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東京大学アメリカ太平洋研究第 15 号 241 久保文明 高畑昭男 東京財団 現代アメリカ プロジェクト編著 アジア回帰するアメリカ 外交安全保障政策の検証 (NTT 出版 2013 年 ) 湯浅成大 はじめに本書は 第 1 期オバマ政権の後半においてアメリカのアジア政策が転換したという共通認識に基づいて この問題を様々な角度から論じた論文集である 本書評では その政策転換の中核をなし また評者の専門でもある米中関係についての部分を中心に論じていくことにする 1. 各章の紹介第 1 章渡部恒雄 オバマ政権の対中政策の歴史的意味 は ニクソン政権時代からオバマ政権第 1 期目終わりまでを歴史的にたどりながら その中でオバマ政権の対中政策を位置づけている ここでは まず ニクソンからレーガンまでのアメリカの対中国政策は 大まかにいってアメリカのソ連政策の一環であったとされ 過渡期のブッシュ ( 父 ) 政権を経て 冷戦終結後のクリントン政権時代には対中関与 ( エンゲージメント ) が政策の中心だったという そしてブッシュ ( 子 ) 政権では 当初は中国を 戦略的競争相手 ととらえていたが 9.11 以後はそのような論調は後退し 政権後半期には 責任あるステークホルダー論 がとなえられるようになったとされる これらに対してオバマ政権においては 政権発足期は ステークホルダー論 の進化版である G2 論 や 戦略的再保障論 が幅を利かせていたが 中国の非協力的な姿勢に対する幻滅や 中国軍の軍事行動の活発化などもあって 2010 年を通じてアメリカの対中国政策は大きく変化し その象徴的な出来事が2010 年 7 月のASEAN 地域フォーラムにおけるクリントン国務長官の演説だという そして2011 年から 2012 年初めにかけて アメリカは一連の アジア回帰 政策あるいは リバランス へとシフトしていったと述べ オバマ政権は かつての経済関与ではなく バランス ( 対中牽制 ) とヘッジ ( 最悪事態に対する保険 ) の両面にらみの政策をとるようになったとまとめている 第 2 章高畑昭男 米中戦略 経済対話とアジア太平洋回帰戦略 は 前政権が作り上げた対話の枠組みを拡大して オバマ政権第 1 期目に発足した米中戦略 経済対話の展開をたどりながら 対話と交渉によって成果を得ようとしたがそれを果たせず 中国に対する失望へと変化した様子が描かれている 筆者によれば 両国間の不信感と対立の深まりを反映して 2010 年の第 2 回戦略 経済対話の時には早くも各争点におけるすれ違いが目立つようになり それは同年 7 月の ASEAN 地域フォーラム閣僚会議での クリントン国務

242 長官による中国批判の演説へとつながっていったと論じている その流れを反映してアメリカ側で 対立管理 の発想が次第に強まり 2011 年の米中 戦略経済対話では 戦略安全保障対話 が新たに創設されることが決まった そして本章での最後の検討対象である2012 年の米中戦略 経済対話では 人権面での両国の対立が前面に出たことに加えて 個別の争点に関しては総じて協調の継続の確認にとどまり 実質的な成果に乏しかったと述べられている 結論としては 2 期目のオバマ政権では 中国に対して経済 通商面での攻勢が強まるのではないかと展望している 第 3 章新田紀子 オバマ政権の東アジア政策と航行の自由 は オバマ政権の対中政策を 航行の自由 という観点から整理 分析したものである 航行の自由 は 2010 年 7 月ハノイで開かれたASEAN 地域フォーラムでのクリントン国務長官の演説で注目された発言であるが 本章では オバマ大統領自身や他の政府高官の発言にも触れ 航行の自由およびその果実としてのグローバルコモンズへのアクセス確保をオバマ政権がいかに重視しているかを指摘する そして 2009 年から 2010 年にかけての中国がらみの海洋をめぐるトラブルを概観し クリントン演説の背景を探っている さらにウィルソン大統領以来の 航行の自由 へのアメリカのコミットメントを歴史的にあとづけ 最後にこの原則を守るための軍事的裏付けの必要性についても言及している 第 4 章加藤洋一 アジア回帰外交成立の経緯とアジア諸国の反応 では オバマ政権 1 期目後半に出された アジア回帰 の方針が 中国の A2/AD( 接近阻止 領域拒否 ) ドクトリンへの対抗策としての エアシーバトル 構想と関連させながら検討されている その中で A2/D2 に対する エアシーバトル の有効性に関する政権外部の疑問についても触れている 続いてこれに対するアジア諸国の反応が紹介されているが 中国以外の諸国は総論的には歓迎しているものの アメリカの アジア回帰 を軍事面に重点を置いたものと理解しており 非軍事面での具体策を求める声が上がっていると紹介し 一方中国では政権外の研究者も含めてアメリカに対する警戒感が強まっていると論じている 日米関係については エアシーバトル 構想と日本の戦略との調整の問題が指摘されている 第 2 部では第 1 部で展開されたオバマ政権の対アジア政策の転換についての分析を受けて以下の 4 論文が掲載されている 第 5 章川上高司 第 2 期オバマ政権下の日米同盟 では まずアメリカで深刻となっている財政赤字削減問題が安全保障戦略全般およびアジア回帰政策に与える影響を検討し 続いてアメリカのアジア回帰の将来の可能性として 適合抑止とオフショア バランシングの2 つのシナリオをあげて オバマ政権のリバランスは前者の方向だと分析しつつも 将来は不透明だと論じている 最後に日米関係に関しては 日本の領土問題をめぐる緊張に対して 日本がアメリカの抑止力をいかに確保するかがキーとなると述べている 第 6 章泉川泰博 パワーシフトの国内政治と変容する日中関係 は 東アジアのパワーバランスの変化が両国の国内のさまざまアクターに影響を及ぼし その結果生じた国内政治過程の変化が日中関係の険悪化をもたらしたということを 理論的枠組みを用いて整理している 東アジアのパワーバランスの変化とはいうまでもなく 中国の軍事的経済的台頭にともなう日米との間のパワーバランスの相対的変化をいう その結果中国においては ナショナリズムの高揚に見られるような世論の強硬化 政策コミュニティにおけるタカ派の台頭 官僚組織間におけるパワーバランスの変化 ( 人民解放軍の発言力の上昇など )

東京大学アメリカ太平洋研究第 15 号 243 によって全体として対日強硬姿勢がとられるようになったと指摘する一方 日本においても同様のメカニズムが働いて 日本においても中国に対して妥協的な姿勢をとることが困難になったと述べている 結論としては 日中関係の負のスパイラルを止めるためには 中国の安定と発展が日本にとってもプラスであることを説明しつつ 同時に中国の挑発的行動に対する防備を固めなくてはならないとまとめている 第 7 章ポール J サンダース エネルギーをめぐるアジアの政治と安全保障 は より広い文脈からアメリカのリバランスとエネルギー問題との関連について論じている その主要な論点は3 つあり 中国を含むアジア諸国のエネルギー需要の増大とリバランスとの関係 リバランスと中東政策との関係 シェールガス革命の将来と安全保障の関係である それらの中で興味深い分析をいくつかあげる 第 1 点については 中国の南シナ海をめぐる行動は 南シナ海の海底資源の観点だけでなく 中国の中東アクセスの点からも考える必要があるという指摘である またロシアとアジアの関係拡大についても注意を喚起する 第 2 点についてはアジアが中東のエネルギー依存を続ける以上 アメリカの中東からの撤退は容易でないという 中東の資源確保のためには海上交通路の問題だけでなく 中東そのものの安定が重要なキーとなり その際中国も含めた協調の枠組みが必要となる可能性について論じている 第 3 点については アメリカでのシェールガスの生産が増大すれば アメリカが中東石油の得意先でなくなり そうなるとアメリカの中東への影響力が低下するという懸念があるという さらにシェールガス革命がもたらすだろうエネルギーの価格変動の安全保障への影響についても注意する必要があると述べている 第 8 章土屋大洋 非伝統的安全保障問題としての米国のサイバーセキュリティ政策 においては サイバーセキュリティにともなうさまざまな困難さについて検討が加えられている サイバー攻撃あるいはサイバーテロは ネットワークの混乱 インフラストラクチャーの機能停止から兵器システムの誤作動まで様々な被害をもたらすが 実際の攻撃者の特定が困難で したがって抑止が機能しないという特徴を持つ もちろん国際コミュニティはこれに対して手をこまねいているわけではなく NATO や国連軍縮部などで専門家による対策作りが進められているという しかし そこでは当然ながら政府によるネット空間規制の問題が生じるわけで 各国間の合意形成には時間がかかるだろうと予想する 東アジアの安全保障との関連でいえば サイバーセキュリティに対する日米協力のための法的整備がさしあたっての課題だと指摘している 2. アメリカの アジア回帰 が意味するものここでは まず本書全体をつらぬく執筆者の共通認識を確認したうえで 個別の章に関する問題ではなく 本書全体あるいは複数の章をまたぐ問題についてコメントをいくつか述べることにしたい (1) 中国脅威感の共有本書執筆者の共通認識とは 第 1 に 2010 年から 2011 年にかけてアメリカの中国認識が変化し 2012 年初めまでには アメリカのアジア回帰 リバランス という形での政策転換が起こったという点である 第 2 に中国の脅威はもはや議論の段階ではないという認識

244 がオバマ政権内外で共有されるようになり 本書執筆者もそれを踏まえた分析を行っていることである たとえば第 3 章の航行の自由の中で 安全保障専門家や海軍関係者の文献が多数引用されていることは オバマ政権もこのような専門家と同様の認識を持っていることの暗示と読めるし 第 4 章で述べられているエアシーバトルへの疑問が元軍関係者から出されたという点についても そういう疑問の存在がさほど重要な問題として論じられていないのは エアシーバトルがオバマ政権の今後とるべき軍事戦略だという政権内外のコンセンサスの存在を示唆したものといえる また本書では 保守派の主張としての中国脅威論という形の記述がほとんどないが それは本書の執筆者たちが 中国の脅威はアメリカ国内での立場を越えて認識されていると理解していることの表れといえるだろう そして第 3 に オバマ政権の アジア回帰 はさまざまな形での ( 中国以外の ) アジア諸国との関係強化につながっているという点である ということになると その具体的な表れは第 2 章で論じられているように 中国の問題行動を柔らかく包み込む ( 軍事的封じ込めではないという意味だと理解される ) ための 対中包囲網 の形成ということになるのだろう しかしこの点について評者はもう少し突っ込んだ検討が必要と考える (2) 対立管理 と信頼醸成 評者はかつてクリントン政権期とそれを前後からはさんでいる 2 つのブッシュ政権期の 米中関係に関する論考をいくつか発表している それらの中で指摘したことは 1 冷戦期 のアメリカの対中国政策は戦略的考慮から形成されていたのに対して 冷戦終結後は戦略 以外の経済や人権の要素の比重が高まった 2 したがって冷戦期の対中政策はもっぱら戦 略家の手によって形成されていたのに対して 冷戦終結後はアメリカ国内の様々な勢力の 主張が錯綜するようになり その結果対中政策の形成に対するアメリカ国内の政治過程の 影響が増大した 3 中でも保守派の動向が対中政策を左右する 4 今後の課題としては米中間の信頼醸成のメカニズムの構築が重要である 以上の 4 点である 1) 最初の 3 点に関しては 本書が論じているように状況が全く変わってしまったようであ る ( あるいは評者の予測がはずれただけともいえる ) アメリカ側の認識の変化は 中国 の問題行動や非協調的姿勢によるもので アメリカの国内政治の動向とは基本的に無関係 である そして本書の各章の記述から一貫してうかがえるように そのような認識はオバ マ政権でほぼ一枚岩の形で共有されており 軍部や保守派ともそれほど差がないとみられ ている 評者もここまでの執筆者たちの主張に対してここでは特に異をとなえることはし ない けれども 4 番目の問題についてははどうだろうか 本書においては信頼醸成に触れた記 述が極めて少なく あっても信頼醸成のメカニズムは存在しないという文脈で言及されて いるだけである 確かに現状を見ればそのような評価は妥当かもしれないし 第 2 章の指 摘に従えば 米中戦略 経済対話も信頼醸成を提供するメカニズムとしての機能を果たし 1) 湯浅成大 冷戦終結後の米中関係 久保文明 赤木莞爾編 アメリカと東アジア ( 慶應義塾大学出版会 2004 年 ) 133-55 頁 ; 湯浅成大 米中関係の変容と台湾問題の新展開 ニクソン以後の 30 年 五十嵐武士 編 太平洋世界の国際関係 ( 彩流社 2005 年 ) 207-41 頁 ; 湯浅成大 ブッシュ政権の対中国政策と米国国内 政治 高木誠一郎編 米中関係 ( 日本国際問題研究所 2007 年 ) 167-88 頁

東京大学アメリカ太平洋研究第 15 号 245 ていないということになる ( 新たに設立された戦略安全保障対話も同様の評価のようである ) また近い将来に関しても 本書の論調から察すれば 米中間での信頼醸成のためのメカニズム構築は難しいということになるだろう また第 6 章では日中両国に関して 東アジアにおけるパワーバランスの変化による両国内でのタカ派の台頭と相手に対する強硬論の広がりを指摘しているが この論理に従えばアメリカ国内でも同様の現象が起きることが当然予想され そのような場合には信頼醸成のメカニズム構築のための行動が 弱腰 とか 宥和的 との非難を招いて 信頼醸成メカニズム構築に向けてのハードルが一層高いものになるだろう (2014 年 11 月の米中首脳会談で構築が合意された 偶発的な衝突回避のための連絡システムは信頼醸成装置になりうるだろうか?) では 信頼醸成メカニズムの構築が難しいとすれば それに代わるものは何か それが第 2 章で示されている 対立管理 だと思われる 本書においてこの言葉が使われているのは第 2 章だけであるが 他の章の執筆者にとっても同様の認識は共有されていると思われるので 用語が使用されているかどうかは大した問題ではないともいえる ただ 対立管理 という概念が示すものは何であるか 本書では必ずしも明らかとはいえない 対立管理 が 米中間あるいは中国と周辺諸国との間で現実に対立があることを認めたうえで その対立が最悪の場合偶発戦争の暴発とならないように何らかの措置を講じるという意味なのか それとも暴発しないレヴェルまでは対立を放置することなのか ( 執筆者の立場はこれではないと評者は理解しているが ) あるいはそれ以外の何か特定の政策的な含意を持っているのかは不明である 評者がここで明らかにしてもらいたいと思うのは 対立管理 と 中国包囲網形成 の関係である 前述のように第 2 章では アメリカのリバランス イコール 中国包囲網の形成 と述べられているようだが 中国包囲網形成 イコール 対立管理 かどうかは 評者の目から見て定かではない また第 4 章では アジア太平洋地域諸国の受け止めとして アジア回帰 が中国に対する軍事的封じ込めと理解されているという指摘があり 東南アジア諸国に対してオバマ政権には包括的な戦略がないという記述もある このように第 2 章と第 4 章の議論の間で一見矛盾があるように見えることを読者はどう理解すべきか その点についても明らかではない いいかえると どのような包囲網によって どのように対立を管理していくかが検討されなければならない そして第 7 章で論じられているように アジア回帰 が必ずしもアジアだけで完結する問題でないとすれば アジア回帰 や アメリカのリバランス の評価は一層複雑なものになるだろう だがこの点は執筆者の責任というよりオバマ政権の説明不足ともいうべき問題で 今後の政権の動向が注目される そうはいっても 本書において 対立の管理をカッコつきの 対立管理 という以上は どこかで概念的な定義がなされている方が読者にとってより親切だと思われる これによって 軍事的封じ込め との違いもより明確になるだろう おわりに最後に本書の評価すべき点を改めて確認しておきたい まず執筆者たちの間で アメリカのアジア回帰に関する認識が共有されており その結果本書全体の議論に一貫性があることである 次に オバマ政権のアジア政策の転換が行われたとされる時期の出来事が丹

246 念に描かれているため アメリカのアジア回帰にいたる過程をより総体的に理解することが可能になっていることである また関係者に対するインタヴューが交えられている章もあって いっそう当時の記述が生き生きとしたものとなっている 現在のアメリカのアジア政策 米中関係を理解するための出発点として 本書は大いなる貢献を果たしているといえるだろう