2. 犬の表在性膿皮症の臨床症状表在性膿皮症の基礎疾患にはアトピー性皮膚炎などの慢性疾患が存在することがほとんどであるために 前記の3 疾患の中で臨床現場においてもっとも頻繁に遭遇し 重要であるのは表在性膿皮症であるといってよいでしょう 表在性膿皮症は最初 毛包一致性の赤色丘疹 ( 図 2 白円内)

Similar documents
topics vol.82 犬膿皮症に対する抗菌剤治療 鳥取大学農学部共同獣医学科獣医内科学教室准教授原田和記 抗菌薬が必要となるのは 当然ながら細菌感染症の治療時である 伴侶動物における皮膚の細菌感染症には様々なものが知られているが 国内では犬膿皮症が圧倒的に多い 本疾患は 表面性膿皮症 表在性膿

ず一見蕁麻疹様の浮腫性紅斑が初発疹である点です この蕁麻疹様の紅斑は赤みが強く境界が鮮明であることが特徴です このような特異疹の病型で発症するのは 若い女性に多いと考えられています また スギ花粉がアトピー性皮膚炎の増悪因子として働いた時には 蕁麻疹様の紅斑のみではなく全身の多彩な紅斑 丘疹が出現し

1 MRSA が増加する原因としては皮膚 科 小児科 耳鼻科などでの抗生剤の乱用 があげられます 特にセフェム系抗生剤の 使用頻度が高くなると MRSA の発生率が 高くなります 最近ではこれらの科では抗 生剤の乱用が減少してきており MRSA の発生率が低下することが期待できます アトピー性皮膚炎

抗菌薬の殺菌作用抗菌薬の殺菌作用には濃度依存性と時間依存性の 2 種類があり 抗菌薬の効果および用法 用量の設定に大きな影響を与えます 濃度依存性タイプでは 濃度を高めると濃度依存的に殺菌作用を示します 濃度依存性タイプの抗菌薬としては キノロン系薬やアミノ配糖体系薬が挙げられます 一方 時間依存性

犬のアトピー性皮膚炎の治療と管理について 東京農工大学 大学院農学研究院 動物生命科学部門 岩﨑 利郎 犬のアトピー性皮膚炎は日常しばしば遭遇する痒みを伴う慢性の皮膚疾患で 早期の治癒が望めないために 治療と説明に困ることがあります この犬のアトピー性皮膚炎の治療法について ここで紹介したいと思いま

緑膿菌 Pseudomonas aeruginosa グラム陰性桿菌 ブドウ糖非発酵 緑色色素産生 水まわりなど生活環境中に広く常在 腸内に常在する人も30%くらい ペニシリンやセファゾリンなどの第一世代セフェム 薬に自然耐性 テトラサイクリン系やマクロライド系抗生物質など の抗菌薬にも耐性を示す傾

2014 年 10 月 30 日放送 第 30 回日本臨床皮膚科医会② My favorite signs 9 ざらざらの皮膚 全身性溶血連鎖球菌感染症の皮膚症状 たじり皮膚科医院 院長 田尻 明彦 はじめに 全身性溶血連鎖球菌感染症は A 群β溶連菌が口蓋扁桃や皮膚に感染することにより 全 身にい

抗ヒスタミン薬の比較では 抗ヒスタミン薬は どれが優れているのでしょう? あるいはどの薬が良く効くのでしょうか? 我が国で市販されている主たる第二世代の抗ヒスタミン薬の臨床治験成績に基づき 慢性蕁麻疹に対する投与 2 週間後の効果を比較検討すると いずれの薬剤も高い効果を示し 中でもエピナスチンなら

saisyuu2-1

2015 年 11 月 5 日 乳酸菌発酵果汁飲料の継続摂取がアトピー性皮膚炎症状を改善 株式会社ヤクルト本社 ( 社長根岸孝成 ) では アトピー性皮膚炎患者を対象に 乳酸菌 ラクトバチルスプランタルム YIT 0132 ( 以下 乳酸菌 LP0132) を含む発酵果汁飲料 ( 以下 乳酸菌発酵果

ルギー性接触皮膚炎症候群と診断されました 欧州医薬品庁は昨年 7 月にケトプロフェン外用薬に関するレヴュー結果を公表し 重篤な光線過敏症の発症は10 0 万人に1 人程度でベネフィットがリスクをうわまること オクトクリレンが含まれる遮光剤が併用されると光線過敏症のリスク高まることより最終的に医師の処

は減少しています 膠原病による肺病変のなかで 関節リウマチに合併する気道病変としての細気管支炎も DPB と類似した病像を呈するため 鑑別疾患として加えておく必要があります また稀ではありますが 造血幹細胞移植後などに併発する移植後閉塞性細気管支炎も重要な疾患として知っておくといいかと思います 慢性

ン (LVFX) 耐性で シタフロキサシン (STFX) 耐性は1% 以下です また セフカペン (CFPN) およびセフジニル (CFDN) 耐性は 約 6% と耐性率は低い結果でした K. pneumoniae については 全ての薬剤に耐性はほとんどありませんが 腸球菌に対して 第 3 世代セフ


汎発性膿疱性乾癬のうちインターロイキン 36 受容体拮抗因子欠損症の病態の解明と治療法の開発について ポイント 厚生労働省の難治性疾患克服事業における臨床調査研究対象疾患 指定難病の 1 つである汎発性膿疱性乾癬のうち 尋常性乾癬を併発しないものはインターロイキン 36 1 受容体拮抗因子欠損症 (

染症であり ついで淋菌感染症となります 病状としては外尿道口からの排膿や排尿時痛を呈する尿道炎が最も多く 病名としてはクラミジア性尿道炎 淋菌性尿道炎となります また 淋菌もクラミジアも検出されない尿道炎 ( 非クラミジア性非淋菌性尿道炎とよびます ) が その次に頻度の高い疾患ということになります

イルスが存在しており このウイルスの存在を確認することが診断につながります ウ イルス性発疹症 についての詳細は他稿を参照していただき 今回は 局所感染疾患 と 腫瘍性疾患 のウイルス感染検査と読み方について解説します 皮膚病変におけるウイルス感染検査 ( 図 2, 表 ) 表 皮膚病変におけるウイ

CQ1: 急性痛風性関節炎の発作 ( 痛風発作 ) に対して第一番目に使用されるお薬 ( 第一選択薬と言います ) としてコルヒチン ステロイド NSAIDs( 消炎鎮痛剤 ) があります しかし どれが最適かについては明らかではないので 検討することが必要と考えられます そこで 急性痛風性関節炎の

1508目次.indd

スライド 1

2011 年 9 月 29 日放送第 74 回日本皮膚科学会東京支部学術大会 6 教育講演 4-1( 膠原病 ) 皮膚限局型エリテマトーデスの病型と治療 埼玉医科大学皮膚科教授土田哲也 本日は 皮膚限局性エリテマトーデスの病型と治療 についてお話させていただき ます 言葉の問題と病型分類エリテマトー

<4D F736F F D204E6F2E342D F28DDC91CF90AB8BDB82C982C282A282C482CC C668DDA94C5816A F315F372E646F63>

スライド 1

よる感染症は これまでは多くの有効な抗菌薬がありましたが ESBL 産生菌による場合はカルバペネム系薬でないと治療困難という状況になっています CLSI 標準法さて このような薬剤耐性菌を患者検体から検出するには 微生物検査という臨床検査が不可欠です 微生物検査は 患者検体から感染症の原因となる起炎

娠中の母親に卵や牛乳などを食べないようにする群と制限しない群とで前向きに比較するランダム化比較試験が行われました その結果 食物制限をした群としなかった群では生まれてきた児の食物アレルゲン感作もアトピー性皮膚炎の発症率にも差はないという結果でした 授乳中の母親に食物制限をした場合も同様で 制限しなか

2012 年 2 月 29 日放送 CLSI ブレイクポイント改訂の方向性 東邦大学微生物 感染症学講師石井良和はじめに薬剤感受性試験成績を基に誰でも適切な抗菌薬を選択できるように考案されたのがブレイクポイントです 様々な国の機関がブレイクポイントを提唱しています この中でも 日本化学療法学会やアメ

耐性菌届出基準


1)~ 2) 3) 近位筋脱力 CK(CPK) 高値 炎症を伴わない筋線維の壊死 抗 HMG-CoA 還元酵素 (HMGCR) 抗体陽性等を特徴とする免疫性壊死性ミオパチーがあらわれ 投与中止後も持続する例が報告されているので 患者の状態を十分に観察すること なお 免疫抑制剤投与により改善がみられた

目 次 1. はじめに 1 2. 組成および性状 2 3. 効能 効果 2 4. 特徴 2 5. 使用方法 2 6. 即時効果 持続効果および累積効果 3 7. 抗菌スペクトル 5 サラヤ株式会社スクラビイン S4% 液製品情報 2/ PDF

アトピー性皮膚炎の治療目標 アトピー性皮膚炎の治療では 以下のような状態になることを目指します 1 症状がない状態 あるいはあっても日常生活に支障がなく 薬物療法もあまり必要としない状態 2 軽い症状はあっても 急に悪化することはなく 悪化してもそれが続かない状態 2 3

一次サンプル採取マニュアル PM 共通 0001 Department of Clinical Laboratory, Kyoto University Hospital その他の検体検査 >> 8C. 遺伝子関連検査受託終了項目 23th May EGFR 遺伝子変異検

医薬品タンパク質は 安全性の面からヒト型が常識です ではなぜ 肌につける化粧品用コラーゲンは ヒト型でなくても良いのでしょうか? アレルギーは皮膚から 最近の学説では 皮膚から侵入したアレルゲンが 食物アレルギー アトピー性皮膚炎 喘息 アレルギー性鼻炎などのアレルギー症状を引き起こすきっかけになる

<4D F736F F D D8ACC8D6495CF8AB38ED282CC88E397C38AD698418AB490F58FC782C982A882A282C48D4C88E E B8

未承認薬 適応外薬の要望に対する企業見解 ( 別添様式 ) 1. 要望内容に関連する事項 会社名要望された医薬品要望内容 CSL ベーリング株式会社要望番号 Ⅱ-175 成分名 (10%) 人免疫グロブリン G ( 一般名 ) プリビジェン (Privigen) 販売名 未承認薬 適応 外薬の分類

2017 年 8 月 9 日放送 結核診療における QFT-3G と T-SPOT 日本赤十字社長崎原爆諫早病院副院長福島喜代康はじめに 2015 年の本邦の新登録結核患者は 18,820 人で 前年より 1,335 人減少しました 新登録結核患者数も人口 10 万対 14.4 と減少傾向にあります

通常の単純化学物質による薬剤の約 2 倍の分子量をもちます. 当初, 移植時の拒絶反応抑制薬として認可され, 後にアトピー性皮膚炎, 重症筋無力症, 関節リウマチ, ループス腎炎へも適用が拡大しました. タクロリムスの効果機序は, 当初,T 細胞のサイトカイン産生を抑制するということで説明されました

家畜における薬剤耐性菌の制御 薬剤耐性菌の実態把握 対象菌種 食中毒菌 耐性菌の特徴 出現の予防 79

<4D F736F F D DC58F4994C5817A54524D5F8AB38ED28CFC88E396F B CF8945C8CF889CA92C789C1816A5F3294C52E646

2018 年 10 月 4 日放送 第 47 回日本皮膚アレルギー 接触皮膚炎学会 / 第 41 回皮膚脈管 膠原病研究会シンポジウム2-6 蕁麻疹の病態と新規治療法 ~ 抗 IgE 抗体療法 ~ 島根大学皮膚科 講師 千貫祐子 はじめに蕁麻疹は膨疹 つまり紅斑を伴う一過性 限局性の浮腫が病的に出没

通常の市中肺炎の原因菌である肺炎球菌やインフルエンザ菌に加えて 誤嚥を考慮して口腔内連鎖球菌 嫌気性菌や腸管内のグラム陰性桿菌を考慮する必要があります また 緑膿菌や MRSA などの耐性菌も高齢者肺炎の患者ではしばしば検出されるため これらの菌をカバーするために広域の抗菌薬による治療が選択されるこ

60 秒でわかるプレスリリース 2006 年 4 月 21 日 独立行政法人理化学研究所 敗血症の本質にせまる 新規治療法開発 大きく前進 - 制御性樹状細胞を用い 敗血症の治療に世界で初めて成功 - 敗血症 は 細菌などの微生物による感染が全身に広がって 発熱や機能障害などの急激な炎症反応が引き起

161 家族性良性慢性天疱瘡

第1回肝炎診療ガイドライン作成委員会議事要旨(案)

cell factor (SCF) が同定されています 組織学的に表皮突起の延長とメラノサイトの数の増加がみられ ケラチノサイトとメラノサイトの増殖異常を伴います 過剰のメラニンの沈着がみられます 近年 各種シミの病態を捉えて その異常を是正することによりシミ病変の進行をとめ かつシミ病変の色調を薄

Microsoft PowerPoint - 新技術説明会配付資料rev提出版(後藤)修正.pp

2012 年 1 月 25 日放送 歯性感染症における経口抗菌薬療法 東海大学外科学系口腔外科教授金子明寛 今回は歯性感染症における経口抗菌薬療法と題し歯性感染症からの分離菌および薬 剤感受性を元に歯性感染症の第一選択薬についてお話し致します 抗菌化学療法のポイント歯性感染症原因菌は嫌気性菌および好

<4D F736F F D20332E B90AB94E A82CC8EA197C389FC2E646F63>

シプロフロキサシン錠 100mg TCK の生物学的同等性試験 バイオアベイラビリティの比較 辰巳化学株式会社 はじめにシプロフロキサシン塩酸塩は グラム陽性菌 ( ブドウ球菌 レンサ球菌など ) や緑膿菌を含むグラム陰性菌 ( 大腸菌 肺炎球菌など ) に強い抗菌力を示すように広い抗菌スペクトルを

臨床No208-cs4作成_.indd

2015 年 3 月 26 日放送 第 29 回日本乾癬学会 2 乾癬本音トーク乾癬治療とメトトレキサート 名古屋市立大学大学院加齢 環境皮膚科教授森田明理 はじめに乾癬は 鱗屑を伴う紅色局面を特徴とする炎症性角化症です 全身のどこにでも皮疹は生じますが 肘や膝などの力がかかりやすい場所や体幹 腰部

2019 年 3 月 28 日放送 第 67 回日本アレルギー学会 6 シンポジウム 17-3 かゆみのメカニズムと最近のかゆみ研究の進歩 九州大学大学院皮膚科 診療講師中原真希子 はじめにかゆみは かきたいとの衝動を起こす不快な感覚と定義されます 皮膚疾患の多くはかゆみを伴い アトピー性皮膚炎にお

Ⅰ. 改訂内容 ( 部変更 ) ペルサンチン 錠 12.5 改 訂 後 改 訂 前 (1) 本剤投与中の患者に本薬の注射剤を追加投与した場合, 本剤の作用が増強され, 副作用が発現するおそれがあるので, 併用しないこと ( 過量投与 の項参照) 本剤投与中の患者に本薬の注射剤を追加投与した場合, 本

線に及ぶ 4 パッチテスト 光パッチテストで多数の陽性物質が検出されるが それらの抗原によるアレルギー反応は直接原因ではない 5 病理組織学的に湿疹 皮膚炎群の所見を示し 時に真皮内に異型リンパ球の浸潤がみられる などです なお 現在までに本疾患の原因は解明されていません 慢性光線性皮膚炎の臨床像次

57巻S‐A(総会号)/NKRP‐02(会長あいさつ)

子宮頸がん予防措置の実施の推進に関する法律案要綱

減量・コース投与期間短縮の基準

も見られます 刺激性皮膚炎は乾燥 鱗屑 亀裂などの症状を示し 通常瘙痒は強くありません 一方 アレルギー性接触皮膚炎 ( 図 1) では そう痒を伴い 紅斑 丘疹 びらん 痂皮などの急性湿疹 また慢性化すると苔癬化などの慢性湿疹の病像を呈してきます アレルギー性接触皮膚炎では 手から前腕だけでなくそ

10038 W36-1 ワークショップ 36 関節リウマチの病因 病態 2 4 月 27 日 ( 金 ) 15:10-16:10 1 第 5 会場ホール棟 5 階 ホール B5(2) P2-203 ポスタービューイング 2 多発性筋炎 皮膚筋炎 2 4 月 27 日 ( 金 ) 12:4

Microsoft Word - <原文>.doc

Microsoft PowerPoint - 指導者全国会議Nagai( ).ppt

< F B A838B93EE8D70959B8DEC A E786C73>

<4D F736F F D2089BB8A7797C C B B835888E790AC8C7689E6>

D961H は AstraZeneca R&D Mӧlndal( スウェーデン ) において開発された オメプラゾールの一方の光学異性体 (S- 体 ) のみを含有するプロトンポンプ阻害剤である ネキシウム (D961H の日本における販売名 ) 錠 20 mg 及び 40 mg は を対象として


ランゲルハンス細胞の過去まず LC の過去についてお話しします LC は 1868 年に 当時ドイツのベルリン大学の医学生であった Paul Langerhans により発見されました しかしながら 当初は 細胞の形状から神経のように見えたため 神経細胞と勘違いされていました その後 約 100 年

95_財団ニュース.indd

汎発性膿庖性乾癬の解明


「薬剤耐性菌判定基準」 改定内容

がん登録実務について



アトピー性皮膚炎におけるバリア異常と易湿疹化アトピー性皮膚炎における最近の話題に 角層のバリア障害があります アトピー性皮膚炎の 15-25% くらい あるいはそれ以上の患者で フィラグリンというタンパク質をコードする遺伝子に異常があることが明らかになりました フィラグラインは 角層の天然保湿因子の

「             」  説明および同意書

接触皮膚炎・湿疹なら新しい皮膚科学|皮膚病全般に関する最新情報を載せた皮膚科必携テキスト

<4D F736F F F696E74202D2097D58FB08E8E8CB1838F815B834E F197D58FB E96D8816A66696E616C CF68A4A2E >

ある ARS は アミノ酸を trna の 3 末端に結合させる酵素で 20 種類すべてのアミノ酸に対応する ARS が細胞質内に存在しています 抗 Jo-1 抗体は ARS に対する自己抗体の中で最初に発見された抗体で ヒスチジル trna 合成酵素が対応抗原です その後 抗スレオニル trna

Microsoft Word _ソリリス点滴静注300mg 同意説明文書 aHUS-ICF-1712.docx

2017 年 2 月 1 日放送 ウイルス性肺炎の現状と治療戦略 国立病院機構沖縄病院統括診療部長比嘉太はじめに肺炎は実地臨床でよく遭遇するコモンディジーズの一つであると同時に 死亡率も高い重要な疾患です 肺炎の原因となる病原体は数多くあり 極めて多様な病態を呈します ウイルス感染症の診断法の進歩に

Transcription:

レポートコーナー 犬の細菌性膿皮症 東京農工大学 大学院農学研究院 動物生命科学部門 岩崎 利郎 はじめに 細菌性膿皮症は 以前より ノミアレルギー性皮膚炎およびアトピー性皮膚炎とともに犬の代表的な皮膚疾 患でしたが 近年になって 多剤耐性菌の出現あるいは新たな抗菌剤の開発が困難になってきたことなどによ り 特に臨床家にとって治療が難しくなってきた疾患です この総説では 細菌性膿皮症 特に遭遇すること の多い表在性膿皮症の臨床症状 検査と診断方法 治療ならびに近年問題になっている耐性菌について概説し ます 1 犬の膿皮症の分類 図1 犬の膿皮症の分類と病名は教科書によって多少異なりますが Peter Ihrke が提唱した病変部の深さによる分 類が一般的です これに基づくと 使われる病名は おおよそ以下の通りです 皮膚表面で細菌が増殖した結果 二次的に皮膚表面に炎症を起こ 1 表面性膿皮症 Surface pyoderma します 臨床的には急性湿性皮膚炎 いわゆる急性湿疹 間擦性皮膚炎などとして表現されます ま た偽の膿皮症と表現されることもあります 2 表在性膿皮症 Superficial pyoderma superficial folliculitis 表皮内や毛包上部および真皮上部など 皮膚の浅い部位で細菌が増殖する結果起きる疾患です 3 深在性膿皮症 Deep pyoderma 真皮中層 深層で細菌が増殖します 多くの場合は表在性膿皮症 毛包炎より進展します 膿皮症 表面性膿皮症 表皮小環 膿疱 角質層 表皮 真皮 表在性膿皮症 毛包炎 深在性膿皮症 皮下組織 図1 MP アグロ ジャーナル 2012.04

2. 犬の表在性膿皮症の臨床症状表在性膿皮症の基礎疾患にはアトピー性皮膚炎などの慢性疾患が存在することがほとんどであるために 前記の3 疾患の中で臨床現場においてもっとも頻繁に遭遇し 重要であるのは表在性膿皮症であるといってよいでしょう 表在性膿皮症は最初 毛包一致性の赤色丘疹 ( 図 2 白円内) として認められます この毛包一致性丘疹 ( 実態は毛包炎 ) はやがて膿疱 ( 図 2 黄円内) へと進展し 膿疱は壊れやすいために早期に痂皮へと変化します これらの毛包炎が治癒しないときは やがて互いに融合し 表皮小環 (epidermal collarette 図 3) を形成します 表皮小環は辺縁が発赤してその上に痂皮あるいは鱗屑を付着する特徴的な環状あるいは地図状の皮疹で 中心部は正常に見えるかあるいは色素沈着することが多いです この表皮小環は抗菌剤の投与によって治癒すると 次第に表面に鱗屑を付着するようになり 見た目には ふけ が増加したように思えます ( 図 4) ふけ がやがて脱落するとその後には発毛とともに炎症後の色素沈着を残すことが多いです 色素沈着が常色に戻るには数ヶ月を要することがあります このような臨床経過は通常 抗菌物質の内服や外用により比較的短期に改善することが多いのですが 基礎疾患が解決していないときは一時的な治癒が見られても再発する可能性が高くなります 図 2 図 3 図 4 3. 犬の表在性膿皮症の検査毛包一致性の丘疹 膿疱あるいは表皮小環は 臨床症状から強く表在性膿皮症を疑わせるものですが 同様な皮疹を示すことがある毛包虫症 疥癬 皮膚糸状菌症 多形紅斑などと鑑別するために細胞診を行います 細胞診を行うに当たっては ; MP アグロジャーナル 2012.04

1) 材料の採取 1 丘疹 膿疱のとき丘疹あるいは膿疱の表層を25G 程度の注射針で壊し 内容物を直接スライドガラスに付着させます 材料の多いときには軽く広げます 2 表皮小環のとき表皮小環の辺縁に存在する痂皮あるいは鱗屑を鑷子あるいは鋭匙などで剥がし その下に存在するびらん面あるいは紅斑にスライドガラスを直接押し付けます 2) 染色その様にして得られたスライドガラス上の検査材料は ドライヤーなどで風乾し その後 Diff-Quik ギムザ液 ライト液などで染色します 3) 細菌感染を疑わせる所見細菌感染を疑わせる細胞診所見はいくつかありますが 以下の点に留意して観察します 最初は低倍で 疑わしい所見のあるときには油浸レンズを用いて 1,000で観察します 1 球菌の存在塗抹中に球菌が存在するかどうかを観察します ほとんどの表在性膿皮症の原因となる細菌は球菌であるため 桿菌が存在するときはその解釈に注意し 細菌培養も行った上で原因菌を推定します 球菌の場合は 一般に細菌を培養して同定する必要はありません 2 好中球による球菌の貪食 ( 図 5) 球菌の存在は それのみでは必ずしも感染症の原因かどうかは不明であるため 好中球が細胞質内に球菌を貪食しているという所見は重要です 3 好中球の変性 ( 図 5) 好中球は感染に対して 球菌を貪食するなどの働きをした後にその役割を終えて変性します 変性した好中球は 明瞭な核を有さず 細胞の形も不明瞭です このような所見が多数見られるときは細菌による感染が関与している可能性が高いです また 変性し 容易に壊れる好中球の核は細胞外に逸脱し 粘稠度の高い核成分が塗抹上では青い線として観察 されます ( 図 5) 以上のような細胞診の所見は感染症の存在を強く示唆しますので 臨床症状と併せて考えると表在性膿皮症の診断は困難ではありません ただし 前述したように 表在性膿皮症は概して続発性疾患であるため 原発性疾患との症状の重なりも 診断する上で考慮するべき事柄です 図 5 4. 表在性膿皮症の治療表在性膿皮症の治療は 1) 抗菌剤の全身投与 2) 抗菌剤 消毒剤の外用 3) 基礎疾患の探索とコント ロール です 1) 抗菌剤の全身投与 抗菌剤の全身投与は最もよく用いられている一般的な治療法です 犬の表在性膿皮症の非常に多くは グ ラム陽性球菌である Staphylococcus pseudintermedius が原因で起きています したがって グラム陽性球菌 10 MP アグロジャーナル 2012.04

に対して効果の高いペニシリン系 セファロスポリン系 フルオロキノロン系 マクロライド系の抗菌剤が用いられることが多いです ペニシリン系の抗生物質は S. pseudintermedius が耐性を獲得していることがほとんどですので用いられることはほとんどありません もっとも頻繁に用いられている抗菌剤は動物用医薬品としても販売されているセファレキシンおよび注射剤のセフォベシンです 細菌に対して感受性を示すときには これらの抗菌剤を十分な用量で十分な期間投与します すなわち セファレキシンではおよそ25 30 mg / kgで少なくとも1 日 2 回投与し これを3 週間 あるいは臨床的に治癒してからさらに1 週間投与します 表在性膿皮症であると診断してから これらの第一選択薬を投与し 2 週間後に再診します 臨床症状に期待したような改善の見られないときは 病変部から材料を採取し 細菌を同定した上で 抗菌剤の感受性試験を行い その結果を待ってから適切な抗菌剤に変更します このとき セファレキシンの効果は時間依存的であるために 効果が不十分なようなら用量はそのままで投与回数を1 日 3 回に増やしてもよいでしょう これに対して フルオロキノロン系の抗菌剤は濃度依存的であるため 投与回数を増やすよりも 1 回あたりの投与量を増加させることも考えます オーナーは症状が改善すると しばしば投薬を中止するということがあるために 投薬に対する十分なオーナー教育を行います 早期の投薬中止は再発と耐性菌の発現を招くことを十分に理解してもらいます コンプライアンスが不十分と判断されたときにはセフォベシンを用いるのがよいでしょう 2) 抗菌剤 消毒剤による外用療法犬の表在性膿皮症に対する治療の中心は 今まで抗菌剤の全身投与が主流でしたが 近年の多剤耐性菌の出現により 抗菌剤の投与だけでは対応できない症例もあるため 外用療法の必要性が著しく高まっています ディスクを用いた感受性試験で原因菌が耐性を有すると判断されたときにも 病変部の細菌に直接接触する抗菌剤の濃度が著しく高いために 効果が得られる可能性があります 犬の膿皮症に対する外用療法は大きく2つに分けられます 1 抗菌剤を含む軟膏 クリーム軟膏 クリームにはヒト用としてゲンタシン アクロマイシン クロロマイセチンなどを含むものがあり いずれも基剤はワセリンに近い油性基剤です 多くの抗生物質は水解性であるために 安定性を得るためには水分を含まない油性基剤が用いられることが多いです 一般に油性基剤は刺激感も少なく創傷の保護作用もあるために 湿潤した局面には適していますが 基剤からの主剤の放出が遅く 乾燥した病変には使いづらいという性質があります ベトベト感が強いために動物の被毛の多い部分には使用が困難ですが 病変部が小型や被毛の少ない場合には用いることができます また 被毛の多い部分では 液剤としてオフロキサシン点眼薬などを応用することも考えてよいでしょう 動物用にはフルオロキノロンと抗真菌剤 副腎皮質ホルモンを配合した外用薬が販売されていますが これらの多くはワセリンよりは使用しやすい基剤を用いており 単発の毛包炎など小型の病変であれば 病変が拡大しないかをモニターしながら使うこともできますが 大型の病変や 再発性の膿皮症などでは副腎皮質ホルモンによって再発しやすく またコンプライアンスも低下しがちですので膿皮症と診断したときはなるべく用いません また 逆に熱心なオーナーは塗布しすぎることにより ステロイド皮膚症を誘発するので注意が必要です 2 殺菌剤 消毒剤を含有するシャンプーこれらシャンプーには細菌を死滅させる効果があり また抗菌剤と異なり明らかな耐性は示されていません したがって 多剤耐性菌による表在性膿皮症のときは抗菌剤の経口投与を中心にするよりも MP アグロジャーナル 2012.04 11

むしろこれら殺菌消毒剤を用いた方が効果があります また 多剤耐性菌でない場合でも このようなシャンプーを多く用いることで 細菌の耐性化を少しでも予防することができます いわゆる抗菌性シャンプーの代表的な有効成分は2 4% 酢酸クロルヘキシジンおよびグルコン酸クロルヘキシジン 過酸化ベンゾイル 乳酸エチルなどであり その他様々な天然由来の成分が抗菌作用を有するという報告もあります これらのシャンプーは週に2 3 回程度実施する必要があります また 膿皮症が治癒した後も再発を予防する意味でシャンプーを定期的に継続します 過剰な鱗屑や脂漏症を伴う場合にはサリチル酸 硫黄 過酸化ベンゾイルなどを含むシャンプーを用います 今後とも抗菌性シャンプーによる膿皮症の治療と予防は 本症治療の上で重要な位置づけとなるでしょう 3) 基礎疾患の探索再発性の膿皮症のときには上記のような治療と管理だけでなく 基礎となる何らかの疾患がないかどうかを調べます アトピー性皮膚炎 食物アレルギー ノミアレルギー性皮膚炎 クッシング症候群 甲状腺機能低下症 腫瘍などの有無を調査します 5. 耐性菌の勃興とその対策犬の表在性膿皮症の治療は20 年ほど前までは臨床家にとって臨床上の問題は少なく セフェム系などの抗菌剤を全身投与することでほとんどが解決していました 犬の表在性膿皮症の原因菌は最初 S. aureus と区別できませんでしたが やがて S. intermedius として S. aureusと区別されました しかし 2000 年代になってヨーロッパ諸国で多剤耐性菌による膿皮症の報告が相次ぎ その波はやがて日本にも到来しました 2007 年には遺伝子的な解析により それまで S. intermediusとされていた株は 新たに S. pseudintermediusに分類されることになりました 日本ではここ数年のうちに二次診療および一次診療施設で 細菌性膿皮症の発症とともに 多剤耐性の S. pseudintermedius が非常に高い率で出現してきたという報告が相次いでいます 一方で これらの多剤耐性菌の多くはmecA 遺伝子を保有するメチシリン耐性の S. pseudintermedius であり これらの変異株への臨床的な対応が望まれます 1) 抗菌剤と耐性菌の出現ならびにその予防主にフルオロキノロン系の抗菌剤に対する耐性は 突然変異株の出現とその後の抗菌剤投与による選択により起きるものと考えられています 突然変異株は細胞分裂に対して一定の割合で自然に出現するため 突然変異株そのものを防ぐ手だては現段階では難しいのですが 抗菌剤を適切に用いることにより 可能な限り耐性菌の出現を防止し かつこれらに対する治療を的確に実施する必要があります 1 定められた用法 用量および投与期間を守る通常より低い用量あるいは十分な細菌学的な治癒がないままに治療を中止することを繰り返すと 耐性菌が出現しやすくなります 2 外用療法を併用する範囲が狭く 被毛の少ない部位では抗菌剤を配合した軟膏を使用することも可能でありますし 範囲が広いとき 被毛部位に病変があるときは殺菌 消毒作用のあるシャンプーを必ず併用するか 治療の中心に据えます 抗菌剤の投与を中止して外用療法のみに切り替える必要のある場合もあります 3 異なる機序の抗菌剤を併用するある抗菌剤に対して突然変異により出現した耐性株は 別の機序を有する抗菌剤に対して感受性を示 12 MP アグロジャーナル 2012.04

す可能性があるために 可能であれば異なる機序の抗菌剤を複数併用し 耐性菌の増殖を最小限にとどめることが必要です 4 抗菌剤を濫用しない副腎ステロイドホルモンを投与するときなどに抗菌剤を併用するということは しばしば臨床現場で見受けられますが 抗菌剤が必要ではない場面での過剰な投与は耐性菌の出現頻度を高めます 2) 耐性菌の伝播の防止フルオロキノロン系抗菌剤と異なり セフェム系抗生物質に対する S. pseudintermediusの耐性は前述したような抗菌剤による耐性変異株の選択ではなく プラスミドによる伝播によって起きるのではないかと考えられています しかし 日本におけるmecA 遺伝子の型をヨーロッパや北アメリカと比較すると 必ずしも日本の中で伝播しているとはいい難いという意見もあります たとえそうであっても 日常診療の中で 耐性菌が動物病院や獣医療関係者を通じて伝播する可能性は否定できないため 獣医師は十分な措置をとる必要があります 1 手洗いの励行日常診療の中ですでに行われていることではありますが さらに徹底して 皮膚疾患の犬を診察した後は必ず十分に手を洗います 2 器具 診察台 ケージなどの洗浄皮膚疾患の動物の診察を終了した後は耳鏡 鋭匙 診察台 入院ケージなどを十分に洗浄 消毒します 場合によっては白衣などの衣類を交換します 最後に以上 犬の表在性膿皮症の臨床症状 診断および治療について記してきましたが 現在におけるもっとも大きな問題は多剤耐性菌の勃興です 多剤耐性菌の問題は われわれ獣医師が使える薬がなくなるのではないかという不安を孕んでいることが深刻です しかし 欧米では一時期の耐性菌に対する対応が功を奏し 獣医臨床の世界では日本や他のアジア諸国のように耐性菌の率は高くないと聞いています これには 前述したような徹底的な対策や国によっては動物用医薬品しか使用できないなどの法律的な措置や 外用療法を積極的に実施するということが普及しているからかもしれません 日本でも獣医師一人一人が十分な対策をとることができれば 耐性菌問題は下火になるものと思われます また 菌の同定と感受性試験を行って多剤耐性菌と判断された場合に 獣医師が皮膚の感染症に用いるべきでない抗生物質があることも認識したほうがよいでしょう すなわち MRSA に有効なバンコマイシンなどをむやみに用いてバンコマイシン耐性菌などが出現すると 動物やヒトのさらに深刻な局面でのバンコマイシンの使用が困難になる状況が現出します 獣医師は このような面からも 抗菌剤の使用には十二分に留意する必要があるでしょう 13 アグロジャーナル 2012.04