2016 年度前期民法 Ⅰ( 民法総則契約総論 ) 牧佐智代民法 Ⅰ 定期試験講評一出題の意図基本的な法的知識を備えたかを確認するにとどまらず文章読解力論理的思考力をみると共に論述の力を鍛えることを目的としている二採点基準 1. 契約の成立問題文において A はえちご姫の売買契

Size: px

Start display at page:

Download "2016 年度前期民法 Ⅰ( 民法総則契約総論 ) 牧佐智代民法 Ⅰ 定期試験講評一出題の意図基本的な法的知識を備えたかを確認するにとどまらず文章読解力論理的思考力をみると共に論述の力を鍛えることを目的としている二採点基準 1. 契約の成立問題文において A はえちご姫の売買契"

あおいはにうだ
5 years ago
Views:

1 民法 Ⅰ 定期試験講評一出題の意図基本的な法的知識を備えたかを確認するにとどまらず文章読解力論理的思考力をみると共に論述の力を鍛えることを目的としている二採点基準 1. 契約の成立問題文において A はえちご姫の売買契約を締結したと主張し B はいちご姫の売買契約を締結したと主張しており A と B との間で当該契約の目的物が何であるかに争いがあるそこで本件売買契約はそもそも成立しているのか否か成立しているとしていかなる内容で成立しているのかの検討が必要となる契約の成立の有無および成立した売買契約の目的物は何かを確定するためには契約当事者の意思表示の合致があったのか否か両当事者の意思表示を検討する必要がある A の内心的効果意思はえちご姫の苗を 10 万円で売ろうでありえちご姫の苗を 10 万円で売ろうと相手に伝えようという表示意思がありしかし訛りのせいでいちご姫の苗を 10 万円で買わないかという発話行為として表示行為がなされたこの表示行為の持つ客観的意味 (or 表示行為から推断される意思 ) は日本語の標準的使用法として社会的にみていと発音されたものはいであってえと解することは困難であるからいちご姫の苗を 10 万円で売ろうという意味のものと解される他方 B の内心的効果意思はいちご姫の苗を 10 万円で買おうでありいちご姫の苗を 10 万円で買おうと伝えようという表示意思がありそしてぜひ買おうという発話行為としての表示行為がなされたこの B の表示行為は A の発言を受けての承諾の意であるから当該表示行為の客観的意味はいちご姫の苗を 10 万円で買おうというものであると解されるそうすると A と B の表示行為の客観的意味がいちご姫の苗を 10 万円で売る買うで合致しているため本件契約は成立しておりその売買目的物はいちご姫で確定するそうすると売主 A はいちご姫の苗を引き渡す目的物引渡債務を負い買主 B は 10 万円の代金支払債務を負うよって問題文で B の主張する通り A は本件売買契約に基づいていちご姫の苗を引き渡さなければならない <ポイント解説 > ポイントは A はえちご姫を売ろうと思っているのに新潟の方言のせいでえをいと発音してしまうことから表示行為ではいちご姫を売るという発言をしてしまっているところであるもう一つのポイントはその表示行為の客観的意味はいかなるものと解釈されるかである社会一般の目からみていちご姫という発言はいちご姫と理解される三つ目かつ最大のポイントとして契約の成立要件である意思表示 1

2 の合致とは内心的効果意思の合致ではなく表示行為の客観的意味の合致であるということを理解できているかどうかである契約の成立要件たる意思表示の合致とはいかなるものであるのかについては第 2 回講義で学習した 2. 錯誤の主張これに対し A は反論として民法 95 条に基づき錯誤を理由とした意思表示の無効を主張することが考えられる民法 95 条の錯誤無効の成立要件は 1 表意者が錯誤に陥っていること ( 錯誤該当性 ) 2 要素の錯誤であること (95 条本文 ) 3 表意者に重過失なきこと (95 条ただし書 ) であるただし 3は消極要件であるから表意者 A が錯誤無効を主張するためには1と2の充足を主張立証すれば足りるまず錯誤該当性要件について錯誤とは表示行為の客観的意味に対応する内心的効果意思の欠缺不存在 (or 表示行為の客観的意味と内心的効果意思の不一致 ) であるところ A の内心的効果意思はえちご姫であり表示行為の客観的意味内容はいちご姫であるから表示行為の客観的意味に対応する内心的効果意思は不存在であるよって A は錯誤に陥っていると言え錯誤該当性要件を充足するなお A が陥っている錯誤は内心的効果意思および表示意思まではえちご姫で正しく一貫しており表示行為の際に方言により内心と異なる発言になってしまっているため表示行為の錯誤 (or 表示上の錯誤 ) である続いてその錯誤が要素の錯誤 (95 条本文 ) と言えるかどうかである法律行為の要素とは意思表示の内容のうち重要な部分をいうところ重要な部分と言えるか否かは主観的因果性と客観的重要性 ( 客観的相当性 ) の 2 点から判断されるまず主観的因果性については表意者 A がもし自分の発音がいちご姫であってえちご姫と発音できていないことを認識していたのであればこのような意思表示をしなかったと言える客観的重要性についてはおよそ通常人が自分の発話行為がいちご姫という発音であってえちご姫を含意していないことを理解していたならばこのような意思表示をしなかったと言えるよって要素の錯誤要件を充足すると言える以上より A は錯誤該当性および要素の錯誤要件を充足することから民法 95 条に基づき意思表示の無効を主張することができるしかしこの錯誤の主張に対する再反論として B は A に重過失があること (95 条ただし書 ) を抗弁として主張することが考えられる重過失とはわずかの注意さえすればたやすく結果を予見することができたにも関わらず漫然とこれを見過ごしたようなほとんど故意に近い著しい注意欠如であるこれを本件についてみるにまずいちご農家である A がいちご姫とえちご姫の両品種が存在していることを知らないはずがなく仮に知らないのであればそのこと自体に過失があるその上で訛っているために自分の発音が別の品種を意味してしまうという非常に紛らわしい相手に誤解をまねくよう 2

3 な申込みを口頭でしてしまったことは重過失であると言えるもっとも方言で訛っているというその人が自分でコントロールできないことはほとんど故意に近い著しい注意欠如と言えるほどの非難可能性はないとも言えるこのため重過失の抗弁が認められるかどうかは解答者の論証に説得力があればどちらでも構わない <ポイント解説 > 民法 95 条の錯誤無効の成立要件を理解しているかが問われている本試験の一番の肝である錯誤の定義をきちんと理解しておらずまた両当事者の意思表示の構造のマス目を埋めるという作業をないがしろにしたために誰が錯誤に陥っているのかいかなる種類の錯誤に陥っているのかを誤った答案が目立った各要件の内容についてもあやふやな知識誤った理解をしている答案も多かった錯誤は第 3 回と 4 回講義で学習した事項であるよく復習をして欲しい 3. 法的帰結 A に重過失があるとの B の再反論が認められると構成するか認められないと構成するかによって以下法的帰結が異なるので分けて解説する (1)Aに重過失ありとした場合 A に重過失がある場合 95 条の成立要件を充足しないため A の錯誤無効の主張は認められないよって意思表示の合致により成立したいちご姫についての売買契約は有効であるから売主 A はいちご姫の苗を目的物とする引渡債務を負う以上より B の主張通り A はいちご姫の苗を引き渡さなければならないなお A が自身の負う債務を履行していない状態を債務不履行と言う債務不履行は 1 年後期の民法 Ⅳ( 履行障碍 ) で学習する A の債務不履行を理由として B がさらにどのような法的主張ができるのかより勉強を進めてぜひこの答案の続きを完成させて欲しい (2)Aに重過失なしとした場合民法 95 条の成立要件を全て充足するため A の意思表示の無効の主張が認められる無効とは当該行為が法律上の効果をはじめから有しないことをいうため意思表示は当初よりなされなかったこととなりこれにより売買契約も当初より存在しなかったことになるこのため売買契約に基づく目的物引渡債務も代金支払い債務も発生しないこととなるよって未履行債務は履行拒絶できるし既履行債務については原状回復義務が発生する以上より A は B からのいちご姫の苗を引き渡せという要求を拒むことができるし他方で受け取っている代金は返還しなければならない 3

4 なお既払い代金の返還債務についてそれが不当利得返還債務であることに触れている厳密な答案があった不当利得については今学期開講されている民法 Ⅱ( 不法行為 ) で学習した単元であるこのような総合的理解ができている答案には加点した <ポイント解説 > どのような法的帰結が妥当であるか論じなさいという問題文に解答するためには上記 2. 錯誤無効の成立の有無を論じた上できちんと 3. 法的帰結を示してもらいたい特に A と B から相談を受けた立場にある者として問題文で A と B がそれぞれ自分の主張を繰り広げている点に対して明確に答えてあげて欲しい錯誤無効の主張が認められた場合の効果の問題は無効と取消しを学習した第 12 回講義の内容である三. 講評 1. 本試験の狙い問題文を読みほとんどの人が錯誤の問題であるとの察しがついたようであるしかし本問に正しく解答するためには単に錯誤の知識を披露すればよいのではなく幾つかの前提理解が試される総合問題となっている第一に成立要件と有効要件というレベルの相違とその論理的関係について理解できているかが試されている錯誤無効を論じるためにはまず契約が成立していることが前提となるなぜなら錯誤無効は法律行為の有効要件の充足が問題となる場面であるから法律行為の成立要件は充足していることが前提となる成立要件と有効要件については第 11 回講義で学習した第二に錯誤の有無を確定するためには成立要件たる意思表示の合致との連続的理解が必要になるところ講義で繰り返し述べてきた意思表示の構造から考える手を動かしてマス目を埋める作業をおろそかにしないという姿勢が試されているまず意思表示の合致とは意思表示の構造のうちのどことどこの合致が必要であったかを正しく理解していなければ意思表示の合致があったのか否かそして合致していたとしていかなる内容で契約が成立しているのか全く異なる結果となるそしてこの意思表示の合致の有無および成立した契約内容の理解を誤ると次のステップである A と B のどちらが錯誤に陥っているのかについて正反対の帰結になってしまうのであるこのように実は錯誤というものを理解し論じるためにはそもそも契約の成立要件である意思表示の合致の有無から順を追って考えねばならない講義では意思表示の合致が第 2 回錯誤が第 3 回 4 回有効要件と成立要件が第 11 回と分けて学習したまた無効の効果は第 12 回で学習した事例問題に取り組むことにより法的問題を解決するには総合的な理解が必要であることが実感されると共に改めて全 15 回の講義の体系的理解が深まるであろうこのように試験は最良の学習の場である仮に今回の結果が芳し 4

5 くなくともこの受験で得られたことは多かったと思う次に活かして欲しい 2. 多かった誤り (1)Bの動機錯誤上記の通り表示行為の客観的意味および成立した契約内容はいちご姫であり B の欲した通りの法律効果が発生するよって B は錯誤に陥っていない錯誤に陥っているのは A であるなお動機錯誤を論じた人の中には同じ誤りでもその中には様々なレベルの差がある大多数の答案は B はいちご姫だと思ったから買うと言ったのに届いたものはえちご姫だったから動機の錯誤であるとしか書いていないこれは意思表示の構造のマス目を埋める作業をおろそかにし思い違いだから錯誤だろうという感覚的理解で答案を書いた人錯誤の定義さえ理解していない人にみられる答案である他方で例えば動機と現実の食い違いや目的物の性状錯誤であるとした答案は一定の考察を経た上で動機錯誤という結論に至ったという法的思考の跡が窺える答案である動機錯誤という同じ誤りを犯しているように見えて答案の質としては根本的に異なる論述試験では結論で採点されるのではなく論証過程で差がつくので最後まであきらめずに書ききることは大切であるただし動機錯誤で構成するのであれば動機の錯誤がそもそも錯誤として認められるための要件を論じなければならないつまり動機錯誤はこれを錯誤として顧慮せずの原則を覆し錯誤に該当するためには 1 動機が表示されかつ 2 意思表示の内容になっていることが必要である動機錯誤構成をとる答案のほとんどが民法 95 条の成立要件しか論じておらずかつそれさえあやふやなものが多かった (2)Aの錯誤をBが主張する錯誤に陥っているのは B ではなく A であると正しく理解していたがその錯誤無効の主張を A ではなく B が行うという構成の答案があったこのような人達は意思表示の構造のマス目を正しく埋めることができたようであるがしかし意思表示の合致がいかなるレベルでの合致を言うのかを検証していないため成立した契約内容が B の思惑通りのいちご姫であることを確認していないまた錯誤は表意者保護の制度であるから錯誤に陥っている本人 A しか主張できないことを理解していないこのように 2 つの意味で誤りを犯した答案である (3) 隔地者間の契約の成立隔地者間の契約の成立の時点問題に触れる答案も複数枚あった確かに本件は新潟県在住の A と東京都在住の B という遠隔地の者の間でなされた契約であるしかし単に物理的距離があったら隔地者間の契約に関する条文が適用されるわけではない民法にい 5

6 う隔地者間の契約に関する条文は遠隔地にいる者との間で意思表示がなされているがために意思表示を発してから相手方に到達するまでの間に時間差が生じるときにいつの時点をもって意思表示の合致があったとみるのか言い換えるといつの時点で契約が成立したと考えるべきか争いとなるために用意されている条文である本問では電話でやりとりがなされており意思の表示と到達に時間差はないつまり単なる対話者間の契約である 3. その他答案作成の注意点 (1) 登場人物の記号の混同本問では A と B のどちらが錯誤に陥っているのかを理解することが重要であるが答案の途中から A の錯誤を論じているのか B の錯誤を論じているのか訳の分からない答案が複数枚存在した (2) 条文の提示民法の条文をそのまま書き写しても得点にならないまた条文を掲げる時に民法 95 条本文ではなく民法 95 条 1 項という表記がみられた改正民法 95 条 1 項を指すのかとも思えたが重過失について同条 3 項を掲示していないので単なる誤りと思われる本文ただし書き項号前段後段といった名称は正しく表記しなければならない (3) 口語体の使用例えば順接の接続詞として文章の冒頭をなのでで始める人がいたこれに限らず幼稚な文章がまま見られた講義や復習資料で教科書を読むことの大切さを説いてきた法律の教科書をこれからもっとたくさん読めばなのでなどという表現を用いることに違和感を持つ日がいつか来るだろうし答案や JRP にふさわしい文体を書けるようになるだろう四成績データ合否は絶対評価であるが可良優秀のいずれに該当するかは相対評価も考慮されている 60 点ジャストで合格した者には今一度の復習を求める履修者数 229 履修者数 216 合格者数 177 秀 90~100 1 優 80~89 14 良 70~

7 可 60~ 不可 59 以下 39 合格者平均点 67 点受験者平均点 61 点五おまけ本問を出題するにあたり用いた新潟の方言は私が本学に赴任した当時ゼミ生に教えてもらったものです契約 ( 意思表示 ) の解釈に争いが生じ錯誤が起こる場面とはいかなるときなのかをなるべく身近に感じられる例にしたいそして県外から進学してきた 1 年生に新潟のことを知ってもらえたらという思いで作成しましたいつかこの方言を使った事例問題を作成したいと思ってあたためてきましたゼミ一期生の皆さんありがとうございました 7

1 A 所有の土地について A が B に B が C に売り渡し A から B へ B から C へそれぞれ所有権移転登記がなされた C が移転登記を受ける際に AB 間の売買契約が B の詐欺に基づくものであることを知らなかった場合で当該登記の後に A により AB 間の売買契約が取り消された

1 A 所有の土地について A が B に B が C に売り渡し A から B へ B から C へそれぞれ所有権移転登記がなされた C が移転登記を受ける際に AB 間の売買契約が B の詐欺に基づくものであることを知らなかった場合で当該登記の後に A により AB 間の売買契約が取り消されたとき C は A に対して土地の所有権の取得を対抗できる (96-51) 2 A が B の欺罔行為によって