プロフィール 平成 2 年度岡山医学会賞 ( 林原賞 ) 受賞論文 Focal Adhesion Kinase (FAK) と Insulin-like growth factor-i receptor (IGF-IR) に対するデュアルチロシンキナーゼ阻害剤の食道腺癌における抗腫瘍効果 Dual Tyrosine Kinase Inhibitor for Focal Adhesion Kinase and Insulin-like Growth Factor-I Receptor Exhibits an Anticancer Effect in Esophageal Adenocarcinoma in Vitro and in Vivo 17
う報告26)がみられるが Barrett 食道癌における FAK する必要がある 本研究における我々の目的は 1 の発 現 とそ の機能 に ついて の 報 告は み ら れ な い FAK の Barrett 食道癌における役割を検討すること Barrett 食道は胃食道逆流症により正常扁平上皮が化 2 TAE226が消化器癌に対する新規治療戦略となる 生円柱上皮に置換された状態である ま た かを検討 3 TAE226による抗腫瘍効果とメカニズ Barrett 食道は食道腺癌の前癌病変であり 通常の3 ムを特にアポトーシス経路に着目して解明すること 125倍のリスクで発症する Barrett 食道癌は西欧 である 27,28) 27) 諸国において増加傾向にあり 5年生存率25%以下 28) Small molecule inhibitor, TAE226 の未だ極めて予後不良な疾患である27) 治療は手術以 外に有効なものがなく 新規治療戦略の開発が望まれ 従来の抗癌剤が DNA 合成や修復 細胞の分裂 増 ている 殖過程に作用し殺細胞作用を示し 癌細胞への特異性 我々のグループにおける FAK に関する先行研究で が低いのに対し 分子標的薬では癌細胞の増殖 転移 は 大腸癌と食道扁平上皮癌の癌化過程において FAK などに関わる分子を選択的に阻害することで癌の増殖 の発現と活性化の増強がみられることを報告してき 抑制 進展阻害を示すため 癌細胞への特異性が高い た それゆえに我々は FAK が他の癌腫と同様に とされている 癌の分子標的薬剤には大きく小分子化 Barrett 食道癌における細胞増殖や生存にとって非常 合物とモノクローナル抗体がある FAK阻 害剤はま に重要であると考えた Barrett 食道癌の癌化におけ だ臨床応用の段階ではないが 複数 のFAK阻 害剤の る FAK の役割を調べるために 我々は Barrett 食道 開発報告があり FAK を分子標的とした臨床応用が 癌と Barrett 正常上皮の臨床サンプルにおける FAK 期待されている 29) の発現状態を検討した そして FAK に対する特異的 TAE226はノバルティス ファーマ社により開発さ small molecule inhibitor (TAE226 を用いて FAK シ れた分子量541.87の FAK をターゲットとした分子標 グナルを阻害することが細胞増殖 細胞接着 細胞遊 的薬である FAK に特異的な阻害剤として開発され 走にどのように影響するかを検討した TAE226は たが IGF-IR に対してもある一定の阻害作用を有する FAK を標的分子としてデザインされたチロシンキナ とされている TAE226は FAK 活性化のトリガーに ーゼ阻害剤であり IGF-IR に対する追加的な抑制効 相当するチロシン397の自己リン酸化を阻害すること 果もある IGF-IR は細胞増殖や生存にとって重要な によって 下流へのシグナル伝達を抑制する薬剤であ 分子を活性化する主要なレセプター型チロシンキナー る 3) 31) ゼの一つであり Barrett 食道癌を含め 悪性腫瘍に Barrett 食道癌における FAK の役割 おいて発現上昇が確認されている32) TAE226は脳腫 瘍における抗腫瘍効果を示した報告 3,31)がみられる まず Barrett 食道癌における FAK の発現状態を免 が 他の種類の悪性腫瘍に対する効果についての報告 疫染色にて検討した Barrett 食道癌患者から外科的 はなく また効果の詳細なメカニズムについても解明 に切除した42サンプルを用いて FAK 抗体で染色し A B 図1A B Barrett 食道上皮と食道腺癌における FAK の発現 18
Barrett 食道癌に対する新規治療戦略 渡辺信之 他14名 た 観察部位は Barrett 上皮 38視野 Barrett 食道 平上皮という組織学的な違いがあるのではないかと推 癌 168視野 食道扁平上皮 93視野 胃上皮 56視 測される 図1C 野 であった FAK の発現は非癌部と比較し癌部で増 における TAE226の抗腫瘍効果 強していた 図1A B 5%以上の発現部 接着系の細胞は接着依存性に成長するため インテ 食道癌では94.%であった 図1C 癌部における過 グリンを介した細胞接着やその下流のシグナルに対し 剰発現傾向は明白であり 他の癌腫と同様に Barrett て重要な役割を行っている FAK が阻害されると細胞 食道癌においても FAK が過剰発現し 癌の進展に重 増殖に悪影響をうけるということは容易に考えられる 要な役割を果たしていることが示唆された また 興 まず TAE226による細胞増殖抑制効果を検討し 味深いのは食道扁平上皮では胃上皮と比較して FAK その後の実験に対する至適濃度を検討するために の 発 現 が 高 い 傾 向 が み ら れ た こ と で あ る 陽 性 が Barrett 食道癌細胞における TAE226の IC5 を測定し 43.% 強陽性が47.3% Barrett 上皮と胃上皮 と た SEG-1 FLO-1 BIC-1細胞を TAE226で48時 もに円柱上皮 における FAK の発現レベルは同程度 間処理して測定した IC5は SEG-1で.47サM FLO- であり 扁平上皮で強発現を示したのは円柱上皮と扁 1で1.3サM BIC-1で1.29サMであった 図2A- 図1C 6 4 図2A B C SEG-1細胞 FLO-1細胞 BIC-1細胞にお ける TAE226の細胞増殖抑制効果 1.サM TAE226 hour Number of migrating cells E 48 hours <.1 4 3 2 1 図2D E 3. 2 1. 3. 1..33 2 8.33 4 1.11 6 12 8 BIC-1 IC5: 1.29サM.37 Percentage of live cells (%) 1.11 3. 2 12 Percentage of live cells (%) 4 C FLO-1 IC5: 1.3サM TAE226 concentration (サM) 食道扁平上皮 胃上皮 Barrett 上皮 Barrett 食道癌 における FAK の発現レベル D 6 1. Barrettセs EA 8.33 Barrettセs epithelium 1.11 Gastric epithelium 12 Squamous epithelium B SEG-1 IC5:.47サM.37 A.37 1 9 8 7 6 5 4 3 2 1 Percentage of live cells (%) Percentage of cases (%) 位はBarrett 上皮で17.9%であったのに対し Barrett TAE226の細胞遊走能抑制効果 19 1.サM TAE226
C SEG-1細胞は3種類の細胞株のなかで最も感受 FLO-1細胞では3サM TAE226処理により遊走能が 性 が 高 い と 思 わ れ た す べ て の 細 胞 株 で 3. サM 抑制された 73±26個 vs 41±11個 TAE226の48時間の処理で9%以上の抑制効果が認め 次に TAE226の細胞形態に与える影響を検討した られた(図2A-C) 位相差顕微鏡で観察すると 細胞の単層配列構造が乱 次に TAE226による細胞遊走能抑制効果を検討し れ 細胞は円形化 内部構造も破壊された状態であり た confluent 状態の SEG-1細胞にスクラッチを加 細胞数も著明に減少していた いくつかの細胞はプラ え 1.サM TAE226および で48時間処理した スチックプレートから剥がれて縮まっており FAK 図2Dは Scratch assay の顕微鏡写真を示す の阻害によって接着が弱まったものと考えられた 図 で処理したものは遊走した細胞が332±7個であった 3A FAK の阻害による細胞形態の変化をさらに検 のに対し TAE226で処理したものは59±1個であっ 討するために アクチン Red pfak Green 核 た 図2E このことか らTAE226による FAK の阻 Blue を3重染色し共焦点レーザー顕微鏡にて観察 害により細胞遊走能を抑制されることが示唆された した FAK 活性がある細胞はアクチンファイバーの A 1.サM TAE226 3.サM TAE226 hour 24 hours 48 hours 図3A B C TAE226の細胞形態に対する効果 位相差顕微鏡観察 Top Bottom Top Bottom 図3B C TAE226の細胞形態に対する効果 共焦点レーザー顕微鏡観察 2
Barrett 食道癌に対する新規治療戦略 渡辺信之 他14名 構造が正常に保たれており FAK のリン酸化はアク FAK 阻害による効果は主に AKT-BAD-Caspase を経 チンファイバーの両端に局在しており このことから 由したアポトーシス誘導であった 活性化 FAK は細胞構造を維持するために接着点に局 在していることがわかる 図3B TAE226処理によ FAK 阻害が細胞死を誘導するかどうかを検討する り アクチン構造の消失 接着阻害 FAK の活性化阻 ために細胞周期の分布をフローサイトメトリーにて検 害が認められた 図3C 討した 図4A Bに示すように TAE226処理によ り sub-g0相の増加が認められた G1相やG2/M相 の分布においては明らかな変化を認めなかった この 結 果 か ら sub-g0 相 細 胞 が 増 加 す る と い う こ と は FAK 阻害剤により細胞死が増加するということを表 A しているのではないかと推測する 次の疑問として TAE226処理によりアポトーシスをきたすかどうかと いうことである この疑問に対し TUNEL 染色を行 1.サM TAE226 った 図4C TAE226により24時間以内に TUNEL hour 1 8 6 4 2 図4A B 6 hours 陽性細胞の増加を認め TAE226による FAK の活性 24 hours 阻害によって Barrett 食道癌細胞はアポトーシスに誘 導された 図4D G2-M TAE226誘導性のアポトーシスがどのようなシグナ S G-G1 ル経路でおこるのかということを検討するために ウ sub-g 1 6 Time (hour) エスタンブロットによって FAK の下流のシグナル分 24 子を解析した TAE226は濃度 時間依存性に FAK のリン酸化を阻害した 図5A B AKTの活性化 も同様に抑制されたが ERK 活性の抑制は軽度であっ TAE226の細胞周期に与える影響 C 1.サM TAE226 hour 1 hour 6 hours 24 hours D Percentage of apoptotic cells (%) Cell number (% of total) B 1 hour 7 6 5 4 3 2 1 1.サM TAE226 1 6 <.5 24 Time (hour) 図4C D TAE226によるアポトーシス誘導効果 21
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