Microsoft Word - cap3-2013kaiyo

Similar documents
Microsoft Word - 1.1_kion_4th_newcolor.doc

Microsoft PowerPoint - Ikeda_ ppt [互換モード]

率を求めることとした 詳細は 高槻ほか (2007) を参照されたい ア解析に使用するデータ解析に使用するデータは 前述の海面水温格子点データ (COBE-SST) と現場観測データである 前者の空間解像度は緯経度 1 度 時間解像度は月平均値となっており 海洋の健康診断表 1 の定期診断表 海面水

1. 天候の特徴 2013 年の夏は 全国で暑夏となりました 特に 西日本の夏平均気温平年差は +1.2 となり 統計を開始した 1946 年以降で最も高くなりました ( 表 1) 8 月上旬後半 ~ 中旬前半の高温ピーク時には 東 西日本太平洋側を中心に気温が著しく高くなりました ( 図 1) 特

(c) (d) (e) 図 及び付表地域別の平均気温の変化 ( 将来気候の現在気候との差 ) 棒グラフが現在気候との差 縦棒は年々変動の標準偏差 ( 左 : 現在気候 右 : 将来気候 ) を示す : 年間 : 春 (3~5 月 ) (c): 夏 (6~8 月 ) (d): 秋 (9~1

2. エルニーニョ / ラニーニャ現象の日本への影響前記 1. で触れたように エルニーニョ / ラニーニャ現象は周辺の海洋 大気場と密接な関わりを持つ大規模な現象です そのため エルニーニョ / ラニーニャ現象は周辺の海流や大気の流れを通じたテレコネクション ( キーワード ) を経て日本へも影響

正誤表 ( 抜粋版 ) 気象庁訳 (2015 年 7 月 1 日版 ) 注意 この資料は IPCC 第 5 次評価報告書第 1 作業部会報告書の正誤表を 日本語訳版に関連する部分について抜粋して翻訳 作成したものである この翻訳は IPCC ホームページに掲載された正誤表 (2015 年 4 月 1

Microsoft Word - cap5-2013torikumi

Taro-40-11[15号p86-84]気候変動

<4D F736F F D F193B994AD955C8E9197BF816A89C482A982E78F4882C982A982AF82C482CC92AA88CA2E646F63>

Microsoft Word - 卒業論文v7_4BKJ1130兼上海

電気使用量集計 年 月 kw 平均気温冷暖平均 基準比 基準比半期集計年間集計 , , ,

過去約 130 年の年平均気温の変化傾向 (1891~2017 年 ) 図 緯度経度 5 度の格子ごとに見た年平均気温の長期変化傾向 (1891~2017 年 ) 図中の丸印は 5 5 格子で平均した 1891~2017 年の長期変化傾向 (10 年あたりの変化量 ) を示す 灰色は長期

日本の海氷 降雪 積雪と温暖化 高野清治 気象庁地球環境 海洋部 気候情報課

PowerPoint プレゼンテーション

気候変化レポート2015 -関東甲信・北陸・東海地方- 第1章第4節

1. 水温分布 ( 図 1) 7 月沖合定線海洋観測結果 平成 26 年 7 月 14 日 岩手県水産技術センター TEL: FAX: 全域で表面水温は高め 県南部に北上暖水が流入 1) 本県沿岸

石川県白山自然保護センター研究報告第27集

2018_1.pdf

い水が海面近くに湧き上っている 図 (a) をみると 太平洋赤道域の海面水温は西部で高く 東部で低くなっていることがわかる また 北半球 ( 南半球 ) の大陸の西岸付近では 岸に沿って南向き ( 北向き ) の風が吹くと 海面付近の暖かい海水は風の方向に力を受けるとともに 地球自転に

( 第 1 章 はじめに ) などの総称 ) の信頼性自体は現在気候の再現性を評価することで確認できるが 将来気候における 数年から数十年周期の自然変動の影響に伴う不確実性は定量的に評価することができなかった こ の不確実性は 降水量の将来変化において特に顕著である ( 詳細は 1.4 節を参照 )

IPCC 第1作業部会 第5次評価報告書 政策決定者のためのサマリー

海洋_野崎.indd

図 (a)2 月 (b)5 月 (c)8 月 (d)11 月における日本近海の海面水温の平年値 ( 左 ) と標準偏差 ( 右 ) 平年値は 1981~2010 年の 30 年平均値 単位 : 148

漂流・漂着ゴミに係る国内削減方策モデル調査地域検討会

気候変動に関する科学的知見の整理について (前回資料2)

1

Microsoft Word - cap4-2013chugoku-hirosima

津波警報等の留意事項津波警報等の利用にあたっては 以下の点に留意する必要があります 沿岸に近い海域で大きな地震が発生した場合 津波警報等の発表が津波の襲来に間に合わない場合があります 沿岸部で大きな揺れを感じた場合は 津波警報等の発表を待たず 直ちに避難行動を起こす必要があります 津波警報等は 最新

表 2-2 北海道地方における年平均風速データベース作成に関する仕様 計算領域計算期間水平解像度時間解像度 20 年間 365 日 水平解像度 500m 1991 年 ~2010 年 24 時間 =175,200 メッシュ以下の詳北海道電力供給管内の詳細メッシュの時間分のデータを細メッシュの風況風況

図 1 COBE-SST のオリジナル格子から JCDAS の格子に変換を行う際に用いられている海陸マスク 緑色は陸域 青色は海域 赤色は内海を表す 内海では気候値 (COBE-SST 作成時に用いられている 1951~2 年の平均値 ) が利用されている (a) (b) SST (K) SST a

IPCC 第 5 次評価報告書第 1 作業部会報告書概要 ( 気象庁訳 ) 正誤表 (2015 年 12 月 1 日修正 ) 第 10 章気候変動の検出と原因特定 : 地球全体から地域まで 41 ページ気候システムの特性第 1 パラグラフ 15 行目 ( 誤 ) 平衡気候感度が 1 以下である可能性

Microsoft PowerPoint - hama.ppt

2.1 の気温の長期変化 の 6 地点の 1890~2010 年の 121 年間における年平均気温平年 差の推移を図 2.1-2に示す の年平均気温は 100 年あたり1. 2 ( 統計期間 1890~2010 年 ) の割合で 統計的に有意に上昇している 長期変化傾向を除くと 1900 年代後半と

< F2D81798B438FDB817A95BD90AC E93788EC090D1955D89BF>

第五回まとめ 2/2 東岸域では, 北風がエクマン流を通じて湧昇をもたらす. これを沿岸湧昇と呼ぶ. 沿岸湧昇域での, 局所的な大気海洋結合変動現象であるカリフォルニアニーニョ, ニンガルーニーニョなどが発見されている. エクマン流と地衡流の関係の仮説 前回学んだエクマン流が, どう地衡流と関係する

2018_2_2.pdf

8 月沿岸定線海洋観測結果 平成 29 年 8 月 3 日岩手県水産技術センター TEL: FAX: 全定線で顕著な水温躍層が形成 県北部から中部沖 20~50 海里の 100m 深に親潮系冷水が分

2018 年 12 月の天候 ( 福島県 ) 月の特徴 4 日の最高気温が記録的に高い 下旬後半の会津と中通り北部の大雪 平成 31 年 1 月 8 日福島地方気象台 1 天候経過 概況この期間 会津では低気圧や寒気の影響で曇りや雪または雨の日が多かった 中通りと浜通りでは天気は数日の周期で変わった

7 月沖合定線海洋観測結果 令和元年 7 月 11 日岩手県水産技術センター TEL: FAX: 県南部沖 20~50 海里の 100m 深水温は平年より最大 4 程度低め 1. 水温分布 ( 図

Microsoft Word - 1.3_yuki_4th.doc

本日の内容 6. 海洋風成循環と海面高度 見延庄士郎 ( 海洋気候物理学研究室 ) 予習課題 : 下のニュースに目を通しておくこと. 温暖化進めば今世紀半ばまで年 4 兆円支出米政府監査院 ( 朝日新聞 2017/11/25)

<4D F736F F D A6D92E894C5817A F193B994AD955C8E9197BF2E646F63>

地球温暖化に関する知識

周期時系列の統計解析 (3) 移動平均とフーリエ変換 nino 2017 年 12 月 18 日 移動平均は, 周期時系列における特定の周期成分の消去や不規則変動 ( ノイズ ) の低減に汎用されている統計手法である. ここでは, 周期時系列をコサイン関数で近似し, その移動平均により周期成分の振幅

本文(横組)2/YAX334AU

5 月沿岸定線海洋観測結果 令和元年 5 月 13 日岩手県水産技術センター TEL: FAX: 沿岸 10 海里以内の表面水温は 8~10 台で 平年より 1 程度高めとなっている 1. 水温分布

(1) 継続的な観測 監視 研究調査の推進及び情報や知見の集積〇気候変動の進行状況の継続的な監視体制 気象庁では WMO の枠組みの中で 気象要素と各種大気質の観測を行っている 1 現場で観測をしっかりと行っている 2 データの標準化をしっかりと行っている 3 データは公開 提供している 気象庁気象

WTENK4-1_982.pdf

6 月沿岸定線海洋観測結果 令和元年 6 月 6 日岩手県水産技術センター TEL: FAX: 親潮系冷水の波及により 20 海里以遠の 100m 深水温は平年より最大 3 程度低め 1. 水温分布

資料1-1 「日本海沿岸域における温暖化に伴う積雪の変化予測と適応策のための先進的ダウンスケーリング手法の開発」(海洋研究開発機構 木村特任上席研究員 提出資料)

黄砂消散係数 (/Km) 黄砂消散係数 (/Km) 黄砂消散係数 (/Km) 黄砂消散係数 (/Km) 日数 8~ 年度において長崎 松江 富山で観測された気象台黄砂日は合計で延べ 53 日である これらの日におけるの頻度分布を図 6- に示している が.4 以下は全体の約 5% であり.6 以上の

Microsoft Word - ondan.doc

IPCC 第 1 作業部会 評価報告書の歴史

本検討の位置づけ H27 親委員会 H27E2E H27E2E これまでの検討で不足している部分 1

資料6 (気象庁提出資料)

委員会報告書「気候変動への賢い適応」

kouenyoushi_kyoshida

Microsoft PowerPoint - Noda2009SS.ppt

橡Ⅰ.企業の天候リスクマネジメントと中長期気象情

f ( 0 ) y スヴェルドラップの関係式は, 回転する球面上に存在する海の上に大規模な風系が存在するときに海流が駆動されることを極めて簡明に表現する, 風成循環理論の最初の出発点である 風成循環の理論は, スヴェルドラップの関係式に様々な項を加えることで発展してきたと言ってもよい スヴェルドラッ

IPCC 第 5 次報告書における排出ガスの抑制シナリオ 最新の IPCC 第 5 次報告書 (AR5) では 温室効果ガス濃度の推移の違いによる 4 つの RCP シナリオが用意されている パリ協定における将来の気温上昇を 2 以下に抑えるという目標に相当する排出量の最も低い RCP2.6 や最大


go.jp/wdcgg_i.html CD-ROM , IPCC, , ppm 32 / / 17 / / IPCC


NEWS 特定非営利活動法人環境エネルギーネットワーク 21 No 年 9 月 IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change) の概要 環境エネルギーネットワーク 21 主任研究員大崎歌奈子 今年の夏は世界各国で猛暑や洪水 干ばつ

WTENK5-6_26265.pdf

( 表紙の図 ) 表面海水中の水素イオン濃度指数 (ph) の分布図 赤いほど ph が低いことを示す (p.10 図 Ⅳ.2)

<4D F736F F F696E74202D E63289F1934B899E8DF E BBF975C91AA82CC8CA992CA82B55F FC92F988C42E >

DE0087−Ö“ª…v…›

2.1 の気温の長期変化 の年平均気温平年差の推 移を図 に示す の年平均気温は 100 年あ たり 1.3 の割合で上昇している 長 期変化傾向を除くと 1900 年代後半 と 1920 年代半ばから 1940 年代半ば までは低温の時期が続いた 1960 年 頃に高温の時期があり 1

GPS 海洋ブイの概要 GPS 衛星 GPS 衛星 陸上局 ( 基準点 ) 基準点の測位 RTK-GPS 補正データ 観測データ 観測点の測位 GPS 海洋観測ブイ 20km RTK (Real Time Kinematic) 測位 数 cm オーダの測位精度 観測センター GPS 測位により 海面

佐賀県の地震活動概況 (2018 年 12 月 ) ( 1 / 10) 平成 31 年 1 月 15 日佐賀地方気象台 12 月の地震活動概況 12 月に佐賀県内で震度 1 以上を観測した地震は1 回でした (11 月はなし ) 福岡県 佐賀県 長崎県 熊本県 図 1 震央分布図 (2018 年 1

報道発表資料

Microsoft Word - ME-webGIS使用マニュアル_160615

図 東北地方太平洋沖地震以降の震源分布図 ( 福島第一 第二原子力発電所周辺 ) 図 3 東北地方太平洋沖地震前後の主ひずみ分布図 ( 福島第一 第二原子力発電所周辺 )

環境科学部年報(第16号)-04本文-学位論文の概要.indd

津波の怖さを知っていますか? 平成 5 年 (1993 年 ) 北海道南西沖地震では地震発生から 5 分と経たないうちに大津波が押し寄せ 死者 202 人 行方不明者 28 人などの被害が生じました ( 写真は函館海洋気象台職員撮影 ) 宮崎地方気象台

PowerPoint プレゼンテーション

要旨 昨秋 日本に多大な被害を与えた台風 15 号は静岡県浜松市に上陸し 東海大学海洋学部 8 号館気象台では過去 3 年間での最高値に相当する 1 分平均風速 25 m/s を記録した また 西日本から北日本の広範囲に暴風や記録的な大雨をもたらし 東京都江戸川区で最大風速 31 m/s を記録する

風力発電インデックスの算出方法について 1. 風力発電インデックスについて風力発電インデックスは 気象庁 GPV(RSM) 1 局地気象モデル 2 (ANEMOS:LAWEPS-1 次領域モデル ) マスコンモデル 3 により 1km メッシュの地上高 70m における 24 時間の毎時風速を予測し


III

Microsoft PowerPoint - 1-2_nies_hijioka_13Feb2014【確定版】.pptx

表紙/cover.ps

また 積雪をより定量的に把握するため 14 日 6 時から 17 日 0 時にかけて 積雪の深さは と質 問し 定規で測っていただきました 全国 6,911 人の回答から アメダスの観測機器のある都市だけで なく 他にも局地的に積雪しているところがあることがわかりました 図 2 太平洋側の広い範囲で

今世紀の排出が1000年先の未来を決める —ティッピングとは何か?

Microsoft PowerPoint _takahasi_ver03.ppt [互換モード]

(別紙1)気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次評価報告書統合報告書 政策決定者向け要約(SPM)の概要(速報版)

などの極端現象も含め 気候変動による影響を評価している さらに AR4 は 長期的な展望として 適応策と緩和策のどちらも その一方だけではすべての気候変動の影響を防ぐことができないが 両者は互いに補完し合い 気候変動のリスクを大きく低減することが可能であることは 確信度が高い とし 最も厳しい緩和努

Microsoft Word _IPCC AR4 SPM日本語訳.doc

An ensemble downscaling prediction experiment of summertime cool weather caused by Yamase

ような塩の組成はほとんど変化しない 年平均した降水量 (CMAP データを用いて作成 ) 2.2 海水の密度海水の密度は水温だけでなく 塩分にも依存する 一般に塩分が多いほど密度は高くなる 真水と海水について 温度変化に伴う密度の変化を計算すると以下のようになる 真水は 4 付近で密度が最大になるが

HPC /11/02 地球温暖化問題の現状 ~ 何がわかって何が問題か ~ 内容 NCAR (1) 濃度安定化と温暖化防止 (2) (3) 1-1

言語表記等から推定すると 例えば 沖縄県石垣島では約 8 割を中国製が占めた一方 東京湾岸の富津では日本製がほとんど全てを占めていました ( 別添 1-2) 3 平成 27 年度のモニタリング調査は 調査実施時期が冬期となり日本海側及び北海道沿岸では調査が困難であったため 太平洋側 瀬戸内海沿岸及び

PowerPoint Presentation

2018 年の山形県とその周辺の地震活動 1. 地震活動の概況 2018 年に 山形県とその周辺 ( 図 1の範囲内 ) で観測した地震は 2,250 回 (2017 年 :2,447 回 ) であった 山形県内で震度 1 以上を観測した地震は 図の範囲外で発生した地震を含めて 47 回 (2017

淀川水系流域委員会第 71 回委員会 (H20.1 審議参考資料 1-2 河川管理者提供資料

( 第 2 章異常気象と気候変動の将来の見通し ) 第 2 章異常気象と気候変動の将来の見通し 2.1 気候変動予測と将来シナリオ本節では 異常気象と気候変動の将来の予測を述べる前に それらの定量的な評価を可能にしている気候モデルと これに入力する将来の社会像について述べる 気候変動予測

平成22年度 マハゼ稚仔魚の生息環境調査

Transcription:

第 3 章海洋の気候変動 3.1 海面水温の変動 3.1.1 100 年スケールの長期変動気象庁では 海洋の変動を監視するために 船舶等で直接観測した海面水温データを解析して 1891 年から現在までの 100 年以上にわたる海面水温データを作成している その海面水温データから 日本近海を海面水温の長期変化傾向が類似した複数の海域に区分し それぞれの海域における海面水温の上昇率を求めた ここでは 近畿 中国 四国地方に近接した海域における海面水温長期変動を記す (1) 日本海側日本海の年平均海面水温の上昇率 ( 図 3.1.1 表 3.1.1 参照 ) は 中部で 1.72 /100 年 南部で 1.26 /100 年であった ( 統計期間 : 中部 1907~2012 年 南部 1901~2012 年 ) これらの上昇率は 世界の年平均海面水温 (0.51 /100 年 ) や北太平洋の年平均海面水温 (0.45 /100 年 ) の上昇率と比べて 2~3 倍の大きさとなっている なお 日本海中部の上昇率は 日本の周辺海域のなかで最も大きな上昇率となっている また 日本の年平均気温 ( 陸上のみ ) の上昇率 (1.15 /100 年 統計期間 :1898~2012 年 ) と比較すると 日本海南部の海面水温の上昇率は日本の気温の上昇率とほぼ同程度であるが 日本海中部の海面水温の上昇率は日本の気温の上昇率より大きい 図 3.1.1 日本海中部 ( 左図 ) 及び日本海南部 ( 右図 ) の海域平均海面水温 図の青丸は各年の偏差を 青の太い実線は 5 年移動平均を 赤の実線は長期変化傾向を示す 表 3.1.1 日本海の海域平均海面水温 ( 年平均及び季節平均 ) の長期変化傾向 ( /100 年 ) * を付加している上昇率は統計的に 95% 有意な値 無印の上昇率は統計的に 99% 有意な値を示す ± を付記した数字は 確からしさの範囲 (95% の信頼限界 ) なお 有意と判定された変化傾向はすべて水温の上昇を示しているため 表中及び本文中では 上昇率 と表記する 日本近海における海面水温は 南西諸島を除いて 2 月下旬から 3 月下旬に最も低くなり 8 月下旬から 9 月上旬に最も高くなることから 1-3 月を冬 4-6 月を春 7-9 月を夏 10-12 月を秋とした 海域名 上昇率 ( /100 年 ) 年冬 (1-3 月 ) 春 (4-6 月 ) 夏 (7-9 月 ) 秋 (10-12 月 ) 日本海中部 +1.72±0.36 +2.40±0.54 +1.79±0.45 +0.88 * ±0.64 +1.99±0.51 日本海南部 +1.26±0.36 +1.59±0.54 +1.30±0.43 +0.72 * ±0.54 +1.61±0.38

日本海中部で海面水温の上昇が特に大きい理由はよくわかっていないが アジア大陸の中国東北部では年平均気温 ( 陸上のみ ) の上昇率が約 2 /100 年と報告されている ( 気候変動に関する政府間パネル第 4 次評価報告書 [ 以下 本書では IPCC(2007) とする ]) ことから 日本海中部の海面水温の大きな上昇率は 大陸の気温の大きな上昇の影響を受けている可能性がある (2) 太平洋側太平洋四国 東海沖における年平均海面水温の上昇率 ( 図 3.1.2 表 3.1.2 参照 ) は 北部で 1.24 /100 年 南部で 0.74 /100 年であった ( 統計期間 : 北部 1902~2012 年 南部 1911~2012 年 ) これらの上昇率は 世界の年平均海面水温 (0.51 /100 年 ) や北太平洋の年平均海面水温 (0.45 /100 年 ) の上昇率と比べて およそ 2 倍の大きさである また 日本の年平均気温 ( 陸上のみ ) の上昇率 (1.15 /100 年 統計期間 :1898~2012 年 ) と比較すると 四国 東海沖北部の海面水温の上昇率は日本の年平均気温の上昇率と同程度であるが 四国 東海沖南部の海面水温の上昇率は日本の年平均気温の上昇率より小さくなっている 図 3.1.2 四国 東海沖北部 ( 左図 ) 及び四国 東海沖南部 ( 右図 ) の海域平均海面水温 図の青丸は各年の偏差を 青の太い実線は 5 年移動平均を 赤の実線は長期変化傾向を示す 表 3.1.2 四国 東海沖の海域平均海面水温 ( 年平均及び季節平均 ) の長期変化傾向 ( /100 年 ) は 統計的に有意な長期変化傾向が見出せないことを示す ± を付記した数字は 確からしさの範囲 (95% の信頼限界 ) なお 有意と判定された変化傾向はすべて水温の上昇を示しているため 表中及び本文中では 上昇率 と表記する 季節の分け方については 表 3.1.1 の脚注を参照 海域名 上昇率 ( /100 年 ) 年冬 (1-3 月 ) 春 (4-6 月 ) 夏 (7-9 月 ) 秋 (10-12 月 ) 四国 東海沖北部 +1.24±0.18 +1.51±0.31 +0.96±0.30 +1.01±0.25 +1.43±0.25 四国 東海沖南部 +0.74±0.25 +0.81±0.37 +0.84±0.36 +1.01±0.35

3.1.2 1985 年以降の変動気象庁は 1985 年以降 船舶等による現場観測データと衛星によるリモートセンシング観測データを併せて 時間的 空間的により詳細な海面水温の解析を行っている この海面水温解析データを用いて より細分化した海域における海面水温の変動を調査した 海域の区分けは 日本海側が (A) 対馬海峡から島根県の沖合 (B) 隠岐諸島の北西海域 (C) 鳥取県から能登半島の沖合であり 太平洋側が (D) 高知県以西の黒潮流路を中心とする海域 (E) 黒潮より南の海域 (F) 高知県以東の黒潮流路を中心とする海域 (G) 東海地方沖合である ( 図 3.1.3) いずれの海域においても数年程度の変動が顕著であるものの (G) の東海地方沖合を除いて海面水温は上昇傾向にある ( 図 3.1.4) なお 水温の年変動は 近畿 中国 四国地方の陸上の気温の年変動と類似している 図 3.1.3 海域の区分図 3.1.4 における海域の区分を表す 図 3.1.4 各海域の海面水温偏差の変動月ごとの偏差を 13 か月移動平均したもの A~G は図 3.1.3 の A~G の海域に対応している 気温 は 近畿 中国 四国地方の日本海側及び太平洋側の陸上の月平均気温平年差を 13 か月移動平均したものである 変化傾向が有意な上昇を表す場合にその変化傾向を直線で示す

コラム 日本海深層の変化 日本海は 3000mより深い海域が広い一方 対馬海峡 津軽海峡 宗谷海峡など隣接する海とつながる海峡は水深が浅く 深層では隣接する海と海水の交換があまり無いため 日本海の約 300m 以深は 水温や塩分などがほぼ均質な日本海固有水で占められています ( 図 1) この日本海固有水は ウラジオストク沖の海域において 海面付近の海水が 冬季の季節風によって冷やされ重くなることで 深層に沈み込むことにより形成されると考えられています 気象庁は 海洋気象観測船で 1965 年以降 日本海深層の観測を行っています その観測結果 ( 図 2) から 日本海の深層 (2000m) の溶存酸素量が長期的に減少するとともに 徐々に水温が上昇していることが明らかになりました 一般に海洋の溶存酸素量は 海面付近で多く深層で少ないことから 日本海の深層で溶存酸素量が徐々に減少しているという事実は 酸素が豊富な海面付近の水が深層へ沈み込みにくくなっていることを示唆しています 海面付近の水が沈み込みにくくなっていることについては 先に示した日本海の年平均海面水温の大きな上昇率やアジア大陸 ( 中国東北部 ) の冬季の気温の大きな上昇率 ( 約 3 /100 年 IPCC(2007)) などの事実から 日本海北部において冬季の気温が上昇し 海面の冷却が弱まっていることが原因として指摘されています ここで示した日本海深層の変化は 気候変動に関する政府間パネル第 4 次評価報告書 (IPCC,2007) でも報告され その中で日本海固有水は他の海洋と隔離された閉鎖的な海盆に存在しているために 地球温暖化の影響を受け易いことが指摘されています 図 1 日本海の海底地形水深は 米国海洋大気庁地球物理データセンター作成の ETOPO5( 緯度経度 5 分格子の標高 水深データ ) による 図 2 日本海固有水 ( 水深 2000m) のポテンシャル水温 ( 上 ) と溶存酸素量 ( 下 ) の時系列左図の薄い灰色で示した部分は 水深が 2000m より浅い海域を示す ポテンシャル水温とは 水圧による水温上昇分を除いた水温を表し 同じ深度の時間変化は通常の水温と同じ傾向を示す 溶存酸素量の単位 μmol/kg は 海水 1kg 中に含まれる酸素の物質量をμmol( マイクロモル ) で表したもの

3.2 海面水位の変動 3.2.1 100 年スケールの長期変動 IPCC(2007) では 20 世紀を通じた世界平均の海面水位の上昇は 1 年あたり 1.7[1.2~2.2]mm であり 1961 年から 2003 年にかけては 1 年あたり 1.8[1.3~2.3]mm 1993 年から 2003 年にかけては 1 年あたり 3.1[2.4~3.8]mm の割合であるとしている ( 大括弧 [ ] 内に示した数値は 解析の誤差を考慮した見積もりを表す ) 世界全体で平均した海面水位の上昇の原因は主に地球温暖化による海水の熱膨張や 山岳氷河 南極 グリーンランドの氷床の融解にともなう海水の増加とされている また IPCC(2007) では海面水位の長期変動は 地域によって異なった様相を示しているとしている 実際 日本の沿岸では 地盤変動の小さい検潮所の観測データから得られた海面水位は 20 世紀を通じては有意な上昇を示しておらず 1950 年頃に極大がみられ 1990 年代までは約 20 年周期の変動が顕著である ( 図 3.2.1) また 1990 年代以降は上昇傾向とともに約 10 年周期の変動が確認できる 2012 年の日本沿岸の海面水位は平年値 (1981~2010 年平均 ) と比べて 68mm 高く 1960 年以降で第 1 位の値を更新した 約 20 年周期の変動については 主に北太平洋の偏西風の強弱や南北移動を原因としていることが数値モデルを用いた解析により明らかになっている 海面水位は 1985 年以降 海面水温 ( 3.1.2 ( 海面水温の )1985 年以降の変動 参照 ) と同様に上昇傾向を示しており 1990 年代後半以降は平年値と比べて高い状態が続いている 図 3.2.1 日本沿岸の海面水位の変化 (1906~2012 年 ) 1906 年から 1959 年までは左下図の 4 地点で求めた年平均海面水位偏差の平均値 1960 年以降は右下図の 4 海域ごとに求めた年平均海面水位偏差の平均値を示す なお 平均値の算出には地盤変動の影響が小さい検潮所を選択している 青線は 4 地点平均偏差の 5 年移動平均値 (1960 年以降の 5 年移動平均を青破線で示す ) 赤線は 4 海域平均偏差の 5 年移動平均を示す 平成 23 年 (2011 年 ) 東北地方太平洋沖地震の影響を受けた可能性のある函館 深浦 柏崎 東京は 2011 年と 2012 年のデータから除外している 八戸は 検潮所が流失したため欠測としている

3.2.2 近畿 中国 四国地方における 1950 年以降の変動近畿 中国 四国地方のおもな検潮所の年平均海面水位偏差の変動を図 3.2.2 に示す これらの図については 地殻変動の影響が含まれていることに留意する必要があるものの おおむね 1970 年代の極大と 1980 年代半ば以降の上昇傾向が見られ 図 3.2.1 に示した日本沿岸の変動と共通した特徴がみられる 図 3.2.2 近畿 中国 四国地方の検潮所における年平均海面水位偏差の変動と検潮所の位置 太線は 5 年移動平均である 2012 年の値は暫定値 ( 注 : 地盤変動の影響が含まれている ) 水位は観測基準面からの値を使用している

3.3 海面水温と海面水位の予測 3.3.1 海面水温の予測気象庁では 地球温暖化予測情報第 7 巻 (2008 年 ) で北太平洋海洋モデル NPOGCM( 気象研究所の海洋大循環モデル 気象研究所共用海洋モデル を基にしたモデル ) によって将来の海面水温を予測している ここでは 21 世紀末までの日本近海における海域別の年平均海面水温の長期変化傾向 (100 年あたりの変化量 ) を 図 3.3.1(a) 及び (b) に示す (a bは それぞれ A1B シナリオによる予測 B1 シナリオによる予測 ) に示す シナリオについては 8.3 用語の解説を参照 ) 地球温暖化に伴って日本近海の海面水温は上昇すると予測され 21 世紀末までの 100 年あたりの年平均海面水温の上昇率は A1B シナリオで 2.1 /100 年 ( 四国 東海沖北部及び南部 ) 2.4~2.8 /100 年 ( 日本海中部及び南部 ) B1 シナリオで 1.4 /100 年 ( 四国 東海沖北部及び南部 ) 1.6~1.9 /100 年 ( 日本海中部及び南部 ) となっている この値を 観測をもとに算出した海面水温の過去 100 年あたりの上昇率 ( 図 3.3.1(c)) と比較すると A1B シナリオでは 0.8~1.3 /100 年大きくなっており 海面水温の上昇が現在よりも加速する結果となっている 一方 B1 シナリオでも 過去の長期変化傾向と比べて最大で 0.6 /100 年大きくなっており A1B シナリオほどではないが 海面水温の上昇が加速する傾向になっている なお 将来の海面水温の長期変化傾向は 日本南方海域よりも日本海で大きい これは過去の海面水温変化と同様の傾向である 日本海中部 日本海南部 四国 東海沖北部 四国 東海沖南部 A1B B1 過去の海面水温の長期変化 (a) (b) (c) 図 3.3.1 日本近海の海域別年平均海面水温の将来予測と過去の長期変化傾向 ( /100 年赤色で示した海域は 3.1.1 で過去 100 年間の海面水温の変化を解説した海域を示す (a) 及び (b):1981~2100 年について 一次回帰分析によって求めた海域別海面水温の 100 年あたりの将来予測量 (a:a1b シナリオ b:b1 シナリオ ) (c):2008 年までのおよそ 100 年間にわたる海域平均海面水温 ( 年平均 ) の上昇率 ( 詳しくは 3.1.1 を参照 ) 上昇率が * とあるものは 長期変化傾向が統計的に有意に上昇しているとも下降しているとも言えないことを示す

3.3.2 海面水位の予測 NPOGCM によると 年平均海面水位は 近畿 中国地方の日本海側において A1B シナリオで 100 年あたり約 16cm B1 シナリオで約 11cm 上昇する予測となっている 一方 近畿 四国地方の太平洋側の平均海面水位は A1B シナリオで 100 年あたり約 20cm B1 シナリオで約 14cm 上昇する予測となっている ( 図 3.3.2) しかし太平洋側の値については 沿岸の水位に大きな影響を与える黒潮の挙動の影響から不確実性が大きい また気象庁の予測は 温暖化に伴う海水温の上昇による熱膨張と海流の変化に起因する水位変化から算出されたものであり 山岳氷河やグリーンランドや南極の氷床などの陸氷の縮小による寄与を含んでいないことに留意する必要がある なお IPCC(2007) では 世界の平均海面水位は 現在 (1980~1999 年 ) と 21 世紀末 (2090~2099 年 ) の間で A1B シナリオで 21~48cm B1 シナリオで 18~38cm 上昇すると予測されている 図 3.3.2 日本近海の海域別年平均海面水位の長期変化傾向の将来予測 (cm/100 年 ) 1981~2100 年について 一次回帰分析によって求めた海域別海面水位の 100 年あたりの変化量 ( 左は A1B シナリオ 右は B1 シナリオ ) を示す [*] とあるものは 長期変化傾向が統計的に有意に上昇しているとも下降しているとも言えないことを示す 数値を大括弧 [] で囲んだ海域は長期変化傾向の将来予測の不確実性が大きいので 利用する場合には注意する必要がある