日本小児循環器学会雑誌 3巻2号 23 2頁 987年 小児特発性心筋炎における心電図所見の研究 心筋炎後心肥大との関連について 昭和年月日受付 昭和2年2月日受理 日本大学医学部小児科学教室 宇 key 佐 美 等 words 心筋炎 肥大型心筋症 左室肥大 心電図 要 旨 小児特発性心筋炎の臨床経過について心電図所見を中心として検討した 対象は9例で発症時の平均 年齢は 歳 観察期間は平均2 7年 死亡例は8例であった ST Tの変化の長期の持続 病日以上 および心室性不整脈の出現と 予後不良との間に有意な相関が認められた 7例中例 59 にQRS の高電位差を認めた 高電位差の出現率は 発症後2ヵ月で と最高となり その後は漸減傾向が認 められた 発症5年後に剖検を行った例で左室壁の著明な肥厚が認められた また これら9例とは 別に 初診時に肥大型心筋症の疑いと診断され 経過観察中に正常化した2例を経験した これらは不 顕性心筋炎の後遺症であろうと思われた 心筋炎の経過中に高頻度に認められたQRSの高電位差は代 償性の肥大を反映している可能性があり 心筋炎後の心肥大はさほどまれではないと思われる 省小児特発性心筋炎研究班の診断の手びき に従って はじめに 小児特発性心筋炎の長期的な経過や予後は 分明 特発性心筋炎 以下 心筋炎 と診断された9例を対 確ではなく その部が特発性心筋症へ移行する可能 象とした 表 発症時の年齢は 2ヵ月から歳 平 性について議論が行われている 2 これらの多くは拡 均 歳 性別は 男例 8例であった このう 張型心筋症との関係について論じているものであ ち死亡例は9例であるが 事故死した例を除く8例 り 肥大型心筋症との関係について論じた報告は多 2 を死亡群とした 心電図所見の観察期間は 発 くない3 著者は 特発性心筋炎の回復期に 肥大型 症後ヵ月から 8年 平均2 7年 であり 例 53 心筋症に類似した臨床所見を呈した症例を経験し で2年間以上にわたって経過を追跡しえた 方 た5 方 肥大型心筋症を疑って経過を観察している 法 うちに 異常所見の改善ないし消失が認められた症例 経過中に記録されたすべての標準2誘導心電図につ も経験しており これらの症例は心筋炎の特異な経過 いて ST Tの変化 不整脈および左室肥大所見 を示しているものではないかと考える ここでは 小 LVH に注目して その推移や 予後との関係を検討 児特発性心筋炎の臨床経過について 心電図所見を中 した 小児心電図におけるLVHの判定にls 心として検討を行い これらの経験に基づいて 肥大 考慮する必要があり 単の基準を用いるのは適当で 型心筋症との関連についての考察を加えた ないと思われるので ここでは RV5 SV 心筋炎について 対 RV RV5 RV SV2のいずれかが 該当する年齢別 性別 の正常値7 の98パーセンタイル以上の場合をLVHと 象 日本大学医学部付属板橋病院小児科において 厚生 した STの変化については 心膜炎による影響を除く ためにSTの上昇は除外し 別刷請求先 73 東京都板橋区大谷口上町3 日本大学医学部小児科 年齢差を 宇佐美 等 PR部分を基線として 3 mv以上の低下をst低下とした ては avf V5 T波の変化につい Vでの陰転ないし平低化を陽性と
日小循誌 3 2 987 表 年齢 歳 5 7 9 8 死亡群2 5 2 7 8 9 9 合計 9例 3 2 上室性期外収縮 心室性期外収縮 享 表3 房室解離 洞房ブロック 発症後の期間 月 2月 月 房室ブロック LVH例 全例数 5 2 3 3 心室性および上室性期外収縮 LVHの率 2 33 心筋炎における左室肥大所見 LVH の 時期別出現率 房室ブロック 死亡例 8例 2 および は各々同症例 3 房室ブロック 生存例 例 3 2 男 男 男 3 類 8 9 房室解離 房室ブロック 経過中に認められた不整脈 3度房室ブロック 房室解離 8 表2 度房室ブロック 種 脈 整 WPW症候群 5 3 不 男 男 男 2 対象 LVH 男 男 性別 男 男 男 生存群 235 5 年 2年 3 9 2 8 3 25 心室性期外収縮 5 5 LVHのない群では 3と差はなかった 発 心室性期外収縮 症年齢の平均はそれぞれ7 歳と5 歳であり LVH 心室性期外収縮 心室細動 を認めた例では年齢が高い傾向がみられたものの 統 計学的に有意な差はなかった LVHの出現時期は 発 した 部の症例では右室心内膜心筋生検により組織 所変を観察した 結 間から2年7ヵ月にわたっていた 果 ST Tの変化について 伝導障害を合併した2例 完全房室ブロックおよび WPW症候群各例 を除く7例について検討した T波の変化は全例に認められた このうち7例 ではST低下が認められた 症ヵ月以内から追跡しえた例についてみると 5 から病日 平均22病日 であった 持続期間は5日 ST Tの変化は 生存群で は9から37病日 平均29病日 まで認められ 以後は LVHの出現率の推移を知るため 各病月ごとに心 電図を検討しえた例数に対するLVH例の百分率を求 めた LVHは 発症後ヵ月以内で2 2ヵ月では と最高となり その後は年で3 と漸減傾向が 認められた 表3 LVHの出現とST Tの変化との 時期的な関係は定ではなく ST Tの改善とともに 正常化していたが 死亡群では3病日に死亡した例 LVHが出現した例と 両者が同時に認められた例が を除く全例で病日以後まで持続していた p 存在した ここで 興味深い症例について その臨床経過を提 5 示する 2 不整脈について 急性期には 種々の調律異常が認められた 表2 症例は 歳時に発熱と心不全で発症し急性心筋 心室性期外収縮が認められた例 2 は すべて 炎と診断された 心不全に対する治療のみで臨床的に 死亡群に属していた p 5 このうち例では 最 は改善したが 心電図および胸部レントゲン上の異常 初に心室性不整脈が認められてから2日のうちに心室 は続いていた 図 発症3年後の右室心内膜心筋生 細動が出現し これが直接の死亡原因となった この 検では心筋線維の肥大が認められた 患児は臨床症状 他の不整脈については 両群間に差を認めなかった もなく 軽度の運動制限以外は普通の日常生活を送っ ていたが 発症5年後に交通事故によって死亡した 3 LVHについて 剖検では 左室壁の厚さは 3 8cmであり 左室 上記の基準によって 経過中に度でもLVHと判 定された例は例で WPW症候群および完全房室ブ 自由壁および心室中隔の著明な肥厚とともに 図2 ロックの各例を除いた7例のうち59 に相当した 左室流出路で特に著しい心内膜の肥厚が認められた 表2 生存群中5例 5 死亡群中5例 3 組織学的には 心筋線維の直径にぼらつきが大きく で ほぼ同率であった 男比はLVHを認めた群では 異常に直径の大きな心筋線維が多く認められたが 錯
日本小児循環器学会雑誌 23 Case T Y εcg 8 7 9 y m s rtes r Ml II華 コ i 叶 g m lt2 L L 紬 H 巨 幽 m 璽 w山 Vh i 亡 申 三 畠ん 赫 叶 2 工 寸 赫 ih ー 下ー 糾 v 計聯 m 嘘 叫 瑞 73 3 9 ゐ3m戊 劉 蕎 竃 t 第2号 MyOC8rdnl8 8 9 3 y 8m T n JLv2非 PO8t 第3巻 図 症例の心電図の変化 左は発症直後 中は回復期 右は3年後の記録を示す ST Tの変化は正常化の傾向を示しているが 左軸偏位は増強し 左側胸部誘導のR 波は次第に増高している ただし WPW症候群であるため直ちにLVHと判定する ことはできない 細胞質に空胞変性が存在し 所々に収縮帯が観察され た 間質には巣状の線維化と軽度の小円形細胞の浸潤 が観察され 間質の浮腫も所々に認められた 図3 蛍光抗体法による検索では 心筋へのガンマグロブリ ソの沈着を広範囲に認め 自己免疫の関与が示唆され た 症例2は歳時に急性心筋炎に罹患し 第2病週に は著明なLVHが認められた 図 第病週には心 拡大と心電図の異常は消失した 歳時 発症年後 の心エコー図では 左室後壁がわずかに厚いが ASH は認めなかった 発症年後の心エコー図は全く正常 であった II 初診時に肥大型心筋症 以下 図2 症例の剖検所見 左室の横断面を示す 左室 後壁と心室中隔の著明な肥厚と 左室内腔の狭小化 が認められる HCM が疑われ その後正常化した例について 原因の明らかでないLVH所見を認め HCMの疑 いと暫定診断して経過観察を行っているうちに 正常 化の傾向を示した例を少数ではあるが経験した その 綜配列は認められなかった 心筋細胞の核は大型核が 多く 部には複核も認められた 心筋線維の部の 臨床経過を以下に述べる 症例2は歳で収縮期雑音を発見され 軽度の心拡
昭和2年月日 237 7 A M q7 8 8 5アー7 2 L v 下 ー 丁 旧 皿 LL寸 皿 v 皿上v ぬ rtil W y 辺 A i 2 9 W i No y ー惚ー CASE w ト L 謁f 欝 簿 蟻欝難欝睡鯉ざ 輪 獅 蒙 mp w 轟バ 撒 叶 灘ピ 灘 〆バ 症例の組織学的所見を示す 間質の線維化と 肥大した心筋細胞が認められる 画面上方に 軽度 の小円形細胞の浸潤が認められる 心筋線維の部 には 複核を有するものや 細胞質の空胞変性が認 メ L斗 図3 められた 図 症例2の心電図の経過 左は第2病週のもので V5誘導に高いRを認める 右は年後の心電図で V5のRの電位は約 2に低下し 正常範囲となって いる 大とLVHが認められた 7歳時に行われた心内膜心 筋生検では 巣状の線維化と心筋細胞の萎縮が認めら 考 察 心筋炎において観察された種々の心電図所見のうち れた 心電図上はLVHは改善傾向にあり 図5 心 で 死亡率と最も明らかな相関を示したのは ST Tの 拡大も正常化している 変化の持続期間および心室性期外収縮の出現であっ 症例2は5歳の時に偶然不整脈を発見された PR 間隔の延長と心室性期外収縮およびV2誘導の深いS た ST Tの変化は急性期には全例に認められたが 発 症後2ヵ月以上持続した症例はすべて死亡例であっ 波が認められた 歳時には期外収縮は消失した 3 た ST Tの変化が心筋障害を直接に反映していると 歳時の心エコー図は軽度のASHを示したが 歳時 考えると これらの事実とよく符合する には正常化した 現在も心電図異常は残っているが これら2例は いずれも 初診時に明らかな原因の ないLVHや心拡大が認められた しかし LVHの程 度は軽く 明らかなSTやTの異常を伴わず 心エ コー 図上の変化もあってもごく軽度であること が共 通する特徴であり 典型的な肥大型閉塞性心筋症との 相違であった 心室性期外収縮が認められた例はすべて死亡例で あり そのうちの例では心室性の不整脈が直接死因 症状はなく通常の生活を送っている であった これらの症例はホルター心電図が導入され る以前の例であり 心室性不整脈の頻度は実際には もっと高いと思われる しかし 死亡群と生存群の頻 度を比較すると統計学的に有意な差が認められた 著者がここで提示した症例は 典型的な心筋炎の 臨床経過を示したが 5年後の剖検所見は 左室壁の
日本小児循環器学会雑誌 238 8 CASE 5 9 y 轟自ii V L ないことには注意する必要がある しかし 心筋炎が 2y 鴎 輯 エ する所見が高率に存在することは興味深い事実であ る この現象の原因は明らかでないが 機能している のコンプライアンスの低下のため 残存心筋に対する 負荷が増大した結果かも知れない 当教室では 実験 i m HCMの原因となりうるとする立場からは 従来低電 位差のみが強調されていたこの疾患で 左肥大を示唆 心筋細胞の数の減少と 線維組織の増加による心室壁 皿 亡v2 皿繊纂 第2号 心電図上の肥大と形態学的な肥大とが必ずしも致し R A 恥8 2 3 第3巻 的心筋炎において異常に直径の大きな心筋線維が出現 斗 W することを報告しており9 心電図上のLVHが同様な 変化を反映している可能性もあると思われる i 著者は原因不明のLVHを認め経過観察中に正常化 した例を少数であるが経験した これらの症例は い ずれもLVHを示唆する所見の程度が軽く 高度の ASHや SAMが認められなかったこと および自然 寛解が認められたことから考えて 肥大型閉塞性心筋 症とは異なる病態と思われる 心筋炎の後に過性の avfillill tll vtt 心肥大を示した例とこれらの症例との相違は 心筋炎 の既往の有無のみであり これらの症例の異常所見は 不顕性の心筋炎の後遺症と考えることが可能である 図5 突然死した小児で剖検により心筋炎の所見が見出され 症例2の心電図の経過を示す 歳時にはV5 ることが少なくないことは良く知られている また の高いRとVの深いSを認めたが 左 2歳時に Coxsackie は正常化している 右 B感染症を対象として心電図などの検査 を行ったところ 高率に異常所見が認められたと報告 著明な肥厚 左室内腔の狭小化 心筋線維の肥大など されており 他の多くの疾患と同様に 心筋炎におい HCMの形態的特徴を含んでいた これらの点から こ ても不顕性あるいは潜在性の病型はまれではないと思 の症例は心筋炎後の心肥大の典型例であると考えられ われる る このように極端な症例はまれなものと思われるが 症例で心筋炎の発症から数年後にも細胞浸潤と免 心筋炎のあとに拡張型のみならず肥大型の心筋症に類 疫グロブリンの沈着が認められたことは この症例に 似した状態も起こりうることは確かであると思われ 見られた心筋の変化が 数年間にわたる過程の結果で る3 この症例は WPW症候群であるため心電図上 あることと 自己免疫の関与とを示唆している 心筋 は肥大について正確な判断はできない しかし経過を 炎の経過や病像は 種々の知られていない要因によっ みるとQRS間隔もその形態も変化していないまま て多彩な変化を示すものと思われる そのうちには 左側胸部誘導の電位は次第に大きくなっており 左室 臨床的に認識されやすい急性過性の型から 慢性不 肥大を反映している可能性もあると思われる 顕性に経過して拡大型または肥大型の心筋症様の病像 著者は これ以外の心筋炎の例にLVHが認められ を示すものまでが含まれるものと考えることができ るかどうかを 定の基準のもとに検討したところ る この意味では心筋炎という病名はheterogeneous 59 に過性の高電位差を認めた 従来 心筋炎に特 な疾患群の総称と解するべきであろう 原因不明の 徴的な心電図所見とされているのは ST Tの変化 LVHが認められる例や 心筋炎の経過中にLVHを示 Q 波の出現 不整脈 低電位差傾向などであり 高電位 す例では その異常所見が軽度である場合は 見過ご 差の所見についての記載は極めて少ない8 著者の得 されている場合が少なくないと思われる このような た結果と従来の報告との不致の理由は明らかではな 症例では 心筋炎後の心肥大の可能性に留意して注意 い ここで認められた高電位差の意義を考えるうえで 深い検討を行うことが重要であると考える