大原孫三郎 總一郎研究会 基調講演別冊資料 テーマ : 社内報巻頭言から読み解く大原總一郎 わくい講師 : 株式会社クラレ取締役会長和久井 やす康 あき明 氏 社内報巻頭言から読み解く大原總一郎 大原総一郎の巻頭言の中から 彼が取り上げたテーマの一部について要点をピックアップし 論評を加えてみたい 系統的にじっくりと読み込んだわけではなく かつ同じ時期に社外のメディアに発表した論文 随筆には全く触れていないので 総一郎の考えのごく一部にすぎない わたしの好みで管理職向け社内報 連絡月報 の記事から 珠玉の命題を断片的に拾って 総一郎の思想の特徴を読み解こうとした 時間をかけて熟読すべきものを短時間で拾い読みするという 僭越かつ無謀な試みではあるが 社内報という内輪向けの かつ本音を吐露できる場であるから 外部には出さない内容も含まれており 少しは新しい総一郎像が浮かび上がるかもしれないと思った次第である また 総一郎が父孫三郎から受け継いだものと あるいは父とは違うものがどこにあるのかを 見てみたいという試みでもあった 巻頭言を重複はあるが 項目別に分けて 要点をまとめてみたのが 別紙 大原総一郎巻頭言拾い読み である 1
大原総一郎巻頭言拾遺 1 経営全般について 独善に陥り 視野狭窄になる心配もある であるからあらゆる事象を他山の石として自 らの栄養とする 人を誹謗するより人に感心する人間に進歩がある 日本人は模倣の世界において独創性を発揮してきた 真の模倣は難しいが すばらしい 松下模倣は 官僚主義から最も遠いから 新技術の開発によるコストダウンがないとだめ 技術開発に自己開発は車の両輪 この会社でなければ出来ないということが出来る会社へ 運の強さは経営者に必須だ 運とか勘とかの背後には 説明できない何かがある 科学と合理性だけで人は立ち行かない 何かに頼ろうとする 2
昭和 43 年度社長方針 昭和 43 年度社長方針 (68 年 4 月号 ) 1 世界政策の推進 世界の倉レへー 1 国際経済情勢の積極的把握 2 国際的水準への指向 ( 品質技術 社内管理体制 ) 3 世界的視野に立ち新分野の開拓 2 目標必達の熱意を 1 目標設定は意欲的に そしてその達成にさらに意欲を 2 勤労意欲の高揚 相手の立場に立ってー 3 すべての仕事に正確さを 1 要因分析 2 標準化 3 コンピュータの高度の活用 2 事業について クラリーノは第二のビニロン 外界は事実によって会社そのものを評価する コスト 生産性 品質 多様にして均一が競争力の源泉 ビニロンとポバールはクラレが自力で設定した鉱区 世界的に独占している鉱区だ 世界時代に入ったビニロン ポバールで 永久に王座を譲らないことが肝要だ 現在と過去を整理するのは 未来のためだ 3 組織人事について 誰がそれを言ったかではなく それが本当に正しいのかどうかで判断せよ (WHAT と 3
WHO を絡ませず 断ち切ること ) 職責に恥じない人になれ 自分が社長になれないという前提で自分を訓練していると最高の責任をとらないことを 当然視するようになる 生産性は化学反応と似ている 放置していては反応を起こさない 攪拌することで会社 の化学反応を充実させることが 生産性を上げる原動力になる 事業部単位の経営意識と経営方針を創造的に確立できるように権限委譲するのが 事業 部制 事業部制は地方分権のようなもので 循環系統の末端に至るまでの正常化を促進する 組織は人をして動きやすくする 人的能力の有効な育成に資するためにある 不遇感を受ける人はいるだろうが 我慢してもらいたい 次の機構の改造までは 協力 されたい 下の者ばかり頼りにして 権限委譲と称して責任転嫁する指導者は最低 課長として最高だといわれた人が上に行くに従って 器量が小さくなりダメになること がある 企業においては器量の大小の問題と経営意識の濃淡とが共存しており 難問を孕む 正常な意味での経済意識 経済感覚 経済的意欲さえあれば 経営に関する潜在能力は 次第に成熟してくる 管理職 は判断する機能だ 報告は判断の資料である 管理とは監督やチエックのこ とではなく 判断して自分の仕事を切り開いていく役割のことだ 4
ソニーは 常に技術的に最先端に立ちたいので 管理上からもセンスの上からも東京の地を離れたくない と井深社長は言った 東京が世界の最先端を行く都市だとは考えないが 日本では先端を歩んでいる都会であり 東京での発見は早晩全国的なものになる 東京事務所はソニー的であってほしい 大阪は松下的発展の原動力としての任務を果たすべし 4 研究開発について 企業の研究活動は工業化のためにある その生命は タイミングとスピードにある その開始時期は死命を制するほど重大だ その着想は世界の科学研究活動の地下水脈から企業が汲み上げ 工業化の可否を検討し て具体化の研究に移す 生存競争だ 先手必勝だ 大學における総合的な基礎研究の成果は 当然公開されるべきであり 企業はそれを利 用するに躊躇する必要はない 先んずる者は人を制する こそ貴重な教訓 研究所は城に見えながらも 実は先制攻撃のための砦であることが存在理由だ 5 講話 練達は希望を生ずる は妙味のあることばだ 実際にやってみて そこに希望が生まれ る 人間のあり方 仕事のやり方 すべてそうだ 倉敷レイヨンが日本に存在する理由 かけがえのない存在だという誇りをもちうるのは ビニロンの工業化にある 官僚主義の弊害の列挙 5
法律や規則や習慣の 悪い意味での番人 責任回避 個人防衛 セクショナリズム 派 閥の発生 いずれの大会社においても わが社の技術に対しては対等の立場で応対してくれた 倉敷レイヨンが日本に存在する理由 かけがえのない存在だという誇りをもちうるのは ビニロンの工業化と中国へのプラント輸出に対する高い評価にある わが社の前途に光明を確認できたことが 今度の旅行の最良の土産であった 6 思索 分かりにくい言い方をすることは半ばやむをえないことだ 誤解される よりも 理解 されない ほうが むしろまだしもよいと思うから 模倣は充実の母胎であり 充実は創造の母胎である 充実とはあらゆる可能性を充足しつくすことである 充実の証明は飛躍が可能であるか否かにある 企業活動の充実は 個々人の充実をおいて他に考えることはできない 個人の力を最大限度に活かす根本は 信頼して任すということだ がめつさ に抵抗を感じながら がめつく 振舞おうとする場合 その がめつさ は強くならない 業績の良い がめつい 会社の がめつさ を 外面的 感覚的なものとして捉えるの ではなく 明確な分析が必要ではないか 愛社心 の もと は 本能的感情からなるのか 会社の中で希望と存在意義を見出 す理屈からなるのか 断定できない ただ 素朴な感情と理屈は不可分の関係で 愛社 6
心を形成しているのであろう 愛社心の第一のよりどころは 会社の国民的役割の中にある 次に働きやすい会社であ ることも重要な要因だ 働きやすさの第一の条件は 生き生きとした組織とその仕事が 良い人間関係の中におかれていることだ 愛社心の最も重要な責任は トップにある これは温情などではなく 本来の職責であ る 愛社心の基盤は 自分の仕事に対する希望と愛情である 愛社心を支える最終の担い手 は 各個人だが その個人の希望や責任感などに加えて 練達は希望を生ずる という 言葉が教えている指針も貴重なアプローチの一つである 練達は希望を生ずる とは 練達により仕事のレベルが大きく向上する それにより自信が出来る それにより他人にも評価され さらなる向上意欲も湧く 将来に対する希望も生ずると解される それはまさに自分の仕事に対する希望と愛情が生ずるということである スランプは誰にもあることだ スランプのときに スランプに陥っている自分も どうにも出来ない自分も同じ自分で あることを認めることが 脱する一番の早道である 運 鈍 根 は成功の秘訣といわれるが なんといっても 運がいい ことが一番だ 倉敷レイヨンは運がよいからこそ 今日あり得ているのだ 自信のあるところに力以上 の運命が開けるものだ 鈍 は 小さな抹消のことには拘泥しないという意味だが 過度にシリアスにものを考 えるマイナスの副作用から免れており これも成功の秘訣のひとつである 根 は 最後まで根気強くやる者のほうがゴールにたどり着く確率が高いということだ 7
経理は 実績主義の上に立って 会社の実力を示す仕事である 経理の仕事は 後ろ向きとなり 過去 現在の数字に立脚して将来を論じる立場に立つ その陥りやすい精神的職業病は 過去の整理から遠く離れて決断をする場合における消極主義である やむを得ないけれども そうならないように 将来を考えた成長的配置や危険を予防し未然に防ぐような措置が必要である これは 経理は一例に過ぎず 他の部門においても当然考えてみなければならないことである 7 反省 私の 特に巻頭言に寄せられた意見や批判は 私にとって非常に啓蒙的で 考えさせられた 表現が難しい 理論が多すぎる もっと平易な文章で簡潔に趣旨を徹底しないと といった批判はとくに上層部からなされた 詳細に読んでもらえば 疑念はある程度解消する場合もあるとは思うが 一般的には そうした印象を与えていることには一考を要すると思った なぜそうなったのか 教育を受けた時代の文章の難解癖のため 自分自身に踏ん切りをつけるために理論を並べたにすぎない といった批判もある程度真相を突いている 模倣を方針とするということに 抵抗を感じた向きも多かったようだが 実は自分もそれを先回りした結果 回りくどい 難解な 説明をすることになったので そうした批判がでたのであろう 遺憾ながら 私の配慮が逆効果になったことを認めよう 別な欠陥もあることが指摘された すなわち 遠慮なく明確に大胆な表現を とか トップから不言実行が望ましい 抽象的な理論の実際への具体化がはなはだ不足している 具体的に何を模倣するのか さっぱりわからない といった批判は 理論過多 あるいは理論倒れの印象を与えたようだ 百の理論よりも一つの実行 を強調した意見が多数見られたのは 当然だ 松下模倣についても 模倣の具体的目標をトップがまず示すべきだという意見が出ていたのもしかたがない 諸君が松下のやり方を模倣するより 私が松下幸之助氏を真似ることのほうが遥かに難しいことであろうが それはなすべきことだから そうするつもりである しかし 松下氏の通りにはなり得ないだろうし それはやむを得まい 8
いずれにしても 目指す目的に対して成果をあげなければ無意味であるという点では すべての批判や意見とまったく同感である 寄せられた意見に感謝する 私は今年 外部の仕事に忙殺されすぎた 来年は狭義の経営者 クラレの経営者として の責任に終始したい 第二に松下のあり方についても 個人の経営者的自覚がすべての 前提であることに思いを致して 年を送る 8 引用 参考事例 非組合員とは 経営者 経営者とは 自己に厳しく 客観的に自己の業績を測定し 以 前よりはるかに高い目標を再設定する必要を認識する 人である 升田名人いわく 玄人と素人の差は根性の違いにある と 戦前の岡山工場長橋本富三郎氏の標語 良社良品 はきわめて示唆するところの多い言 葉である 品質向上 を強調する考え方と 良社良品 という基本認識との間には大きな 次元の差がある 日本瓦斯化学の榎本社長 少数にしなければ精鋭は生まれない 野村證券の奥村会長 三度の飯を二度に減らし 人が 8 時間働くところを 10 時間働い て 石にかじりついても商才士魂に徹する 松下幸之助 消費者は神の如きもの 買う消費者はダンナ衆 こっちは商売人だ 原安三郎 この会社に入る以上 全財産を投じて自分の仕事と運命を共にしないで 何 が出来ようか! 本田宗一郎 資本がないから事業が思わしくないのではない アイディアがないからだ 競争とは相手の不幸を願うものである 9
宮崎輝 事業部と子会社では 子会社でやるほうが伸びる 日本では子会社でやり 成 長してから合併するほうが良いようだ 升田八段 勝負はミスの度合いで決まるが 失敗はするがホームランを打つ野球 金銀 を取られても王さんを詰める将棋のほうが魅力がある 武者小路実篤 人間は万事を言葉で解決しようとするが 言葉はほとんど粗雑な感じし か表せることができない 美しいという言葉は誰でも言うが 本当に美しいということ に感動出来て言う場合はめったにない 言葉は先に走りやすい ピーター ドラッカーの 研究開発についての12の迷信 研究員や研究テーマが多いと成果は上がらない 能力の劣る研究員 ダメなテーマはすてよ 研究員には多くを求めよ 雑用は減らせ 企業の研究は工業化が目的だ 経営者が研究計画を立てよ 高いターゲットを掲げよ 研究は自社製品の代替を目指すものでもタブーにあらず 今目に見えないマーケットを目指す研究も可 研究員の資質と研究管理職の資質は別物 研究開発に浪費の概念なし 幹部の欠陥 28 条 ( 住友ゴム井上文左衛門氏発表 原典はアメリカ ) あいまいな判断しかできず 仕事を他人に任しきれず 任しても責任を取らず 守秘が出来ず 非社交的で協調性がない 大局観に欠け 部下の使い方を知らず 頑固で独断的 かつ決断が遅い イージーな解決に走り 不健康で 細かく 上や他の部署に弱く 下に自分のやり方を押し付け 視野が狭く 有言不実行で 尊敬されていない その上に不勉強で 他人の意見に聴く耳を持たない 鈴木鎮一の講演と子供らの演奏 誰にも伸ばさるべき才能はあり 伸びないのは伸ばそうとする意志がなく 適切な方法をとらないからだ 芸術は. 天才のみになしうるものという既成概念をくつがえすに足るすばらしい子供の演奏に驚嘆したと述べる 次に感想として 述べている玄人と素人には 明らかに差があることを指摘し 玄人の領域を素人が犯してうまくいくわけがないこと 両者に共通するのは 自分に対する主 10
観的かつ不合理な過大評価が身を誤らせるということだと述べる 浜田庄司氏について 世界一の陶工だが 一方どこに行っても教えを受け 何かをもら うという彼の言葉を紹介し もらうことの名人だと讃えている 大山名人の言葉 難局は尊き恩師なり を紹介し 名人に教える人はいないから難局だ けが先生だということ そこまで到達して初めて名人になれると説く 9 まとめ (1) 孫三郎の言葉総一郎は父孫三郎のことについて かなり多くの文章を残している 城山三郎の わしの眼は十年先が見える で披露されている逸話や孫三郎の言葉の多くは 総一郎の文章が出典である いくつかを列挙する すべて古い者の言いつけを後生大事に守っているような人間では仕様がない 子孫と いうものは 祖先を訂正するためにあるのだ 学校の先生の褒めるような人物はたかがしれてる 自分は倉敷という土地にあまり執着しすぎた 中央に出ていたら もっと仕事が出来 ていたはずだ お前も あまり地方のことに深入りすると 仕事の邪魔になるぞ 仕事を始めるときには, 十人のうち二 三人が賛成するときに始めなければいけない 一人も賛成者がないというのでは早過ぎるが 十人のうち五人も賛成するようなときに は 着手してもすでに手遅れだ 人間そのものがその人のすべての財産である その他のものは幸いするものではなく て 反って禍するものである 人に会うには白紙であることが必要である ある意識をもって人の話をきくことは 11
自己の持ち合わせの知識に対して自己満足を得るより外の何事でもない 無駄であると 思う 万物 皆師の心得が必要である さらに孫三郎は総一郎夫妻が欧州滞在中に いろいろなことを手紙で書き送っている その中にも孫三郎の考えがよく現れている言葉がある いくつか挙げる 外国人の経営的態度 事業に対する精神的 個人的態度等について注意されたし 調査についてどうするか 進歩的気風を作るには 調査をどう働かせるようにするか 生きた調査はどうするかを考え この点についても注意されたし 社長のせがれであるとの取り扱いをされぬだけの内容を作って帰るよう 何かにつけ心掛ける事が大切とおもう 対等の人のみと交際していたのではよろしくない わがままの出来る交際は注意する こと 所謂偉い人と交際する事を努める事 その内に得る処がある 先輩に認識させる 事は 将来に対し必要な事である 大使館 領事館などには出掛ける方よし 三井 三菱 住友などの日本人の店にも行 って見るがよい どんな働き振りをしているか どんな方面に動いているか 聞きまた 見る事が 1 つの学問である 各方面の人に接してヒントを得ることが大切である ほんとに持ち合わせの知識では駄目な世の中になって来た 人の話を聞く事 人に話 させるようにする事 態度と工夫が必要 眼と耳と六感により自らを養うていく事も肝 要な事と思う 明年になったら自分は一線より退きたいと思っている 責任のある仕事をせねばなら ぬ立場になる事と思う その時期の出勤が社員より先でなければならぬ ハッキリした 態度と不言実行, 而して実情を知ることが大切と思っている (2) 孫三郎の基本的な考え第一に新しいことを他人より早めに手がけるという 先駆性 先見性 第二に問題を掘り下げる合理性 科学精神 第三に人物も含めた一流主義 12
(3) 総一郎の基本的な考えイ 孫三郎と考えはよく似ている ロ 性格は違っていた 品行 勤勉 ハ 親子の絆は強かった ニ 孫三郎のよき理解者であった ホ 活躍の場 領域は 父を凌駕 ヘ 視野 先見性は互角 (4) 大原イズム とは何か : 私見 イ 根源的思考と科学的分析ロ たゆまぬ発信ハ 基本的な考え方 1 新しいことをいち早く手がけるという先駆性 先見性 2 問題を掘り下げる合理性と科学精神 3 何事においても一流を目標とするということ 4さらに かけがえのない会社 でなければならないとする 社会的な存在理由の明示 (5) 大原イズム とクラレの経営 1 企業ミッション制定 2 本社東京シフト 3 東証の業種繊維から化学へシフト 4 事業再評価基準 5 研究テーマのマイルストーン制導入 6マネジメントフォ-ラム創刊 プレジデントルーム開設 7さん付け呼称運動 8 役員処遇制度改定 ( 定年 報酬体系 ) 以上 13