教皇さまの意向カトリック長崎大司教区広報委員会 852 8113 長崎市上野町 10 34 カトリックセンター内 TEL 095 843 3869 FAX 095 843 3417 振替口座 01880 5 2699 発行人大水文隆印刷所株式会社藤木博英社 (1)2014 年 ( 平成 26 年 )1 月 1 日 ( 毎月 1 日発行 ) 1 カ月 140 円年間 1,500 円 ( 昭和 27 年 1 月 12 日第三種郵便物認可 ) 第 1013 号カトリック教報 一般すべての人の尊厳が保障される真の経済発展 宣教キリスト教各派の一致に向けての歩み 日本受精の瞬間からいのちを保護する医療の使命こころより新年のごあいさつを申し上げます 教区シノドス開催の今年は 旧に倍してよろしくお願いいたします わたしこと 神の御計らいにより長崎大司教として着座して10 年を過ぎました この間賜りました霊的 物的支援を感謝いたします 不徳ゆえのことをお詫びしつつ 今後も神の御助けによって皆様方のお役に立てるよう努めることをお約束いたします これからもお祈りとご協力をお願いいたします さて 日本の信徒発見 150周年を1年後にひかえ その意義について考えたいと思います 1.150年前に何が起こった?1550年 ザビエル神父が平戸を訪れて以来 福音は現長崎県全体に伝えられ 受洗者が増えていきました 宣教師追放と26 人の処刑を命じた豊臣秀吉の没後 教会は日本中でさらに発展します しかし 1614年 キリスト教を邪法と断じた徳川家康は 将軍秀忠の名で全国に禁令を出し 宣教師らを国外に追放します 長い迫害と殉教の時代の始まりです 鎖国政策を行っていた幕府は 1858年 5カ国(米蘭露英仏)と修好通商条約を締結して 長崎 神戸 新潟 横浜 函館の5港を開き 条約国に居留と独自の宗教施設の建設を容認したのです こうして1859年 パリ外国宣教会のジラール神父が横浜に着任 62 年に教会を建て 63 年 プティジャン神父を長崎に派遣して大浦天主堂建設に当たらせます 献堂式の1カ月後 65 年3月17 日 十数名の浦上の潜伏キリシタンたちがプティジャン神父を訪ね 信仰を打ち明けたのです 信徒発見 の出来事です その後 各地の信者たちと神父たちとが密かに行き交います ところが 浦上での自葬事件を機に各地で最後の 崩れ (大量検挙による組織の崩壊)が起こり 殉教者も多数出ます このような弾圧を西欧から非難された明治政府は 73 年 ついに禁制高札を撤去します 2.信徒発見の意義(1) 日本の教会の復活 信徒発見 の出来事は 260年に及ぶ禁教と迫害の末に 殉教者の信仰の種が芽をふき 日本の教会の復活となる摂理的な出来事でした (2) 迫害と潜伏の中での信仰の継承の歴史を明らかにする 信徒発見 は 特に聖職位階のない中で 殉教に至るほどの信仰を絶やさず守り伝えた事実を世界の教会に明らかにした衝撃的な出来事です ( イ ) 潜伏教会の最初の告白は ワレラノムネアナタノムネトオナジ でした ムネ は 代々受け継いだ信仰の内容 福音と教会の教えです 日本の教会は どちりなきりしたん をもとに同じ信仰を共有していました プティジャン神父をカトリック司祭と確認する基準は 聖母マリア 司祭の独身性 ローマ教皇でした 孤立していた彼らは 一貫したカテケジスのおかげで マリアに導かれて 主イエスと 主イエスを頭とする教会と再会したのです ( ロ ) サンタ マリアの御像はどこ? 御子ゼズスさまを御腕に抱いていらっしゃる! 信仰告白に次いで口にしたのが サンタ マリア でした マリアを通してイエスへ という信仰は イエス マリア と唱えた多くの殉教者と共に 潜伏の中で受け継がれ 日本の教会は 聖母のご出現と教皇ピオ9世による 無原罪の御宿りの聖マリア の信仰箇条の公布の後 マリアを通して復活へ導かれたのです ちなみに長崎奉行が絵2014年年頭教書 日本の信徒発見 150周年の意義について大司教ヨセフ髙見三明踏みの中止を宣言したのは ルルドでの聖母の最初のご出現の翌日のことでした ( ハ ) 潜伏の教会は 神父に 今は悲しみ節(四旬節)です と言います 彼らは 毎年 主の降誕と復活祭の日を繰り出して 1年の暦を定めていました 悲しみ節には祝い事を慎み 主の受難と死にあずかる生活をするなどして 信仰を連綿と受け継いだのです ( ニ ) キリシタンたちは 毎年の 絵踏み のとき 絵を踏み 良心の痛みを強く感じながら 帰宅すると こんちりさん の祈り( 完全に痛悔してゆるしを求める祈り )を唱えたのです 彼らは 心から神のゆるしを求め続けた信仰共同体でした ( ホ ) 潜伏時代 各地の教会共同体には帳方(指導者) 水方(授洗役) 聞役(帳方の指図を聞いて各戸に触れまわる)の3人の世話役がいました また 慈悲 サンタ マリア 聖体 ロザリオ 帯 の名を冠した組も信仰の涵養と隣人愛の実践 支え合いにより共同体づくりに参与しました ( ヘ ) 日本の教会は位階制度が崩れてからもローマ教皇への思いを募らせます 沖に見えるはパーパの舟よ丸にやの字の帆が見える 聖母の導きにより 7代たてば(教皇が遣わす)コンヘソーロ(聴罪司祭)がやってきて コンヒサン(告白)のできる日が来る という希望をつなぎました ローマも日本の教会の再宣教を何度も試み 開国を予見するとパリ外国宣教会を派遣します 1862年には二十六福者を列聖し 67 年には二〇五殉教者を列福して 普遍教会に日本を注目させ 日本の教会を鼓舞しようとしました ( ト ) 潜伏キリシタンは 殉教時代の宣教師たちと重なって見えたにちがいない司祭の存在に力を得て 堂々と信仰を表明しました 普遍教会から遣わされた司祭たちは 殉教者の血の上に建てられた日本の教会 (福者ヨハネ パウロ2世教皇)の信仰を目の当たりにします そして明治初期の殉教の血は やがて 大日本帝国憲法(1889年)による信教の自由の保障を引き出すことになるのです 3.信徒発見150周年の意義(1) 日本の信徒発見 の意義の再確認福者ヨハネ パウロ2世教皇は日本の司教たちにこう語られました 日本の教会の最初の世紀は 殉教者の忠実な信仰と輝かしい証しによって飾られました しかし 彼らの証しは日本の教会の過去を飾るだけではなく 今の教会の行くべき道を示し 明日への使命と約束をも示しているのです (2001年) 2.信徒発見の意義 で述べたように 信徒発見の出来事には 日本の教会の成り立ちと継承されてきた信仰の正統性 その使命が刻まれています この出来事を体験した潜伏キリシタンは 日本の教会の一員でした 従って 信徒発見という神の不思議なみわざは 長崎の出来事ではなく ザビエルから始まって成長と殉教と潜伏の歴史を通して信仰を育み伝えてきた日本の教会の 信仰の原体験 なのです この出来事を記念し祝うことは 日本の教会の歴史に働きかけた神のみわざを追体験し 今の教会に照らし 日本の教会独自の使命を果たす恵みを祈ることを意味します (2) 日本の教会固有の 祝日 に3月17 日は 日本カトリック司教協議会の申請に応えて 1969年11 月19 日付で教皇庁典礼聖省より 記念日 として承認されました 正式名称は キリスト信者発見のおとめ聖マリア(B.M.V. de Inventione Christianorum ) でしたが 日本の典礼暦では 長崎の信徒発見 記念日となっています ところで 典礼暦に関する一般原則 (14 )によると 四旬節中の記念日は 任意 なのです しかし 長崎の信徒発見 は日本の教会の重大な出来事ですから 名称は 日本の信徒発見 とすべきなのです そこで 2012年度臨時司教総会の決定に基づき 2013年10 月4日付で申請をしたところ 同月28 日付で教皇庁典礼秘跡省より 3月17 日は日本の教会に固有の 日本の信徒発見の聖母(B.M.V. de Inventione Christianorum in Iaponia )の祝日 として認可されました これは 日本の教会に周知した上で 来年から実施されることでしょう 教皇ご来訪の実現を願い この1年 皆様方の上に主の祝福がありますようお祈りいたします 1981年 教皇ヨハネ パウロ2世が来日されて 第2バチカン公会議の精神である 開かれた教会 の姿を国民に示されました 同時に 日本の教会の福音宣教に期待を寄せられました これを受けて日本の司教団は綿密な準備のもとに87 年に第1回福音宣教推進全国会議を 第2回を93 年に開催して日本の教会を福音化し 社会に開き 共に歩み 宣教するよう推進しました 私が 教報社 (現 教区広報委員会)に入社したのは 教皇来日の2カ月後 目標に向かって模索する日本の教会と共に 前述の2つの会議に仕事上関わりながら福音宣教を学び 理解してきたように思います 教区報づくりは 広い視野に立った物の見方が要求されました 例えば 他の教区はどんな活動をして 何に取り組もうとしているのかなど 積極的に周囲を見て長崎教区報の在り方を探ることを求められ バチカンの動きにも注目しました 23 年間の勤めで一番印象に残っている仕事は 髙見三明司教さまの大司教任命の公式発表の件です 2003年10 月17 日午前10 時 広島教区の三末篤實司教さまからの電話で 長崎大司教に髙見司教さまが決まったとの情報を得て 最も緊張した一日が始まりました 早速 秘密裏に編集長の久志利津男神父さまに伝教区広報に関わってえ 神父さまはすぐに髙見司教さまの所に出向き 報道各社にはバチカンの発表後に伝えることを話し合いました 教皇さまが昼のお告げの祈りの中で公式に発表される時刻は 日本時間で午後7時 その発表をインターネットで確認するために パソコンの前で緊張のうちに待ちました 発表を受けて 直ちに準備していた発表原稿を報道十数社にファックスし その後 各社からの問い合わせに対応して退社したのは夜の9時 翌朝 各紙で報道されたことを確認し 教区の歴史に残る事項に関わることができて充実感を味わいました 2カ月後の12 月14 日 浦上教会での大司教着座式は神の祝福のうちに荘厳に執り行われました 福岡 高宮教会所属青木喜代子題号変更のお知らせ今月号より 題号が カトリック教報 に変わります 題号 よきおとずれ は 新時代に相応しいものとして公募によって選ばれ 2000年の大聖年から14 年に渡り 皆様に親しんでいただきました 感謝申し上げます 昨年の信仰年を経て 今年は長崎教区の再出発ともいうべき教区シノドスが開催されます さらに来年の 信徒発見150周年 と列福を視野に入れた 高山右近没後400年 を準備する年でもあります これを機に 教区広報委員会は顧問会の承認を得て 題号を カトリック教報 に戻すことにいたしました それは長崎教区広報紙の原点に返るためでもあります この題号は 初代編集長である浦川和三郎司教様が準備したいくつかの案の中から 早坂久之助司教様ご自身が決められたものです このとき カトリック にこだわられたことは 13 年12 月号の 教区報の歴史と使命を思う にあるとおりです また 教報 という名前には2つの願いが込められています キリストの使徒を養成するために カトリックの教えを報せる ものにしたいということ そして信仰によって結ばれた仲間の状況を知るために 教会の出来事を報せる ものにしたいということ 創刊に関わった方々が その名に託した役割を担える広報紙となるよう 髙見大司教様のご指導のもと 取り組んで参ります 教区広報委員会
第 1013 号 ( 昭和 27 年 1 月 12 日第三種郵便物認可 ) 2014 年 ( 平成 26 年 )1 月 1 日 ( 毎月 1 日発行 )(2) カトリック教報 信仰年 が終わりました 皆さんはこの1年間に 幾たびかご自分の人生を振り返ったことでしょう そしてそのたびに神の導きに感謝なさったことでしょう 私もそうです 私も65 年の人生 今年は教員の定年という節目です を振り返ってみて その中で信仰についてさまざまな経験ができたことを感謝しています 今日はそんな私のささやかな例を参考として 皆さんがいま一度信仰と人生を見つめる機会としてくださればと願っております 幼いころの宗教的環境私は近江商人の家(東京)で育ちました 商売熱心だった祖父は信仰も熱心で 朝40 分 夕20 分の読経を欠かさず 寺や神社に多額の寄付をしていました 私は神社の前を通るときは帽子をとってお辞儀をするように教えられましたので 今でも神社の前を通ると反射的に体が動きます 幼稚園は近くのプロテスタント教会の幼稚園に通いました 牧師先生の聖書の話がとても面白くて そのときに福音の種が私の心に播かれたのだと思います それはしばらくの間は土の中でしたが 後年 芽が出ることになります 幼児の信仰教育の大切さをつくづく思います 区立小学校を卒業すると 中学高校は祖父の意向で浄土宗の宗門校に進みました 年に2 3回の仏教行事には大本山に参り高僧の話を拝聴し 念仏をさせられました そのころはすでに思春期 反抗期に入っていたので宗教には関心がなかった時期でもありました それでも宗教的環境は学校にのんびりした雰囲気を与えてくれていました 神を求める大学入試はなかなかうまくいかず 人生が思い通りではないことがわかりました 神仏も私の言うことを聞いてくれませんでした いざ入学すると 大学紛争で荒れ放題 人は何のために生きるのか と自問し 本をあれこれ読み 高僧の話を聞きに行ったり 聖書を読み始めました 聖書はローマ人の手紙に至るとどうもわからなくなり ついに教会(プロテスタント)の門をたたきました 聖書にはずいぶん熱中しました 登場人物が他人に見えなくなりました いくども涙を流しました 父なる神は罪びとである私の帰還をずっと待っておられたのでした 洗礼への最終的きっかけは 祈りの会で自分の祈りを勇気をもって行ったときです 神を身近に感じ 伝道に積極的になり 街頭などで伝道トラクトを配りまくりました 神を知り 証しする苦労と喜びに満たされました あちこちの牧師に会いに行きました なかでも聖書のみ言葉に静かに聴くアシュラム運動の榎本保郎牧師(今治教会)の熱意と捨て身の信仰には強くひかれました 家族に食べるものもなくなったとき 一晩あけた朝には米櫃に米が満ちていたなどの奇跡的な出来事をいくつも経験した方です 榎本先生は驕らず そのたびに少しでも神を疑った瞬間があったことを人前で告白し 神にゆるしを乞うのです 榎本先生は伝道の旅の途中で50 代で亡くなりました 神の恵みの証しの人生でした 5年通ったプロテスタント教会でしたが そのうちにしっくりいかないものに気づきました 言葉が多く 仏教の持つような静寂と落ち着きが見えなかったのです そこで禅寺に2年ほど土日坐禅 学生接心 僧堂接心に参加しました 垣間見た僧堂生活は素晴らしいものでした 米粒ひとつも無駄にせず 生活のリズム全体が瞑想に向けられたものでした 便所掃除や食事係は上級生(悟りが進んでいる人)が行います 未熟な人では心が乱れるからで信徒発見150周年と高山右近列福に向けてこれだけのことは知ってほしい1 信仰と人生を振り返るときイエズス会司祭山岡三治す 戦争中の日本軍や体育会の罰と正反対です 禅の生活がカトリックの修道院とよく似ていることは後で知りました しかし学生時代の禅寺の学びは体調を崩して諦めることになりました なつかしい仏教の雰囲気からキリスト教のふところに戻った第一の理由は 私に直接使命を与える神を感じていたからでもあります カトリックに出会う 高い目標の発見そのうちに超教派の朝祷会に顔を出すようになり カトリック教会の存在を発見しました そこには生涯を神に捧げた神父がおり シスターがおり ミサがあり ゆるしの秘跡がありました プロテスタント教会では誰もがみな横並びの平等な信者です 目標は初代教会しかないように見えました 他方でカトリック教会には常人ではたどりつけないけれども身近な聖人たちが 長い歴史のなかでキラ星のように輝いています 個人の祈りの言葉に限界のあるプロテスタントよりも カトリックには聖人や修道院の素晴らしい祈祷書があります その多様な信仰のあり方や伝統にも驚きました さらに愛宮ラサール神父 門脇佳吉神父らは神父でありかつ禅の指導者でした そのような環境なら怠慢な私でさえも成長できるのではないかと考え始め カトリック教会に移る決心をしました そしてすぐにイエズス会への入会の願いを表明しました イエズス会入会 広い世界の発見イエズス会に入る前と後では私は180度変わった気がします 修練期2年を終えると見違えるように明るく積極的になったと言われました イエズス会はたびたび外国経験をさせます 神学生時代に韓国 フィリピンに1カ月滞在し また台湾には中国語の勉強のために1年留学に送られました 司祭になってからはローマを含めた6年間のヨーロッパ生活 アメリカとアラスカでの1年間の第三修練 どこに行っても多くの国籍の信仰者たちと知り合いました カトリック信者にとって世界中どこにでも初めから親密になれる兄弟姉妹がいるのです 中国人教会との出会い 揺るがない信仰と賛美イエズス会との出会いは中国との出会いでもありました 台湾新竹市の華語学院(当時)には世界中から神学生や若者が学びに来ていました 小教区の信徒たちとの関わりからも多くの知識を得ました 中国大陸の友人のなかには30 年近く牢獄やキャンプにいた人を何人か知っています 彼らの説明によれば 小さいころから カトリック信者として苦しみを受けなくてはならないこともある そのときは覚悟するように という教育を受けています キリスト者はキリスト者であるかぎり この世では不便や苦しみや誤解にさらされます しかしそれから逃げていたのでは いつまでも信仰は中途半端だと学ばされました 労働キャンプに送られていた中国人プロテスタント牧師は 大きな肥だめの掃除をさせられたときがいちばん幸せだったと言っています なぜならそこはあまりにも臭くて看守は近づかなかったので 自由に声を出して祈り 賛美歌も歌えたからです なんという素晴らしい信仰でしょうか 神をたたえることはなんという幸せなことでしょうか それは信仰者の幸せであり 本質だと思います 私たちは神によって造られたのは神に栄光を帰するため 神を賛美するため (ロヨラのイグナチオ)です 神を求め 使命をいただいて生きるこうして私は信仰にはさまざまな特徴があることを人生のなかで知りました 宗教的環境に住むこと 人生の壁にあたって神を求めること 納得するまで求め続けること 広く世界に目を向け 絶えず優れた信仰者を目標に持つことなどです 同時に 私の使命と仕事を明らかにしてもらい それを神の力によって果たしていくことができれば幸せだと思います 私のささやかな人生の省察が読者に少しでも参考になれば幸いです ( ) 内は叙階年数大司教髙見三明(41) 長崎大司教区原塚正人(63) 諫早市道向栄(61) 五島市佐藤哲夫(57) 大司教館川添猛(53) 熊本 帯山下川英利(53) 諫早山内豊(53) 平戸市山内清海(52) お告げ本部下村徹(51) 大司教館村中司(51) 長与峰徳美(51) 大浦三村誠一(50) 大山平野勇(50) 鹿子前野下千年(50) センター堤好治(50) 佐賀 呼子宮川俊行(50) 幼きイエズス修道会司祭館小島栄(49) 浦上萩原劭(47) 香焼阿野武仁(47) 丸尾川上忠秋(46) 深堀片岡久司(46) 出津川口清(45) 五島市浜崎靖彦(45) 神崎長谷功(45) 時津橋本勲(44) 上神崎山川忠(44) センター下口勲(41) 福江 浜脇 井持浦大山繁(40) 黒崎松下光男(38) 水主町小瀬良明(38) センター村川昌彦(37) 大崎山内実(36) 北海道 函館諸岡清美(36) 大浦天主堂司祭館岩村知彦(32) 田平烏山邦夫(32) 鯛之浦古巣馨(32) 大司教館橋口朝光(31) 青方山脇守(31) 長崎コレジオ山田聡(30) 平戸中村満(29) 滑石岩崎康彦(29) 青砂ヶ浦川内和則(28) 飽ノ浦久志利津男(28) 中町高野治(28) 宝亀下山盛朗(27) 平戸口鳥瀬文武(27) 紐差牧山強美(25) 大神学院中村倫明(25) 三浦町福島光明(24) 山田眞浦健吾(24) 小神学院中濱敬司(24) 稲佐紙﨑新一(23) 植松白浜満(23) 大神学院平本義和(23) 天神葛嶋秀信(23) 相浦中濱繁喜(23) 大曽鍋内正志(22) 八幡町山村憲一(22) 福岡コレジオ岩崎晋吾(21) 浦頭下窄英知(21) センター中田輝次(21) 浜串湯浅俊治(19) 大神学院浅田照明(19) 西木場大水文隆(19) 三ツ山辻原達也(18) 奈留川原拓也(18) 褥崎松田聡史(17) 桐山本一郎(16) 長崎コレジオ嘉松宏樹(16) 中央協議会中島誠志(16) 大野山田良秋(15) 島原川口昭人(15) 神ノ島一ノ瀬輝幸(15) 熊本 武蔵ヶ丘岡秋美(15) 馬込熊川幸徳(14) イタリア大瀬良直人(14) 黒島竹内英次(13) 福岡 糸島岩本繁幸(12) 仲知尾髙修一(12) 大司教館川原昭如(12) 真手ノ浦葛島輝義(11) 福江 浜脇工藤秀晃(11) 木鉢鶴崎伸也(11) 土井ノ浦竹谷誠(10) 三井楽 貝津前田達也(10) イタリア本田靖彦(10) 早岐岩下和樹(8) 小神学院山口竜太郎(8) 水ノ浦鶴巻健二(8) 曽根汐留義和(7) 太田尾熊谷裕司(7) 俵町谷脇誠一郎(6) 小神学院山添克明(5) 浦上野濱達也(5) 福江 井持浦岩下裕志(4) 浅子中尾直通(3) イタリア大水満(1) 滑石中野健一郎( 新 ) 浦上修道会など イエズス会ジョン クラークスン(59) 二十六聖人修道院大木章次郎(57) アギラール J ホセ(54) ディアス マヌエル(53) 立山修道院デ ルカ レンゾ(17) 二十六聖人記念館 コンベンツアル聖フランシスコ修道会末吉矢作(59) みさかえの園司祭館中島優(58) 聖フランシスコ園濵田盛雄(54) 湯江修道院ビンセント ラチェンダロ(50) 聖母の騎士修道院萩原栄三郎(49) 小長井修道院柳本繁春(49) 本河内山内春治(49) 湯江修道院瀧憲志(48) 聖母の騎士修道院谷村達郎(40) 聖コルベ志願院松田清四朗(39) 湯江西田正(38) 東長崎山下公輝(35) 小長井修道院赤尾満治(20) 聖母の騎士修道院平孝之(18) 修練院西本仁史(15) みさかえの園司祭館内野洋平(10) 東長崎修道院 聖アウグスチノ修道会モーリス マホニー(53) 城山マイケル ヒルデン(40) 城山山野聖嗣(8) チャーリー バヌエボ ポムセノ(3) レデンプトール会頭島光(26) 愛宕橋口啓悟(17) フランシスコ会片岡哲夫(61) 長崎修道院冷水義美(61) 片岡仁志(51) 戸村悦夫(45) 本原江夏国彦(34) 若林智樹(18) 長崎修道院 神言修道会川上進(43) 長崎修道院濵口末明(34) 聖ルドヴィコ神学院ジェブーラ エウゲニウス(26) 西町大川好洋(23) 長崎修道院松本勝男(22) ヴァルガス オスヴァルド(15) 西町ロボ フェリックス(11) パサラ ジョゼフ(3) ブー カイン トゥオン(2) 聖ルドヴィコ神学院 マリア会山崎善彦(44) 海星学園池田紀行(43) 海星修道院末吉克久(31) 小ヶ倉共同体松本幸徳(26) 海星学園高田裕和(21) 小ヶ倉 サレジオ修道会ブリ ヤン(32) 愛野ソボン タデウス(28) イエスのカリタス牧野修道院古木眞理一(26) センター 韓国殉教福者聖職修道会金桐旭(3) 中町 オプス デイ尾崎明夫(28) 長崎木村昌平(10) 鹿児島教区田邉徹(62) 恵の丘
(3)2014 年 ( 平成 26 年 )1 月 1 日 ( 毎月 1 日発行 ) ( 昭和 27 年 1 月 12 日第三種郵便物認可 ) 第 1013 号カトリック教報閉年ミサ説教(髙見大司教)教皇ベネディクト16 世の呼び掛けにより 全世界の教会で昨年10 月11 日から始まった 信仰年 は 今日で一応閉幕します この閉年ミサにあたり これまでいただいたお恵みを感謝し これからの信仰の歩みを支え確かなものとしてくださるよう共にお祈りしたいと思います さて 今日は 長崎教区として次の3つのことを分かち合いたいと思います 1.信仰年を振り返ってみましょう皆さんは この1年余りの 信仰年 をどのように過ごされましたか 各地区 各小教区 各修道院 各共同体 各家庭 各自 それぞれの過ごし方をされ 信仰を新たにし あるいは深められたことと思います ある人は巡礼の旅をし ある人は講演を聞き ある人は黙想会で信仰について黙想したことでしょう 私が皆さんにお願いしたことですが ニケア コンスタンチノープル信条 は唱えましたか ラテン語で歌っところで 日本の信徒発見150周年記念や教区シノドスに向けてのこのような動きは 何よりも私たち自身の信仰を見直すためです その信仰は先祖から受け継いだ信仰でもあります フランシスコ ザビエルの宣教によって 平戸から蒔かれ始めた福音は次第に南の方へ下り 五島や島原へ そして長崎にまで広がり 今から400年前には信者は今の倍以上はいたと思われます しかし禁教令が敷かれてからは次第に減っていきました それでも あるいは殉教し あるいは潜伏しながら命懸けで信仰を伝え続けた先祖がいました しかし今 私たちはその信仰を受け継いでいるでしょうか しかも 先祖から受け継いだ信仰をこれからの時代の中で生きていくためには 生き方を考えなければなりません 信仰の光 は 私たちのこころ 考え方 生活のすべてを隅々まで照らすはずです(教皇フランシスコ 信仰の光 6参照) すなわち 信仰は これまでしばしばそうであったように 祈りや教えやおきてを守り行うことだけではなく 社会の中での生き方 とくに隣人に対する愛に満ちた言葉遣いや態度に表れるべきであり さらには社会に対する奉仕や貢献としても表れるべきであると考えなければなりません 幸い 教区シノドスの提言案の中にこのような方向性が読み取れます 長崎の教会共同体の向かうべき方向が見えてきたようで 幸いに思います 3.新しい福音宣教に取り組みましょう信仰の見直しは 一人一人の信仰生活の見直しにとどまらず 信仰を積極的に証しする方へと向かわなければなりません ところで 長崎の教会は 少なくとも数の上では減少し続けています そして大人の受洗者は相変わらず非常に少ないまま推移しています 長崎の教会は このままでは小さくなり 力をなくすばかりです これでいいのでしょうか 信仰を 守るだけ の時代は終わりました 主キリストのお望みに応えて 福音を宣べ伝えることに本腰を入れなければなりません そのためには 新しい福音宣教 に取り組む必要があると思います 新しい福音宣教とは 永遠に変わらないキリストの福音を 新たな情熱 新しい方法と新しい表現をもって宣べ伝えることをいいます 新たな情熱は 神への信仰に新たに目覚め キリストとその福音を信じる喜びから生まれるものです 新しい方法は 現代のさまざまな情報技術を利用することはもちろんですが 結局は今の時代の人々の考え方に合った方法を用いるということが肝心です 新しい表現も 現代の人々に分かるように 彼らに伝わるような表現の仕方を工夫しなければなりません たとえば 信仰は神様の豊かな祝福をもたらす力であるという説明の仕方があります いずれにせよ 信仰を証しするためには まず信者同志 福音を読み 要理書を理解し それを心の糧として生活するように努めることによって 互いに福音化し合うこと つまり福音の精神を身に着けることが大切です また 神様を信じることから神様の愛をきたのではないか これが 宣教できない一番大きな理由であることを忘れてはならない ある統計によると 韓国で一番人気のある宗教はカトリックである カトリックに好意を持っている人々が全てカトリックになっていたら 韓国のカトリック信者は30 %になっているはず 現実は10 %にとどまっている カトリックに好意的である人でも 宗教を選ぶときには現実的な宗教を選んでいる カトリックは良いのだが 自分の助けにはならないと考えている これは 問題解決をおろそかにした結果に他ならない キリストが人々とどのように接したかを考えてみよう そこには段階がある まず群衆に向き合い 問題を解決し それから自分に従うか問い掛けた 従った人たちが弟子である その弟子を養成し その中からある人々を派遣した これが使徒である 群衆 弟子たち 使徒たちというように そこには質的な高まりがある 宣教とは この3 つの段階の中で1 番目(群衆への語り掛け)に位置する カトリックはどのようにして問題解決に当たったら良いのか 実は 最も良い道具を持っている それはロザリオである ロザリオの唱え方を教え その祈りが 問題を解決する ことを伝えよう ロザリオの祈りを教えることが 宣教の第一の方法である ペトロは3 回 キリストを否んだ しかし聖霊に満たされたとき ペトロは福音を伝える者となった 捕らえられ キリストの名によって福音を伝えないように言われたとき 見たことや聞いたことを話さないではいられない (使徒4 20 )と答えた 私たち一人一人が福音を宣べ伝えるとき 見たこと 聞いたことを語らずにはいられないという体験をしなければならない ロザリオの祈りは 自分自身のうちにも 新しい情熱 を育んでくれる てみていかがでしたか 聖体拝領をするとき意識して感謝のこころではっきり アーメン と応えましたか ゆるしの秘跡には今までより頻繁にあずかるように努めましたか 大切なことは そのようなさまざまな体験を通して 父である神様 御独り子主イエス キリスト 聖霊のことを前よりも近い存在に感じ 感謝や賛美や喜びの気持ちが自然にわき上がること また聖書を読み 要理を学び直すことによって前よりも神様のことを少しでも深く理解することです これまでのようにこれからも大切なことは 信仰のありがたさ 大切さ 素晴らしさに気づくことです 信仰を中心とした生活が永遠の救いへの道であるという確信を持つことです 信仰は信じることによって成長し 強められます (教皇ベネディクト16 世自発教令 信仰の門 7) ですから これからも 共に信仰の道をしっかり歩み続けながら その道を知らない人々を一人でも多く招き寄せるように努めて参りましょう 2.教区代表者会議 つまり教区シノドス開催に向けて前進しましょう私は 長崎教区では 2015年に迎える 日本の信徒発見150周年 を準備するために開催する 教区代表者会議 つまり 教区シノドス に向けた歩みの中で 信仰年 を過ごすようお願いしました 教区シノドスについては2年半前から準備に取り掛かりましたが 今年の4月に中央委員会を設け その中央委員会を中心に 提言案 を作成しつつあります この提言案は 教区の皆様から寄せられた 現状に関するさまざまな意見や課題 そして今後に向けての提案を分析し 教区として皆で取り組むべき事柄をまとめたものです 信仰年閉年ミサと講演会新しい福音宣教に向けての提言ヨハネ パウロ2世によって示され ベネディクト16 世 フランシスコにも引き継がれた 新しい福音宣教 2012年に開かれた第13 回シノドスで確認され 髙見大司教も説教の中で述べたように この 新しさ とは 新しい情熱 新しい方法 新しい表現 を意味する 車師は 限られた時間の中でその全てを説明することはできないと断った上で 韓国での状況を踏まえながら 宣教についての課題を分かち合った ここでは講演での一部を要約する 韓国の宗教社会学者の統計によると 信者でない人がキリスト者になる理由として 自分が抱えている問題を解決してくれる ことが挙げられる 多くの人が問題解決のために宗教を渡り歩くという現実がある それならば その人が抱える問題を解決するとき その宗教は 競争に勝つ ということができる このような考え方に戸惑うかもしれない しかし 世の人にとってそれが生死に関わる つまり最優先事項なのである もし私たちが 問題解決と宗教とを結び付けることができないなら その人は宗教を後回しにしてしまうだろう キリストがどのように接したかを思い出してほしい キリストはさまざまな問題を抱えていた人々と真摯に向き合い 全て答えを出してきた 反省しよう カトリックは問題解決のための宗教ではない と言いながら この世の人々の痛みを見過ごして昨年12 月1日(日)午後2時から 平戸ザビエル記念教会でザビエル祭および信仰年閉年ミサがささげられた ミサには 留る萌もい教会(札幌教区)と太田教会(さいたま教区)の巡礼者ら17 人をはじめ 平戸地区の信徒を中心に約310人が参加し 日本宣教の先駆者で保護者でもある聖人の取り次ぎを願った 髙見大司教は説教で ザビエルの福音宣教は神からのお恵みである と説き 私平戸ザビエル祭 主よ 強めてください信仰を 2012年10 月11 日から始まった信仰年の閉年ミサが 昨年11 月24 日(王であるキリスト) 髙見三明大司教と41 人の司祭団 800人余の信者と共に浦上教会で行われた また各地区でも同日 地区長在住教会において信仰年を締めくくるミサがささげられた(平戸地区の閉年ミサは下記 平戸ザビエル祭 を参照) さらに 23 日にはカトリックセンターにおいて 24 日には浦上教会において 韓国 仁イン川チョン教区の車チャ東ドン燁ヨプ師による講演会が行われた 仁川カトリック大学教授 未来司牧研究所所長として活躍する車師は 新しい福音宣教に向けての提言 をテーマに 宣教についての課題を語った 13 カ月に渡る信仰年は幕を閉じたが 信仰の遺産を確認し 洗礼の喜びを取り戻す 信仰年の招きは終わることがない 今年開催される教区シノドス 来年の信徒発見150周年につなげる契機としたい 体験するようになれば どんな人に対してもキリストのように真心からの尊敬と愛のこころでかかわり 誰からも信頼されるようになることでしょう それこそ 福音を証しすることです 教皇ベネディクト16 世はこう言われました 信仰者の宣教活動は キリストの愛を日々再発見することにより 尽きることのない力と活気を与えられます そして信仰は 愛を与えられる経験として生き さらに恵みと喜びの経験として伝えられることによって 成長します( 信仰の門 7参照) 信仰年 を終える今日 私たちは王であるキリストを祝います ご自分のいのちを差し出すことによって死を滅ぼし まことの愛によってすべてを治め 一つにしてくださる王であるキリストへの信仰を新たにしたいと思います この方を信じるから 私たちはすべての人々にキリストの福音を宣べ伝えるのです それは 私たちの罪を徹底してゆるし 私たちが互いにゆるし合うことができるようにしてくださったという福音です 私たちの信仰が今後ますます喜びと祝福に満ちたものとなり この福音をすべての人々と分かち合うことができるよう知恵と勇気の賜物を祈り求めましょう たちは神の働きによって生きており 生かされている 私が信じるのではなく 神が信じさせてくださる 信仰の喜びがなければ ミサ 行事などに参加しても真の喜びとはならない 信仰があれば 言葉 行いが愛の行動となって表れる と強調した 奉納では 信仰年の締めくくりとして 各小教区(8小教区)代表によってこの1年間の取り組みが報告された また信仰宣言では 大司教の勧めに従い ニケア コンスタンチノープル信条をラテン語で唱った 参加者は 信仰の証し人となる恵みを願いながら 信仰年公式聖歌である クレド ドミネ(主よ わたしは信じます) を歌い ザビエル祭を終了した
第 1013 号 ( 昭和 27 年 1 月 12 日第三種郵便物認可 ) 2014 年 ( 平成 26 年 )1 月 1 日 ( 毎月 1 日発行 )(4) カトリック教報昨年11 月26 ~28 日 司祭研修会がカトリックセンターにおいて行われた 今年度の研修会では 今年5月から始まる教区シノドスを見据え 3日間の日程のうち2日間が提言案の検討に充てられた また教区シノドスの性格上 司祭だけでなく信徒 修道者も交えての開催となった 参加者は司祭88 人(うち修道会11 人) 信徒24 人 シスター2人 髙見三明大司教は講話の中で 教区シノドス招集の意図を 長崎の教会の現状を皆がどう思っているのか 何が問題なのかを共に考えることから始めたかった と語り このシノドスを単なる掛け声で終わらせないために 皆で考え 責任を負い 実践していくよう 協力を願った 続いて13 委員会から出された提言案の説明と質疑応答が行われ 1日目が終了した 2日目は カトリックセンター 大司教館 長崎カトリック神学院を会場に 7グループに分かれて討議が行われた テーマは これまでに提出された提言案を教区シノドス中央委員会が分類した1宗教の使命 異宗婚 福祉に関連する 宗教 公益性 2教区費と維持費の問題 小教区間の格差是正などについて提案された 財政 3司祭や信徒の 養成 4小教区の再編成や共同司牧を視野に入れた 行政 5 宣教 6 信仰生活 の6項目 討議内容は各グループの発表後すぐにまとめられ 参加者に配布された 教区シノドス中央委員長の山脇守師は 提言案が単なる要望で終わるのではなく 解決まで視野に入れたものにしてほしい と語り 主体的に取り組む姿勢を求めた 司祭のみの研修会となった3日目は大司教館で行われ 本来2013年度で終了する第4期活動を1年延長することが発表された これは 東日本大震災による混乱 教区シノドスや信徒発見150周年記念事業の準備などを考慮しての措置 各委員会は 教区シノドスに提出される提言案を踏まえ 2015年度からの第5期活動計画を立てることになる 続いて 家庭特別委員会委員長の古木眞理一師は 被災者支援への感謝を述べるとともに 自死者の増加傾向と 大槌ベースの転居や支援活動に当たるスタッフの疲労などの現状を報告した また 大槌ベースに派遣されていた古木師に代わり 副委員長として家庭特別委員会の活動に携わってきた頭島光師は 家庭についてのさまざまな課題のために 委員会の連携や再編成 本部組織のスリム化を提案した 司祭団からは 専従司祭を含む適正な任命 地区中心の活動への転換を求める意見もあがった 髙見大司教は 本部事務局の役割についての理解を促し 諸問題については教区活動と地区活動の連携が欠かせないとした 2013年度司祭研修会提言案の検討に信徒 修道者も参加はじめに長崎教区シノドス中央委員会は 昨年4月に髙見大司教によって設立されて以来 教区シノドス 開催に向けて 急ピッチでその準備を進めてきた これからは いよいよシノドス本会議に提出する 提言案 作成に取り組まなければならない 髙見大司教が教区長となって 昨年末で10 周年を迎えた 大司教は当初から 参加し 交わり 宣教する教会づくり をテーマに掲げ司牧活動を行ってきた しかし 今なお思ったほどの成果が見られないことから その原因を探り それを解決するために何が必要かなどを皆で考え 解決策を見いだそうとして 4年前に 教区シノドス 開催を宣言した 昨年11 月の司祭研修会において 教区の顧問団 7地区 諸活動委員会 および修道女会からの仮 提言案 を項目別に分け 信徒も参加した年代別グループで討議し その結果を受けてついに具体的な提言案を考える段階に入った しかし 最終 提言案 とするために いま一度 短い時間しかないが あらためて皆と考えていきたい 教皇フランシスコのことば教皇フランシスコは 講話やあいさつの中で 現在の教会がどうあるべきかについて繰り返し語っている 教会が自身を 使徒的 と呼べるのは 世界に福音を告げ知らせ 使徒たちの教えに誠実であり続け 付加価値を実際に生きている場合だけだ キリストはすべての人に 出かけていって他の人と出会うよう求めている わたしたちはキリスト者としての生活で証ししているでしょうか?それとも自分の心の中に閉じこもっているでしょうか? 全てのカトリック信者は教会の聖性を高めるために また人々が教会で歓迎され 愛されていると感じさせるために 個人的に何をしたか自問しなければならない (カトリック新聞2013年4月以後) カトリック教会は貧しい人々の支援にもっと携わるべきだ ( AFP=時事 11 月26 日)などと語っている 教皇のこのようなことばは頻繁に繰り返されてどうすれば1.覚悟教皇フランシスコが語っている本来の教会の姿からほど遠くなった長崎教区は もうこのまま行き着くところまで行くしかないのだろうか 大司教はこのまま放っておく訳にはいかないと考え 教区シノドス を提案した ならば教区の最高責任者は相当な覚悟を持って事に当たらなければならない これまでの考えや習慣を変えるには大きな犠牲が求められる とくに大きな転換を迫られる立場にある人にとっては 大きな苦しみや痛みが伴うことは必至であり 反対の立場に回ることさえある さらに刷新を煩わしく思う人も当然出てくることが想像される それ故 長崎教区すべての司祭 助祭 奉献生活者 信徒も 大司教の意向に本気で応えようとしているのか これからその覚悟が問われることになる 2.提言案(1)大司教区は 宗教法人 である 帯びている公益性 果たすべき使命から 宗教本来の役割を果たしていくことを目指す 1 カトリック教会は貧しい人々の支援にもっと携わるべきだ (上記参照)と言われた教皇フランシスコの意向に従い 福祉の面= いのち を大切にすることから始めるべきではないだろうか そのために教区は まず必要な施設として教区のカトリックセンターを提供するため教区事務所を大司教館に移し さらに支援のために人的 金銭的基盤の確立を目的として 司教 司祭 修道会 そして有志信徒には援助する覚悟が求められる 2胎児のいのちに関する教会の教えでは 人の命は受精したときからはじまり 人格を持った存在として認められている そのために 中絶などにより胎児のいのちが侵害されてはならない しかし 中絶が絶えない現代にあっては 教会が相談に乗り 親が子どもを産み育てられるよう配慮すべきであり 医者や看護師を含めた専門チームを組織する 3貧しい人の生活の原因はさまざまであろうが 少なくとも独立して生活できるまで教会が支援する必要がある そのためには 住所が必要であればそれをカトリックセンターに置くこともできるし 一定期間住まわせることさえできる 4離婚 家庭問題などさまざまな理由で苦しんでいる人たちの相談の場所あるいは一時避難場所として センターが大きな役割を果たすものと考えられる (2)教区財政基盤確立を目指して5教区会計が現在大浦天主堂拝観料に大きく依存しているといわれているが 本来の状態ではない あくまでも大浦天主堂拝観料は教会建設 土地購入などに回すべきである 健全な教区会計に戻すには まず会計を教区評議会に明らかにし 削減できるところを削減すべきである それでも経済的に教区運営が難しいと知れば 信徒も快く協力してくれると信じる 6地区においては信徒の減少に歯止めがかからず 共同司牧や小教区費のプール制などが叫ばれるようになってきた しかし 共同司牧 小教区維持費のプール制についての内容が十分理解されていない それ故 将来を見据え再度研究する必要がある ただし 司祭の給料と司祭館維持費をプール制にすることで どの小教区にも司祭を置くことはできる しかし 今後状況によっては 小教区の役割が終わり次第閉鎖する決断を迫られるかもしれない (3)信徒の養成7まずカテキスタ養成を優先すべきである しかし 地区によって大きな差が生じることも確かである そのために共通したプログラム作成を信仰養成部と教会奉仕者養成委員会が担当し 各地区においてカテキスタ養成を司祭 修道者および信徒が協力しプログラムに沿って行う 時には 専門家の定期的派遣も必要である その経費は まだ使用規約も漠然としている一菜募金の一部適用を考える 一菜募金がカテキスタ養成にも充てられることが周知されることで より信徒の協力が得られる 8大司教は よきおとずれ (1005号)でカトリック学校の意義について述べているが それを踏まえ信徒の子どもをカトリック学校に通わせるためには 学校の宗教教育の充実と教会側からの経済的支援による学費の負担軽減が欠かせない 青少年の信仰教育には信者すべてが関わる必要があり 協力することは当然との意識の下に進められるべきである ひいては 司祭 修道者の召命につながるであろう (4)司祭 神学生養成9聖職者たちの霊的生活や司牧生活は宣教に大きな影響力を持っている 信徒たちが特に注目していることを考えると 聖職者としてミサ前に祈り 念祷の時間を設け ロザリオや十字架の道行きなどの信心業をできる限り信者と一緒に行う さらに黙想会は黙想の家や神学院で行う 司祭団は全員そろって年2回の研修会を行い 一度は公文書の研修を行う 聖職者は司牧活動における心身の疲れをとるために 週一日休みを取り 年に一回一定期間の休みを公認する 10教区は神学生召命のための門戸を広く開けている 中学生 高校生 大学生 社会人からでも司祭を目指すことができることを周知させ 必要に応じて体験入学を各段階の神学院で頻繁に行う 以上 シノドスアンケートなどからの意見や仮提言案を基に 大まかで一部に過ぎないが中央委員会がまとめた 提言案 である すべてを網羅できないが故に 提言案 に対する意見や批判も多々あることは十分承知している 信徒発見150年を機に宣教する教区のこれからを見据えて行われるシノドスのためにも 一人でも多くの方々の忌憚のない意見がより必要となる 加味修正すべき点や補足すべき点があれば 遠慮なく今年2月末までに書面で当中央委員会まで提出してほしい 5月から始まる教区シノドスの貴重な参考意見にしたい いるが それは 現代の教会がことばだけではなく 愛の行いにより積極的になるよう目覚めなさいと諭しているのではないだろうか 教会の姿初代教会において 彼らの中には一人も乏しい者はなかった (使徒言行録4 34 ) 信者たちは愛と奉仕の精神に満ちていたようである 教会の魅力はどこにあるのかを考えたときに それはいつも貧しい人や苦しんでいる人 病気の人のことを考え 何とかしてやりたいとの思いで行動していたところにあった キリスト教が日本に伝わって来たときも また禁教令が解かれてからも司祭や奉献生活者 それに彼らを手伝った多くの信徒の奉仕活動そのものが 洗礼志願者を増やすきっかけとなり 魅力ある教会となっていったのである 現在の長崎教区はどうであろうか アンケートによると 長崎教区の伝統である司祭 修道者 信徒の優しさ 謙遜さ 質素さ それに熱心さの一部は受け継がれてはいるものの 一方では 随分と教会の姿が変わって見えているのも確かである わたしたち司牧者は羊を養う者でなく 自分自身を養う者になっています ( 毎日の読書 年間第24 主日) 本来 仕えられるためではなく 仕えるため (マタイ20 28 )に来られたキリストに倣うべき者たちが 逆に仕えてもらう立場に立ち 自分のものを確保することに力を注いでいるようである また 奉献生活を送る者たちは 自分たちが自己奉献の場として築いた施設を今度は自分たちの労働と生活の基盤とし 守ることに目が向けられ 奉献生活そのものの魅力が感じられなくなってきたのではないか さらに 信徒たちの中には今の教会を誇れなくなり 反対に利己主義に陥り 自分がキリスト信者であることに喜びを見いだせず 自ずと信仰をおろそかにするようになってきたのではないだろうか そのために異宗婚がカトリックでない方への宣教のきっかけになるはずであったのに 逆にカトリック信者自身さえも教会を離れてしまいかねない状態に陥っているようである 連載 教区シノドスから恵みの年へ5 提言案 最終段階に向かって教区シノドス中央委員会
(5)2014 年 ( 平成 26 年 )1 月 1 日 ( 毎月 1 日発行 ) ( 昭和 27 年 1 月 12 日第三種郵便物認可 ) 第 1013 号カトリック教報 12 月7日 長崎刑務所(諫早市)でクリスマスの集いが行われ 教誨師の古巣馨師と牧師2人 お告げのマリア修道会と長崎純心聖母会のシスター31 人が 受刑者と共に一足早いクリスマスの喜びを分かち合った 長崎刑務所でクリスマスの集い聖母の騎士女子初誓願式11 月24 ~26 日 日本カトリック依存症者のための委員会JCCA(Japan Catholic Committee On Addiction )研修会がカトリックセンターで行われ 全国から約100人の参加者が集まった 同研修会は毎年各地で開催され 2012年の大阪に続き 今回初めて長崎で開かれた JCCA委員長の谷大二司教があいさつをし 開会 浦上教会での信仰年閉年ミサへの参加 依存症関連施設を運営する立場としての必要から防災危機管理についての研修 また 施設職員としての倫理についての研修 分科会や定例会などがあり 祈りをもって閉会した JCCAは さまざまな依存症で苦しんでいる多くの人が再び幸せな人11 月23 日 けがれなき聖母の騎士聖フランシスコ修道女会本部修道院(諫早市)において 髙見三明大司教司式による初昨年11 月初めにフィリピンを襲った台風30 号の被災地を支援しようと このほど 長崎に住むフィリピン人信徒 日本人スタッフらが協力して募金活動を行った 長崎大司教区国際ミサ(英語)グループでは11 月24 日 長崎在住の国際結婚者 企業や大学に通う研修生 日本人スタッフらが 16 時から18 時にかけて長崎市の鉄橋と浜生をつかめるように助けることを目的として活動 ダルクやマックなどの薬物 アルコール依存症者のための回復施設団体が加盟している 誓願式が執り行われた 家族や関係者ら約100人の参列者は 初めてのベトナム人姉妹の初誓願宣立を 神への感謝と喜びのうちに祝った 初誓願宣立者ヤニーナグェン ティ ガー(バク ニン教区ゴー サ教会)アントニエッタグェン ブー キム ジュエン(スゥアン ロックー教区タン フー教会)ぶどう園 召命祈願ミサ1月24 日 19 時 大浦天主堂 麦の穂会企画による青年黙想会 私の道 テゼ共同体の歌 沈黙 1月25 日 9時半~26 日 15 時 イエズス会立山修道院 対象 キリスト者青年男女 定員15 人 会費7千円 申込先(1月20 日締め切り) 黙想の家Sr. 中島 095 821 4577 26 聖人殉教記念ミサ2月2日 14 時 西坂公園(雨天時は中町教会) 町アーケード内で街頭募金を行った(写真) 研修生らはメモを見ながら フィリピンタイフウボキンヨロシクオネガイシマース と懸命に呼び掛けた 年末を迎えた通りでは募金者の表情もさまざまで 突然の呼び掛けに気付いて寄付したり 通り過ぎた後引き返して笑顔で寄付したりする方 親にねだり もらったお金をうれしそうに募金箱に入れる子どもたちの姿もあった スタッフの1人は 各小教区に前もってお知らせしていただいたので わざわざ出掛けて来られ激励の言葉と共に献金してくださった方や スタッフにお金を預けた方もおられた 後日 川口昭人神父様(教区人権委員会委員長)に集計金額は約18 万円と聞いたが 何よりもフィリピンの人々の懸命さに胸が熱くなった と語った また 佐世保市では11 月17 日と24 日 長崎愛の奉仕団シナピス会(山口瑞代会長)の主催により フィリピン出身者と教会関係者 一般の高校生らも含む約60 人の参加者が四ケ町アーケードで募金活動を行った 2回の活動で集まった義援金(合計57 万9956円)は 被災地支援のため カリタスジャパンおよびマニラにある教会宛てにそれぞれ送金された パウロ家族創立 100 周年記念連続講演会 in 長崎キリストのことばをすべての人に 新しい福音宣教 お話鈴木信一神父 ( 聖パウロ修道会 ) 日時 1 月 13 日 ( 月 )14:00 ~ 16:00 場所長崎カトリックセンター ( 会議室 ) 参加費無料問合せサンパウロ 160-0004 東京都新宿区四谷 1-21-9 TEL 03-3357-7651 FAX 03-3357-7652( 担当大山 ) 主催 : パウロ家族創立 100 周年記念実行委員会後援 : 聖パウロ修道会 聖パウロ女子修道会 師イエズス修道女会今年5月から開催される教区シノドス その事務局は かつてカトリックセンター開設時(1971年)に お告げのマリア修道会センター修道院 として開かれた建物 現在の カトリックセンター別館 に所在を置く 昨年4月の教区シノドス中央委員会設立後 急ピッチで準備を進めてきた同委員会について紹介する 2015年 長崎教区は信徒発見150周年という大きな節目を迎えます これを機会に新たな長崎教区の宣教開始の年とするために その前年に当たる今年 長崎教区代表者会議(以下 教区シノドス)が開催されます その目的は 長崎教区の歴史を踏まえ 髙見大司教が司牧の根本方針とした 参加し 交わり 宣教する教会づくり を念頭に置いて これからの長崎教区をどのように築いていくのかを 教区の信徒 修道者 司祭が共に考えるところにあります それに先立って 教区シノドスに向けてのアンケート が11 年から12 年にかけて行われ 小教区 地区会合も続けて行われました そこから出された意見がシノドス提言の基盤となっています 特に今カトリックセンター別館教区シノドス中央委員会台風30 号被災者へ支援を長崎と佐世保でフィリピン人信徒らが街頭募金JCCA研修会初の長崎開催感謝 寄付 長崎コレジオ ショファイユの幼きイエズス修道会大浦信愛修道院様 平戸地区評議会様長崎カトリック神学院 平戸地区信徒一同様 香典返し 長崎カトリック神学院 相川恵美子様(浦上)故パウロ相川晶様故マリア相川ヤエ子様 平キミ様(神ノ島)故セバスチァノ平定男様右の方々からご寄付 ご芳志を賜りました お礼とご報告を申し上げます 回のアンケートは 信徒の皆さん一人一人が自由回答や意見の欄に 各自の思いや経験をびっしりと綴っていることで まれに見る特徴といえるでしょう 皆さんから出された貴重な意見の分析に 1年あまりの時間を要しましたが よきおとずれ 13 年11 月号にようやく分析結果の概容を紹介することができました 13 年4月にシノドス中央委員会が発足し 髙見大司教が山脇守神父(長崎コレジオ)を委員長に任命しました この事務局は カトリックセンター別館(旧センター修道院)1階にあり 榎稔氏が常駐しています 現在 各部門からシノドス仮提言案を提出してもらい 11 月26 ~28 日に行われた司祭研修会での討議を経て 提言案としている段階です 今後の主な予定は次の通り 2014年1月地区評議会による提言案検討会3月提言案決定4月提言案を代表者に送付 意見収集5月4日教区シノドス開会第1会期5月4~6日第2会期7月20 ~21 日第3会期9月14 ~15 日第4会期11 月2~3日 11 月3日教区シノドス最終日2015年3月16 日提言作成最終日3月17 日教区シノドス閉会式3月31 日司教協議会報告書作成長崎教区シノドス中央委員会委員長山脇守神父副委員長久志利津男神父眞浦健吾神父秘書山田良秋神父事務局榎稔若林潔刑務所には 約800人の受刑者が生活している 会場となった体育館には サンダルに裸足 上着も羽織ることのできない受刑者たち80 余人が集った そこには 悩みや苦しみを抱えながらも 今に向き合う姿があった 集いでは 修道会の紹介や召命のきっかけ 聖書朗読と説教があり テゼ他8曲を歌った ひとつのことに生涯を懸けることの大変さ しかし神に信頼すれば大丈夫というメッセージを伝え 生きてほしいかけがえのないあなたのいのちを と歌い終えたとき 受刑者の中には涙を浮かべている人もいた 古巣師は あなたを待っている人がいます あなたを捜している人がいます と呼び掛け 全ての人の心に幼子が宿るように共に祈った この出会いを通して 弱い私たちと共にいてくださる神のぬくもりを感じた 長崎純心聖母会Sr. 坂元泉教区家庭特別委員会主催信徒発見150周年記念前年ミサのご案内日時2014年3月16 日(日)午後2時場所カトリック浦上教会*大浦天主堂での3月17 日のミサも例年通り行われます 中地区評議会
第 1013 号 ( 昭和 27 年 1 月 12 日第三種郵便物認可 ) 2014 年 ( 平成 26 年 )1 月 1 日 ( 毎月 1 日発行 )(6) カトリック教報 水のない井戸庭先に かつては井戸があった つるべを落としては水を汲み 頬をなで 通り過ぎるさわやかな風を感じながら 渇いたのどをうるおしたものである 水さえあれば すべてのものが生きかえる(エゼキエル47 9参照) 真実を捉えたことばである 井戸のほとりで 人のいのちは養われている ところが すべてが変わった 少しずつ かつての井戸は 水のない井戸に変わり果てようとしている 叶堂先生のご指摘大司教区が実施した先のアンケートを分析なさったのが 叶堂先生である 深い大井戸に喩えていい大司教区なのだが 推移し始めている との先生のご指摘である 高齢のためであろうか 井戸の中に湧く豊かな水を汲みに来る信徒たちが 少なくなった 汲む人がいなくなれば 井戸は涸れ 水のない井戸に変わってしまうことだろう 霊的な水は 蛇口をひねると すぐほとばしる市井の水とは異なっているのだ いつの時代であれ 大井戸は これを必死になって守り抜こうとした熱心な信徒たちによって守られてきた 箴言(5 15 )には あなた自身の井戸から水を汲み 湧く水を求めよ とある 宗教はどれも同じカトリックセンターに返ってきた回答の中で 一番衝撃を受けたのは このことばだった これはどこから湧き出た水なのだろうか この水を飲んでしまったらおしまいである 多くの人が神と仏は同じものだ と考えている そうではない 仏(覚者)とは 悟りを開いた人である 仏教は神(絶対他者)を立てないし 扱わない 私たちは 神から入る 私に存在を与え そのいのちに招いてくださる神から入っていくのである 違いをわきまえる必要がある 中町教会(主任 久志利津男師)青年会を中心とするメンバー7人が昨年11 月24 日 長崎市西出津町にある養護老人ホーム 聖マルコ園 で 利用者との交流コンサートを行った 中町教会の青年会では音楽活動が活発であり ボランティア訪問演奏は今回で3回目を数える 聖歌の演奏だけではなく懐かしい歌謡曲など バラエティーに富んだ内容で楽しい時間を過ごした また同コンサートには 昨年2月に韓国 ソウル 韓国殉教福者聖職修道会 から中町教会に協力司祭として派遣されたダニエル金キム桐ドン旭ウク師も参加し 青年と共に得意の演奏を披露した 金師は来日から約1年がたつが 日本語の習得を目標に 日々 司牧と日本語学校の勉強に励んでいる 日本語で説教したり 教会学校の授業をしたり 教会のいろんな仕事が まだ勉強中の私にとっては難しいと感じます と語るが 明るい性格と笑顔で すっかり人気者となっている 南地区青年指導司祭も務めている同師は 集まる青年の数が少ないので残念に思います 教会に所属する青年たちが皆 集まって楽しむこと その方法があれば良いことだし やりたいと思います と 青年司牧にかける意気込みを熱く語った は30 カ国約100人の会員で 小さな一致のしるしになるよう共に生活しています 私たちの召命は 一致と和解 信頼の精神を持ち続けるためには喜ぶ 祝うということが大切 イエス様に信頼し 静かに沈黙して祈りましょう その後 聖書朗読や共同祈願 沈黙を織り交ぜながら 主に頼り恐れず などテゼの歌10 曲を共に歌った 聖マルコ園で交流コンサート中町青年会 まず集まって楽しむことを12 月3日 教区エキュメニズム 諸宗教委員会と長崎キリスト教協議会は 待降節企画として TAIZÉ (テゼ)賛美の集い を中町教会で行い 宗派を超えて集まった約80 人が 平和と一致を願って歌い祈った 集いでは 髙見三明大司教の通訳でテゼ共同体スタッフのブラザー ギランの話があった 2015年はブラザー ロゼ(テゼ創始者)がテゼに来て75 年 ロゼが残してくれた遺産を思い起こすよい機会になるでしょう 第2次大戦中 難民 中でもユダヤ人を受け入れることに始まった活動 共同体三景台病院で帰天 97 歳 神奈川県出身 1954年3月25 日初誓願 57 年荘厳誓願宣立 奉献生活59 年 シスター加太は日本レデンプトリスチン修道会創立直後に入会した2人の姉妹の1人で 創立者と労苦を共にして修道会発展のために働いてきた 長崎修道院の創立のために土地の下見をし 創立を助け 50 年近く長崎修道院で奉献生活を送った 葬儀 告別式は11 月27 日 長崎レデンプトリスチン修道院聖堂で行われた スコ病院で帰天 70 歳 平戸市田平町生まれ 1959年4月5日田平修道院入会 62 年7月14 日初誓願宣立 78 年2月17 日終生誓願宣立 主に保育事業に専念 持ち前の明るさで 園児 保護者 地域の方など 出会う人に喜びをもたらし 踊り上手 滑稽さで 共同体の中で温かい雰囲気を醸し出していた 今年5月すい臓がんと診断されたが 出津愛児園での園長職を10 月末まで全うし ホスピスにて帰天 葬儀 告別式は11 月17 日 本部聖堂で行われた マリー ガブリエル加太ふじ子修道女(至聖贖罪主女子修道会)カタリナ永谷静代修道女(お告げのマリア修道会)11 月25 日 老衰のため11 月16 日 聖フランシテゼ賛美の集い一致と和解の召命を生きる子ども聖歌の集い12 月8日 第22 回子ども聖歌の集いが浦上教会で行われ 長崎の3地区から参加した15 教会の子どもたちが日頃の練習の成果を披露した 第1部みことばの祭儀の中で 金桐旭師(中町教会)は 神様が望まれることは心をひとつにすること そうすると声も動作もひとつにすることができます 神様の笑顔 神様の喜ばれる姿を思いながら歌ってください と話した 続く第2部では 14 グループ(15 教会)がそれぞれ自分たちの教会について紹介し 聖歌を発表した 子どもたちは時には手話や手拍子を交えて 素直できれいな歌声を響かせた 教会のオリジナル曲やヒンドゥー語の曲に挑戦した教会もあった 閉会式では 一致協力して素晴らしい聖歌を披露したとして 西町 滑石 長与の3教会が優秀大槌ボランティア募集長崎教区評議会は東日本大震災復興支援に関して 大槌ベースキャンプへのボランティアを引き続き募集し 協力を呼び掛けている 3月までに実施される期間と申込締切日は次の通り 2月13 日 ~19 日 (1/29 締切) 3月13 日 ~19 日 (2/25 締切)定員10 名程度 申し込みは所属小教区へ 問い合わせは 教区本部事務局(渡辺)まで TEL 095 842 4450FAX 095 842 4460カトリック月刊誌 福音宣教 2014 年のご案内テーマ 希望 見たことを告げなさい 新企画 特集 希望への物語 震災地や社会の中で力を尽くす人たちに働きかける神の望みとは 新連載 宣教と司牧の十字路にて ある主任司祭の航跡 稲川保明 ( 東京教区司祭 )/ 食卓からのおもてなし 祈りをこめて 足立洋子 ( 料理講師 )/ 私の発達障害と信仰 吉川康夫 ( 発達障害児療育センターしらゆりセンター長 )/ 私に託された小さな 使命 リレー連載 ( 執筆者が各号で変わります ) 購読料 6 千円 ( 年 11 回 / 8 9 月号は合併号 ) 申込み年間購読料を郵便局から振り込み郵便口座 00170-2-84745 問合せオリエンス宗教研究所 156-0043 東京都世田谷区松原 2-28-5 03-3322-7601 http://www.oriens.or.jp/ * カトリック書店でも購入可 (1 部 525 円 ) 賞に選ばれた 待降節の雰囲気あふれる聖堂の中で 子どもたちや応援団らは充実した時間を過ごした 短信 教区連合婦人会 11 月23 日 長崎教区連合婦人会の深堀茂子会長と各地区婦人会代表者らは 指導司祭大山繁師と共に大司教館を訪れ 神学生養成援助献金として765万7767円を髙見三明大司教に手渡した 平戸地区評議会 11 月24 日 平戸地区評議会の山浦忠行議長ら代表者4人が長崎カトリック神学院を訪れ 同地区の各小教区が神学生 志願生のためにと集めた援助物資(米 野菜 日用品など)と寄付金を渡した 他に長崎コレジオ お告げのマリア修道会と長崎純心聖母会の各志願院などにも贈られた 届けた米の合計は約1 8トン この平戸地区の取り組みは 今回で40 年目となる 聖母マリア崇敬論著=山内清海 サンタ マリアのご像はどこ? 日本の教会の歩みにはいつもマリアの姿がある 迫害時代の信者たちは マリアについての神学的な知識は持ち合わせていなかったかもしれない しかし彼らは マリアを通してキリストへ という真正な信仰を確かに生きていた 本書は 聖書や第2バチカン公会議文書などを踏まえながら カトリックにおけるマリア崇敬がどのように理解されるべきかを分かりやすく解説する さらなる信仰の探求のために また信徒発見150周年の準備として読んでいただきたい 長崎教区司祭である著者は サン スルピス大神学院教授 純心大学教授を経て 現在お告げのマリア修道会付き サンパウロ 税別1000円 みことばにふれて山川忠神父 ( カトリックセンター ) 102 カット 池田綾さん(植松教会 中3)