経済政策基礎論 　 第３章　社会政策論の基礎

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1 経済政策基礎論 第 3 章社会政策論の基礎 2017 年 10 月 16 日 水野倫理 1

2 1. 社会問題 と社会政策 2

3 社会問題 とは何か 様々な問題の例 経済問題 : 物価や景気 株価 為替レートの動向など 政治問題 : 選挙や政治政党をめぐる変化 国際問題 : 難民問題など 社会問題の条件 広範性 : その問題が社会全体にわたり広範に発生し 多くの人びとに解決すべき問題と認知されていること 社会的要因 : その問題の原因が 経済社会の質的 構造的な要因や なんらかの社会的力学から説明できること 解決可能性 : 政策的な介入によってなんらかの解決が可能との見通しがあること 社会問題の例 高齢化 人口減少の問題 ワーキング プアの問題 孤独死の問題 環境問題など 3

4 社会政策学会の登場 1873 年設立 世界最初の社会科学系の学会 経済社会に関わるすべての 社会問題 を考える舞台として開かれる 工業化に伴う労働者の賃金低下と生活不安をめぐる問題が 社会問題 として認知されるようになる 19 世紀末に ドイツ歴史学派のシュモラーとその弟子たちが 社会改良主義 を唱えていた 資本制経済を否定するのではなく 社会主義思想にも反対しながら 社会改良 に関する様々な自説を展開していた しかし 講壇社会主義者 ( 大学の教壇に立ったまま社会主義を唱えている人 ) と揶揄された 4

5 価値判断論争 20 世紀初頭 ヴェーバーとシュモラーの間で起こった論争 論争の結果 ヴェーバーの主張した 価値判断は 科学では扱うべきでない という立場が一般化する 現代においても 価値自由 の意味を理解するために ヴェーバーの論文 ( 客観性論文 ) が読まれている 5

6 事実認識 ( 存在 ) と 何を成すべきか ( 当為 ) 客観性論文において 事実認識 と 何を成すべきか の区別が重要だと述べている 社会科学の役割は 事実確認 と 原因の解明 を通じて 社会問題がどのように生み出されているか を確認すること そして 事実認識 の後で 何を成すべきか を示すためには 価値判断 が伴うことになる その後 価値判断を排除する ということが社会科学の世界で要求されるようになる 一方 ヴェーバーは 価値判断への自由 についても論じており 価値判断を排除する のではなく 認識と価値判断を区別する能力 が重要だと論じている 6

7 ズイーデンホルストの 社会政策論 社会政策論は 社会集団間の利害対立の調整 とし 抽象化 一般化 社会における様々な組織 集団の利害関係の要因 ( 因果 ) を理解し それを解消することが 社会政策の目的 労働者階級だけの救済にとどまらないという一般化 資本主義社会に限らず あらゆる社会体制に適応可能な理論 7

8 2. 社会保険の成立と普及 8

9 ビスマルクの社会保険 3 部作 ビスマルクが行った政策で 強制加入の保険 飴と鞭の政策 で良く知られ 飴の政策に対応 疾病保険法 (1883 年 ) 労働者 2/3 雇主 1/3 の負担割合で疾病金庫を設置 疾病により収入の途絶えた労働者に疾病手当を支給する 災害保険法 (1884 年 ) 雇主全額負担で 労災共済組合保険が管理運営 労働災害に対する雇主の全面的責任の原則に基づく社会保険 廃疾 老齢保険法 (1889 年 ) 16 歳以上の労働者を強制加入させ 70 歳に達した労働者に老齢年金を支払い 労働不能に陥った労働者に対する廃疾年金を準備 国庫補助が採用され 費用の残りを雇主と労働者で折半 これらの社会保険は 自由主義や社会主義の思想からではなく 職人組合の運営方式が活かされることで定着できた 9

10 ドイツにおける社会保険の拡充 ドイツでは社会保険拡充が進み 1911 年に全国保険法が成立 社会保険の適用対象の拡大 1927 年 失業保険法の制定 1930 年 家族に対する疾病給付が法定給付になる 遺族 失業 家族成員の疾病 出産などもカバー 社会保険の適用人口の拡大 農林業 海運業などが災害保険に含まれる 農村労働者を含むすべての労働者および一定所得以下のすべての職員へ疾病保険を拡大 老齢 廃疾年金の強制被保険者もすべての労働者と一定所得以下のすべての職員へ拡大 ドイツの社会保険はほぼ全ての国民を被保険者とするまでに拡大していった 10

11 イギリスの友愛組合 19 世紀後半 友愛組合と呼ばれる自主的な相互扶助組織が労働者の生活安定に貢献 ドイツの職域別の共済組合と異なり 地域色彩の強いものであった 友愛組合に保険料を拠出できる加入者は 死亡 疾病 不慮の災害 などに際し一定額の給付を保証された しかし 友愛組合に加入できない低層労働者の生活は 経済不況の中で貧困を極めていた 1834 年の新救貧法では救済ができないほど貧困者が増大し 高齢者の増加と疾病手当の支払いによって 友愛組合の多くは財政的困難に直面していた 11

12 イギリスの国民保険の成立 1908 年 老齢年金法 1911 年 国民保険法が成立 国民保険法は 疾病保険 と 失業保険 から構成されている 疾病保険 :16 歳から 70 歳までの全労働者および 一定所得以下の職員が強制加入 保険料は所得に関係なく一律 イギリスの疾病保険との特徴 ドイツの疾病保険は賃金の一定率の拠出を行い それに応じて給付額が決まる所得比例制 一方 イギリスは 均一拠出 均一給付という方式 ( 最低限度の保障 ) 自主管理の原則 労働者はどの保険に加入するかの選択が可能 しかし 加入者の取り合いになり 最終的には自主管理が形骸化した 世界ではじめての失業保険 最低限の生活を保障 ( 均一拠出 均一給付 ) する 平等主義という新機軸を導入した 12

13 西欧諸国における社会保険の普及 疾病保険 : イタリア (1886 年 ) オーストリア (1888 年 ) ノルウェー (1909 年 ) 社会保険 : ベルギー デンマーク フランス ハンガリー (1890 年代 ) 災害保険 : スウェーデン オランダ (1901 年 ) 年金保険 : フランス (1910 年 ) スウェーデン オランダ (1913 年 ) ベルギー (1924 年 ) デンマーク オーストリア (1927 年 ) 失業保険 : イタリア (1919 年 ) オーストリア (1920 年 ) スイス (1924 年 ) このように社会保険の国際的普及が進んだのは 1919 年に国際労働機関 (ILO) の設立による 1919 年の第 1 回総会では 失業に関する勧告 が採択され 失業保険の普及が進んだ 13

14 3. 社会政策と社会保障 14

15 社会保障法の誕生 1929 年の世界大恐慌と第二次世界大戦を通じて 社会問題は貧しい労働者階級だけの問題ではなくなった 1933 年にアメリカ合衆国大統領となったルーズベルトはニューディール政策を行った 1934 年に政策の一環として 生活困窮者の経済的保障の対策を検討する経済保障委員会が設立 1935 年に世界で最初の社会保障法が成立した この法律の内容は これまでの生活保障施策の範囲を超えるものではなかった 15

16 ベヴァリジ報告と社会保障 1942 年 ベヴァリジが発表した報告書 社会保険および関連サービス は 世界の社会保障の展開に強い影響を与えた この報告書で目指されたものは最低生活 ( ナショナル ミニマム ) の保障 これを実現するための計画が 社会保障計画 基本的なニーズに対する社会保障 と 特別なケースに対する国民扶助 が柱となっている 任意保険は 社会保険を超えるニーズを満たす時に用いられる ベヴァリジの 社会保険の原則 (1) 均一額の最低生活費の給付 (2) 均一額の保険料拠出 (3) 統一的行政 (4) 給付水準の適正化 (5) 適用範囲および事故の包括性 (6) 被保険者の適切な分類 均一給付 均一拠出を中心的原則としている 自由ー自己責任 と社会的公正の原則を調和させる道を示した 16

17 4. 福祉国家体制の構築と 新しい社会問題 17

18 福祉国家体制とネオ コーポラティズム 第二次世界大戦後 福祉国家体制の構築を目指していた 日本では 1973 年を 福祉元年 とした しかし 政府による介入は社会保障に限らず 公共部門全体の肥大化をもたらした 福祉国家の財政問題は 政府の失敗 として共通の問題となった 政府の失敗が生じる要因として 多元社会の力学がある 官僚 政治家 利益団体が予算の配分を求め 公共部門の予算が膨張した また 具体的な予算配分に関わる法整備 審議事項は官僚と利益団体の代表者による審議会で決定され 議会はこれを追伸せざるをえない状況となった このような決定方法は ネオ コーポラティズムとして問題視された 18

19 社会保障の財 サービスの性質と費用爆発 誰が いつ そしてどの程度 社会保障の対象となる財 サービスが必要となるのかを予測することは難しい これらの財 サービスは将来財と呼ばれる 年金 積立方式と賦課方式があるが 将来の物価予測を行い積立を行うことは難しいため 多くの国で賦課方式が採用されている 医療 医療の技術進歩によって その時代ごとに必要とされる医療水準が異なる そのため 技術進歩は多くの場合 医療費の増大につながる 医療や介護は 対面のサービスであるため あらかじめ多くのサービスを供給する ということや サービス内容を輸送する ということが難しい そのため 長期的な計画が必要となる 19

20 新しい社会問題 社会保障費の増大によって 貧困層は縮小しているのか? 1974 年 1975 年にガイスラーによって 新しい社会問題が提示された 社会保障費の増大にもかかわらず 隠れた貧困層が拡大している 利益団体は政策内容の決定に影響を与えるが 利益団体の利益になるような歪ませ方になる 一方 利益団体に入っていない人々は政策からあまり利益を受け取れない そのため 貧富の差が拡大することになった 20

21 福祉社会の展開 福祉社会論 ( ロブソン 1976 年 ): 新しい社会問題に対して 地域コミュニティに社会的な機能の回復と新しい展開を期待する構想 三元秩序構想 ( 野尻 1997 年 ): 市場システム 行政システムと並んで コミュニティの役割を強化する三層秩序を目指す 福祉多元論 : イギリスで福祉国家の代替案として提唱されてきた概念 非営利組織などの多様な社会集団が福祉供給主体として市民権を獲得するまでに成長している 21