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国家公務員共済組合連合会 民間企業仮定貸借対照表 旧令長期経理 平成 26 年 3 月 31 日現在 ( 単位 : 円 ) 科目 金額 ( 資産の部 ) Ⅰ 流動資産 現金 預金 311,585,825 未収金 8,790,209 貸倒引当金 7,091,757 1,698,452 流動資産合計 3

スライド 1

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営業活動によるキャッシュ フロー の区分には 税引前当期純利益 減価償却費などの非資金損益項目 有価証券売却損益などの投資活動や財務活動の区分に含まれる損益項目 営業活動に係る資産 負債の増減 利息および配当金の受取額等が表示されます この中で 小計欄 ( 1) の上と下で性質が異なる取引が表示され

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科目 期別 損益計算書 平成 29 年 3 月期自平成 28 年 4 月 1 日至平成 29 年 3 月 31 日 平成 30 年 3 月期自平成 29 年 4 月 1 日至平成 30 年 3 月 31 日 ( 単位 : 百万円 ) 営業収益 35,918 39,599 収入保証料 35,765 3

連結貸借対照表 ( 単位 : 百万円 ) 当連結会計年度 ( 平成 29 年 3 月 31 日 ) 資産の部 流動資産 現金及び預金 7,156 受取手形及び売掛金 11,478 商品及び製品 49,208 仕掛品 590 原材料及び貯蔵品 1,329 繰延税金資産 4,270 その他 8,476

計算書類等

第 21 期貸借対照表 平成 29 年 6 月 15 日 東京都千代田区一番町 29 番地 2 さわかみ投信株式会社 代表取締役社長澤上龍 流動資産 現金及び預金 直販顧客分別金信託 未収委託者報酬 前払費用 繰延税金資産 その他 固定資産 ( 有形固定資産 ) 建物 器具備品 リース資産 ( 無形

第4期電子公告(東京)

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貸借対照表 ( 平成 20 年 3 月 31 日 ) ( 厚生年金勘定 ) ( 単位 : 円 ) 科 目 金 額 資産の部 Ⅰ 流動資産 現金及び預金 11,313,520,485 有価証券 13,390,000,000 販売用不動産 93,938,423,482 未収金 389,813,000 未

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2. 基準差調整表 当行は 日本基準に準拠した財務諸表に加えて IFRS 財務諸表を参考情報として開示しております 日本基準と IFRS では重要な会計方針が異なることから 以下のとおり当行の資産 負債及び資本に対する調整表並びに当期利益の調整表を記載しております (1) 資産 負債及び資本に対する

法人単位貸借対照表 平成 29 年 3 月 31 日現在 第三号第一様式 ( 第二十七条第四項関係 ) 法人名 : 社会福祉法人水巻みなみ保育所 資産の部当年度末前年度末 増減 負債の部当年度末前年度末 流動資産 23,113,482 23,430, ,370 流動負債 5,252,27

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株 主 各 位                          平成19年6月1日

第6期決算公告

個別注記表 平成 24 年 4 月 1 日から 平成 25 年 3 月 31 日まで 1. 重要な会計方針に係る事項に関する注記 (1) 有価証券の評価基準及び評価方法 子会社株式 総平均法による原価法によっております (2) たな卸資産の評価基準及び評価方法 商品 原材料及び貯蔵品 最終仕入原価法

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第4期 決算報告書

貸借対照表 ( 平成 25 年 3 月 31 日現在 ) ( 単位 : 千円 ) 科目金額科目金額 ( 資産の部 ) ( 負債の部 ) 流動資産 14,146,891 流動負債 10,030,277 現金及び預金 2,491,769 買 掛 金 7,290,606 売 掛 金 9,256,869 リ

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貸借対照表 (2019 年 3 月 31 日現在 ) ( 単位 : 千円 ) 科目 金額 科目 金額 ( 資産の部 ) ( 負債の部 ) 流動資産 3,784,729 流動負債 244,841 現金及び預金 3,621,845 リース債務 94,106 前払費用 156,652 未払金 18,745

貸借対照表 平成 29 年 3 月 31 日現在 ( 単位 : 百万円 ) 資産の部 負債の部 流動資産 13,610 流動負債 5,084 現金 預金 349 買掛金 3,110 売掛金 6,045 短期借入金 60 有価証券 4,700 未払金 498 商品 仕掛品 862 未払費用 254 前

IFRS基礎講座 IAS第12号 法人所得税

参考 企業会計基準第 25 号 ( 平成 22 年 6 月 ) からの改正点 平成 24 年 6 月 29 日 企業会計基準第 25 号 包括利益の表示に関する会計基準 の設例 企業会計基準第 25 号 包括利益の表示に関する会計基準 ( 平成 22 年 6 月 30 日 ) の設例を次のように改正

リリース

Report

①別紙様式第13号 貸借対照表

会社法施行規則及び会社計算規則による株式会社の各種書類のひな型(計算書類及び連結計算書類)新旧対照表

精算表 精算表とは 決算日に 総勘定元帳から各勘定の残高を集計した上で それらに修正すべき処理 ( 決算整理仕訳 ) の内 容を記入し 確定した各勘定の金額を貸借対照表と損益計算書の欄に移していく一覧表です 期末商品棚卸高 20 円 現金 繰越商品 資本金 2

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1. のれんを資産として認識し その後の期間にわたり償却するという要求事項を設けるべきであることに同意するか 同意する場合 次のどの理由で償却を支持するのか (a) 取得日時点で存在しているのれんは 時の経過に応じて消費され 自己創設のれんに置き換わる したがって のれんは 企業を取得するコストの一

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連結会計入門 ( 第 6 版 ) 練習問題解答 解説 練習問題 1 解答 解説 (129 頁 ) ( 解説 ) S 社株式の取得に係るP 社の個別上の処理は次のとおりである 第 1 回取得 ( 平成 1 年 3 月 31 日 ) ( 借 )S 社株式 48,000 ( 貸 ) 現預金 48,000

(2) サマリー情報 1 ページ 1. 平成 29 年 3 月期の連結業績 ( 平成 28 年 4 月 1 日 ~ 平成 29 年 3 月 31 日 ) (2) 連結財政状態 訂正前 総資産 純資産 自己資本比率 1 株当たり純資産 百万円 百万円 % 円銭 29 年 3 月期 2,699 1,23

(1) (2) (3) (1) (2) (3) (4) 決算整理後残高試算表 勘定科目 金 額 勘定科目 金 額 現 金 預 金 ( ) 未払法人税等 ( ) 土 地 ( ) 租 税 公 課 ( ) 法 人 税 等 ( ) 2

貸借対照表

財剎諸表 (1).xlsx

第1章 財務諸表

第11期決算公告

新旧対照表(計算書類及び連結計算書類)

貸借対照表 平成 28 年 3 月 31 日現在 ( 単位 : 千円 ) 科 目 金 額 科 目 金 額 資産の部 負債の部 流動資産 (63,628,517) 流動負債 (72,772,267) 現金及び預金 33,016,731 買掛金 379,893 売掛金 426,495 未払金 38,59

IFRS基礎講座 IAS第37号 引当金、偶発負債及び偶発資産

ならないとされている (IFRS 第 15 号第 8 項 ) 4. 顧客との契約の一部が IFRS 第 15 号の範囲に含まれ 一部が他の基準の範囲に含まれる場合については 取引価格の測定に関する要求事項を設けている (IFRS 第 15 号第 7 項 ) ( 意見募集文書に寄せられた意見 ) 5.

Microsoft Word - 公開草案「中小企業の会計に関する指針」新旧対照表

第 29 期決算公告 平成 26 年 4 月 1 日 平成 27 年 3 月 31 日 計算書類 1 貸借対照表 2 損益計算書 3 個別注記表 中部テレコミュニケーション株式会社


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公開草案なお 重要性が乏しい場合には当該注記を省略できる 現行 適用時期等 平成 XX 年改正の本適用指針 ( 以下 平成 XX 年改正適用指針 という ) は 公表日以後適用する 適用時期等 結論の背景経緯 平成 24 年 1 月 31 日付で 厚生労働省通知 厚生年金基金

日本基準基礎講座 資本会計

第 36 期決算公告 浜松市中区常盤町 静岡エフエム放送株式会社代表取締役社長上野豊 貸借対照表 ( 平成 30 年 3 月 31 日現在 ) ( 単位 : 千円 ) 資産の部 負債の部 Ⅰ. 流 動 資 産 909,595 Ⅰ. 流 動 負 債 208,875 現金及び預金 508,

営業報告書


第10期


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h18財務諸表NCTD-FS_ xls

IFRS基礎講座 IFRS第1号 初度適用

設例 [ 設例 1] 法定実効税率の算定方法 [ 設例 2] 改正地方税法等が決算日以前に成立し 当該改正地方税法等を受けた改正条例が当該決算日に成立していない場合の法定実効税率の算定 本適用指針の公表による他の会計基準等についての修正 -2-

大和リビング株式会社 第 30 期計算書類 自平成 30 年 4 月 1 日 至平成 31 年 3 月 31 日 貸借対照表 平成 31 年 3 月 31 日現在 ( 単位 : 千円 ) 科目 金額 科目 金額 資 産 の 部 負債の部 流動資産 31,058,186 流動負債 21,971,712

03-08_会計監査(収益認識に関するインダストリー別③)小売業-ポイント制度、商品券

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包括利益の表示に関する会計基準第 1 回 : 包括利益の定義 目的 ( 更新 ) 新日本有限責任監査法人公認会計士七海健太郎 1. はじめに企業会計基準第 25 号 包括利益の表示に関する会計基準 ( 以下 会計基準 ) が平成 22 年 6 月 30 日に

連結の補足 連結の 3 年目のタイムテーブル B/S 項目 5つ 68,000 20%=13,600 のれん 8,960 土地 10,000 繰延税金負債( 固定 ) 0 利益剰余金期首残高 1+2, ,120 P/L 項目 3 つ 少数株主損益 4 1,000 のれん償却額 5 1,1

UIプロジェクトX

2018 年 8 月 10 日 各 位 上場会社名 エムスリー株式会社 ( コード番号 :2413 東証第一部 ) ( ) 本社所在地 東京都港区赤坂一丁目 11 番 44 号 赤坂インターシティ 代表者 代表取締役 谷村格 問合せ先 取締役 辻高宏

財務の概要 (2012 年度決算の状況 ) 1. 資金収支計算書の概要 資金収支計算書は 当該会計年度の教育研究活動に対応するすべての資金の収入 支出の内容を明らかにし かつ 当該会計年度における支払資金の収入 支出の顛末を明らかにするものです 資金収支計算書 2012 年 4 月 1 日 ~201

NO 連結精算表科目 & 連結開示 前連結会計 当連結会計 増減差額 科目 借 年度 年度 借方 方 連結借対照表 千円 千円 千円 千円 開 38 社債 20,000,000 5,000,000 開 39 長期借入金 16,500,000 16,071,500 開 40 リース債務 632,000


平成 29 年度連結計算書類 計算書類 ( 平成 29 年 4 月 1 日から平成 30 年 3 月 31 日まで ) 連結計算書類 連結財政状態計算書 53 連結損益計算書 54 連結包括利益計算書 ( ご参考 ) 55 連結持分変動計算書 56 計算書類 貸借対照表 57 損益計算書 58 株主

西川計測 (7500) 2019 年 6 月期第 2 四半期決算短信 ( 非連 添付資料の目次 1. 当四半期決算に関する定性的情報 2 (1) 経営成績に関する説明 2 (2) 財政状態に関する説明 2 (3) 業績予想などの将来予測情報に関する説明 2 2. 四半期財務諸表及び主な注記 3 (1

財務諸表に対する注記 1. 継続事業の前提に関する注記 継続事業の前提に重要な疑義を抱かせる事象又は状況はない 2. 重要な会計方針 (1) 有価証券の評価基準及び評価方法 満期保有目的の債券 償却原価法 ( 定額法 ) によっている なお 取得差額が少額であり重要性が乏しい銘柄については 償却原価

2 事業活動収支計算書 ( 旧消費収支計算書 ) 関係 (1) 従前の 消費収支計算書 の名称が 事業活動収支計算書 に変更され 収支を経常的収支及び臨時的収支に区分して それぞれの収支状況を把握できるようになりました 第 15 条関係 別添資料 p2 9 41~46 82 参照 消費収入 消費支出

第 3 期決算公告 (2018 年 6 月 29 日開示 ) 東京都江東区木場一丁目 5 番 65 号 りそなアセットマネジメント株式会社 代表取締役西岡明彦 貸借対照表 (2018 年 3 月 31 日現在 ) 科目金額科目金額 ( 単位 : 円 ) 資産の部 流動資産 負債の部 流動負債 預金

Transcription:

名古屋学院大学論集社会科学篇第 49 巻第 2 号 pp. 151-163 研究ノート 資産除去債務会計にみるキャッシュ フロー計算書の役割 わが国に導入された会計基準を分析して 豊岡博 はじめに企業会計基準委員会 (ASBJ) は,2008( 平成 20) 年 3 月 31 日に企業会計基準第 18 号 資産除去債務に関する会計基準 ( 以下, 本基準とする ) および企業会計基準適用指針第 21 号 資産除去債務に関する会計基準の適用指針 ( 以下, 本適用指針とする ) を公表した その結果, わが国において資産除去債務に関する会計基準が新たに導入されることとなり,2010( 平成 22) 年 4 月 1 日以後開始する事業年度から原則適用されることとなった これまでは, 電力業界で原子力発電施設の解体費用に関して, 発電実績に応じて解体引当金を計上しているような特定の事例を除き, 固定資産の除去に関する会計処理規定はなかった しかし, 近年, 環境問題を背景とする債務の早期認識, 測定への関心の高まり 1) や当該債務を財務諸表に反映させることは, 国際的潮流である 2), といった理由からわが国においても資産除去債務会計基準が公表されることとなったのである この度の資産除去債務会計の導入は, 適用対象の範囲が特定産業から一般企業へと拡大されることとなった そのため資産除去債務会計の影響は, 多くの企業に反映されることとなろう 資産除去債務とは, 有形固定資産に生じる将来の解体 撤去等による処分および原状回復に関する義務のことである そのため資産除去債務会計導入における本基準および本適用指針の特徴として, 貸借対照表および損益計算書に資産除去債務および費用に関する将来キャッシュ フローが計上されるようになったこと, そしてキャッシュ フロー計算書にもその影響が反映されるようになったことがあげられる そこで本稿では, 本基準および本適用指針についての内容の検討を中心に, 資産除去債務会計とはいかなるものか, 資産除去債務会計導入のもたらす意味, および資産除去債務会計におけるキャッシュ フロー計算書の機能を考察することを目的とする 1) 吉田健太郎, 資産除去債務の会計処理に関する検討の方向性 季刊会計基準 第 16 号,2007 年 3 月, 44ページ 2) 企業会計基準委員会, 企業会計基準第 18 号 資産除去債務に関する会計基準, 平成 20 年 3 月, 第 22 項 151

名古屋学院大学論集 Ⅰ 資産除去債務会計基準の内容 1. 資産除去債務の定義 資産除去債務 とは, 有形固定資産の取得, 建設, 開発又は通常の使用によって生じ, 当該有形固定資産の除去に関して法令又は契約で要求される法律上の義務及びそれに準ずるものをいう ( 本基準 : 第 3 項 (1)) 有形固定資産の 除去 とは, 有形固定資産を用役提供から除外することをいう ( 一時的に除外する場合を除く ) ( 本基準 : 第 3 項 (2)) 本会計基準でいう有形固定資産には, 財務諸表等規則において有形固定資産に区分される資産のほか, それに準じる有形の資産も含む したがって, 建設仮勘定やリース資産のほか, 財務諸表等規則において 投資その他の資産 に分類されている投資不動産などについても, 資産除去債務が存在している場合には, 本会計基準の対象となることに留意する必要がある ( 本基準 : 第 23 項 ) 3) 資産除去債務の対象となる有形固定資産 財務諸表等規則の区分 有形固定資産 投資その他の資産 勘定科目建物, 構築物, 機械及び装置, 船舶, 車両及びその他の陸上運搬具, 工具 器具及び備品, リース資産, 建設仮勘定投資不動産 4) 有形固定資産の除去の範囲 除去として認められるもの 売却 廃棄 リサイクル その他の方法による処分等 除去として認められないもの 用益提供からの一時的な除外 転用や用途変更 遊休状態になる場合 使用期間中に実施する環境修復や修繕 資産除去債務とは, 取得, 建設, 開発等によって貸借対照表に計上されている有形固定資産について, 将来それを使用しなくなり, 売却, 解体, 廃棄などによって除去する際に, 法令や契約で負担が求められる債務のことをいう 3) 内閣府令第 80 号 財務諸表等の用語, 様式及び作成方法に関する規則, 昭和 38 年 11 月 ( 最終改正平成 20 年 12 月 ), 第 23 条および第 33 条 4) 企業会計基準委員会, 企業会計基準第 18 号, 第 3 項 (2) および第 24 項 152

資産除去債務会計にみるキャッシュ フロー計算書の役割 2. 資産除去債務の算定 資産除去債務はそれが発生したときに, 有形固定資産の除去に要する割引前の将来キャッシュ フローを見積り, 割引後の金額 ( 割引価値 ) で算定する ( 本基準 : 第 6 項 ) 3. 資産除去債務の負債計上 資産除去債務は, 有形固定資産の取得, 建設, 開発又は通常の使用によって発生した時に負債として計上する ( 本基準 : 第 4 項 ) 資産除去債務の発生時に, 当該債務の金額を合理的に見積ることができない場合には, これを計上せず, 当該債務額を合理的に見積ることができるようになった時点で負債として計上する ( 本基準 : 第 5 項 ) 資産除去債務の履行時期や除去の方法が明確にならないことなどにより, その金額が確定しない場合でも, 履行時期の範囲及び蓋然性について合理的に見積るための情報が入手可能なときは, 資産除去を合理的に見積ることができる場合に該当する ( 本適用指針 : 第 17 項 ) 4. 資産除去債務に対応する除去費用の資産計上と費用配分 資産除去債務に対応する除去費用は, 資産除去債務を負債として計上した時に, 当該負債の計上額と同額を, 関連する有形固定資産の帳簿価額に加える 資産計上された資産除去債務に対応する除去費用は, 減価償却を通じて, 当該有形固定資産の残存耐用年数にわたり, 各期に費用配分する ( 本基準 : 第 7 項 ) 5. 時の経過による資産除去債務調整額の処理 時の経過による資産除去債務の調整額は, その発生時の費用として処理する 当該調整額は, 期首の負債の帳簿価額に当初負債計上時の割引率を乗じて算定する ( 本基準 : 第 9 項 ) 6. 貸借対照表上の表示 資産除去債務は, 貸借対照表日後 1 年以内にその履行が見込まれる場合を除き, 固定負債の区分に資産除去債務等の適切な科目名で表示する 貸借対照表日後 1 年以内に資産除去債務の履行が見込まれる場合には, 流動負債の区分に表示する ( 本基準 : 第 12 項 ) 7. 損益計算書上の表示 資産計上された資産除去債務に対応する除去費用に係る費用配分額は, 損益計算書上, 当該資産除去債務に関連する有形固定資産の減価償却費と同じ区分に含めて計上する ( 本基準 : 第 13 項 ) 時の経過による資産除去債務の調整額は, 損益計算書上, 当該資産除去債務に関連する有形固定資産の減価償却費と同じ区分に含めて計上する ( 本基準 : 第 14 項 ) 資産除去債務の履行時に認識される資産除去債務残高と資産除去債務の決済のために実際 153

名古屋学院大学論集 に支払われた額との差額は, 損益計算書上, 原則として, 当該資産除去債務に対応する除去費用に係る費用配分額と同じ区分に含めて計上する ( 本基準 : 第 15 項 ) 8. 資産除去債務のキャッシュ フロー計算書上の取扱い 資産除去債務を実際に履行した場合, その支出額についてはキャッシュ フロー計算書上 投資活動によるキャッシュ フロー の項目として取り扱う ( 本適用指針 : 第 12 項 ) 重要な資産除去債務を計上したときは, キャッシュ フロー計算書に 重要な非資金取引 として注記を行う ( 本適用指針 : 第 13 項 ) 上述より以下の特徴があげられる 1 有形固定資産の除去時に支出されるであろう将来の除去費用を当該資産の取得時, およびその後の除去債務発生時に予測, 見積計上する 5) その見積額は, 割引価値によって算出される その数値は, 除去債務取得時の際には, 資産除去債務の負債計上額と同額の資産 ( 有形固定資産 ) を計上する方法で示される そのため貸借対照表の資産および負債には, 将来キャッシュ フローの見積額という多くの見積, 予測, 判断 6) を伴う数字が計上される 2 時の経過による資産除去債務の調整額の算定には, 利子配分法が適用され, その仕訳は, : 利息費用 / : 負債によってなされる 7) そのため, 損益計算書の費用にも将来キャッシュ フローの見積額が反映される 3キャッシュ フロー計算書についても, 将来キャッシュ フローの見積額と関係づけられている それはとりわけ, 注記表示において顕著である Ⅱ 資産除去債務の会計処理 1. 資産除去債務の会計処理における一連の流れ [ 取得時 ] [ 決算時 ] [ 除去時 ] 資産除去債務の負債計上 資産除去債務の費用配分 時の経過による資産除去債務の調整 固定資産の除去 資産除去債務の履行 5) 加藤盛弘, 負債拡大の現代会計 森山書店,2006 年,125ページ 6) 同書,112ページ 7) 同書,126ページ 154

資産除去債務会計にみるキャッシュ フロー計算書の役割 2. 財務諸表の表示 財務表項目区分要件 貸借対照表日後 1 年以 貸借対照表 資産除去債務 流動負債固定負債 内にその履行が見込まれる場合上記以外 資産除去債務に対応する除去費用 固定資産有形固定資産 関連する有形固定資産の帳簿価額に加える 財務表項目区分 損益計算書 資産除去債務に対応する除去費用に係る費用配分額時の経過による資産除去債務の調整額資産除去債務の履行時に認識される資産除去債務残高と決済のための実際支払額との差額 資産除去債務に関連する有形固定資産の減価償却費と同じ区分 資産除去債務に対応する除去費用に係る費用配分額と同じ区分 当該差額が異常な原因により生じたものである場合には, 特別損益として処理 ( 本基準 : 第 58 項 ) 財務表区分要件 キャッシュ フロー計算書 投資活動によるキャッシュ フロー 注記事項重要な非資金取引 資産除去債務の履行時 資産除去債務の未履行時かつ当該債務の重要性が認められた時 Ⅲ 設例にみる会計処理 設例 8) 1. 前提条件 Y 社は,20x1 年 4 月 1 日に設備 Aを取得し, 使用を開始した 当該設備の取得原価は9,000, 耐用年数は3 年であり,Y 社には当該設備を使用後に除去する法的義務がある Y 社が当該設備を除去するときの支出は1,000と見積られている 20x4 年 3 月 31 日に設備 Aが除去された 当該設備の除去に係る支出は1,050であった 8) 企業会計基準適用指針第 21 号 資産除去債務に関する会計基準の適用指針 の [ 説例 1] に修正を加えたものである なおキャッシュ フロー計算書の作成仕訳については, 会計制度委員会報告第 8 号 連結財務諸表等におけるキャッシュ フロー計算書の作成に関する実務指針 Ⅲ 設例 3. 個別キャッ シュ フロー計算書 ( 間接法 ) の作成 にもとづいて行っている 155

名古屋学院大学論集 資産除去債務は取得時にのみ発生するものとし,Y 社は当該設備について残存価額 0で定額法により減価償却を行っている 資産除去債務の算定に用いられる割引率は5.0% とする Y 社の決算日は3 月 31 日であるものとする なお資産除去債務に関する取引は,Y 社にとって重要な取引であるとする また計算上端数が生じた場合は, 計算の都度その最後で小数第 1 位を四捨五入することとする 2. タイムテーブル 20x1 4/1 20x2 3/31 20x3 3/31 20x4 3/31 x1 期 x2 期 x3 期 取得 (1) (2) (3) 除去 (4) 3. 会計処理 (1)20x1 年 4 月 1 日 ( 取得時 ) 設備 A の取得と関連する資産除去債務の計上 有形固定資産 ( 設備 A) 9,864 現金預金 9,000 資産除去債務 864 将来キャッシュ フロー見積額 1,000/(1.05) 3 864 決算整理前残高試算表 ( 一部 ) 設備 A 9,864 資産除去債務 864 (2)20x2 年 3 月 31 日 (x1 期決算時 ) 設備 A と資産計上した除去費用の減価償却 設備 A 部分費用 ( 減価償却費 ) 3,000 除去費用部分費用 ( 減価償却費 ) 288 減価償却累計額 3,000 減価償却累計額 288 設備 Aの減価償却費 9,000/3 年 =3,000 除去費用資産計上額 864/3 年 =288 156

資産除去債務会計にみるキャッシュ フロー計算書の役割 時の経過による資産除去債務の増加 費用 ( 利息費用 ) 43 資産除去債務 43 20x1 年 4 月 1 日における資産除去債務 864 5.0% 43 キャッシュ フロー計算書の作成仕訳 ( 間接法 ) 減価償却累計額 3,288 資産除去債務 43 費用 ( 減価償却費 ) 3,288 費用 ( 利息費用 ) 43 営業活動によるキャッシュ フロー の増加非資金項目の加算 貸借対照表 20x2 年 3 月 31 日現在 有形固定資産 設備 A 9,864 減価償却累計額 3,288 6,576 固定負債資産除去債務 907 損益計算書自 20x1 年 4 月 1 日至 20x2 年 3 月 31 日販売費及び一般管理費減価償却費 3,288 利息費用 43 キャッシュ フロー計算書自 20x1 年 4 月 1 日至 20x2 年 3 月 31 日 営業活動によるキャッシュ フロー税引前当期純利益減価償却費利息費用 xxx 3,288 43 注記 重要な非資金取引の内容 当 ( 連結 ) 会計年度に新たに計上した資産除去債務の額は,907 千円である 157

名古屋学院大学論集 (3)20x3 年 3 月 31 日 (x2 期決算時 ) 設備 A と資産計上した除去費用の減価償却 費用 ( 減価償却費 ) 3,288 減価償却累計額 3,288 設備 A の減価償却費 9,000/3 年 + 除去費用資産計上額 864/3 年 =3,288 時の経過による資産除去債務の増加 費用 ( 利息費用 ) 45 資産除去債務 45 20x2 年 4 月 1 日における資産除去債務 (864+43) 5.0% 45 キャッシュ フロー計算書の作成仕訳 ( 間接法 ) 減価償却累計額 3,288 資産除去債務 45 費用 ( 減価償却費 ) 3,288 費用 ( 利息費用 ) 45 営業活動によるキャッシュ フロー の増加非資金項目の加算 貸借対照表 20x3 年 3 月 31 日現在 有形固定資産 設備 A 9,864 減価償却累計額 6,576 3,288 固定負債資産除去債務 952 損益計算書自 20x2 年 4 月 1 日至 20x3 年 3 月 31 日販売費及び一般管理費減価償却費 3,288 利息費用 45 キャッシュ フロー計算書自 20x2 年 4 月 1 日至 20x3 年 3 月 31 日 営業活動によるキャッシュ フロー税引前当期純利益減価償却費利息費用 xxx 3,288 45 158

資産除去債務会計にみるキャッシュ フロー計算書の役割 注記重要な非資金取引の内容当 ( 連結 ) 会計年度に計上している資産除去債務の額は952 千円であるが, そのうち当 ( 連結 ) 会計年度に新たに計上した額は,45 千円である (4)20x4 年 3 月 31 日 (x3 期決算時および除去時 ) 設備 A と資産計上した除去費用の減価償却 費用 ( 減価償却費 ) 3,288 減価償却累計額 3,288 設備 A の減価償却費 9,000/3 年 + 除去費用資産計上額 864/3 年 =3,288 時の経過による資産除去債務の増加 費用 ( 利息費用 ) 48 資産除去債務 48 20x3 年 4 月 1 日における資産除去債務 (864+43+45) 5.0% 48 設備 Aの除去および資産除去債務の履行設備 Aを使用終了に伴い除去することとする 除去に係る支出が当初の見積りを上回ったため, 差額を費用計上する 減価償却累計額 9,864 資産除去債務 1,000 費用 ( 履行差額 ) 50 有形固定資産 ( 設備 A) 9,864 現金預金 1,050 20x4 年 3 月 31 日における資産除去債務 864+43+45+48=1,000 キャッシュ フロー計算書の作成仕訳 ( 間接法 ) 減価償却累計額 3,288 資産除去債務 48 費用 ( 減価償却費 ) 3,288 費用 ( 利息費用 ) 48 営業活動によるキャッシュ フロー の増加非資金項目の加算 159

名古屋学院大学論集 キャッシュ フロー計算書の作成仕訳 有形固定資産 ( 設備 A) 10,863 有形固定資産の除去による支出 1,050 減価償却累計額 10,863 資産除去債務 1,000 費用 ( 履行差額 ) 50 投資活動によるキャッシュ フロー の減少 営業活動によるキャッシュ フローの増加( 間接法 ) 設備 Aは除去されてなくなるので, 貸借対照表の表示はない 損益計算書自 20x3 年 4 月 1 日至 20x4 年 3 月 31 日販売費及び一般管理費減価償却費 3,288 利息費用 48 履行差額 50 キャッシュ フロー計算書自 20x3 年 4 月 1 日至 20x4 年 3 月 31 日 営業活動によるキャッシュ フロー税引前当期純利益減価償却費利息費用履行差額 xxx 3,288 48 50 投資活動によるキャッシュ フロー 有形固定資産の除去による支出 1,050 160

資産除去債務会計にみるキャッシュ フロー計算書の役割 4. 従来の会計処理との相違 項目負債計上額負債計上の根拠 将来の支払金額や支払時期の確定の可否 効果 将来キャッシュ 資産除去債務 フローの割引現在価値 + 時間経過に伴う除去債務額 将来キャッシュ フローの発生が確定 未確定 資産除去という義務が資産取得時に負債計上される 引当金 その時点に発生していると認められる額 費用の対応 未確定 資産除去という義務が資産の操業期間にわたって一部ずつ発生する 何も計上しないなしなし未確定 将来キャッシュ フローの計上なし Ⅳ 資産除去債務会計導入のもたらす意味 1. 資産除去債務の貸借対照表及び損益計算書への認識資産除去債務の計上 公正価値によって測定された将来キャッシュ アウトフローを負債として計上 収益費用アプローチから資産負債アプローチへの変更 認識の拡大をもたらし, その結果負債の早期計上 将来キャッシュ フローの予測に有用 2. 資産除去債務のキャッシュ フロー計算書への認識資産除去債務のキャッシュ フロー計算書への注記 将来キャッシュ アウトフローを実現キャッシュ フローに関連するであろう情報として開示 実現キャッシュ フローと将来キャッシュ フローを結びつける情報の開示 161

名古屋学院大学論集 キャッシュ フロー計算書は, 公正価値によって測定された将来キャッシュ フローのアンカー ( 錨 ) 的役割を果たすこととなろう Ⅴ キャッシュ フロー計算書の役割 実現キャッシュ フロー情報を財務諸表の1つとして提供することで, キャッシュ フローと利益の関連を示す 利益の質を計る キャッシュ フロー計算書に求める役割の質的変化補足的役割 アンカー的役割 キャッシュ フロー計算書のアンカー的役割利益とキャッシュ フロー情報を関連づけることで利益の信頼性の低下を防ぐ キャッシュ フロー計算書が将来キャッシュ フローと実現キャッシュ フローを結び付けるアンカー的役割を果たす そのため, キャッシュ フロー計算書の役割に変化が見られる 利益情報 利益とキャッシュ フローの関係 特徴 キャッシュ フロー計算書の役割 利益の総計 絶対的な信頼性がある絶対的ではないが信頼性が高い = 実際キャッシュ フローの総計利益の総計 実際キャッシュ フローの総計 実際キャッシュ フローよりも認識時期の早い利益情報の方が将来キャッシュ フローの予測に有用 利益情報の補足的役割 信頼性が低い 利益の総計 実際キャッシュ フローの総計 将来キャッシュ フローの予測には利益情報と実際キャッシュ フロー情報を合わせたものが必要 利益情報のアンカー的役割 162

資産除去債務会計にみるキャッシュ フロー計算書の役割 結びにかえて 資産除去債務会計の導入によって, 会計情報に将来事象が取り込まれることになった これは合理的な経済的実態を明らかにすることになり, 投資意思決定に役立つ情報といえよう また公正価値によって測定された, すなわち不確実で検証不能な将来キャッシュ フローを実現キャッシュ フローと結びつける情報として提供することで, キャッシュ フロー計算書が将来キャッシュ フローと実現キャッシュ フローをつなぐアンカー的役割を果たし, 公正価値の信頼性を高めようとしているのではなかろうか なお, この研究は, 更なる整理を重ねたうえで, 近いうち論文として報告する予定である ( 本稿は, 日本組織会計学会研究会 2011 年度第 3 回 (2012 年 3 月 ) で報告したレジュメに加筆修正したものである ) 163