Erythema and erythroderma 章紅斑 紅皮症 紅斑をきたす疾患は多岐にわたる. 紅斑は真皮乳頭および乳頭下層での血管拡張, 充血により生じる紅色の斑であり, ガラス板による圧迫で色調が消退するものと定義される. したがって, 蕁麻疹や乾癬, 感染症, 悪性リンパ腫なども紅斑を呈しうる疾患である. 本章では, 狭義の意味での紅斑を主症状とする疾患, および紅斑が拡らくせつ大し, 全身に潮紅や落屑をきたす紅皮症について解説する. 紅斑 erythema A. いわゆる紅斑 erythema dominated disorders 1. 多形紅斑 erythema multiforme;em 同義語 : 多形滲出性紅斑 (erythema exsudativum multiforme;eem) やや隆起する特徴的な環状浮腫性紅斑が, 手背や四肢伸側な どに対称性に多発する. 若年, 中年に多い. 感染症 ( とくに単純疱疹やマイコプラズマ肺炎 ) や薬剤に対 するアレルギー反応が主な病因である. S スティーブンス tevens-johnson ジョンソン症候群や TEN に発展する症例もある. ステロイド外用および内服により改善するが再発も多い. a 分類主に皮膚のみに病変が限定するものと, 全身症状を伴い粘膜病変を有するものとに大別される. 前者を EM minor, 後者を EM major と呼ぶが,EM major は Stevens-Johnson 症候群 ( 次項 ) とほぼ同義, あるいは病初期と考えられる. 症状多くの場合, 四肢伸側の関節部 ( 手背, 足背, 肘, 膝など ) に対称性に生じる. 紅色丘疹ではじまり, 遠心性に拡大して直径 6 20 mm ほどの類円形 不整形の境界明瞭な紅斑となる ( 図.1). 典型的な個疹では, 紅斑の中心に陥凹や発赤の増強がみられ, 特徴的な標的状病変 (target lesion) ないし虹彩状 (iris formation) の外観を呈する. 皮疹は数日にわたって生じ, 新旧が混在し多形を呈する. 皮疹が融合して地図状となることもあそうようる. 炎症が強い場合は水疱形成をみることもある. 瘙痒の程度は症例によりさまざまである. 12 b 図.11 多形紅斑 (erythema multiforme) a: 手背.b: 肘部.5 mm~2 cm 大までの浮腫性の境界明瞭な滲出性紅斑. 一部では中心部が陥凹している.
130 章紅斑 紅皮症 若年 中年の女性に好発し, 春 夏季に多い. 発熱や咽頭痛などの感冒様症状や感染症が先行することがある. とくに単純ヘルペスウイルスが原因とみなされる例では, 単純疱疹の発症後 1 3 週間経過して本症を生じる場合が多い 単純疱疹後多形紅斑 (postherpetic EM). 病因表.1 に示すように, 感染症や薬剤など多くのものが病因となる. 本症の血中や組織中に免疫複合体がみられることから, 病因として単純ヘルペスウイルス抗原などに対するⅢ 型アレルギーが想定されている. また, 病理組織学的にリンパ球の浸潤や角化細胞の HLA-DR 抗原や ICAM-1 の発現がみられており, 接触皮膚炎症候群 (7 章 p.107 参照 ) でも多形紅斑を認めることから,Ⅳ 型アレルギーの関与も考えられる. 病理所見初期は表皮真皮接合部へのリンパ球浸潤と基底細胞の液状変性を認める. 進行すると表皮内へリンパ球が浸潤し, 異常角化や表皮下水疱などを呈する. とくに, 異常角化細胞に数個のリンパ球が接着する状態を衛星細胞壊死 (satellite cell necrosis) という. 図.12 多形紅斑 (erythema multiforme) 手背から前腕伸側にかけて生じたもの. 紅斑の中心は陥凹して特徴的な標的状あるいは虹彩状の外観を呈している. 一部の皮疹は拡大し融合している. 検査所見炎症を反映して CRP 陽性, 赤沈亢進がみられる. 原因によっては, 単純ヘルペスウイルス抗体価, マイコプラズマ抗体価, ASO 値などの上昇を認める. 細菌感染が関与する場合は好中球増多となる. 診断 鑑別診断 診断は皮疹の性状および分布から比較的容易である. 感染症 などの既往を, 問診を行って聴取する. 薬剤の関与が疑われる 表.2 多形紅斑との鑑別疾患 表.1 多形紅斑の原因 原因 感染症 薬剤アレルギー 膠原病, アレルギー性疾患その他の原因 詳細 ウイルス ( 単純ヘルペスウイルスなど ), 細菌 ( レンサ球菌, マイコプラズマ, 非結核性抗酸菌など ), 白癬, クラミジア, リケッチアなど抗菌薬,NSAIDs, 抗けいれん薬, 抗悪性腫瘍薬などによる.10 章も参照昆虫アレルギー, 膠原病 ( とくに SLE), サルコイドーシス,Crohn 病など寒冷刺激, 造血器腫瘍など
紅斑 / A. いわゆる紅斑 131 場合は薬剤リンパ球刺激試験 (DLST) やパッチテストを考慮する (5 章参照 ). 本症の鑑別診断は, 表.2 を参照のこと. 治療 予後病因を解明することが, 再発を防ぐ意味からも重要である. 感染症が原因である場合はその治療を行う. 皮疹に対してはステロイド外用, 抗ヒスタミン薬内服などを行う. 粘膜疹が出現した場合は Stevens-Johnson 症候群への移行に注意し, 早期のステロイド全身投与を検討する. 本症は 2 4 週間で自然治癒するが, とくに単純ヘルペスウイルスが原因である場合は再発を繰り返すことがある. 単純疱疹の予防的内服療法も考慮する. 2.S スティーブンス tevens-j ジョンソン ohnson 症候群 Stevens-Johnson syndrome;sjs 同義語 : 粘膜皮膚眼症候群 (mucocutaneous ocular syndrome), 重症型多形紅斑 (EM major) 多形紅斑に加え, 粘膜, 眼病変を有し, 発熱や関節痛など全身症状を伴う. TEN に発展する場合がある. 病期と症状にあわせ, ステロイドの全身投与, ときにステロイドパルス療法. 症状に応じた全身管理を行う. 定義多形紅斑が広範に出現し, 眼や粘膜病変, および全身症状を伴うものをいう. 原因の多くは薬剤であり, 年間 100 万人あたり 1 10 人の発症がある. TEN へ発展することもある (10 章 p.145 参照 ). 図.21 中年女性に認められた Stevens-Johnson 症候群 (Stevens-Johnson syndrome) 多形紅斑が急速に全身に広がり, 背部では融合して局面を呈している. 辺縁部の出現早期の個疹は多形紅斑の特徴を有していることが特徴的である. 症状高熱, 全身倦怠感, 関節痛, 筋肉痛, 胸痛, 胃腸障害などの全身症状とともに, 急速に多形紅斑が出現する ( 図.2). 多形紅斑は水疱や出血を伴うことが多く, 典型的な標的状病変とは異なる (atypical target lesion). 一部ではびらんを形成する. 四肢伸側のみならず, 顔面や体幹など全身皮膚に生じる. 粘膜および皮膚粘膜移行部の病変も強く, 眼瞼周囲や口腔 口囲, 外陰部に発赤やびらんを生じ, 膿汁や血痂を伴う. 疼痛が強く, 摂食障害や排泄障害をきたすことがある. 肝 腎機能障害を伴うこともある. また, 眼では結膜炎や角結膜上皮欠損, 偽膜形成, 角膜混濁などをきたし, 治癒後も失明など重い後遺症を残
132 章紅斑 紅皮症 図.22 Stevens-Johnson 症候群 (Stevens-Johnson syndrome) 一部にびらん, 水疱形成を認める ( 矢印 ). すことがあるため専門医との連携が重要である. 病理所見多形紅斑 ( 前項 ) を参照. 角化細胞の壊死や個細胞角化 ( 衛星細胞壊死 ) を認め, 基底部の液状変性や真皮浮腫も観察される. 診断 鑑別診断皮膚粘膜移行部のびらん, 全身の紅斑, 水疱, びらんや全身症状に加え, 皮膚の迅速病理検査で表皮の壊死性変化が認められれば Stevens-Johnson 症候群の診断は可能である. 診断基準を表.3 に示す. 原因を明らかにするため, 薬剤内服の有無を詳細に聴取する. また, 単純ヘルペスウイルスおよびマイコプラズマ抗体価を測定し, 咽頭培養や胸部 X 線写真を撮影する. 急激に病変が拡大した場合は TEN に移行したと考える (10 章 p.145 参照 ). SJS/TEN の医療費助成 治療早期診断および早期治療が予後の改善につながるため, 診断されたら直ちに入院してステロイド全身投与 ( 内服, 静脈投与あるいはステロイドパルス療法 ) を行う. 眼科へのコンサルトも必須である. 原因に薬剤が疑われた場合は, 直ちに中止 変更して薬剤リンパ球刺激試験 (DLST,5 章 p.76 参照 ) の実施を考慮する. 皮膚のびらんに対しては熱傷の治療に準じ, 外用薬や補液などの全身管理を行う.
紅斑 / A. いわゆる紅斑 133 表.3 Stevens-Johnson 症候群の診断基準 主要項目 1. 主症候 1 体表面積の 10% 未満のびらんもしくは水疱 2 皮膚粘膜移行部の重篤な粘膜病変 ( 出血性あるいは充血性 ) 3 38 以上の発熱 4 皮疹は非典型的ターゲット状多形紅斑 2. 病理所見表皮の壊死性変化を認める 3. 眼科的所見角結膜上皮欠損 ( フルオレセインで面状に染色される ) と偽膜形成のどちらかあるいは両方を伴う両眼性の急性結膜炎 参考事項 TEN への移行がありうるため, 初期に評価を行った場合には, 極期に再評価を行う診断基準 主症候 1から3のすべてを満たすもの. または, 主症候 1,2,4のすべてを満たし, かつ病理所見を満たすもの 眼病変が重視されるため, 眼科的所見を満たし, かつ主症候 1,2,4の 1 つ以上の項目を満たすもの ( 難病情報センター http://www.nanbyou.or.jp/ から引用 ) 予後適切な治療を行わないと TEN に発展することがあるほか, 肺炎や腎不全などにより死亡することもある. 重症例では, 角膜混濁や結膜癒着が後遺症として残ることが多い. 3.S スイート weet 症候群 Sweet s syndrome 同義語 : 急性熱性好中球性皮膚症 (acute febrile neutrophilic dermatosis),sweet 病 (Sweet s disease) 顔面や関節部に出現する, 疼痛を伴う隆起性の紅斑. 発熱, 好中球増多, 関節痛を伴う. 病理組織学的に真皮に密な好中球浸潤を認める. 血管炎はない. 骨髄異形成症候群, 白血病などの造血器腫瘍に合併しやすい. 治療は NSAIDs, コルヒチン, ヨウ化カリウム, ステロイド内服が有効. 症状中年の顔面や項頸部, 前腕, 手背に好発する. 感冒や上気道炎などの前駆症状の数日 4 週後に, 突然 40 前後の高熱とともに 10 25 mm 程度の境界明瞭な有痛性の鮮紅色 暗紅色の浮腫性紅斑が多発する ( 図.3). 表面は粗大な顆粒状の外観を呈し, 周囲に小水疱や膿疱を認めることもある. 中央がくぼんで環状 ( 辺縁隆起性 ) を呈したり, まれに潰瘍を形成した 図.3 Sweet 症候群 (Sweet s syndrome)
134 章紅斑 紅皮症 表.4 Sweet 症候群を合併しやすい疾患 りすることもある. 下腿に生じると結節性紅斑に類似する. 下腿に皮疹を呈し, 口腔内アフタを伴った場合は B ベーチェット ehçet 病 (11 章 p.162 参照 ) との鑑別が重要になる. 病因レンサ球菌などに対する過敏反応が生じ, 顆粒球コロニー刺激因子 (G-CSF) や IL-6 の関与のもと好中球が活性化されて発症すると考えられているが, 病因は明らかとなっていない. 合併症 本症は種々の疾患を背景に生じうることが知られており, とくに血液疾患 ( 骨髄異形成症候群や急性骨髄性白血病など ) は悪性腫瘍合併例の 80% 以上を占める. その他の内臓悪性腫瘍, 膠原病など ( 表.4) も報告されている. また,G-CSF 製剤投与を契機として本症を発症することもある. 図.4 Sweet 症候群の病理組織像真皮全層で多数の好中球の浸潤を認める. しかし, 明らかな血管炎の所見を欠いている. 紙幣状皮膚 (paper money skin) 病理所見 ちゅうみつ真皮上層から中層の血管周囲に好中球が稠密に浸潤する ( 図.4). 表皮の変化や血管炎 ( フィブリノイド変性 ) はない. 慢性化すると, 好中球に代わってリンパ球浸潤を認める. 検査所見 診断 著しい白血球増多 ( とくに好中球増多 ) を認め, 炎症所見を 反映して赤沈亢進,CRP 高値を呈する. レンサ球菌が関与する場合は ASO が高値になることもある. 各種疾患を背景として発症しうるため, 血液疾患や内臓悪性腫瘍, 自己免疫疾患の検索が必要となる. 治療 NSAIDs, ヨウ化カリウム, コルヒチンの内服. ステロイド内服は劇的に回復させるが, 基礎疾患を隠蔽することがあるため重症例に対してのみ投与する. 抗菌薬は無効である. 4. 手掌紅斑 palmar erythema さまざまな原因によって生じる手掌 ( 場合によっては足底も ) のびまん性紅斑である. 血中エストロゲン上昇 ( とくに妊娠や肝機能障害 ) に関連して生じることが多い. 膠原病 (SLE, 皮膚筋炎, 関節リウマチなど ) や慢性肺疾患などでもみられる. まれに健常人においても生じる.