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理 化学現象として現れます このような3つ以上の力が互いに相関する事象のことを多体問題といい 多体問題は理論的に予測することが非常に難しいとされています 液体中の物質の振る舞いは まさにこの多体問題です このような多体問題を解析するために 高性能コンピューターを用いた分子動力学シュミレーションなどを行うことが多いのですが その精度を上げるためには 分子間相互作用に関する適切な経験的パラメーターやそれを検証する実験系が必要です 特定のファンデルワールス相互作用を観測することが可能になれば 分子動力学シュミレーションなどへの応用も可能になります 本研究では機能性物質として知られるポルフィリンと液体分子との特定のファンデルワールス力を検出するための新しい指示薬を開発することを目的としました 指示薬に求める要件として 簡便に検出できること 様々な液体に対して同一条件で調べることができることを目標としました このような指示薬を開発することができれば 溶液中での物質の振る舞いという多体問題を解析するうえでの実験系を構築することができます 研究成果の概要 われわれは 液体分子と物質の相互作用 ( ファンデルワールス力 ) を検出する指示薬と して 図 1 に示す 2 種類の無電荷 無極性のポルフィリン分子 1 2, 2 2 を合成しました イミダゾール基 亜鉛イオン 1 2 2 2 =C 11 H 23 =TEG 図 1 指示薬の構造 これらの分子は2つのイミダゾール基とよばれる部位と2つの亜鉛イオンを有しており イミダゾール基が亜鉛イオンに配位結合する性質によって 連続的に自己組織化し 伸長型と重なり型の 2 種類の自己組織化高分子を形成します ( 図 2) 伸長型は2つのイミダゾール基が頭と頭を向けて結合した形状をとっており 逆に重なり型はお尻に頭が向いた形状をとっています これらの2つは幾何学的な異性体ということができます ここで 伸長型は重なり型に比べて表面積が大きいということがポイントです トランプカードを展開した状態 ( スプレッド ) と重ねた状態 ( ホールド ) を思い浮かべてもらうとわかりやすいと思います ( 図 3) ポルフィリンに馴染みやすい液体中 すなわちポルフィリンとファンデル

ワールス相互作用をする液体中ではポルフィリン分子は液体との接触面積を増やすために 伸長型構造をとります 逆に馴染みにくい液体中では ポルフィリン分子は液体との接触面 積を減らそうと重なり型構造をとります m 伸長型構造 = n 重なり型構造 伸長型 ポルフィリンと液体の馴染みやすさファンデルワールス力大きい小さい 重なり型 図 2 伸長型と重なり型の 2 種類の自己組織化高分子の構造と模式図 図 3 トランプカードのスプレッドとホールド この伸長型と重なり型の 2 種類の自己組織化高分子は汎用的な紫外可視分光器を用いて簡便に区別することができます ポルフィリン分子は光を吸収する能力が非常に高いので 10-6 mol/l の非常に希薄な液体中でも感度よく観測でき わずかな量の指示薬で試験を行うことができます このような方法を用いて リトマス試験紙でアルカリ性の有無を調べるかのように ポルフィリン分子がどのような液体と馴染みやすいのか簡単に調べることが可能になりました また分子 1 2, 2 2 の違いは側鎖と呼ばれる横から出た置換基の違いですが この指示薬ではこの置換基の影響の有無も同時に調べることができます このようにして開発した指示薬を用いて 計 67 種類の液体との相互作用を調べました 液体の性質としては 光をどれくらい曲げるかという屈折率や 電場に対する応答性を表す誘電率 単位体積あたりの蒸発熱と関係する凝集エネルギー密度 ある物質が液体中で色調変化する度合いから見積もられる経験的な極性パラメーターなどさまざまな指標が報告

されております この新しい指示薬を用いたポルフィリン分子と液体との実験の結果 従来報告されているこれらの液体の指標から 今回観測されたポルフィリンと液体のファンデルワールス相互作用を予測することは難しいということが分かりました これは 本指示薬がこれまでの液体の性質を調べる実験では観測できなかった物質と液体間の微弱な力だけを観測できる性能を有しているためだと考えられます 本指示薬を用いた実験結果の系統的な解析の結果 ポルフィリン分子と相互作用する液体としてはハロゲン原子またはベンゼン環のどちらかもしくは両方を有することが必要であるなど 物質と液体のファンデルワールス相互作用を分子レベルで考察することが初めて可能になりました ポルフィリン誘導体と液体との相互作用に関して 同一条件下これほどの種類と数を系統的に調査した研究はこれまでにありません 同一条件で分析することによって 液体間の違いをはじめて明確に議論できるようになりました 今後の展望 今回開発された指示薬とその原理は 様々な液体中における物質の溶解や凝集現象 各種溶媒効果を理解するうえで 重要な手段になると考えられます 今後はこの微弱な力の強度を測り 序列化し ファンデルワールス相互作用に関する溶媒の新しい指標を作ることが目標です このような指標を提供することができれば 溶液が関与する現象 例えば化学平衡や化学反応 また化学反応の選択性を制御することに役立ち 有機合成化学に止まらず 広く科学の発展に対して貢献できると考えられます また 異種分子間のファンデルワールス相互作用は我々の体の中ではたらくタンパク質の3 次元構造や酵素タンパクと基質の相互作用 抗原と抗体の相互作用にも大きな影響を与えていると考えられています 本指示薬は このような微弱ではあるが万物に存在するファンデルワールス力を巧みに利用した人工超分子素子の開発にも大いに貢献すると考えられます 用語 1 ファンデルワールス力無電荷 無極性 ( 電荷と永久双極子モーメントを持たない ) 中性分子間 あるいはそれと他の分子間にはたらく誘起双極子 - 誘起双極子相互作用 ( ロンドン分散力 ) のほか 永久双極子 - 誘起双極子引力 立体障害斥力などの弱い分子間力の総称 弱い力ではあるが タンパク質のフォールディングや酵素と基質の相互作用 抗原抗体結合などの分子間相互作用では重要な要素と考えられている

2 ポルフィリン炭素 窒素 水素原子から構成される平面性のπ 共役系機能性分子 その周囲に様々な置換基を持たせることもできる 光合成を担うクロロフィルや赤血球の中で酸素を運搬するヘムもポルフィリンを主骨格とする分子の1 種 3 多体問題 相互に作用し合う多数の粒子の運動状態を論じる力学の問題 近似的な解を示すこ とはできるが 数学的に正確な解を求めることはできない