金融調査研究会報告書 新次元の金融政策のあり方

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第1章

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日本において英語で経済学を教えるとは?

各資産のリスク 相関の検証 分析に使用した期間 現行のポートフォリオ策定時 :1973 年 ~2003 年 (31 年間 ) 今回 :1973 年 ~2006 年 (34 年間 ) 使用データ 短期資産 : コールレート ( 有担保翌日 ) 年次リターン 国内債券 : NOMURA-BPI 総合指数

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平成23年11月1日

別紙2

現代資本主義論

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ロシア 3節 第 第3節 ロシア 1 マクロ経済動向 ロシア経済は 緩やかな回復基調にある 2014 年 7 以下 輸出 個人消費 消費者物価 金融市場の動 月以降のウクライナ危機発生及びクリミア併合に伴う 向を中心に概観する 欧米からの経済制裁に加え 2015 年以降 原油価格 の下落を主因として

物価の動向 輸入物価は 2 年に入り 為替レートの円安方向への動きがあったものの 原油や石炭 等の国際価格が下落したことなどから横ばいとなった後 2 年 1 月期をピークとし て下落している このような輸入物価の動きもあり 緩やかに上昇していた国内企業物価は 2 年 1 月期より下落した 年平均でみ

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資料 2 経済成長 発展について 平成 26 年 2 月 24 日内閣府

第 3 節食料消費の動向と食育の推進 表 食料消費支出の対前年実質増減率の推移 平成 17 (2005) 年 18 (2006) 19 (2007) 20 (2008) 21 (2009) 22 (2010) 23 (2011) 24 (2012) 食料

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1. 30 第 2 運用環境 各市場の動き ( 7 月 ~ 9 月 ) 国内債券 :10 年国債利回りは上昇しました 7 月末の日銀金融政策決定会合のなかで 長期金利の変動幅を経済 物価情勢などに応じて上下にある程度変動するものとしたことが 金利の上昇要因となりました 一方で 当分の間 極めて低い長

. 物価の現状 消費者物価は 物価の基調を表すコアコア ( 生鮮食品及びエネルギーを除く総合 ) でみると 年後半に前年比でプラスに転じた後 年後半以降前年比 % 近傍となり横ばいが続いている なお エネルギーを含むコアでみると エネルギー価格の上昇により 7 年には前年比でプラスに転じた GDP

長と一億総活躍社会の着実な実現につなげていく 一億総活躍社会の実現に向け アベノミクス 新 三本の矢 に沿った施策を実施する 戦後最大の名目 GDP600 兆円 に向けては 地方創生 国土強靱化 女性の活躍も含め あらゆる政策を総動員することにより デフレ脱却を確実なものとしつつ 経済の好循環をより

2. 利益剰余金 ( 内部留保 ) 中部の 1 企業当たりの利益剰余金を見ると 製造業 非製造業ともに平成 24 年度以降増加傾向となっており 平成 27 年度は 過去 10 年間で最高額となっている 全国と比較すると 全産業及び製造業は 過去 10 年間全国を上回った状況が続いているものの 非製造

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1. 30 第 1 運用環境 各市場の動き ( 4 月 ~ 6 月 ) 国内債券 :10 年国債利回りは狭いレンジでの取引が続きました 海外金利の上昇により 国内金利が若干上昇する場面もありましたが 日銀による緩和的な金融政策の継続により 上昇幅は限定的となりました : 東証株価指数 (TOPIX)

経済財政モデル の概要 経済財政モデル は マクロ経済だけでなく 国 地方の財政 社会保障を一体かつ整合的に分析を行うためのツールとして開発 人口減少下での財政や社会保障の持続可能性の検証が重要な課題となる中で 政策審議 検討に寄与することを目的とした 5~10 年程度の中長期分析用の計量モデル 短

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マイナス金利付き量的 質 的金融緩和と日本経済 内閣府経済社会総合研究所主任研究員 京都大学経済学研究科特任准教授 敦賀貴之 この講演に含まれる内容や意見は講演者個人のものであり 内閣府の見解を表すものではありません

第 1 四半期運用実績 ( 概要 ) 運用利回り +1.54% 収益率 ( ) ( 第 1 四半期 ) (+1.02% 実現収益率 ( )) 運用収益額 +3,222 億円 総合収益額 ( ) ( 第 1 四半期 ) (+1,862 億円 実現収益額 ( )) 運用資産残高 ( 第 1 四半期末 )

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定期調査の質問のうち 代表的なものの結果 1. 日本の株価を 企業のファンダメンタルズと比較してどう評価するか 問 1. 日本の株価は企業の実力( ファンダメンタルズ ) あるいは合理的な投資価値にくらべて 1. 低すぎる 2. 高すぎる 3. ほぼ正しく評価されている 4. わからないという質問で

2 1. 交 易 条 件 の 改 善 の 影 響 輸 出 輸 入 デフレーターの 動 向 と 交 易 条 件 まずは GDP デフレーターの 動 向 を 見 ていこう GDP デフレー ターは 前 期 の 94.2 から 94.6 へと 0.4% 増 加 している GDP デフレーター 14 年 I

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このジニ係数は 所得等の格差を示すときに用いられる指標であり 所得等が完全に平等に分配されている場合に比べて どれだけ分配が偏っているかを数値で示す ジニ係数は 0~1の値をとり 0 に近づくほど格差が小さく 1に近づくほど格差が大きいことを表す したがって 年間収入のジニ係数が上昇しているというこ

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2 / 6 不安が生じたため 景気は腰折れをしてしまった 確かに 97 年度は消費増税以外の負担増もあったため 消費増税の影響だけで景気が腰折れしたとは判断できない しかし 前回 2014 年の消費税率 3% の引き上げは それだけで8 兆円以上の負担増になり 家計にも相当大きな負担がのしかかった

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サマリー 1 市場の関心は米大統領選の行方に集まっています 世論調査においてドナルド トランプ氏の優勢が報じられると 市場の更なる丌確実性が懸念され リスク資産からの資金流出が記録されました 10 月の MSCI 世界株価指数はマイナス 2.01% MSCI 新興国株価指数は 0.18% と新興国が

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中国におけるインフレの行方 中国経済は減速しているものの 過熱の解消にはまだ至っていない 年 9 月のリーマン ショックを受けて 中国は輸出が大幅に落ち込み 景気後退を余儀なくされたが 兆元に上る内需拡大策や 金利と預金準備率の大幅な引き下げをはじめとする拡張的財政 金融政策が実施されたことを受けて

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平成14年1月20日

Transcription:

第 3 章 いくつかの相対価格から見た新次元金融政策の効果と限界について 齊藤誠 Ⅰ. はじめに 金融政策の効果を議論するときには 名目金利や物価水準などの名目経済変数に焦点をあてることが多い しかし 長い期間にわたってゼロ近傍で推移してきた名目金利や横ばいで推移してきた物価水準を観察していても 金融政策のインパクトを確認することは困難である そこで本稿では 名目変数ではなく 異なる価格のペアーから計算された相対価格を加味した実質変数に注目しながら 金融政策が日本経済に対してどの程度の影響があったのかを見ていきたい まずは 輸出物価と輸入物価の相対比である交易条件の動向に着目する さらには 交易条件の影響を加味した実質 GDIや実質 GNI あるいは 交易条件に左右される実質雇用者報酬の動向を分析する 次に 物価連動国債の利回りとして表れる実質金利の動向に着目する さらには 実質金利と名目金利の比較から導かれる期待インフレ率や 二国間の実質金利格差に影響を受ける実質為替レートについて それらの動向を分析していく これらの実質変数の動向を踏まえた上で 実質為替レートと貿易収支の関係 実質金利と消費 投資の関係を分析する 以上の分析を踏まえながら 異次元金融緩和の実態経済への直接的 間接的な影響は限定的であって ( 正確にいうと 2012 年末から2013 年春までの金融緩和期待によって政策効果は出尽くしてしまった ) 2013 年以降の米国の名目 実質金利の上昇傾向や2014 年から2016 年にかけての原油などの輸入原材料価格の下落による交易条件の改善が 実質面で見た日本経済の良好なパフォーマンスを支えていたことを明らかにする II. 国際環境の指標としての交易条件 第 2 節では 1 2014 年半ばから2016 年半ばにかけて原油をはじめとした原材料の国際価格が大きく低下したことから交易条件が大幅に改善したこと 2 その結果として 実質 GDIや実質 GNIで見た経済成長率が改善したこと 73

3 同時に 実質雇用者報酬も大きく増加したこと を明らかにしていく すなわち 同期間における実質面で見たマクロ経済パフォーマンスの良好さは 原油などの原材料安を起因とする交易条件の改善によってもたらされていた 原油安の影響は インフレ目標達成の障害のようにいわれて 積極的な評価を受けてこなかったが 実は その間の日本経済の動向を下支えしていた 1. 原油安と交易条件の改善交易条件とは 1 単位の輸出と1 単位の輸入の交換によって得られる交易利得 あるいは 交易損失を示している 通常 交易条件比率は 円建ての輸出価格を円建ての輸入価格で除した比率が用いられる こうして定義された交易条件比率は それが上昇するほど より安い価格で輸入し より高い価格で輸出していることから 交易条件が改善することを示している 逆に 交易条件比率が低下するほど 交易条件が悪化することを示す 図 2-1は 日本銀行が報告している円建て輸出入物価指数から求めた交易条件をプロットしたものである 2008 年 9 月のリーマンショックの直後に急激に改善した交易条件は 2014 年前半まで悪化する傾向にあった しかし 2014 年半ばごろから2016 年半ばまで大幅に改善した 具体的には 2014 年 6 月に0.87であった交易条件比率は 2016 年 8 月に1.09まで25% 上昇した しかし その後は 交易条件が若干 悪化してきている 図 2-1 交易条件 ( 円ベース輸出物価指数 / 円ベース輸入物価指数 ) 1.70 1.60 1.50 1.40 1.30 1.20 1.10 1.00 0.90 0.80 0.70 2000 年 1 月 2000 年 7 月 2001 年 1 月 2001 年 7 月 2002 年 1 月 2002 年 7 月 2003 年 1 月 2003 年 7 月 2004 年 1 月 2004 年 7 月 2005 年 1 月 2005 年 7 月 2006 年 1 月 2006 年 7 月 2007 年 1 月 2007 年 7 月 2008 年 1 月 2008 年 7 月 2009 年 1 月 2009 年 7 月 2010 年 1 月 2010 年 7 月 2011 年 1 月 2011 年 7 月 2012 年 1 月 2012 年 7 月 2013 年 1 月 2013 年 7 月 2014 年 1 月 2014 年 7 月 2015 年 1 月 2015 年 7 月 2016 年 1 月 2016 年 7 月 2017 年 1 月 (2010 年基準 出所 : 日本銀行 ) 74

このような交易条件の改善は 基本的に原油をはじめとした輸入原材料の国際価格が下落したことによってもたらされた 図 2-2は 西テキサス原油と日本向けインドネシア産液化天然ガスのドル建て価格の推移を示したものである 原油価格は 2014 年 6 月に1バレルあたり105ドルをつけた後 急激に低下した 1 年後の2015 年 6 月には60ドル / バレルまで低下し 2016 年 2 月には30ドル / バレルの水準に達した その後は 徐々に価格が上昇し 2016 年末には1バレル50ドルを超える水準まで回復した 日本向けの液化天然ガスの値段も 原油価格と連動するように契約されているので 同様の価格傾向を示している 図 2-2 原油価格と液化天然ガスの価格推移 160 140 120 西テキサス原油 (WTI 米ドル / バレル ) 日本向けインドネシア産液化天然ガス ( 米ドル / 百万英熱量 右目盛り ) 25 20 100 80 60 15 10 40 20 5 0 0 1980 年 1 月 1980 年 7 月 1981 年 1 月 1981 年 7 月 1982 年 1 月 1982 年 7 月 1983 年 1 月 1983 年 7 月 1984 年 1 月 1984 年 7 月 1985 年 1 月 1985 年 7 月 1986 年 1 月 1986 年 7 月 1987 年 1 月 1987 年 7 月 1988 年 1 月 1988 年 7 月 1989 年 1 月 1989 年 7 月 1990 年 1 月 1990 年 7 月 1991 年 1 月 1991 年 7 月 1992 年 1 月 1992 年 7 月 1993 年 1 月 1993 年 7 月 1994 年 1 月 1994 年 7 月 1995 年 1 月 1995 年 7 月 1996 年 1 月 1996 年 7 月 1997 年 1 月 1997 年 7 月 1998 年 1 月 1998 年 7 月 1999 年 1 月 1999 年 7 月 2000 年 1 月 2000 年 7 月 2001 年 1 月 2001 年 7 月 2002 年 1 月 2002 年 7 月 2003 年 1 月 2003 年 7 月 2004 年 1 月 2004 年 7 月 2005 年 1 月 2005 年 7 月 2006 年 1 月 2006 年 7 月 2007 年 1 月 2007 年 7 月 2008 年 1 月 2008 年 7 月 2009 年 1 月 2009 年 7 月 2010 年 1 月 2010 年 7 月 2011 年 1 月 2011 年 7 月 2012 年 1 月 2012 年 7 月 2013 年 1 月 2013 年 7 月 2014 年 1 月 2014 年 7 月 2015 年 1 月 2015 年 7 月 2016 年 1 月 2016 年 7 月 ( 出所 :IMF) 2. 交易条件 デフレーター そして実質経済成長率輸入原材料価格の低下による交易条件の改善は 経済全体の付加価値のデフレーターであるGDPデフレーターと 財 サービス全般のデフレーターであるGDIデフレーターに対して異なった影響を及ぼす 図 2-3が示すように GDPデフレーターとGDIデフレーターは 消費税増税の影響で2014 年第 1 四半期に大きく上昇したが その後は 前者は上昇したが 後者は横ばいで推移した GDPデフレーターが引き続き上昇したのは 交易条件の改善で経済全体の付加価値が拡大したからである 一方 GDIデフレーターが横ばいで推移したのは 輸入原材料価格の低下で財やサービスの価格が全般的に安定したからである 75

図 2-3 3 つのデフレーターの推移 120 115 110 GDP デフレーター GDI デフレーター GNI デフレーター 105 100 95 1994/ 1-3. 1995/ 1-3. 1996/ 1-3. 1997/ 1-3. 1998/ 1-3. 1999/ 1-3. 2000/ 1-3. 2001/ 1-3. 2002/ 1-3. 2003/ 1-3. 2004/ 1-3. 2005/ 1-3. 2006/ 1-3. 2007/ 1-3. 2008/ 1-3. 2009/ 1-3. 2010/ 1-3. 2011/ 1-3. 2012/ 1-3. 2013/ 1-3. 2014/ 1-3. 2015/ 1-3. 2016/ 1-3. (2011 年基準 出所 : 内閣府 ) 交易条件の改善は 実質的な経済成長率に対しても大きな影響を及ぼした 実質 GDPは 輸出入価格を含めてすべての価格を基準年の水準に固定することから 輸出入の相対価格である交易条件の変化に影響されない 一方 実質 GDIや実質 GNIは 交易条件の改善でその水準が拡大する 図 2-4は 実質 GDP 実質 GDI 実質 GNIについて成長率の推移を四半期ごとにプロットしたものである ( 四半期率で表示している ) 2014 年 4 月の消費税増税でいずれの指標でも成長率が大きく落ち込んだが その後は 交易条件の改善が反映されない実質 GDPの回復が鈍かったのに対して 交易条件の改善が反映される実質 GDIや実質 GNIは大きく改善した たとえば 実質 GDP 成長率と実質 GDI 成長率を比較すると 2015 年第 1 四半期で1.3% 対 2.1% 2016 年第 1 四半期で0.5% 対 1.0% と大きな違いが生じた 2014 年第 2 四半期から 2016 年第 2 四半期で見ると実質 GDPが2.7% しか成長しなかったのに対して 実質 GDIは 5.2% も成長した 76

図 2-4 3 つの経済成長率 2.5% 2.0% 1.5% 1.0% 0.5% 0.0% -0.5% -1.0% -1.5% 2012/ 1-3. 4-6. 10-12. 2013/ 1-3. 4-6. 10-12. 2014/ 1-3. 4-6. 10-12. 2015/ 1-3. 4-6. 10-12. 2016/ 1-3. 4-6. 10-12. 実質 GDP 成長率実質 GDI 成長率実質 GNI 成長率 -2.0% ( 出所 : 内閣府 ) 2014 年度以降の動向は 消費税増税のマイナスの影響だけが強調されてきたが 交易条件の改善のプラスの影響も考慮すれば マクロ経済パフォーマンスはかなり良好であったといえる 3. 実質雇用者報酬と交易条件実は 実質雇用者報酬も 交易条件の改善を受けて増加してきた 図 2-5が示すように 名目雇用者報酬を家計消費デフレーターで実質化した雇用者報酬は 2013 年より低下していたものが 2014 年半ばより大きく拡大した 77

図 2-5 実質雇用者報酬 265,000 260,000 255,000 250,000 245,000 240,000 235,000 230,000 225,000 220,000 1994/ 1-3. 1995/ 1-3. 1996/ 1-3. 1997/ 1-3. 1998/ 1-3. 1999/ 1-3. 2000/ 1-3. 2001/ 1-3. 2002/ 1-3. 2003/ 1-3. 2004/ 1-3. 2005/ 1-3. 2006/ 1-3. 2007/ 1-3. 2008/ 1-3. 2009/ 1-3. 2010/ 1-3. 2011/ 1-3. 2012/ 1-3. 2013/ 1-3. 2014/ 1-3. 2015/ 1-3. 2016/ 1-3. ( 単位 : 十億円 出所 : 内閣府 ) 実質雇用者報酬は 以下のように分解することができる 実質雇用者報酬 = 名目雇用者報酬家計消費デフレーター 名目雇用者報酬 = GDPデフレーター 実質 GDP 名目 GDP 家計消費デフレーター 2 行目の第 1 項は労働分配率を示している また その第 2 項は GDPデフレーターが交易条件の影響を含むのに対して 家計消費デフレーターが交易条件の直接的な影響を受けないことから 交易条件の動向に対応していることになる したがって 実質雇用者報酬は 労働分配率が増加するほど 交易条件が改善するほど 拡大することになる 事実 図 2-6が示すように 労働分配率の上昇と交易条件の改善が 実質雇用者報酬の拡大の背景にあった 78

図 2-6 労働分配率と交易条件 0.54 0.53 0.52 0.51 0.50 0.49 0.48 0.47 0.46 名目雇用者報酬 / 名目 GDP GDP デフレーター / 消費デフレーター 1994/ 1-3. 1995/ 1-3. 1996/ 1-3. 1997/ 1-3. 1998/ 1-3. 1999/ 1-3. 2000/ 1-3. 2001/ 1-3. 2002/ 1-3. 2003/ 1-3. 2004/ 1-3. 2005/ 1-3. 2006/ 1-3. 2007/ 1-3. 2008/ 1-3. 2009/ 1-3. 2010/ 1-3. 2011/ 1-3. 2012/ 1-3. 2013/ 1-3. 2014/ 1-3. 2015/ 1-3. 2016/ 1-3. 1.06 1.04 1.02 1.00 0.98 0.96 0.94 ( 出所 : 内閣府 ) III. 金融政策 実質金利 そして実質為替レート 1. 金融政策が予想インフレに及ぼす影響物価連動国債の利回りは実質金利に対応していることから 普通国債の利回り ( 名目金利 ) と物価連動国債 ( 実質金利 ) の差は 期待インフレ率に対応することになる 実務的には 両者の差は ブレイクイーブンインフレ率と呼ばれている 図 3-1は 日本の5 年債について 名目金利 ( 普通国債利回り ) 実質金利( 物価連動国債利回り ) 期待インフレ率( ブレイクイーブンインフレ率 ) をプロットしたものである 日本の国債市場では 名目金利が十分に低く 低下する余地が限られていたことから 実質金利の低下 ( 上昇 ) は 期待インフレ率の上昇 ( 低下 ) にストレートに反映してきた 79

図 3-1 日本の物価連動国債の動向 4 日本 5 年物物価連動国債 (2016 年 9 月から 7 年債 ) 日本 5 年物国債 ( 月中平均 2016 年 9 月から 7 年債 ) 3 日本 ブレイクイーブンインフレ率 2 1 0-1 2008 年 7 月 2009 年 1 月 2009 年 7 月 2010 年 1 月 2010 年 7 月 2011 年 1 月 2011 年 7 月 2012 年 1 月 2012 年 7 月 2013 年 1 月 2013 年 7 月 2014 年 1 月 2014 年 7 月 2015 年 1 月 2015 年 7 月 2016 年 1 月 2016 年 7 月 -2-3 ( 単位 :% 出所: 財務省 浜町 SCI) 図 3-1が示すように 2013 年 4 月に公表された金融緩和政策が実質金利の低下と期待インフレ率の上昇をもたらしたとはいいがたい 実質金利の低下や期待インフレ率の上昇は 2011 年半ばごろから起きてきた 金融政策の影響について あえて指摘するとすれば 2013 年 4 月の金融緩和政策への期待が 2013 年初めまでに織り込まれていたということはできるかもしれない あるいは 期待インフレ率は2014 年半ば以降に低下傾向にあることから それまでの物価連動国債利回りの低下 ( 期待インフレ率の上昇 ) は 金融緩和政策の影響というよりも 2014 年 4 月の消費税増税による一度きりの価格上昇を反映していた可能性も否めない また 2016 年 1 月に導入が決定された負の金利政策も 一時的に実質金利の低下をもたらしたが その効果も 2016 年後半には消えてしまった いずれにしても 日本銀行の金融緩和政策の期待インフレ率の上昇や実質金利の低下に貢献した程度は限定的であったといってよい 図 3-2は 米国の5 年債について 名目金利 実質金利 期待インフレ率をプロットしたものである 日本の国債市場とは対照的に 期待インフレ率が2% 前後で落ち着いてきたことから 名目金利の低下が実質金利の低下にストレートに反映してきた ただし 2008 年 9 月のリーマンショックの直後は デフレ期待が高まって 物価連動国債利回りが急騰する一方で期待インフレ率が急激に低下する局面が認められた 80

図 3-2 米国の物価連動国債の動向 4.00 3.00 米国 5 年物国債米国 5 年物物価連動国債 米国 ブレイクイーブンインフレ率 2.00 1.00 0.00-1.00 2008 年 7 月 2009 年 1 月 2009 年 7 月 2010 年 1 月 2010 年 7 月 2011 年 1 月 2011 年 7 月 2012 年 1 月 2012 年 7 月 2013 年 1 月 2013 年 7 月 2014 年 1 月 2014 年 7 月 2015 年 1 月 2015 年 7 月 2016 年 1 月 2016 年 7 月 -2.00 ( 単位 :% 出所 : 米国連邦準備制度 ) 米国では 2013 年前半ごろより量的緩和政策からの転換が模索されたことから 中長期の普通国債利回り ( 名目金利 ) が上昇傾向にあった それに伴って物価連動国債利回り ( 実質金利 ) も上昇してきた 2. 実質金利の日米格差と実質為替レート名目為替レートが名目金利の日米格差に反応して 名目金利が相対的に高い国の名目為替レートが増価する傾向があるのと同様に 実質為替レートも実質金利の日米格差に反応する 理論的には n 年債の実質金利について以下のような関係が成立する ln( 現在の実質為替レート )=n( 米国の実質金利 - 日本の実質金利 )+n 年先の予想実質為替レートしたがって 米国の実質金利が相対的に上昇すると 実質円ドルレートは円安になる 図 3-3は 5 年債に関する実質金利の日米格差と実質為替レートの推移をプロットしたものである なお 実質円ドルレートの算出には 両国の消費者物価指数を用いている すなわち 名目為替レートに ( 米国の消費者物価 )/( 日本の消費者物価 ) を乗じることで 実質為替レートを求めている また 図 3-4は 実質金利の日米格差 ( 横軸 ) と実質為替レートの対数値 ( 縦軸 ) に関して散布図を描いている 81

図 3-3 実質金利の米日格差と実質円 / ドルレートの推移 4.0 3.0 2.0 1.0 240.0 220.0 200.0 180.0 0.0-1.0 9 月 2008 年 2008 年 12 月 3 月 6 月 9 月 2009 年 2009 年 2009 年 2009 年 12 月 3 月 6 月 9 月 2010 年 2010 年 2010 年 2010 年 12 月 3 月 6 月 9 月 2011 年 2011 年 2011 年 2011 年 12 月 3 月 6 月 9 月 2012 年 2012 年 2012 年 2012 年 12 月 3 月 6 月 9 月 2013 年 2013 年 2013 年 2013 年 12 月 3 月 6 月 9 月 2014 年 2014 年 2014 年 2014 年 12 月 3 月 6 月 9 月 2015 年 2015 年 2015 年 2015 年 12 月 3 月 6 月 9 月 2016 年 2016 年 2016 年 2016 年 12 月 160.0 140.0-2.0-3.0 日本 5 年物物価連動国債 米国 5 年物物価連動国債 実質金利の米日格差 実質円 / ドルレート ( 右目盛り ) 120.0 100.0 ( 単位 : 左目盛り % 右目盛り円 出所 : 日本銀行 米国連邦準備制度 総務省 浜町 SCI) 図 3-4 実質金利の米日格差 ( 横軸 ) と実質円 / ドルレート ( 自然対数値 縦軸 ) の関係 5.5 5.4 15 年 6 月 y = 10.628x + 5.1823 1415 年年 123 月 08 年 9 月 5.3 5.2 13 年 6 月 13 年 3 月 14 年 9 月 13 年 12 月 14 年 6 月 13 年 9 月 14 年 3 月 09 年 09 6 月年 3 月 10 年 6 09 月 09 12 10 月年 93 月 12 年 12 月 08 年 12 月 12 年 3 月 10 年 109 年月 12 月 11 年 6 月 11 年 3 月 12 年 96 月 11 年 12 月 11 年 9 月 5.1 5 4.9 4.8-0.03-0.02-0.01 0 0.01 0.02 0.03 ( 単位 : 左目盛り % 右目盛り円 出所 : 日本銀行 米国連邦準備制度 総務省 浜町 SCI) 図 3-3によると 2013 年 4 月以降の金融緩和政策が実質円ドルレートの減価をもたらしたとはいいがたい 確かに 2013 年 4 月以降 日米の実質金利格差は拡大し 実質円ドルレートは減価したが 先にも見てきたように 実質金利格差の拡大は 日本の実質金利の低下で 82

はなく 米国の実質金利の上昇でもたらされた また 2014 年後半以降の円安は 実質金利格差の拡大を伴っておらず 日米の金融政策が影響を及ぼしたとは考えにくい 2016 年になって円高に転じた背景は 日本の実質金利の上昇と米国の実質金利の低下で日米金利格差が縮小したことに対応している 2016 年末にかけて実質為替レートが減価した背景には 米国の実質金利の再上昇が影響していると考えられる いずれにしても 日本銀行の金融緩和政策が実質的な円安をもたらしたという証左は乏しく 金融政策の為替レートへのインパクトという点では むしろ米国の金融政策の影響の方が大きかったといえる IV. 円安と貿易収支 1. 実質為替の逆数としての交易条件それでは 交易条件や実質金利の動向が実態経済に及ぼした影響を見ていこう 輸出物価指数を輸入物価指数で除した交易条件比率は その逆数をとると 以下のように実質為替レート (ε) と解釈することができる 円建て輸入物価 ε= 円建て輸出物価 名目為替レート 外貨建て輸入物価 = 円建て輸出物価 なお 上述のように輸出入物価指数から求めた実質為替レートと Ⅲ 節で議論した消費者物価指数から求めた実質為替レートは 性格が異なることに留意してほしい また 上の実質為替レート (ε) は 以下のように名目貿易収支を実質化することができる 名目貿易収支実質貿易収支 = 円建て輸出物価 円建て輸出物価 輸出数量 - 円建て輸入物価 輸入数量 = 円建て輸出物価 = 輸出数量 -ε 輸入数量 2. マーシャル ラーナー条件からの乖離上で定義した実質為替レートは 輸入物価と輸出物価の相対価格に対応していることから 輸入物価が輸出物価に対して上昇して円安になると 輸入数量の減少と輸出数量の拡大で実質的な貿易収支が拡大する可能性がある 逆に 輸入物価が輸出物価に対して低下して 83

円高になると 輸入数量の拡大と輸出数量の減少で実質的な貿易収支が縮小する可能性がある マーシャル ラーナー条件は こうした関係を厳密に定式化したものである 実質的な円安で輸出数量が拡大する弾力性と 輸入数量が縮小する弾力性 ( の絶対値 ) の和が1を超えるときに 実質貿易収支は 実質為替レートの増加関数となる すなわち 実質貿易収支と実質為替レートは同じ方向に変化する しかし 図 4-1が示すように 2011 年以降 実質貿易収支と実質為替レートは逆方向に動いている すなわち 交易条件が悪化し 実質為替レートが減価する局面では 実質貿易収支が縮小し 逆に 交易条件が改善し 実質為替レートが増価する局面では 実質貿易収支が拡大している 実質為替レートと実質貿易収支に関して散布図を描いた図 4-2は こうした傾向をより明確に示している 図 4-1 輸入デフレーター / 輸出デフレーターと出入デフレーターで調整した実質純輸出 / 実質 GDP 110.0% 100.0% 90.0% 80.0% 70.0% 60.0% 50.0% 40.0% 3.00% 2.00% 1.00% 0.00% -1.00% -2.00% -3.00% -4.00% 1994/ 1-3. 1995/ 1-3. 1996/ 1-3. 1997/ 1-3. 1998/ 1-3. 1999/ 1-3. 2000/ 1-3. 2001/ 1-3. 2002/ 1-3. 2003/ 1-3. 2004/ 1-3. 2005/ 1-3. 2006/ 1-3. 2007/ 1-3. 2008/ 1-3. 2009/ 1-3. 2010/ 1-3. 2011/ 1-3. 2012/ 1-3. 2013/ 1-3. 2014/ 1-3. 2015/ 1-3. 2016/ 1-3. 輸入デフレーター / 輸出デフレーター ( 実質輸出 -( 輸入デフレーター / 輸出デフレーター ) 実質輸入 )/ 実質 GDP( 右目盛り ) (2005 年基準 出所 : 内閣府 ) 84

3.00% 図 4-2 輸出入デフレーターで調整した実質純輸出 / 実質 GDP( 縦軸 ) と輸入デフレーター / 輸出デフレーター ( 横軸 ) の関係 2.00% 1.00% 08:III 0.00% 50.0% 60.0% 70.0% 80.0% 90.0% 100.0% 110.0% -1.00% -2.00% 94:I 03:IV 04:I 04:II 04:III 94:II 98:IV 94:IV 94:III 99:I 98:II 98:III 95:II 99:II 98:I 99:IV 00:II 03:III 04:IV 03:II 05:I 99:III 97:IV 02:II 00:III 02:IV 95:III 02:I02:III 03:I 97:III 97:II 00:IV 95:IV 01:IV 96:I 01:I 01:III 96:II 96:III 96:IV97:I 97:I 01:II 05:II 05:III 05:IV 07:I 07:II 06:IV 06:II 06:III 09:II 09:I 07:III 09:III 10:I 10:II 10:III 07:IV 09:IV 10:IV 08:I 11:I 15:II 15:I 08:IV 08:II 11:III 11:II 12:I 11:IV 14:IV 12:II 12:III 13:II 12:IV 13:I 13:III 14:III 14:II -3.00% 13:IV 14:I -4.00% (2005 年基準 出所 : 内閣府 ) こうした動向は 輸出と輸入の相対価格が輸出数量や輸入数量に及ぼす影響が限定的で 輸入原材料価格の上昇がそのまま貿易収支の縮小につながり 逆に輸入原材料価格の低下がそのまま貿易収支の拡大につながることを意味している 言い方を変えると 為替レートが減価しても 輸出促進効果や輸入抑制効果はあまり認められないことになる V. 低金利と設備投資 1. 純設備投資の長期的な動向 Ⅲ 節で見てきたように 金融緩和政策の影響は限定的であったとはいえ 実質金利が 2013 年以降も低位の水準で推移してきた こうした実質金利の低下は 設備投資の拡大をもたらしたのであろうか 図 5-1が示すように 経済全体の総固定資本形成は 2009 年以降に拡大してきた しかし 日本経済が成熟して資本ストックを高水準で蓄積してきたことを反映して 固定資本減耗も高い水準で推移してきた その結果 総固定資本形成から固定資本減耗を控除した純固定資本形成は ほぼゼロで推移してきた 85

図 5-1 総固定資本形成と純固定資本形成 180,000 160,000 140,000 120,000 100,000 80,000 60,000 40,000 20,000 0-20,000 1955 年度 1956 1957 1958 1959 1960 1961 1962 1963 1964 1965 1966 1967 1968 1969 1970 1971 1972 1973 1974 1975 1976 1977 1978 1979 1980 1981 1982 1983 1984 1985 1986 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015-40,000 総固定資本形成固定資本減耗純固定資本形成 ( 単位 : 十億円 出所 : 内閣府 ) こうした傾向は 部門別に見ても変わるところがない 図 5-2によると 2000 年代半ば以降 政府の公共投資も 企業の設備投資も 家計の住宅投資も 固定資本減耗を控除したネットで見るとゼロ近傍で推移しており それまでの水準を回復することはなかった 低金利は住宅投資を促進してきたとしばしば指摘されるが ネットの住宅投資で見ると 新規投資の規模は更新投資の範囲にとどまっているといえる 86

図 5-2 部門別の名目純固定資本形成 / 名目 GDP 20.0% 15.0% 10.0% 5.0% 0.0% -5.0% 1980 1981 1981 1982 1982 1983 1983 1984 1984 1985 1985 1986 1986 1987 1987 1988 1988 1989 1989 1990 1990 1991 1991 1992 1992 1993 1993 1994 1994 1995 1995 1996 1996 1997 1997 1998 1998 1999 1999 2000 2000 2001 2001 2002 2002 2003 2003 2004 2004 2005 2005 2006 2006 2007 2007 2008 2008 2009 2009 2010 2010 2011 2011 2012 2012 2013 2013 2014 2014 2015 2015 一国経済 (2000 年基準 ) 一国経済 (2011 年基準 ) 一般政府 (2000 年基準 ) 一般政府 (2011 年基準 ) 非金融法人企業 (2000 年基準 ) 非金融法人企業 (2011 年基準 ) 家計 (2000 年基準 ) 家計 (2011 年基準 ) (1980 年度から 1993 年度まで 2000 年基準 1994 年度から 2015 年度まで 2011 年基準 出所 : 内閣府 ) 2. 現在の設備投資と将来の消費 上述のような経済全体における あるいは 部門別の純設備投資の低迷は 日本経済のよ り構造的な要素を反映しており 金融緩和政策によって克服することが難しいと考えられる 標準的な動学モデルでは 現在の純設備投資と将来の消費について次のような関係が成り立っている 現在の純設備投資将来の家計消費 - 現在の家計消費 = 現在の家計消費現在の家計消費 上の式は 左辺から右辺で見れば 現在の純設備投資の増加が 将来の消費機会を拡大させると解釈できる 一方 右辺から左辺で見れば 将来の消費機会の拡大を見込んで現在の純設備投資を増加させると解釈することができる 表 5-1は 10 年代ごとに上の式の左辺と右辺に相当する値を比較したものである 1980 年代には 家計消費に占める純設備投資の比率は23.0% であったのに対して 1980 年代から 1990 年代の消費の上昇率は31.1% であった 同様に 1990 年代から2000 年代にかけては 17.1% に対して12.7% 2000 年代から2010 年代にかけては 3.1% に対して5.7% であった したがって 上の式の関係はおおむね成立しているといえる 87

表 5-1 実質純設備投資 ( 純固定資産形成 ) の動向と家計消費の傾向 (i) 一国経済の実質純固定資本形成 / 実質家計消費 の10 年間平均 (ii) 実質家計消費の10 年間平均 ( 単位 : 兆円 ただし 2010 年代は2010 年度から2015 年度の平均 上段は 2000 年基準 下段は2011 年基準 ) (iii) 当期の10 年間から次期の10 年間への平均家計消費変化率 ( ただし 2010 年代は2010 年度から 2015 年度の平均 ) ( 内閣府国民経済計算から筆者が算出 ) 1980 年代 1990 年代 2000 年代 2010 年度 ~ 2015 年度 23.0% 17.1% 3.1% -0.7% 206.8 271.1 305.5 276.9 292.8 31.1% 12.7% 5.7% 横ばい? 2010 年代については 家計消費に占める純設備投資の比率は-0.7% にとどまっており 次の10 年に向けて消費機会はほぼ横ばいで推移することが予想される こうした傾向の合理的な解釈としては 日本経済で少子高齢化が進展し 将来の消費機会の拡大が望めないことを反映して 新規投資が更新投資の範囲内にとどまっているのであろう 以上のような構造的な要因による純設備投資の低迷は 金融緩和政策によって制御することは非常に難しい VI. 新次元金融政策の評価 以上の分析は これまでしばしば指摘されてきた傾向とほぼ反対のことを示している すなわち 従来 異次元金融政策や新次元金融政策と呼ばれてきた金融緩和政策は 名目金利や実質金利の低下 期待インフレ率の引き上げ 円ドルレートの減価をもたらし それが設備投資や輸出を後押しして景気回復に結び付いたといわれてきた しかし 日本銀行の金融緩和政策がそれらの変数に与えた影響は限定的であった 実質為替レートの減価についていえば 日本銀行の金融緩和政策ではなく 米国連邦準備制度の量的緩和政策からの転換によってもたらされたといえる 仮に 金融緩和政策の影響があったとしても 2013 年 4 月に実際にスタートする以前における金融緩和期待でその効果が出尽くしたと考えられる また 日本の金融緩和政策がもたらしたとはいえないが 為替レートが実質的に円安となり 実質金利が低位で推移してきたことは事実であるが そうした相対価格の変化が輸出や設備投資を後押ししたという証左は認められない 一方 2014 年 4 月の消費税増税の影響が必要以上にクローズアップされて 実質経済成長率が伸び悩んだようにいわれたが 実は 2014 年半ば以降に進行した輸入原材料価格の顕著な低下で交易条件が大幅に改善した結果 マクロ経済のパフォーマンスはかなり良好であった 交易条件の改善を反映する実質 GDI 成長率は それを反映しない実質 GDP 成長率を大きく上回った また 交易条件の改善が下支えとなって 実質雇用者報酬も拡大してきた 原油安などの輸入原材料価格の低下は 日本銀行が掲げた2% のインフレ目標の阻害要因と 88

して否定的に評価されがちであったが 実は 交易条件の大幅な改善をもたらし 日本経済のパフォーマンスを良好なものにしてきた 以上の分析は 金融政策の効果を過大視することなく そして 国際環境の改善を無視することなく マクロ経済のパフォーマンスを評価することの重要性を示している 参考文献 : 本論文の考察に関する理論的な背景は 齊藤誠 岩本康志 太田聰一 柴田章久著 新版マクロ経済学 ( 有斐閣 2016 年 ) で論じられている 89