ウエストナイルウイルス 特異的血清検査法 独立行政法人農業 食品産業技術総合研究機構 動物衛生研究所 動物疾病対策センター知的基盤管理室 清水眞也
West Nile Virus (WNV) WNV はフラビウイルス科フラビウイルス属に属する エンベロープを有する RNA ウイルスで 野鳥と蚊の間で維持および増幅される WNV 感染症は ヒト 産業動物および野生動物に被害をもたらす 世界的に重要な人獣共通感染症である From West Nile Virus in CDC web
West Nile Virus (WNV) WNV は南北アメリカ ヨーロッパ 中東 アフリカ ロシア オーストラリア等で広範囲に蔓延している WNV 粒子の電子顕微鏡像 ( 出典 : 国立感染症研究所 ) WNV および日本脳炎ウイルス (JEV) の分布図
西ナイルウイルスの粒子構造 ( 模式図 ) 直径約 50nm のエンベロープを持ったウイルスです エンベロープには E タンパクと M タンパクの 2 種類を有します その内部には C タンパクのカプシドがあり 中には約 11kb のプラス鎖 RNA が入っています 長さ約 11kb のウイルスゲノム RNA ( 内部のひも状のもの プラス鎖一本鎖 RNA) をカプシド ( 青 ) が取り囲みヌクレオカプシドを形成している これをさらに脂質二重膜 ( 緑色 ) が包み込んでいる 脂質二重膜には E タンパク M タンパクが存在している E タンパクはウイルスの抗原性やレセプターとの結合に関与している from: http://www.tmin.ac.jp/medical/11/virus3.html
West Nile Virus 流行地での被害例 (2012 年 ) アメリカでは 2012 年に 史上最悪の流行が観測された 48 州で 5387 例の WNV 感染が報告され うち 2734 例 (51%) が神経症状を発症し 243 人 (4.5%) が死亡した 2012 年のアメリカにおける WNV 発生地点 ( 出典 :CDC)
WNV 感染症の診断法の概要 WNV 感染症の診断には 1. ウイルス分離 2. ウイルス RNA 検出 3. ウイルス抗原検出 4. 抗 WNV 抗体の検出 の四つが用いられる WNV のウイルス血症の期間は通常 3 日程度と短い また 多くの場合 WNV 検出可能期間は症状発症前となる また ほとんど WNV 感染は不顕性に終わることが知られている このため人や馬などの生前診断は 抗 WNV 抗体の検出をもって行われている
WNV 感染に対する対処法 WNV 感染した動物および人に対する有効な治療薬は現在市販されていない WNV に対するワクチンが最も期待される対処法であるが 現在市販されているのは馬用ワクチンのみであり 人に用いることはできない アメリカなどの流行国では サーベイランスにより WNV 流行が疑われる地域を特定し 警報の発令 殺虫剤の散布などを行って 感染率を低下させる試みが行われている 野鳥における WNV 感染は 馬や人での流行よりも早いことが報告されている WNV 感染動物の検出が重要である
近年の日本周辺での West Nile Virus の動向 極東シベリアの野鳥において WNV が流行していることが 複数の研究において明らかにされている (Ternovoi 2006, Murata 2011) また 北海道 韓国 中国において抗 WNV 抗体陽性野鳥が報告されており 中国において抗 WNV 抗体陽性犬 猫が報告されている (Saito 2009,Murata 2011, Yeh 2011, Lan 2012) 2013 年現在までに日本国内で WNV の野外分離例は報告されていない 日本周辺の WNV 分布
既存の抗 WNV 抗体検出法の問題点 1. フラビウイルスの共通抗原性 WNV が属するフラビウイルス科フラビウイルス属には他にも 日本脳炎ウイルス (JEV) セントルイス脳炎ウイルス (SLEV) マレーバレー脳炎ウイルス (MVEV) などが属している これらのウイルスは 70% 以上のアミノ酸配列を共有している 中和法 IgM 捕捉 ELISA 間接 ELISA では交叉反応を生ずる 77-78 93 46-53 72-74 82 40-44 62 69 77 フラビウイルス属ウイルスの E 領域アミノ酸配列に基づく系統樹 日本周辺の主要なフラビウイルスの分布
日本脳炎ウイルス ウエストナイルウイルス 血清診断法では ウエストナイルウイルスと日本脳炎ウイルスでは 交叉反応があるため 区別が困難である 日本脳炎ウイルスとウエストナイルウイルスはうり二つ 抗体の特異性では 簡単には区別が付かない 日本は日本脳炎ウイルスが常在しているから 日本脳炎ウイルスのワクチンを打っておこう 周りの国でウエストナイルウイルスが流行っているから検査しましょう そんな馬鹿な? 日本は汚染国? ウエストナイルウイルス陽性です
抗 WNV 抗体検出法 抗 WNV 抗体の検出には一般的に 以下の 4 つの手法が用いられる 1. 中和法 WNV と血清を混合し 血清中の抗体が WNV を不活化するかどうかを判定する 指標診断法として用いられる 2. IgM 抗体捕捉 ELISA 血清中の IgM のみを固相化し この IgM と WNV との反応性を判定する 初期の WNV 感染の判定に用いられる 3. 競合 ELISA 血清中の抗体とモノクローナル抗体との競合を利用して WNV 特異的抗体を検出する 4. 間接 ELISA 固相化した WNV 抗原に対する 血清中の抗体の反応性を判定する
ウエストナイルウイルスの血清検査法およびその特性 ウイルス中和試験 ELISA 血球凝集阻止試験 西ナイルウイルスと日本脳炎ウイルスの区別 単独感染なら タイターの比較により可能 できない できない 長所 短所 生ウイルスの使用時間がかかる 短時間 高精度 時間がかかる 日本脳炎ウイルスで実施
既存の抗 WNV 抗体検出法の問題点 2. その他の問題点 代表的な血清診断法である中和法は 感染性のある WNV を取り扱う必要があるため P3 施設でしか診断を行う事ができない IgM 抗体捕捉 ELISA は比較的 WNV 特異的であり アメリカにおいても診断法の第一選択肢として用いられている しかし 1JEV ワクチン接種をした動物では抗 WNV IgM 抗体が産生されないことがある 2 抗 JEV IgM 抗体は交叉反応を示すため JEV 蔓延地域では JEV に対する IgM 抗体捕捉 ELISA も行う必要がある 3WNV に対する IgM 抗体は 500 日以上に渡って産生され続けることもあるため 近直の感染か確認するため 抗 WNV IgG 抗体の有無を確認する必要がある 等の問題点がある このため JEV 蔓延地域でも用いることができる より特異性の高い血清診断法が求められている
モノクローナル抗体とは 単一の抗体産生細胞に由来するクローンから得られた抗体分子であり 幅広い分野で利用されている WNV と JEV は 77% のアミノ酸配列が共通であるが 残りの 23% のアミノ酸配列を認識するモノクローナル抗体を確立すれば ウイルス種特異的な診断に用いる事ができる モノクローナル抗体の作成法 ( 出典 :Wikipedia)
モノクローナル抗体を用いた診断法 1. 血清診断法 競合 ELISA 又は Blocking ELISA ウマや鳥のサーベイランスに用いられている 市販キットは無い 2. 抗原検出法 免疫組織染色 死亡野鳥のサーベイランスやウマの診断に用いられている 市販の抗体は交叉性や感度の点で問題がある イムノクロマトグラフィー 蚊や死亡野鳥のサーベイランスに用いられている 市販のキットは特異性 感度等が確認されている
競合 ELISA とは 競合 ELISA は 感染血清中の WNV 特異抗体とモノクローナル抗体を競合させることで 動物の WNV 感染を特異的に検出する手法である アメリカなどでは野外サーベイランスなどに用いられてきた 現在アメリカで主流の競合 ELISA は オーストラリア株の WNV に対するモノクローナル抗体を用いており 検出可能な WNV 株に対する検証が詳細に行われていない JEV との交叉性は未検討である 従来の競合 ELISA の問題点 IgM モノクローナル抗体を用いており 抗体の安定性にも問題がある 試験に高濃度の血清が必要であり 野鳥などの小動物での試験が難しい 幅広い WNV 株に対する抗体を検出可能な 高感度競合 ELISA 法を開発した
開発した WNV 特異的競合 ELISA の特性 1. 各地の WNV 株および近縁ウイルスとの反応性 WNV NY99 株 WNV Kunjin 株 WNV eg101 株 WNV g2266 株 JEV Nakayama 株 JEV JaNAr0102 株 SLEV Parton 株 MVEV 1/51 株
開発した WNV 特異的競合 ELISA の特性 2. 陽転日数 ( 中和法との比較 ) 100 WNV 感染ニワトリ陽性率 (%) 80 60 40 20 SHW-29C2 系競合 ELISA SHW-31B2 系競合 ELISA SHW-31B2_x100 系競合 ELISA 中和法 (90% プラーク減少 ) 0 0 20 40 感染後経過日数
想定される用途 馬 人 野鳥での WNV 抗体検査 より迅速かつ特異的な検査を行う事が可能となるため 第一選択の一つとなりうる 抗体サーベイランス 高感度系であるため 少量の血清サンプルで診断可能である この特性は特に野鳥のサーベイランスにおいて重要である
WNV の免疫組織染色 ( その他のモノクロ - ナル抗体 ) WNV 感染動物の臓器中の WNV 抗原を検出することで WNV 感染を診断する 一般的な手法であるため 世界中で用いられている手法である アメリカなどでは死亡野鳥 馬サーベイランスなどに用いられてきた 従来の市販抗体の問題点 現在販売されている抗体のうち ポリクローナル抗体は近縁のウイルスにも反応するため 正確な診断ができない WNV 特異的なモノクローナル抗体も市販されていたが 感度が低いため 実用性に問題との論文が発表されている 現在のところ日本での入手はできない ポリクローナル抗体に匹敵する感度の WNV 特異的モノクローナル抗体を開発
開発した抗 WNV 抗体の免疫組織染色における特異性 WNV 感染野鳥 JEV 感染豚 SHW-32B1 抗体 SHW-7A11 抗体市販抗体 * なお 市販のモノクローナル抗体は図の WNV 感染野鳥切片には反応しなかった
実用化に向けた課題 より多くの WNV 感染動物血清での検証 組換えタンパク質抗原の作製と有用性の検討 キット化に向けた手順の簡素化
本技術に関する知的財産権 発明の名称 : ウエストナイルウイルス構造蛋白質特異的モノクローナル抗体 および該モノクローナル抗体を用いたウエストナイルウイルス感染の判定方法 出願番号 : 2011-066253 出願人 : 農業 食品産業技術総合研究機構 発明者 : 清水眞也 広田次郎
お問い合わせ先 独立行政法人農業 食品産業技術総合研究機構動物衛生研究所企画管理部業務推進室企画チーム Tel/Fax 029-838-7895 E-mail niah-planning@ml.affrc.go.jp