集会祈願全能永遠の神よ ヨルダン川で洗礼を受けられたイエスにあなたは聖霊を注ぎ 愛する子であることを示してくださいました 洗礼によって新たに生まれ あなたの子どもとされたわたしたちが いつもみ心に従うことができますように 聖霊の交わりの中で あなたとともに世々に行き 支配しておられるみ子 わたしたち

Similar documents
集会祈願唯一の神 すべての人を一つに呼び集めてくださる方 ここに集うわたしたちの心を照らしてください 滅びることのないキリストのことばに いつも信頼をおくことができますように 聖霊の交わりの中で あなたとともに世々に生き 支配しておられるみ子 わたしたちの主 イエス キリストによって アーメン [2

集会祈願いつくしみ豊かな神よ あなたの栄光の輝きはすべての人を照らし 悲しみを喜びへと変えてくださいます 救いの道に招かれたわたしたちが キリストと一つに結ばれる日まで あなたの愛のうちに歩み続けることができますように 聖霊の交わりの中で あなたとともに世々に生き 支配しておられるみ子 わたしたちの

[1] 開祭 2017 年 9 月 17 日 年間第 2 4 主日の礼拝を始めます しばらく間をおいてから入祭唱を唱 ( とな ) えます 入祭唱 ( シラ書 36:21) 神よ しもべの願いを聞き入れてください あなたにより頼む人々に平和を与え あなたのことばに従う民を支えてください 主 イエス

神学総合演習・聖霊降臨後最終主日                  2005/11/16

としたこと それに対してイエスは 今は 止めないでほしい 正しい ことをすべて行うのは 我々にふさわしいことです ( マタイ 3 15) と 言って ヨハネから洗礼をお受けになったと伝えています しかしマルコ福音書は そういうことは何も伝えていません イエス は ユダヤの全地方から集まって来た大勢の

( し じゆんせつ 四旬 節とたいこうせつ待降節にはこの部分はありません ) 歌います 司祭天のいと高きところには神に栄光 会衆地には善意の人に平和あれ われら主をほめ 主をたたえ 主をおが拝み 主をあがめ 主の大いなる栄光のゆえに感謝したてまつる 神なる主 天の王 全能の父なる神よ 主なるおん御ひ

の詩や歌があるかもしれません もちろん 賛美歌が挿入されることもあります しかし ほとんど の場合 礼拝のこの部分は 信経または信仰の宣言をそのクライマックスとして持つことが適切です 準備言葉の典礼が明らかになると それに対する準備とそれに対する祈りの反応がどのように適合しているかが分かりやすくなり

牧会の祈り

牧会の祈り

このメッセージは 父なる神について考えようとするものである Ⅰ. 聖書が使用する比喩的言葉 1. 神という言葉について (1) ヘブル語でエロヒム ( エル ) ギリシア語でセオス 1 普通名詞 神々を指す言葉である 2 日本語の神も 多くの神々を指す言葉である 3 聖書の神は どういう神かを示す必

Microsoft Word - ◎中高科

付録6(聖歌案2013年).indd

み こと言 ば葉 の れい礼 はい拝


イエスさまの公的な活動は 2 年から 3 年と言われます その短い時間の中で人々に与えた影響は 考えられないほど大きいものでした ここに今日 わたしたちが集まって礼拝しているのも そのせいです けれどもその 2 年ないし 3 年のイエスさまの活動はずっと順調であったわけではありません イエスを愛し慕

牧会の祈り

<4D F736F F D D30312D F91E595AA95CA957B8BB389EF90E08BB38CB48D655F208DC58F4994C5>

* ユダヤ人の歴史家ヨセフスもまた同じような書き方をしている 5 テオピロは ルカの執筆活動を支援するパトロンであった可能性が高い 6 もしそうなら テオピロはローマ人クリスチャンであったと思われる (2)1~2 節は ルカの福音書の要約である 1 前の書 というのは ルカの福音書 のことである 2

付録6(聖歌案2011年A年).indd

創世記5 創世記2章4節b~25

2012 年 1 月 22 日 ( 日 ) 23 日 ( 月 )54 ローマ人への手紙 15:4~13 希望から希望へ 1. はじめに (1) 文脈の確認 11~8 章が教理 29~11 章がイスラエルの救い 312~16 章が適用 (2)14:1~15:13 は 雑多な問題を扱っている 1 超道徳

1 説 教 聖日礼拝 北浜チャーチ 黒田 禎一郎 2017 年 6 月 4 日 ( 日 ) 主 題 : すべてを感謝しましょう! テキスト :1コロサイ人への手紙 3 章 17 節 はじめに たった一度しかない人生 私たちはどのように生きているでしょうか? 生き方を知っている人は幸いです しかし 多

2011 年 07 月 17 日 ( 日 ) 18 日 ( 月 )29 ローマ人への手紙 8:12~17 聖化の力 ( 聖霊 )(3) 養子の霊 1. はじめに (1) 聖化 に関する 8 回目の学びである 最終回 1 最大の悲劇は 律法を行うことによって聖化を達成しようとすること 2この理解は ク

2017 年 10 月 8 日 ( 日 ) 9 日 ( 月 ) 15 回さらにすぐれた契約 さらにすぐれた契約 ヘブル 8:1~13 1. はじめに (1) この手紙が書かれた理由を再確認する 1 信仰が後退しつつあった第 2 世代のメシアニック ジューたちへの励まし (2) ユダヤ教の 3 つの柱

2011年度 牧羊者 第Ⅳ巻

2012 年 1 月 15 日 ( 日 ) 16 日 ( 月 )53 ローマ人への手紙 14:13~15:3 キリスト者の自由 1. はじめに (1) 文脈の確認 11~8 章が教理 29~11 章がイスラエルの救い 312~16 章が適用 (2)12 章は 基本的には教会内の行動についての勧めであ

一 マリヤへの恵みある教会に 何かというと 恵まれた女よ おめでとう と言う人がいました 女性のための聖書のクラスで 誰かが正しい答えを言ったら 恵まれた女よ おめでとう 感謝なことの証しをしたら 恵まれた女よ おめでとう 誰かが牧師に祈ってもらっている姿を見たら 恵まれた女よ おめでとう 彼女はい

原市場聖書教会 週 報 NO.726 年間聖句 主によって人の歩みは確かにされる 主はその人の道を喜ばれる その人は転んでも 倒れ伏すことはない 主がその人の腕を支えておられるからだ 詩篇 37 篇 23~24 節

2018 年 5 月 27 日 ( 日 ) 28 日 ( 月 ) 14 回 ペテロの第 2 のメッセージ (2) ペテロの第 2 のメッセージ (2) 使徒 3:17~26 1. はじめに (1) ペンテコステの日に教会が誕生した 1ペテロの第 1 回目のメッセージにより 3,000 人ほどの人たち

全国担当者2009 プレゼン資料


創世記5 創世記2章4節b~25

PowerPoint Presentation

2 奇跡 3 父 4 聖書 4. メッセージのゴール (1) イエスを誰だと言うか (2) イエスを信じる者の幸いとは何か このメッセージは イエスの業と主張について考えようとするものである Ⅰ. イエスと父は一体である (19~29 節 ) 1. 行動において まことに まことに あなたがたに告げ

を与えられて 祈りつつ取り組んで行くように導かれる ですから私たちは自分の願い事を一方的に神に祈る祈りはやめて まず聖書を通してまず神を見上げること 御名を賛美することから始めたいのです そのような神への賛美また信仰告白から始まる祈りこそ祝福される祈りの基礎です さて第 2 の祈りは 御国が来ますよ

聖書に聞く会 ( 第 2 回 ) マルコによる福音書 1 章 1-8 節 2014 年 5 月 8 日 古本靖久 1 聖歌 60 番 ヨルダンのほとりヨハネはさけべり 2 お祈り 3 テキストの位置 今日の箇所はマルコ福音書のはじめの部分であり この福音書は何について書くのか決定づける所です 特に

聖書 : ピリピ 3:1~3 説教題 : 神の御霊による礼拝 日時 :2017 年 2 月 26 日 ( 朝拝 ) ピリピ人への手紙第 3 章に入ります この手紙は全部で 4 章からなっていますので 今日から後半部に入ることになります パウロは 最後に 私の兄弟たち と始めます この手紙はまだ半分ま

2 イエスの戒めを守るなら イエスの愛に留まることになる (2) その教えを話した理由は 弟子たちが喜びに満たされるためである 1イエスは 自分が経験している喜びを弟子たちに与えようとしている 2イエスの喜びは 父なる神への従順 ( 喜ばせること ) によって生まれる 3ヘブ 12:2 Heb 12

2013 年 3 月 10 日 ( 日 ) 11 日 ( 月 ) 51 回目 Ⅵ-054 山上の垂訓 山上の垂訓 054 マタ 5:1~2 ルカ 6:17~19 1. はじめに (1) 呼び名について 1マタ 5:1~8:1 は 通常 山上の垂訓 ( 説教 ) と呼ばれる 2しかし この名称は 説教

第 一 日 今 日 全 人 類 特 にすべての 罪 人 をわたしのもとに 連 れてき て わたしのいつくしみの 海 に 浸 しなさい そうすれば あなた は 失 われた 霊 魂 のために 苦 しい 悲 しみに 沈 んでいるわたしを 慰 め るあろう いつくしみ 深 いイエスよ あなたは 憐 れみとゆ

(1) 神殿の聖所と至聖所を分ける幕である 1 長さが約 18 メートル 厚さが約 10 センチ 2この幕の内側に入れたのは 大祭司だけである それも年に一度だけ 3 大祭司 アロンの家系 ケハテ氏族 レビ族 イスラエルの民 全人類 (2) この幕が 上から下まで真っ二つに裂けた 1 神の御手がこれ

2019 年 7 月 28 日 ( 日 ) 29 日 ( 月 ) 70 回 12 人の弟子たちの救い 12 人の弟子たちの救い 使徒 19:1~7 1. はじめに (1) 第三次伝道旅行が始まった 1 使 18:23~21:17( 紀元 53 年の春から 56 年の春 ) 2パウロは ひとりで出かけ

牧会の祈り

2011 年 10 月 16 日 ( 日 ) 17 日 ( 月 )42 ローマ人への手紙 11:25~36 拒否の解決 (3) イスラエルの救い 1. はじめに (1)10 月 13 日 ( 木 ) の日没から仮庵の祭りが始まった 1 第 7 の月の 15 日 満月 2 満月を眺めながら イスラエル

とは言えないような気がします 弟子達もすぐには主の復活を信じることが出来ない人達だったのです この人達はどうして主の復活を信じるようになったのでしょうか この最初の弟子達の証言によってイースターのメッセージが全世界に告げられていったことは事実です それだけにこの最初の弟子達が復活の信仰を持つようにな

よと言っておられます あなたが思っているような安定した生活を送ることはできない 心地よい生活ではない 狐や空の鳥以下の生活であると なぜイエス様ともあろう大先生の生活がこういうものなのでしょう その答えは一言で言えば 私たちのため ということです マルコの福音書 10 章 45 節 : 人の子も 仕

Microsoft Word - Pastors_no_furi.doc

Microsoft Word 年4月30日説教「気づく」.doc

あなたへの 聖書メッセージ ヨハネの福音書 3 章 16 節 ヨハネの福音書 3 章 16 節 神は 実に そのひとり子をお与えになったほどに 世を愛された それは御子を信じる者が ひとりとして滅びることなく 永遠のいのちを持つためである この ヨハネ 3 章 16 節のみことばは 聖書 66 巻の

フランシスカンミサ印刷用3

聖餐1

2012 年 2 月 26 日 ( 日 ) 27 日 ( 月 )59 ローマ人への手紙総まとめ 総まとめ 1. はじめに (1) 執筆の意図 1 使徒としての使命 * 所々 かなり大胆に書いた (15:15) 2 使徒としての奉仕の原則 * 他人の土台の上に建てない (15:20) * これまで ロ

神学総合演習・聖霊降臨後最終主日                  2005/11/16

sermon

2013 年 3 月 24 日 ( 日 ) 25 日 ( 月 ) 52 回目 Ⅵ-054 八福の教え 八福の教え 054 マタ 5:3~12 ルカ 6:20~26 1. はじめに (1) 文脈の重要性 1 文脈を無視して 山上の垂訓のある言葉を取り出すことが余りにも多い 2イエスは 神の国の福音をも

2014 年 10 月 7 日 ( 火 ) 60 分で分かる創世記 60 分で分かる創世記 1. はじめに (1) 60 分で分かる〇〇 のシリーズを開始する 11 節 1 節の解説も重要であるが 鳥瞰図的な理解も必要である 2その場合重要なのは センス オブ プロポーション である (2) 創世記

ミサ典礼書規範版 改訂第三版 2002年発行

1.1 節 Rev 14:1 また私は見た 見よ 小羊がシオンの山の上に立っていた また小羊とともに十四万四千人の人たちがいて その額には小羊の名と 小羊の父の名とがしるしてあった (1) ヨハネは キリストの再臨後の状況を見ている 1 実際にキリストの再臨が起こるのは 19 章になってからである

た 義認 の祝福を述べたものでしょうか しかしこの 1 節は 2 節の頭に なぜなら という言葉があるように 2 節と密接に関連しています ですから 2 節を見て行くことによって 1 節の意味を確かめることができます 2 節が述べていることは何でしょうか それは罪と死の原理からの解放です 私たちが

2012 年 7 月 1 日 ( 日 ) 2 日 ( 月 ) 17 回目 Ⅴ-020~021 バプテスマのヨハネの登場 バプテスマのヨハネの登場 ルカ 3:1~2 マコ 1:2~6 1. はじめに (1) 文脈の確認 1バプテスマのヨハネの誕生 2イエスの誕生 3イエスの幼少期 (2) 今日の箇所は

夢を超えたもの_Culture A.indd

牧会の祈り

2017 年 8 月 13 日 ( 日 ) 14 日 ( 月 ) 7 回 第 2 の警告 (2) 第 2 の警告 (2) ヘブル 4:1~13 1. はじめに (1) この手紙が書かれた理由を再確認する 1 信仰が後退しつつあった第 2 世代のメシアニック ジューたちへの励まし 2 彼らは 迫害と誤

Microsoft Word - CLS explanation and sample.doc

현장 전도를 위한 1단계 전도훈련교재 4

さまいイエス様は生きておられる! ふくいんしょしょうふくいんしょしょうふくいんしょマタイによる福音書 28 章とマルコによる福音書 16 章とルカによる福音書 24 章ふくいんしょしょうかはなしさいわヨハネによる福音書 20 章に書かれているお話の再話 しょうと せいしょものがたり ミニ聖書物語 フ

これは Der Heidelberger Katechismus ハイデルベルク信仰問答 の全訳です 翻訳にあたり 以下の書物を参考にしました Otto Weber: Der Heidelberger Katechismus, Auflage( Tsd.)1990 Güte

Microsoft Word - NT-MAT

2011 年 06 月 26 日 ( 日 ) 27 日 ( 月 )26 ローマ人への手紙 7:14~25 律法からの解放 (3) ロマ書 7 章クリスチャン 1. はじめに (1) 聖化 に関する 5 回目の学びである 1 最大の悲劇は 律法を行うことによって聖化を達成しようとすること 2この理解は

2017 年 7 月 16 日 ( 日 ) 17 日 ( 月 ) 3 回 御使いに勝る御子 (2) 御使いに勝る御子 (2) ヘブル 2:1~9 1. はじめに (1) この手紙が書かれた理由を再確認する 1 信仰が後退しつつあった第 2 世代のメシアニック ジューたちへの励まし 2 彼らは 迫害と

第二に 聖さを得るために 私たちはすべての人との平和を追い求めなければなりません 私たちの思いの内にある敵対心や闘争心などを放っておかず 平和的に生きるように努めなければなりません へブル書の著者は このことについて 非常に厳しく警告しています 私たちが神の聖さにあずかる者とならない限り 主を見るこ

2018 年 2 月 4 日 ( 日 ) 5 日 ( 月 ) 29 回 善行の勧めと信仰上の勧め 善行の勧めと信仰上の勧め ヘブル 13:1~17 1. はじめに (1) この手紙は ユダヤ教への回帰を考えていた第 2 世代のメシアニック ジューたちを励ますために書かれた 1 教理的学び 2 学んだ

り そして キリストがその天使を送って僕ヨハネにお伝えになったものである 1:2 ヨハネは 神の言葉とイエス キリストの証し すなわち 自分の見たすべてのことを証しした 1:3 この預言の言葉を朗読する人と これを聞いて 中に記されたことを守る人たちとは幸いである 時が迫っているからである 1:4-

3 仲介者としての祭司たちが存在していた (2) 新約時代の状態 1すべての信者が まことの聖所に入ることができる * 天の聖所で 神の臨在の前に出ることができる 2これは 万人祭司の教えである 3 訳文の比較 こういうわけですから 兄弟たち 私たちは イエスの血によって 大胆にまことの聖所に入るこ

(2) ロマ 7:1~6 の要約 1 律法の大原則 * 律法は 人に対して権限を持つ * 律法は 死んだ人には権限を持たない 2 結婚関係の例話 * 夫が生きている間は 結婚の律法によって制約されている * それを破れば 姦淫の女と呼ばれる * 夫が死ねば 結婚の律法から解放される * 再婚しても

4 灰の祝福と灰をかける式は 通常 ミサの中で行われるが ミサ以外のときに行うこともできる その場合 灰の水曜日のミサの入祭唱 集会祈願 聖書朗読を用いてことばの典礼の形式で行われる 聖書朗読の後に説教と灰の式が続き 共同祈願 会衆への祝福と派遣で式を結ぶ 4) 5 灰の式は キリスト者が復活祭を迎

< CC96BD815B924E82AA8B9D8EF382B582DC82B782A CC96BD82F093BE82E982B182C682CD834E838A C982C882E982B182C682C988CB9

2017 年 7 月 2 日 ( 日 ) 3 日 ( 月 ) 1 回 ヘブル人への手紙のテーマ ヘブル人への手紙のテーマ ヘブル 1:1~3 1. はじめに (1) 著者 1いくつかの名が上げられてきた * パウロ * ルカ ( パウロがヘブル語で書いたものを ルカがギリシア語に翻訳した ) * バ

                 

2017 年 6 月 11 日 ( 日 ) 12 日 ( 月 ) 39 回 新しいエルサレムの特徴 ( 後半 ) 新しいエルサレムの特徴 ( 後半 ) 黙 22:1~5 1. はじめに (1) 旧約聖書の預言のハイライトは メシア的王国である 1 黙示 20 章は メシア的王国が千年で終わることを啓

アジア祈祷日 2018

Microsoft Word - Advanced Sp. Warfare.J.doc

(1) 処 女 降 誕 (2)イエスの 歴 史 性 (3) 福 音 の 3 要 素 (4)イエスの 死 後 の 状 態 (5) 昇 天 (6) 再 臨 * 今 回 は (4)イエスの 死 後 の 状 態 を 取 り 上 げる * 死 んでから 復 活 までの 3 日 間 をどのように 過 ごされたの

《 耕地を開拓せよ 》 羽石兄  ‘05

人には 非日常性が必要です いつもの生活ではなく これは見たことがない 聞いたことがないという意外性 あるいは奇跡と言ってよいでしょう いつも自分のできること していること中で生きているならば 虚しさが残り 死に至ります しかし これまで経験しなかったこと 知り得ないことを知れば そこに命があり 希

大阪インターナショナルチャーチ アリステア・マッケナ師 2015/6/28

日本カトリック典礼委員会 四旬節 聖なる過越の三日間 復活節の典礼に関する補足事項 カトリック中央協議会

07/06/17  礼拝メッセージ  近藤修司 牧師

(Microsoft Word - 0\202X\201|\213F\202\350\202\306\202\315.doc)

は歯が痛くなるとズキンズキンとして何をしていても繰り返し襲って来る痛みに悩まされますが そのように 絶えず痛みがある と言わずにいられないような痛みを感じ続けていた 一体それはどんな悲しみ 痛みだったのでしょうか それが同胞ユダヤ人の不信仰に関することでした パウロがどんなに同胞 同国人のことを思っ

何度もふるいにかけて 麦の実とごみとを分けるように 信仰が本物かどうかを何度も試される 父なる神さまのお許しのなかで サタンの激しい攻撃が始まる この時 もしかしたら 誰が一番偉いか 誰が一番大きいかという争論で ペテロがやはり一番だろうと 弟子たちもペテロ自身を自他共に思っていたのかも知れません

<4D F736F F D20819A FA967B8CEA837D B B83935F91D282BD82EA82C482A282BD97E794715F2E646F63>

癒しの業と宣教 ( ルカ 4:38~44) 1) ルカ福音書講義 (23) 章 38 イエス 2) は会堂から立ちあがり シモンの家 3) に入った シモンのしゅうとめが 高熱 4) で苦しめられており 彼らは 5) 彼女のことをイエス 6) に願った 39 彼は彼女の枕

ヨハネの手紙講解 神のあかし ヨハネの手紙第一 5:1~21 1. 油注がれた者 新改訳改訂第 3 版 Ⅰヨハネ 5:1 イエスがキリストであると信じる者はだれでも 神によって生まれたのです 生んでくださった方を愛する者はだれでも その方によって生まれた者をも愛します イエスがキリストであると信じる

2016 年 2 月 14 日川越教会 すべての民と共に 加藤享 [ 聖書 ] ローマの信徒への手紙 15 章 7~13 節だから 神の栄光のためにキリストがあなたがたを受け入れてくださったように あなたがたも互いに相手を受け入れなさい わたしは言う キリストは神の真実を現すために 割礼ある者たちに

大阪インターナショナルチャーチ アリステア・マッケナ師 2015/4/12

Microsoft Word - WTBT_Japanese.doc

良いこと となります ともするとクリスチャンは こう考えやすいかもしれません 私は人がどう考えるかは気にしない 神がどう思われるかだけを心に留める と 確かにそこに真理はあるのですが そのあまり 人々がどう考えるかを顧慮しない傍若無人な態度を取るのが良いのではありません パウロはここで 人々がどう見

礼拝の恵み 牧師チャールズ フレドリクソン どうして クリスチャンは日曜日に礼拝するの? 多くのクリスチャンやまだクリスチャンではない人たちも この疑問を持っています そもそも 聖書時代には 今日でもそうなのですが 安息日を守るという律法がありました 安息日は 金曜日の夜から土曜日の日没までの一日で

顕現の季節(待降節、降誕節)について   

Transcription:

[1] 開祭 2014 年 1 月 日 降誕第三主日 主の洗礼 の礼拝を始めます しばらく間をおいてから入祭唱を唱 ( とな ) えます 入祭唱 ( マラキ 3:1 歴代上 29:12 参照 ) 主が洗礼を受けられると 天が開け 神の霊が鳩のように下り 父の声が聞こえた これはわたしの愛する子 わたしの喜び 主イエス キリストよ おいでください 弟子たちの中に立ち 復活のみ姿を現されたように わたしたちのうちにもお臨みください 懺悔と赦しの祈り しばらく自らを省みた後で唱えます 全能の神に告白します わたしは 思い ことば 行ない 怠りによってたびたび罪を犯しました 全能の神がわたしたちを憐れみ 罪をゆるし 永遠のいのちに導いてくださいますように アーメンあわれみの賛歌 ( キリエ ) ひとりで礼拝しているときは 先唱だけを歌います 先唱キリエ エレイソン 後唱 先唱 後唱 キリエ エレイソン クリステ エレイソン クリステ エレイソン 先唱キリエ エレイソン後唱キリエ エレイソン栄光の賛歌 ( グロリア ) いと高きところには神に栄光 地にはみ心にかなう人びとに平和がありますように全能の父 天の王 主なる神よ 主を拝み 主に感謝し 主の栄光をほめたたえます父のひとり子 主イエス キリスト 世の罪を除く神の子羊 主なる神よ わたしたちに憐れみをお与えください父の右に座しておられる主よ わたしたちの祈りを受け入れてくださいイエス キリストよ 主のみ聖 主のみ王 主のみ聖霊とともに 父なる神の栄光のうちに 最も高くおられますアーメン

集会祈願全能永遠の神よ ヨルダン川で洗礼を受けられたイエスにあなたは聖霊を注ぎ 愛する子であることを示してくださいました 洗礼によって新たに生まれ あなたの子どもとされたわたしたちが いつもみ心に従うことができますように 聖霊の交わりの中で あなたとともに世々に行き 支配しておられるみ子 わたしたちの 主イエス キリストによって アーメン [2] みことばの典礼第一朗読イザヤ書 42:1-4 6-7 最初に第一朗読 記 章 節からといって読み始めます 本文の ( ) は聖書の接続詞 代名詞を補うためのことばですので 音読します 本文の冒頭の数字 : は文章番号ですので読みません ( 主は言われる ) 見よ わたしの僕 わたしが支える者を わたしが選び 喜び迎える者を 彼の上にわたしの霊は置かれ彼は国々の裁きを導き出す 彼は叫ばず 呼ばわらず 声を巷 ( ちまた ) に響かせない 傷ついた葦を折ることなく暗くなってゆく灯心を消すことなく裁きを導き出して 確かなものとする 暗くなることも 傷つき果てることもないこの地に裁きを置くときまでは 島々は彼の教えを待ち望む 主であるわたしは 恵みをもってあなたを呼びあなたの手を取った 民の契約 諸国の光としてあなたを形づくり あなたを立てた 見ることのできない目を開き捕らわれ人をその枷 ( かせ ) から

闇に住む人をその牢獄から救い出すために 朗読の終わりは次のように唱える 第一朗読を終わります 第二朗読使徒言行録 10:34-38 第二朗読 章 節からといって読み始める ( その日 ) ペトロは口を開きこう言った 神は人を分け隔てなさらないことが よく分かりました どんな国の人でも 神を畏れて正しいことを行う人は 神に受け入れられるのです 神がイエス キリストによって この方こそ すべての人の主です 平和を告げ知らせて イスラエルの子らに送ってくださった御言葉を あなたがたはご存じでしょう ヨハネが洗礼を宣べ伝えた後に ガリラヤから始まってユダヤ全土に起きた出来事です つまり ナザレのイエスのことです 神は 聖霊と力によってこの方を油注 ( あぶらそそ ) がれた者となさいました イエスは 方々を巡り歩いて人々を助け 悪魔に苦しめられている人たちをすべていやされたのですが それは 神が御一緒だったからです 朗読の終わりは次のように唱える 第二朗読を終わります 福音朗読マタイによる福音 3 章 13 節以下に記された主イエス キリストの福音 朗読者はここで十字をきる 利き腕の指を額 くちびる 左肩 右肩の順番におく 主に栄光 主に栄光がありますように そのとき イエスが ガリラヤからヨルダン川のヨハネのところへ来られた 彼から洗礼を受けるためである ところが ヨハネは それを思いとどまらせようとして言った わたしこそ あなたから洗礼を受けるべきなのに あなたが わたしのところへ来られたのですか しかし イエスはお答えになった 今は 止めないでほしい 正しいことをすべて行うのは 我々にふさわしいことです そこで ヨハネはイエスの言われるとおりにした イエスは洗礼を受けると すぐ水の中から上がられた そのとき 天がイエスに向かって開いた イエスは 神の霊が鳩のように御自分の上に降って来るのを御覧になった そのとき これはわたしの愛する子 わたしの心に適う者 と言う声が 天から聞こえた 朗読の終わりは次のように唱える 主に感謝 主に感謝します

説教 説教は黙読でもかまいません 何人かで礼拝していれば 一人が音読します 降誕節第三主日 1 月第 2 週説教 2014.1.12 主の洗礼 マタイ 3 章 13-17 節きょうは 主の洗礼 降誕節最後の祝日です イエスが洗礼を受けたのは 30 歳ぐらいのことです 教会暦は誕生から洗礼までを降誕節と定めています イエスが洗礼者ヨハネのところに洗礼を受けにやってくるところから始まります そこでイエスとヨハネのやり取りの後 イエスが受洗します すると 神の霊がイエスにくだったとテキストは証言します 誰もが疑問におもうことでしょうが イエスがヨハネから洗礼を受けることは変な感じがします ふつうに考えればイエスはヨハネの格下になってしまい ヨハネの弟子扱いになってしまいます また ヨハネの洗礼は罪の悔い改めのためのものなのに 罪のないイエスが受ける必要はないでしょう マタイ福音書はこの件について 14-15 節にやり取りを記録します ところが ヨハネは それを思いとどまらせようとして言った わたしこそ あなたから洗礼を受けるべきなのに あなたが わたしのところへ来られたのですか しかし イエスはお答えになった 今は 止めないでほしい 正しいことをすべて行うのは 我々にふさわしいことです そこで ヨハネはイエスの言われるとおりにした 3:14-15 これを読むと 洗礼に躊躇するヨハネをイエスが押し切ったように読み取れます しかし イエス受洗の理由として記されたやりとりから 逆に洗礼にはそれほど意味はなかった イエスにとっては洗礼より洗礼後の出来事に意味があったと読み取ることもできます 天が開く 霊が降る 天から声が下る この出来事がこそ重要です 凡百の人が洗礼を受けていました でも何か起こったか? 何も起きません 変わりません それでも人々はこぞって洗礼を受けにきました さばきの火に焼かれるとヨハネが言うので 人は洗礼を受けるのでしょうか とかく一生懸命に信仰すると そうなりがちです 一種の熱狂状態です また洗礼を授けるほうもそれに応じて憑かれたようになりがちです でもイエスは違います 恐縮するヨハネに反してイエスは軽やかな感じがします よ

し おれもいっちょう洗礼を受けるか それで水からあがると霊が降りた 洗礼を受けることはみんなと同じだけど その後はみんなとは違った 授ける人が同 じでも 受ける人がイエスだと結果は違う 天が開ける 神の霊が鳩のように降る ヨハネがいなければ洗礼はありませんでした 洗礼者ヨハネはその意味において重要です でもイエスが受けない限りはヨハネの洗礼の意味が成り立ちません 大元である神はこのように洗礼を計画しました イエス 30 歳にしてようやく機が熟し神の救いの計画が始動した 主の洗礼とはそういうことです 新しい時代が始まった イエスを救い主とする時代が始まったということです このような意味をもつ 主の洗礼 で教会暦の降誕節は幕を閉じます 一人ひとりが主の洗礼を救いの喜びの中で祝うことができますように 使徒信条わたしは 天地の造り主 全能の父である神を信じます また その独り子 わたしたちの主イエス キリストを信じます 主は聖霊によって宿り おとめマリヤから生まれ ( ここで礼をする ) ポンテオ ピラトのもとで苦しみを受け 十字架につけられ 死んで葬られ よみに降り 三日目に死人のうちからよみがえり 天に昇られました そして全能の父である神の右に座しておられます そこから主は生きている人と死んだ人とを審くために来られます また 聖霊を信じます 聖なる共同の公会 聖徒の交わり 罪の赦し 体のよみがえり 永遠の命を信じますアーメン共同祈願神の救いに招かれた喜びのうちに祈りましょう み子キリストの洗礼を記念して祈るわたしたちが日々 聖霊に生かされ 救いの福音を周りの人々に告げ知らせることができますように 戦争や紛争によって困難や窮乏をしいられている人々を顧みてください 闇に輝くあなたの光によって真の平和への道が示されますように 成人式を迎える人々が これからの出会いや体験をとおして あなたの導き

を感じ 豊かに学び 成長することができますように ( いまあなたに必要な祈りがあれば追加して祈りましょう ) 父である神よ 聖霊のいぶきに満たされ キリストと共に歩むわたしたちをたえず見守り 導いてください すべての人にそそがれるあなたの愛をのべ伝えることができますように わたしたちの主イエス キリストによって アーメン [3] 感謝の典礼 ( にうつります ) 聖餐をおこなわない場合は以下を省略して [4] の 主の祈り をおこなう 聖餐のパンとぶどう酒は ここでテーブルのうえにおく しばらく黙想する 叙唱 黙読する 二人以上で礼拝している時は一人が音読する 聖なる父 全能永遠の神 いつもあなたをたたえ 感謝の祈りをささげます イエス がヨルダン川で洗礼を受けられたとき あなたは御ひとり子が人となって世に来られ たことを天からの声によって示されました また聖霊は鳩の姿をして下り イエスが 油を注がれた神のしもべ 貧しい人に福音を告げるかたであることを知らせてくださ いました あなたの栄光をたたえる天使とともに 救いの神秘を祝い わたしたちも 感謝の賛歌をささげます 感謝の賛歌 ( サンクトゥス ) 奉献文 聖なるかな 聖なるかな 聖なるかな 万軍の神主の栄光は天地に満つい と高きところにホサナ ほめたたえよ主のみ名によってこられる方をいと高きところにホサナ 黙読する 二人以上で礼拝している時は一人が音読する 天の父よ 救い主 み子イエス キリストによってわたしたちの感謝 賛美をお受け ください わたしたちはみ子の模範にならい そのみ定めに従ってこの式典を行いま す どうかみ言葉と聖霊により 主の賜物であるこのパンとぶどう酒を祝し 聖とし て わたしたちのために主イエス キリストの ( パンとぶどう酒に向い十字を切りながら唱える ) 尊い体と血にしてください 主は渡される夜 パンを取り 感謝してこれを裂き 弟子たちに与えて仰せになりま した

取って食べなさい これはあなたがたのために与えるわたしの体です わたしを記念するためにこのように行いなさい 合掌して深く礼をする すこし間をおく また食事ののち 杯を取り 感謝して彼らに与えて仰せになりました 皆 この杯から飲みなさい これは罪の赦しを得させるようにと あなたがたおよび多くの人のために流すわたしの新しい契約の血です 飲むたびにわたしの記念としてこのように行いなさい 合掌して深く礼をする すこし間をおいて歌う キリストは死に / キリストはよみがえり / キリストは再び来られます記念唱 以下は途中まで黙読し 黒文字の部分から音読する 二人以上で礼拝している時は一人がグレーの部分も音読する わたしたちはいま 主イエスの死と復活の記念を行い ここであなたに奉仕できることを感謝し いのちのパンと救いの杯をささげます キリストの体と血にともにあずかるわたしたちが 聖霊によって一つに結ばれますように 世界に広がるあなたの教会を思い起こし 全教会を愛の完成に導いてください 復活の希望をもって眠りについたわたしたちの兄弟とすべての死者を心に留め あなたの光の中に受け入れてください なお わたしたちをあわれみ 永遠のいのちにあずからせてください み子イエス キリストを通してあなたをほめたたえることができますように キリストによってキリストとともに キリストのうちに 聖霊の交わりの中で 全能の神 父であるあなたに ( ここから音読 ) わたしたちのうちに働く力によって わたしたちが求めまた思うところの一切を はるかに超えてかなえてくださることができる方に 教会により またキリスト イエスによって 栄光が世々に限りなくありますように アーメン [4] 交わりの儀式主の祈り天におられるわたしたちの父よ み名が聖とされますように み国が来ますように みこころが天に行なわれるとおり地にも行なわれますように わたしたちの日ごとの糧を今日もお与えください

わたしたちの罪をおゆるしください わたしたちも人をゆるします わたしたちを誘惑におちいらせず 悪からお救いください 国と力と栄光は 限りなくあなたのものです アーメン 聖餐を行わない時は以下を省略して 感謝祈願 の II の祈りを唱え閉祭へと進む ここでパンを裂くときは次のようにいう わたしたちがパンを裂くときキリストの体にあずかります パンが一つであるからわたしたちは多くいてもひとつの体です 拝領唱 ( ヨハネ 1:32,34 参照 ) 黙読する 二人以上で礼拝している時は一人が音読する ヨハネはイエスについて証言していった わたしはこの方が神の子であるとあかし する 平和の賛歌 ( アニュス デイ ) 世の罪を除く神の小羊よ 憐れみをお与えください 世の罪を除く神の小羊よ 主の平安をお与えください 拝領 テーブルまたは祭壇に近づき ひざまづく ( 沈黙のまま祈る ) キリストの体が永遠のいのちの糧になりますように 十字を切り アーメンと唱えてパンを頂く ( 沈黙のまま祈る ) キリストの血が永遠のいのちの糧になりますように 十字を切り アーメンと唱えてぶどう酒を頂く 拝領後は着席し 沈黙のうちにしばらく祈る 拝領祈願 I いつくしみ深い父よ いのちの糧に養われて心からの祈りをささげます わた したちがみ子に聞き従い あなたの子どもとなることができますように わたしたち の主 イエス キリストによって アーメン II 主なる神よ わたしたちに限りない恵みをあたえてくださることを感謝します どうか あなたのみ言葉の光でわたしたちの心を照らし導いてください わたしたち があなたを賛美し み言葉に従い ともに主の愛のうちに生活することができますよ うに わたしたちの主 イエス キリストによって アーメン [5] 閉祭 祝祷

父と子と聖霊なる全能の神の恵みが 常にわたしたちとともにありますように アーメン派遣の唱和主の日の礼拝を終わります 行きましょう 主の平和のうちに ( 間をおいて ) 主の平和がありますように アーメン これで礼拝は終わりです しばらく黙想したのち 礼拝のために準備したものを片付けます