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体状態を保持したまま 電気伝導の獲得という電荷が担う性質の劇的な変化が起こる すなわ ち電荷とスピンが分離して振る舞うことを示しています そして このような状況で実現して いる金属が通常とは異なる特異な金属であることが 電気伝導度の温度依存性から明らかにされました もともと電子が持っていた電荷やスピ

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Transcription:

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う特性に起因する固有の量子論的効果が多数現れるため 基礎学理の観点からも大きく注目されています しかし 特にゼロ質量電子系における電子相関効果については未だ十分な検証がなされておらず 実験的な解明が待たれていました 東北大学金属材料研究所の平田倫啓助教 東京大学大学院工学系研究科の石川恭平大学院生 ( 研究当時 ) 宮川和也助教 鹿野田一司教授 名古屋大学大学院理学研究科の松野元樹大学院生 小林晃人准教授らの研究グループは 東京理科大学の田村雅史教授 フランス国立科学研究センターの Claude Berthier 主任研究員 ( グルノーブルアルペン大学教授兼任 ) と共同で 未解明であった強く相互作用するゼロ質量電子系の特性を電子相関が強い有機分子性結晶に着目することで実験的に初めて検証しました そして 通常の金属では見られない電子スピンの新規なゆらぎを観測し 理論計算との比較から これが自発的な質量獲得機構の一つであるエキシトン転移の前駆的なゆらぎであることを解明しました これは ディラックコーン ( 注 5) と呼ばれるバンド構造 ( 電子のエネルギーと運動量の関係を規定するもの ) に固有の新しい電子相関効果を発見したことを意味します この発見は 従来 理論研究が先行していた ゼロ質量電子系における電子相関効果 という重要課題に対して実験サイドからブレイクスルーをもたらすものであり 今後 ゼロ質量電子が示す新規な物性の開拓を加速し また応用的にその特性を制御することを目指す新展開の基礎となると期待されます 本研究成果は 2017 年 12 月 15 日発行の米科学雑誌 Science に掲載されました 4. 発表内容 : 1 研究の背景グラフェン ( 注 6) やトポロジカル物質と呼ばれる新規なマテリアルでは 質量がゼロの特殊な電子によってその物性が記述されることが知られています 質量がゼロの電子 ( ゼロ質量電子 ) とは 光速の千分の一程度の速度で動く固体中の電子が 一定の条件下で 有効的に 真空中を光速に近い速度で運動する質量がゼロの粒子のように振舞う状態を指し そのバンド構造にはエネルギーが運動量に比例する特徴的な構造 ( ディラックコーン ) が現れます ( 図 1 a) この質量がゼロであることに関係した特有の量子論的性質を解明することは これらの材料の特性を理解し 制御するために極めて重要であり このため 基礎 応用の両側面から活発に研究されています 一方 このような有効的な質量の有無に関わらず 電子はマイナスの電荷をもっているため互いに接近することで電気的に反発し合う性質があります この反発し合う性質 ( 電子相関 ) は 従来のハードディスク磁気ヘッドにおけるコア技術や高温超伝導など 基礎 応用のどちらにおいても重要な現象を理解する上で本質的な役割を果たすことが知られています ゼロ質量電子系においても 近年の理論研究の進展により 有限質量をもった従来の電子の系とは異なる 新規な量子論的特性を反映した電子相関効果が予言されました 例えば 強い電子相関により ディラックコーンが劇的に変形する効果 ( 図 1b) や ゼロ質量電子が自発的に質量を獲得するエキシトン転移と呼ばれる現象 ( 図 1c) が衆目を集めています しかし このような現象が現れやすい物質候補は明確でなく また 実験的な検証方法も確立していないため 電子相関を詳細に研究することは困難な状況にありました 2 研究内容の詳細本共同研究グループでは ゼロ質量電子系における電子相関効果を解き明かす舞台として 分子性有機導体 -(BEDT-TTF) 2 I 3 に着目しました この物質においては 温度と圧力の調整により 精密かつ広範に電子相関の強度が制御できるゼロ質量電子系が現れると期待され衆目を集めています 研究グループは 核磁気共鳴 (NMR) 測定という電子相関研究の強力なツールとして確立された手法を この物質中の相関の強いゼロ質量電子系に適用し 実験と理論

シミュレーションの詳細な比較検証から電子物性を精査しました その結果 ゼロ質量電子系に特有の新規な電子相関効果の存在を世界に先駆け解明することに成功しました 温度を変化させることで電子相関強度を制御しつつ電子スピンの磁気的情報を検証しところ 銅などの通常の金属で成り立つコリンガ則 ( 注 7) と呼ばれる関係が 100 ケルビン ( マイナス 173 ) 以下で大きく破綻していることが分かりました ( 図 2a) この破綻は電子スピンの磁気的なゆらぎと関係しており その程度を表すコリンガ因子は 低温においてこれまでに報告されてきた通常の金属などでの値に比べて二桁以上大きなものでした 研究グループは この性質を理解するため 相互に作用するゼロ質量電子を取り扱う標準的なモデルを用いた数値シミュレーションを行いました その結果 観測された現象が 強い電子相関により ディラックコーンが大きく変形する ( 図 1b) ことに伴う固有のスピンゆらぎの発達として理解されることを明らかにしました ( 図 2b) 次に 液体ヘリウム温度 ( 約 4 ケルビン : 約マイナス 269 ) 程度の極低温域まで温度を下げたとき 上記のものとは質的に異なる電子スピンのゆらぎが新たに発達することを見出しました ( 図 3a) 観測されたこの現象は 電子相関をより高精度に取り扱うことが可能な別の計算手法に基づく解析で 上手く再現することができました ( 図 3b) そして 理論モデルとの比較を通じ この新規なスピンゆらぎは 質量ゼロの電子が自発的に質量を獲得するエキシトン転移の前駆的なゆらぎであることを立証しました これは固体中において 自発的質量獲得を伴うエキシトン転移の片鱗を実験的に初めてとらえたことを意味します 3 今後の展望本研究により 初めて明らかになったゼロ質量電子に固有の新規なスピンゆらぎは 近年 研究の進展がめざましいトポロジカル物質をはじめとするゼロ質量電子が現れるあらゆる物質中で普遍的に存在すると期待されます ( 図 4) このため 本発見が引き金となり 基礎 応用双方向への新展開を考える上で重要になる電子相関という観点にたったゼロ質量電子の研究が 様々な物質を舞台として加速していくと期待されます 5. 発表雑誌 : 雑誌名 :Science( 平成 29 年 12 月 15 日 ) 論文タイトル :Anomalous spin correlations and excitonic instability of interacting 2D Weyl fermions 著者 :M. Hirata*, K. Ishikawa, G. Matsuno, A. Kobayashi, K. Miyagawa, M. Tamura, C. Berthier, K. Kanoda* DOI 番号 : 10.1126/science.aan5351 アブストラクト URL:http://science.sciencemag.org 6. 用語解説 : 注 1: 質量がゼロの固体中電子固体中の電子の運動状態はエネルギーと運動量の関係 ( 分散関係 ) を規定するバンド構造によって決まる このバンド内にディラックコーンと呼ばれるエネルギーが運動量に比例する特殊な構造が存在すると 電子はアインシュタインの相対性理論に従い 質量がゼロの粒子のように振舞う このような電子を内包する物質はいくつか知られており 本研究の対象である 有機物質 -(BEDT-TTF) 2 I 3 もその一つである 注 2: 電子相関マイナスの電荷をもった二つの電子の間には電気的な反発力 ( クーロン斥力 ) が働く これを電子相関と呼ぶ この斥力の影響が強い物質は 一般に電子相関が強い物質と呼称されている

注 3: 自発的質量の獲得を伴うエキシトン転移一般に 物質に熱や光を加えると 負の電荷を持った粒子 ( 電子 ) と正の電荷を持った粒子 ( 正孔 ) が誘起される これらの粒子は互いに電気的にひきつけ合い 水素原子のような束縛状態 ( エキシトン ) を形成した状態に転移することがあり これをエキシトン転移と呼ぶ 質量がゼロの電子系では エキシトン転移に伴い電子が自発的に質量を獲得する特異な現象が生じる ( 図 1a から 1c への変化 ) このように質量がゼロの粒子が相互作用によって自発的に質量を獲得する現象は 素粒子物理学との対応から理論的興味を集め 四半世紀以上前から盛んに研究されてきたものの 固体中では未だ直接的に観測されていなかった 注 4: トポロジカル物質トポロジーという物事のつながり具合を考える数学の概念に立脚した量子論的性質をもつ新規な物質群のことをトポロジカル物質と呼ぶ 表面のみ特殊な金属状態が実現するトポロジカル絶縁体やトポロジカル半金属などが知られている このトポロジーの概念を物性物理学に導入した先駆的な業績に対し 2016 年のノーベル物理学賞が授与された 注 5: ディラックコーン物質中での電子の運動状態を規定するバンド構造に見られるコーン型の構造のことをディラックコーンと呼ぶ ( 図 1a) このようなコーンが存在するとき 電子のエネルギーは運動量に比例する これはアインシュタインの相対性理論に従う質量がゼロの粒子の特徴である 注 6: グラフェン炭素原子がハチの巣格子状に並んだ原子一層からなる物質を ( 単層 ) グラフェンと呼び 層状の構造をしたグラファイト表面から一層だけ取り出すなどして作成される その発見の功績に対し 2010 年のノーベル物理学賞が授与された 注 7: コリンガ則核磁気共鳴 (NMR) 実験では 物質中の核スピンを用いて電子スピンの磁気的な状態を検証することができる 電子スピンの外部磁場に対する応答特性 ( スピン帯磁率 ) を検証すると 電子相関の弱い通常の金属などの物質では コリンガ則と呼ばれる関係が成り立つことが知られている 一方 電子相関が強くなると電子スピンのゆらぎが大きくなり コリンガ則は破綻する場合がある このとき ゆらぎの大きさを表す指標であるコリンガ因子は その物質の電子相関の強度の指標として利用されている 7. 添付資料 : a エネルギーエネルギー b c エネルギー k y 電子相関 ギャップ k x ディラックコーン変形自発的質量の獲得 図 1: ディラックコーンにおける電子相関効果 コーンの下側 ( 緑色部分 ) は全て電子が詰まっている (a) 質量がゼロの電子を記述するディラックコーン型のバンド構造の模式図 kx, ky は運動量の x, y 成分を表す (b) 電子相関が加わることで内側に変形したコーン (c) ゼロ質量電子が自発的に質量を獲得するエキシトン転移の模式図

NMR 緩和率 (10-5 s -1 K -1 ) NMR 緩和率 ( 任意単位 ) コリンガ因子 コリンガ因子 a 10 3 NMR 測定 b 10 3 数値シミュレーション 10 2 10 2 電子相関あり 10 1 ゼロ質量電子系 : -(BEDT-TTF) 2 I 3 10 1 電子相関なし 通常の金属 : -(BEDT-TTF) 2 I 3 10 0 0 100 200 300 温度 ( ケルビン ) 10 0 10 20 30 40 50 60 70 温度 ( ケルビン ) 図 2: コリンガ則の破綻 (a) コリンガ因子の実験および (b) シミュレーションにおける温度依存性 参考のため示し た通常の金属 -(BEDT-TTF) 2 I 3 における比較実験では コリンガ因子が温度に依存せず一定 である ( これをコリンガ則と呼ぶ ) これに対し -(BEDT-TTF) 2 I 3 では顕著な温度依存性が観測され コリンガ因子が低温に向かい二桁以上も増大することが分かった この挙動はシミュレーションでよく再現でき 強い電子相関によるディラックコーンの大きな変形 ( 図 4) に付随したスピンゆらぎの発達に起因することが本研究で判明した a 1/T 1 T (10-5 sec -1 K -1 ) 10 8 6 4 2 1 NMR 測定 b 1/T 1 T (a.u.) 10 8 6 4 2 数値シミュレーション 電子相関あり 電子相関なし -(BEDT-TTF) 2 I 3 1 1 2 4 6 8 10 1 2 3 4 5 6 7 8 温度 ( T (K) ケルビン ) 温度 ( T (K) ケルビン ) 図 3: エキシトン転移の前駆的ゆらぎの発達 (a) 電子スピンの磁場に対する動的応答を検証する NMR 緩和率の実験および (b) シミュレーションにおける温度依存性 観測された緩和率が低温で増大に転ずる挙動は 電子相関を考慮したシミュレーションでよく再現でき 自発的質量の獲得を伴うエキシトン転移の前駆的なゆらぎとして理解されることが分かった

図 4: 本物質の電子相関効果の概念図 本物質で初めて観測された質量ゼロの電子の電子相関効果の概念図 ( 実験を再現するモデル計算から決定 ) 電子相関効果によりディラックコーンが内側に変形し またコーンの交点周りでは自発的質量の獲得を伴うエキシトン転移の前駆的なゆらぎ ( 図中では中心で輝く点として表現 ) が発達していることが分かった