色の変わる配位化合物 金属錯体の クロモトロピズム 2002 年度水曜班 はじめに 古くから 無機化合物は 陶磁器やガラスの着色に また古代壁画の顔料として使われ 今なおすばらしい色を残しています われわれの身のまわりを見ても 乾燥剤として使用する青色シリカゲルやプルシアンブルーなど有色遷移金属化合物の例は数多くあります このような着色物質の色が 溶媒に溶かしたときや温度変化によってさらに変化することがあります これはクロモトロピズムと総称されています 水曜班の実験では 遷移金属塩の中で 簡単に手に入る塩化コバルトのクロモトロピズム ならびにニッケル錯体の合成とそのクロモトロピズムを通して その色と色変化から錯体の重要性について学んでみたいと思います 原理 サーモクロミズム サーモクロミズムという名前はご存じの方も多いと思いますが 簡単に言ってしまえば温度変化に伴って物質の色が可逆的に変化する現象のことを指してサーモクロミズムと呼んでいるのです サーモクロミズムを示す物質は, 機能性材料としても使われています ソルバトクロミズムある金属イオンを含む錯体の配位結合 ( たとえば六配位八面体 四配位平面型 あるいは四面体というような構造 ) の違いによって それぞれの錯体の色は決まっています 溶液中で溶媒の極性に応じてさらに変化することを指してソルバトクロミズムと呼んでいるのです いいかえれば 錯体の構造変化によって色が変化することです 上記の2つのような色変化を総称してクロモトロピズムと呼んでいます
なぜ金属錯体が発色するか? 前で述べたサーモクロミズムとソルバトクロミズムによって金属錯体は色変化を起こすわけですが それでは そもそもなぜ金属錯体は発色するのでしょうか? そこには電子遷移による発色原因があります 主な発色を起こす電子遷移には次の4つが考えられます 1) d-d 遷移による ( 配位子場吸収帯 ) 2) CT 遷移による ( 電荷移動吸収帯 ) 3) 原子価間遷移による ( 混合原子価吸収帯 ) 4) 配位子の特性吸収による この実験での錯体の色変化は 主に1)d-d 遷移による発色機構であるため それについて詳しく述べたいと思います 錯体が多彩な色を呈するのは 中心金属イオン内に充満したd 電子が存在するためだと考えられます d 電子が配位子のつくる対称によって分裂し 基底状態にある電子配置から可視光を吸収して電子がエネルギー的に高いd 軌道へと跳び移るとき つまり励起状態へ遷移することが選択的な光の吸収であるとき 錯体が色を呈するのです このような構造変化を起こす際に強く影響を与えるのは 溶媒の極性です これには 双極子モーメント 誘電率など 様々なパラメーターが出されていますが ここで述べる錯体と溶媒の相互作用に関しては 溶媒のドナー性 ( 電子供与性 ; ルイス塩基性 ) アクセプター性( 電子受容性 ; ルイス酸性 ) が重要な寄与をすると考えられます 次の表に溶媒の極性パラメーターを示しました 数値が大きいほどドナー性 アクセプター性が大きいことになります 表 1 ( 表題なし ) 溶媒 μ ε DN N アセトン 2.86 20.7 17 12.5 アセトニトリル 3.44 36 14.1 18.9 1,2-ジクロロエタン 1.75 10.1 0 16.7 エタノール 1.7 24.3 37.9 メタノール 1.7 32.6 19.1 41.5 水 1.84 78.5 16.4 54.8 μ: 双極子モーメント,ε: 誘電率,DN: ドナー数,AN: アクセプター数
1 塩化コバルトのクロモトロピズム 塩化コバルトが溶媒に溶ける反応は発熱反応であり 以下のように反応式が立ちま す このときこの可逆な式は 低温では反応は右に 高温では左に傾きます [CoCl 2 (Solv) 2 ] + 4Solv [Co(Solv) 6 ] 2+ + 2Cl - (solvated) Solv: 溶媒分子 Solvated: 溶媒和を示す ここで重要なのは 左辺に見られる塩化コバルトから遊離してくる Cl - イオンを 溶媒分子がどれだけ安定に溶媒和できるかにかかっていることです 水のようなプロトン性溶媒では文句なく反応は右側に進むが アセトンのような非プロトン性溶媒では アクセプター性がきわめて小さいため Cl - を溶媒和できません そのためコバルトイオンに配位して安定化するのです 最終的にいくら低温にしたところで遊離の塩化物イオンはできず2 種類の塩化コバルト水和物となるしかなくなるのです 2[CoCl 2 (Solv) 2 ] + 2Solv [CoCl 3 (Solv)] - + [CoCl(Solv) 5 ] + このとき 塩化物イオンの配位した四面体コバルト錯体の吸光度が八面体コバルト錯イオンの吸光度の約 100 倍の強度をもつため 右辺の [CoCl 3 (Solv)] - のコバルトブルーの色を呈するのです 2 ニッケル錯体のクロモトロピズム 塩化コバルト溶液に比べ二座配位子を含み 安定な錯体です 実験で合成した混合配位子錯体 Ni(acac)(tmen)X(X=B(C 6 H 5 ) 4-,NO 3- など ) は X( 陰イオン ) の配位能に応じて四配位平面型 八面体型が得られます 前者の平面型は 配位不飽和を起こし 溶液中でさらに残った2つの配位座を溶媒が占有することで 六配位八面体構造に変化しやすいと考えられます このとき わずかな温度の違い ドナー性の変化によって 平面型 八面体型の構造変化が見られます [Ni(acac)(tmen)] + + 2Solv [Ni(acac)(tmen)(Solv) 2 ] + 赤 ( 平面型 ) 緑 ( 八面体型 ) ここで 配位子としては立体障害の大きなテトラメチルエチレンジアミン (tmen) と立体障害の小さなアセチルアセトン (acac) を用いていることが重要です tmen は立体的に混み合って高さを持った構造であり 双方の配位子とも錯体の外側にたくさんのアルキル基が張り出した形をとり 中心金属と親水的な配位原子をシールドし
錯体全体はいくらか疎水的性質を持つことになります これによって多数の有機溶媒に可溶となる要因となるのです 平面型と八面体型の変化はソルバトクロミズムとサーモクロミズムは 溶液のドナー性に依存するわけで アセチルアセトンのような配位能力の強い溶媒中では緑が 1,2-ジクロロエタンのような配位能力の弱い溶媒中では赤が見えてきます そして アセトンのような中間の配位能の溶媒中では温度によって赤 緑の変化がみられます 実験 試薬 塩化コバルト六水和物 (CoCl 2 6H 2 O) 硝酸ニッケル六水和物 (Ni(No 3 ) 2 6H 2 O 塩化アンモニウム (NH 4 Cl) アセチルアセトン (CH 3 COCH 2 COCH 3 ) N,N,N',N'-テトラメチレンエチルジアミン ((CH 3 ) 2 NCH 2 CH 2 N(CH 3 ) 2 ) テトラフェニルホウ酸ナトリウム ( カリボール )(NaB(C 6 H 5 ) 4 ) 炭酸ナトリウム (Na 2 CO 3 ) メタノールエタノールアセトンアセトニトリル 1,2-ジクロロエタン蒸留水ドライアイス器具 ビーカー (50ml) メスシリンダー (20ml) 試験管試験管立てガラス棒薬さじマグ ネチックスターラー駒込ピペットガラスフィルター電子天秤 操作 塩化コバルトのクロモトロピズム 1. 薬さじで 固体の塩化コバルトを少量 ( 約 0.1g) ずつ4 本の試験管にとりわけ それぞれを約 5ml の水 (Aとする) メタノール(Bとする) エタノール(Cとする) アセトン (Dとする) に溶かします 2. 各試験管の溶液の色を観察する 次にこれらの溶液の入った試験管を熱湯 氷 アセトン-ドライアイスに浸して それぞれの溶液の色変化を見ます ( 注意 : アセトンは沸点が 56.5 なので それ以上の温度にならないようにすること )
3. 水溶液 Aの半分 (2.5ml) を別の試験管に取り それに塩化アンモニウムを約 1 g 加え そのときの溶液の色変化を観察します ( 溶液をEとします ) さらにこの試験管を熱湯 氷につけて溶液の色変化を観察します 4. メタノール溶液 (B) を使って ろ紙に筆で絵を描き 乾燥させます 次にこの乾燥したろ紙をドライヤーで暖めてみます さきに描いた絵が青く浮かび上がり きれいなあぶり出しが見られます これを湿度の高い空気中に放置しておくとまた色が消えます ニッケル混合配位子錯体 Ni(acac)(tmen) B(C 6 H 5 ) 4 の合成 1. 硝酸ニッケル (2.90g 0.010mol) をエタノール 30ml に溶かし これに tmen(1.71g 0.015mol) アセチルアセトン(Hacac 1.00g 0.010mol) を加え よくかき混ぜます 2. この溶液に Na 2 CO 3 (0.53g 0.005mol) を固体のまま少しずつ加え 約 20 分間かくはんした後 未反応の Na 2 CO 3 をろ過して取り除きます この溶液をホットプレート上で加熱して 15ml くらいまで濃縮し室温に放置します きれいな緑色結晶が得られます 3. 再結晶は 1,2-ジクロロエタンを用いて行います この結晶を 1,2-ジクロロエタンに溶かして 1.5 倍量の (C 6 H 5 ) 4 を固体のまま加えます よくかき混ぜていると 溶液の色は緑から強い赤に変化します ろ過して濃縮すると 赤橙色結晶が得られます ろ過して結晶を取り出し 1,2-ジクロロエタンに溶かして再結晶を行います ニッケル錯体のクロモトロピズム 1. 前の実験で合成したニッケル錯体を少量 (0.05g) ずつ3 本の試験管に分けます 約 5ml の 1,2-ジクロロエタン (a とします ) アセトン(b とします ) 約半量(2.5ml) のアセトニトリル (cとします) を加えて溶かします 2. 各試験管の溶液の色を観察します 次にこれらの溶液の入った試験管を熱湯 氷 アセトン-ドライアイスに浸してそれぞれの溶液の色変化を見ます 3. エタノール溶液を使って ろ紙に先ほどと同様に筆で絵を描き ドライヤーで乾燥させます さきに描いた絵が赤く浮かび上がり きれいなあぶり出しがみられます これにメタノールやエタノールの蒸気にさらすとまた色が消えます
結果 1 塩化コバルト溶液のクロモトロピズム 表 2 ( 表題なし ) 溶液の記号 ( 溶媒 ) A(H 2 O) B(MeOH) C(EtOH) D(Me 2 CO) E(NH 4 Cl) 熱湯 (60 ) ピンク 濃紺 濃紺 濃紺 紺 室温 (25 ) ピンク 青紫 紫 濃紺 赤紫 氷 (0 ) ピンク ピンク 濃紺 濃紺 ピンク ドライアイス + アセトン (-80 ) ピンク ピンク明るい水色 A 水 B メタノール C エタノール D アセトン E 塩化アンモニウム なお A と E のドライアイス + アセトンは 溶媒が即座に凍るため色の判定はできない ものとします 2 ニッケル錯体のクロモトロピズム 表 3 ( 表題なし ) 溶液の記号 ( 溶媒 ) A(DCE) b(me 2 CO) 熱湯 (60 ) 赤 赤 室温 (25 ) 赤 茶色 氷 (0 ) 赤 淡茶色 ドライアイス + アセトン (-80 ) 淡緑色 a 1,2- ジクロロエタン b アセトン
考察 今回の実験は 研究と言うよりも実験学習といった面が強いものとなりました 実験に関しては特に難しい操作は含まれていません クロモトロピズムを通して どのような機構で錯体の色が変化するのかということの学習に重点を置き実験しました 操作ではろ過 再結晶などをきちんと行い 目的のニッケル混合配位子錯体を確実に合成していくことは あらゆる実験において重要な点であることは言うまでもありません さて結果に関してですが 塩化コバルト溶液のクロモトロピズムでは B( メタノール溶媒 ) と C( エタノール溶媒 ) の室温における色変化が思ったよりも確認できませんでした これは 3 月の室温における気温が低く 原理で述べたコバルトブルーがしっかりと現れなかったと考えられます ニッケル錯体のクロモトロピズムは b( アセトン溶媒 ) の室温 (25 ) と氷 (0 ) において茶色が見られましたが これは熱湯 (60 ) と ドライアイス+アセトン (-80 ) においてそれぞれ赤色と淡緑色が見られることから 平衡状態の中間色と考えることができます 参考文献 プログラム学習錯体化学 水町邦彦 福田豊共著講談社 1991 楽しい化学の実験室 Ⅱ Farideh Jalilehvand 福田豊 ( 執筆担当 ) 東京化学同人 1995 無機錯体, キレート錯体 ( 実験化学講座 17) 木田茂夫丸善 1991 班員 チーフ 2C 戸田晴彦サブチーフ 2C 河合宏紀 2C 岩間昭智 2C 住大依子 2C 本多慶彦 2C 小島雅彦 2C 茅原真理子