第 3 章海洋の気候変動 3.1 海面水温の変動 3.1.1 100 年スケールの長期変動気象庁では 海洋の変動を監視するために 船舶等で直接観測した海面水温データを解析して 1891 年から現在までの 100 年以上にわたる海面水温データを作成している その海面水温データから 日本近海を海面水温の長期変化傾向が類似した複数の海域に区分し それぞれの海域における海面水温の上昇率を求めた ここでは 近畿 中国 四国地方に近接した海域における海面水温長期変動を記す (1) 日本海側日本海の年平均海面水温の上昇率 ( 図 3.1.1 表 3.1.1 参照 ) は 中部で 1.72 /100 年 南部で 1.26 /100 年であった ( 統計期間 : 中部 1907~2012 年 南部 1901~2012 年 ) これらの上昇率は 世界の年平均海面水温 (0.51 /100 年 ) や北太平洋の年平均海面水温 (0.45 /100 年 ) の上昇率と比べて 2~3 倍の大きさとなっている なお 日本海中部の上昇率は 日本の周辺海域のなかで最も大きな上昇率となっている また 日本の年平均気温 ( 陸上のみ ) の上昇率 (1.15 /100 年 統計期間 :1898~2012 年 ) と比較すると 日本海南部の海面水温の上昇率は日本の気温の上昇率とほぼ同程度であるが 日本海中部の海面水温の上昇率は日本の気温の上昇率より大きい 図 3.1.1 日本海中部 ( 左図 ) 及び日本海南部 ( 右図 ) の海域平均海面水温 図の青丸は各年の偏差を 青の太い実線は 5 年移動平均を 赤の実線は長期変化傾向を示す 表 3.1.1 日本海の海域平均海面水温 ( 年平均及び季節平均 ) の長期変化傾向 ( /100 年 ) * を付加している上昇率は統計的に 95% 有意な値 無印の上昇率は統計的に 99% 有意な値を示す ± を付記した数字は 確からしさの範囲 (95% の信頼限界 ) なお 有意と判定された変化傾向はすべて水温の上昇を示しているため 表中及び本文中では 上昇率 と表記する 日本近海における海面水温は 南西諸島を除いて 2 月下旬から 3 月下旬に最も低くなり 8 月下旬から 9 月上旬に最も高くなることから 1-3 月を冬 4-6 月を春 7-9 月を夏 10-12 月を秋とした 海域名 上昇率 ( /100 年 ) 年冬 (1-3 月 ) 春 (4-6 月 ) 夏 (7-9 月 ) 秋 (10-12 月 ) 日本海中部 +1.72±0.36 +2.40±0.54 +1.79±0.45 +0.88 * ±0.64 +1.99±0.51 日本海南部 +1.26±0.36 +1.59±0.54 +1.30±0.43 +0.72 * ±0.54 +1.61±0.38
日本海中部で海面水温の上昇が特に大きい理由はよくわかっていないが アジア大陸の中国東北部では年平均気温 ( 陸上のみ ) の上昇率が約 2 /100 年と報告されている ( 気候変動に関する政府間パネル第 4 次評価報告書 [ 以下 本書では IPCC(2007) とする ]) ことから 日本海中部の海面水温の大きな上昇率は 大陸の気温の大きな上昇の影響を受けている可能性がある (2) 太平洋側太平洋四国 東海沖における年平均海面水温の上昇率 ( 図 3.1.2 表 3.1.2 参照 ) は 北部で 1.24 /100 年 南部で 0.74 /100 年であった ( 統計期間 : 北部 1902~2012 年 南部 1911~2012 年 ) これらの上昇率は 世界の年平均海面水温 (0.51 /100 年 ) や北太平洋の年平均海面水温 (0.45 /100 年 ) の上昇率と比べて およそ 2 倍の大きさである また 日本の年平均気温 ( 陸上のみ ) の上昇率 (1.15 /100 年 統計期間 :1898~2012 年 ) と比較すると 四国 東海沖北部の海面水温の上昇率は日本の年平均気温の上昇率と同程度であるが 四国 東海沖南部の海面水温の上昇率は日本の年平均気温の上昇率より小さくなっている 図 3.1.2 四国 東海沖北部 ( 左図 ) 及び四国 東海沖南部 ( 右図 ) の海域平均海面水温 図の青丸は各年の偏差を 青の太い実線は 5 年移動平均を 赤の実線は長期変化傾向を示す 表 3.1.2 四国 東海沖の海域平均海面水温 ( 年平均及び季節平均 ) の長期変化傾向 ( /100 年 ) は 統計的に有意な長期変化傾向が見出せないことを示す ± を付記した数字は 確からしさの範囲 (95% の信頼限界 ) なお 有意と判定された変化傾向はすべて水温の上昇を示しているため 表中及び本文中では 上昇率 と表記する 季節の分け方については 表 3.1.1 の脚注を参照 海域名 上昇率 ( /100 年 ) 年冬 (1-3 月 ) 春 (4-6 月 ) 夏 (7-9 月 ) 秋 (10-12 月 ) 四国 東海沖北部 +1.24±0.18 +1.51±0.31 +0.96±0.30 +1.01±0.25 +1.43±0.25 四国 東海沖南部 +0.74±0.25 +0.81±0.37 +0.84±0.36 +1.01±0.35
3.1.2 1985 年以降の変動気象庁は 1985 年以降 船舶等による現場観測データと衛星によるリモートセンシング観測データを併せて 時間的 空間的により詳細な海面水温の解析を行っている この海面水温解析データを用いて より細分化した海域における海面水温の変動を調査した 海域の区分けは 日本海側が (A) 対馬海峡から島根県の沖合 (B) 隠岐諸島の北西海域 (C) 鳥取県から能登半島の沖合であり 太平洋側が (D) 高知県以西の黒潮流路を中心とする海域 (E) 黒潮より南の海域 (F) 高知県以東の黒潮流路を中心とする海域 (G) 東海地方沖合である ( 図 3.1.3) いずれの海域においても数年程度の変動が顕著であるものの (G) の東海地方沖合を除いて海面水温は上昇傾向にある ( 図 3.1.4) なお 水温の年変動は 近畿 中国 四国地方の陸上の気温の年変動と類似している 図 3.1.3 海域の区分図 3.1.4 における海域の区分を表す 図 3.1.4 各海域の海面水温偏差の変動月ごとの偏差を 13 か月移動平均したもの A~G は図 3.1.3 の A~G の海域に対応している 気温 は 近畿 中国 四国地方の日本海側及び太平洋側の陸上の月平均気温平年差を 13 か月移動平均したものである 変化傾向が有意な上昇を表す場合にその変化傾向を直線で示す
コラム 日本海深層の変化 日本海は 3000mより深い海域が広い一方 対馬海峡 津軽海峡 宗谷海峡など隣接する海とつながる海峡は水深が浅く 深層では隣接する海と海水の交換があまり無いため 日本海の約 300m 以深は 水温や塩分などがほぼ均質な日本海固有水で占められています ( 図 1) この日本海固有水は ウラジオストク沖の海域において 海面付近の海水が 冬季の季節風によって冷やされ重くなることで 深層に沈み込むことにより形成されると考えられています 気象庁は 海洋気象観測船で 1965 年以降 日本海深層の観測を行っています その観測結果 ( 図 2) から 日本海の深層 (2000m) の溶存酸素量が長期的に減少するとともに 徐々に水温が上昇していることが明らかになりました 一般に海洋の溶存酸素量は 海面付近で多く深層で少ないことから 日本海の深層で溶存酸素量が徐々に減少しているという事実は 酸素が豊富な海面付近の水が深層へ沈み込みにくくなっていることを示唆しています 海面付近の水が沈み込みにくくなっていることについては 先に示した日本海の年平均海面水温の大きな上昇率やアジア大陸 ( 中国東北部 ) の冬季の気温の大きな上昇率 ( 約 3 /100 年 IPCC(2007)) などの事実から 日本海北部において冬季の気温が上昇し 海面の冷却が弱まっていることが原因として指摘されています ここで示した日本海深層の変化は 気候変動に関する政府間パネル第 4 次評価報告書 (IPCC,2007) でも報告され その中で日本海固有水は他の海洋と隔離された閉鎖的な海盆に存在しているために 地球温暖化の影響を受け易いことが指摘されています 図 1 日本海の海底地形水深は 米国海洋大気庁地球物理データセンター作成の ETOPO5( 緯度経度 5 分格子の標高 水深データ ) による 図 2 日本海固有水 ( 水深 2000m) のポテンシャル水温 ( 上 ) と溶存酸素量 ( 下 ) の時系列左図の薄い灰色で示した部分は 水深が 2000m より浅い海域を示す ポテンシャル水温とは 水圧による水温上昇分を除いた水温を表し 同じ深度の時間変化は通常の水温と同じ傾向を示す 溶存酸素量の単位 μmol/kg は 海水 1kg 中に含まれる酸素の物質量をμmol( マイクロモル ) で表したもの
3.2 海面水位の変動 3.2.1 100 年スケールの長期変動 IPCC(2007) では 20 世紀を通じた世界平均の海面水位の上昇は 1 年あたり 1.7[1.2~2.2]mm であり 1961 年から 2003 年にかけては 1 年あたり 1.8[1.3~2.3]mm 1993 年から 2003 年にかけては 1 年あたり 3.1[2.4~3.8]mm の割合であるとしている ( 大括弧 [ ] 内に示した数値は 解析の誤差を考慮した見積もりを表す ) 世界全体で平均した海面水位の上昇の原因は主に地球温暖化による海水の熱膨張や 山岳氷河 南極 グリーンランドの氷床の融解にともなう海水の増加とされている また IPCC(2007) では海面水位の長期変動は 地域によって異なった様相を示しているとしている 実際 日本の沿岸では 地盤変動の小さい検潮所の観測データから得られた海面水位は 20 世紀を通じては有意な上昇を示しておらず 1950 年頃に極大がみられ 1990 年代までは約 20 年周期の変動が顕著である ( 図 3.2.1) また 1990 年代以降は上昇傾向とともに約 10 年周期の変動が確認できる 2012 年の日本沿岸の海面水位は平年値 (1981~2010 年平均 ) と比べて 68mm 高く 1960 年以降で第 1 位の値を更新した 約 20 年周期の変動については 主に北太平洋の偏西風の強弱や南北移動を原因としていることが数値モデルを用いた解析により明らかになっている 海面水位は 1985 年以降 海面水温 ( 3.1.2 ( 海面水温の )1985 年以降の変動 参照 ) と同様に上昇傾向を示しており 1990 年代後半以降は平年値と比べて高い状態が続いている 図 3.2.1 日本沿岸の海面水位の変化 (1906~2012 年 ) 1906 年から 1959 年までは左下図の 4 地点で求めた年平均海面水位偏差の平均値 1960 年以降は右下図の 4 海域ごとに求めた年平均海面水位偏差の平均値を示す なお 平均値の算出には地盤変動の影響が小さい検潮所を選択している 青線は 4 地点平均偏差の 5 年移動平均値 (1960 年以降の 5 年移動平均を青破線で示す ) 赤線は 4 海域平均偏差の 5 年移動平均を示す 平成 23 年 (2011 年 ) 東北地方太平洋沖地震の影響を受けた可能性のある函館 深浦 柏崎 東京は 2011 年と 2012 年のデータから除外している 八戸は 検潮所が流失したため欠測としている
3.2.2 近畿 中国 四国地方における 1950 年以降の変動近畿 中国 四国地方のおもな検潮所の年平均海面水位偏差の変動を図 3.2.2 に示す これらの図については 地殻変動の影響が含まれていることに留意する必要があるものの おおむね 1970 年代の極大と 1980 年代半ば以降の上昇傾向が見られ 図 3.2.1 に示した日本沿岸の変動と共通した特徴がみられる 図 3.2.2 近畿 中国 四国地方の検潮所における年平均海面水位偏差の変動と検潮所の位置 太線は 5 年移動平均である 2012 年の値は暫定値 ( 注 : 地盤変動の影響が含まれている ) 水位は観測基準面からの値を使用している
3.3 海面水温と海面水位の予測 3.3.1 海面水温の予測気象庁では 地球温暖化予測情報第 7 巻 (2008 年 ) で北太平洋海洋モデル NPOGCM( 気象研究所の海洋大循環モデル 気象研究所共用海洋モデル を基にしたモデル ) によって将来の海面水温を予測している ここでは 21 世紀末までの日本近海における海域別の年平均海面水温の長期変化傾向 (100 年あたりの変化量 ) を 図 3.3.1(a) 及び (b) に示す (a bは それぞれ A1B シナリオによる予測 B1 シナリオによる予測 ) に示す シナリオについては 8.3 用語の解説を参照 ) 地球温暖化に伴って日本近海の海面水温は上昇すると予測され 21 世紀末までの 100 年あたりの年平均海面水温の上昇率は A1B シナリオで 2.1 /100 年 ( 四国 東海沖北部及び南部 ) 2.4~2.8 /100 年 ( 日本海中部及び南部 ) B1 シナリオで 1.4 /100 年 ( 四国 東海沖北部及び南部 ) 1.6~1.9 /100 年 ( 日本海中部及び南部 ) となっている この値を 観測をもとに算出した海面水温の過去 100 年あたりの上昇率 ( 図 3.3.1(c)) と比較すると A1B シナリオでは 0.8~1.3 /100 年大きくなっており 海面水温の上昇が現在よりも加速する結果となっている 一方 B1 シナリオでも 過去の長期変化傾向と比べて最大で 0.6 /100 年大きくなっており A1B シナリオほどではないが 海面水温の上昇が加速する傾向になっている なお 将来の海面水温の長期変化傾向は 日本南方海域よりも日本海で大きい これは過去の海面水温変化と同様の傾向である 日本海中部 日本海南部 四国 東海沖北部 四国 東海沖南部 A1B B1 過去の海面水温の長期変化 (a) (b) (c) 図 3.3.1 日本近海の海域別年平均海面水温の将来予測と過去の長期変化傾向 ( /100 年赤色で示した海域は 3.1.1 で過去 100 年間の海面水温の変化を解説した海域を示す (a) 及び (b):1981~2100 年について 一次回帰分析によって求めた海域別海面水温の 100 年あたりの将来予測量 (a:a1b シナリオ b:b1 シナリオ ) (c):2008 年までのおよそ 100 年間にわたる海域平均海面水温 ( 年平均 ) の上昇率 ( 詳しくは 3.1.1 を参照 ) 上昇率が * とあるものは 長期変化傾向が統計的に有意に上昇しているとも下降しているとも言えないことを示す
3.3.2 海面水位の予測 NPOGCM によると 年平均海面水位は 近畿 中国地方の日本海側において A1B シナリオで 100 年あたり約 16cm B1 シナリオで約 11cm 上昇する予測となっている 一方 近畿 四国地方の太平洋側の平均海面水位は A1B シナリオで 100 年あたり約 20cm B1 シナリオで約 14cm 上昇する予測となっている ( 図 3.3.2) しかし太平洋側の値については 沿岸の水位に大きな影響を与える黒潮の挙動の影響から不確実性が大きい また気象庁の予測は 温暖化に伴う海水温の上昇による熱膨張と海流の変化に起因する水位変化から算出されたものであり 山岳氷河やグリーンランドや南極の氷床などの陸氷の縮小による寄与を含んでいないことに留意する必要がある なお IPCC(2007) では 世界の平均海面水位は 現在 (1980~1999 年 ) と 21 世紀末 (2090~2099 年 ) の間で A1B シナリオで 21~48cm B1 シナリオで 18~38cm 上昇すると予測されている 図 3.3.2 日本近海の海域別年平均海面水位の長期変化傾向の将来予測 (cm/100 年 ) 1981~2100 年について 一次回帰分析によって求めた海域別海面水位の 100 年あたりの変化量 ( 左は A1B シナリオ 右は B1 シナリオ ) を示す [*] とあるものは 長期変化傾向が統計的に有意に上昇しているとも下降しているとも言えないことを示す 数値を大括弧 [] で囲んだ海域は長期変化傾向の将来予測の不確実性が大きいので 利用する場合には注意する必要がある