高齢期の独居化と食生活の変化 上席主任研究員北村安樹子 < 夫の定年と 自宅 の変化 > 定年退職を迎えた夫が毎日自宅で過ごすようになり 日中夫が家にいることや 夫の昼食の支度を気にしなくてはならなくなった妻がストレスを感じる という話を聞くことがある 現在 60~70 代の夫婦には 現役時代から食事の準備を含めて家事全般はもっぱら妻の役割という生活を送ってきた人が少なくない このような場合 現役時代は仕事中心の生活をしてきた夫が 定年退職によってそれまでは名ばかりだった わが家 でようやくゆっくり過ごせるとの思いでいるのに対し 妻の側は それまで1 人で自由に過ごしていた わが家 に昼食の世話を必要とする存在が突如現われて 自身の自由時間が侵食されるように感じるらしい 筆者の周囲にも 定年を迎えた夫が自宅で日中を過ごす時間が増えて以来 それまでは気軽に訪れていた女友達がさっぱり来なくなった と嘆く60 代の女性がいる 彼女のように 子どもが無事巣立ち 夫婦で悠々自適のセカンドライフと聞けば 現役世代からみると何とも理想的な老後のようにみえる しかし 本人にすれば 自身のペースで過ごしていた日常生活が 夫の定年を機に大きく変わってしまったようである このような状況を防ぐためか 最近では互いの負担にならないよう 夫の定年後はせめて昼食は各々で食べるのを原則にしたり 食事の支度は夫が担当するという夫婦もいると聞くが 実態はどうなっているのだろうか また 夫婦 2 人暮らし世帯の男女が 配偶者の死亡等を経て将来 1 人暮らしになった場合 食生活の面ではどのような変化が生じるのか 本稿では 今年 1 月に実施した 別居する子どもがいる60~70 代の夫婦 2 人世帯の男女を対象とするアンケート調査から 彼らのふだんの食生活の実態とともに 将来 1 人暮らしになった場合に生じる変化について考えてみたい 調査の概要は 図表 1のとおりである 図表 1 アンケート調査の概要 調査対象 人口 10 万人以上の都市に居住し 別居の子どもがいる60~70 代の夫婦 2 人世帯男女 サンプル数 1,514 名 調査方法 インターネット調査 ( 株式会社クロス マーケティングのモニター ) 調査時期 2016 年 1 月 第一生命経済研究所ライフデザイン研究本部 Life Design Report Autumn 2016.10 35 ( ホームページの掲載は 2016 年 8 月 )
<ふだんの食生活にみられる男女差 > 図表 2は 夫婦双方の健康状態に問題がなく 男性は自身が就労していない 女性は夫が就労していないと答えた人にふだんの食生活についてたずねた結果を示したものである これをみると 食事は自分でつくることが多い では女性の94.6% があてはまると答えたのに対し 男性では17.3% であった ふだんの食事づくりを中心的に担っているのは やはり妻という人が多い また さまざまな食品 メニューをとるよう気をつけている では 女性の87.5% があてはまると答えたのに対し 男性では78.6% であった これに対して 腹八分目を心がけている では 男性の 78.4% があてはまると答えたのに対し 女性では73.3% であった ふだんの食生活に関して 女性では男性に比べて多様な食品やメニューをとることを意識しているのに対し 男性は女性に比べて食事の量を節制することへの意識が高い 食事は自分でつくることが多い 食事は 1 人で食べることが多い 朝食を食べないことが多い 間食や夜食をとり過ぎないよう気をつけている 図表 2 ふだんの食生活の実態 ( 性別 ) 0 20 40 60 80 100 (%) 男性 6.8 10.5 17.3 17.3 女性 74.4 94.6 20.2 94.6 4.3 9.7 14.0 8.8 2.3 6.5 3.2 3.8 7.6 4.5 3.1 36.8 33.0 14.0 8.8 7.6 83.6 81.9 46.8 48.9 83.6 81.9 栄養バランスのとれた食生活をしている 34.9 91.4 92.0 56.5 52.8 91.4 92.0 お酒を飲みすぎないよう気をつけている 30.0 44.0 72.7 42.7 73.8 29.8 72.7 73.8 甘いものの食べすぎに気をつけている 22.2 21.9 49.7 71.9 48.3 70.2 71.9 70.2 腹八分目を心がけている 21.9 21.6 78.4 56.5 51.7 73.3 78.4 73.3 さまざまな食品 メニューをとるよう気をつけている 19.7 29.3 78.6 58.9 87.5 58.2 78.6 87.5 食費の節約を心がけている 男性 9.2 3 46.2 女性 10.2 49.4 あてはまる ややあてはまる 注 1: 分析対象者は 夫婦双方の健康状態について よい まあよい ふつう と答えた人のうち 自身の就労状況について現在 働いていない と答えた男性 370 人 および配偶者の就労状況について 働いていない と答えた女性 352 人注 2: 斜体は あてはまる ややあてはまる の合計割合 36 Life Design Report Autumn 2016.10 第一生命経済研究所ライフデザイン研究本部
< 将来 独居化した場合の食生活の変化 > では 将来 配偶者が死亡するなどして1 人暮らしになった場合 ふだんの食生活にはどのような変化が生じるのだろうか 図表 3は 食生活のさまざまな側面について 将来 1 人暮らしになった場合にどのような変化があると思うかをたずねた結果である 独居化しても 変わらない と答えた人がもっとも多かった項目もあるが 1 人暮らしになることは 食生活に関するいくつかの側面でさまざまな変化をもたらすようである 男女に共通して 増えると思う と答えた人が多かったのは 食事を1 人で食べること 栄養バランスの偏った食生活をすること 好きなものや同じものばかり食べてしまうこと の3 項目であった これらの点は 夫婦 2 人暮らしからの独居化によって 男女にかかわらず 比較的多くの人に想定される食生活の変化だと考えられる 図表 3 将来 1 人暮らしになった場合の食生活の変化 ( 性別 ) 0% 20% 40% 60% 80% 100% 男性 54.1 32.2 13.8 食事を自分でつくること女性 13.6 57.1 29.3 食事を 1 人で食べること 56.5 69.7 37.2 25.4 4.9 6.2 朝食を食べないこと 11.9 8.2 76.8 81.0 11.4 10.8 間食や夜食をとりすぎてしまうこと 14.6 11.4 66.8 69.9 18.6 18.8 栄養バランスの偏った食生活をすること 37.2 46.2 49.7 38.6 15.1 13.1 お酒を飲みすぎてしまうこと 6.0 20.8 67.9 62.7 26.1 16.5 甘いものを食べ過ぎてしまうこと 13.8 18.5 65.7 68.2 20.5 13.4 好きなものや同じものばかり食べてしまうこと 48.4 45.7 43.0 44.6 8.6 9.7 食費を節約すること 19.7 29.0 72.4 67.3 7.8 3.7 増えると思う変わらない減ると思う 注 : 分析対象者は図表 2 に同じ 第一生命経済研究所ライフデザイン研究本部 Life Design Report Autumn 2016.10 37
将来一人暮らしになった場合に食事を自分でつくることWatching 一方 男女で最も大きな差がみられたのは 食事を自分でつくること であり 男性では54.1% が 増えると思う と答えたが 女性では13.6% にとどまった 女性の場合 変わらない と答えた人が 57.1% を占めてもっとも多いが 減ると思う と答えた人も29.3% となっている 女性のなかには 夫婦 2 人暮らしでいる間と同様に 1 人暮らしになっても自分で食事をつくる生活習慣が 変わらない と感じている人と 夫を失って1 人暮らしになれば それまでのようには自分で食事をつくらなくなるだろうと感じている人がいることがわかる 後者のような女性では 同居する配偶者の存在が 食事づくりの動機になっている面もあると考えられる < 男性では食事をつくる機会の 増加 女性では 減少 が課題 > 最後に 1 人暮らしになった場合に食事を自分でつくる機会の変化に関する回答結果によって 食生活の他の側面における変化についての回答結果がどのように異なるのかをみてみよう 図表 4は 将来 1 人暮らしになった場合に 栄養バランスの偏った食生活をすること 好きなものや同じものばかり食べてしまうこと という2つの側面がどのように変化すると思うかについての回答結果を 自分で食事をつくる機会の変化についての回答結果別に示したものである これをみると 将来 1 人暮らしになった場合に 自分で食事をつくることが 増える と答えた男性では 栄養バランスの偏った食生活をすること や 好きなものや同じものばかり食べてしまうこと が 増える と答えた人がそれぞれ5% 62.5% を占める よく言われるように 妻に先立たれた夫が1 人暮らしになると 自分で食事をつくる機会が増えて 不慣れな自炊への対処や栄養バランスの偏りといった問題が生じやすいと感じている人が多いことがうかがえる 図表 4 将来 1 人暮らしになった場合の食生活の変化 ( 性 自分で食事をつくる機会の変化別 ) 栄養バランスの偏った食生活をすること 好きなものや同じものばかり食べてしまうこと 0% 20% 40% 60% 80% 100% 0% 20% 40% 60% 80% 100% < 男性 > 増える (n=200) 変わらない (n=119) 減る (n=51) < 女性 > 増える (n=48) 変わらない (n=201) 減る (n=103) 5 30.0 26.9 59.7 49.0 23.5 39.6 43.8 31.3 61.7 47.6 29.1 13.0 13.4 27.5 16.7 23.3 62.5 31.0 6.5 26.1 45.1 39.6 35.8 64.7 37.5 56.7 9.2 15.7 22.9 7.5 68.0 24.3 7.8 増える変わらない減る 増える変わらない減る 注 : 分析対象者は図表 2 に同じ 38 Life Design Report Autumn 2016.10 第一生命経済研究所ライフデザイン研究本部
一方で 女性の中には配偶者を失って将来 1 人暮らしになった場合に 自分で食事をつくることが 減る ことで 自身の食生活の規律を失ってしまう可能性を感じている人が少なくないようである 例えば 将来 1 人暮らしになった場合に 自分で食事をつくることが 減る と答えた女性では 栄養バランスの偏った食生活をすること や 好きなものや同じものばかり食べてしまうこと が 増える と答えた人がそれぞれ47.6% 68.0% を占める < 高齢期における 食事づくり の意味 > このようにみると 今回の調査対象である60~70 代の女性には 日々の食事づくりが 自身の健康や食生活の規律の維持につながっている人も少なからずいることがうかがえる 一般的に 家事が不得手なことの多い男性が配偶者を失った場合の方が 女性が配偶者を失った場合に比べて日常生活に問題が生じやすいイメージがある この世代の夫婦 2 人暮らしの男女の老後に関しても そうした言説を耳にしたことのある人は多いだろう 一方で この世代の夫婦 2 人暮らし世帯には 働きづめの現役時代を終え ようやく わが家 で過ごせるようになった夫のための食事づくりが むしろ妻自身の健康維持にも役立っているケースがあることも もう少し注目されてよいのではないか 近年 高齢期の生活において 自身が他者に支援を提供する存在だと感じられることの重要性が注目されている 男女にかかわらず 多くの人にとって老いに向き合う過程は 心身の衰えを実感したり 社会におけるさまざまな役割を失っていく時期に重なる そのようななかで 配偶者に限らず 自分のつくる料理を必要としたり 評価する存在がいることは 身体の健康の面だけでなく 自分の役割や存在価値を直接的に実感できるという点で 精神的な支えとして大きな意味をもつ場合もあるのだろう 他者へのサポート提供に負担や重荷を感じながらも それらに自身の役割や存在価値を感じる状況は 何も食事づくりという行為や夫婦という関係性の間に限ってみられる現象ではない 子どもの巣立ちを迎えて以降の夫婦のライフデザインという観点からは 負担や手間といったネガティブな面が強調されることの多い日々の食事づくりや ともに年を重ねた配偶者のつくる食事を食べることが 互いの生活習慣や健康の維持にも役立っている面があることも知っておきたい ( 研究開発室きたむらあきこ ) 第一生命経済研究所ライフデザイン研究本部 Life Design Report Autumn 2016.10 39