学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 秦野雄 論文審査担当者 主査竹田秀副査北川昌伸 山口朗 論文題目 Tumor associated osteoclast-like giant cells promote tumor growth and lymphangiogenesis by secreting vascular endothelial growth factor-c ( 論文内容の要旨 ) < 要旨 > 破骨細胞様巨細胞 (Osteoclast-like giant cell, OGC) を伴う腫瘍の症例報告はあるが OGCの腫瘍環境における機能的役割はあまり知られていない 本論文では腫瘍内にOGC 分化を誘導するモデルを作成して 腫瘍の表現型に与える影響を検討した まずmacrophage colony-stimulating factor (M-CSF) を発現するHeLa 細胞とreceptor activator of nuclear factor-κb ligand (RANKL) を発現するHeLa 細胞を作成した これら2 種類の細胞と骨髄由来単核球を混合培養することで 破骨細胞様細胞分化が誘導できることをin vitroで確認した さらに免疫不全マウスの皮下に移植する実験によって in vivoでもogc 分化を腫瘍内に誘導できることが確認できた OGCを有する腫瘍は 遺伝子導入をしていないHeLa 細胞やM-CSF RANKLのみを発現しているHeLa 細胞によって形成された腫瘍と比較して有意に大きく 組織学的にはマクロファージ浸潤やリンパ管新生が亢進していた OGC 分化に伴いvascular endothelial growth factor (VEGF)-CのmRNA 発現レベルが上昇していることがin vitroで確認され VEGF-Cを高発現するHeLa 細胞はOGCを有する腫瘍と類似した表現型を呈した 追加実験と併せて OGCが分泌するVEGF-Cがリンパ管新生促進とともに 血管透過性亢進やマクロファージ遊走促進を介して腫瘍増大に寄与している可能性を示した < 緒言 > 近年 腫瘍の増大 浸潤 転移といった腫瘍実質細胞の性質に 線維芽細胞や免疫細胞といった腫瘍間質細胞が影響を与えることが知られるようになった 免疫細胞の中では M2タイプのマクロファージが腫瘍の悪性化に関連していることが多くの論文で報告されている OGCも腫瘍間質の免疫細胞の一つと考えられ OGCを有する腫瘍が甲状腺 肺 乳腺 胃 肝臓 膵臓 膀胱 子宮 皮膚などで報告されている OGCと破骨細胞の表面マーカーは共通しており 腫瘍細胞が発現しているM-CSFやRANKLにより骨髄由来の単球系細胞がOGCに分化することが報告されている OGCと腫瘍の悪性化との関連は不明の点が多く 腫瘍が発生する臓器によっても患者予後に与える影響が異なることが報告されている 本論文では 子宮頸癌細胞株であるHeLa 細胞を用いて OGCが腫瘍増大やリンパ管新生といった悪性を示唆する表現型に積極的に関与している可 - 1 -
能性を示した < 方法 > M-CSF RANKL VEGF-C Ds-Red それぞれの全長 cdnaを レトロウイルスを用いてHeLa 細胞に遺伝子導入した これによりM-CSFとDs-Redを発現するHeLa 細胞 (HeLa-M) RANKLと Ds-Redを発現するHeLa 細胞 (HeLa-R) VEGF-CとDs-Redを発現するHeLa 細胞 (HeLa-VC) を得た 細胞株は10% ウシ胎児血清を含むDMEM 培地で5%CO2/95%air 37 で培養をおこなった それぞれの細胞増殖が異ならないことを確認するため in vitroで培養し 経日的に細胞数をカウントした In vitroでの破骨細胞様細胞分化を評価するため HeLa HeLa-M HeLa-R HeLa-MとHeLa-R の混合 (HeLa-M + -R) の4 種類の細胞をそれぞれddYマウス由来の骨髄単核球と共培養し 7 日目に破骨細胞を特異的に染めるTRAP (tartrate-resistant acid phosphatase) 染色で評価した In vivoでのogc 分化とその役割を評価するため 免疫不全マウスであるTie2-GFP/Rag1 -/- マウスの皮下に それぞれのHeLa 細胞を接着させたコラーゲンスポンジを移植し 5 週間観察後に組織切片を作成した 単球 マクロファージの分布は抗 CD11b 抗体を リンパ管分布は抗 LYVE-1 (lymphatic vessel endothelial receptor 1) 抗体を用いた免疫染色によって評価した また抗 LYVE-1 抗体による免疫染色後にTRAP 染色をおこなうことで OGCとリンパ管の位置関係を評価した OGC VEGF-Cが血管透過性に与える影響を評価するため HeLa HeLa-M + -R HeLa-VC をそれぞれコラーゲンスポンジに接着させて Tie2-GFP/Rag1-/- マウスの皮下に移植後 3 週間目にEvans blue 尾静注 30 分後に摘出し 1N KOH 0.6N H3PO4 / acetoneを用いて色素溶出し610nm 吸光度を測定した またVEGF-Cとマクロファージ遊走の関係を調べるため M-CSF 存在下で5 日培養後にLPSで24 時間刺激したddYマウス由来の骨髄細胞をトランスウェルインサート (24well, 8μm pore size) 上層に 下層にVEGF-Cを含む培地をいれて3 時間後に遊走した細胞数を計数した < 結果 > In vitroでの細胞増殖率はhela HeLa-M HeLa-R HeLa-M + -R HeLa-VC いずれにおいても有意差は認めなかった また骨髄由来単核球との共培養において HeLa-M + -Rのみが破骨細胞様細胞分化を誘導できた 同様にin vivoにおいてもhela-m + -Rより形成された腫瘍内にのみOGCを認め HeLa-Mのみ HeLa-Rのみによって形成された腫瘍内にはOGCは認めなかった 組織切片においてOGCは腫瘍の周辺に分布し OGCを有する腫瘍はそうでない腫瘍と比較して移植 5 週間後の腫瘍径は有意に大きかった 破骨細胞分化の過程でVEGF-C 発現が上昇することが報告されており in vitroでvegf-cの mrna 発現を調べたところ 破骨細胞様分化に伴ってその発現が上昇していた そこで 腫瘍組織におけるリンパ管を抗 LYVE-1 抗体で免疫染色したところ OGCを有する腫瘍においてリンパ管新生が著明に亢進していることが明らかとなり リンパ管が存在している領域はOGCが分布し - 2 -
ている領域と近接していた 次に腫瘍増大においてVEGF-Cが関与している可能性をin vivoでのhela-vcの増殖を指標に評価した その結果 HeLa-M + -Rにより形成された腫瘍とほぼ同等の増大を示すことが明らかになった HeLa-VCによって形成された腫瘍においてリンパ管新生を認めたが OGCは認めず 腫瘍内の一部には間質液貯留を認めた VEGF-Cによる腫瘍増大メカニズムとして 血管透過性亢進とマクロファージ浸潤の増加が考えられた 追加実験の結果 HeLaによって形成された腫瘍と比較して HeLa-M + -Rにより形成された腫瘍で有意に血管透過性の亢進がみられ HeLa-VCで形成された腫瘍においても同様の傾向が示された HeLa-M + -Rによって形成された腫瘍は他の腫瘍と比較して 有意にマクロファージ浸潤が増加しており HeLa-VCにおいてもやはり増加していた In vitroでマクロファージの遊走をみたところ LPS 刺激マクロファージがVEGF-Cに対する遊走を示すことが示された < 考察 > 本論文において OGCを有する腫瘍のモデルを作成するとともに 腫瘍環境においてOGCが果たす役割に関して検討を行った 破骨細胞分化にM-CSFとRANKLが必要十分であることが知られているが HeLa-MとHeLa-Rを混合することで OGCの分化誘導がin vitro in vivoの両方において可能であることが明らかとなった これは骨のない軟部組織においてもM-CSFとRANKLの発現があればOGCを誘導できる可能性を示唆しており 様々な病態におけるOGCの役割を検討する方法として有用なモデルである 今回の研究において HeLa-Mのみ あるいはHeLa-Rのみによって形成された腫瘍は 親株の HeLa 細胞とほぼ同等の大きさであり M-CSFとRANKLが同時に存在する環境下においてのみ著明な腫瘍増大効果を認めた つまりOGCが腫瘍環境に形成されることが 腫瘍増大に重要であると考えた 腫瘍におけるVEGF-C 発現はリンパ管新生を介して 腫瘍のリンパ行性転移および血行性転移を促進するため腫瘍の悪性化因子の一つとして知られている 破骨細胞はRANKLによる分化誘導の過程でVEGF-Cの発現が上昇することが報告されており 今回の研究においても同様の結果が確認された またOGCを有する腫瘍において腫瘍周囲のリンパ管新生が促進しており OGC 由来のVEGF-Cがリンパ管新生に働いている可能性が強く示唆された さらに今回の研究ではHeLa-VCによって形成された腫瘍が OGCを有する腫瘍と同等の腫瘍増大効果を有することが示され VEGF-Cが腫瘍増大に積極的に関与している可能性を示唆した VEGF-Cはリンパ管内皮細胞に発現するVEGFR-3を介したリンパ管新生や 血管内皮細胞に発現するVEGFR-2を介した血管透過性亢進に働くことが知られている また最近ではマクロファージ上に存在するVEGFR-3を介したマクロファージ遊走への関与も報告されている 実際にOGCを有する腫瘍において有意に血管透過性は亢進しており HeLa-VCによって形成された腫瘍においても同様の傾向がみられた ただHeLa-VCによって形成された腫瘍における血管透過性亢進が OGCを有する腫瘍と同等にならなかった原因として 機能的なリンパ管新生が乏しいために 血管透過性亢進に伴う間質液の貯留が間質圧増大につながり 血管透過性亢進に拮抗的に働いたことが考えられた 以上の結果から VEGF-Cを介した血管透過性亢進によって血中の増殖因子が - 3 -
豊富に腫瘍環境に供給されることが 腫瘍増大の一つの原因として考えられた また今回の実験においてOGCを有する腫瘍 HeLa-VCによって形成された腫瘍においてマクロファージの浸潤が増加しており in vitroでも活性化マクロファージがvegf-cに対する正の走化性をもつことが示された 腫瘍浸潤マクロファージが腫瘍増大と関連しているとする報告があり OGCが発現するVEGF-Cがマクロファージの遊走を介して腫瘍増大に寄与した可能性が考えられた < 結論 > 腫瘍内に分化した OGC は VEGF-C 分泌を介して腫瘍増大やリンパ管新生といったより悪性の表現型形成に積極的に寄与している可能性が示された - 4 -
論文審査の要旨および担当者 報告番号甲第 4 6 6 0 号秦野雄 論文審査担当者 主査竹田秀副査北川昌伸 山口朗 ( 論文審査の要旨 ) これまでに病理学的な検討から 腫瘍局所において破骨細胞様巨細胞 (Osteoclast-like giant cell, OGC) が存在することが明らかとされている その腫瘍環境における機能的役割は不明である 申請者らは 腫瘍内にOGC 分化を誘導するモデルを作成して 腫瘍の表現型に与える影響を検討した まずmacrophage colony-stimulating factor (M-CSF) を発現するHeLa 細胞とreceptor activator of nuclear factor-κb ligand (RANKL) を発現するHeLa 細胞を確立し これら2 種類の細胞と骨髄由来単核球を混合培養することで 破骨細胞様細胞分化が誘導できることをin vitroで確認した さらに免疫不全マウスの皮下に移植することで in vivoでもogc 分化を腫瘍内に誘導できることを示した OGCを有する腫瘍は 遺伝子導入をしていないHeLa 細胞やM-CSF RANKLのみを発現しているHeLa 細胞によって形成された腫瘍と比較して有意に大きく 組織学的にはマクロファージ浸潤やリンパ管新生が亢進していた in vitro における検討から OGC 分化に伴い vascular endothelial growth factor (VEGF)-CのmRNA 発現レベルが上昇していることが確認され また VEGF-Cを高発現するHeLa 細胞はOGCを有する腫瘍と類似した表現型を呈した これらの検討から OGCが分泌するVEGF-Cがリンパ管新生促進とともに 血管透過性亢進やマクロファージ遊走促進を介して腫瘍増大に寄与している可能性を示した 本研究は 腫瘍における OGC が腫瘍の増大に促進的に作用する可能性を明らかにした点において 優れた研究であり 今後の腫瘍生物学 細胞生物学の進歩 発展に寄与するところが大きいと考えられた ( 1 )