細胞 THE CELL 2011年6月臨時増刊号 (立ち読み)

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方法について教えてください A 妊娠中の接種に関する有効性および安全性が確立されていないため 3 回接種を完了する前に妊娠していることがわかった場合には一旦接種を中断し 出産後に残りの接種を行うようにしてください 接種が中断しても 最初から接種し直す必要はありません 具体的には 1 回目接種後に妊娠

なお, 世間では HPV ワクチンのことを 子宮頸がんワクチン と呼んでいるが, ワクチンの性格上, 本稿では HPV ワクチン ( 正確には HPV 感染症予防ワクチン ) と表現する HPV 感染と子宮頸がんとの関係子宮頸がんの原因のひとつとして,HPV 感染による細胞の癌化が証明されている H

新たに定期接種ワクチンとされたことから 本邦における HPV ワクチンによる免疫獲得状況を把握 して 将来の子宮頸癌予防計画に役立つ基盤データを蓄積することを目的に 14 年度から本事業にて HPV16 抗体価の測定調査を実施することとなった 2. 感受性調査 (1) 調査目的ヒトの HPV16 に

婦人科癌 : 具体的には? 卵管癌 子宮体癌 卵管 卵巣癌 体部 頸部 卵巣 腟 外陰

子宮頸がん死亡数 国立がん研究センターがん対策情報センターHPより

日本における子宮頸がん検診の時代的背景 1982 年老人保健法にて 20 年かけて子宮頸がんを半減させる 30 歳以上の女性を対象受診間隔は 1 年に 1 回費用は行政が全額負担 1998 年地方交付税による財源措置に変更費用の一部個人負担が必要となる 2004 年子宮頸がん検診の見直し受診対象年齢

科学的根拠に基づいた子宮頸がん予防 井上正樹 * 1. はじめに 子宮頸がん検診 は 我が国では 1982 年に老人健康法が定められ 全国で始められました 子宮頸がん死亡率の低下のみならず がん検診を我が国に定着させた主導的役割は大きいと思われます その後 厚労省も 有効な検診 と評価しています 1

婦人科がん検診Q&A

報道発表資料 2006 年 6 月 21 日 独立行政法人理化学研究所 アレルギー反応を制御する新たなメカニズムを発見 - 謎の免疫細胞 記憶型 T 細胞 がアレルギー反応に必須 - ポイント アレルギー発症の細胞を可視化する緑色蛍光マウスの開発により解明 分化 発生等で重要なノッチ分子への情報伝達

図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

種の血清型 (6A,9A,9L,18B,18F) に対する交差免疫もあるため これを含めるとカバー率はさらに上昇する PCV7でカバーできる薬剤耐性肺炎球菌の割合が カバーできない薬剤耐性肺炎球菌より高いため 薬剤耐性肺炎球菌だけでみると90% がカバーできるとされている ワクチン接種前に既に肺炎球

く 細胞傷害活性の無い CD4 + ヘルパー T 細胞が必須と判明した 吉田らは 1988 年 C57BL/6 マウスが腹腔内に移植した BALB/c マウス由来の Meth A 腫瘍細胞 (CTL 耐性細胞株 ) を拒絶すること 1991 年 同種異系移植によって誘導されるマクロファージ (AIM

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報道発表資料 2006 年 8 月 7 日 独立行政法人理化学研究所 国立大学法人大阪大学 栄養素 亜鉛 は免疫のシグナル - 免疫系の活性化に細胞内亜鉛濃度が関与 - ポイント 亜鉛が免疫応答を制御 亜鉛がシグナル伝達分子として作用する 免疫の新領域を開拓独立行政法人理化学研究所 ( 野依良治理事

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東邦大学学術リポジトリ タイトル別タイトル作成者 ( 著者 ) 公開者 Epstein Barr virus infection and var 1 in synovial tissues of rheumatoid 関節リウマチ滑膜組織における Epstein Barr ウイルス感染症と Epst

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年219 番 生体防御のしくみとその破綻 (Immunity in Host Defense and Disease) 責任者: 黒田悦史主任教授 免疫学 黒田悦史主任教授 安田好文講師 2中平雅清講師 松下一史講師 目的 (1) 病原体や異物の侵入から宿主を守る 免疫系を中心とした生体防御機構を理

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マンスリー・ヘルシートピックス(2015年4月号)

のと期待されます 本研究成果は 2011 年 4 月 5 日 ( 英国時間 ) に英国オンライン科学雑誌 Nature Communications で公開されます また 本研究成果は JST 戦略的創造研究推進事業チーム型研究 (CREST) の研究領域 アレルギー疾患 自己免疫疾患などの発症機構

Research 2 Vol.81, No.12013

の感染が阻止されるという いわゆる 二度なし現象 の原理であり 予防接種 ( ワクチン ) を行う根拠でもあります 特定の抗原を認識する記憶 B 細胞は体内を循環していますがその数は非常に少なく その中で抗原に遭遇した僅かな記憶 B 細胞が著しく増殖し 効率良く形質細胞に分化することが 大量の抗体産

卵管の自然免疫による感染防御機能 Toll 様受容体 (TLR) は微生物成分を認識して サイトカインを発現させて自然免疫応答を誘導し また適応免疫応答にも寄与すると考えられています ニワトリでは TLR-1(type1 と 2) -2(type1 と 2) -3~ の 10

報道発表資料 2006 年 4 月 13 日 独立行政法人理化学研究所 抗ウイルス免疫発動機構の解明 - 免疫 アレルギー制御のための新たな標的分子を発見 - ポイント 異物センサー TLR のシグナル伝達機構を解析 インターフェロン産生に必須な分子 IKK アルファ を発見 免疫 アレルギーの有効

避するためには 子宮頸がん検診を定期的に受診することが必要不可欠であること 3 HPV ワクチンの長期成績は未だ確認されていないこと このため 将来的に追加接種が必要となる可能性もあること 4 10 歳未満の小児 妊娠中の女性及び高齢者に対する有効性と安全性は確立されていないこと 5 HPV は性行

日産婦専攻医プログラム (HPVワクチン) 提出版.pptx

ランゲルハンス細胞の過去まず LC の過去についてお話しします LC は 1868 年に 当時ドイツのベルリン大学の医学生であった Paul Langerhans により発見されました しかしながら 当初は 細胞の形状から神経のように見えたため 神経細胞と勘違いされていました その後 約 100 年

日産婦誌61巻4号研修コーナー

イルスが存在しており このウイルスの存在を確認することが診断につながります ウ イルス性発疹症 についての詳細は他稿を参照していただき 今回は 局所感染疾患 と 腫瘍性疾患 のウイルス感染検査と読み方について解説します 皮膚病変におけるウイルス感染検査 ( 図 2, 表 ) 表 皮膚病変におけるウイ

0516(資料9-2)【概要】HPVワクチンの有効性



研究実績報告書宮頸部擦過細胞検体から採取された DNA には 病変を形成していない一過性の HPV 感染も検出されてしまうため 結果として複数のハイリスク HPV 型の DNA が検出されることも多く 病変形成に関わった真の HPV 型の同定が困難である そこで 既に診断の得られている子宮頸部腫瘍の

子宮頸部細胞診陰性症例における高度子宮頸部病変のリスクの層別化に関するHPV16/18型判定の有用性に関する研究 [全文の要約]

研究の詳細な説明 1. 背景病原微生物は 様々なタンパク質を作ることにより宿主の生体防御システムに対抗しています その分子メカニズムの一つとして病原微生物のタンパク質分解酵素が宿主の抗体を切断 分解することが知られております 抗体が切断 分解されると宿主は病原微生物を排除することが出来なくなります

学位論文要旨 牛白血病ウイルス感染牛における臨床免疫学的研究 - 細胞性免疫低下が及ぼす他の疾病発生について - C linical immunological studies on cows infected with bovine leukemia virus: Occurrence of ot

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スライド 1

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サーバリックス の効果について 1 サーバリックス の接種対象者は 10 歳以上の女性です 2 サーバリックス は 臨床試験により 15~25 歳の女性に対する HPV 16 型と 18 型の感染や 前がん病変の発症を予防する効果が確認されています 10~15 歳の女児および

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論文題目  腸管分化に関わるmiRNAの探索とその発現制御解析

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2015 年 11 月 5 日 乳酸菌発酵果汁飲料の継続摂取がアトピー性皮膚炎症状を改善 株式会社ヤクルト本社 ( 社長根岸孝成 ) では アトピー性皮膚炎患者を対象に 乳酸菌 ラクトバチルスプランタルム YIT 0132 ( 以下 乳酸菌 LP0132) を含む発酵果汁飲料 ( 以下 乳酸菌発酵果

平成14年度研究報告

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結果 この CRE サイトには転写因子 c-jun, ATF2 が結合することが明らかになった また これら の転写因子は炎症性サイトカイン TNFα で刺激したヒト正常肝細胞でも活性化し YTHDC2 の転写 に寄与していることが示唆された ( 参考論文 (A), 1; Tanabe et al.

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したことによると考えられています 4. ピロリ菌の検査法ピロリ菌の検査法にはいくつかの種類があり 内視鏡を使うものとそうでないものに大きく分けられます 前者は 内視鏡を使って胃の組織を採取し それを材料にしてピロリ菌の有無を調べます 胃粘膜組織を顕微鏡で見てピロリ菌を探す方法 ( 鏡検法 ) 先に述

前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

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解禁日時 :2019 年 2 月 4 日 ( 月 ) 午後 7 時 ( 日本時間 ) プレス通知資料 ( 研究成果 ) 報道関係各位 2019 年 2 月 1 日 国立大学法人東京医科歯科大学 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 IL13Rα2 が血管新生を介して悪性黒色腫 ( メラノーマ ) を

感染は男性同士で性行為をする人によくみられ そのほとんどが共通して HIV 感染した人同士であった 多施設の臨床試験 ( アフリカ アジア太平洋 ヨーロッパ ラテンアメリカ 北アメリカから 18 カ国で実施された ) で異性愛者の男性における陰茎 陰嚢 会陰 / 肛門周囲の HPV 感染有病率を調べ

関係があると報告もされており 卵巣明細胞腺癌において PI3K 経路は非常に重要であると考えられる PI3K 経路が活性化すると mtor ならびに HIF-1αが活性化することが知られている HIF-1αは様々な癌種における薬理学的な標的の一つであるが 卵巣癌においても同様である そこで 本研究で

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1. ストーマ外来 の問い合わせ窓口 1 ストーマ外来が設定されている ( はい / ) 上記外来の名称 対象となるストーマの種類 7 ストーマ外来の説明が掲載されているページのと は 手入力せずにホームページからコピーしてください 他施設でがんの診療を受けている または 診療を受けていた患者さんを

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1. ストーマ外来 の問い合わせ窓口 1 ストーマ外来が設定されている ( / ) 上記外来の名称 ストマ外来 対象となるストーマの種類 コロストーマとウロストーマ 4 大腸がん 腎がん 膀胱がん ストーマ管理 ( 腎ろう, 膀胱ろう含む ) ろう孔管理 (PEG 含む ) 尿失禁の管理 ストーマ外

汎発性膿疱性乾癬のうちインターロイキン 36 受容体拮抗因子欠損症の病態の解明と治療法の開発について ポイント 厚生労働省の難治性疾患克服事業における臨床調査研究対象疾患 指定難病の 1 つである汎発性膿疱性乾癬のうち 尋常性乾癬を併発しないものはインターロイキン 36 1 受容体拮抗因子欠損症 (

糖鎖の新しい機能を発見:補体系をコントロールして健康な脳神経を維持する

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八村敏志 TCR が発現しない. 抗原の経口投与 DO11.1 TCR トランスジェニックマウスに経口免疫寛容を誘導するために 粗精製 OVA を mg/ml の濃度で溶解した水溶液を作製し 7 日間自由摂取させた また Foxp3 の発現を検討する実験では RAG / OVA3 3 マウスおよび

現在にいたっております その結果 現在 HPVワクチンは定期接種でありながら 接種対象となる12 歳から16 歳の女子に対する接種がほとんど行われていないのが現状です このような状況は先進国では日本だけで見られていることであり 将来 子宮頸がんの発症が他国に比べて著しく高くなるというような事態が起き

密封小線源治療 子宮頸癌 体癌 膣癌 食道癌など 放射線治療科 放射免疫療法 ( ゼヴァリン ) 低悪性度 B 細胞リンパ腫マントル細胞リンパ腫 血液 腫瘍内科 放射線内用療法 ( ストロンチウム -89) 有痛性の転移性骨腫瘍放射線治療科 ( ヨード -131) 甲状腺がん 研究所 滋賀県立総合病

針刺し切創発生時の対応

1. Caov-3 細胞株 A2780 細胞株においてシスプラチン単剤 シスプラチンとトポテカン併用添加での殺細胞効果を MTS assay を用い検討した 2. Caov-3 細胞株においてシスプラチンによって誘導される Akt の活性化に対し トポテカンが影響するか否かを調べるために シスプラチ

●子宮頸がん予防措置の実施の推進に関する法律案

一次サンプル採取マニュアル PM 共通 0001 Department of Clinical Laboratory, Kyoto University Hospital その他の検体検査 >> 8C. 遺伝子関連検査受託終了項目 23th May EGFR 遺伝子変異検

8 整形外科 骨肉腫 9 脳神経外科 8 0 皮膚科 皮膚腫瘍 初発中枢神経系原発悪性リンパ腫 神経膠腫 脳腫瘍 膠芽腫 頭蓋内原発胚細胞腫 膠芽腫 小児神経膠腫 /4 別紙 5( 臨床試験 治験 )

子宮頸がん予防措置の実施の推進に関する法律案要綱

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H22母性保健に関する研究

ギガンジウム 子宮頚癌予防ワクチン接種開始 1 年を経過して 我が国では毎年多くの人が癌で亡くなっています ( 死亡率の第 1 位 ) なかでも子宮頸癌は 我が国において毎年 15,000 人の方が罹患 (8,000 人は初期癌 ) し 昨年は 2,486 人の方が亡くなっています これは 20 ~

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系統看護学講座 クイックリファレンス 2012年 母性看護学

RNA Poly IC D-IPS-1 概要 自然免疫による病原体成分の認識は炎症反応の誘導や 獲得免疫の成立に重要な役割を果たす生体防御機構です 今回 私達はウイルス RNA を模倣する合成二本鎖 RNA アナログの Poly I:C を用いて 自然免疫応答メカニズムの解析を行いました その結果

EBウイルス関連胃癌の分子生物学的・病理学的検討

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1. 免疫学概論 免疫とは何か 異物 ( 病原体 ) による侵略を防ぐ生体固有の防御機構 免疫系 = 防衛省 炎症 = 部隊の派遣から撤収まで 免疫系の特徴 ⅰ) 自己と非自己とを識別する ⅱ) 侵入因子間の差異を認識する ( 特異的反応 ) ⅲ) 侵入因子を記憶し 再侵入に対してより強い反応を起こ

るマウスを解析したところ XCR1 陽性樹状細胞欠失マウスと同様に 腸管 T 細胞の減少が認められました さらに XCL1 の発現が 脾臓やリンパ節の T 細胞に比較して 腸管組織の T 細胞において高いこと そして 腸管内で T 細胞と XCR1 陽性樹状細胞が密に相互作用していることも明らかにな

小児用肺炎球菌ワクチン 対象者 : 生後 2カ月 ~5 歳未満の方接種費用 : 無料ただし 接種開始が2 歳以上の場合は自己負担あり (1100 円 ) 接種回数 : 接種開始年齢によって異なります 接種開始月 年齢接種回数 接種間隔接種費用 生後 2 月から 7 月未満 生後 7 月から 12 月

子として同定され 前立腺癌をはじめとした癌細胞や不死化細胞で著しい発現低下が認められ 癌抑制遺伝子として発見された Dkk-3 は前立腺癌以外にも膵臓癌 乳癌 子宮内膜癌 大腸癌 脳腫瘍 子宮頸癌など様々な癌で発現が低下し 癌抑制遺伝子としてアポトーシス促進的に働くと考えられている 先行研究では ヒ

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今後の展開現在でも 自己免疫疾患の発症機構については不明な点が多くあります 今回の発見により 今後自己免疫疾患の発症機構の理解が大きく前進すると共に 今まで見過ごされてきたイントロン残存の重要性が 生体反応の様々な局面で明らかにされることが期待されます 図 1 Jmjd6 欠損型の胸腺をヌードマウス

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研究の詳細な説明 1. 背景細菌 ウイルス ワクチンなどの抗原が人の体内に入るとリンパ組織の中で胚中心が形成されます メモリー B 細胞は胚中心に存在する胚中心 B 細胞から誘導されてくること知られています しかし その誘導の仕組みについてはよくわかっておらず その仕組みの解明は重要な課題として残っ

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Transcription:

総論 HPV と悪性腫瘍 HPV and Cancer 吉川裕之 Hiroyuki Yoshikawa Key words HPV, がん, ワクチン 要約パピローマウイルスはウサギなどでも造腫瘍性が証明されている ヒトパピローマウイルス (HPV) のがんとの関連については, 子宮頸がんではほぼ明らかになっているが,HPV16/18 ワクチンで予防できることを確認することが絶対的な証明となる 子宮頸がん以外に, 外陰がん, 膣がん, 肛門がん, 陰茎がん, 中咽頭がんが関連しているとされる その他に一部で関連が指摘されているものとしては, 口腔がん, 食道がん, 喉頭がん, 膀胱がん, 食道がん, 肺がんなどがある HPV16/18 ワクチンは現在思春期女性を主な対象としているが, 男性への接種の必要性についても議論があり, 実際に臨床試験も行われている 男性への接種の目的は, 子宮頸がんの減少の効率を上げることに加え, 他の HPV 関連悪性腫瘍を予防することである はじめに綿尾ウサギ ( 野兎,cotton tail rabbit papillomavirus [CRPV]) の乳頭腫の抽出物を家ウサギに接種すると 100% に乳頭腫が発生し, その 60% が 2 年以内に扁平上皮癌になることを Raus が報告した (1935 年 ) 1) この CRPV による発癌は固形癌のウイルス発癌として初めて証明されたものであり, それが自然宿主に in vivo で証明された意義は大きい SV40 など多くのウイルス発癌は in vitro で自然宿主ではない細胞に感染させた結果起こる現象であることを考えると, パピローマウイルスが由緒ある発癌ウイルスであることがわかる また, ヒトパピローマウイルス 16 型 (human papillomavirus16, HPV16) も自然宿主の細胞で in vitro での immortalization が初めて証明されたウイルスである 2,3) 子宮頸がん発生の征圧が期待できる HPV16/18 ワクチンの公費助成による接種が, 思春期女性を対象として我が国でも実施され始めた 子宮頚がん撲滅の実現も夢ではなくなってきた 2008 年度のノーベル医学生理学賞が HPV16(1983 年 ) や HPV18(1984 年 ) を子宮頸がんに発見した Harald zur Hausen 博士に与えられることとなった 1.HPV のウイルス学 HPV はエンベロープを持たない DNA ウイルスであり, パピローマウイルス科に属する ゲノムは約 8,000 塩基対の環状 2 本鎖 DNA HPV ゲノムはウイルス蛋白がコードされた ORF と遺伝子発現をコントロールする LCR からなり,ORF は,E1, E2, E4, E5, E6, E7 の初期遺伝子とL1,L2 の後期遺伝子に分けられ, 初期遺伝子は DNA の複製, 遺伝子の転写調節, ウイルス粒子の形成, 宿主細胞の細胞転換などに関与し, 後期遺伝子はウイルス粒子の外被蛋白をコードしている 癌関連 HPV のE6, E7 は p53 と Rb に抑制的に働く癌遺伝子である HPV ゲノムは, メジャー (L1) およびマイナー (L2) 構造タンパク質からなるキャプシドの殻で覆われており, 正二十面体の小型 ( 直径約 55 nm) のウイルス粒子を形成する HPV 型は遺伝子型として分類され,130 種類以上知られている これらの HPV 型は, 感染部位により粘膜型 HPV と皮膚型 HPV に大別されるが, 粘膜型 HPV の多くは生殖器から検出されることから性器 HPV (genital HPV) とも呼ばれる 特定の HPV 型は, 発がんに関係する細胞の不死化および形質転換と関連している 粘膜型 HPV は病原性により,oncogenic HPV 筑波大学大学院人間総合科学研究科 Department of Obstetrics & Gynecology Graduate School of Human Comprehensive Sciences University of Tsukuba 305-8575 茨城県つくば市天王台 1-1-1 TEL: 029-853-3049 2(238) 細胞 43(7),2011

女性性器 ( 子宮頸部 ) における HPV 感染と免疫 HPV infection and immunity in the female genital tracts 笹川寿之 Toshiyuki Sasagawa Key words HPV, Host immunity, Immuno-evasion, Cervical cancer,hpv vaccine 要 約 ヒトパピローマウイルス (HPV) は子宮頸部などの粘膜に感染し, 癌化を誘発する 性交経験後数年以内に5 割以上の女性が HPV 感染するが, その 9 割は 3 年以内に治癒する HPV 感染後に自然免疫 (innate immunity) が誘導され, 感染数か月で HPV に対する細胞性免疫が成立すると考えられている その後 HPV 抗体が誘導されて治癒する しかし,HPV は本来ヒトの免疫を回避して潜伏する能力を有しており, 感染した女性の一部では HPV に対する免疫が誘導されないか,HPV に対する免疫寛容が誘導されて持続感染化する その後, 高度の上皮内新生物 (CIN) に発展し, 最終的に癌になると考えられる HPV16, 18 感染予防ワクチンは最も確実な子宮頸癌予防法であるが, すでに HPV 感染した CIN や癌患者には無効である そのような患者には免疫治療が必要となる HPV に対する免疫応答とその回避機構を理解することによって,HPV 感染後に有効な免疫治療法が開発できるだろう CIN に対する細胞性免疫の誘導には HPV 抗原の暴露と炎症の誘導が必須であり, 進行癌においては, がん組織局所の免疫寛容や癌細胞の免疫抵抗性をいかに排除するかが今後の課題である 1.HPV 感染から発癌までの自然史 ( 図 1) 産婦人科を訪れた若い日本人女性の子宮頚部の HPV-DNA を調査したところ,10 歳代後半の女性の半数,20 歳代前半の 36% に高リスク型 HPV に感染していた 1) また, 米国の女子大生を5 年間追跡した調査から, のべ 6 割が HPV に感染することも明らかになっている このように,HPV 感染は女性にとってあり 図 1 HPV 感染から子宮頚部発癌までの自然史と発癌危険因子ふれたものである また, これら若い女性の HPV 感染は 3 年以内に約 90 % が自然治癒することが知られている 1) HPV 感染以外の発癌の危険因子は, 多産, ピル長期服用, 喫煙,HIV 感染など免疫不全である 免疫不全は HPV 感染の持続化を誘発し, 多産やピルは E6, E7 遺伝子の発現を亢進させる可能性があり, 喫煙は遺伝子変異の誘導や免疫を抑制する 1) CIN1の半数以上は自然治癒するが,CIN2 では 43%,CIN3 では 32 % のみ消失または軽快する 1) CIN 病変が進行すればするほど自然治癒しにくくなる HPV 感染から発癌までには 10 年以上かかるとされている 2.HPV 感染と免疫応答 HPV 感染のほとんどは自然に排除されるが, それはどのようなメカニズムによるのだろうか? ウイルス抗原が暴露されると, 樹状細胞 (DC), マクロファー 金沢医科大学 産科婦人科 Department of Obstetrics and Gynecology, Kanazawa Medical University 石川県河北郡内灘町大学 1-1 TEL:076-286-2211 細胞 43(7),2011 (241)5

図 2 HPV に対する適応免疫応答 図 3 Toll-like receptor(tlr) と免疫応答 ( 文献 9 から引用 ) ジ,B 細胞などの抗原提示細胞 (APC) はそれを貪食して細胞内でペプチドに分解する 抗原認識した APC はリンパ節に移動し, その細胞表面に HLA class- 2 抗原拘束性にペプチドを提示して, その抗原情報をナイーブ CD4+T 細胞へ伝える 2) ( 図 2) 抗原提示を受けたナイーブ T 細胞は, その抗原に特異的に反応するヘルパー T 細胞へと分化する この際に, マクロファージ,NK 細胞,NKT 細胞から分泌された IL-12, IL-2 など細胞性免疫を活性化するサイトカインが存在すると,CD4+T リンパ球はタイプ 1 型ヘルパー細胞 (Th1) に分化し,IL-10, IL-6, IL-4 などのサイトカインが存在すれば, タイプ2ヘルパー T(Th2) 細胞に分化する 2) 一方, 抗原認識した DC は CD4 + T 細胞のみならず, HLA class-1を介してナイーブ CD8+T 細胞にも抗原提 示する (cross presentation) その結果,HPV 抗原に特異的なキラー T 細胞 (CTL) が作られる HPV が再度侵入すると,Th1 細胞や DC から分泌される IL-2 や IFN-8 に反応して, この HPV 特異的な CTL は増殖し, 武装化して,HPV 感染細胞を攻撃できるようになる これが細胞性免疫である 犬の口腔内乳頭腫ウイルスの研究から, 乳頭腫は細胞性免疫の成立にともなって消失し, その後にウイルス抗体が誘導されることが判明している 3) このモデルでは, 一旦免疫が誘導されると, 抗体価の低い状態であってもウイルスの再感染は起こらない ヒトにおいて HPV16 のE2に対する 4) Th1 細胞活性や HPV16-E7 ではなく E6 に対する CTL 5) の存在が自然治癒に関連していることが示されている このことは HPV 感染防御には細胞性免疫が重要 6(242) 細胞 43(7),2011

子宮頸癌予防のための HPV ワクチン HPV vaccines for cervical cancer prevention 松本光司 Koji Matsumoto Key words HPV, 子宮頸癌 要約子宮頸癌やその前癌病変を原因ウイルス ( ヒトパピローマウイルス, HPV) に対するワクチンを用いることによって予防することが現実のものとなっている 臨床治験のデータでは子宮頸癌からの検出率が最も高い HPV16/18 に対するワクチン効果は性交渉開始前にきちんと接種すればほぼ 100% に近い 我が国でも子宮頸癌の約 70% を予防できると推定される 子宮頸癌の予防戦略は一次予防としての HPV ワクチン, 二次予防としてのがん検診 ( 細胞診 HPV テスト ) を両軸としたものに大きく変わろうとしている はじめにヒトパピローマウイルス ( HPV: human papillomavirus) は正二十面体のキャプシドに包まれた小型 ( 直径 50-60nm) のウイルスで, ゲノムは約 8,000 塩基対の 2 本鎖 DNA である HPV はゲノム DNA の相同性の程度によって型が分類され, 現在では 90 以上の型が分離されている 皮膚に感染し良性のイボの原因となるもの (1,2 型等 ), 粘膜に感染して尖圭コンジローマ ( 外陰部のイボ ) の原因になるもの (6,11 型 ) や子宮頸癌やその前癌病変 [cervical intraepithelial neoplasia (CIN) grade 1-3] の原因 (16,18,31,33,52,58 型等 ) になるものなど,HPVの型によって感染部位と生じる疾患が異なる 子宮頸癌病変から極めて高率 (90% 以上 ) にヒトパピローマウイルスの DNA が検出されるこ とから HPV 感染は子宮頸癌発症の最大のリスクファクターと考えられている 近年, 原因ウイルスである HPVに対するワクチンを用いることによって子宮頸癌や前癌病変を予防することが現実のものとなっている 厳密に言えば HPVワクチンは予防ワクチン (prophylactic vaccine; HPVに感染していない女性に接種して HPV 感染を予防することによって子宮頸癌の発症率の低下を目指す ) と治療ワクチン (therapeutic vaccine; すでに子宮頸癌や前癌病変を発症している患者に対する免疫治療としてのワクチン ) に大別されるが, 現在海外の多くの国々で実用化されている HPVワクチンは予防ワクチンである 残念ながら, 治療ワクチンは依然として実用化のめどが立っていない 1.HPV ワクチンの概略現在までに海外の多くの国々で承認されている HPVワクチンはグラクソスミスクライン (GSK) 社が開発したサーバリックス R とメルク社 ( 本邦では MSD) が開発した Gardasil R の2 種類である 前者は子宮頸癌からの検出率が最も高いHPV16,18 型に対する 2 価ワクチンで, 後者は HPV16,18 型に尖圭コンジローマの原因ウイルスである HPV6,11 型を加えた 4 価ワクチンである これらのワクチンは, ウイルス DNAを持たない ( 感染性のない ) 人工ウイルス粒子 (virus-like particle, VLP, 図 1) を抗原とし, 中和抗体を誘導することによって HPVが細胞に感 筑波大学大学院人間総合科学研究科婦人周産期分野 Department of Obstetrics and Gynecology, Graduate School of Comprehensive Human Science, University of Tsukuba 305-8575 茨城県つくば市天王台 1-1-1 TEL: 029-853-3073 細胞 43(7),2011 (251)15

図 1 HPV ウイルス様粒子 (VLP) の電子顕微鏡像 ( 筆者が抗体測定用にバキュロウイルス発現系を用いて作製 ) 図 2 HPV 未感染者におけるワクチンの効果 図 3 HPV 既感染者を含む集団におけるワクチンの効果 染する前に感染をブロックするしくみである いずれも筋注による 3 回接種 (0,1-2,6 か月 ) となっているが, これまでの海外臨床試験では HPV16,18 型による感染の予防効果と前癌病変発生の予防効果は 100% に近く ( 図 2) 1-3), 重篤な有害事象は報告されていない 1,3) 我が国の臨床試験でも同様の結果が得られている 4) 現在のところ, 中和抗体価は少なくとも 8.5 年間は維持されることが確認されており, かなりの長期間効果が持続すると期待される Gardasil R は現在米国をはじめ海外 100 ヶ国以上で, サーバリックス R も欧州や豪州など 100 ヶ国以上で認可されている 我が国では 2009 年 10 月にサーバリックス R が承認されたが,Gardasil R は承認申請中である (2011 年 4 月末日現在 ) したがって, 現在 のところ我が国ではサーバリックス R のみが接種可能である 米国や欧州などからいくつかのガイドラインが提唱されているが, 我が国では 2011 年 2 月に発刊された産婦人科診療ガイドライン婦人科外来編 2011 ( 日本産科婦人科学会 / 日本産婦人科医会編集 監修 ) のなかで扱われている ワクチン効果は基本的には HPV16,18 型感染に限って認められる ただし,HPV31, 33, 45 型に対しても交差反応による予防効果がいくらか期待できるという報告がある 1,5) ワクチンが普及すれば, HPV16,18 型の検出頻度から約 60-70% の子宮頸癌を大幅に予防することができると推測されている 6,7) しかし, 現行のワクチンではすべての子宮頸癌を予防することができるというわけではないので, ワク 16(252) 細胞 43(7),2011