柴田, 鈴木, 木村 図 1. 腹部 CT 検査所見 : 骨盤内の右側に境界明瞭 単房性で石灰化を伴う 50mm 大の腫瘤を認めた ( 矢印 ) 図 2. 腹部 MRI 検査所見 a) 骨盤内右側に境界明瞭 単房性 T1 強調像で低信号の 50mm 大の嚢胞性腫瘤を認めた ( 矢印 ) b)t2 強

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山形医学 (ISSN0288-030X)2016;34(2):109-113 卵巣腫瘍と術前診断された虫垂粘液嚢胞腺種の1 例 DOI10.15022/00004072 卵巣腫瘍と術前診断された虫垂粘液嚢胞腺種の 1 例 柴田健一 *, 鈴木晃 **, 木村理 * * 山形大学医学部外科学第一 ( 消化器 乳腺甲状腺 一般外科学 ) 講座 ** 酒田医療センター ( 平成 28 年 3 月 1 日受理 ) 抄 録 症例は66 歳の女性 前医での定期検診の腹部超音波検査にて右卵巣腫瘍を疑われ 当院婦人科に紹介となった CT およびMRI 検査にて右卵巣嚢腫と診断された 当院の婦人科にて腹腔鏡下右付属器摘出術の予定で手術が開始されたが 子宮付属器には異常所見はみられず 虫垂に約 50mm 大の表面平滑な腫瘤が確認された 術中に当科にコンサルトあり 当科で開腹にて虫垂切除術を施行した 虫垂に 55 mm 程度の嚢胞が形成され 内腔には黄白色の粘液貯留を認め 病理組織学的検査にて虫垂粘液嚢胞腺腫と診断された 術後経過は良好で 現在まで再発なく経過している 虫垂粘液嚢胞腺腫と右卵巣腫瘍の鑑別のためには 右下腹部の腫瘤性病変が見られる際には これらの疾患を念頭におき 腫瘤と盲腸や子宮付属器との関係を十分に検討する必要があると考えられた 卵巣腫瘍と術前診断された虫垂粘液嚢胞腺腫の1 例を経験したので 若干の文献的考察を加えて報告する キーワード : 虫垂粘液嚢胞腺腫 卵巣腫瘍 緒言虫垂粘液嚢胞腺腫は 虫垂病変の中でも比較的まれな疾患であり 術前診断が困難であることも少なくない 今回われわれは右卵巣腫瘍と術前診断され 腹腔鏡手術中に虫垂腫瘍と診断された虫垂粘液嚢胞腺腫の 1 切除例を経験したので 文献的考察を加えて報告する 症例症例 :66 歳 女性 主訴 : なし ( 手術目的 ) 既往歴 : 脂質異常症現病歴 : 近医での定期検診の腹部超音波検査で右卵巣腫瘍を疑われ 産婦人科に紹介となった CT MRI 等の精査の結果 右卵巣嚢腫と診断され 産婦人科に入院となった 血液生化学検査 : 血算 生化学に異常所見は見られなかった HBs 抗原陽性 CA19-9 が49.97U/mlと高値であった 腹部 CT 検査所見 : 骨盤内右側に境界明瞭 単房性で石灰化を伴う50mm 大の嚢胞性腫瘤を認めた ( 図 1) 明らかなリンパ節腫大や遠隔転移は見られなかった 腹部 MRI 検査所見 : 骨盤内右側に単房性で境界明瞭な T1 強調像で低信号で 造影される部分がなく T2 強調像で高信号の50mm 大の嚢胞性腫瘤を認めた ( 図 2) CT MRI いずれも腫瘍と虫垂との連続性は明らかではなかった 以上により 右卵巣嚢腫の診断となり 婦人科で腹腔鏡下右付属器摘出術の予定となった 手術所見 : 産婦人科で腹腔鏡手術が開始された 腹腔内を観察したところ 子宮付属器には異常所見は見られなかった 虫垂先端に白色の皮膜を有する軟な50 mm 大の嚢胞性腫瘤を認めた 虫垂根部側は正常であった ( 図 3) 虫垂腫瘍と診断され 外科にコンサルトとなった 術中所見から良性腫瘍を疑ったが 腫瘍を損傷しないようにするため 開腹で虫垂切除術を行った 標本所見 : 虫垂先端に白色の被膜を有する 最大径 55 mmの表面平滑 軟な腫瘍を認めた 割を入れたところ 内腔には黄白色のゼリー状の粘液が充満してお - 109-

柴田, 鈴木, 木村 図 1. 腹部 CT 検査所見 : 骨盤内の右側に境界明瞭 単房性で石灰化を伴う 50mm 大の腫瘤を認めた ( 矢印 ) 図 2. 腹部 MRI 検査所見 a) 骨盤内右側に境界明瞭 単房性 T1 強調像で低信号の 50mm 大の嚢胞性腫瘤を認めた ( 矢印 ) b)t2 強調像では 高信号を示していた ( 矢印 ) 図 3. 手術所見 : 虫垂先端に表面平滑 白色皮膜を有する約 50mm 大の嚢胞性腫瘤を認めた 図 4. 切除標本 a) 肉眼所見 : 虫垂先端に最大径 55mm の表面平滑白色の腫瘤を認めた 内腔には黄白色のゼリー状の粘液が充満していた b) 病理所見 : 腫瘍内腔には N/C 比が高い円柱上皮が被覆していた (HE 染色 40) り 内腔には明らかな隆起性病変などの悪性所見は見られなかった ( 図 4a) 病理所見 : 異型度の低い円柱細胞の被覆がみられ 虫垂粘液嚢胞腺腫と診断された ( 図 4b) 切除断端は陰性であった 術後経過 : 経過は良好で 現在まで 再発なく経過している 考察虫垂粘液嚢腫 (mucocele) の発生頻度は全虫垂切除術において 本邦では0.08~4.1% であり 比較的まれな疾患である 1) 組織学的には 1 粘液過形成 (mucosalhyperplasia) 2 粘液嚢胞腺腫 (mucinous cystadenoma) 3 粘液嚢胞腺癌 (mucinouscystadenocarcinoma) に分類される 2) 嚢胞性卵巣腫瘍との鑑別が必要であり 婦人科の手術を契機に診断された虫垂粘液嚢胞腺腫の報告は散見される 画像診断として は CT 像で虫垂全体の腫大 ( 径 15mm 以上 ) や虫垂に連続する嚢胞性病変を認めれば 粘液性腫瘍 ( 腺癌 ) の存在を疑う また 腫大した虫垂周囲に炎症所見が乏しいことも腫瘍性病変の存在を疑わせる 3) また 腫瘤の吸収値は腫瘤内が粘調な粘液のため 様々な値をとる 粘膜の石灰化や内部隔壁が描出されることもある MRI 像ではT1 強調像で低信号 T2 強調像で高信号の腫瘤として描出される 粘調度が増すと 多様な信号値と像を呈する 4) 自験例において 術前診断は右卵巣嚢腫であった 卵巣嚢腫の中でも 漿液性嚢胞腫瘍のCT 像は 単房性であることが多く 内部は均一な水濃度であり 嚢胞壁は薄く平滑であり 石灰化を見ることがあるという特徴を示す 5) MRI 像の特徴としては 嚢胞性で充実成分を含まないこと T1 強調像で低信号 T2 強調像で高信号を呈することが挙げられる 6) これらの所見の多くが 自験例の虫垂粘液嚢胞腺腫にも当てはまるものであった その他にも 鑑別が必要な卵巣腫瘍とし - 110-

卵巣腫瘍と術前診断された虫垂粘液嚢胞腺種の 1 例 表 1. 右卵巣腫瘍と術前診断された虫垂粘液嚢胞腺腫の本邦報告例 ては 粘液性嚢胞腫瘍も挙げられる 粘液性嚢胞腫瘍のCT 像は 漿液性嚢胞腫瘍よりも壁が厚く 多房性で 内容は粘液の性状によって濃度が異なるという特徴がある 5) MRI 像では T1 強調像 T2 強調像ともに粘液により多彩な信号を呈する 6) 虫垂粘液嚢胞腺腫と右卵巣腫瘍の鑑別が困難な理由として 虫垂と右卵巣が解剖学的に近傍に存在することや 画像的な特徴が類似していることが考えられた 両者の鑑別のためには 右下腹部の腫瘤性病変が見られる際には これらの疾患を念頭におき 腫瘤と盲腸や子宮付属器との関係を十分に検討する必要があると考えられた 虫垂粘液嚢腫の切除の際には 腫瘍の損傷による腹腔内の播種が懸念される 石黒らは 損傷なく確実に切除するためには開腹下での切除が望ましいと報告している 4) また Misdraji らは粘液嚢腫を損傷なく切除すれば再発はみとめなかったが 粘液内の上皮細胞が腹膜に播種された場合は著しく予後不良な経過をたどったことを報告している 7) 医中誌で検索したところ 右卵巣腫瘍と術前診断され 婦人科の手術で虫垂粘液嚢胞腺腫と診断された報告は自験例をふくめて9 例であった ( 表 1) 回盲部切除術は3 例 虫垂切除術は6 例に施行されていた 腹腔鏡手術は1 例で 移行もふくむ開腹手術は8 例であった 8)-15) 自験例では 術中所見で腫瘍が表面平滑で浸潤所見が見られないこと 術前の画像検査で腸間膜のリンパ節腫大が見られないことなどから 良性である可能性が高いと考えられた また 虫垂根部側に異常所見がみられなかったことから 回盲部切除ではなく 虫垂切除術で妥当であろうと判断した 腫瘍の被膜破綻を生じないようにするため 開腹にて虫垂切除術を施行した 皮膚切開は 腹腔鏡手術のポートとは別に 通 常の虫垂切除術で行われる交差切開を大きめにおいた 結果として 術中に腫瘍を損傷して粘液を播種させることなく切除することができた 術後の病理所見でも 悪性所見はなく 虫垂粘液嚢胞腺腫であったことから 追加手術は行わずに経過観察とした 腹腔鏡下虫垂切除は一般的な手術手技として 確立しており 腹腔鏡下に虫垂嚢腫を切除した報告も散見され 近年では 単孔式で行った報告もみられる 16) 虫垂粘液嚢腫の場合には 腫瘍の損傷による腹腔内の播種が懸念され 嚢腫の破裂により 腹膜偽粘液腫にいたる症例も報告されており 17) 愛護的な手術操作が重要であると考えられる Yoshida らは 腹腔鏡手術において 虫垂を直接把持することなく ガーゼで被覆することで損傷を防ぐgauzetechnique を報告している 18) 自験例では 術中に婦人科医と交代し そのまま開腹手術に移行したが より正確な術前診断とインフォームドコンセントが得られれば 腹腔鏡手術の適応も検討された 今後の課題としたいと考えている 結語婦人科手術を契機に診断された 比較的まれな疾患である虫垂粘液嚢胞腺腫の1 例を経験したので報告した 本疾患は 骨盤内嚢胞性病変の鑑別診断の1つとして含まれるべきであり 切除の際には腫瘍を損傷して播種させることのないように愛護的な操作を行うことが重要であると考えられた 参考文献 1. 綿貫喆 : 虫垂. 現代外科学大系,36B, 中山書店, 東京,1974,221-223 2. HigaE,RosaiJ,PizzimbonoCA,etal:Mucosal hyperplasia,mucinous cystadenoma,and mucinous cystadenocarcinomaoftheappendix.a Re-evaluation ofappendiceal"mucocele".cancer,1973;32:1525-1541 3. 小川健二 : 消化管の疾患. 腹部のCT 第 2 版, メディカルサイエンスインターナショナル, 東京,2010, 299-321 4. 石黒成治, 森谷宜皓 : 虫垂, 腫瘍, 虫垂粘液嚢胞腺腫. 消化管症候群 ( 第 2 版 ) その他の消化管疾患を含めて. 日臨別冊消化管症候群 ( 下 ),2009,633-635 5. 井筒睦 : 卵巣の疾患. 平松京一編, 腹部のCT, メディカル サイエンス インターナショナル, 東京, 2001,344-362 6. 小山貴, 上田浩之 : 卵巣の疾患. 荒木力編, 腹部の - 111-

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YamagataMedJ(ISSN 0288-030X)2016;34(2):109-113 卵巣腫瘍と術前診断された虫垂粘液嚢胞腺種の1 例 A caseofmucinouscystadenoma oftheappendix preoperatively diagnosed asan ovarian tumor Kenich Shibata*,Akira Suzuki**,Wataru Kimura* *DepartmentofGastroenterological,General,BreastandThyroidSurgery, YamagataUniversityFacultyofMedicine **SakataMedicalCenter ABSTRACT A 66-year-old woman wasadmited toourhospitalafterdiagnosisofrightovarian tumorby ultrasonography ather former clinic.computed tomography and magnetic resonance imaging examinationdidnotcontradictthisdiagnosis.laparoscopicresectionoftherightovarywasscheduled, buttherightovarywasfoundtobenormalduringtheoperation.therewasasmooth-surfacedtumorat thedistalendoftheappendixapproximately50mm insize.wewereconsultedduringtheoperation, andweperformedanopenappendectomytoavoidcolapsingthetumor.thetumorhadacystof approximately55mm insizecontaininglightyelowishmucinous.pathologicalexaminationrevealed thatitwasamucinouscystadenomaoftheappendix.herpostoperativecoursewasuneventfulandhad nosignsofrecurrence.wereportacaseofmucinouscystadenomaoftheappendixpreoperatively diagnosedwitharightovariantumor,withadiscussionaboutitsclinicalfeaturesandareview ofpast literature. Keywords:mucinouscystadenomaoftheappendix,ovariantumor - 113-