生研究所が協力して情報を蓄積して 調査 分析していく必要がある このように NoV は遺伝子の組替え 変異を起こし しばしば世界的な大流行を発生させている NoV の遺伝子型を解読して 発生状況の詳細を解析し 分子疫学的情報をフィードバックすることは地方衛生研究所の重要な役割の一つである 本研究のような疫学研究の情報から大流行の兆候を探知することも可能である したがって NoV 感染拡大の予防にするためには 遺伝子型の解析等の詳細なサーベイランスを継続していくことが重要である 5 参考文献 1) 国立感染症研究所ウイルス 2 部ウイルス下痢症診断マニュアル第 3 版 ( 平成 15 年 7 月 ) 2) Okada M et al., The detection of human sapoviruses with universal and genogroup-specific primers, Arch Virol, 151, 2503-2509, 2006. 3) Okada M et al., Detection of Human Sapovirus by Real-Time Reverse Transcription-Polymerase Chain Reaction, J Med Virol, 78, 1347-1353, 2006. 4) Norovirus Genotyping Tool Version 1.0 (http://www.rivm.nl/mpf/norovirus/typingtool) 5) Kroneman A, et al., An automated genotyping tool for enteroviruses and noroviruses, J Clin Virol, 51, 121-125, 2011. 6) Tamura K et al., MEGA6: Molecular Evolutionary Genetics Analysis version 6.0, Molecular Biology and Evolution, 30 2725-2729, 2013. 7) Vinjé J et al., Advances in laboratory methods for detection and typing of norovirus, J Clin Microbiol, 53, 373-381, 2015. 8) White PA, Evolution of norovirus. Clin Microbiol Infect, 20, 741-745, 2014 9) Kumazaki M et al., Genetic Analysis of Norovirus GII.4 Variant Strains Detected in Outbreaks of Gastroenteritis in Yokohama, Japan, from the 2006-2007 to the 2013-2014 Seasons, PLoS One, 10, e0142568, 2015. 10) Motomura K et al., Divergent Evolution of Norovirus GII/4 by Genome Recombination from May 2006 to February 2009 in Japan, J Virol, 84, 8085-8097, 2010. 11) Matsushima Y et al., Genetic analyses of GII.17 norovirus strains in diarrheal disease outbreaks from December 2014 to March 2015 in Japan reveal a novel polymerase sequence and amino acid substitutions in the capsid region, Euro Surveill, 2;20(26), pii:21173, 2015 12) Bull RA et al., Norovirus recombination in ORF1/ORF2 overlap. Emerg Infect Dis, 11 1079-1085, 2005. 13) 国立感染症研究所. 病原微生物検出情報 Infectious Agents Surveillance Report (IASR) 38(11) 2017. https://www0.niid.go.jp/niid/idsc/iasr/38/443.pd f 14) Sakon N. et al., Impact of genotype-specific herd immunity on the circulatory dynamism of norovirus: a 10-year longitudinal study of viral acute gastroenteritis. J Infect Dis, 211, 879-888, 2015. - 63 -