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組織 機能の改革およびシステム構築による在庫適正化の事例 Best Practice for Inventory Optimization based on a Restructuring of the Organization, its Functions, and its Information Systems 在庫の圧縮や欠品率の改善, 物流コストの削減といった在庫の適正化は, 先進的な在庫管理システムの導入だけでは達成できない 企業全体の在庫を最適化するには部門を横断した全体最適を実現することが重要であり, そのためには組織や機能のドラスティックな改革が必要不可欠である 本稿では日本の大手日用雑貨メーカ A 社で実施された在庫適正化施策を例にとり, 在庫適正化に必要な改革と, それを支援する情報システムの役割について述べる 浦邊信太郎手塚大 Urabe Shintaro Tezuka Masaru 1. はじめに在庫の適正化は企業経営にとって重要な課題である 生産投資は保有しているキャッシュを在庫に変えることであり, 過剰な在庫はキャッシュフローの悪化を招く 1) 逆に在庫が少なすぎて欠品が発生すると販売機会の損失による売上減や顧客の信頼低下につながる 企業の経営者はしばしば在庫適正化を目的として先進的な在庫管理システムの導入を試みる しかし, 情報システムの導入だけでは在庫管理の効率性を落としている根本原因に対処できない その原因とは, 組織内の主要活動指標 (KPI: Key Performance Indicator) 2) のコンフリクトである 多くの企業では生産, 販売, 物流という各機能がそれぞれに違った KPI を持って活動し, 時に部分最適を目指すために全体の効率が低下する そこで組織全体が在庫適正化を共通の目標として活動できるような組織改革が必要となる さらに各組織が目標を効率的に達成できるように, 機能の改革が必要となる 情報システムは機能の実行の効率化を支援するために導入される 本稿では一般消費財メーカ A 社での在庫適正化の取り組み事例を紹介する この取り組みの中で, 筆者らは共同研究により主に情報システムの提案, 開発などを行った 2. 組織の KPI と部分最適の課題 A 社は年商 1,000 億円規模の一般消費財メーカで, 国内外に生産, 物流拠点を持つ 図 1 に改革前の組織図を示す 組織はサプライチェーンの機能ごとに生産, 販売, 物流の 3 つの部署が存在していた 営業部門で営業担当者が顧客と商談を行い, 営業部門の売り上げ目標値なども加味して販売計画を立案していた 欠品を防ぐために実際の需要よりも多めの販売計画を生産部に渡すこともあり, 過剰在庫の温床となっていた 生産部では販売計画をもとに生産能力や効率を考慮して生産計画を策定するが, ここでも稼働率向上のために過剰な生産計画となっていた 営業部が顧客から注文を受けると物流部に出荷指示を出していた この出荷指示をもとに物流計画が立てられるが, 輸送コストを下げるために大口配送となり必要以上の輸送が行われることもあった また, 生産, 図 1 改革前の組織 29

販売, 物流の各組織はそれぞれ目標とする KPI を持ち, それを最大化するように活動していた 2.1 改革前の生産部門の KPI 生産部門の KPI は生産コストの低減であった そのため, 生産コストの低減を目的としてロットサイズを大きくし, 製造ラインを止めずに製造が行われていた しかし, これは需要に対する供給過多や生産の柔軟性の低下を招き 結果として大量の在庫が発生していた 2.2 改革前の販売部門の KPI 販売部門の KPI は売上高で測定されていた このとき個別の製品の売上ではなく, 全製品のトータルの売上で評価されるため, 営業は売れない製品よりも売れる製品に注力する傾向があった 製品ごとの販売量バランスが崩れることにより, 売れ筋製品は欠品し, 不人気商品は過剰在庫になるなど, 欠品と過剰在庫が同時に発生していた 2.3 改革前の物流部門の KPI 物流部門の KPI は輸送コストが用いられていた 輸送コストを削減するために大口配送とすることで, 製品の定時到着率が悪化すると同時に, 物流拠点の在庫が増加していた 3. 全体最適のための組織改革前述のように, 部門の KPI 最大化が全体の効率を低下させる場合がある A 社では前述した組織ごとの, または組織内での KPI の不整合による局所最適を改善するために, 組織改革を実施した 生産部にあった需給調整機能, 営業部 ( 販売部門 ) にあった受注機能, 物流部にあった物流計画機能を各部から切り離し, 新しく設置した SCM 部に置いた 図 2 に改革後の組織図を示す 生産, 販売, 物流とは独立した SCM 部を新設し, 在庫削減と欠品の抑制を KPI として活動することで在庫の適正化を実現した 販売計画と受注実績の差異を監視しながら, より需要の実態 ( 市場の実態 ) に合った需給調整ができるようになった 全社の製品の配置や流通の状況を把握し必要な時に必要な製品を適切な物流拠点に配置できるようになった また, これに合わせて各部門の KPI も見直された 3.1 改革後の SCM 部門の KPI 新設の SCM 部門の役割は欠品と過剰在庫を防ぎ, サプライチェーン全体を効率化することである 製品の定時到着率, 欠品率, 在庫コスト, 生産コスト, 物流コストを KPI として活動する 3.2 改革後の生産部門の KPI 生産部門の KPI は SCM 部が作成した生産計画の達成率である 生産効率化によるコスト低減も重要であるが, 過剰生産や過少生産を行わないことが優先される 3.3 改革後の販売部門の KPI 販売部門の KPI としては売上高を用いる ただし改革前は製品全体の総売上であったが, 改革後は個々の製品ごとに評価する 3.4 改革後の物流部門の KPI 物流部門の KPI は物流計画の達成率, 輸送コスト, 在庫保管コストである 4. KPI 実現に向けた機能改革 A 社では組織改革に続いて, 各組織が在庫削減を実現するための機能の改革を実施した 4.1 生産部門 : 二週次生産在庫の適正化を実現するには, 生産が需要の変動に柔軟に対応できる機能が必要である A 社では従来は生産計画を一ヶ月に 1 回策定する月次生産であったが, 需要に合わせた柔軟な生産を行うため図 2 改革後の組織 30

に月に2 回生産計画を行う二週次生産体制を整備した 4.2 販売部門 : 製品数削減在庫量は製品の種類数にも左右される A 社では月に数個しか販売されない製品に対しても安全在庫が設定されていた また, 中身は同じ製品であっても量や形状が異なる場合は別の製品として管理され, それぞれに安全在庫が設定されていた 製品一つ一つの安全在庫は少量であっても, 製品数が多いと全体として相当数の在庫を保有することになる 結果として, 製品全体の安全在庫が過剰在庫の一因となっていた この問題に対して A 社では不人気商品の廃止やパッケージングの見直しなどを行い,4,000 近い製品数を 2,500 製品まで削減した これにより大量の滞留在庫の廃棄が一時的に発生したが, 最終的に大きな在庫削減につながった 4.3 物流部門 : 拠点集約在庫を保管する拠点が複数あると, 無駄な空きスペースの発生や, 拠点間の在庫の融通が進まないなどの問題が発生する そこで A 社では物流拠点の集約を行った それまで, 札幌, 仙台, 埼玉, 東京, 名古屋, 米原, 大阪, 広島, 高松, 福岡の 10 拠点あった物流拠点を札幌, 東京, 米原, 福岡の 4 拠点に集約した まず米原を物流の中心拠点とし, 物流機能の 80% を集約した さらに当日午前中に受注した物が翌日午前中に納品できるよう, 地理条件や交通条件を検討の上で札幌, 東京, 福岡がサテライト拠点として選択された 工場倉庫を撤廃し, 製品は生産工場から米原の物流拠点に全て送られ, 米原から三つのサテライト拠点に必要な在庫を転送する仕組みとした これにより在庫の全国集中管理を実現した この改革は輸送費を増加させたが, 無駄な保管スペースの削減により在庫保管コストを大幅に低減した より実現する 本システムは生産, 販売, 在庫の数値把握とシミュレーションを行う PSI ダッシュボード, 問題在庫の検出を行う PSI 特徴マップ, および縮小グラフによる在庫可視化ツールで構成される 5.1 PSI ダッシュボード各組織の意思疎通や情報共有を促進するために生産, 販売, 在庫の計画値, 実績値, 見込み値を可視化するダッシュボード ( 図 3) を導入した 見込み値とは GUI 上でユーザが自由に編集できる値である また, このダッシュボードは簡単な在庫補充シミュレーション機能を持ち, 生産や販売の見込み値を編集すると将来の在庫の見込み値が自動で計算, 表示される 3) このダッシュボードを用いることで計画と実績の差異が一目で把握できるようになり, 計画の信頼性や現実性について議論できるようになった また, シミュレーション機能により, 生産や販売の意思決定が他部門にどのように影響を及ぼすかが可視化される また, 自部門の計画数値をどこまで譲歩できるかも把握可能となった この結果, 各部門が集まった生販調整会議で全員が同じ画面を見ながら議論することで, 生販在の状況について共通認識, 相互理解を促進し, 現実的な結論を出すことができるようになった 5.2 PSI 特徴マップ SCM 部は欠品と過剰在庫の抑制を目的として活動する部門である 過剰在庫や欠品しそうな製品を早期に発見するために,PSI 特徴マップ法 4) による問題在庫発見ツールと, 縮小グラフによる在庫可視化ツール 5,6) を導入した PSI 特徴マップは図 4 に示す散布図として製品の状況 5. 情報システムの導入 前述の組織改革, 機能改革を支援するために, 新たに情報システムが導入された SCM 部門は生産, 営業, 物流の各部門の状況を把握, 部門間のコミュニケーションを促進し,KPI を調整する役目を果たす必要がある 新しいシステムは部門間の相互状況把握を,PSI (Product: 生産, Sales: 販売, Inventory: 在庫 ) の可視化に 図 3 PSI ダッシュボード画面 31

図 4 PSI 特徴マップ画面を可視化するものである 各点が在庫単位ごとの製品であり, 横軸, 縦軸は, 在庫金額, 在庫回転率, 販売額, 生産額など生産, 販売, 在庫の状況を示す指標をユーザが任意に選択できる 図 4 の例では, 横軸に在庫回転率, 縦軸に在庫金額を表示している この例では散布図の左上の領域にある製品が, 在庫回転率が低く, かつ大量に在庫を抱えている これらの製品は現在過剰在庫である, もしくは将来過剰在庫になる可能性が高く, 早期の対策が必要である また, 横軸に販売計画, 縦軸に需要予測を設定すると左上と右下の領域に計画と予測の乖離が大きい製品が集まるため, これらの製品を販売計画の見直し対象として分類できる 5.3 縮小グラフによる在庫可視化ツール縮小グラフによる在庫可視化ツールは図 5 のように, 在庫量の時間推移のグラフを一度に複数表示する 一つのグラフが一つの製品 ( 在庫単位 ) である グラフが鋸の歯のように細かく動いているものは在庫が回転している ほとんど動きのない製品は滞留在庫となっていることが分かる 在庫グラフの形から直感的な問題在庫の判別が可能だが, 定量的数値による客観的な評価を行うために様々な在庫評価の指標を表示することもできる 図 5 から一つのグラフを拡大した物を図 6 に示す この図では販売実績から自動計算された 適正安全在庫, 現在設定されている 設定安全在庫, 在庫量の 移動平均 が表示されている この例では実績から計算される適正安全在庫に対し, 設定安全在庫が少ないことが分かる 実際, 在庫量のグラフから欠品がたびたび発生していることも読み取れる 在庫移動平均は在庫の増減の大きな傾向を見るために用いられる ウィンドウサイズを 1 週間にすれば週単位で,1 ヶ月にすれば月単位での在庫の増減傾向が見える 図 5 在庫グラフサムネイル一覧表示画面適正安全在庫在庫移動平均設定安全在庫欠品 ( 在庫ゼロ ) 図 6: 在庫評価支援機能グラフは製品単位だけでなく, 製品グループ, ブランド, 物流拠点, 倉庫など様々な単位で表示できる たとえば倉庫単位でグラフを表示した場合, 倉庫間の在庫の偏在を一目で確認することができる 5.4 情報システムを利用した業務フロー図 7 に需給調整業務フローでの情報システム利用場面を示す 販売計画から在庫補充計画を策定する場面ではダッシュボードを利用し, 販売計画, 生産可能数, リードタイム, 在庫などを見ながら補充数量の調整を行う シナリオベースのシミュレーション機能により, 将来の見込を把握しながら適切な計画を立案できる 問題在庫を把握する在庫監視では,PSI 特徴マップと縮小グラフ可視化ツールにより,2500 もの製品を問題在庫と正常の在庫に迅速に分類できる 問題の発生を随時把握することで手遅れになる前に在庫の滞留や増加を食い止めることができる 6. 在庫適正化の効果 A 社での在庫適正化の活動は, これまでに3 段階で行われてきている 32

製品在庫日数 A 社 B 社 C 社 図 7: 需給調整業務フロー (1) 第 1 段階組織改革, 機能改革 ( 二週次生産, 拠点統合 ) (2) 第 2 段階オペレーション系情報システム導入 ( 受発注, 生産管理, 販売管理, 自動需要予測など ) (3) 第 3 段階機能改革 ( 製品数削減 ), 意思決定系情報システム導入 ( 生販在ダッシュボード,PSI 特徴マップ, 縮小グラフ在庫可視化 ) 本改革の在庫削減効果として, 改革前の在庫金額に対し 35% の在庫削減を達成した 欠品率については改革前の欠品率に対し 75% 低下させることに成功した A 社を含む同業売上高上位 3 社の棚卸資産比較を図 8 に示す 数値は製品在庫日数である 2006 年度は A 社の製品在庫日数が最も大きく 51 日であった しかし在庫適正化の取り組みの結果,2009 年度には 35 日まで削減し,3 社の中で最も棚卸資産が減少した A 社では現在も継続して在庫の適正化活動が進められている 7. おわりに日用雑貨メーカでの在庫適正化の取り組み事例を紹介した 本事例ではまず生産部門にあった需給調整機能, 営業部門にあった受注機能, 物流部門にあった物流管理機能を各部門から切り離し, 新設した SCM 部門に統合した SCM 部門は在庫と欠品の抑制を目的として需給, 物流の管理を行う SCM 部門の設置により物の配置や流れの全体を把握できるようになった さらに物流拠点の集 図 8: 同業他社との棚卸資産比較約や取扱商品の選択と集約, 生産柔軟性向上のための二週次生産体制の構築など機能の改革も実施した これらの改革を支援するため, 生産, 営業, 物流各部門との情報共有, 対話調整および, 問題のある在庫の早期発見, 物の配置状況の可視化のために情報システムを導入した 以上の改革により在庫削減と欠品抑制を実現した 本事例をベストプラクティスとして, 今後多くの企業の在庫適正化に貢献していきたい 参考文献 1) シアラン ウォルシュ : マネジャーのための経営指標ハンドブック, ピアソン エデュケーション (2004) 2) David Parmenter: Key Performance Indicators, John Wiley and Sons, Inc.(2007) 3) 手塚大, 他 : 在庫 3 部門のコミュニケーション促進による KPI 整合支援技術, 日立 TO 技報第 14 号 (2008) 4) 浦邊信太郎, 他 : PSI 特徴マップによる問題在庫の絞込みと在庫管理, 経営情報学会 2010 年秋季全国研究発表大会 (2010) 5) 宍戸政則, 他 : サムネイルを用いた在庫推移可視化による在庫異常早期検出支援技術, 日立 TO 技報第 14 号 (2008) 6) 手塚大, 他 : 縮小グラフ画像を用いた在庫推移可視化による異常在庫の早期検出支援システム, 経営情報学会 2008 年秋季全国研究大会 (2008) 33

浦邊信太郎 2007 年入社研究開発部在庫管理, 業務分析, 意思決定支援技術の研究, 開発 shintaro.urabe.dc@hitachi-solution s.com 手塚大 1994 年入社研究開発部意思決定, リスク分析, 最適化技術の研究, 開発 masasru.tezuka.fd@hitachi-solutio ns.com 34