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妊よう性とは 妊よう性とは 妊娠する力 のことを意味します がん治療の影響によって妊よう性が失われたり 低下することがあります 妊よう性を残す方法として 生殖補助医療を用いた妊よう性温存方法があります 目次 はじめにがん治療と妊よう性温存治療抗がん剤治療に伴う卵巣機能低下について妊娠の可能性を残す方

配偶子凍結終了時 妊孕能温存施設より直接 妊孕能温存支援施設 ( がん治療施設 ) へ連絡がん治療担当医の先生へ妊孕能温存施設より妊孕能温存治療の終了報告 治療内容をご連絡します 次回がん治療の為の患者受診日が未定の場合は受診日を御指示下さい 原疾患治療期間中 妊孕能温存施設より患者の方々へ連絡 定

沖縄県における若年がん患者に対する妊孕性温存療法の現状 琉球大学医学部附属病院産婦人科 銘苅桂子 下地裕子 大石杉子 安里こずえ 平敷千晶 青木陽一

群馬大学人を対象とする医学系研究倫理審査委員会 _ 情報公開 通知文書 人を対象とする医学系研究についての 情報公開文書 研究課題名 : がんサバイバーの出産の実際調査 はじめに近年 がん治療の進歩によりがん治療後に長期間生存できる いわゆる若年のがんサバイバーが増加しています これらのがんサバイバ

はじめに 近年 がんに対する治療の進歩によって 多くの患者さんが がん を克服することができるようになっています しかし がん治療の内容によっては 造精機能 ( 精子をつくる機能のことです ) が低下し 妊娠しにくくなったり 妊娠できなくなることがあります また 手術の内容によっては術後に性交障害を

Microsoft PowerPoint - 資料5 本邦における小児・AYA世代がん患者に対する生殖機能(妊孕性)温存に関する現状と課題について(古井参考人提出資料)

体外受精についての同意書 ( 保管用 ) 卵管性 男性 免疫性 原因不明不妊のため 体外受精を施行します 体外受精の具体的な治療法については マニュアルをご参照ください 当施設での体外受精の妊娠率については別刷りの表をご参照ください 1) 現時点では体外受精により出生した児とそれ以外の児との先天異常

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精子・卵子・胚研究の現状(久慈 直昭 慶應義塾大学医学部産婦人科学教室 講師提出資料)

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不妊治療について Ⅰ 一般的な不妊治療 1 排卵誘発剤などの薬物療法 2 卵管疎通障害に対する卵管通気法 卵管形成術 3 精管機能障害に対する精管形成術 Ⅱ 生殖補助医療 1. 人工授精 2. 体外での受精 精液を注入器を用いて直接子宮腔に注入し 妊娠を図る方法 夫側の精液の異常 性交障害等の場合に

資料の内容 がん生殖医療について 宮城県がん生殖医療ネットワークの概要 ネットワーク利用の際の診療の流れについて

特定不妊治療費助成制度 の利用の手引き ( 申請案内 ) 平成 23 年 8 月 1 日から特定不妊治療に対する助成制度を創設しました 富田林市では 不妊治療の経済的負担の軽減を図るため 大阪府及びその他の都道府県 指定都市 中核市 ( 以下 大阪府等 という ) が実施する 特定不妊治療費助成制度

その最初の日と最後の日を記入して下さい なお 他の施設で上記人工授精を施行し妊娠した方で 自施設で超音波断層法を用いて 妊娠週日を算出した場合は (1) の方法に準じて懐胎時期を推定して下さい (3)(1) にも (2) にも当てはまらない場合 1 会員各自が適切と考えられる方法を用いて各自の裁量の

公募情報 平成 28 年度日本医療研究開発機構 (AMED) 成育疾患克服等総合研究事業 ( 平成 28 年度 ) 公募について 平成 27 年 12 月 1 日 信濃町地区研究者各位 信濃町キャンパス学術研究支援課 公募情報 平成 28 年度日本医療研究開発機構 (AMED) 成育疾患克服等総合研

リプロダクション部門について

系統看護学講座 クイックリファレンス 2012年 母性看護学

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長崎市告示第   号

ヒト胚の研究体制に関する研究(吉村 泰典 委員提出資料)

1. 研究の名称 概要について本研究の名称は 若年女性がん 免疫疾患における妊孕性温存を目的とした卵巣組織凍結ならびに自家移植 です 本研究は埼玉医科大学総合医療センター病院長の許可を受けて行われます この臨床研究は 悪性腫瘍や免疫疾患に対する化学療法 放射線療法によって卵巣機能が低下し その後の妊

不妊外来を受診される方へ

全な生殖補助医療を含めて, それぞれの選択肢を示す必要がある. 3 種類の HIV 感染カップルの組み合わせとそれぞれの対応 1. 男性が HIV 陽性で女性が陰性の場合 体外受精この場合, もっとも考慮しなければいけないことは女性への感染予防である. 上記のように陽性である男性がすでに治療を受けて

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凍結胚の融解と胚移植の説明書 平成 27 年 8 月改定版 治療の必要性 / 適応について受精卵 ( 胚 ) の凍結は 体外受精または顕微授精において 以下のような場合に行なわれる治療です 新鮮胚移植後に 妊娠につながる可能性のある受精卵 ( いわゆる余剰胚 ) が残っていた場合 採卵数が多い 血中

乳がん妊孕性冊子

第59回日本生殖医学会学術講演会 プログラム

最近の当科における ARTの成績

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これらの検査は 月経周期の中で下記のような時期に行われます ( いつでも検査できるわけではありません ) 図中のグラフは基礎体温の変動を示し 印は月経を示します 月経周期における検査の時期 高温期 低温期 月経 月経 血液検査 LH FSH E2( エストラジオール ) AMH 精液検査 排卵日 血

胚(受精卵)移植をお受けの方へ

2 注釈 1 精液検査とは? 射精した精液中の精子の数や運動性 形などを調べる検査で これらの結果を 精液所見 といい 治療方針が決められることが多い 精液検査の標準値として左図のWHOラボマニュアルに準拠している場合が多い 注釈 2 フーナーテストとは? 代表的な精子 - 子宮頸管粘液適合試験であ

5. 乳がん 当該疾患の診療を担当している診療科名と 専門 乳房切除 乳房温存 乳房再建 冷凍凝固摘出術 1 乳腺 内分泌外科 ( 外科 ) 形成外科 2 2 あり あり なし あり なし なし あり なし なし あり なし なし 6. 脳腫瘍 当該疾患の診療を担当している診療科名と 専

         体外受精手術の説明と同意書

1. 医療行為の名称 概要について本医療行為の名称は 若年女性がん 免疫疾患における妊孕性温存を目的とした卵子 受精卵凍結保存 です 本医療行為は埼玉医科大学総合医療センター病院長の許可を受けて行われます この医療行為は 悪性腫瘍や免疫疾患に対する化学療法 放射線療法によって卵巣機能が低 下し その

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晶形成することなく固化 ( ガラス化 ) します この方法は 前核期胚などの早期胚 の凍結に対して高い生存率が多数報告されています また 次に示します vitrification 法に比べて 低濃度の凍結保護剤で済むという利点があります 2) Vitrification( ガラス化保存 ) 法 細胞

福島赤十字病院 ART不妊センター

患者様用説明書

1) 専門研修基幹施設 藤田保健衛生大学病院 ( 総合型研修病院 ) 指導責任者 藤井多久磨 良性から悪性までの全ての婦人科疾患 母体 胎児救命を含む全ての周産期疾患 腹 腔鏡から体外受精まであらゆる生殖内分泌疾患 女性ヘルスケアなど非常に豊富な症 例をそれぞれの専門家による指導にて研修することがで

1. ストーマ外来 の問い合わせ窓口 1 ストーマ外来が設定されている ( / ) 上記外来の名称 ストマ外来 対象となるストーマの種類 コロストーマとウロストーマ 4 大腸がん 腎がん 膀胱がん ストーマ管理 ( 腎ろう, 膀胱ろう含む ) ろう孔管理 (PEG 含む ) 尿失禁の管理 ストーマ外

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Ⅰ. 第 3 期がん対策推進基本計画 について 第 11 回都道府県がん診療連携拠点病院連絡協議会では 第 3 期がん対策推進基本計画 に記載されたがん診療連携拠点病院に新たに求められる機能について 都道府県レベルでの取り組み状況を共有し 今後のがん診療連携拠点病院の活動について議論していくことを予

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胚(受精卵)移植をお受けの方へ

総論0116不妊専門相談センター

注射すると 1 個だけでなく複数の卵胞が大きくなり 10 日くらいで直径 18 mm前後となります この時期に 卵子の成熟と排卵を促す HCG と呼ばれるもう一つのホルモンを注射します 採卵の直前である HCG 投与後 34 時間から 36 時間ころに卵胞を穿刺し 卵子を採取します これを採卵といい

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資料1-1 HTLV-1母子感染対策事業における妊婦健康診査とフォローアップ等の状況について

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臨床不妊症学研究の魅力

Microsoft PowerPoint - ★資料5 AYA世代のがん対策に関する政策提言

福島赤十字病院 ART不妊センター

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妊娠 出産 不妊に関する知識の普及啓発について 埼玉県参考資料 現状と課題 初婚の年齢は男女とも年々上昇している 第一子の出生時年齢も同時に上昇している 理想の子ども数を持たない理由として 欲しいけれどもできないから と回答する夫婦は年々上昇している 不妊を心配している夫婦の半数は病院へ行っていない

2

別紙 体外受精胚移植 (IVF-ET) の流れ をご参照ください. まず, 実際に IVF-ET を行う前の周期までに, 治療の説明をお聞きいただき, 術前検査として心電図と血液検査 ( 血液型, 感染症, 血液凝固機能等 ) を行います. 後に採卵という手術が必要になりますので, それが安全に行え

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配偶者の扶養に入っていて所得がありません 所得を証明する書類は提出しなくてもよいですか 所得が無いことの証明が必要となりますので 提出してください 所得証明書は いつのものを提出する必要があるのですか 最近数年間は海外に居住していました 所得の証明は何を提出すればよいですか 所得を証

融解 ( 解凍 ) 後の前核期または分割期卵を 1 日以上培養したにも関わらず分割が進まないときは その受精卵を胚移植で きないときがあります 凍結保存技術料金 月数に応じた保存料金が発生し経済的負担が増加します 方法 受精卵 ( 卵子 ) の凍結保存法 ( 超急速ガラス化保存法 ) Minimum

資料 3 1 医療上の必要性に係る基準 への該当性に関する専門作業班 (WG) の評価 < 代謝 その他 WG> 目次 <その他分野 ( 消化器官用薬 解毒剤 その他 )> 小児分野 医療上の必要性の基準に該当すると考えられた品目 との関係本邦における適応外薬ミコフェノール酸モフェチル ( 要望番号

ただし 対象となることを希望されないご連絡が 2016 年 5 月 31 日以降にな った場合には 研究に使用される可能性があることをご了承ください 研究期間 研究を行う期間は医学部長承認日より 2019 年 3 月 31 日までです 研究に用いる試料 情報の項目群馬大学医学部附属病院産科婦人科で行

妊娠のしくみ 妊娠は以下のようなステップで成立します Step1 卵胞発育脳にある下垂体から分泌される 卵胞刺激ホルモン (FSH) が卵巣内の卵胞を発育させます Step2 射精 精子の子宮内侵入性交により精液が腟内に入ります 腟に入った精子は 子宮を通過して 卵管を登っていきます Step3 排

少子化対策室

平成 27 年 8 月改定版こともあります [ アンタゴニスト法 ] 月経が開始してから2~3 日目 ( 前の周期に経口避妊薬を使うこともあります ) から卵巣刺激の注射 (hmg 製剤 FSH 製剤 ) を開始します 原則として連日注射し 数日間の注射の後には超音波検査やホルモン測定により 卵巣の

平成14年度研究報告

腹腔鏡下付属器切除術1ヵ月後に              発生した尿管搊傷の1例

ェクトチームにおいて, 議員立法による法案作成が行われ, 平成 28 年 5 月には自民党の法務部会 厚生労働合同部会において, 生殖補助医療の提供等及びこれにより出生した子の親子関係に関する民法の特例等に関する法律案 が了承されたが, いまだ法案の国会提出には至っていない 3 検討の必要性親子法制

B. 自治医科大学専門研修プログラムの具体例 産婦人科研修プログラムは 自治医科大学附属病院の 4 年間の後期研修プログラムにおける専門コースの一部ではじめの 3 年間が本プログラムに相当する 専攻医は3 年間で修了要件を満たし ほとんどは専門医たる技能を修得したと認定されると見込まれる 修了要件を

資料110-4-1 核置換(ヒト胚核移植胚)に関する規制の状況について

住んでいる市町村から助成を受けていますが その 7 市町村独自の助成ときいています この場合も助成回数等は通算されるのでしょうか 一部の自治体で実施している独自の助成制度については 通算の対象としていません 県内市町村の助成事業については通算の対象外となります ただし 本要綱に基づく申請に係る特定不

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スライド タイトルなし

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含む ) 周産期 生殖 内分泌 女性のヘルスケアの4 領域を万遍なく研修することが可能となる 産婦人科専攻医の研修の順序 期間等については 個々の専攻医の希望と研修進捗状況 各施設の状況 地域の医療体制を勘案して 産婦人科研修プログラム管理委員会が決定する B. 産婦人科研修プログラムの具体例 専門

第8回生殖補助医療胚培養士資格認定制度

婦人科63巻6号/FUJ07‐01(報告)       M

再発小児 B 前駆細胞性急性リンパ性白血病におけるキメラ遺伝子の探索 ( この研究は 小児白血病リンパ腫研究グループ (JPLSG)ALL-B12 治療研究の付随研究として行われます ) 研究機関名及び研究責任者氏名 この研究が行われる研究機関と研究責任者は次に示す通りです 研究代表者眞田昌国立病院

研究所年報第8号


少子化対策室

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( 平成 22 年 12 月 17 日ヒト ES 委員会説明資料 ) 幹細胞から臓器を作成する 動物性集合胚作成の必要性について 中内啓光 東京大学医科学研究所幹細胞治療研究センター JST 戦略的創造研究推進事業 ERATO 型研究研究プロジェクト名 : 中内幹細胞制御プロジェクト 1

201/研究報告−高橋他_CS6.indd

Microsoft Word - 卵子凍結同意書2019年 MH.docx

体外受精 胚移植 顕微授精 胚移植を希望される患者様へ 体外受精 胚移植 (IVF-ET) は 1978 年 英国で成功が報告されて以来 世界中の多くの施設で行われています 一方 顕微授精 現在主流の卵細胞質内精子注入法 (ICSI イクシー ) は 1992 年にベルギーで最初の成功例が報告されて

はじめに このリーフレットは なかなか赤ちゃんできないな もしかして不妊? 病院にいったほうがいいかなぁ? でも病院って何をするのかな? 怖いな そういった不安を感じているあなたと そしてパートナーと 不妊医療機関を受診するか 受診しないか について考えていくために作成しました このリーフレットは以

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て それ以後は中止してください [ ショート法 ]short 法 月経 周期の1~ 3 日目 から点鼻薬 ( スプレキュア ) を開始する方法で 卵巣機能が低下 ( 卵胞発育不十分 35 歳 ~) の場合にこの方法で行うことがあります スプレー開 始の翌日か翌々日に卵巣刺激の注射 ( hmg 製剤

振込口座 : ゆうちょ銀行〇一九 ( ゼロイチキュウ ) 店当座 加入者名 : 一般社団法人日本卵子学会 審査方法 : 書類審査 審査発表 : 平成 30 年 5 月 26 日 ( 土 ) 第 59 回日本卵子学会学術集会にて審査発表と認定証授与を行います また ホームページ上および

福島県特定不妊治療費助成事業実施要綱

日本産科婦人科学会雑誌第66巻第8号

Transcription:

京府医大誌 126(8),525~529,2017. がん患者に対する妊孕性温存療法 525 < 特集 生殖医療の進歩と小児および若年成人がん患者への適応 > 生殖医療の進歩とがん治療への応用 がん 生殖医療の実践 * 鈴木直 聖マリアンナ医科大学産婦人科学 ProgressoftheReproductiveMedicineandaTherapeuticApplication forthecancertreatment-practiceononcofertility NaoSuzuki DepartmentofObstetricsandGynecology,St.MariannaUniversitySchoolofMedicine 抄録 近年, がん診療における早期診断や治療の進歩に伴って, がんを克服した患者 ( がんサバイバー ) が増加しつつあり, 若年がん患者のサバイバーシップの向上に関する議論が展開されている. 特に, 小児や思春期を含めた生殖年齢患者に対する化学療法や放射線療法によって惹起される妊孕性喪失に関する問題は, その議論の一つとして認識されつつある. 一方 生殖医療 の分野では,1978 年に英国で体外受精 胚移植による世界初の生児が誕生し, その後のめざましい技術革新によって, 胚 ( 受精卵 ) 凍結や未受精卵子の凍結は生殖医療における今日の標準的な治療となっている. そして,Donnez らによる若年がん患者の卵巣組織凍結保存 移植による世界初の生児獲得に関する報告が本領域のブレイクスルーとなり,2006 年に米国の Woodruf らは, 腫瘍学 (Oncology) と生殖医学 (Fertility) を組み合わせた, がん 生殖医療(Oncofertility) という概念を提唱した. 本稿では, 生殖医療の進歩によるがん治療への応用として, がん 生殖医療の実践に関して概説する. キーワード : 小児, 思春期 若年がん患者, 妊孕性温存, がんサバイバー, がん 生殖医療. Abstract Inrecentyears,thenumberofcancersurvivorshasbeenincreasingthankstoimprovementsinearly diagnosisandadvancesintreatment,andtherehasbeendiscussionaboutimprovingthequalityoflife foryoungcancerpatients.inparticular,issuesrelatedtolossoffertilityassociatedwithchemotherapy andradiotherapyinpatientsofreproductiveage,includingchildrenandadolescents,arecomingtobe recognizedasimportant.inthefieldof reproductivemedicine, thefirstlivebirthresultingfrom in vitrofertilizationandembryotransferoccurredin1978intheuk.duetosubsequentdramatictechnical innovations,cryopreservation ofembryos(fertilizedoocytes)andcryopreservation ofunfertilized oocyteshavebecomestandardmethodsforreproductivemedicinetoday.donnezetal.reportedthefirst livebirthresultingfrom ovariantissuecryopreservationandtransplantationinayoungcancerpatient. 平成 29 年 6 月 27 日受付 * 連絡先鈴木直 216 8511 神奈川県川崎市宮前区管生 2 16 1 nao@marianna-u.ac.jp

526 鈴木直 Thateventledtothedevelopmentofanewconcepttermed Oncofertility, acombinationofthewords oncology and fertility, whichwasinitialyproposedbywoodrufetal.from theunitedstatesin 2006.Thisarticlereviewsrecentfindingsandissuesrelatedtofertilitypreservationtechniquesfor cancerpatients,aswelasdiscussingtheimportanceofteammedicalcareandtheefortsthathavebeen madeinjapan. KeyWords:Childhood,Adolescentandyoungadultcancer,Fertilitypreservation,Cancersurvivor, Oncofertility. がん 生殖医療に関する診療指針米国臨床試験腫瘍学会 (ASCO:American SocietyofClinicalOncology) は米国生殖医学会 (ASRM:American Society for Reproductive Medicine) との共同で,2006 年に世界で初めて 若年がん患者に対する妊孕性温存に関するガイドライン を示し, その後 2013 年に改訂された 1)2). この ASCO2006 は,1985 年より 2005 年までの報告論文のうち, 基準を満たした論文にて妊娠率, 出生率, 体外受精成功率に関する指針を提示し, がん治療により妊孕性喪失の可能性に関する情報提供を生殖年齢にある全てのがん患者が受けるべきであるとしている. さらに, がん治療医は診断早期から患者に妊孕性に関する問題を提示すべきであり, 生殖医療を専門とする医師との連携が重要となると強調している.2013 年改訂版の変更点は, 妊孕性温存治療に関わるすべてのプロバイダー ( 医師, 看護師, 臨床心理士, ソーシャルワーカーなど ) をヘルスケアプロバイダーと表現し, ヘルスケアプロバイダー全体で患者に対応する必要性が明示され, がん治療医はがん治療によって妊孕性が低下する可能性に関してがん患者に情報提供する責任がある, としている. 本邦においては, 日本生殖医学会が 2013 年に 未受精卵子および卵巣組織の凍結 保存に関するガイドライン を,2014 年 4 月には日本産科婦人科学会が 医学的適応による未受精卵子および卵巣組織の採取 凍結 保存に関する見解 を示し,2016 年に一部改訂され, 胚 ( 受精卵 ) の凍結 保存に関する内容が追加され, 本邦においては小児,AYA 世代がん患者の胚 ( 受精卵 ) あるいは未受精卵子また卵巣組織を凍結 保存する際には日本産科婦人科学会への届け出が必須となっている. 以下にその一文を抜粋する : 悪性腫瘍など( 以下, 原疾患 ) に罹患した女性に対し, その原疾患治療を目的として外科的療法, 化学療法, 放射線療法などを行うことにより, その女性が妊娠 出産を経験する前に卵巣機能が低下し, その結果, 妊孕性が失われると予測される場合, 妊孕性を温存する方法として, 女性本人の意思に基づき, 未受精卵子を採取 凍結 保存すること ( 以下, 本法 ) が考えられる. 本法は, 原疾患治療で発生する副作用対策の一環としての医療行為と考えられるので, 治療を受ける時期に挙児希望がない場合でも, 本人が希望する場合には医療行為として認める必要がある. しかし, 本法の実施が原疾患の予後に及ぼす影響, 保存された卵子により将来において被実施者が妊娠する可能性と妊娠した場合の安全性など, 未だ明らかでないことも多いため, 被実施者に十分な情報提供を行い, 被実施者自身が自己決定することが重要である. 本法は体外受精 胚移植や顕微授精を実施することを前提としており, 日本産科婦人科学会の 体外受精 胚移植に関する見解, および 顕微授精に関する見解 に準拠して実施されなければならない. さらに本法は通常の生殖補助医療 (ART) とは異なる医学的, 倫理的, 社会的な問題を包含しているため, 以下の点に留意して行われることを要す. なお, 同じ目的で行われる卵巣組織の採取 凍結 保存については未受精卵子の場合と同じ医療行為に属するものであり, 基本的に本法に含まれるものと考え, 本見解を準用する. 3). 一方, 本邦においては各種がんに対する妊孕性温存に関する包括的な指針は存在していな

がん患者に対する妊孕性温存療法 527 い. 本邦においても, 小児, 思春期 若年 (AYA) がん患者のサバイバーシップ向上を目指して, がん治療医は AYA 世代がん患者に対する妊孕性温存に関する重要性を再認識する必要がある. しかしながら, 対象患者が一般不妊症患者ではなく, あくまでもがん患者である事から, がん治療を何よりも最優先とすべきであり, 将来の妊娠 分娩を断念せざるを得ない状況も少なくない. そこで日本癌治療学会は, がん患者の妊孕性温存療法を十分に考慮しつつがん治療に主眼を置いた指針作りを 2015 年 10 月 ( 京都 ) より開始しており,2017 年 7 月に 小児, 思春期 若年がん患者の妊孕性温存に関する診療ガイドライン 2017 年度版 ( 委員長 青木大輔教授 ( 慶應義塾大学医学部産婦人科 ), 副委員長 鈴木直, 統括委員 ( 生殖 ) 大須賀穣教授( 東京大学大学院医学系研究科産婦人科 ), 小児コアメンバー 細井創教授 ( 京都府立医科大学大学院医学研究科小児科学 ), 金原出版 を完成させた. 女性がん患者に対する妊孕性温存療法代表的な妊孕性温存療法は, 胚 ( 受精卵 ) 凍結保存, 未受精卵子凍結保存そして卵巣組織凍結保存となる. 1. 胚 ( 受精卵 ) 凍結保存と未受精卵子凍結保存 : 未受精卵子凍結保存は, パートナーのいないがん患者に対する妊孕性温存療法となり,ASRM は2013 年に本法は研究段階の技術ではないと認定している 4). 一方パートナーを有するがん患者に対しては, 一般不妊治療で行われる胚 ( 受精卵 ) 凍結保存が行われ, 調節卵巣刺激法による排卵刺激によって少しでも多くの卵子採取 ( 採卵 ) を目指すことになる. 卵子の採取は, 原則として患者の月経周期に依存することから, 採取までに最低 2 週間を要するのが一般的である. そのため, がん治療開始までに時間的余裕が無い場合には採卵が出来ない場合もある. 近年, 産婦人科受診時の患者の月経周期に関係なく採卵を施行する ランダムスタート法調節卵巣刺激法 が考案され 5), 次周期の月経を待つことなく採卵に向けた治療を開始することが可能と なった. なお, 胚 ( 受精卵 ) や未受精卵子凍結後の生児獲得の割合が患者の年齢に依存するため, がん治療開始前に胚 ( 受精卵 ) あるいは未受精卵子凍結保存ができたとしても将来生児獲得できることを 100% 保証しているわけではない事実 ( 生殖医療の限界 ) を治療開始前に情報提供すべきである. なお, 乳がんの一部など調節卵巣刺激による血中女性ホルモンの上昇を抑える必要性がある場合には, アロマターゼ阻害薬併用による採卵が試みられており,Oktay らは体外受精にて 33 名の患者に対して 40 回の胚移植を実施した結果,25 名の生児を得ているが, いずれの子供も胎児奇形などみとめられなかったと報告している 6). なお, 原則として採卵は経腟操作を伴うため, 小児,AYA 世代女性がん患者においては採卵が施行できない場合ある. また, ランダムスタート調節卵巣刺激法でさえもがん治療開始まで時間的余裕が無い場合もある. その際には, 次項に述べる卵巣組織凍結保存がその適応となる. 2. 卵巣組織凍結保存 : 小児,AYA 世代がん患者に対する卵組織凍結保存は 1990 年代後半から欧米にて臨床応用が開始され,Donnez らによって 2004 年に世界で初めて生児獲得が報告された 7).2015 年の Wolf らの報告によれば, 欧州では 1000 例以上の卵巣組織凍結を実施しているとし, 特に欧州では本技術は一般化されつつある医療になっている 8). しかしながら,ASRM は未だ卵巣組織凍結は, 確立した技術ではなく, 実験的に実施される技術であると述べている 9). 卵巣組織内にがん細胞の存在が予想される, 卵巣がんや白血病などは, 融解した卵巣組織を移植した際にがん細胞を再度体内に移入する可能性が否定できないことから卵巣組織凍結保存の適応外となっている. なお, 卵巣組織 凍結による卵巣移植あたりの生児獲得率は,25% と報告されており 10),Walace らのエジンバラクライテリアに則った本技術の臨床応用に関する報告では, 卵巣組織凍結 移植の安全性と有効性が示されている 11). また, 卵巣組織凍

528 鈴木直 結の適応年齢は, その上限は 35~40 歳前後までとされているが, 原始卵胞数が多ければ多いほど移植後の妊娠 分娩の可能性が高くなる. その様な観点から, 小児から30 歳までの小児または A 世代がん患者が最も良い適応年齢となる. しかしながら, 小児がん患者の卵巣組織凍結保存では, その保管期間が長期に渡ることによる責任の所在の問題, さらに対象患者が小児であることから卵巣組織凍結時のみならずその後のフォローアップ時あるいは卵巣移植時のインフォームドコンセントに関しても保存と同様に長期にわたる対応が必要であることなどから, その運用には十分な議論が必要となる. 男性がん患者に対する妊孕性温存療法代表的な妊孕性温存療法は, 精子凍結保存となる. なお, 精巣組織凍結保存は未だ研究段階の域を脱していない現状がある. 1. 精子凍結保存 :NCCN は, がん治療開始前に精子を採取し凍結保存することが最も信頼しうる妊孕性温存療法であるとしている 12). Moss らも,AYA 世代の男性がん患者に対する妊孕性温存療法としては射精精液が最も有効であり, がん治療開始前に採取すべきであるとしている 13). 仮に射精ができない場合には,PenileVibratoryStimulator( 射性を促す機械 ) や全身麻酔下における Electroejaculation ( 電気射精 ) といった人工的な射精をも適応となる. また, 射精精液が得られない場合には, 外科的に Testicularspermextraction(TESE: 精巣内精子採取術 ) による精子回収を勧めている. 2. 精巣組織凍結保存 : 精巣組織を凍結することで精子幹細胞を保存することが可能であるが, ヒトにおいて治療後に融解した精巣組織を再移植し精子分化が再開するか否かに関し ては確証が得られていない 14). 終わりに若年がん患者の妊孕性温存に関する診療として古くから配偶子や受精卵の凍結保存, 卵巣の位置移動術や放射線治療時の遮蔽などが施行されてきた. しかし,2004 年の J.Donnez らによる卵巣組織凍結 移植による初めての生児獲得以来, 新しい妊孕性温存療法として卵巣組織凍結 移植が臨床応用されたことから, 欧米ではがん 生殖医療 (Oncofertility) という新しい概念が確立され, 小児,AYA 世代がん患者に対する妊孕性温存の診療の考え方が見直され始めている. しかしながら, 妊孕性温存希望のがん患者に対しては 原疾患の治療が最優先でありその治療が遅れることなく遂行することが大原則であること を強調すべきであり, 一方将来の子供をもつあるいはもたない事に関する患者の自己決定支援が重要である. がんと診断された患者および家族は, 同時に様々な問題と対峙することが要求され, 短期間にいくつもの選択をしなければならない. 特に小児および思春期のがん患者への, がん宣告は患者本人のみならず両親や家族にも極めて大きな心理的影響を及ぼすことが推測され, 臨床心理士などによる継続的支援も必要である. 妊孕能温存療法の遂行においては, 施設間の連携が迅速に正確に行われ, 患者家族に寄り添うカウンセリングを経て, 短期間に決断できる環境を整備することが重要である. 将来的には, がん治療医と生殖医療を専門とする医師と患者の間に生じている妊孕能温存に関する情報のギャップをなくし, より安全でかつ確実な方法で妊孕能温存治療を選択することができる社会の形成が望まれる. 開示すべき潜在的利益相反状態はない. 文 献 1)LeeSJ,SchoverLR,OktayKetal.Americansociety ofclinicaloncology recommendations on fertility preservationincancerpatients2006;18:2917-2931. 2)Loren AW,Mangu PB,Oktay K etal.fertility

がん患者に対する妊孕性温存療法 529 preservationforpatientwithcancer:americansociety of Clinical Oncology Clinical Practice Guideline Update2013;19:2500-2511. 3) 医学的適応による未受精卵子および卵巣組織の採取 凍結 保存に関する見解 : 日本産科婦人科学会雑誌 2016;68:1470-1474. 4)ThepracticecommiteesoftheAmericanSociety for Reproductive Medicine and the Society for Assisted Reproductive Technology.Mature Oocyte Cryopreservation:aguideline.Ferti&Steri2013;99: 37-43. 5)Cakman H,Audra Katz RN,Cedars MIetal. Efectivemethodofemergencyfertilitypreservation: random-startcontroledovarianstimulation.fertand Steri2013;6:1673-1680. 6)Oktay K,Turan V,BedoschiG etal.fertility preservation success subsequent to concurrent aromataseinhibitortreatmentandovarianstimulation inwomenwithbreastcancer:jclinonco2015;22: 2424-2429. 7)DonnezJ,DolmansMM,DemyleDetal.Livebirth after orthotopic transplantation of cryopreserved ovariantissue.lancet2004;364:1405-1410. 8)vonWolfM,DitrichR,LiebenthronJetal.Fertilitypreservationcounselingandtreatmentformedical reasons:datafrom amultinationalnetworkofover 5000women.ReprodBiomedOnline2015;31:605-612. 9)Practice Commitee of American Society for ReproductiveMedicine.Ovariantissuecryopreservation: acommiteeopinion.fertilsteril2014;101:1237-1243. 10)DonnezJ,DolmansMM,PelicerAetal.Fertility preservationforage-relatedfertilitydecline.lancet 2015;385:506-507. 11)WalaceWH,SmithAG,KelseyTW etal.fertility preservationforgirlsandyoungwomenwithcancer: population-based validation ofcriteria for ovarian tissuecryopreservation:lancetoncol2014;15:1129-1136. 12)CocciaPF,PappoAS,AltmanJetal.Adolescentand youngadultoncology,version2.2014.featuredupdates tothenccnguidelines:jnccn2014;12:21-32. 13)Moss JL,ChoiAW,Keeter MKF etal.male adolescentfertilitypreservation:fertiandsteril2016; 105:267-273. 14)Long CJ,Ginsberg JP and Kolon TF.Fertility preservationinchildrenandadolescentswithcancer: Urolo2016;91:190-196. 著者プロフィール 鈴木 直 NaoSuzuki 所属 職 : 聖マリアンナ医科大学産婦人科学 教授 ( 講座代表 ) 略 歴 :1990 年 3 月 慶應義塾大学医学部 卒業 1990 年 4 月 慶應義塾大学医学部産婦人科学教室入局 1996 年 4 月 ~1998 年 9 月 米国バーナム研究所 ( 旧ラ ホヤ癌研究所 )postdoctoralfelow 1997 年 3 月 慶應義塾大学大学院 ( 医学研究科外科系専攻 ) 博士課程修了 2000 年 7 月 慶應義塾大学医学部産婦人科学助手 2005 年 8 月 聖マリアンナ医科大学産婦人科学講師 2009 年 8 月 聖マリアンナ医科大学産婦人科学准教授 2011 年 4 月 ~ 現職 専門分野 : 産婦人科学, 婦人科腫瘍学, 緩和医療, がん 生殖医療