患者別事故報告書 (3) I. 経過 1.1 手術までの経過について 1.1.1 当院紹介までの経過について 歳 性 既往歴として, 年に当院にて に対し を行っている 年より にてプレドニゾロン 25 mgより開始, 漸減し内服継続中であった 年 月右季肋部痛にて近医受診, 年 月 日 ~ 月 日, 精査のため入院した この時点ではプレドニン 2.5 mg内服中であった CT では肝臓の S4~S8 におよぶ腫瘤影あり 血液検査にて炎症反応があり肝膿瘍が疑われ, ドレナージチューブを挿入の上, 抗生剤を投与したが改善しなかった 画像上, 腫瘍も疑われたため, 時期を変えて2 回にわたり針生検を行った 結果を待たず一旦退院した 年 月 日 ~ 月 日, 前医に第 2 回目の入院 生検の結果は炎症細胞と壊死組織などの所見が認められ, 炎症性偽腫瘍との病理診断であった ステロイドパルス療法を行い, その後プレドニン 30 mg / 日の内服とした 年 月 日, ステロイドパルス療法後の CT では腫瘍が縮小しており, プレドニン 25mg/ 日に減量した 腫瘍は最大径 12cm から 9cm まで縮小したもののまだ大きく, 少量のプレドニン維持量では病変が再燃して制御できないことを考え, 手術目的で当院第二外科を紹介された 1.1.2 当院受診から手術までの経過について 年 月 日当院受診, 手術の説明を行った 炎症性偽腫瘍であれば良性疾患の可能性があり, 現状のままでプレドニンを維持する選択肢も考えられ, 決断が難しく, 再び紹介医と相談してもらうこととなった 月 日再診, 手術の方向で考えることとなった しかしながら, ステロイド依存性糖尿病のコントロールが不良で HbA1c 9.4 と高値, インスリンを導入して血糖コントロールする方針となった また, プレドニンはこのままでは手術関連合併症のリスクが高いことが懸念され, 内分泌内科と相談して計画的に減量することとした 月 日より PSL 20mg/ 日へ減量した 月 日 ~ 日, 血糖コントロールのため当院入院 食事療法および内分泌内科に相談の上, インスリン投与を行った また, 月 日よりプレドニンは 15mg に減量, 月 日より 10mg に減量, 再入院予定とした 更には待機期間を利用して, 自己血貯血を行った 血糖値は 100 台後半から 200 mg/dl 程度と比較的落ち着き, 一旦退院となった 年 月 日, 再入院 自己血貯血とともに, プレドニンは徐々に減量して, 最終的に10から 5 mgの維持量とした 月 日, 当院のダイナミック CT にて, 肝 S4-8 に及ぶ腫瘤があり,71 67 mm ( 前医では 87 78mm ) と軽度縮小していた 画像診断では, 炎症性偽腫瘍とは断定できず, 鑑別として血管腫, リンパ腫などが考えられ, ステロイド投与で縮小していることから, その他の悪性腫瘍は考えにくいとのコメントであった 1
主な検査所見 ( 月 日 )Hb 10.9 g/dl, 血小板 13.2 万 /μl, アルブミン 3.1 g/dl,ast 27 IU/l, ALT 27 IU/l,LDH 475 IU/l,BUN 16 mg/dl, クレアチニン 0.56 mg/dl, 血糖 173 mg/dl,hba1c 7.9%, CRP 0.55 mg/dl 手術前日の食後 2 時間血糖が300mg /dlとの記載あり 1.2 手術について 年 月 日, 腹腔鏡補助下肝中央 2 区域切除術との手術記録であるが, 外部委員の指摘にて腹腔鏡補助下拡大 S4 切除術と判断された 手術時間 7 時間 3 分 出血量 912g 病変はS4からS8にあり, 一部 S5に及んでいた 体位を変更しながら腹腔鏡下で肝右葉を周囲より剥離し, 右肋弓下に約 12 cm, 皮膚を切開した 肝下面で脈管の操作がしやすいように胆嚢を摘出, 腫瘍がより浅い位置に来るように肝臓の背側にタオルをおいた エコーで腫瘍の位置を確認して, 切除すべき領域を電気メスで切除予定線として印をつけた その上で,15 分間, 肝臓に流入する門脈と動脈を含む肝十二指腸間膜を遮断して, 肝臓を切離した 腫瘍を含むS4 及びS8 一部を切除,S5 はできる限り温存した 横隔膜切開部は小さいためそのまま縫合閉鎖して, 胸腔ドレーンを留置した 完全房室ブロックでペースメーカー挿入中でもあったため, 術後は ICU に入室した 1.3 手術後の経過について. (1) 術後 1 日目 : 以下カッコ内は術後日数術後の経過は問題なく,ICU 退室 経腸栄養と薬剤投与を開始. (2) 未明に 39 度台の発熱があり, 抗生剤をより強力なメロペンに変更 また, 呼吸苦があり酸素飽和度も 90% 台前半に低下したため, 肺炎の可能性を考えエラスポールを開始 右胸腔からの胸水は 180ml から 40ml へと減少傾向であった ステロイド投与を受けていた状況を考慮して抗真菌剤ファンガードも開始, その日の午後より一旦発熱や呼吸苦は改善傾向. (4) 酸素飽和度が 95% 以上に維持されていたため, 経腸栄養に併用して経口摂取を開始 胸水は 50ml/ 日と 100ml 未満であり, 胸腔ドレーンは抜去した 術後の一過性の肺うっ血などを考えた. (6) 肝機能は改善傾向 総ビリルビン 1.5mg/dl,GOT 69 IU/l,GPT 125IU/l. (7) 38 度台の発熱があり, 呼吸苦などの自覚症状はなかったが, 酸素飽和度が 90% 前後まで低下 レントゲンでは右下肺野で透過性が低下しており, 肺炎の疑いとしてフェニバックスを開始. (8) 未明に酸素飽和度が一時的に 80% 台にまで低下したため, エラスポールを再開し, 免疫グロブリンの投与も開始した 抗真菌剤ファンガードは前回投与のまま継続 CT を撮影して, 腹腔内には膿瘍形成がないことを確認 肺にはスリガラス状の間質影を認めた 既にカルバペネム抗生剤, 抗真菌剤, グロブリンなど投与していたため, 急性呼吸促迫症候群 (ARDS) の可能性を考え, ソルメドロール 1g を開始した. (9) 日中は, 発熱は軽減し呼吸苦は軽快 酸素飽和度も 90~95% を維持していたが, 夜間, 酸素飽和度が 90% 以下に低下 X-P では日中よりも肺野の透過性の低下あり, 肺炎 呼吸 2
不全として ICU 入室 酸素飽和度の低下はあるが痰は少なく, レントゲンでも間質影が中心であったため, 気管挿管はせず高濃度酸素投与とした. (10) 酸素化の改善を図るため, 利尿剤を持続投与して, 点滴量は最小限とした 呼吸器内科に相談し, 抗生剤, 抗真菌剤, 免疫グロブリン, エラスポールも維持し, ステロイドは1g 3 日間のパルス療法後に 月 日からはプレドニン 25mg で維持する方針とした. (13) CT では腹腔内に明らかな膿瘍など認めなかったが, 肺は広汎なスリガラス様の間質影が同様であり,ARDS に一致する所見であった 呼吸状態に大きな変化はないが, 心不全の可能性も考え, 強心剤も併用. (14) 改善が得られず, 呼吸器内科と相談, 抗生剤や抗真菌剤に反応が乏しいこと, 初期より間質影が中心の非典型的な所見であること, 真菌やウイルス感染が検査結果から否定的であること, 前医からの経過で肝臓の病変に対する治療としてステロイド剤を大量に必要としてきたことより, カリニ肺炎の可能性も考え ST 合剤 ( バクタ ) を追加 また, 心不全の可能性も考えて, 循環器内科にコンサルトするが, 心不全の可能性は低いとの意見であった. (15) 午前 1 時頃より高二酸化炭素血症の状態 換気量を増加させることが必要となり気管挿管, 人工呼吸器装着 朝になり, 右の気胸を発症した ステロイド長期投与で組織が脆弱化していると考えられ, 肺の換気量を維持するために気道内圧を上げることにより, 肺胞壁が破綻したことが原因と推測された 胸腔ドレーン留置で気胸は改善したが, 循環動態の安定化と肺の状態の改善を期待して経皮的人工心肺装置を装着した. (16) 下痢があり, 培養検査の結果, 偽膜性腸炎と診断 抗生剤を長期間投与したためと考えられ, バンコマイシンを経腸的に投与して対応した (Hb 6.5g/dl, 血小板 7.4 万, アルブミン 2.4g/dl, 総ビリルビン 1.6mg/dl,AST 220 IU/l, ALT 57 IU/l,LDH 1190 IU/l,BUN 29 mg/dl, クレアチニン 0.58 mg/dl,crp 3.93 mg/dl). (19) 人工心肺装置を装着し 5 日目 全身に浮腫が出やすくなり, 抗凝固療法 ( ヘパリン ) を投与しなければならない影響もあり, 下血もきたすようになった 徐々に人工心肺装置の条件を下げる方向とした. (20) 切除した標本の病理組織結果にて悪性リンパ腫 ( びまん性大細胞型 B 細胞リンパ腫 ) の診断となり, 血液内科にコンサルト 悪性リンパ腫の治療はこの時点では困難であり, 肺病変との関係はないと考えられるという意見. (21) 人工心肺の条件を下げて人工呼吸器の依存の割合を上げてきたが, 努力様呼吸となり, 血中二酸化炭素濃度が上昇 離脱は難しいと考え, 再度人工心肺の条件を上げて, 治療による肺の改善を待つこととなった 呼吸器科とステロイドパルス療法を再導入するか否か検討, パルス療法を再導入するよりも中等量のステロイド持続投与の方が現在のARDS には効果的との報告があるとのことで, ソルメドロール 50mg/ 日持続投与とした 3
. (24) 偽膜性腸炎の影響や人工心肺のため使用する抗凝固剤の影響等があり, 下血が頻回となる また, 経皮的人工心肺のカテーテルを刺入している皮膚からも出血あり 浮腫も見られ, 循環を維持するために輸血や補液を行いながら人工心肺を維持する このような状況でも肺以外には重篤な臓器障害が見られない状態が続いていた (Hb 12.7g/dl, 血小板 6.9 万, アルブミン 3.1g/dl, 総ビリルビン 2.0mg/dl,AST 148 IU/l,ALT 40 IU/l,LDH 2658 IU/l,BUN 50 mg/dl, クレアチニン 0.56 mg/dl,crp 2.92 mg/dl). (26) 人工心肺装着 12 日目 肺機能は若干改善傾向となり, 人工心肺の条件を下げる方向とする 浮腫などで循環維持が難しくなってきたこと, 出血傾向が出てしまうこと, 人工物を長期間血管内に挿入し続けてきたことより感染症のリスクが上がることなどから, 人工心肺の離脱が必要であった 可能であれば数日の経過で計画的に離脱を図る方針となった. (29) 人工心肺装着 15 日目, 計画通りに人工心肺の条件を下げて, 離脱を試みるが, 離脱後間もなく呼吸状態が悪化 家族と相談して, 再度人工心肺を装着した 人工心肺のカテーテル刺入部の出血が見られ, 血圧も変動するため輸血をして循環は改善. (33) 人工心肺装着 19 日目 人工心肺カテーテル刺入部の出血は少量ずつ続くが, 再び人工心肺の条件を下げられるようになる 浮腫は強くなり, 感染兆候も徐々に出現. (34) 人工心肺装着 20 日目 人工心肺の条件を更に下げる 長期化してきたため, 溶血尿が認められるようになり, 人工心肺の維持が難しくなる 翌日まで計画的に条件を下げて人工心肺を離脱する方針とした. (35) 人工心肺装着 21 日目 条件を下げて離脱 出血予防と循環維持のために, 血液製剤を投与 人工心肺の維持が難しくなり, 数日維持しながら計画的に離脱を図ったが, 呼吸状態が悪化, その後, 重度の心不全となった (Hb 14.4g/dl, 血小板 7 万, アルブミン 3.2g/dl, 総ビリルビン 14.6 mg/dl,ast 5,758IU/l, ALT 6,430 IU/l,LDH 23,863 IU/l,BUN 54 mg/dl, クレアチニン 0.65 mg/dl,crp 4.3 mg/dl). (36) 呼吸不全, 心不全の状態から, 腎不全の兆候が出現 重度の肝機能障害をきたし多臓器 不全の状態 時 分, 永眠された II. 調査委員会の審議結果 2.1 手術適応について 術前診断の根拠は, 前医からの紹介状における炎症細胞と壊死組織との記載のみであり, 病理結果報告は直接確認されていない また, 当院画像診療部での CT 読影報告では炎症性偽腫瘍として典型的ではなく, 血管腫, 悪性リンパ腫が鑑別として挙げられていた 手術標本の病理組織結果は悪性リンパ腫であり, 手術前の確定診断にはある程度の組織量の採取が必要であった このため, 針生検で得られる組織量では診断が難しかった可能性がある また腹 4
腔鏡下での生検については, 確実な止血が困難というリスクがあった しかし, 病理標本を取り寄せて当院病理部へのコンサルト,CT に加え MRI や FDG-PET での検索, 再度の針生検実施などの確定診断のための手術前のさらなる検討が望ましかった 2.2 手術前評価について ICG15 分停滞率, 容量計算が行われておらず, 手術前検査が十分であったとはいえないと判断した また, 手術前日の食後血糖が300mg /dlとの記載あり, 術前の血糖コントロールも十分とは言えない 2.3 手術前の審議について 第二外科消化器外科グループ ( 上部下部消化管外科チーム, 肝胆膵外科チーム ) の合同カンファレンスが週 1 回行われ, 新患, 手術前, 手術後の症例提示がされている また, 手術症例については診療科長も出席する手術当日朝のカンファレンスにて報告される しかしながら, 診療録には, カンファレンスにおける具体的審議内容や決定事項についての記録が, 残されていなかった また, 第二外科の医師へのヒアリングの結果, 他のチームの医師から意見が述べられることはなく, 実質的な審議が行われていなかった可能性が考えられ, 審議は不十分であった 2.4 診療録記載, 手術説明について 日々の診療録記載が乏しく, 適応や手術前評価, 治療の方針決定の判断等における当該医師の思考過程が不明である 説明同意書には合併症の羅列と, 図示と術式, 予測される簡単な経過が記載されているのみであり, 腹腔鏡 ( 補助 ) 下で施行するとの記載がなかった さらに, 代替治療の選択肢, 合併症や死亡率の具体的データが示された記録もなく, 不十分な説明であったと判断した 2.5 手術中対応について 術後の病態に関連する明らかな手術手技の問題については, 確認できなかった 2.6 手術後の経過について 手術後の肝機能は改善し, 腹腔内に重篤な問題がない状況で ARDS を発症した 主治医は, 肺炎に起因した可能性を考えたが, 細菌, 真菌, ウイルスなど, いずれも同定できず, 原因を特定できなかった 結果としては, 悪性リンパ腫があり, ステロイドを減量した状態での手術侵襲が関与した免疫不全, 全身状態の悪化など複合的な要因が考えられ,ARDS 発症と手術との直接的な関連を断定するのは困難であった 5
2.7 死亡症例検討会について 2015 年 1 月 13 日に実施された厚生労働省の立ち入り検査の後で, 死亡症例検討会実施について再度確認した結果, 年 月 日に開催した本事例に係る死亡症例検討会のために作成した資料の存在が確認された III 結論 1 手術に臨むにあたり, 確定診断を得るための検査を十分行う必要があった 前医からの紹介状にある炎症性偽腫瘍の記述をもとに手術に臨んでおり, 手術前の検討や討議が不十分であった 最終診断は, 悪性リンパ腫であり, 腫瘍切除の妥当性に疑問が残る 2 手術前のインフォームドコンセントにおいて, 代替治療の選択肢, 合併症や死亡率の具体的データが示された記録がないことから, 不十分な説明であると判断した 3 手術後の急性呼吸速迫症候群合併については, 手術による侵襲や悪性リンパ腫の病態と関連した免疫異常等が関与した可能性はあるが, 手術との直接的な関連についての確証は得られなかった 4 以上のことから, 過失があったと判断される 6