総論 HPV と悪性腫瘍 HPV and Cancer 吉川裕之 Hiroyuki Yoshikawa Key words HPV, がん, ワクチン 要約パピローマウイルスはウサギなどでも造腫瘍性が証明されている ヒトパピローマウイルス (HPV) のがんとの関連については, 子宮頸がんではほぼ明らかになっているが,HPV16/18 ワクチンで予防できることを確認することが絶対的な証明となる 子宮頸がん以外に, 外陰がん, 膣がん, 肛門がん, 陰茎がん, 中咽頭がんが関連しているとされる その他に一部で関連が指摘されているものとしては, 口腔がん, 食道がん, 喉頭がん, 膀胱がん, 食道がん, 肺がんなどがある HPV16/18 ワクチンは現在思春期女性を主な対象としているが, 男性への接種の必要性についても議論があり, 実際に臨床試験も行われている 男性への接種の目的は, 子宮頸がんの減少の効率を上げることに加え, 他の HPV 関連悪性腫瘍を予防することである はじめに綿尾ウサギ ( 野兎,cotton tail rabbit papillomavirus [CRPV]) の乳頭腫の抽出物を家ウサギに接種すると 100% に乳頭腫が発生し, その 60% が 2 年以内に扁平上皮癌になることを Raus が報告した (1935 年 ) 1) この CRPV による発癌は固形癌のウイルス発癌として初めて証明されたものであり, それが自然宿主に in vivo で証明された意義は大きい SV40 など多くのウイルス発癌は in vitro で自然宿主ではない細胞に感染させた結果起こる現象であることを考えると, パピローマウイルスが由緒ある発癌ウイルスであることがわかる また, ヒトパピローマウイルス 16 型 (human papillomavirus16, HPV16) も自然宿主の細胞で in vitro での immortalization が初めて証明されたウイルスである 2,3) 子宮頸がん発生の征圧が期待できる HPV16/18 ワクチンの公費助成による接種が, 思春期女性を対象として我が国でも実施され始めた 子宮頚がん撲滅の実現も夢ではなくなってきた 2008 年度のノーベル医学生理学賞が HPV16(1983 年 ) や HPV18(1984 年 ) を子宮頸がんに発見した Harald zur Hausen 博士に与えられることとなった 1.HPV のウイルス学 HPV はエンベロープを持たない DNA ウイルスであり, パピローマウイルス科に属する ゲノムは約 8,000 塩基対の環状 2 本鎖 DNA HPV ゲノムはウイルス蛋白がコードされた ORF と遺伝子発現をコントロールする LCR からなり,ORF は,E1, E2, E4, E5, E6, E7 の初期遺伝子とL1,L2 の後期遺伝子に分けられ, 初期遺伝子は DNA の複製, 遺伝子の転写調節, ウイルス粒子の形成, 宿主細胞の細胞転換などに関与し, 後期遺伝子はウイルス粒子の外被蛋白をコードしている 癌関連 HPV のE6, E7 は p53 と Rb に抑制的に働く癌遺伝子である HPV ゲノムは, メジャー (L1) およびマイナー (L2) 構造タンパク質からなるキャプシドの殻で覆われており, 正二十面体の小型 ( 直径約 55 nm) のウイルス粒子を形成する HPV 型は遺伝子型として分類され,130 種類以上知られている これらの HPV 型は, 感染部位により粘膜型 HPV と皮膚型 HPV に大別されるが, 粘膜型 HPV の多くは生殖器から検出されることから性器 HPV (genital HPV) とも呼ばれる 特定の HPV 型は, 発がんに関係する細胞の不死化および形質転換と関連している 粘膜型 HPV は病原性により,oncogenic HPV 筑波大学大学院人間総合科学研究科 Department of Obstetrics & Gynecology Graduate School of Human Comprehensive Sciences University of Tsukuba 305-8575 茨城県つくば市天王台 1-1-1 TEL: 029-853-3049 2(238) 細胞 43(7),2011
女性性器 ( 子宮頸部 ) における HPV 感染と免疫 HPV infection and immunity in the female genital tracts 笹川寿之 Toshiyuki Sasagawa Key words HPV, Host immunity, Immuno-evasion, Cervical cancer,hpv vaccine 要 約 ヒトパピローマウイルス (HPV) は子宮頸部などの粘膜に感染し, 癌化を誘発する 性交経験後数年以内に5 割以上の女性が HPV 感染するが, その 9 割は 3 年以内に治癒する HPV 感染後に自然免疫 (innate immunity) が誘導され, 感染数か月で HPV に対する細胞性免疫が成立すると考えられている その後 HPV 抗体が誘導されて治癒する しかし,HPV は本来ヒトの免疫を回避して潜伏する能力を有しており, 感染した女性の一部では HPV に対する免疫が誘導されないか,HPV に対する免疫寛容が誘導されて持続感染化する その後, 高度の上皮内新生物 (CIN) に発展し, 最終的に癌になると考えられる HPV16, 18 感染予防ワクチンは最も確実な子宮頸癌予防法であるが, すでに HPV 感染した CIN や癌患者には無効である そのような患者には免疫治療が必要となる HPV に対する免疫応答とその回避機構を理解することによって,HPV 感染後に有効な免疫治療法が開発できるだろう CIN に対する細胞性免疫の誘導には HPV 抗原の暴露と炎症の誘導が必須であり, 進行癌においては, がん組織局所の免疫寛容や癌細胞の免疫抵抗性をいかに排除するかが今後の課題である 1.HPV 感染から発癌までの自然史 ( 図 1) 産婦人科を訪れた若い日本人女性の子宮頚部の HPV-DNA を調査したところ,10 歳代後半の女性の半数,20 歳代前半の 36% に高リスク型 HPV に感染していた 1) また, 米国の女子大生を5 年間追跡した調査から, のべ 6 割が HPV に感染することも明らかになっている このように,HPV 感染は女性にとってあり 図 1 HPV 感染から子宮頚部発癌までの自然史と発癌危険因子ふれたものである また, これら若い女性の HPV 感染は 3 年以内に約 90 % が自然治癒することが知られている 1) HPV 感染以外の発癌の危険因子は, 多産, ピル長期服用, 喫煙,HIV 感染など免疫不全である 免疫不全は HPV 感染の持続化を誘発し, 多産やピルは E6, E7 遺伝子の発現を亢進させる可能性があり, 喫煙は遺伝子変異の誘導や免疫を抑制する 1) CIN1の半数以上は自然治癒するが,CIN2 では 43%,CIN3 では 32 % のみ消失または軽快する 1) CIN 病変が進行すればするほど自然治癒しにくくなる HPV 感染から発癌までには 10 年以上かかるとされている 2.HPV 感染と免疫応答 HPV 感染のほとんどは自然に排除されるが, それはどのようなメカニズムによるのだろうか? ウイルス抗原が暴露されると, 樹状細胞 (DC), マクロファー 金沢医科大学 産科婦人科 Department of Obstetrics and Gynecology, Kanazawa Medical University 石川県河北郡内灘町大学 1-1 TEL:076-286-2211 細胞 43(7),2011 (241)5
図 2 HPV に対する適応免疫応答 図 3 Toll-like receptor(tlr) と免疫応答 ( 文献 9 から引用 ) ジ,B 細胞などの抗原提示細胞 (APC) はそれを貪食して細胞内でペプチドに分解する 抗原認識した APC はリンパ節に移動し, その細胞表面に HLA class- 2 抗原拘束性にペプチドを提示して, その抗原情報をナイーブ CD4+T 細胞へ伝える 2) ( 図 2) 抗原提示を受けたナイーブ T 細胞は, その抗原に特異的に反応するヘルパー T 細胞へと分化する この際に, マクロファージ,NK 細胞,NKT 細胞から分泌された IL-12, IL-2 など細胞性免疫を活性化するサイトカインが存在すると,CD4+T リンパ球はタイプ 1 型ヘルパー細胞 (Th1) に分化し,IL-10, IL-6, IL-4 などのサイトカインが存在すれば, タイプ2ヘルパー T(Th2) 細胞に分化する 2) 一方, 抗原認識した DC は CD4 + T 細胞のみならず, HLA class-1を介してナイーブ CD8+T 細胞にも抗原提 示する (cross presentation) その結果,HPV 抗原に特異的なキラー T 細胞 (CTL) が作られる HPV が再度侵入すると,Th1 細胞や DC から分泌される IL-2 や IFN-8 に反応して, この HPV 特異的な CTL は増殖し, 武装化して,HPV 感染細胞を攻撃できるようになる これが細胞性免疫である 犬の口腔内乳頭腫ウイルスの研究から, 乳頭腫は細胞性免疫の成立にともなって消失し, その後にウイルス抗体が誘導されることが判明している 3) このモデルでは, 一旦免疫が誘導されると, 抗体価の低い状態であってもウイルスの再感染は起こらない ヒトにおいて HPV16 のE2に対する 4) Th1 細胞活性や HPV16-E7 ではなく E6 に対する CTL 5) の存在が自然治癒に関連していることが示されている このことは HPV 感染防御には細胞性免疫が重要 6(242) 細胞 43(7),2011
子宮頸癌予防のための HPV ワクチン HPV vaccines for cervical cancer prevention 松本光司 Koji Matsumoto Key words HPV, 子宮頸癌 要約子宮頸癌やその前癌病変を原因ウイルス ( ヒトパピローマウイルス, HPV) に対するワクチンを用いることによって予防することが現実のものとなっている 臨床治験のデータでは子宮頸癌からの検出率が最も高い HPV16/18 に対するワクチン効果は性交渉開始前にきちんと接種すればほぼ 100% に近い 我が国でも子宮頸癌の約 70% を予防できると推定される 子宮頸癌の予防戦略は一次予防としての HPV ワクチン, 二次予防としてのがん検診 ( 細胞診 HPV テスト ) を両軸としたものに大きく変わろうとしている はじめにヒトパピローマウイルス ( HPV: human papillomavirus) は正二十面体のキャプシドに包まれた小型 ( 直径 50-60nm) のウイルスで, ゲノムは約 8,000 塩基対の 2 本鎖 DNA である HPV はゲノム DNA の相同性の程度によって型が分類され, 現在では 90 以上の型が分離されている 皮膚に感染し良性のイボの原因となるもの (1,2 型等 ), 粘膜に感染して尖圭コンジローマ ( 外陰部のイボ ) の原因になるもの (6,11 型 ) や子宮頸癌やその前癌病変 [cervical intraepithelial neoplasia (CIN) grade 1-3] の原因 (16,18,31,33,52,58 型等 ) になるものなど,HPVの型によって感染部位と生じる疾患が異なる 子宮頸癌病変から極めて高率 (90% 以上 ) にヒトパピローマウイルスの DNA が検出されるこ とから HPV 感染は子宮頸癌発症の最大のリスクファクターと考えられている 近年, 原因ウイルスである HPVに対するワクチンを用いることによって子宮頸癌や前癌病変を予防することが現実のものとなっている 厳密に言えば HPVワクチンは予防ワクチン (prophylactic vaccine; HPVに感染していない女性に接種して HPV 感染を予防することによって子宮頸癌の発症率の低下を目指す ) と治療ワクチン (therapeutic vaccine; すでに子宮頸癌や前癌病変を発症している患者に対する免疫治療としてのワクチン ) に大別されるが, 現在海外の多くの国々で実用化されている HPVワクチンは予防ワクチンである 残念ながら, 治療ワクチンは依然として実用化のめどが立っていない 1.HPV ワクチンの概略現在までに海外の多くの国々で承認されている HPVワクチンはグラクソスミスクライン (GSK) 社が開発したサーバリックス R とメルク社 ( 本邦では MSD) が開発した Gardasil R の2 種類である 前者は子宮頸癌からの検出率が最も高いHPV16,18 型に対する 2 価ワクチンで, 後者は HPV16,18 型に尖圭コンジローマの原因ウイルスである HPV6,11 型を加えた 4 価ワクチンである これらのワクチンは, ウイルス DNAを持たない ( 感染性のない ) 人工ウイルス粒子 (virus-like particle, VLP, 図 1) を抗原とし, 中和抗体を誘導することによって HPVが細胞に感 筑波大学大学院人間総合科学研究科婦人周産期分野 Department of Obstetrics and Gynecology, Graduate School of Comprehensive Human Science, University of Tsukuba 305-8575 茨城県つくば市天王台 1-1-1 TEL: 029-853-3073 細胞 43(7),2011 (251)15
図 1 HPV ウイルス様粒子 (VLP) の電子顕微鏡像 ( 筆者が抗体測定用にバキュロウイルス発現系を用いて作製 ) 図 2 HPV 未感染者におけるワクチンの効果 図 3 HPV 既感染者を含む集団におけるワクチンの効果 染する前に感染をブロックするしくみである いずれも筋注による 3 回接種 (0,1-2,6 か月 ) となっているが, これまでの海外臨床試験では HPV16,18 型による感染の予防効果と前癌病変発生の予防効果は 100% に近く ( 図 2) 1-3), 重篤な有害事象は報告されていない 1,3) 我が国の臨床試験でも同様の結果が得られている 4) 現在のところ, 中和抗体価は少なくとも 8.5 年間は維持されることが確認されており, かなりの長期間効果が持続すると期待される Gardasil R は現在米国をはじめ海外 100 ヶ国以上で, サーバリックス R も欧州や豪州など 100 ヶ国以上で認可されている 我が国では 2009 年 10 月にサーバリックス R が承認されたが,Gardasil R は承認申請中である (2011 年 4 月末日現在 ) したがって, 現在 のところ我が国ではサーバリックス R のみが接種可能である 米国や欧州などからいくつかのガイドラインが提唱されているが, 我が国では 2011 年 2 月に発刊された産婦人科診療ガイドライン婦人科外来編 2011 ( 日本産科婦人科学会 / 日本産婦人科医会編集 監修 ) のなかで扱われている ワクチン効果は基本的には HPV16,18 型感染に限って認められる ただし,HPV31, 33, 45 型に対しても交差反応による予防効果がいくらか期待できるという報告がある 1,5) ワクチンが普及すれば, HPV16,18 型の検出頻度から約 60-70% の子宮頸癌を大幅に予防することができると推測されている 6,7) しかし, 現行のワクチンではすべての子宮頸癌を予防することができるというわけではないので, ワク 16(252) 細胞 43(7),2011