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く 細胞傷害活性の無い CD4 + ヘルパー T 細胞が必須と判明した 吉田らは 1988 年 C57BL/6 マウスが腹腔内に移植した BALB/c マウス由来の Meth A 腫瘍細胞 (CTL 耐性細胞株 ) を拒絶すること 1991 年 同種異系移植によって誘導されるマクロファージ (AIM

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の感染が阻止されるという いわゆる 二度なし現象 の原理であり 予防接種 ( ワクチン ) を行う根拠でもあります 特定の抗原を認識する記憶 B 細胞は体内を循環していますがその数は非常に少なく その中で抗原に遭遇した僅かな記憶 B 細胞が著しく増殖し 効率良く形質細胞に分化することが 大量の抗体産

2. 手法まず Cre 組換え酵素 ( ファージ 2 由来の遺伝子組換え酵素 ) を Emx1 という大脳皮質特異的な遺伝子のプロモーター 3 の制御下に発現させることのできる遺伝子操作マウス (Cre マウス ) を作製しました 詳細な解析により このマウスは 大脳皮質の興奮性神経特異的に 2 個

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今後の展開現在でも 自己免疫疾患の発症機構については不明な点が多くあります 今回の発見により 今後自己免疫疾患の発症機構の理解が大きく前進すると共に 今まで見過ごされてきたイントロン残存の重要性が 生体反応の様々な局面で明らかにされることが期待されます 図 1 Jmjd6 欠損型の胸腺をヌードマウス

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ランゲルハンス細胞の過去まず LC の過去についてお話しします LC は 1868 年に 当時ドイツのベルリン大学の医学生であった Paul Langerhans により発見されました しかしながら 当初は 細胞の形状から神経のように見えたため 神経細胞と勘違いされていました その後 約 100 年

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( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 森脇真一 井上善博 副査副査 教授教授 東 治 人 上 田 晃 一 副査 教授 朝日通雄 主論文題名 Transgene number-dependent, gene expression rate-independe

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共同研究チーム 個人情報につき 削除しております 1


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るマウスを解析したところ XCR1 陽性樹状細胞欠失マウスと同様に 腸管 T 細胞の減少が認められました さらに XCL1 の発現が 脾臓やリンパ節の T 細胞に比較して 腸管組織の T 細胞において高いこと そして 腸管内で T 細胞と XCR1 陽性樹状細胞が密に相互作用していることも明らかにな

れており 世界的にも重要課題とされています それらの中で 非常に高い完全長 cdna のカバー率を誇るマウスエンサイクロペディア計画は極めて重要です ゲノム科学総合研究センター (GSC) 遺伝子構造 機能研究グループでは これまでマウス完全長 cdna100 万クローン以上の末端塩基配列データを

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解禁日時 :2019 年 2 月 4 日 ( 月 ) 午後 7 時 ( 日本時間 ) プレス通知資料 ( 研究成果 ) 報道関係各位 2019 年 2 月 1 日 国立大学法人東京医科歯科大学 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 IL13Rα2 が血管新生を介して悪性黒色腫 ( メラノーマ ) を

化を明らかにすることにより 自閉症発症のリスクに関わるメカニズムを明らかにすることが期待されます 本研究成果は 本年 京都において開催される Neuro2013 において 6 月 22 日に発表されます (P ) お問い合わせ先 東北大学大学院医学系研究科 発生発達神経科学分野教授大隅典

研究の背景 1 細菌 ウイルス 寄生虫などの病原体が人体に侵入し感染すると 血液中を流れている炎症性単球注と呼ばれる免疫細胞が血管壁を通過し 感染局所に集積します ( 図 1) 炎症性単球は そこで病原体を貪食するマクロファ 1 ージ注と呼ばれる細胞に分化して感染から体を守る重要な働きをしています

研究の背景 ヒトは他の動物に比べて脳が発達していることが特徴であり, 脳の発達のおかげでヒトは特有の能力の獲得が可能になったと考えられています この脳の発達に大きく関わりがあると考えられているのが, 本研究で扱っている大脳皮質の表面に存在するシワ = 脳回 です 大脳皮質は脳の中でも高次脳機能に関わ

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第6号-2/8)最前線(大矢)

4. 発表内容 : 1 研究の背景 先行研究における問題点 正常な脳では 神経細胞が適切な相手と適切な数と強さの結合 ( シナプス ) を作り 機能的な神経回路が作られています このような機能的神経回路は 生まれた時に完成しているので はなく 生後の発達過程において必要なシナプスが残り不要なシナプス

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60 秒でわかるプレスリリース 2006 年 8 月 7 日 独立行政法人理化学研究所 国立大学法人大阪大学 栄養素 亜鉛 は免疫のシグナル - 免疫系の活性化に細胞内亜鉛濃度が関与 - 私たちの生命維持を行うのに重要な役割を担う微量金属元素の一つとして知られていた 亜鉛 この亜鉛が欠乏すると 味覚障害や成長障害 免疫不全 神経系の異常などをきたします 理研免疫アレルギー科学総合研究センターサイトカイン制御研究グループと大阪大学の研究グループは この亜鉛が 免疫反応において情報伝達物質として活躍していることを発見しました この発見は 細胞内の亜鉛濃度を人為的に調節することによって 免疫応答をコントロールできるという新しい可能性を示すものです さらに 亜鉛によって活性化するタンパク質は 免疫細胞のみならず生体内のすべての細胞群に存在することから 亜鉛がシグナルを伝達するという今回の発見は 広く生命科学全体に重要な示唆を与えるものとなるでしょう ( 図 ) 亜鉛がシグナル伝達分子として作用祖手いることを発見

報道発表資料 2006 年 8 月 7 日 独立行政法人理化学研究所 国立大学法人大阪大学 栄養素 亜鉛 は免疫のシグナル - 免疫系の活性化に細胞内亜鉛濃度が関与 - ポイント 亜鉛が免疫応答を制御 亜鉛がシグナル伝達分子として作用する 免疫の新領域を開拓独立行政法人理化学研究所 ( 野依良治理事長 ) と国立大学法人大阪大学 ( 宮原秀夫学長 ) の共同研究チームは 亜鉛が免疫応答に重要なシグナルであることを発見しました これは 平野俊夫 ( 理化学研究所免疫 アレルギー科学総合研究センターサイトカイン制御研究グループディレクター 大阪大学生命機能研究科 / 医学系研究科教授 ) 村上正晃( 大阪大学院医学系研究科助教授 ) 北村秀光( 免疫 アレルギー科学総合研究センターサイトカイン制御研究グループ研究員 ) らによる研究成果です 亜鉛は身体に必須な微量金属の一つです 欠乏すると成長障害や免疫不全 味覚障害などの異常が生じることが知られています また 亜鉛が存在しなければ機能しないタンパク質は体内に 300 種類も存在し 亜鉛は体を構成する必須な成分とも考えられてきました しかし 亜鉛の濃度変化が細胞の増殖 分化や機能を調節する可能性については これまで 全く考えられてきませんでした 今回 研究グループは 細胞内の亜鉛濃度を連続的に観測し 免疫細胞が刺激を受けて活性化する過程で 細胞内の亜鉛濃度が変化することを初めて発見しました さらに この亜鉛濃度の変化は 体内の免疫応答を活性化させるためのシグナルとして働いていることや 亜鉛濃度の調節は 細胞内の亜鉛輸送タンパク質が行なっていることを明らかにしました 免疫系は様々な免疫細胞が協力して 細菌やウイルスの感染防御 がん化した細胞の駆逐などを行なっています 現在 免疫細胞の機能を制御することによって がんワクチンなどの次世代ワクチンの開発 アレルギーや自己免疫疾患といった疾病に対する新しい治療法の開発が行なわれています 今回の発見は 細胞内の亜鉛濃度を人為的に調節することによって 免疫応答をコントロールできるという新しい可能性を示すものです さらに 亜鉛によって活性化するタンパク質は免疫細胞のみならず生体内のすべての細胞群に存在することから 亜鉛がシグナルを伝達するという今回の発見は 広く生命科学全体に重要な示唆を与えるものと考えられます 本研究成果は 米国の科学雑誌 Nature Immunology( ネイチャー イムノロジー ) 8 月 21 日号に掲載されるに先立ち オンライン版 (8 月 6 日付け : 日本時間 8 月 7 日 ) に掲載されます

1. 背景亜鉛は 私たちの生命の維持に重要な役割を担う必須微量元素です 亜鉛の欠乏が 成長障害 免疫不全 神経系の異常などをきたすことはすでに知られています また 生体内には 亜鉛と結合して機能を獲得する転写因子や酵素 シグナル伝達物質などのタンパク質が 300 種類以上も存在し 亜鉛は 体の必須な構成成分と考えられてきました しかし これまで ホルモンや増殖因子などによる細胞の外からの刺激が細胞内の亜鉛濃度を変化させ それによって生体内の反応を引き起こす つまり 亜鉛がシグナル伝達分子として働くような機構は 全く考えられていませんでした 免疫系は様々な細胞群から構成されており それぞれの免疫細胞が協力しあい 細菌やウイルスの感染防御 がん化した細胞の駆逐を行なっています 一般に免疫系は 大きく自然免疫と獲得免疫に分けられます 自然免疫は 外部より感染してきた異物等を直接攻撃し 撃退します 一方 獲得免疫は 抗原提示細胞 と呼ばれる細胞によって処理された外来抗原をリンパ球の一種である T 細胞 が認識することにより発生します 代表的な抗原提示細胞である樹状細胞は 外来抗原由来のタンパク質 あるいはウイルスに感染した細胞やがん化した細胞のタンパク質を取り込んで分解します これらのタンパク質が分解され 断片化してできたペプチドは 主要組織適合抗原複合体 (MHC) 1 に結合して一時的に細胞内に蓄積されます そして ひとたび異物が侵入すると すみやかに樹状細胞のセンサーである トール様受容体 (Toll-like receptor:tlr) がこれを感知し 樹状細胞は成熟 活性化します つまり 樹状細胞内に蓄積していた MHC が細胞表面へと移行し 抗原ペプチドを細胞表面へ提示するのです T 細胞は 樹状細胞の表面に MHC によって提示された抗原ペプチドを認識して外敵の情報を得 免疫系全体が活性化することになります 従って この一連の過程の中で 抗原提示細胞の成熟 活性化は 免疫系全体の制御にとって重要な意味をもちます 研究グループは 細胞内亜鉛レベルと樹状細胞の成熟 そして免疫系活性化の関係に着目し 亜鉛と免疫制御に関する研究を行いました 2. 研究手法と成果まず TLR にリガンド 2 が結合し樹状細胞が成熟 活性化する過程において 樹状細胞中の亜鉛濃度がどのように変化するかを調べるため 蛍光プローブを用いて遊離亜鉛を標識し 亜鉛レベルを観測しました その結果 細胞内亜鉛レベルを示す蛍光シグナルが樹状細胞の成熟に伴い減少することを発見しました ( 図 1) さらに 亜鉛濃度が樹状細胞の成熟にどのように影響するかを調べるために 薬剤を用いて細胞内の遊離亜鉛を取り除いてみると ( キレート処理 ) 樹状細胞の表面の MHC が増加し TLR のリガンドによる刺激を行なわなくても T 細胞が活性化することがわかりました このことから 細胞内亜鉛の減少によって樹状細胞の成熟が促進されることがわかりました そこで このような亜鉛濃度の調節がどのように行なわれているかを解析しました 一般に細胞内亜鉛レベルを調節する機構の一つに亜鉛輸送タンパク質 ( トランスポーター ) があります TLR のリガンドで樹状細胞を刺激後 この亜鉛トランスポーターの遺伝子発現がどのように変化するかを調べました その結果 樹状細胞

の成熟の過程で 亜鉛を細胞質内に取り込む亜鉛インポーターが減少し 亜鉛を細胞質から外へ排出する亜鉛エクスポーターが増加し 全体として細胞質内の亜鉛レベルを減少させる方向へと制御していることが明らかになりました 実際に 亜鉛インポーターを樹状細胞に過剰発現させて人為的に亜鉛インポーターを増加させたところ TLR を活性化したときに起きる樹状細胞内亜鉛濃度の減少が抑制されるだけでなく 樹状細胞表面の MHC の増加も抑制されること T 細胞の活性化能も抑えられていることが明らかになりました これらの結果は 亜鉛トランスポーターによる細胞内亜鉛レベルの変化が樹状細胞の成熟機序に重要な働きを持ち 樹状細胞と T 細胞を介した免疫応答の制御にも関与することを示しています このように 細胞外からの刺激に応じて亜鉛が新しい細胞内シグナル伝達因子として作用することが明らかになりました ( 図 2) また 亜鉛は 樹状細胞の機能制御における重要性のみならず 感染防御 がん化 自己免疫疾患やアレルギーにも関与すると考えられます 3. 今後の展開樹状細胞に代表される抗原提示細胞は 獲得性免疫にとって重要な役割をもち 細菌やウイルスの感染防御 がん化した細胞の駆逐にとって大切です その破綻は様々な自己免疫疾患やアレルギーの発症につながります 本研究の成果は 細胞内亜鉛レベルを任意に調節することにより 免疫応答をコントロールできることを意味します また 亜鉛要求性のタンパク質は 樹状細胞以外の免疫担当細胞 ひいてはすべての細胞群に存在することから 亜鉛が新しいシグナル伝達分子として作用するという事実は 学問の領域を超えて生命科学全体に大きな影響をもたらす結果です ( 問い合わせ先 ) 独立行政法人理化学研究所免疫アレルギー科学総合研究センターサイトカイン制御研究グループグループディレクター大阪大学大学院生命機能研究科医学系研究科教授平野俊夫 Tel : 045-503-7056 / Fax : 045-503-7054 Tel : 06-6879-3880 / Fax : 06-6879-3889 独立行政法人理化学研究所横浜研究推進部溝部鈴 Tel : 045-503-9117 / Fax : 045-503-9113 ( 報道担当 ) 独立行政法人理化学研究所広報室報道担当 Tel : 048-467-9272 / Fax : 048-462-4715 Mail : koho@riken.jp

< 補足説明 > 1 主要組織適合抗原複合体 (Major Histocompatibility Complex; MHC) 抗原の断片と結合して T 細胞へ提示し 抗原の情報を伝える役目を持つ MHC 遺伝子の型には膨大なパターンが存在し 免疫応答性を決定している 2 リガンド受容体と結合する能力を持つ物質のこと 受容体を活性化することで 細胞内へ信号を伝える 図 1 亜鉛は樹状細胞の成熟 活性化を制御することにより免疫応答を制御する 一般に抗原提示細胞である樹状細胞 (DC) は 他の免疫担当細胞を活性化する働きを持ち 免疫系を制御する上で極めて重要な細胞群である DC は細菌やウイルスの感染で成熟 活性化され 免疫応答を引き起こす 今回 DC の成熟 活性化の過程で 細胞内遊離亜鉛濃度が減少することを発見した この成熟 活性化 DC は T 細胞や B 細胞など他の免疫細胞を介して免疫系を制御することで 細菌やウイルス等の感染防御やがん細胞の駆逐を行ったり アレルギー応答や自己免疫疾患の発症にも関与したりすることから DC 細胞内遊離亜鉛濃度の調節は免疫応答制御に重要であるといえる

図 2 亜鉛は細胞外の刺激を細胞内に伝えるシグナル伝達分子として作用する これまで亜鉛 (Zn) の欠乏によって 味覚障害などの神経系の異常 感染に対して弱くなる免疫不全 また成長 発達の障害が起こることから いわゆる栄養素としての亜鉛 (Zn) の重要性は知られていた 今回の研究では 細胞内遊離亜鉛の量が外界からの刺激に応じて変化することにより 細胞内にシグナルを伝える役割を果たすことを発見した 亜鉛を必要とする重要な分子は体のなかにひろく存在することから 免疫学のみならず 学問分野の領域を超えてひろく生命科学全体にインパクトのある発見である