上原記念生命科学財団研究報告集, 24(2010) 164. 消化器癌におけるエピジェネティックな microrna 異常の解析 鈴木拓 Key words: 胃癌, 大腸癌,microRNA, DNA メチル化, 癌抑制遺伝子 札幌医科大学医学部内科学第一講座 緒言 microrna( 以下 mirna) は 18 ~ 22 塩基程度の短い non-coding RNA であり, 分化 増殖 アポトーシスなど細胞内の様々なプロセスに重要な役割を担っている 1). 癌細胞では mirna 発現の発現異常 ( 発現低下および上昇 ) がしばしば見られ, 癌遺伝子あるいは癌抑制遺伝子として機能している mirna が多数あると考えられている 2). 我々はこれまで主に消化器癌におけるエピジェネティックな異常を解析してきた 3,4). 今回我々は, 癌細胞における mirna 発現低下にエピジェネティックな不活化が関与しているとの仮説を立てた.DNA メチル化酵素阻害剤およびヒストン脱アセチル化酵素阻害剤による mirna 発現の変化を解析し, エピジェネティックに不活化された mirna 遺伝子を網羅的に解析することで, 仮説を証明すると共に新規癌関連 mirna の同定を試みた. 方法 1. 薬剤処理および mirna スクリーニング大腸癌細胞 (HCT116) および胃癌細胞 (AGS, MKN74) を 2μM の DNA メチル化酵素阻害剤 5-aza-2 -deoxycytidine (DAC) で 72 時間処理した. また, ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤を組み合わせることによってエピジェネティックに不活化された mirna がより強く発現誘導されるとの報告があることから 5), 上記の DAC 処理に続けて,3 mm のヒストン脱アセチル化酵素阻害剤 4-phenylbutyric acid (PBA) で 72 時間処理を行った場合の効果も検討した.miRVana small RNA extraction kit (Ambion) を用いて Total RNA を抽出した.Human mirna microarray kit (Agilent) によって薬剤処理前後の mirna 発現の変化を網羅的に解析した. 2.DNA メチル化解析 mirna 遺伝子近傍 (5 kb 以内 ) の CpG アイランドのメチル化を解析した. 胃癌 大腸癌の細胞株および臨床検体より抽出した DNA をバイサルファイト処理し, まずメチル化特異的 PCR (MSP) 法によってメチル化の有無を判定した. さらに, バイサルファイト パイロシークエンス法によってメチル化を定量的に解析した. 3.miRNA の機能解析 mirna precursor molecule (Ambion) を,Nucleofector kit (Amaxa) を用いたエレクトロポレーション法によって癌細胞にトランスフェクションした. 増殖抑制効果を MTT アッセイにより, 遺伝子発現に対する影響を cdna マイクロアレイ (Agilent: Whole Human Genome Array kit) によって検討した. 結果 1. エピジェネティックに不活化された mirna のスクリーニング 470 種類の mirna 発現をマイクロアレイによって解析した結果, 大腸癌細胞株 HCT116, 胃癌細胞株 AGS,MKN74 において DAC 処理によって顕著に発現上昇 (5 倍以上 ) した mirna は, それぞれ 72 種類,48 種類,53 種類であった. ま 1
た,DAC と PBA の組み合わせ処理によって発現上昇 (5 倍以上 ) した mirna は, それぞれ 109 種類,135 種類,150 種 類であった. このことから極めて多数の mirna がエピジェネティックに不活化されていることが示唆された ( 図 1). 図 1. エピジェネティックに不活化した mirna のスクリーニング. 胃癌 大腸癌細胞株を DNA メチル化阻害剤 (DAC) およびヒストン脱アセチル化阻害剤 (PBA) で処理したのち mirna 発現をマイクロアレイ解析した. 図では胃癌細胞株 AGS( 左 ),MKN74( 右 ) の結果を示す. 2.DNA メチル化解析上記スクリーニングで得られた mirna から, 近傍 ( 上流 5 kb 以内 ) に CpG アイランドが存在する mirna 遺伝子をリストアップし, 胃癌 大腸癌細胞におけるメチル化を MSP によって検討した.22 種類の mirna 遺伝子のメチル化を検討した結果,miR-9-1, mir-9-3, mir-124-1, mir-124-3, mir-34b/c など 12 種類のメチル化を確認した. 特に mir-34b/c は,15 種類の胃癌細胞株,8 種類の大腸癌細胞株の全てにおいてメチル化が確認された ( 図 2). 胃癌臨床検体における検討では 118 例中 83 例 (70%) において mir34b/c のメチル化が検出された. 次に,(1) H. pylori 陽性の健常人胃粘膜,(2) 単発胃癌患者の非癌部胃粘膜,(3) 多発胃癌患者の非癌部胃粘膜を解析した結果,miR-34b/c のメチル化は (1)~(3) のいずれからも検出されたが,(3) において最も高レベルであった. このことから mir-34b/c 遺伝子のメチル化は胃癌の診断マーカーとして応用出来る可能性が示唆された. 2
図 2. mir-34b/c 遺伝子のメチル化解析. (A) mir-34b/c 遺伝子の CpG アイランド.MSP, バイサルファイトシークエンス, パイロシークエンスで解析した箇所を示す.(B) 胃癌細胞株におけるメチル化解析結果 (MSP 法 ).(C) 胃癌細胞 AGS におけるメチル化解析結果 ( パイロシークエンス法 ).(D) 同じく AGS におけるメチル化 ( バイサルファイトシークエンス法 ). 3. 機能解析 mir-34b/c が胃癌において tumor suppressor として機能しているかを検討するため,miR-34b および mir-34c の precursor を胃癌細胞株 SNU638 に導入し,MTT アッセイによって細胞増殖を検討した. その結果,miR-34b,miR-34c のいずれも胃癌細胞の増殖を抑制することが明らかとなった ( 図 3).miR-34b/c の影響を更に解析する目的で, 遺伝子発現マイクロアレイ解析を行った ( 図 3). その結果,miR-34b および mir-34c の導入により 1000 種類以上の遺伝子発現が低下し (1.5 倍以上 ),Gene Ontology 解析の結果, 低下する遺伝子の中に細胞周期関連遺伝子が有意に含まれる (mir-34b, P=3.94E-16; mir-34c, P=2.26E-26) ことが明らかとなった. このことより,miR-34b/c は細胞周期停止を引き起こし, 癌細胞の増殖を抑制することが示唆された. 3
図 3. mir-34b/c の機能解析. (A) 胃癌細胞 SNU638 に mir-34b および mir-34c を導入し,MTT アッセイによって細胞増殖抑制能を検討した. (B) mir-34b/c の導入により MET,CDK4 などの標的遺伝子の抑制が確認された.(C) mir-34b/c の導入により細胞周期関連遺伝子の発現抑制が認められた. 考察マイクロアレイによる発現解析の結果, 相当数の mirna がエピジェネティックなメカニズムにより発現抑制されていることが示唆された. ただし CpG アイランドの DNA メチル化が確認された mirna 遺伝子は 12 種類にとどまっており, それ以外は,(1) DNA メチル化ではなくヒストン修飾のみによってサイレンシングされている,(2) 更に上流に未だ同定されていない転写開始点が存在する, などの可能性が考えられた. 今回の解析から,miR-34b/c が胃癌の tumor suppressor であること, さらに mir-34b/c のメチル化が胃癌診断マーカーとして有用である可能性が示唆された. また, さらなる解析を進めることで mir-34b/ c 以外にも癌の診断 治療に有用な mirna を同定しうることが期待される. 共同研究者本研究の共同研究者は, 札幌医科大学生化学の豊田実, 同生化学兼第一内科の山本英一郎である. 本研究を援助頂いた上原記念生命科学財団に深く感謝する. 4
文献 1) Schickel, R., Boyerinas, B., Park, S. M. & Peter, M. E. : MicroRNAs: key players in the immune system, differentiation, tumorigenesis and cell death. Oncogene, 27 : 5959-5974, 2008. 2) Croce, C. M. : Causes and consequences of microrna dysregulation in cancer. Nat. Rev. Genet., 10 : 704-714, 2009. 3) Suzuki, H., Tokino, T., Shinomura, Y., Imai, K. & Toyota, M. : DNA methylation and cancer pathways in gastrointestinal tumors. Pharmacogenomics, 9 : 1917-1928, 2008. 4) Toyota, M., Suzuki, H., Sasaki, Y., Maruyama, R., Imai, K., Shinomura, Y. & Tokino, T. : Epigenetic silencing of microrna-34b/c and B-cell translocation gene 4 is associated with CpG island methylation in colorectal cancer. Cancer Res., 68 : 4123-4132, 2008. 5) Saito, Y., Liang, G., Egger, G., Friedman, J. M., Chuang, J. C., Coetzee, G. A. & Jones, P. A. : Specific activation of microrna-127 with downregulation of the proto-oncogene BCL6 by chromatinmodifying drugs in human cancer cells. Cancer Cell, 9 : 435-443, 2006. 5