柳 本研究で扱う 後ろ振りあがり伸身とびこしひねり懸垂 ( 以下 ヤマワキ と表記する ) は 2009 年版採点規則において D 難度に位置づけられている手放し技である 7-159 頁 ) ( 図 1) この技は 2008 年北京オリンピックの種目別決勝の鉄棒に出場した 8 人の選手中 6 人が実施しており 優勝した中国の ZOU KAI 選手もこの技を取り入れている このことから この技を演技に取り入れることにより 高得点が獲得できる魅力ある技であることがわかる わが国においても 2008 年第 62 回全日本体操競技選手権大会個人総合決勝競技会の中で 参加選手 36 名中 22 名がこの技を演技に取り入れている このように 今日では多くの選手が ヤマワキ を実施する現状である しかし この技を実施している選手の中には 空中局面において腰が曲がる姿勢的欠点の多い実施や ヤマワキ と評価されない実施も見受けられる 例えば K 大学体操競技部 S 選手も 2009 年からこの技の練習に取り組んでいたが 空中局面でひねりを加える際に伸身姿勢を保持できず その評価はバーをとび越す際の姿勢や雄大性という観点から大きく減点されることが予想される さらには ヤマワキ と認定されるか否かの問題を抱えており 試合においてこの技を演技に取り入れるまでに至っていない そこで本研究では 以上のような問題意識に立ち ヤマワキ を実施しようとしても ヤマワキ として技の認定がされない また 空中でひねりを加えると 伸身姿勢 を保持することができない選手に対し 筆者が行なった指導実践を紹介し そこで行った練習課題の意義をモルフォロギー的立場から考察することで今後 - 407 -
柳 D の ヤマワキ の修正練習に示唆を与えることを目的とする 体操競技のルールにおいては 演技の中に入れなければならない 5 つの技の要求グループがある 鉄棒の場合は 以下のとおりである Ⅰ. ひねりを伴う あるいは伴わない懸垂振動の技 Ⅱ. 手放し技 Ⅲ. 鉄棒に近い技 Ⅳ. 大逆手および背面懸垂の技 およびバーに対して後ろ向きで実施される技 Ⅴ. 終末技これら 5 つの要求グループの技を選手は演技の中に少なくとも一つは実施しなければならない 本研究で扱う ヤマワキ は 上記の要求グループⅡの手放し技のグループにある この技は 懸垂後振りからバーを伸身姿勢でとび越しながら 1/2 ひねりを加えて再びバーを持つ技である また ヤマワキ の成立条件はバーを飛び越す局面において明確な 伸身 姿勢を示すことにある しかし 近年の競技会においては 腰が曲がり 屈身 姿勢に近い姿勢で実施している選手も多く見受けられる この - 408 -
B B ボローニン 上向きとび越し懸垂 場合 後ろ振り上がり屈身ひねりとび越し懸垂 以下 ボローニン ( 図 2-1) や 後ろ振り上がり上向きとび越し懸垂 以下 上向きとび越し懸垂( 図 2-2 という技に判断される可能性がある これらの技と判断された場合 ヤマワキ よりも 2 つ難度が降格した B 難度として認定され 手放し技としての評価が下がるとともに高得点が期待できないことが考えられる また こうした事態は採点競技の競技性から 0.1 の点数差が勝敗に大きく影響し重大な問題となってくる ヤマワキ の発生以前にも ヤマワキ と類似した運動経過を有する技は 多くの選手が実施していた 例えば 1950 年のヨーロッパ選手権で旧ソ連のリシツキー選手が行なった 上向きとび越し やこの 上向きとび越し から派生し ドルトムント世界選手権 (1966) のチャンピオンであるボローニン選手が行なった 下向き屈身転向とび越し懸垂 などがある これらの技はいずれも 左右軸回転の切り返し 1/2 ひねりを行いながらバーをとび越す という運動経過については ヤマワキ と同様であるが ヤマワキ との決定的な違いは とび越しの際の身体の姿勢にある ヤマワキ は鉄棒をとび越える際に 明確な 伸身 姿勢が要求されることから ひねりとび越し や ボローニン などの屈身姿勢を伸身姿勢に変形させなければならない - 409 -
柳 ヤマワキの理想姿勢上向きとび越し懸垂型ボローニン型 現在 競技会において ヤマワキ を実施していると思われる選手の中には ヤマワキ とは評価されにくい ひねりとび越し に似た実施の 上向きとび越し型 ( 図 3-2) や ボローニン型( 図 3-3) の実施がよく見受けられる これらは ヤマワキ という技の空中姿勢の理想であるバーの真上で身体が直立状態で実施することから考えると ヤマワキ という技の認定がされない あるいは多くの実施減点がなされるという問題が生じる これらの問題を解決するためには 伸身姿勢でひねる練習法を考案し 理想に近い図 3-1の姿勢がバーの真上で保持することができる技術を確立することを目指すべきであろう. 筆者は 先行研究において ヤマワキ実施において空中で伸身姿勢獲得のための 3 つの練習課題 を提示している その 3 つの練習課題は以下の通りである ( 連続写真の番号は運動が遂行される順番を示している ) - 410 -
1 この課題を実施することで 懸垂後ろ振りからの はじき注 1) 動作に集中し易くなり バーの手前で はじき を行うことで 伸身姿勢をつくり出し易い 2 この課題 ( 図 5) は 課題 1 で実施した 伸身姿勢でバー前上方に上がる とこ注 2) ろから再び バーを持つ 場合への接合部として 身体の切り返し動作を強調して行うことにある ヤマワキ を行う際には 離手からバーを持つまでの間に懸垂後ろ振りに伴う前方左右軸回転から後方左右軸回転へと回転方向の変化が生じる こうした回転方向の変化は 切り返し と呼ばれ 種目は異なるものの とび箱運動における 開脚とび などにも見られる ヤマワキ における 切り返し はバーをとび越す際の 浮き や はじく 方向によって異なってくるものの ヤマワキ の課題を達成するには不可欠な技術である - 411 -
柳 - 412 -
3 ここでの課題 ( 図 6) では ひねり を加えるが 第一課題や第二課題で習得した 切り返し や はじく 技術を特に意識して行うことが重要である ヤマワキの修正練習において 腰の曲がりを伸ばすこと 身体を上方に持ち込む 切り返し の技術 はじき の技術等を習得するために バーを持つこと よりも伸身姿勢でバーをとび越えるという練習方法が有効であった 一方 課題として残ったことは 第二課題は出来るがひねりに結びつかないなどの問題が挙げられた そこで 本研究では 第二課題の伸身姿勢でバーをとび越えることはできるがひねりに結びつかない選手に対しての修正練習を試みた. 本実践研究では先ず 筆者が行った指導事例を提示し その意義について考察を加える その際 修正対象者の動感の変化を中心に論を展開し 特に 伸身姿勢でとび越す 段階から 伸身姿勢で飛び越しながらひねりを加え バーを持つ 段階に至るまでの運動投企の形成に注目する なお 本論で用いる連続写真の資料は 修正前と修正後の映像資料ならびに 修正過程で行った課題を当該選手に再現させて作成した 1 本研究では K 大学体操競技部員の選手を対象とした S 選手はこの技を習得し演技に取り入れ これまでの演技価値点を上げることにより高得点が期待できるため ヤマワキ の練習を行っていた しかし S 選手は 2009 年から ヤマワキ の練習を始めていたが 腰の曲がりによる姿勢欠点を考え この技を演技の中に取り入れる段階には至っていない また 図 7 にある S 選手の失敗例 1の元となった映像を見た 1 種審判員 2 名は とび越しの際の姿勢 さらに雄大性という観点から ボローニン (B 難度 ) と評価するのが妥当であろう という評価をしている S 選手は 筆者の先行研究における第二課題ができるようになった上で第三課題である ヤマワキ を実施しよ - 413 -
柳 うとして練習を行なっていたものの 実際にひねりを加えることにより腰の曲がった屈身姿勢で ボローニン ( 図 7) と評価されることや 失敗例 2のようにひねりを加えるとバーを持つことができず落下してしまうことが多かった ( 図 8) S 選手は当時の実施を振り返り ヤマワキ を実施するつもりでもひねりを意識するとひねりが早くなったり 伸身姿勢を意識するとひねりが遅れてしまったりで上手くひねることができない と報告している こうしたことから 伸身姿勢からひねりに繋げることに焦点を絞り S 選手の実施を 理想に近い伸身姿勢からひねるヤマワキ へと修正するための練習課題を考案した - 414 -
2 練習段階の構想を立てる前に ヤマワキ の実施が理想に近い K 選手 ( 図 9) に対し実施する際のポイントについて調査した K 選手は 大学一年生から四年間この技を演技の中に取り入れており 1 種審判員 2 名も実施減点の少ない素晴らしい実施と評価している そこで K 選手の ヤマワキ を実施する際の感覚的ポイントを以下に挙げる 1 振り出しでできるだけ上に出すために頭を返し体全体を上に向け 手首を返さず ずっとバーを押しておく ( 図 9 の 1 ~ 4) 2 抜きは 頭を戻すと同時に上半身でバーを引っ張る気持ちで抜く ( 図 9 の 5 ~ 7) 3 あふりでは 上半身を上げ過ぎず 後ろではなく近くにあふり バーを近くに引き寄せバーをはじく肘の曲がりをつくる ( 図 9 の 8 ~ 9) - 415 -
柳 4 離手する時は 上に引くと同時に上半身を起こして足先を入れる ( 図 9 の 10 ~ 11) 5 空中ではひねる方向に頭をもっていき 右肩で体全体を引っ張る感じでバーを見ておく ( 図 9 の 12 ~ 14) これら K 選手の技術的ポイントを頼りに S 選手への指導を試みた しかし S 選手は バーを引くことはできるが ひねりのきっかけやひねるタイミングに関しての感じがわからない と答えた そこで K 選手の技術ポイントである5 空中でひねる方向に頭をもっていき 右肩で体全体を引っ張る感じでバーを見ておく という 肩を意図的に操作して体全体を引っ張る感覚 に関しての技術的ポイントに着目し S 選手に ひねり のタイミングを身につけさせるために トランポリンを利用した感覚練習を試みた 以後 2010 年の 4 月から 10 月に K 大学体操競技練習場にて行った練習過程を紹介する - 416 -
3 1 修正練習にトランポリンを利用したのは S 選手の意識的問題であった バーを持つことに意識が向くと屈身姿勢になってしまい 空中での伸身姿勢を意識するとひねることができない バーを掴めない という問題点を考慮し 鉄棒での練習を意図的に一時中断させ 伸身姿勢でバーをとび越し ひねるためのタイミングを感覚的に身につけることを目指したものである この際 S 選手に対して K 選手の感覚的ポイントであった 右肩で身体を引っ張る感じ の感覚と同じイメージでひねることを意識させることによって ひねるタイミングを獲得できることを期待した ひねるタイミングの感覚を多く体験するには 実際の鉄棒で繰り返し練習することであるが 体力的に回数を増やすことは困難なため 体力的に回数も行えるトランポリンを利用した さらにトランポリンを利用した練習は空中での身体操作の感覚を得ることもできると期待した - 417 -
柳 この練習を開始した当初の S 選手は トランポリンで腹落ちから半分ひねって腹落ちを実施することは容易にできていたが どのタイミングでひねることが良いのかが分からない と報告している また この練習でひねるタイミングを身につけることができるのかという不安もあった そこで K 選手の技術的ポイントであった 右肩で身体を引っ張る感じ を S 選手に意識させ 再度トランポリンによる感覚練習を実施させた S 選手と K 選手はひねる方向が同じであり K 選手と同じように S 選手に 右肩を引っ張る というイメージを持たせ実施させると S 選手は 空中方向に肩を誘導させると自然にひねれた と報告した そこで 空中で意図的にひねる感覚を体験した S 選手に 再び鉄棒において ヤマワキ の実施を試みた結果 修正前の失敗例よりはるかに良い出来栄えとなった ( 図 11) - 418 -
. 1S 1 伸身姿勢でひねる感覚を身につけるためには 空中で意図的に肩を上げ身体を引っ張る感じにする ことにより ひねりを意図的に誘導するきっかけを作ることが可能になる 2 鉄棒で ヤマワキ を実施する際にも ひねり を強く意識するのではなく 空中で肩を引っ張る感じ でひねることで バーをとび越えてからの身体操作が可能になり スムーズなヤマワキを実施することができた 2 1 筆者が S 選手に鉄棒の練習を一時的に中断させた理由としては S 選手の意識の中に ひねる という考えが 身体の上昇を妨げ伸身姿勢の保持を難しくしており また 伸身姿勢を強く意識することでひねるタイミングを難しくしていると考えた そこで行った修正練習として トランポリンを利用した空中で身体操作する練習法によって S 選手は 右肩を意図的に動かす 感覚を得たことでひねりのタイミングを意図的につくり出し 実際の鉄棒においても伸身姿勢のままでひねることが可能になったと考えられる 2 本研究では ヤマワキ の運動課題のである空中において伸身姿勢でひねるという 外形的な類似性に基づいてこのトランポリンによる修正練習の方法を設定したのではなく 上述したように ひねる という感覚を 肩で引っ張る という感覚に変化させるため また それを可能にするための練習方法としてトランポリンを利用したひねりの練習方法を考えた これらのことから 指導法を考える際には 熟練した技のかたちを真似たり それに近づけたりすることは基よりこの技を行っている選手の動感をどのように他の選手に伝えるかが重要となり それが大きな解決点に繋がることが考えられる - 419 -
柳 本研究では ヤマワキ の修正練習を S 選手に対し試みた結果 大きな変化が見られた そこでは 修正前に見られた腰が曲がった実施や 伸身姿勢を意識するとバーを持つことのできない実施から空中において伸身姿勢が見られる ヤマワキ を獲得することに成功した このことから 本研究の修正練習においては 伸身姿勢を意識するとひねることができない選手においては 空中で意図的に身体操作をすることで伸身姿勢を意識しながらひねることが可能になることがわかった その空中での身体操作の練習方法として トランポリンによる感覚練習が有効であったと言える 本研究で提示した課題は 筆者の先行研究の第二課題まで達成できている選手に利用できる方法であると考えられるが トランポリンによる練習は必ずしも第二課題までを達成しておかなくても空中において身体操作の感覚を身につけるためには 気軽に取り組めるのではないかと考えられる 今後さらに ヤマワキ に関する研究を進め この技を練習する選手や指導者のために 情報を提供する必要性が残される また こうした指導事例を紹介することは 体操競技トレーニング論において非常に重要な位置づけを担っていると考えられる 注 1) はじき : 切り返しを行なう際に バーを握っている手を鉄棒に体を引き寄せるように手を離す動作注 2) 切り返し : 懸垂後ろ振りに伴う前方左右軸回転から後方左右軸回転へと回転方向の変化 1) 金子明友 : 体操競技教本 ( 鉄棒編 ) 不昧堂出版 1970. 2) 金子明友 : とび箱 平均台運動 大修館書店 1987. 3) 金子明友 : 体操競技のコーチング 大修館書店 1974. - 420 -
4) 木下英俊 : 鉄棒の手放し技に関する技術史的研究 体操競技研究 9 p.21-34 2001. 5) 栗原英明 : 鉄棒における新技の出現とその変遷 研究部報 50 号 1982. 6) 財 ) 日本体操協会 : 採点規則 - 男子 - 2006 年版 7) 財 ) 日本体操協会 : 採点規則 - 男子 - 2009 年版 8) 柳 : 鉄棒における 後ろ振りあがり伸身とびこしひねり懸垂 の練習方法に関するモルフォロギー的考察 福岡大学スポーツ科学研究 第 40 巻第 2 号 p.11-22 2009. - 421 -