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Problem P5

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注釈 * ここでニッケルジメチルグリオキシム錯体としてのニッケルの重量分析を行う場合 恒量値を得るために乾燥操作が必要だが それにはかなりの時間を要するであろう ** この方法は, 銅の含有量が 0.5% 未満の合金において最も良い結果が得られる 化学物質および試薬 合金試料, ~0.5 g, ある

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土壌診断のためののための土壌科学土壌科学の基礎 2011 年 11 月 2 版 福岡県農政部農業技術課小田原孝治 九州大学大学院農学研究院和田信一郎 ( * 現福岡県農業総合試験場筑後分場 ) * 1

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はじめに 作物の生育は土壌を基盤としており, 作物が正常に生育するためには土壌環境を作物の生育に適した健全な状態に維持することが必要となります. 近年, 堆肥等の施用量が低下し, 土作りがおろそかになる一方で, 化学肥料への過度の依存による営農環境の悪化がみられるなど, 環境と調和の取れた持続的な農業生産が立ち行かなくなっていることが指摘されています. このような状況に対して平成 11 年, 自足性の高い農業生産方式の導入の促進に関する法律 が制定されました. また, 県でも減農薬 減化学肥料栽培認証制度が平成 15 年からスタートしました. そして, それぞれ土壌診断に基づいて, 適正な有機質資材, 肥料の使用に勤めることにしています. 一方では, 施設園芸では水, 温度など環境システム制御技術の発達にともない土壌中の養分の量, 状態を把握するための土壌診断技術が必要となってきました. このように土壌診断の必要性は認識されているものの, 現場の技術者の中には土の科学を専門的に学んだ人は少なく, まして土壌分析, 診断業務に携わった経験のある技術者はさらに少ないのが実状です. 土壌診断を的確に行うには, 土の持つ基本的な性質の理解とそれらを全体としてみることが必要とされます. 土壌診断のためには, 現地圃場での観察, 断面調査から土壌の理化学性の分析まで広範な作業が必要となりますが, この資料では主として土壌の基本的な性質と理化学性の分析について解説しています. 土壌学においては, 土壌の物質科学や生物科学などの分野で非常に専門的な研究が行われています. ここでは比較的生産現場に関連の深い内容を選び, 土壌の性質と養分吸収との関連にしぼって解説しています. 本資料の内容が, 土に対する理解を深めるための参考となり, 土壌分析の結果に基づく適格な診断 をするための力を養う助けになれば幸いです. 平成 19 年 7 月 1 日 福岡県農政部農業技術課 九州大学大学院農学研究院 小田原孝治 和田信一郎 3

この資料資料は教育用資料教育用資料としてとして作成作成したもので, 大量に複製複製してして配布配布することをすることを目的目的にしていません. また, 一部には未発表資料未発表資料も含まれています. 全部またはまたは一部一部を著者著者の許可許可なくなく複製複製することをすることを禁じます. 4

目次 1 土は何からできているか 1 1.1 不均一系としてのとしての土 ; 土は 3 相からなるからなる不均一系不均一系である 1 1.2 土の固相 : 液相 : 気相の体積割合体積割合はおおよそ 50%: %:25 25%: %:25 25% である. 2 1.3 土の気相 : 土の空気空気の二酸化炭素濃度二酸化炭素濃度は大気大気の 100 倍 3 1.4 土の液相 : 別名土壌溶液 5 1.5 土の固相 : 鉱物と腐植腐植物質 6 2 土の組成組成と植物植物へのへの養分供給 9 2.1 植物は必須元素必須元素をどのようにをどのように取り入れるか 9 2.2 土の組成組成と水の供給 : 水の供給供給にはには三相分布三相分布だけでなくだけでなく土の構造構造が重要 10 2.3 土の組成組成と酸素酸素の供給 12 2.4 土の組成組成と土壌溶液土壌溶液からのからの養分供給 13 3 土の養分状態養分状態 養分供給能養分供給能の測定 測定 17 3.1 測定の 4 つのカテゴリー : 土壌溶液, 土の固相中固相中の養分量, 土の骨格構, 土の固相成分 17 3.2 現場測定と室内測定 18 3.3 土壌溶液の組成組成に関係関係するする分析分析 測定 19 3.4 土の固相固相に含まれるがまれるが土壌溶液土壌溶液に放出放出されうるされうる養分量養分量の測定 : 可給態養分 25 3.5 土の骨格構造骨格構造に関するする測定 27 3.6 土の固相成分固相成分の組成組成や性質性質に関するする測定 32 4 土の分析結果分析結果に基づくづく土壌診断 37 4.1 経験の集成集成としてのとしての土壌診断基準 36 4.2 土壌診断基準基準の例 37 5 Q & A 39 5.1 土壌溶液組成に関係関係すること 40 5.2 可給態養分に関係関係すること 43 5.3 土の骨格構造骨格構造に関係関係すること 43 5.4 土の固相成分固相成分の構造構造や性質性質に関係関係すること 44 引用文献 45 5

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1 土は何からできているか 1.1 不均一系としてのとしての土 ; 土は 3 相からなるからなる不均一系不均一系である均一系というのは物質科学の言葉で, その物質のどの部分をとっても化学組成や性質が同じであるようなもののことです. 逆に不均一系というのは, 場所によって化学組成や性質が異なるものを指します. 不均一系というのはいくつかの均一な物質が組み合わさって出来上がっていることが大部分です. このような考えで土をみると, 土は 3 相からなる不均一系とみなすことができます. 相というのは均一な構成要素のことで, 土の場合には固相, 液相, 気相からなります. もちろん, 均一, 不均一という判断は, どのくらいの拡大率でものを観察するかということに依存します. 土の固相は大小さまざまな個体粒子の集合体ですが, この中には有機物も無機物もありますから, 細かく見れば粒子ごとに化学組成や性質が異なることになります. 土が 3 相からできている というのは, 物質の性質についてあまり細かい分析をせずに土を観察した場合の見方ということになります. 図 1 樹脂で固化固化したした土の薄片写真薄片写真の例. 白い部分部分は個体, 黒い部分部分は間隙. 図 1 は, ある粘土質の土に樹脂を浸透させて固め, 厚さ 10 µm 程度の薄片に研磨して光学顕微鏡写真を撮影したものです. 図の白い部分が個体, 黒い部分が間隙です. 個体部分と間隙が細かく入り混じった構造をもっていることがわかります. 自然条件下では, この間隙部分の一部は水で, 残りは空気で満たされています. つまり土は, 個体部分 = 固相, 水 = 液相, 空気 = 気相からなる 3 相系というわけです. 実はこの写真で真っ白に見える部分をさらに拡大してみると, この部分もまた, 固相と間隙が細かく入り混じった構造になっています. 蛇足ですが, 樹脂を浸透させるためには土をあらかじめ乾燥しなければなりませんが, 乾燥するときに土が全体として収縮したり, 不均一な収縮によって亀裂が発生することがあります. 自然状態の土の構造をありのままに観察することは現代の技術をもってしてもなかなか難しいことです. 特にたん水中の水田の土の構造をそのままに保って薄片を作ることなどはほとんど不可能に近いとさえ言えます. 図 2 は, やはり樹脂で固めた土からダイヤモンドナイフで切り出した超薄切片を, こんどは電子顕微鏡観察した写真です. 図の横幅が 2 µm 程度に相当します. 図 1 の真っ白い部分を拡大したようなイメージに相当します. 図 2 中,B で示しているのは細菌です. また T で示している部分は粘土粒子の集合体です. この写真からわかるように, 土を構成する個体粒子には 1 µm よりもはるかに小さいもの 1

もあり, それらの粒子間の間隙の大きさは 1/100 µm あるいはそれ以下の大きさのものもある, という ことがわかると思います. このように土は, 肉眼で見ても, 光学顕微鏡で見ても, また電子顕微鏡で みてもいたるところ不均一な系なのです. 図 2 土壌細菌細菌とそのとその周囲周囲の土の超薄切片超薄切片の電子顕微鏡写真. スケールバーは 1 µm.(f (Foster, 1978) 1.2 土の固相 : 液相 : 気相の体積割合体積割合はおおよそ 50%: %:25 25%: %:25 25% である図 3 はいくつかの土の表層から 1 m までの 3 相分布の測定結果です. 図 3. いくつかの土における, 表層から 1 m までの固相率, 液相率, 気相率の分布.(.( 川口,1977 1977) 火山灰土壌というのは, 現在の農耕地土壌分類でいうなら, 火山灰由来の黒ボク土, 高師ヶ原洪積土 2

壌というのは赤黄色土, 水田土は灰色低地土に相当します. 特徴的なことは, 火山灰土を除けば, どの土でも固相の体積割合 ( 固相率 ) は 50 % に近いということです. また擬似グライ土のような地下水位の高い土を除けば ( 少なくとも表相に近い部分では ), 液相率が 25%, 気相率が 25% に近いことも特徴的です. つまり, 地下水位が 1 m よりも深いような土では ( 火山灰由来の土を例外として ) 土の体積の 50% を固相が占め, のこりの 50% は間隙になっていることになります. そしてその間隙の半分は水で, 半分は空気で満たされているということができます. 火山灰由来の土の固相率が著しく低いのは, 固相を占める鉱物の種類が非火山灰土とは大きく異なっているからですが, このことについてはあとで触れます. 後でも説明しますが, 土の固相の大部分は鉱物で占められています. 何種類もの鉱物が含まれるのですが, それらの平均の密度は 2.6 g/cm 3 と水や有機物よりもかなり大きいのです. 一定体積の土 ( たとえば 100 cm 3 ) を, 乱さないようにていねいに掘り取とって乾燥して質量を測定し, それを体積で割ったものをかさ密度, 仮比重, 乾燥密度などといいます. 英語では Bulk Density といいます. もし土の固相の体積割合が上に書いたように 50% としますと, そのかさ密度は 3 3 100 cm 0.5 2.6g / cm 3 = 3 1.3g / cm = 1.3kg/L 100cm になります. 固相率が 40% なら 1.04 g/cm 3 = 1.04 kg/l となります. 実際, 農用地の最表層部分である作土層では固相率が 40% 程度であることが多く, その結果としてかさ密度は 1 に近くなっています. 以上, 土が 3 相から成る系であること, その 3 相とは固相, 液相, 気相であることを説明しました. 次はそれぞれの相がどのような組成を持つのかを説明します. 1.3 土の気相 ; 土の空気の二酸化炭素濃度二酸化炭素濃度は大気大気の 100 倍まずは気相です. 土の気相は土壌空気ともいわれます. 表 1 に大気と土の空気の組成をならべて示しています. よく知られているように大気は約 78% の窒素と 21% の酸素を含みその他多くの微量気体を含みます. 二酸化炭素はポピュラーな気体ですが大気中の濃度は低く 0.035% でしかありません. この組成は地球上のいたるところ比較的一定です. もちろん, 密閉された室内に多くの人がいるような場合には酸素濃度が若干低くなり, 二酸化炭素濃度が高くなります. これに対して土の空気の組成は地域によって, 土の深さによって, また季節によって大きく異なります. 表 1. 清浄な大気大気と土の空気空気の成分組成 ( 陽, 1994) 成分 大気 土の空気 vol % N 2 78 75 90 O 2 21 2 21 Ar 0.93 0.93 1.1 CO 2 0.0345 0.1 10 CH 4 0.00017 tr. 5 N 2 O 0.00003 tr. 0.1 図 4 は福岡市内の畑の表面から 15 cm の部分の空気の酸素濃度と二酸化炭素濃度の年間の変動を測 定したデータです. 二酸化炭素濃度は冬季に低く温度の高い春から夏にかけて高くなります. これは その季節に植物の生育が旺盛であるため, その根の呼吸によって二酸化炭素が多く生産されること, 3

同時に微生物やミミズなどの小動物の活動も活発になり, それらの呼吸によって二酸化炭素が生産されるからです. その変動に対応するように酸素濃度は逆方向に変化しています. つまり呼吸によって酸素が消費され, その分だけ二酸化炭素が生産されるということです. この土の場合, 二酸化炭素濃度は年間を通じて平均 3.5% 程度でした. 25 二酸化炭素酸素 酸素および二酸化炭素濃度体積 % 20 15 10 5 0 1 3 5 7 9 11 月 図 4. 畑の表層表層から 15 cm の部分部分の空気空気の酸素濃酸素濃度と二酸化炭素濃度二酸化炭素濃度の年間変動 ( 和田, 未発表 ). このように, 土の空気の組成の共通の特徴として言えることは, ほとんど例外なく大気よりも酸素濃度が低く, 二酸化炭素濃度が高いことです. この他, メタンや一酸化二窒素などの濃度も大気よりもはるかに高いことが多いです. これは, 土の中の生物 ( 植物の根を含む ) の呼吸やその他の代謝によります. 二酸化炭素濃度にも大きな変動がありますが, 平均して 3% 程度はある, つまり大気の二酸化炭素濃度の 100 倍程度になっていると考えてもいいと思います. このことは土の内部の化学的環境を考えるときには非常に重要です. なぜなら, 二酸化炭素は反応性のある気体で, 水に溶解し炭酸となります. 炭酸は弱い酸ですが, 濃度が高くなると炭酸溶液の ph は結構低くなります. 酸性雨というのをご存知だと思いますが, 酸性雨というのは ph が 5.6 以下の雨のことです. 何で 5.6 以下かというと, 基本的には蒸留水である雨水に, 大気中の二酸化炭素が溶解して炭酸となりその一部が解離したときに ph が 5.6 となるのです. ですから, 大気に硫酸や硝酸などの酸が存在しない場合でも清浄な大気中に存在する 0.035% の二酸化炭素と平衡した雨水の ph は 5.6 と弱酸性になります. ですから, 化石燃料の燃焼に由来する窒素酸化物や硫黄酸化物から生成した硫酸や硝酸の溶解による酸性雨と区別するためには ph5.6 という弱酸性の ph を境にして判断する必要があるわけです. それはともかく,0.035% の二酸化炭素と平衡するだけで本来 ph 7 であるはずの雨水の ph は 5.6 になります. 気体の溶解度は分圧に比例しますので, 二酸化炭素濃度 3.5% の空気と接した水の中の炭酸濃度は 100 倍になり, 詳しい計算は示しませんが,pH は約 1 単位低くなります. 4

1.4 土の液相 ; 別名土壌溶液図 3 に示すように, 火山灰土を除く多くの土では, 土の体積の半分は孔隙であり, その孔隙体積の約半分は水で満たされています. もちろんこれは植物が生育している場合の話で, 白く乾燥したような土ではその割合はずっと小さくなりますし, たん水中の水田では孔隙はすべて水で満たされています. この水は, 研究分野によって, 間隙水, 土壌水, 土中水, 土壌溶液などと様々によばれています. 土壌溶液という呼び名があることからわかるように, 土の液相は様々な溶質を溶かした溶液であり, 植物の根はこの土壌溶液から養分を吸収します. 植物が無機養分だけを与えることによって正常に生育しうることが明らかにされ, 植物栄養の研究手法として養液栽培技術がほぼ確立した後には, 土壌溶液こそが植物の直接の培地であるとみなされ, その組成や, 組成と植物生育の関係を調べるための研究が精力的に行われました. しかし, 土から土壌溶液を分離することは意外と難しいため, 研究成果の蓄積はそれほど多くありません. 加えて, 土壌溶液の組成は植物の生育期間中ずっと一定というわけではありませんので, 土壌溶液組成と植物生育との関係を把握することもかなり難しいことだったのです. それでも, 採取した土を遠心分離して土壌溶液を分離する方法や, 土に多孔質のセラミックカップを埋設してその内部を減圧する方法などによって比較的簡単に土壌溶液が採取されるようになり, 少なくとも組成のデータはかなり蓄積しています. 表 2 はいくつかの土から分離した土壌溶液組成の分析例を示します. 土壌溶液の組成は, 赤黄色土とか黒ボク土とかのいわゆる土壌の分類よりも土地利用形態の影響を受けます. 表 2 の分析例は必ずしも各土地利用の土壌の典型的かつ平均的なものというわけではありませんが特徴的な事例となっています. 表 2. いくつかの土の間隙水間隙水の化学組成分析結果 土の種類, 土地利溶質濃度 / mmol L -1 ph 用 Ca Mg K Na NH 4 Al Fe(II) HCO 3 SO 4 Cl NO 3 森林土壌表層 6.20 0.12 0.09 0.18 0.43 - - - 0.24 0.22 0.34 0.12 牧草地表層 - 2.65 1.36 5.22 0.65 - - - - 0.50 13.0 5.98 牧草地表層 4.7 3.69 1.06 0.55 1.08 0.006 - - - 0.94 10.5 茶園表層 4.18 2.22 1.08 2.61 0.74 0.74 1.06 - - 4.60 1.22 3.70 普通畑 6.18 1.01 0.70 1.74 3.45 - - - - 0.22 1.71 5.55 ビニールハウス土 5.60 11.2 5.75 11.3 5.9 - - - - 9.03 8.91 42.7 水田たん水中 10.3 2.2 0.6 0.5 7.4 水田落水後 9.2 2.1 0.9 0.2 0.2 表 2 に示すように, 多くの土の土壌溶液に共通する主要陽イオンはカルシウム, マグネシウム, カリウムおよびナトリウムです. 一般にはこの中でカルシウムイオンの割合が高いことが多いです. 後述しますが, 茶園土壌やたん水中の水田土壌を除けば土壌溶液中にアンモニウムイオンが他のイオン濃度に匹敵するような濃度で含まれることは極めてまれです. 陰イオンで多いものは, 硝酸イオン, 硫酸イオン, 塩化物イオン, 炭酸水素イオンです. 施肥の影響の残っている農用地では硝酸イオンの割合が高いことが多いです. 土地の利用形態ごとの特徴をいうと, 森林土壌では, イオンの合計濃度が低いことが多く, 陽イオンの中でカルシウムよりもマグネシウムイオン濃度が高いことが珍しくありません. ビニールハウス 5

内の土の特徴は総じて土壌溶液のイオンの合計濃度が高いことです. 茶園土壌の土壌溶液はほとんど例外なく強酸性で, 他の土地利用ではありえないほどアルミニウムイオン濃度とアンモニウムイオン濃度が高いことが多いです. アルミニウムイオン濃度が高いのは酸性のため土の鉱物が溶解した結果であり, アンモニウムイオンが含まれるのは, 硫安などのアンモニア態の窒素肥料を多施することと, 強酸性のためアンモニアイオンの硝酸への酸化反応 ( 微生物による硝酸化成 ) の速度が遅いためです. 水田土壌では, たん水期間と落水後では土壌溶液組成が大きく異なります. 特にたん水期間中は 2 価鉄イオンが相当の濃度で存在します. アンモニウムイオンも含まれます. 1.5 土の固相 : 鉱物と腐植物質土の固相は大小さまざまな粒子からできています. これらの大部分は各種鉱物であり, それに有機物が混じります. はじめに言ったように, 相 というのは, 化学的, 物理的な性質が均一な部分のことです. 固相粒子は様々な ( 化学組成や物理的性質の異なった ) 鉱物や有機物の集合体ですから, 厳密にいうなら, 土の固相は固相 1, 固相 2, 固相 3,... というように無数の相からなることになります. しかし, 話を簡単にするため普通は全部をひとまとめにして固相といっているのです. 土の鉱物 : 土の骨格成分土の固相の研究においては, 固相粒子をばらばらにして大きさによって分画し, 各画分ごとの鉱物組成を調べます. 土の粒子は土に含まれる有機物によって接着されていることが多いので, この分析に先立って, 過酸化水素水などで土を処理し, 有機物は除去します. 大きさによる分画の仕方は研究分野によって様々ですが, 土壌学分野では粒子直径が,>2 mm,2-0.2 mm,022-0.02 mm,0.02-0.002 mm, <0.002 mm, であるような画分に分けます. 表 3 に, 各粒径画分につけられた名称と, 各画分の鉱物組成の特徴を示します. 表 3. 土の粒径画分粒径画分の特徴粒径 / mm 画分の名称 組成の特徴 2 より大 レキ 土の材料になった岩石を構成する鉱物 ( 造岩鉱物 ) や岩石の破片 2 以下,0.2 より大 粗砂 造岩鉱物 0.2 以下,0.02 より大 細砂 造岩鉱物 0.02 以下,0.002 より大 シルト 造岩鉱物と造岩鉱物の風化によって新たに生成した二次鉱物 0.002 以下 粘土 大部分が造岩鉱物の風化によって新たに生成した二次鉱物 ここでは, 各画分の鉱物組成について詳しい説明はしません. 農用地における作物栽培やそのための土壌診断という立場からば, レキ, 砂 ( 粗砂および細砂 ) およびシルト画分の鉱物は化学的, 生物的な活性はないとみなしてもいいと思います. つまりこれらの画分の粒子は土の骨格を形成する役割のみを持っていると考えていいということです. それに対して粘土画分は岩石が風化する過程で新たに生成した微粒子の鉱物群を含みます. これらの鉱物はひとくくりにして粘土鉱物と呼ばれることが多いので, ここでもこの名称を使います. 粘土鉱物の第 1 の特徴は, まずその粒径が極めて小さいことです. このため単位質量あたりの表面積 ( 比表面積 ) が大きく, 各種物質の吸着能 ( 単位質量あたりの吸着能力 ) が大きいのです. 6

第 2 の, 恐らくは最も重要な特徴は, 結晶構造に欠陥があり, 粒子自体が電気的に中性になっていないことです. 多くは負に帯電しており, そのためその過剰の負電荷は周囲から陽イオンを静電気的に吸着することで中和されています. 粘土鉱物粒子と陽イオンとの結合は化学結合というようなものではなく, それよりもはるかに弱い静電気力です. ですから, この陽イオンは他の陽イオンと簡単に置き換わります. たとえばカルシウムイオンが吸着されている粘土鉱物を含む土に肥料として硫酸アンモニウムを施用したとします. 硫酸アンモニウムは土壌溶液に溶解し, 土壌溶液のアンモニウムイオン濃度が上がります. こうするとアンモニウムイオンの一部は粘土鉱物の表面に拡散し, そこでカルシウムイオンと置き換わります. この反応はイオン交換反応とよばれ, 粘土鉱物の過剰負電荷部分に吸着されたイオンは交換性陽イオンとよばれています. 構造の欠陥の量は粘土鉱物ができるときに決まりますから, この機構による表面の負電荷の量は一定です. 粘土鉱物の第 3 の特徴は, その表面に反応性の官能基を多くもつことです. 官能基とは具体的には水酸基です. 土の粘土鉱物の構成元素は主としてケイ素, アルミニウム, 鉄などですからその表面には Si-OH,Al-OH,Fe-OH などの水酸基が露出しています. これらの水酸基特に Fe-OH 基と Al-OH 基は両性で, 土にアルカリ, たとえば水酸化カルシウムが加わると 2Fe-OH + Ca(OH) 2 = (Fe-O) 2 Ca (1) のように陽イオンを吸着します. 逆に酸, たとえば硝酸が加わると Fe-OH + HNO 3 = FeOH 2 NO 3 (2) のように陰イオンを吸着します. 反応 (1) はつぎのような 2 つの反応に分けて考えるとわかりやすいかもしれません. つまり, まず水酸化カルシウムの水酸化物イオンによって 2Fe-OH + 2OH- = 2Fe-O - + H 2 O (3) のように水酸基が解離して負電荷が生じ, そこに 2Fe-O - + Ca 2+ = (Fe-O)Ca (4) とういようにカルシウムイオンが吸着するのです. 反応 (2) の方はまず硝酸の水素イオンが水酸基に付加し + Fe-OH + H+ = Fe-OH 2 (5) この正電荷に硝酸イオンが Fe-OH + 2 + NO - 3 = FeOH 2 NO 3 (6) のように吸着するのです. これらの反応式からわかるように, 表面水酸基による陽イオンや陰イオンの吸着はアルカリや酸の添加量に依存します. 上の例ではカルシウムイオンや硝酸イオンを例にとって説明しましたが, 実際の土では粘土鉱物表面の官能基にはカルシウム, マグネシウム, カリウムイオンなどはあまり吸着されていません. しかし, 銅イオン, 亜鉛イオンなどの微量金属イオンの大半はこれらの官能基に吸着されています. このような違いはイオンの性質の違いによります. 陰イオンの場合も, 硝酸イオンや塩化物イオンはあまり吸着されていませんが, 硫酸イオンはある程度吸着されます. またリン酸イオンは硫酸イオン以上に強く吸着されます. リン酸イオンの場合,(5),(6) 式に示したような機構というより, 図 5 に示すような機構によって表面の官能基 ( 水酸基 ) に化学結合することが知られています. 肥料の成分のなかで, リン酸は作物に吸収されにくいことが知られていますが, その一つの原因はこのような化学結合によるものです. 7

図 5. 表面水酸基へのリンへのリン酸イオンのイオンの結合 土に含まれる鉱物の大半は, 土のもとになった岩石に含まれていた造岩鉱物と, 造岩鉱物が変質してできた二次鉱物 ( 粘土鉱物 ) です. これらの鉱物は主としてケイ素, アルミニウム, 鉄, 酸素, 水素からなる鉱物です. 土にはこの他にも様々な鉱物が含まれます. そのうち農用地で重要なものには, リン酸カルシウム, リン酸アルミニウムなどのリン酸塩鉱物があります. これらは肥料として施用された水溶性のリン酸塩が土のなかのカルシウムやアルミニウムと反応して難溶性の塩として沈殿したものです. 肥料を多用し, 雨水による溶脱が起こりにくいビニールハウスの土には炭酸カルシウムや硫酸カルシウムが含まれることもあります. 土の腐植物質上に述べた各種鉱物類とならぶもう一つの固相構成要素が有機物です. 土の有機物の構成の概略は図 6 に示しています. 土に含まれる有機物のうち生きている生物は 5% 程度です. 生物の中では微生物の割合が大きく, 肉眼的にはいかにも多そうに見える植物の根の割合は意外なほど小さいのです. 有機物の 95% は非生物です. その内訳は図 6 の右下の棒グラフに示しますが, 粗大有機物, 非腐植物質, 腐植物質に分けられます. 粗大有機物というのは, 一目見ただけで, あ, これは腐りかけのイネの株だ, とか何かの葉っぱだ, とかわかるようなもののことです. 腐植物質というのは土から水酸化ナトリウムなどのアルカリで抽出される得体の知れない比較的高分子の化合物群のことです. 非腐植物質はタンパク, 核酸, 糖, 脂質, リグニンなどの生物由来の有機化合物です. これらのうちタンパクや核酸は, 土の中で微生物によって徐々に分解されアンモニア, 硝酸などの無機態窒素やリン酸などを放出します. 8

生物 5% 1 植物根小動物微生物 0 20 40 60 80 100 非生物 95% 1 0 20 40 60 80 100 粗大有機物非腐植物質腐植物質 図 6. 土の有機物有機物の構成 ( 筒木, 1994) 腐植物質とはどのようなものなのかよくわかっていません. 植物体を構成するリグニンやタンパク, 多糖類などの生物由来の高分子化合物 ( バイオポリマー ) が微生物の働きで変質する過程で新たに生成した高分子物質である, と考える人が多いようです. しかし最近は, 部分的に変質したリグニン, タンパク, 脂質, 多糖類などが水素結合などを介して強く会合してできた超分子だと考える人もいます. 腐植物質はタンパクや核酸などの非腐植物質よりも安定ですが, それでも徐々に土の微生物によって分解されるので, 作物に対する無機態窒素やリン酸などの給源となります. 細かい構造はともかく, 腐植物質の特徴は多くのカルボキシル基 (-COOH 基 ) を持ち 2COOH + Ca(OH) 2 = (COO) 2 Ca (7) のような反応で陽イオンを吸着できます. この官能基も鉱物の表面水酸基同様カルシウムイオンやマグネシウムイオンよりも微量重金属イオンをはるかに強く吸着します. 2 土の組成組成と植物植物への養分養分の供給 これまで, 土が何からできているかについて簡単に説明してきました. 次は土の組成が植物の生育にどのように影響するのかについてみていきます. まず, 植物が必須元素をどのような形態でどこから吸収するかについて整理し, それらの元素が土からどのように植物に供給されるのかについてみていくことにします. 2.1 植物は必須元素必須元素をどのようにをどのように取り入れるか植物が正常に栄養生長および生殖生長するためには 17 種の必須元素をそれぞれ適量ずつ吸収することが必要です. 表 4 に土で生育している植物による, 各必須元素の取り入れ方を簡単に示します. 下の一覧にはケイ素も示されています. ケイ素は栄養成長, 生殖成長のためには必須元素ではありませんが, 特にイネ科の植物では自立するために十分な剛性をもつ植物体を作るために非常に重要ですので末尾に加えました. 9

表 4. 植物の必須元素必須元素と主な吸収形態 1) 炭素 大気から二酸化炭素 (CO 2 ) として 2) 水素 土壌溶液から水 (H 2 O) として 3) 酸素 大気, 土壌空気から酸素分子 (O 2 ) として, 土壌溶液から水 (H 2 O) として 4) 窒素 土壌溶液からアンモニウムイオン (NH + 4 ) または硝酸イオン (NO - 3 ) として 5) リン 土壌溶液からリン酸イオン (H 2 PO - 4,HPO 2-4 ) として 6) カリウム 土壌溶液からカリウムイオン (K + ) として 7) カルシウム 土壌溶液からカルシウムイオン (Ca 2+ ) として 8) マグネシウム土壌溶液からマグネシウムイオン (Mg 2+ ) として 9) イオウ 土壌溶液から硫酸イオン (SO 2-4 ) として 10) 亜鉛 土壌溶液から亜鉛イオン (Zn 2+ ) として 11) 銅 土壌溶液から銅イオン (Cu 2+ ) として 12) 鉄 土壌溶液から鉄イオン (Fe 3+ ) として 13) マンガン 土壌溶液からマンガン酸イオン (Mn 2+ ) として 14) ホウ素 土壌溶液からホウ酸 (H 3 BO 4 ) として 15) モリブデン 土壌溶液からモリブデン酸イオン (MoO 2-4 ) として 16) 塩素 土壌溶液から塩化物イオン (Cl - ) として 17) ニッケル 土壌溶液からニッケルイオン (Ni 2+ ) として 18) ケイ素 土壌溶液からモノケイ酸 (H 4 SiO 4 ) として この一覧からわかるように, 炭素以外の元素は土から吸収しているといっても過言ではありません. 土から吸収される元素のうち, 水素と酸素は水として吸収されます. また酸素は土の空気から酸素ガスとして吸収されます. もちろん酸素の多くは葉を通して大気から吸収されるのですが, 根の呼吸に必要な酸素は根の表面から吸収されます. ですから, 植物が正常に生育するためにはまず水を吸収できること, それから土の空気中に十分な酸素があることが条件になります. 他の元素は全て土壌溶液から吸収されます. 土壌溶液に溶存している分子あるいはイオンを表皮細胞を通して取り入れるのです. このことから, 植物が正常に生育するためには土壌溶液中に, 上に示したような形態の元素が適切な濃度で溶存していることが必要になります. これ以後, 植物による吸収に適した形で存在している元素のことを養分ということにします. 上の説明からわかるように, 土の骨格を成す固相成分は植物の養分吸収には直接は関与していません. このことは, 植物を, 水, 空気と必須元素を適切な形態, 適切な濃度で含む培養液のみで生育させること (= 養液栽培 ) ができることからも明らかです. しかし土の場合, 土の固相成分は間接的には非常に大きな役割を果たしています. そして, 土の固相成分の間接機能を十分に発揮させることが土耕栽培における土壌管理の目的ともいえます. それでは次に, 土の組成が植物への養分供給にどのように関係するのかを見ていくことにします. 2.2 土の組成組成と水の供給 : 水の供給供給にはには三相分布三相分布だけでなくだけでなく土の構造構造が重要 10

土耕栽培の場合, 植物は土から水を吸収します. このことはごく当たり前のことに見えますが, よく考えると不思議な面もあります. 水は高いところから低いところに流れます. 雨や灌漑水として土に与えられた水はどんどん土に浸み込んで深いところへ移動してしまいそうな気もします. しかし実際には, 一度与えた水は結構長い間表土に留まります. このような土の能力を保水能といいますが, 土の保水作用は, 土が微細な粒子から構成されており, 粒子間の微細間隙に毛管現象によって水が保持されることによっています. 毛管現象というのは, 典型的には図 7 に示すように, 毛のように細い管を水に立てると重力に逆らって水が上昇する現象のことです. 管の径が小さければ小さいほど上昇高さは高くなります. この現象は, 切り口が円形の管に限らず小さな隙間があれば常に起こります. 水に浸した布に水が浸み込むのも同じ現象です. 管の大きさと水の上昇高さの間には関係があります. 今, 管の半径を r mm, 水の上昇高さを h cm とすると 1.49 h = (8) r の関係があります. 毛管の半径が 1/1000 mm(= 1 µm) なら上昇高さは 1490 cm となります. 半径 r m m 5 h. 5cm 9 図 7. 毛管現象重力に逆らって水を引き上げるわけですから, 毛管や小さな間隙には, 水を吸引する力がある, と言えます. 図 1, 図 2 に示したように土には大小さまざまな間隙がありますから, その大きさに見合った力で水を吸引して保持しているわけです. 雨が降ったり, 十分に灌漑水を与えたりした直後の土の間隙は全て水で満たされています. このうち, 大きな間隙の水に対する吸引力は小さいですから, 水は重力のため下に移動します. しかしある程度小さい間隙に吸引保持された水はそのままそこに留まります. これが土による保水の機構と言えます. 土の間隙による水の吸引圧を数値化して表し, どのくらいの吸引圧の水をどの程度保持できるかを把握しておくと便利です. このような性質を土の水分特性といいます. この場合, 吸引圧の定量化のためには圧力そのものが用いられます. ただ, 吸引圧ですからマイナスの符合をつけます. 圧力の単位としては Pa( パスカル ) を用います. この吸引圧のことを土のマトリックポテンシャルと言います. もう一つの表現法として, その圧力で吸い上げることのできる水の高さであらわすというやり方が用いられています. 高さの単位として cm を使い, あまり大きな桁になることを避けるため対数表示にします. このやり方であらわした吸引圧を pf といいます. 十分量の降雨や灌漑の後 24 時間ほど経つと, 大きな間隙の水は排除され直径 0.1 mm 程度の毛管に 11

相当する間隙より小さい部分だけに水が残ります. このとき水を保持している吸引圧は約 -3 kpa( キ ロパスカル ) です. これは pf 1.5 に相当します. 植物根の水に対する最大吸引圧は非常に大きく, 約 1500 kpa(= 1.5 MPa, メガパスカル ) に相当します. したがって, 土が乾燥して 1500 kpa 以上の吸引 圧で保持された水だけが残っているような状態では植物は水を吸収できません. この吸引圧は pf 4.2 に相当します. 一般にパスカル単位で表したマトリックポテンシャルと pf の間には次の関係があります. pf = log(0.0102 マトリックポテンシャル /Pa) (9) また pf は次の式でパスカル単位のマトリックポテンシャルに換算できます. pf マトリックポテンシャル/Pa= 98 10 (10) 図 8 には土の水に対する吸引圧と水分含量の関係の例を示します. このような関係を示す曲線を土 の保水曲線とか水分特性曲線といいます. この図には粘土質の土と砂質土の例を示しています. 粘土 質の土は保水力は大きいのですが, 植物が吸収できる -3 kpa から -1500 kpa の吸引圧で保持されてい る水の量は, 保水力の低い砂質土よりもむしろ少ないことがわかります. 植物が土に保持された水を吸収するためには, 土による吸引力よりも大きな吸引力で吸い出す必要 があります. もし, 土の間隙がものすごく小さなものばかりだと, そこには非常に大きな吸引力で水 が保持されているわけですから, 植物には吸収できないということも起こり得るのです. 一方, 土の 間隙が大きなものばかりだと, 重力に逆らって十分量の水を保持できないことになります. つまり土 の水分供給力は三相分布や水分含量だけでは決まらないのです. 適当な量の水分が適当な大きさの間 隙に保持されていることが重要なのです. 極端に砂質の土は間隙が大きいため, 重力に抗して十分量 の水を保持することができません. 一方粘土質の土は微細な間隙が多いため多くの水を保持すること ができますが, そのうち植物に利用可能な水の割合が少ないこともあります. 粘土質の土でも, 微細 な粘土粒子を集合体化すると, 集合体と集合体の間に適当な大きさの間隙が構成され, 植物に吸収さ れうる水の量を増やすことができます. このように土の水供給能力には土粒子の集合の仕方, つまり 土壌の構造が適切であることが重要です. 有効水分長さ 5.61-3 kpa -1500 kpa (pf 1.5) (pf 4.2) 60 粘土質土 40 20 砂質土 0.1 1 10 100 1000 (- kpa) 図 8. 土の保水曲線保水曲線の例 12

2.3 土の組成組成と酸素酸素の供給植物は呼吸に必要な酸素の大部分を大気から吸収しますが. 水生植物やたん水中の水田で生育するイネのような例を除けば, 根の呼吸に必要な酸素は土の空気から吸収します. 根が呼吸すると酸素は吸収され二酸化炭素が排出されます. 根と同様に土に生息する多くの微生物や小動物も呼吸しますから, 表 1, 図 4 に示すように土の空気の酸素濃度は低下しがちです. 土の間隙は, お互いどこかでつながっているので, 土の間隙は大気とつながっています. このため, 高濃度の二酸化炭素は大気へ出て行きその代わりに酸素が流入するのですが, この速度は間隙が小さいと遅くなります. 根へ十分量の酸素が供給されるためには, 気相率がある程度以上あることが必要ですが, それと同時にある程度大きな間隙があることも必要になります. 水の供給の場合と同様, 酸素の供給にとっても土の構造が重要です. 2.4 土の組成組成と土壌溶液土壌溶液からのからの養分養分の供給養分吸収は土壌溶液組成土壌溶液組成で決まる - 土耕は土壌溶液土壌溶液を用いたいた養液栽培養液栽培である - 表 4 に示したように, 植物は養分の大半を土壌溶液から吸収します. 養液栽培の場合と同様土耕栽培の場合も土壌溶液が多くの植物養分の給源となっています. 土壌溶液は文字通り様々な溶質を溶解した溶液であり, 植物はこの溶液から比較的単純な形態の養分を吸収しています. 表 4 に主な吸収形態を示しましたが, これ以外の形態のものは吸収しないというわけではありません. たとえば窒素化合物としてはアミノ酸や, かなり大きいタンパクも吸収されることが知られています. ただし, 普通に施肥している農用地では土壌溶液に溶存する窒素化合物のうちこれらの占める割合は低いので, これらの形態での吸収割合は小さいといえます. 最近までの研究で, 大部分の養分や生育阻害成分など, 根を通しての各種物質の吸収は土壌溶液の組成によって決まると言っても過言でないということがわかっています. いくつかその例を示します. 図 9 は, 養液栽培と土耕栽培によってキャベツ幼植物を短期間生育させ, その間の相対生育量と溶液中のマンガン濃度の関係を見たものです. マンガンは必須元素ですが, 吸収しすぎると生育を阻害します. この研究は阻害作用の方に注目したものです. 図からわかるように, 養液栽培では培地の溶液中のマンガン濃度が 1 mg/l を越えるあたりから生育が悪くなっています. 図中の,, はそれぞれ別の土を用い, その土壌溶液のマンガン濃度をコントロールして栽培した結果です. 土の種類に関係なく, 土壌溶液中のマンガン濃度がやっぱり 1 mg/l を越えるところあたりで生育障害が始まっています. このようにみると, 養液栽培と土耕栽培の間には何ら差はないと言えます. つまり土耕栽培というのは, 土壌溶液を用いた養液栽培なのです. 13

100 50 〇養液栽培 土耕栽培 異なる記号は 異なる土 0 0.01 0.1 1 10 100 溶液中のマンガン濃度 / mg/l 図 9. キャベツ幼植物幼植物の養液養液栽培栽培と土耕栽培土耕栽培におけるにおける溶液中溶液中マンガンマンガン濃度濃度と生育阻害生育阻害とのとの関係 ( 伊藤,1984 1984). ).). このような研究には大きな手間がかかるため, 研究はまだ十分ではありませんが, 特に微量元素を 中心に, 養分の吸収量は土壌溶液中の濃度に依存することを示すデータが集積しつつあります. 図 10 はキュウリのマグネシウム含量とそれを栽培した土壌溶液におけるマグネシウムイオンの占める割合 との関係を示しています. 3 2 1 0 0 50 土壌溶液中全陽イオンに占めるマグネシウムの割合 /% 図 10. キュウリのマグネシウム吸収吸収と土壌溶液土壌溶液に占めるマグネシウムイオンのめるマグネシウムイオンの割合割合との関係 ( 伊藤,1984 1984). ).). マグネシウムイオンのような多量元素で, 土壌溶液中のイオン濃度も比較的高い場合には, 図 9 に示したマンガンの例のようにそのイオン単独の濃度だけでは吸収速度は決まらず, 他のイオンとの競合が問題になります. キュウリによるマグネシウム吸収が, マグネシウムイオン単独の濃度でなく, 土壌溶液中の全陽イオンに占めるマグネシウムイオンの割合と高い相間を持つのはこのような理由によるものと考えられます. 例は十分ではありませんが, 植物の養分吸収は土壌溶液組成で決まる, つまり土耕栽培は土壌溶液を用いた養液栽培に他ならないということがわかると思います. 土壌溶液中の養分溶存量養分溶存量は少ないでは, 土壌溶液には作物を栽培するために必要な養分が溶存しているのでしょうか? 図 11 には, 土壌溶液における植物養分の主な溶存形態とおおよその濃度範囲を示しています. 横軸は対数目盛りであることに注意してください. 濃度範囲はかなり広くとっています. たとえば硝酸イオン濃度の上限 14

は 0.1 mol/l 程度となっていますが, これは塩類障害が発生しているようなビニールハウスの表層土でみられるような濃度であり, 普通はこのような濃度で存在することはありません. 他の養分についても同様で, 濃度範囲の中間よりもやや低めの濃度が普通に見られる濃度だと考えてください. いま, ある土の作土の厚さが 15 cm だったとします. その土の作土中の土壌溶液に含まれる養分の量を計算してみましょう. 計算は次の通りです : まず土のかさ密度 ( 仮比重 ) を 1 g/cm 3 (=1000 kg/m 3 ) とします. そうすると 1 ha の農地の 15 cm 厚さの作土の乾土量は 3 6 100 m 100 m 0.15 m 1000 kg/m = 1.5 10 kg = 1500 t となります. この土の土壌溶液に含まれる養分元素の量は 6 1.5 10 kg/ha 含水比 (L/kg) 濃度 (mol/l) 養分元素原子量養分元素量 /kg/ha= (11) 1000 で与えられます. 上の式で含水比の単位を L/kg としていますが, 含水比の単位は普通は kg 水 /kg 乾土です. ただ, 水 1 kg は 1 L ですので分子の 1 kg を 1 L で置き換えて使っています. いま, 含水比が 0.25 L/kg とし, 図 9 に示した各養分の濃度範囲の真ん中あたりの濃度を用い, 上の式にしたがって 1 ha の農地の土壌溶液に溶存している養分元素の量を計算してみます. 結果は表 5 に示します. 図 11. 土壌溶液中でのでの必須元素必須元素の主な溶存形態溶存形態と濃度範囲. 15

表 5. 含水比 0.25 L/kg の農地農地の表層 15 cm の土壌溶液土壌溶液に溶存溶存するする養分元素量 元素 計算に用いた濃度 / mol/l 存在量 / kg/ha N 3 10-3 15.7 Ca 3 10-3 45 K 2 10-3 30 S 2 10-3 24 Mg 2 10-3 17.2 P 1 10-4 1.2 Mn 1 10-4 2.0 Cu 2 10-6 0.047 Zn 2 10-6 0.049 B 1 10-4 0.40 Mo 1 10-7 0.0036 Si* 1 10-4 1.05 *: ケイ素の濃度は図 9 には掲載されていない. 一方, 表 5 にはいくつかの作物の 1 ha あたりの収量と, その収量を上げるために 1 作あたり 1 ha の土から吸収した元素の量を kg 単位で示しています. 計算のために用いた濃度は, 多量成分に関しては表 2 に示す普通畑の土壌溶液中濃度と大体同じです. 表の最後の行のケイ素の濃度は図 9 には示されていませんので, いくつかの測定値の平均を用いました. 土壌中に存在するケイ素の化合物で最も溶解度の高いのはケイ藻の骨格成分である非晶質シリカで, 溶解度は 2 10-2 mol/l です. ですから, 土壌溶液のケイ素濃度はいくら高くてもこれを越えることはありません. もし土壌溶液の濃度がこの最大値だとしても 1 ha の農地の土壌溶液に溶存する量は 21 kg にしかなりません. この計算結果と比較するため, 表 6 にはいくつかの作物の 1 作あたりの収量と元素の 1 ha あたりの吸収量を示しています. これは北海道で実際に測定された値です. 表 5 と表 6 を比較するとすぐわかるように, 大部分の養分元素に関しては, 土壌溶液中の養分元素の溶存量は表に示した作物を 1 作栽培するためには足りません. どの作物に対しても十分なのはカルシウム程度です. 窒素, カリウムやリンなどの多量要素は必要量の 1/10 程度しか溶存していません. 銅や亜鉛などの微量要素についても 1/10 程度です. 表 5 の試算に用いた土壌溶液中の養分元素の濃度は平均的な値であり, これよりもずっと高いこともあります. また施肥直後の土壌溶液中の養分濃度は試算に用いた濃度よりも高いと考えられます. しかし, 施肥直後でも, アンモニウムイオン, カリウムイオン, リン酸イオンなどの濃度は表 5 に示した値の 10 倍になることはありません. なぜなら, 肥料として供給されたこれらの養分の大半はいったん土に吸着されてしまうからです. そして, 植物による吸収によって土壌溶液中の濃度が低下すると徐々に放出されてくるのです. 肥料として定期的に与えられることの少ない微量要素は, その大半が土の鉱物や腐植物質に吸着保持されており, 徐々に土壌溶液中に放出されてきます. 16

表 6. いくつかの栽培植物栽培植物の 1 作あたりのあたりの収量収量およびおよび元素吸収量. 単位は kg ha - 1. コムギ トウモロコシ ダイズ バレイショ 収量 * 3830 6160 2750 10520 N 152 165 235 224 P 25 33 21 33 K 140 200 90 322 Ca 20 33 35 56 Mg 11 17 18 27 Fe 2.03 1.61 0.55 1.86 Mn 0.60 0.71 0.37 1.37 Zn 0.23 0.31 0.15 0.35 Cu 0.07 0.11 0.06 0.07 B 0.12 0.21 0.44 0.36 Mo 0.006 0.0013 0.0016 2.3 Na 2.00 3.05 0.96 1.77 Si 567 340 60 40 ( 田中, 1979) 土耕は土壌溶液土壌溶液を用いたいた養液栽培養液栽培だが, 養分の大半大半は固相固相に貯蔵貯蔵されている土耕栽培は土壌溶液を用いた養液栽培といいました. 確かに, 植物が直接吸収するのは土壌溶液に溶存している養分のみです. 植物による養分吸収の速度は, そのときの土壌溶液の組成によって決まります. しかし, 土壌溶液に溶存しうる養分の量は作物の生長に必要な養分量のごく一部です. 作物による吸収によって土壌溶液中の養分濃度が低下すると, 様々な機構によって, 土壌の固相部に存在する養分が土壌溶液に放出され, それがまた作物に吸収されます. 結局, 作物の播種 植え付けから収穫までの間に吸収する養分の大半は土の固相から供給されたものということになります. 土耕栽培は, 土の固相という養分の自動供給装置を備えた養液栽培なのです. 3. 土の養分状態養分状態 養分供給能養分供給能の測定 3.1 測定の 4 つのカテゴリー : 土壌溶液, 土の固相中固相中の養分量, 土の骨格構造, 土の固相構成成分土耕栽培は土壌溶液を用いた養液栽培ですから, ある時点で作物生育に適した状態であるかどうかを調べるには土壌溶液の量や組成を調べることが最も直接的な手段です. しかし, 土壌溶液の量や組成は, 降雨, 灌水, 蒸発, 植物による養分吸収によって時々刻々変化します. ある時点で採取して調べた土壌溶液の状態というのは一瞬の状態を表すスナップ写真のようなものです. 毎日, 朝晩土壌溶液の状態を調べることはとてもできません. ですから, あるときの土壌溶液の状態だけでなく, 土の固相に存在し, 土壌溶液に移行することが可能な養分の量を把握しておくことも重要です. 作物の根に対する水や空気の供給は, それらの存在量だけでは決まりません. 土の間隙が非常に微細なものばかりなら, たとえ水が多量に存在しても植物の根は吸収できないこともあります. このような場合には土の空気と大気との入れ替えも進みにくく, 土の空気の酸素濃度が極端に低下しがちでもあります. このようなことについての情報を得るには, 土の三相の体積割合, 間隙の大きさの分布, 土の保水特性などを調べなければなりません. 土の養分状態や養分供給能を測定することの目的は, 現状を把握することだけではありません. 測定結果から, 作物栽培に適した状態でないと判断される場合には改良対策を講じなければなりません. 17

そしてそのためには, 土の固相粒子の粒度分布や, 土の鉱物組成や含まれる鉱物の性質を知ることが有用な場合もあります. たとえばある土が極端に砂質であるため保水能力が小さかったとします. この場合, 土粒子の粒度分布を調べると, 粘土分をどの程度補給すれば適切な保水力を持たせることができるかがおおよそわかります. また, カリウムやマグネシウムなどの量が不足していたとします. この場合にはこれらを肥料として供給すればいいのです. しかし, その土の, カリウムイオンやマグネシウムイオンを保持する能力が欠けている場合には施用された肥料の成分はたちまち流されてしまいます. 土の鉱物組成を調べたり, あるいは直接イオン吸着能力を測定することにより, 適切な施肥量の判断を行うことができます. このように, 土の養分状態や養分供給能の測定は次の 4 つのカテゴリーに分けることができます. 1 土壌溶液の組成組成に関するする測定 2 土の固相固相に含まれるが, 土壌溶液に放出放出されうるされうる養分量養分量の測定 3 土の骨格構造骨格構造に関するする測定 - いわゆる土壌土壌の物理性 - 4 土の固相成分固相成分の組成組成や性質性質に関するする測定 3.3 節で, それぞれのカテゴリーに属する様々な測定法とそのための分析手法について説明します. ただし, ここでは詳しい手順については説明しません. そのかわりに, 測定や分析の原理やその測定によって何が把握できるのかなどについてできるだけ丁寧に説明することにします. 操作手順については以下に示すような本が出版されています. それらを参照して下さい. 土壌標準分析 測定法 ( 土壌標準分析 測定法委員会, 1986) 土壌診断の方法と活用 ( 藤原ら, 1996) 3.2 現場測定と室内測定上でまとめた 4 つのカテゴリーの測定の目的は, 栽培現場の土の性質を正確に知ることです. 土はその場の大気環境, 温度環境, 水環境と相互に関係しあっていますから環境によって変化しうるような性質に関する測定はその場で行うことが望ましいことは言うまでもありません. たとえば土壌溶液の溶質組成に関する測定の場合, 土に各種の溶質に反応するセンサーを埋設しておき, 濃度を常に監視することが理想的です. 実際, 土の性質に関する測定技術の開発はこの方向で行われています. 現在でも土の水分含量や土壌溶液の全塩類濃度程度であれば常時監視することは難しくありません. しかしその他の測定, 特に土の固相成分の性質をその場で常時監視できるような技術はほとんどありません. しかも, 採取した土の分析を野外ですぐに行うことも一般には難しいのが現状です. そこで大部分の測定は, いったん土を採取して実験室に持ち帰って行います. この場合, 土の骨格構造に関する測定のためには, 構造を乱さないようにして資料採取することが重要です. このためには一定体積のステンレス製円筒を土に差し込み, その中に土を採取するような方法が用いられます. そのほかの測定のためには, 一定の深さから土を掘り取ってポリエチレン袋などに入れて持ち帰ります. 持ち帰った土は直射日光に当てないようにして室温で乾燥します. この操作は風乾風乾と言われます. そして磁器製の乳鉢の中で木製の棒を用いて, 土の塊をつぶし,2 mm のふるいを通過させ, 通過した部分を用いて各種の分析を行います. この試料を風乾細土風乾細土とよびます. この操作の目的は, 微粒子が集合して 2 mm 以上の集合体になっているものをつぶすことです. それ自体の大きさが 2 mm 以上 18

の鉱物粒子や岩片などをつぶしてはいけません. またこの方法は,ISO においても土の化学分析のための前処理法としても採用されています. 乾燥過程での土の変化を避けるため, 土の分析は採取直後の湿潤土を用いて行うべきだという主張もあります ( 土壌標準分析 測定法委員会, 1986). ここでは ph を例にとってこの問題を考えて見ましょう. 採取した土の ph 測定を大気中で行うときには溶存二酸化炭素の揮散は不可避ですから, いくらがんばっても土壌溶液の ph と同じ値を得ることはほとんど不可能です. また, イネを栽培しているときの水田土などのように還元的な条件にある土の場合, 採取して大気にさらすと大気中の高濃度の酸素による酸化反応がどんどん進み, ph が刻々と変化するというようなことも起こります. このような変化の程度は採取後の時間に依存しますが, そのほかにも測定時の撹拌の強度などにも依存すると考えられます. ある土の空気の二酸化炭素濃度が大気中濃度の 100 倍だったとし, その土の中での ph が 5 だったとします. この土を掘り取って十分に大気と平衡させて ph 測定を行うと ph は 6 になると考えられます. 調査現場で採取直後に ph 測定を測定する場合, 非常に器用な人は非常に短時間で測定を行い,pH 5.1 という値を得るかもしれません. 別の, ちょっと不器用な人は測定に少し時間がかかり ph 5.5 という値を得るかもしれません. このような場合, 採取から測定にいたるまでの各種の条件を細かく規定しておかないと, 測定者によって異なる値が得られることになります. できるだけ速やかに, というのでは不十分です.pH 5.1 も 5.5 も大した違いではないからそんなことはどうでもいいじゃないか, ということなら, 風乾したのち測定を行い, 現場の土の ph は測定値よりも 1 単位程度低い可能性がある, というような判断でもいいことになります. 土の性質の測定では, 土本来の性質をできるだけ正しく測定できることも必要ですが, 誰が測定してもほぼ同じ結果が得られるということも必要です. 現在用いられている分析 測定法の多くは, この点を非常に重視して組み立てられています. そのために, 上の ph の例のように現場の土の性質をありのままに捉えきれていないこともあります. ですからありのままの土の状態を把握するためには, 測定結果と, その土のおかれている環境などを総合して考えることが必要です. 測定結果 = 土の状態, というような単純な関係は必ずしも成り立ちません. 生育している植物の根の周りの土の状態を推定するためには, 分析 測定の原理と, その組み立てにおいてどのような仮定や約束がなされているかを理解しておくことが重要です. 以下に, 測定手順よりも, 原理と, その組み立てにおいてなされている仮定や約束ごとの方に重点を置きながら各種分析 測定法について説明します. 3.3 土壌溶液の組成組成に関係関係するする分析分析 測定 土壌溶液組成文字通り土壌溶液を採取して溶存成分を分析することです. 分析項目は,pH, カルシウム, マグネシウム, カリウム, 硝酸, 硫酸, リン酸などのイオンであることが多いようですが, 汚染土ではカドミウムなどの有害重金属イオン濃度が測定されることもあります. 土壌溶液は, 土に多孔質セラミックのカップを埋設し, それにチューブを接続し, 真空ポンプで内部を減圧して土壌溶液を吸引することによって採取できます. また, 土を採取して実験室に持ち帰り, 高速遠心器を用いて遠心脱水することによって採取することもあります. いずれの方法によっても採 19

取にはかなり時間と手間がかかります. また土がある程度乾燥すると採取できないこともあります. しかも, 土壌溶液の組成は刻々変化するため,1 回きりの分析結果だけに基づいて土の状態を判断しがたい面があります. このため, 重要性が認識されている割には採取 分析はあまり行われていません. しかし, 栽培期間中に発生した, 養分の過剰や不足などによると思われる生育異常の原因究明のためには非常に有効な手段と言えます. 土壌溶液の分析はある時点の土の状態を知るために非常に有意義です. しかし, 注意しておかなければならないこともあります. それは, どのような方法を用いるにせよ, 分離された土壌溶液は土の中に存在したときと全く同じ組成ではないこともあるということです. まず, いったん分離されて土の空気よりもはるかに二酸化炭素分圧の低い大気と接触すると, 溶存二酸化炭素は揮散しますので, それに応じて ph が高くなります. セラミックカップを用いた減圧吸引によって採取する場合には, 採取時に二酸化炭素をはじめ多くの揮発成分は除去されます. 第二に, セラミックカップを用いる方法では, セラミックに吸着されやすい微量金属イオンやリン酸イオンなどの濃度が低下することもあります. ただし, 最近はイオン吸着の少ないプラスチック製の多孔質素材が開発され, この問題はある程度解決されています. 土壌 ph ph は生物活動に非常に大きな影響を持ちます. 植物の根は酸性でもアルカリ性でも障害を受けますし, 大部分の土壌微生物の活動も中性付近で活発です.pH が 4 程度の酸性ではアンモニアを硝酸に酸化する細菌の活動が阻害されるため, アンモニアから硝酸への変化の中間物である亜硝酸が土に集積し, 植物が障害を受けることもあります. 本当は土の中に何らかのセンサーを差し込んで現場の土壌溶液の ph を測定できればいいのですが, 今のところそれは困難です. また土壌溶液を採取して ph を測定することも簡単ではありません. そこで風乾細土に一定量の水を加えて一定時間よく振とうし, 得られた懸濁液に ph 電極を差し込んで ph を測定します. このようにして測定した ph を土壌 ph と呼びます.pH (H 2 O) とよばれることもあります. 採用されている土と水の比率は国によって異なりますが, 日本では土 ( 風乾して 2 mm のふるいを通したもの )10 g に対して水 25 ml という比率が採用されています. また振とう時間は 1 時間 ( 土壌標準分析 測定法委員会, 1986) が採用されています. このようにして測定された土壌 ph と遠心分離法によって採取された土壌溶液の ph には図 12 に示すような相関があることが調べられています ( 岡島, 1981). 7 6 5 4 4 5 6 7 土壌 ph 図 12. 北海道のいくつかののいくつかの土におけるにおける土壌 ph と土壌溶液 ph の関係 ( 岡島, 1981). ).). 20

しかし, これまで何度も説明したように, 二酸化炭素濃度の低い大気中での風乾操作中に起こる溶存二酸化炭素の揮散や大気の酸素による酸化反応のため, 土壌 ph は必ずしも実際の土の中の土壌溶液の ph と一致するとは限りません. その他, もともとの土壌溶液中では溶存していた塩類が風乾中に沈殿し, 風乾細土に水を添加して 1 時間程度放置しても十分に再溶解しない, といったことも起こります. このようなことも ph に影響します. 1:5 水抽出液の溶質組成土壌溶液の個々の溶存成分を分析するのは面倒ですが, 第一に土壌溶液の採取そのものが大変です. ちょっと乾き気味の土からは土壌溶液を分離できないこともあります. そこで古くから土に一定量の水を加えて水溶性の成分を抽出するという分析が行われてきました. このようにして得られた抽出液は希釈された土壌溶液とみなすことができます. アメリカでは, かろうじて水がにじみ出る程度の少量の水を加えて平衡させ, その水を採取しています. この抽出液を Saturated Paste Extract とよんでいます. 日本では乾土 10 g に対して水 50 ml を添加して 1 時間振とうしたのち, 遠心分離やろ過などによって抽出液を得ています. 試料としては風乾細土を用いますのであらかじめその水分含量を測定しておき, 乾土 10 g に対して水 50 ml となるように水の添加量を加減します. このようにして得られた抽出液を 1:5 水抽出液あるいは単に水抽出液水抽出液とよんでいます. この水抽出液の利用は 1960 年代のビニールハウス土壌の管理技術に関する研究から生まれ, 現在ではほぼ標準化されています ( 関東ハウス土壌研究グループ, 1966). この抽出液の養分濃度, たとえばカルシウムイオン, マグネシウムイオン, カリウムイオン, 硝酸イオン, 硫酸イオンなどの濃度を原子吸光法, イオンクロマトグラフィーなどによって測定すると, 土壌溶液組成を推定するために役立つ情報が得られます. しかし, 土に対して多量の水を加えて土壌溶液を希釈しているので, その過程で集積していた塩類の溶解や, 土の固相に吸着していた養分の脱着などの反応が起こります. このため単に希釈率を考慮するだけでは土壌溶液組成を推定することはできません. たとえばある土の含水比が 25% だったとします. この土に水を加えて 1:5 水抽出液を得る場合,1:5 というのは含水比 500% に相当しますから土壌溶液は 20 倍希釈されていることになります. 測定された溶質の濃度を 25 倍すればもとの土壌溶液中の溶質濃度になりそうな気がしますが, 上で説明した塩類の溶解や脱着等の反応のためそのようにはならないのです. ただし例外もあります. それは硝酸イオンと塩化物イオンです. 硝酸イオンと塩化物イオンに関しては,1:5 水抽出液中の濃度に希釈率をかけると, 土壌溶液の硝酸イオン濃度を求めることができます ( 図 13). 21

140 120 100 80 60 40 20 80 非黒ボク土 NO 3 黒ボク土 NO 3 y=0.960x+0.981 (r 2 =0.969) y=0.13x+0.170 60 (r 2 =0.989) 40 20 水抽出液中濃度 希釈率 / mmol L -1 0 0 0 20 40 60 80 100 120 140 0 20 40 60 80 60 18 非黒ボク土 Cl 16 黒ボク土 Cl 50 y=0.1.03x-0.770 14 y=0.952x-0.660 40 (r 2 =0.965) 12 (r 2 =0.948) 10 30 8 20 6 4 10 2 0 0 0 10 20 30 40 50 60 0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 140 非黒ボク土 SO 4 14 黒ボク土 SO 4 120 12 100 80 60 40 20 14 12 10 8 6 4 2 0 0 2 4 6 8 10 12 14 10 8 6 4 2 0 0 0 20 40 60 80 100 120 140 0 2 4 6 8 10 12 14 実測したした土壌溶液中濃度 / mmol L -1 図 13. 水抽出液の硝酸硝酸およびおよび塩化物塩化物イオンイオン濃度濃度に希釈率希釈率を乗じてじて推定推定したした土壌溶液中土壌溶液中の濃度濃度と実測実測したした土壌溶液中濃度の関係 ( 和田ら, 2006 2 006). 1:5 水抽出液の電気伝導率手間ひまかけて水抽出液のイオン濃度の分析を行っても, その結果から土壌溶液の組成を正確に推定することは意外と難しいのです. そのため, 個々の溶質濃度の測定はあまり行われていません. そ 22

のかわり全塩類濃度を把握するための測定が行われています. ただし, 塩濃度そのものではなく, その尺度となる電気伝導率の測定です. 水溶液の電気伝導は溶存しているイオンによるものです. ですから電気伝導率は全イオン濃度の目安になります. 電気伝導率は英語では Electric Conductivity といいますのでその頭文字をとって EC とよばれます. 土の分析で EC といえば 1:5 水抽出液の電気伝導率の事を指すと考えて差し支えありません. 電気伝導率は電極を溶液に差し込むだけですぐに測定できますので,1:5 水抽出を行った後溶液を分離する必要もありません. 懸濁液の上澄み部分に電極を差し込んで測定します. 水溶液の電気伝導率と陽イオンまたは陰イオン濃度の間には C = 9.016EC (12) という簡単な関係があります (Marion and Babkock, 1976). ここで,C は mmol c L -1 単位のイオン濃度, EC は ds m -1 単位の電気伝導率です. また mol c というのは電荷濃度です. たとえば 1 mol L -1 のナトリウムイオンは 1 mol c L -1 です.1mol L -1 のカルシウムイオン (Ca 2+ ) は, カルシウムイオンが 2 価ですから 2mol c L -1 となります. もちろん (12) 式の C は個別のイオン濃度ではなく, 溶存している全陽イオンの電荷濃度の合計 (= 全陰イオンの電荷濃度の合計 ) に相当します. 降水が遮断されたビニールハウスで肥料を多用すると土壌溶液の塩濃度が上昇し, それによって植物の吸水が妨げられるようなことが起こります. これを塩類障害塩類障害といいますが, 溶存イオンの電荷濃度の合計はその良い尺度になり, 経験的には, 水抽出液の電気伝導率が 1.4 ds m -1 を越えると塩類障害の危険性が増します ( 岡島, 1981). 何度も言いますように, 水抽出液は単に土壌溶液を希釈したものではありません. 多量の水を加えて抽出しますので, 実際の土の中では溶けていなかったものを溶かすというようなことが起こります. ただし, 硝酸イオンと塩化物イオンに関してはそのようなことは起こりません. そのため, 土壌溶液中の陰イオンの大半が硝酸イオンと塩化物イオンであるような土においては, 水抽出液の EC に希釈率をかけると土壌溶液の EC に近い値が得られます. しかし硫酸イオンの占める割合が高い場合, つまり土が石コウを含むような場合には簡単にはいきません. 石コウの溶解度は水 1L に 2 g 程度です. 不溶性というわけではありませんが, いくらでも溶けるというほどでもない微妙なところです. 石コウは過リン酸石灰には副成分として多量に含まれていますので, 過リン酸石灰を多用した土では, 土壌溶液に溶けきらずに固体として存在することがあります. そのような土に, 含水比 500% になるように水を加えると, 個体として存在していた石コウが溶解します. その結果水抽出液の EC はその分だけ高めになります. その EC の値に希釈率をかけると土壌溶液の EC はものすごく高い, という推定になります. しかし, 実際にはそれは石コウの溶解によって得られた見かけの効果ということになります. そのため, このような場合には水抽出液の EC から塩類障害の発生の危険性を判断することができなくなります. 図 14 の左のグラフは, 石コウを含む土と石コウを含まない土でキュウリの幼植物を短期間栽培し, 乾物重と水抽出液の EC の関係を見たものです. 石コウを含まない土では水抽出液の EC が高くなると塩類障害のため乾物重が低下しています. 一方石コウを含む土では水抽出液の EC が高くても障害の程度は大きくありません. これは, 水抽出のときに本来は溶解していない石コウが溶解したために EC が高くなったことによります. 石コウを含む土では土壌溶液の EC は水抽出液 EC から推定されるよりもはるかに低いと考えられます. 実際これらの土から分離された土壌溶液の EC と乾物重の関係を見ると 23

( 図 14 右側のグラフ ) 石コウを含む土でも含まない土でもほぼ同じ関係があることがわかります. 3 3 2 2 1 1 0 0 0 1 2 3 0 5 10 15 20 水抽出液 EC/ dsm -1 土壌溶液 EC/ dsm -1 図 14.2 種類の土におけるにおける水抽出液 EC とキュウリの乾物重乾物重の関係 ( 左 ).). 同じデータを, 土壌溶液の EC に対してプロットしたもの ( 右 ).). 〇 ; 石コウをウを含む土, ; 石コウをウを含まないまない土.(.( 伊藤,1984) 3.4 土の固相固相に含まれるが, 土壌溶液に放出放出されうるされうる養分量養分量の測定 : いわゆる可給態養分量土耕栽培は土壌溶液を利用した養液栽培です. しかし土壌溶液に溶存している養分の量は少なく, 植物による吸収によって土壌溶液濃度が低下すると固相から放出されます. 放出の機構は溶解だったり脱着だったり, 微生物による分解だったりと様々ですが, とにかく固相に存在し, 土壌溶液に放出されうる養分の量を把握することは重要です. 作付け前にこのような分析をしておき, 土の固相から土壌溶液に放出されうる養分量を考慮して施肥設計をすることが理想的です. 固相に存在し, 作物の生育期間中に土壌溶液に放出されうるような形態の養分を可給態可給態養分といいます. それを把握することの重要性は古くから認識され, できるだけ正確に把握するための測定法が工夫されてきました. しかし, 少数の例外を除き, 大部分の養分に対しては今でも満足すべき測定法がないといっても過言ではありません. そのため現在でも, 測定法の改良の研究が進められています. 個別の測定法の説明に入る前に, どうしても理解しておいてもらいたいことがあります. それは可給態養分量というのはすべて操作的操作的に定義定義されたものだということです. 操作的定義とは これこれの測定測定を行ってって定量定量されるものを と呼ぶ, というようなような実験操作実験操作によによる定義定義のことです. もちろん, 自然のプロセスをできるだけ模倣できるような方法が注意深く選ばれているのですが完璧には程遠いというのが現状です. このことは, たとえば可給態リン酸含量や陽イオン交換容量などに対しては複数の方法が提案されており, 方法によって値が異なる, ということからもわかります. これは, 分析法を批判しているのではありません. 現在用いられている方法には限界があるので, 結果の解釈上なにか問題がある場合には, その量の定義 = 測定法に立ち返ってって考えねばならない, ということを言いたいのです. 前置きが長くなりました. いくつかの養分について, 可給態養分量の測定法について説明します. ここでは方法の基本的な考え方や限界などについて重点を置いて説明します. 詳しい操作法は土壌養分分析法 ( 土壌養分測定法委員会,1970), 土壌標準分析 測定法 ( 土壌標準分析 測定法委員会, 1986) などの本を参考にしてください. 交換性陽イオンイオン含量土の鉱物, 特に粘土画分の鉱物のなかには鉱物の骨格自体が電気的に中性になっておらず, 表面に 24

陽イオンを弱く吸着して電気的中性を保っているものがあります. また表面に多数の水酸基を有しているものもあります. さらに腐植物質は多量のカルボキシル基を持っています. これらの官能基も 1.5 で説明したように, 陽イオンを吸着できます. これらの陽イオンは, 他のイオンと交換して土壌溶液中に出てきます. また, 植物根は水素イオンを分泌して吸着陽イオンと交換させて土壌溶液中に取り出し, それを吸収していると考えられています. このように, 土の固相部に保持されており, 他の陽イオンで簡単に交換されて土壌溶液中に出てくるような形態のものの含量は, 土を塩溶液で抽出することによって推定することができます. つまり添加した塩溶液の中の陽イオンと吸着陽イオンを交換させて抽出するということです. 言うまでもないことですが, 土の固相は様々な鉱物や腐植物質から構成されていますので, これらによる陽イオンの吸着の強さもまちまちです. 強く吸着されているものもあれば弱く吸着されているものもあります. ですから, 抽出の条件によって抽出量は違ってきます. 一般に塩溶液の濃度を高くすれば沢山の陽イオンが抽出されます. また一定量の土に対する溶液の添加量や抽出時間を長くすればより多量の陽イオンが抽出されます. そこで, 抽出条件を決め, その条件で抽出されたものを交換性陽交換性陽イオンイオンと定義しています. 土の分析においてはイオンの量はそれが持つ電荷も考慮して,mol c で表すのが習慣です. 交換性陽イオン量の基本単位は mol c kg -1 ですが, 通常は cmol c kg -1 単位で表します. 場合によっては, 陽イオン量を酸化物組成に換算して mg kg -1 単位で表すこともあります. 以前は mol c の代わりに eq( イクイバレント ) という単位が用いられ, 交換性陽イオンの量は土 100 g あたりの meq( ミリイクイバレント ) で表されていました.cmol c kg -1 単位で表した場合と meq/100 g 単位で表した場合とでは数値は同じになります. 以下対象とする陽イオンの種類と, その抽出に用いられている塩溶液の種類, および測定結果の解釈上の注意点について簡単に説明します. 交換性陽イオンという量もまた操作的に定義された量の典型例です. カルシウムイオン, マグネシウムイオン, カリウムイオン, ナトリウムイオン, マンガンイオンこれらのイオンに対しては 1 mol L -1,pH 7 の酢酸アンモニウム溶液が用いられています. この方法では, カルシウムイオン, マグネシウムイオン, ナトリウムイオンについては吸着している量のほぼ全量が抽出されます. しかし, カリウムイオンは非常に強く吸着されていることが多いので, 一部のみを抽出します. この測定法による結果を解釈するときに注意しておかなければならないことが 2 点あります. 第一は, この方法では吸着されている陽イオンだけでなく, 水溶性の塩類として存在していた陽イオンも抽出されるということです. 日本のような雨の多い環境では, 土壌溶液に溶存する陽イオンの量は吸着陽イオン量と比較して桁違いに少ないので, 通常はこの点には目をつむります. しかしビニールハウス内の土では, 吸着陽イオンに匹敵する量の溶存イオンが存在しそれが酢酸アンモニウムで抽出されます. 第二は, 酢酸アンモニウムは水溶性でない塩類とくに炭酸カルシウムや炭酸マグネシウムもかなり溶解するという点です. ですから, 石灰を多用した土で, これらの炭酸塩が溜まっている場合には, その全部または一部が酢酸アンモニウム抽出されます. 全部または一部, というのは存在量が少ない場合には全部が溶けるが, 多量に存在するとその一部しか溶けないということです. このような理由で, いわゆる交換性陽イオンは, 水溶性塩類の陽イオン, 吸着陽イオンの一部 ( カ 25

リウム ), 炭酸塩の陽イオンの一部から成ることになります. 土に集積する炭酸塩の大半は炭酸カルシウムです. 土壌溶液の塩類濃度が高く, 炭酸塩類が集積しているようなビニールハウス内の土の交換性カルシウムの分析結果をみるときには注意が必要です. それでは, このような問題の起こらないような抽出法はないのでしょうか. たぶん水溶性の塩類を溶かさず, 吸着イオンだけを抽出するような方法はありえないと思います. 一方, 炭酸塩の溶解が比較的少ない抽出溶液はいくつか工夫されており, その一つが ph 8 の 1 mol L -1 塩化バリウム溶液です. しかし, 日本のような雨の多い気候下では土が炭酸カルシウムを含むことはまれなので, 標準分析法では酢酸アンモニウム溶液が採用されてきたのです. 交換性陽イオンの量は cmol c 単位で表されるのが普通ですが, 施肥量との対応がつけやすいという理由で元素酸化物の mg 単位で表されることもあります. カルシウムイオンは CaO, マグネシウムイオンは MgO, カリウムイオンは K 2 O, ナトリウムイオンは Na 2 O の質量に換算して表すのです. それぞれのイオンの 1 cmol c の質量 (mg) は次のようになります. Ca 1 cmol c は CaO として 280 mg Mg 1 cmol c は MgO として 201 mg K 1 cmol c は K 2 O として 471 mg Na 1 cmol c は Na 2 O として 310 mg アンモニウムイオン酢酸アンモニウムはアンモニウム塩の溶液ですから, 交換性アンモニウムイオンの抽出 定量に用いても意味がありません. 一般に自然界の土に吸着アンモニウムイオンが多量に存在することはほとんどありません. また畑の土でも, アンモニウム肥料の施用直後でもない限り交換性アンモニウムイオンが存在することはないといってもいいくらいです. このため, 交換性陽イオンの抽出液として酢酸アンモニウム溶液が用いられてきたのです. しかし, たん水中の水田や, 落水後でもまだ水分含量が高いときなど交換性アンモニウムイオンが無視できない程度に存在することがあります. このような場合, 交換性アンモニウムイオンの抽出には酢酸アンモニウム溶液に代えて 1 mol L -1 の塩化カリウム溶液が用いられます. 交換酸度と ph(kcl KCl) 酸性の土つまり土壌 ph の低い土は作物栽培には不適です. 酸性の土には水酸化カルシウムや炭酸カルシウムなどの石灰資材を施用して土壌 ph を 6 程度に調節します. このための施用量は, 土の試料に段階的に資材を添加して反応させた後 ph を測定することによって把握した施用量と ph との関係から求めるのが普通です. 両者の関係を示す曲線は緩衝曲線緩衝曲線と呼ばれますので, この方法による石灰施用量の決定法は緩衝曲線法緩衝曲線法とよばれます. 一方, 土の中に存在する酸性物質の全量を測定し, それを中和するために必要な量のアルカリ資材を施用すればよい, という考え方もあります. 土に含まれる酸性物質の代表は土の固相部に吸着しているアルミニウムイオンです. アルミニウムイオンは, 自発的に水酸化物になろうとする傾向があり, Al 3+ + H 2 O = Al(OH) 2+ + H + (13) のような反応で水素イオンを放出します. アルミニウムイオンのほか水素イオンそのものが土の鉱物に吸着されていることもあるのではないか, と思うでしょうが, 水素イオンは非常に反応性が高いので土の鉱物自体と反応してしまい, 吸着イオンとしてはあまり存在しません. 26

吸着されているアルミニウムイオンの抽出には 1 mol L-1 の塩化カリウム溶液が用いられています. この溶液を用いて所定の条件で抽出されたアルミニウムイオンを交換性交換性アルミニウムアルミニウムとよびます. 現在ではアルミニウムイオンを定量することは簡単ですが, 土の酸性に関する研究が始まった頃はアルミニウムイオンの定量は非常に難しかったのです. そこで, アルミニウムイオンそのものを定量する代わりに, 塩化カリウム抽出液を水酸化ナトリウムで滴定し, 中和店までに要したアルカリの量で交換性アルミニウムイオンの量 (= 酸度 ) をあらわそうとしました. 反応は次のようになります. Al 3+ + 3NaOH = = Al(OH) 3 + 3Na+ (14) このようにして定められた量を交換酸度交換酸度とよびます. 土の酸性の原因物質が交換性アルミニウムイオンであることを世界で始めて示したのは日本人の土壌学者である大工原銀太郎 ( 農事試験場 - 九州大学 ) です. このため交換酸度は大工原酸度大工原酸度とも呼ばれます. 交換酸度が相当量存在するかどうかは抽出液中のアルミニウムイオンや酸度の滴定を行わなくても判断できます. それには, 土に 1 mol L -1 塩化カリウム溶液を加えて反応させ ph を測定すればいいのです. この ph は ph(kcl),kcl ph などとよばれます. 交換酸度が大きい土つまり多量の交換性アルミニウムイオンを含む土では ph(h 2 O) >> ph(kcl) となります. 可給態リンリン酸含量リン酸イオンは鉱物表面の水酸基に強く結合します. 特に酸化 水酸化鉄鉱物や水酸化アルミニウム鉱物には強く結合します. この他, 炭酸カルシウムを含む土, 過リン酸石灰などのリン酸肥料を多用する土では溶解度の低い, 様々な形態のリン酸カルシウムとして沈殿することもあります. このため, 肥料の三要素である窒素, リン酸, カリウムの中ではリン酸の利用効率が最も低いことが多いのです. 土の中でのリン酸の形態は様々ですから, 土によってこれらの存在割合も様々です. 一つの方法でこれらの中から植物に利用される可能性の高い部分を選択的に抽出するのはほとんど不可能です. このため可給態リン酸含量の推定法としては多くの方法が提案されています. その中でもよく利用されているのは以下の 3 つの方法です. いずれの方法でも測定結果はリンの量を酸化物 P 2 O 5 の質量に換算して表しています. トルオーグ法希薄な硫酸溶液を用いて低 ph で抽出する方法です. 日本における土の分析でよく用いられています. 具体的には 0.001 mol L -1 の硫酸溶液 400 ml を風乾細土 2 g に加えて抽出します. この方法では, 主として難溶性リン酸カルシウムおよびマグネシウム塩の一部が溶解すると考えられています. 日本では土壌診断のための分析によく用いられています. 酸性条件で抽出するというのがポイントですから, 炭酸カルシウムが多量に集積した土壌に適用すると, 添加した硫酸が炭酸カルシウムによってほとんど中和され, 抽出液が酸性にならないこともあるので注意が必要です. ブレイ第二法硫酸濃度 0.05 mol L -1, フッ化アンモニウム濃度 0.03 mol L -1 の混合溶液を用いた測定です. フッ化物イオンは鉱物表面の水酸基に強く吸着する性質があるので, 図 5 に示したような吸着リン酸イオンを抽出すると考えられています. オルセン法抽出液として 0.5 mol L -1 炭酸水素ナトリウム溶液を用います. リン酸カルシウムのうち比較的不安 27

定で溶解しやすい部分を溶解すると考えられています. 想定されている機構は, 炭酸水素ナトリウムがリン酸カルシウムのカルシウムイオンと反応して非常に溶解度の低い炭酸カルシウムとなるのでリン酸イオンが遊離される, というものです. 可給態窒素含量可給態という言葉の意味からすると, 土壌溶液中に溶存する硝酸イオンや交換性アンモニウムイオンなどが最も植物に対する可給性の高い部分と言えます. ただ, この節のはじめで説明したように, 可給態 というのは操作的に定義される量です. 一般に可給態窒素含量といえば, 一定期間に微生物の作用で無機化されてくる窒素の量を指すと定義されています. 保温静置法風乾土の一定量をたん水状態または畑状態の水分含量とし,30 で 4 週間保温静置します. その後無機化されて出てきたアンモニウムイオンおよび硝酸イオンを塩化カリウム溶液で抽出して定量します. もちろん, 保温静地前の土に含まれていた無機態窒素は別途定量して差し引きます. 緩衝液抽出法保温静置法は文字通り微生物による有機態窒素の無機化をみる方法ですから合理的な方法です. しかし測定に 1 ヶ月を要しますので, より短時間で済む方法が工夫されています. 現時点では可給態窒素含量測定の標準法は保温静置法です. 簡便法の開発では, 保温静置法にできるだけ近い結果を与えるということが目標になります. 現在, リン酸緩衝液によって抽出される無機態窒素含量が保温静置法による含量と相間が高いことがわかっています. 両者の測定結果は同じではありません. 保温静置で出てくる無機態窒素 > リン酸緩衝液で抽出される無機態窒素なのです. ただ, 両者の間には相間がありますので, リン酸緩衝液抽出法の結果を保温静置法の結果に読み替えることが可能です. 可給態ケイケイ酸含量ケイ素は植物の必須元素ではありませんが, イネにとっては準必須元素とされています. イネに限らず多くの植物は驚くほど多量のケイ素を吸収しています ( 表 6). 土壌溶液のケイ酸濃度が 2 mmol L -1 を越えることはありませんから, 吸収されたケイ素の大部分は固相から供給されたものです. このケイ素はケイ酸鉱物やケイ酸塩鉱物から供給されることは確かですが, その機構は正確には理解されていません. 保温静置法ケイ素を特に必要とするのはイネですから, 土を水田のようにたん水静置し, 溶出するケイ酸を定量するという方法が標準的に用いられています. 40 で 1 週間という条件が用いられることが多いようです. この方法で溶出定量されるケイ酸の量は, 植物が実際に吸収する量より小さいことが多いのですが, 両者の間には相間があります. ですから, この方法により測定された量は, 土の可給態ケイ酸含量の目安になるのです. 言葉の意味を考えると, この方法で定量される計算含量を可給態ケイ酸含量とよぶのはちょっと変です. これもまた操作的な定義の一例です. 中性リンリン酸緩衝液抽出法保温静置法の欠点は時間がかかることです. そこで溶液による抽出法が工夫されてきました. 中でも, 中性のリン酸緩衝液 (20 mmol L -1 の NaH 2 PO 4 と 20 mmol L -1 の Na 2 HPO 4 の当量混合液で ph 6.9) を用い 40 で 5 時間抽出することによって抽出されるケイ酸の量はイネの茎葉の計算含量との相間が 28

高いことがわかり, 次第に利用されるようになっています. 可給態微量要素含量銅, 亜鉛, モリブデンなどの微量元素の存在形態は主として, 1) 土の鉱物の構成成分として結晶の内部に存在する 2) 鉱物や腐植物質の表面に吸着されているという 2 つです. このうち 1) の形態のものは鉱物の風化によっていずれは放出されると考えられますが, 作物の 1 作期間中の放出量は無視できる程度でしょう. 作物に利用されやすいものは 2) の形態のものです. 鉱物や腐植物質の表面に吸着されているといっても, その吸着の強さはまちまちであり, その全てがすぐに土壌溶液に出てくるとは限りません. 土壌溶液に出てくる可能性の高い部分だけを評価するため, 様々な試薬による抽出法が工夫されてきました. 抽出法の開発の手順は, 1 様々なタイプの土で作物を栽培し, 各種微量要素の吸収量を測定する, 2 それらの土から酸溶液, キレート剤溶液, 塩溶液などを用いて微量要素を抽出する, 3 抽出量と吸収量の間の相間関係を調べる, 4 できるだけ高い相間の得られる方法を採用する. このような方法で多くの方法が開発されてきました. どの方法も一長一短であり, どの土にも, どの作物にも適用できる方法はないといってもいいと思います. 表 7 に現在日本でよく用いられている方法を簡単にまとめます. 表 7. よくもちいられるいられる可給態微量態微量要素含量素含量の推定推定法 微量要素 抽出試薬 亜鉛 0.1 mol L -1 塩酸 銅 0.1 mol L -1 塩酸 マンガン 1mol L -1 ph 7 酢酸アンモニウム, 0.2% ヒドロキノン- 1mol L -1 ph 7 酢酸アンモニウム混合溶液 ホウ素 熱水 モリブデン 酸性シュウ酸アンモニウム緩衝液 3.5 土の骨格構造骨格構造に関するする測定 土粒子の粒径組成粒径組成 : 土性土の液相率や気相率だけでなく, 液相 ( 土壌溶液 ) や気相 ( 土の空気 ) がどのような大きさの間隙に存在しているかが重要です. 土壌溶液の量が十分でもそれが非常に微細な間隙に保持されている場合には植物が吸収できません. また土の空気の量が十分であってもそれが非常に微細な間隙に存在しているときには大気との交換がスムーズに行かず, 酸素濃度が極端に低下しかねません. このように土の間隙の大きさやその分布は非常に重要です. そして間隙の大きさは基本的には土粒子の粒度分布によって決まります. 小さな粒子が多いと粒子間の間隙も小さくなるし, 粗い粒子ばかりだと大きくなります. このため古くから土の構成粒子の粒径組成の測定が行われてきました. 土の構成粒子の粒径組成のことを土性土性といいます. 土性の測定は次のような手順で行われます. 1 土を過酸化水素水で処理して粒子同士を結合している腐植物質を分解する. 2 振とう, 音波処理などにより土粒子をばらばらに分散させる. 29

3 粒径と沈降速度の関係を利用して粘土画分 (< 0.002 mm), シルト画分 (0.002-0.02 mm) の全部または一部を取り出し含量を測定する. 4 残りの画分を篩い分けにより細砂 (0.02-0.2 mm), 粗砂 (0.2-2 mm) に分けて含量を測定する. これらの測定結果から, 粘土画分, シルト画分, 砂画分 (= 細砂画分 + 粗砂画分 ) の含量がそれぞれ百分率で表示されます. そして土は, これらの画分の含量によっていくつかに分類され, それぞれに土性名がつけられています. 土性の分類にはいくつかのやり方がありますが日本では国際土壌学会法というのが採用されています. この方式による土性分類を図 15 に示します. 通常は正三角形の 3 辺に粘土, シルト, 砂の含量を目盛ったダイヤグラムを用います. しかし粘土, シルト, 砂の含量を全部足すと 100 % ですから, 粘土と砂の含量を指定すればシルト含量は自動的に決まります. ここでは粘土含量と砂含量だけをそれぞれ縦軸, 横軸に目盛った, ごく普通のグラフで表しています. 100 90 80 70 60 重埴土 50 40 30 20 シルト質埴土 シルト質埴壌土 軽埴土 埴壌土 砂質埴土 砂質埴壌土 10 シルト質壌土 壌土 砂壌土 壌質砂土 0 砂 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100 砂含量 /% 図 15. 国際土壌学土壌学会法会法によるによる土性分類 土壌調査に熟練した人は, 指先で土をこねたときの触感からかなり正確に土性区分を行うことができます. 土性は土の非常に重要な性質です. しかし, 粘土粒子が集合体を作って見かけ上シルトあるいは砂粒子として存在する, というようなことがあります. このため土性と他の性質, たとえば保水性や透水性, 通気性などを 1:1 で結びつけることはできません. このため土壌診断のための分析においてはあまり土性の測定は行われていません. 土の乾燥乾燥密度 ( 仮比重 ) 単位体積の土に含まれる固相の質量のことを乾燥密度といいます. 日本の土壌学分野では仮比重とよばれることもあります. 土壌学分野では, 土に容積 100 ml のステンレス円筒を差し込むことにより構造を乱さないようにして土を採取し, その土を乾燥器で乾燥したのち質量測定することにより求めます. 単位は g cm -3,kg L -1 などです. 乾燥密度のかわりに,100 ml 容のステンレス円筒で採取した土の乾燥重量を g 単位で表示することもあります. これは容積重とよばれます. 三相分布土の固相, 液相, 気相の体積割合のことです. 実容積計という装置を用いれば各相の体積を直接測 30

定することができます. かさ密度測定のために採取した 100 ml の試料の乾燥前後の質量からおおよそ の体積割合を計算することができます. いま試料採取用ステンレス円筒の質量を w 0, 採取した試料の 円筒込みの質量を w 1, 乾燥後の質量を w 2 とします. 単位は kg です. そうすると固相率, 液相率, 気 相率はそれぞれ次の式で与えられます. w2 -w0 1 2.6kg L 固相率 = 100 (15) 0.1L w1 -w2 1 1kg L 液相率 = 100 (16) 0.1L 気相率 = 100 -固相率 - 液相率 (17) ここで, これらの式の分母の 0.1 L というのは採取した土の全体積,(16) 式の 2.6 kg L -1 は土の固相の平 均密度,(16) の 1 kg L -1 は土壌溶液の密度です. 土壌溶液の密度はこの値でほぼ問題ないと思われます が, 土粒子の密度は土に含まれる鉱物の種類や有機物含量などによりかなり変動します. このためこ れらの式による推定値は実容積法による値とは若干異なる可能性があります. 土の透水性 : 透水係数 土の透水に関する性質には 2 種類あります. 一つは土の間隙が全部水で飽和されたときの透水性, もう一つは土の間隙が水で飽和されていないときの透水性です. いま下の図のような, 一定面積, 一定長さの土のカラムについて考えてみます. 面積 A 長さ L 図 16. 土のカラカラム この土の間隙が全て水で飽和されているとすると, この土を通して単位時間に流れる水の量は, 面積に比例し, 長さに反比例し, この土の上端と下端にかかる水圧の差に比例します. これはたん水された水田の作土を通して水が流れているような状況に相当します. この関係を式で表すと面積 水圧差単位時間に流れる水量 = 比例定数 (18) 長さという関係があります. この関係のことをダルシーの法則といい, この比例定数のことを飽和透水係数というのです. 飽和透水係数は定数ですが, 土によって異なる値をとります. しかし, もし土の間隙が水で飽和されていない場合, たとえば畑の作土を水が流れるような場合です. この場合は多量の潅水の直後でもなければ土の全体が水で飽和されていることはありません. ま 31

た土の上部に水がたまっていることもありませんので水圧というものがありません. この場合には水 圧差の変わりに土の上端と下端の水のマトリックポテンシャルの差を取ると (18) 式と似たような式が 成り立ちます. 面積 マトリックポテンシャル差単位時間に流れる水量 = 比例定数長さ (19) この式の比例定数を不飽和透水係数といいます. 飽和透水係数は土に固有の定数でした. しかし, 不飽和透水係数は, 同じ土でもそのときの水分含量によって値が異なります. 畑状態の土の透水性を定量的に評価するには不飽和透水係数が必要です. しかし不飽和透水係数は水分含量によって異なる値をもちますので測定は非常に面倒です. 最近は, 不飽和透水係数とマトリックポテンシャルの間の関係を表す経験式が用いられています. 土の保水性土の保水性とは図 8 に示すように, 土の水分含量と土による水の保持力の関係のことです. 測定は, 土の水分含量を変化させながら, その時々の水の保持力を測定します. 保持力は 2.2 で説明したようにマトリックポテンシャルあるいは pf として表示します. 土に保持されている水のマトリックポテンシャルの測定法にはいくつかあり, それぞれ測定可能な範囲が異なります. 土の保水曲線の測定には, 砂柱法, 遠心法, 加圧板法などの方法が用いられます. 詳細は 土壌標準分析 測定法 ( 土壌標準分析 測定法委員会, 1986) などの書物に書かれています. 原位置で測定できる方法としてはテンションメータを用いた方法があります. テンションメータは先端が多孔質セラミックでできた円筒に水を満たし, 反対側に圧力計を取り付けたものです. テンションメータを土に挿入すると ( 図 17), 内部の水がそのときの土の持つ吸引圧で吸引されます. しかし円筒は密閉されていますので実際には水は円筒外に出ることはできないので, 内部の水にはマイナスの圧力がかかります. この圧力がマトリックポテンシャルに相当します. 図 17. テンシンションメータによるマータによるマトリックポテックポテンシャルのンシャルの測定 緻密度 ( 硬度 ) 硬度ともいいます. ただ, 土は粒子の集合体ですから, 硬さといっても, ダイヤモンドの硬さというような意味とは違います. 作物の根が入りやすいか入りにくいかの尺度となるような硬さのことです. 日本では図 18 に示すような山中式硬度計という器具で測定されます. これは, 金属円筒内部にバネが内蔵されており, それに金属製の円錐が接続されたもので, 貫入抵抗計の一種です. 土に円錐部 32

を押し付け, 根元まで貫入させようとします. 土が固い場合には円錐は入りにくく, その分だけバネが圧縮されます. ゲージにはバネの縮んだ長さが表示されます. 土が軟らかいと, 円錐部は抵抗なく土に入りますので, バネの縮みは小さくなります. バネの縮み (mm) を土の緻密度 ( 硬度 ) の尺度として用います. 図 18. 中山式硬山式硬度計とそのとその作動作動原理. 3.6 土の固相成分固相成分の組成組成や性質性質に関するする測定 有機態炭素含量土には様々な有機物が含まれます. その大部分は非生物であり半分ないしそれ以上は腐植物質です. 腐植物質は得体の知れない有機化合物の集合体であり, 標準的な化学分析法によって化合物ごとに分けて定量することはできません. このため土の有機物含量は有機物として存在する炭素の含量で表されることが大部分です. この量を有機態炭素含量有機態炭素含量といいます. 有機態炭素含量は土の試料を高温で燃焼させ発生する二酸化炭素の量を測定することによって求められます. 平均的には, 炭素含量に 1.73 をかけることによって有機物含量有機物含量に換算換算できます. 全窒素含量土の中の有機物を完全に分解し, それらに含まれる窒素の含量を測定します. 標準的には土を濃硫酸と加熱して窒素化合物を分解してアンモウムイオンとし, アンモニウムイオンを定量します. この窒素にはもちろん土に無機態として含まれていた窒素も含まれます. 全窒素含量は土の窒素供給能の目安にはなりにくい量です. 鉱物組成土の砂, シルト, 粘土画分の大部分は鉱物です. 土の鉱物組成は X 線回折, 赤外スペクトル測定, 熱分析などの鉱物分析法を組み合わせることによってかなり定量的に分析することが可能です. 土の 33

砂画分とシルト画分の大部分の鉱物はあまり化学反応性が高くないので, 作物栽培のための土の診断においては, 詳しい鉱物組成を知る必要はありません. しかし, 粘土画分の鉱物は陽イオンや陰イオンの吸着体として重要ですので, 鉱物組成を知ることは有意義です. 土の性質と粘土画分の鉱物組成には関係があります. この関係を極めることを目的とした研究が 1960 年代まで非常に盛んに行われ, 世界の土の鉱物組成に関する情報が集積しました. しかし, 鉱物組成に基づいて土の性質を正確に予測することは難しいことがわかり, その後は土壌診断のための分析としては, 土の鉱物分析はあまり行われていません. それでも, 酸化 水酸化鉄鉱物やアロフェンのような非晶質アルミニウムケイ酸塩の含量はリン酸イオン吸着特性と非常に関係が深いこと,X 線回折などの鉱物分析用の装置を用いずとも簡単な化学分析によって測定できることから, ときどき測定されています. 測定法を簡単に紹介しましょう : 酸化 水酸化鉄鉱物水酸化鉄鉱物の全量 : 亜二チオン酸ナトリウムによる還元によって溶解する鉄の量を測定する. 結晶度が低く反応性に富む酸化酸化 水酸化鉄含量 : 酸性シュウ酸アンモニウムによる溶解処理によって溶出する鉄の量を測定する. アロフェロフェン含量 : 酸性シュウ酸アンモニウムによる溶解処理によって溶出するケイ素の量を測定し, 経験的に求めた係数をかける. 詳しい操作手順は 土壌環境分析法 ( 土壌環境分析法編集委員会, 1997) などの本に掲載されています. 炭酸塩含量土の中に多量に存在する可能性のある炭酸塩は炭酸カルシウムと炭酸マグネシウムおよびドロマイト ( 炭酸カルシウムマグネシウム ) です. 炭酸塩は鉱物の一種ですから, 炭酸塩の分析は土の鉱物組成の分析の一種と言えます. 比較的雨量の少ない地域の土 ( ヨーロッパ, ロシア, アメリカなどの穀倉地帯 ) の土にはたいていかなりの量の炭酸塩 ( 主として炭酸カルシウム ) が含まれているので分析されることがあります. しかし日本の土には炭酸塩が含まれることはまれなのでほとんど分析されてきませんでした. しかし, 降雨の遮断された施設土においてはかなり多量の炭酸塩が集積していることが認められています ( 和田 兼子, 1996; 和田ら, 1997). 炭酸塩含量は, 一定量の土に酸を加えたとき発生する二酸化炭素を定量することにより測定できます. この測定を簡便に行うための方法も開発されていますが (Wada, 1997), あまり測定されていません. 炭酸塩は水に対する溶解度は低いので 1:5 水抽出液にはほとんど溶けません. しかし酢酸アンモニウムにはかなり溶けるので, 交換性陽イオン抽出時にかなり溶解します. このため, 炭酸塩を含む土では, 交換性陽イオンの測定結果の解釈が難しくなります. 陽イオンイオン交換交換容量 :CEC 土は陽イオンを吸着する能力を持つことは何度も説明してきました. 吸着した陽イオンのうち, 比較的弱く吸着されているものは他の陽イオンを加えると, それと交換して溶出します. 陽イオン交換容量という言葉の文字通りの意味は, 他の陽イオンと交換できるような陽イオンの保持容量ということです. しかし, 交換というのは相手あってのことですから, 吸着されているイオンはあるイオンとは交換するが別のイオンとは交換しない, というようなことも起こります. また, 陽イオンを多量に加える 34

と何とか交換するが少量加えたときには交換しない, というようなこともありえます. このため, ある共通の測定条件を決めてその条件で保持できる交換性陽イオンの量を測定し, それを持って陽イオン交換容量 (Cation Exchange Capacity; CEC) としているのです. 陽イオン交換容量もまた, 土が持つ固有の性質というよりも操作的に定義された量なのです. 陽イオン交換容量の測定法として多くの方法が提案されています. そして, 方法ごとに得られる値は異なります. 日本においては農用地の土の陽イオン交換容量測定のために標準的に用いられている方法とその背後の考え方は次のようなものです. 1 一定量の土をカラムにつめ, 一定量の 1 mol L -1 ph 7 の酢酸アンモニウムで洗浄する. このとき, もとの土に吸着されていた陽イオンと交換する形でアンモニウムイオンが吸着する. 2 カラムの間隙に残る酢酸アンモニウム溶液を 90% のアルコールで洗浄除去する. 3 カラムに一定量の塩化ナトリウムなどの塩溶液を浸透させ, 吸着されていたアンモニウムイオンをナトリウムイオンなどと交換させて抽出する. 4 抽出されたアンモニウムイオンを定量し,cmol c kg -1 単位で表示する. 吸着されたアンモニウムイオンとナトリウムイオンとの交換反応が完全だと仮定するなら, 結局陽イオン交換容量とは,1に規定されているような条件下での土によるアンモニウムイオンの吸着量ということになります. もし, 土に吸着されていた陽イオンが定量的にアンモニウムイオンで交換され, そのアンモニウムイオンがナトリウムイオンで定量的に交換されたなら,CEC は交換性陽イオンの合計量に等しくなるはずです. 図 19 は日本全国の農業試験場の露地圃場の作土について測定された陽イオン交換容量と交換性陽イオンの合計量の関係 ( 農業環境技術研究所化学部土壌第 3 科, 1985) をプロットした図です ( 和田 大谷, 1987). この図の作成に用いた土は交換酸度が無視できるくらい小さい土だけです. つまり交換性陽イオンはもっぱら, カルシウム, マグネシウム, カリウムおよびナトリウムからなり, アルミニウムウイオンは無視できる程度でした. この図は, 大部分の土では CEC 交換性陽イオンの合計量 (20) の関係があることを示しています. 因みに, 通常は交換性陽イオンの測定と CEC の測定は同時に行います. つまり,1のステップで得られる溶出液中の陽イオンを分析して交換性陽イオンとし, ステップ4のアンモニウムイオン量から CEC を求めるのです. つまり, 陽イオンが追い出されたということはそこにアンモニウムイオンが吸着したということです. 陽イオンの脱着量とアンモニウムイオンの吸着量は等量であるはずです. そのうえ, ステップ1では, 土に含まれる可溶性の塩類も抽出されますから, むしろ CEC 交換性陽イオンの合計量 (21) という関係があっていいはずです. 35

60 50 40 30 20 10 0 0 10 20 30 40 50 60 陽イオン交換容量 / cmol c kg -1 図 19. 陽イオンイオン交換容交換容量と交換性交換性陽イオンのイオンの合計含量含量とのとの関係. CEC に対する交換性カルシウム, マグネシウム, カリウム, ナトリウムの合計量の百分率を塩基飽和度といいます. 交換性 Ca, Mg,, K Naの合計塩基飽和度 = 100 (22) CEC 図 19 に示した土の大部分では塩基飽和度は 100% 以下です. ということはカルシウム, マグネシウム, カリウム, ナトリウム以外の陽イオンが存在していたのでしょうか. 交換酸度が無視できる土のデータだけを用いたのですから交換性アルミニウムイオンや水素イオンは含まれていません. 亜鉛や銅などの微量要素イオンがそんなに大量に存在するとも思えません. ということは, 吸着能力はあるのに, そこには何も吸着していなかったことになります. 何か変ではないでしょうか? これには次に説明するような理由があります. 農用地の土の陽イオン交換体として重要なものは粘土鉱物と腐植物質です. 粘土鉱物は結晶構造内の欠陥のために鉱物粒子自体が電気的に中性になっておらず, 表面が負に帯電しています. この負電荷は外部から陽イオンをゆるく吸着することによってバランスされています. もう一つの陽イオン交換体である腐植物質は多量のカルボキシル基をもっています. 条件によってはカルボキシル基のごく一部が解離し, そこに陽イオンが吸着されています. 図 20 の左側の状態です. 36

粘土鉱物 粘土鉱物 Ca Ca Ca NH 4 NH NH 4 4 NH 4 NH 4 NH 4 Ca Ca Ca NH NH 4 4 NH 4 NH 4 NH 4 NH 4 腐植 -COO Ca -COO 腐植 -COO NH 4 -COO NH 4 -COOH -COOH -COO NH 4 -COO NH 4 -COOH -COOH -COOH -COOH 普通の土の中の状態カルボキシル基は弱酸的弱酸的なのでなので普通普通の土の中ではほとんどではほとんど解離解離せずせず塩基塩基は吸着吸着していない ph7, 1M の酢酸酢酸アンモニウムアンモニウムで洗浄洗浄したした状態高 ph, 高濃度なので, 弱酸的なカルボキシルなカルボキシル基までまで解離解離させられてアンモニアが吸着吸着する 図 20.CEC 測定におけるにおける陽イオンのイオンの交換交換吸着反応着反応の模式模式図. CEC 測定時には, 土を 1 mol L -1 ph 7 という, 土壌溶液よりもはるかに濃度が高く,pH も高い溶液で洗浄します. このとき, もとの土に吸着されていた陽イオンはほとんど定量的にアンモニウムイオンと交換します. 図 20 では 2 価のカルシウムイオン 1 個につき 2 個のアンモニウムイオンが交換吸着しています. 測定に用いる酢酸アンモニウム溶液は土壌溶液よりもはるかに濃度が高く,pH も高いので, 土の中では解離していなかった腐植物質のカルボキシル基などの弱酸的な官能基が解離し, そこにもアンモニウムイオンが吸着するのです. 図 20 の右側の状態です. 左右の図を見比べればわかるように, 酢酸アンモニウムでの洗浄後には, 元の土に吸着されていた陽イオンの量よりも若干多目のアンモニウムイオンが吸着されます. このアンモニウムイオンを抽出して定量することにより CEC が計算されるわけですから, 一般には (20) 式のような大小関係が成立することになります. すでに交換性陽イオンのところで説明しましたが, 水溶性塩類や, 水にはほとんど溶けないが酢酸アンモニウムにはある程度溶ける炭酸カルシウムなどの塩類を多量に含む土では, 酢酸アンモニウム洗浄時に, 交換性陽イオンに加えてこれらの塩類が多量に溶出します. このような場合には大小関係は (21) 式のようになります. リン酸吸収係数土の鉱物の中にはリン酸イオンを非常に強く吸着するものもあります. リン酸の吸着能の尺度として燐酸吸収係数という量が定義され, 土の性質の評価に用いられてきました. 最近の農用地, 特にビニールハウス内の土では十分量のリン酸が長年にわたって施用されてきたため, 土の鉱物のリン酸吸着部位にはことごとくリン酸イオンが吸着されており, もはや施用された肥料のリン酸を強く吸着することは少なくなっています. しかし, 石灰資材を多用した土ではリン酸が難溶性のカルシウム塩として沈殿することもあります. 燐酸吸収係数というのはこのようないくつかの反応によるリン酸イオンの不溶化の尺度とみなすことができます. 燐酸吸収係数もまた操作的に定義された量です. 測定では乾土 25 g 相当の風乾細土に ph 7 に調節された 2.5% リン酸二アンモニウム ((NH 4 ) 2 HPO 4 ) 溶液 50 ml を加え室温で 24 時間反応させます. 固液 37

分離後溶液のリン濃度を測定し, 添加溶液の濃度との差から吸着量を算出します. 結果は mg P 2 O 5 /100 g 単位で表します. 4. 土の分析結果分析結果に基づくづく土壌診断 4.1 経験の集成集成としてのとしての土壌診断基準土の構成成分に対しても植物に対しても分子レベルの研究がなされ, 土の中で起こる諸反応, 植物体内での代謝などについても分子, 原子のレベルで理解されるようになっています. それでもまだ, 土の性質と植物による養分吸収や植物の成長との関係を定量的に理解できていません. というより, 土の性質に基づいて, 植物による養分吸収速度や成長速度などを理論的に予測することはほとんどできないといっても過言ではありません. ということは, 土の分析結果だけをみて, それが作物栽培に適しているかどうかを理論的に判断することはほとんどできないということです. 土壌診断というのは, 土の分析結果をみて, 作物栽培に適しているかどうかを判断し, 適切でない場合には改善策を立案することです. 分析結果から栽培に適しているかどうかを理論的に判断することはできません. しかしその判断は必要です. 理論に頼ることができなければ経験で行うしかありません. 実際, 現在行われている土壌診断, そのための診断基準は全て経験に基づくものだといっても過言ではありません. これまで, 数多くの土の分析が行われ, その土で作物栽培が行われてきました. 農家による栽培もあれば, 試験研究機関での栽培もあります. 栽培を行った後分析することもあります. たとえば様々な土でコムギを栽培し, 栽培した後で土壌 ph を測定したとします.pH が 5 以下の土ではどうも生育が悪いという傾向があり, 幸運にも ph 以外の土の性質には大きな差がなかったとします. この経験からは, コムギ栽培では土壌 ph は 5 以上にすべきだという基準が得られることになります. 現在の土壌診断基準はこのような経験の集成ということができます. もちろん, そのような経験の背後にある原理についての理化学的, 生物学的研究もなされており, 上にあげたコムギの例では, 土壌 ph が 5 以下になると土壌溶液中のアルミニウムイオン濃度が高くなり, それがコムギの根に障害を与えるためだということがわかっています. 現在でも土壌診断基準は完成されたものではありません. それどころか完成にはほど遠いといってもいいと思います. しかも, 今でもまだ理論はたいして役には立たないのです. ということは, 現在の診断基準を用いて土壌診断すると同時に, 土の性質と作物の生育状態を注意深く観察し, その経験を診断基準にフィードバックする必要があります. これが土の管理に関係する研究者, 技術者の役割です. 4.2 土壌診断基準基準の例これまでに様々な土における作物の生育状況の観察結果と, その土の理化学性の分析結果が集積しています. それらの対比から, 作物の生育に適した土とはどのような性質の土かということについて経験則のようなものが抽出されています. 土壌診断基準というのはそのような経験を簡潔に示したものです. 言うまでもなく, 作物の種類によって生育の最適条件は異なるのですが, 植物には適用力がありますのである程度の範囲におさめるという程度で十分です. 38

表 8 は福岡県で野菜栽培用の施設土に対して推奨されている土の性質の一覧です. 表 8 土壌診断診断基準の例土の種類 非火山灰土 火山灰土 粘質壌質砂質黒ボク土淡色黒ボク土 ph(h 2 O) 6.0-6.5 6.0-6.5 6.0-6.5 6.0-6.5 6.0-6.5 陽イオン交換容量 /cmol c kg -1 > 15 > 12 > 8 > 15 > 15 塩基飽和度 /% Ca 50-70 54-75 64-90 50-70 50-70 Mg 10-15 11-16 13-19 10-15 10-15 K 4-6 4-6 5-8 4-6 4-6 Ca/K 比 3-7 3-7 3-7 3-7 3-7 Mg/K 比 2-4 2-4 2-4 2-4 2-4 可給態リン酸 / mg/ 100g 20-50 20-50 20-50 10-50 10-50 腐植含量 /% > 3 > 2 > 2 > 5 > 4 硝酸態窒素 / mg/ 100g < 5 < 5 < 5 < 5 < 5 EC/ ds m -1 < 0.3 < 0.3 < 0.3 < 0.3 < 0.3 作土の厚さ / cm > 20 > 20 > 20 > 25 > 25 有効根群域の深さ / cm > 50 > 50 > 50 > 50 > 50 現地容積重 / g/100 cm 3 80-100 80-100 90-110 50-70 50-70 粗孔隙率 / % > 15 > 15 > 15 > 20 > 20 有効根群域の最高緻密度 /mm < 22 < 22 < 22 < 22 < 22 有効根群域の最小透水係数 / cm s -1 > 10-4 > 10-4 > 10-4 > 10-4 > 10-4 地下水位 / cm < 60 < 60 < 60 < 60 < 60 5.Q & A 土壌診断基準は長年の経験の集積です. 土の分析にはある程度基礎となる理論があり, 分析結果の理化学的な意味はかなり明らかになっています. ですから, 分析結果が基準値から外れている場合, 基準値に近づけるにはどうすればよいかは, ある程度理論的に判断することができます. また理論を補完するような経験の蓄積もあります. しかし, ビニールハウス内の土のように, 露地の土とは異なった環境下にあり, しかも土壌改良資材や肥料を多量に施用された土に関する経験の蓄積は十分ではありません. また, 日本で使われている分析法の中にはこのようなタイプの土に適用することを想定していないものもあります. このため, 分析結果の解釈や分析結果に基づいてどのような対策をとるべきかの判断が難しいこともあります. 普及指導の現場では, 分析のマニュアル通りの分析が ( 設備や時間の制約のため ) 難しいこともあります. また, 分析の原理と診断のマニュアルを理解しただけでは判断に迷うようなケースもあります. 39