も 医療関連施設という集団の中での免疫の度合いを高めることを基本的な目標として 書かれています 医療関係者に対するワクチン接種の考え方 この後は 医療関係者に対するワクチン接種の基本的な考え方について ワクチン毎 に分けて述べていこうと思います 1)B 型肝炎ワクチンまず B 型肝炎ワクチンについて

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2)HBV の予防 (1)HBV ワクチンプログラム HBV のワクチンの接種歴がなく抗体価が低い職員は アレルギー等の接種するうえでの問題がない場合は HB ワクチンを接種することが推奨される HB ワクチンは 1 クールで 3 回 ( 初回 1 か月後 6 か月後 ) 接種する必要があり 病院の

両面印刷推奨 <4 種ウイルス疾患 ( 麻疹 風疹 水痘 流行性耳下腺炎 ) フローチャート> 医療機関の記録または母子手帳でワクチンを接種したことが A B C 2 回確認できる 1 回確認できる 全く確認できない D または E のどちらかを選ぶ D E 前回接種より少なくとも 1 ヶ月以上あけ

ロタウイルスワクチンは初回接種を1 価で始めた場合は 1 価の2 回接種 5 価で始めた場合は 5 価の3 回接種 となります 母子感染予防の場合のスケジュール案を示す 母子感染予防以外の目的で受ける場合は 4 週間の間隔をあけて2 回接種し 1 回目 の接種から20~24 週あけて3 回目を接種生

針刺し切創発生時の対応

<4 種ウイルス疾患 ( 麻疹 風疹 水痘 流行性耳下腺炎 ) フローチャート> 医療機関の記録または母子手帳でワクチンを接種したことが A B C 2 回確認できる 1 回確認できる全く確認できない D E 前回接種より少なくとも 1 ヶ月以上あけて さらに 1 回ワクチン接種を受ける 抗体検査を

日本小児科学会が推奨する予防接種スケジュール

Vol. 32 Suppl.II,2017 麻疹 風疹 水痘 流行性耳下腺炎 ( ムンプス ) に関する Q&A の公開にあたって 日本環境感染学会では 平成 21 年 5 月に 院内感染対策としてのワクチンガイドライン第 1 版 を 平成 26 年 9 月に 医療関係者のためのワクチンガイドライン

始前に出生したお子さんについては できるだけ早く 1 回目の接種を開始できるように 指導をお願いします スムーズに定期接種を進めるために定期接種といっても 予防接種をスムーズに進めるためには 保護者の理解が不可欠です しかし B 型肝炎ワクチンの接種効果は一生を左右する重要なものですが 逆にすぐに効

日本小児科学会が推奨する予防接種スケジュール 014 年 10 月 1 日版日本小児科学会 乳児期幼児期学童期 / 思春期 ワクチン 種類 直後 6 週 以上 インフルエンザ菌 b 型 ( ヒブ )

院内感染対策マニュアル

平成 30 年度栄養サポートチーム専門療法士臨床実地修練研修プログラム 大阪国際がんセンター 栄養サポートチーム

B型肝炎ウイルス検査

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H30_業務の概要18.予防接種

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日本小児科学会が推奨する予防接種スケジュールの主な変更点 2014 年 1 月 12 日 1)13 価結合型肺炎球菌ワクチンの追加接種についての記載を訂正 追加しました 2)B 型肝炎母子感染予防のためのワクチン接種時期が 生後 か月 から 生直後 1 6 か月 に変更と なりました (

<4D F736F F F696E74202D208B678FCB8E9B D C982A882AF82E98AB490F5975C966891CE8DF482CC8A B8CDD8AB B83685D>

B型肝炎ウイルス検査

生ワクチン 不活化ワクチン ジフテリア 百日咳 破傷風 不活化ポリオ混合ワクチン の接種から20~24 週あけて3 回目を接種 別の種類のワクチンを接種する場合は 中 27 日 ( いわゆる4 週間 ) 以上あけて受けます 別の種類のワクチンを接種する場合は 中 6 日 ( いわゆる1 週間 ) 以

34 片渕美和子他 表 1 各年度の B 型肝炎, 麻疹, 風疹およびムンプスに対する抗体陽性率 検査年度 HBs 麻疹 風疹 ムンプス 2003 年 3/231(1.3)* 131/217(60.4) 200/217(92.2) 114/217(52.5) 2004 年 0/231( 0) 134

審査結果 平成 26 年 2 月 7 日 [ 販売名 ] 1 ヘプタバックス-Ⅱ 2 ビームゲン 同注 0.25mL 同注 0.5mL [ 一般名 ] 組換え沈降 B 型肝炎ワクチン ( 酵母由来 ) [ 申請者名 ] 1 MSD 株式会社 2 一般財団法人化学及血清療法研究所 [ 申請年月日 ]

Microsoft Word - <原文>.doc

会計 10 一般会計所管課健康推進課款 4 衛生費事業名インフルエンザ予防接種費項 1 保健衛生費目 2 予防費補助単独の別単独 前年度 要求段階 財政課長内示 総務部長 市長査定 最終調整 予算計上 増減 1 当初要求 2 追加要求等 3 4( 増減額 ) 5( 増減額 ) 6=

診療のガイドライン産科編2014(A4)/fujgs2014‐114(大扉)

院内感染対策マニュアル

目次 contents 1. はじめに 3 2. 針刺しフローチャート ( 簡易版 ) 4 針刺しフローチャート ( 詳細版 ) 5 3.HIV 曝露フローチャート 6 4. 職業的曝露の実際 7 採血および感染症検査に関する同意書 8 5. 針刺し対応マニュアル HIV 編 < 患者が HIV 抗

<4D F736F F D208DC489FC92E85F CFA984A8F4390B35F89FC92F994C55F8BD98B7D D8FEE95F191E634398F >

肝臓の細胞が壊れるる感染があります 肝B 型慢性肝疾患とは? B 型慢性肝疾患は B 型肝炎ウイルスの感染が原因で起こる肝臓の病気です B 型肝炎ウイルスに感染すると ウイルスは肝臓の細胞で増殖します 増殖したウイルスを排除しようと体の免疫機能が働きますが ウイルスだけを狙うことができず 感染した肝

り感染し 麻薬注射や刺青なども原因になります 輸血の安全性や医療環境の改善によって 医原性の感染は例外的な場合になりました 日本では約 100 万人の B 型肝炎ウイルスキャリアがいます その大部分は成人で, 昔の母子感染を含む小児期の感染に由来します 1986 年から B 型肝炎ウイルスキャリアの

ヒブ ( インフルエンザ菌 b 型 ) 対象者 : 生後 2ヶ月から5 歳未満までのお子さん標準的な接種開始期間は 生後 2ヶ月から7ヶ月未満です 生後 2ヶ月を過ぎたら 早目に接種しましょう 接種方法 : 接種開始時の年齢により接種方法が異なります 接種開始が生後 2ヶ月から7ヶ月未満の場合 (

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小児用肺炎球菌ワクチン 対象者 : 生後 2カ月 ~5 歳未満の方接種費用 : 無料ただし 接種開始が2 歳以上の場合は自己負担あり (1100 円 ) 接種回数 : 接種開始年齢によって異なります 接種開始月 年齢接種回数 接種間隔接種費用 生後 2 月から 7 月未満 生後 7 月から 12 月

2. 定期接種ンの 接種方法等について ( 表 2) ンの 種類 1 歳未満 生 BCG MR 麻疹風疹 接種回数接種方法接種回数 1 回上腕外側のほぼ中央部に菅針を用いて2か所に圧刺 ( 経皮接種 ) 1 期は1 歳以上 2 歳未満 2 期は5 歳以上 7 歳未満で小学校入学前の 1 年間 ( 年

DPT, MR等混合ワクチンの推進に関する要望書

院内感染対策マニュアル

001

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インフルエンザ(成人)

後などに慢性の下痢をおこしているケースでは ランブル鞭毛虫や赤痢アメーバなどの原虫が原因になっていることが多いようです 二番目に海外渡航者にリスクのある感染症は 蚊が媒介するデング熱やマラリアなどの疾患で この種の感染症は滞在する地域によりリスクが異なります たとえば デング熱は東南アジアや中南米で

rubella190828


2017 年 2 月 1 日放送 ウイルス性肺炎の現状と治療戦略 国立病院機構沖縄病院統括診療部長比嘉太はじめに肺炎は実地臨床でよく遭遇するコモンディジーズの一つであると同時に 死亡率も高い重要な疾患です 肺炎の原因となる病原体は数多くあり 極めて多様な病態を呈します ウイルス感染症の診断法の進歩に

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1. 今回の変更に関する整理 効能 効果及び用法 用量 ( 添付文書より転載 ) 従来製剤 ( バイアル製剤 ) と製法変更製剤 ( シリンジ製剤 ) で変更はない 効能 効果 用法 容量 B 型肝炎の予防通常 0.5mL ずつ4 週間隔で2 回 更に 20~24 週を経過した後に1 回 0.5mL


2017 年 3 月臨時増刊号 [No.165] 平成 28 年のトピックス 1 新たに報告された HIV 感染者 AIDS 患者を合わせた数は 464 件で 前年から 29 件増加した HIV 感染者は前年から 3 件 AIDS 患者は前年から 26 件増加した ( 図 -1) 2 HIV 感染者

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方法について教えてください A 妊娠中の接種に関する有効性および安全性が確立されていないため 3 回接種を完了する前に妊娠していることがわかった場合には一旦接種を中断し 出産後に残りの接種を行うようにしてください 接種が中断しても 最初から接種し直す必要はありません 具体的には 1 回目接種後に妊娠

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9 予防接種

平成 26 年度事業計画書 自平成 26 年 4 月 1 日 至平成 27 年 3 月 31 日 公益財団法人性の健康医学財団

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(病院・有床診療所用) 院内感染対策指針(案)

(案の2)

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00【議連提出資料】B型肝炎ワクチンの定期接種化について

2016 年 12 月 7 日放送 HTLV-1 母子感染予防に関する最近の話題 富山大学産科婦人科教授齋藤滋はじめにヒト T リンパ向性ウイルスⅠ 型 (Human T-lymphotropic virus type 1) いわゆる HTLV-1 は T リンパ球に感染するレトロウイルスで 感染者

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3 睡眠時間について 平日の就寝時刻は学年が進むほど午後 1 時以降が多くなっていた ( 図 5) 中学生で は寝る時刻が遅くなり 睡眠時間が 7 時間未満の生徒が.7 であった ( 図 7) 図 5 平日の就寝時刻 ( 平成 1 年度 ) 図 中学生の就寝時刻の推移 図 7 1 日の睡眠時間 親子

< はじめに > 目的 本マニュアルは 県内の医療従事者等が安心して診療できる体制を推進することを目的とし 埼玉県内における医療機関 歯科医療機関や衛生検査所等で従事する医療従事者等が 万が一 針刺し切創などで血液 体液を曝露してしまった場合に緊急的に対応するための手順を示すものである マニュアルを

あり 一人の感染者が周囲の免疫のないヒトに感染させる数である基本再生産数は 10 流行を抑制するための集団免疫率は 90% 以上です 水痘の潜伏期間は通常 14~16 日間です 水痘ワクチンの定期接種が行われている米国では 1 回定期接種を行っていた 1996 年から 2004 年までの間に 水痘患

Research 2 Vol.81, No.12013

2015 年 11 月 5 日 乳酸菌発酵果汁飲料の継続摂取がアトピー性皮膚炎症状を改善 株式会社ヤクルト本社 ( 社長根岸孝成 ) では アトピー性皮膚炎患者を対象に 乳酸菌 ラクトバチルスプランタルム YIT 0132 ( 以下 乳酸菌 LP0132) を含む発酵果汁飲料 ( 以下 乳酸菌発酵果

ン (LVFX) 耐性で シタフロキサシン (STFX) 耐性は1% 以下です また セフカペン (CFPN) およびセフジニル (CFDN) 耐性は 約 6% と耐性率は低い結果でした K. pneumoniae については 全ての薬剤に耐性はほとんどありませんが 腸球菌に対して 第 3 世代セフ

ワクチン綴込.QXP

平成 24 年 7 月改定版 すべての予防接種につきましては 次のページに記載してあります 平成 24 年度予防接種日程表 ( 国の通知により 内容が変わる場合があります 毎月の 広報みなみちた でご確認ください 新 麻しん風しん混合 3 期 4 期 ( 個別 ) 対象 :3 期 ( 中学 1 年生

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とが知られています 神経合併症としては水痘脳炎 (1/50,000) 急性小脳失調症 (1/4,000) などがあり さらにインフルエンザ同様 ライ症候群への関与も指摘されています さらに 母体が妊娠 20 週までの初期に水痘に罹患しますと 生まれた子供の約 2% が 皮膚瘢痕 骨と筋肉の低形成 白

医療機関での麻疹対応ガイドライン第七版 国立感染症研究所感染症疫学センター 平成 30 年 5 月

3-2 全国と札幌市の定点あたり患者報告数の年平均値流行状況の年次推移を 全国的な状況と比較するため 全国と札幌市の定点あたり患者報告数の年平均値について解析した ( 図 2) 全国的には 調査期間の定点あたり患者報告数の年平均値は その年次推移にやや増減があるものの大きな変動は認められなかった 札

豊川市民病院 バースセンターのご案内 バースセンターとは 豊川市民病院にあるバースセンターとは 医療設備のある病院内でのお産と 助産所のような自然なお産という 両方の良さを兼ね備えたお産のシステムです 部屋は バストイレ付きの畳敷きの部屋で 産後はご家族で過ごすことができます 正常経過の妊婦さんを対

生ワクチン乳幼児の予防接種スケジュール ( 例 : その 1) 同時接種を希望するが 1 回に受ける数は 2 種類以下を希望する場合 ( 受診回数 : インフルエンザを除いて 18 回回または 19 回 ) 0 歳 0カ月 カ月 カ月 1 歳 カ月 13 カ月 1 15 カ月 16 カ月 17 カ月

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医療系学部生に対するB 型肝炎ウイルス (HBV) ワクチン接種の管理察し, さらに, 当センターが確立した混合式が両者のデメリットの解消に有益であることに言及した また, 当センターで行っているHBVV 接種管理体制のフローチャートを作成し, 併せてその医療経済効果をまとめた keywords:b

水痘(プラクティス)

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ハイリスク患者 免疫抑制者における播種性水痘 悪性腫瘍患者の死亡率は 7-17% 成人 妊婦 新生児 肺臓炎 年齢による水痘の頻度と死亡率 0~4 5~14 15~44 45~64 >65 頻度 ( 対人口

現在にいたっております その結果 現在 HPVワクチンは定期接種でありながら 接種対象となる12 歳から16 歳の女子に対する接種がほとんど行われていないのが現状です このような状況は先進国では日本だけで見られていることであり 将来 子宮頸がんの発症が他国に比べて著しく高くなるというような事態が起き

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診療情報を利用した臨床研究について 虎の門病院肝臓内科では 以下の臨床研究を実施しております この研究は 通常の診療で得られた記録をまとめるものです この案内をお読みになり ご自身がこの研究の対象者にあたると思われる方の中で ご質問がある場合 またはこの研究に 自分の診療情報を使ってほしくない とお

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インフルエンザ定点以外の医療機関用 ( 別記様式 1) インフルエンザに伴う異常な行動に関する調査のお願い インフルエンザ定点以外の医療機関用 インフルエンザ様疾患罹患時及び抗インフルエンザ薬使用時に見られた異常な行動が 医学的にも社会的にも問題になっており 2007 年より調査をお願いしております

Transcription:

2015 年 2 月 16 日放送 院内感染対策としての予防接種 慶應義塾大学感染症学教授岩田敏はじめに ワクチンで防ぐことのできる疾病(Vaccine Preventable Disease; VPD) はワクチンの接種により予防する ということは 感染制御の基本です 医療関係者においても 感染症をうつさない うつされないために VPD に対して 免疫を持つ必要がある という考えのもと B 型肝炎 インフルエンザ 麻疹 風疹 流行性耳下腺炎 水痘などの VPD に対して ワクチンの接種や抗体価の確認が 実施されてまいりました 一般社団法人日本環境感染学会では 医療機関における院内感染対策の一環として行う医療関係者への予防接種について 院内感染対策としてのワクチンガイドライン 作成し 2009 年 5 月に公表いたしました このガイドラインは多くの医療関連機関において 医療関係者に対して予防接種を実施する際の参考にされて参りましたが その後 改訂作業が進められ 医療関係者のためのワクチンガイドライン第 2 版 として 2014 年 9 月に改訂版が公表されました 本日は このガイドラインの記載に沿って 医療関連施設における VPD の感染対策についての述べていきたいと思います 医療関係者のためのワクチンガイドライン改訂のコンセプト前述のとおり 医療関係者は自分自身を感染症から守るとともに 自分自身が感染源になってはならないため 一般の人々よりもさらに感染症予防に積極的である必要があります また感染症による欠勤等による医療機関の機能低下も防ぐ必要があります そうした意味で 日常の感染防止行動に加えて 少なくとも VPD に対しては免疫を持っておく必要がございます 医療関係者のためのワクチンガイドライン は 個人個人の厳格な予防というより

も 医療関連施設という集団の中での免疫の度合いを高めることを基本的な目標として 書かれています 医療関係者に対するワクチン接種の考え方 この後は 医療関係者に対するワクチン接種の基本的な考え方について ワクチン毎 に分けて述べていこうと思います 1)B 型肝炎ワクチンまず B 型肝炎ワクチンについてお話しいたします 医療関係者の B 型肝炎予防については 2013 年 12 月に改めて米国 CDC からガイダンスが発表されており 医療関係者のためのワクチンガイドライン の記載も CDC のガイドラインの内容を参考としております B 型肝炎ウイルスは血液媒介感染をする病原体としては最も感染力が強く 医療関連施設では比較的よくみられる 針刺しや患者に使用した鋭利物による切創 血液 体液の粘膜への曝露 小さな外傷や皮膚炎など傷害された皮膚への曝露でも感染が成立する可能性があります 免疫のない感受性者が B 型肝炎ウイルス陽性の血液による針刺しを起こした場合の感染率は約 30% といわれている したがって患者や患者の体液に触れる可能性のあるすべての医療関係者は B 型肝炎ワクチンを接種して B 型肝炎ウイルスに対する免疫を持つ必要があります 接種の対象となる患者や患者の体液に触れる可能性のある医療関係者には 直接患者の医療 ケアに携わる医師 看護師 薬剤師 理学療法士 作業療法士 言語療法士 歯科衛生士 視能訓練士 放射線技師およびこれらの業務補助者や教育トレーニングを受ける者のほか 患者の血液 体液に接触する可能性のある臨床検査技師 臨床工学技士およびこれらの業務補助者 清掃業務従事者 洗濯 クリーニング業務従事者 給食業務従事者 患者の誘導や窓口業務に当たる事務職員 病院警備従事者 病院設備業務従事者 病院ボランティアなどすべてが含まれます B 型肝炎ワクチンが定期接種として国民全員に接種されている状況にない我が国では B 型肝炎ウイルスに対する免疫を持たない国民が多いため 医療関係者にあっては 就業 ( 実習 ) 前に自身の B 型肝炎ウイルスに対する免疫の有無を確認し 免疫のない場合は B 型肝炎ワクチンの接種により免疫をつけておくことが重要です 接種は初回投与に引き続き 1 か月後 6 か月後の 3 回投与で 1 シリーズとします 3 回目のワクチン接種終了後 1~2 ヶ月後に HBs 抗体価を測定し 10 miu/ml 以上に上昇している場合は免疫を獲得したと考えてよいことになっています 1 シリーズ 3 回のワクチン接種により約 84 から 92% の方が基準以上の抗体価を獲得するとされています 1 シリーズ 3 回のワクチン接種後に基準以上の抗体価を獲得できなかった場合には もう 1 シリーズの接種を受けることにより 再接種者の 30-50% が

抗体を獲得できるといわれています 2 シリーズの接種を行っても基準値以上の抗体価を獲得できなかった場合は それ以上の追加接種による抗体陽性化の確率が低くなるため それ以上のワクチン接種は行わず ワクチン不応者として血液曝露に際しては厳重な対応と経過観察を行うのが一般的です このような方が B 型肝炎ウイルス陽性血への曝露を受けた場合は 抗体陰性者として抗 HBs 人免疫グロブリンを 曝露直後と 1 ヵ月後の 2 回接種することが推奨されます 一度抗体が獲得されれば その後は長期にわたり発症予防効果が続きます 経年により抗体価が基準値以下に低下した場合も発症予防効果は続くため 追加接種は不要とされています なおワクチン不応者や経年により抗体価が基準値以下に低下した者に対して 追加接種を行うことは それにより被接種者に不利益となる事象が起きる訳ではないので 希望があった場合に各施設の判断で追加接種を実施することに特に問題はないと考えます 2) インフルエンザワクチン毎年流行がみられるインフルエンザに関しては 治療薬も実用化されてはいますが ワクチンで予防することがインフルエンザに対する最も有効な防御手段となります 特にインフルエンザ患者と接触するリスクの高い医療関係者においては 自身への職業感染防止 患者や他の職員への施設内感染防止 およびインフルエンザ罹患による欠勤防止の いずれの観点からも 積極的にワクチン接種を受けることが勧められています インフルエンザ HA ワクチンの効果に関しては ワクチン株と流行株とが一致している場合には 65 歳以下の健常成人での発症予防効果は 70~90% といわれています 医療関連施設にあっては 接種対象者は 予防接種実施規則 6 条による接種不適当者に該当しない全医療関係者であり 妊婦又は妊娠している可能性の高い女性や 65 歳以上の高齢者も含めてよいとされています インフルエンザワクチンは不活化ワクチンであり 胎児に影響を与えるとは考えられていないため 妊婦は接種不適当者には含まれておりません 妊婦又は妊娠している可能性の高い女性に対するインフルエンザワクチンの接種に関しては ワクチンを接種しても先天異常の発生率は自然発生率より高くならないとする 2009 年のインフルエンザ A(H1N1) パンデミックの際の報告がございます

インフルエンザへの曝露機会の多い医療関係者の場合は 妊婦又は妊娠している可能性のある女性であっても ワクチン接種によって得られる利益が危険性を上回ると考えられるため 積極的なインフルエンザワクチンの接種が勧められます ただし妊娠 14 週までの妊娠初期にあっては 元々自然流産が起こりやすい時期でもあり 接種する場合はこの点に関する被接種者の十分な認識を得た上で行うようにするのが良いでしょう 65 歳以上の高齢者や基礎疾患のあるようなハイリスク者では インフルエンザワクチンの接種が強く推奨されており 医療関係者においても全く同様であります インフルエンザワクチンは 接種からその効果が現れるまで通常約 2 週間程度かかり 約 5 ヶ月間その効果が持続するとされておりますので 国内でのインフルエンザの流行期が 12 月下旬から 3 月上旬であることを考慮すれば 12 月上旬までに接種を完了することが勧められます 医療関係者のほとんどはインフルエンザワクチンの接種歴がありインフルエンザウイルスに対する基礎免疫を獲得していると考えられますので 季節性インフルエンザの場合 通常は各年 1 回接種で十分です また インフルエンザ HA ワクチンの効果は 100% という訳ではないので 医療関係者においてはワクチンを接種した上で 流行期のマスク着用など日常の感染予防行動をとることを忘れてはなりません 3) 麻疹 風疹 流行性耳下腺炎 水痘ワクチン麻疹 風疹 流行性耳下腺炎 水痘については それぞれ弱毒生ワクチンがあり 広く国内でも使用されています 麻疹 風疹ではそれぞれ単独のワクチンもありますが 通常は二つのワクチンを混合した麻疹 風疹二種混合ワクチン (MR ワクチン ) の形で使用されています 現在 MR ワクチンは定期接種として 1 歳以降に 2 回の接種が行われており また 2008 年 4 月から 2014 年 3 月まで中学生及び高校生を対象としてキャッチアップ接種が実施されたため 1990 年 4 月 2 日以降に生まれた方については 麻疹と風疹については 2 回の接種機会があったことになります したがって これから新たに大学や専門学校を卒業して就職してくる方たちの多くは 2 回のワクチン接種を受けていることになり 十分な免疫を持っていると考えられます ただそれより上の年齢では ワクチンを 1 回しか接種していない場合や 未接種あるいは接種歴不明の医療関係者も一定の数で存在することになります また流行性耳下腺炎と水痘については 2014

年 10 月から水痘が定期接種化されたものの これまではどちらのワクチンも任意接種だったため 小児期に接種を受けず 免疫を持っていない医療関係者も少なくありません 医療関係者が麻疹 風疹 流行性耳下腺炎 水痘を発症した場合 接触のあった患者のみならず 患者の家族 医療関係者にまで感染が拡大する恐れがあるので これらの疾患に対しては確実に免疫をつけておく必要があります 医療関係者のためのワクチンガイドライン では 麻疹 風疹 流行性耳下腺炎 水痘に関しては 1 歳以降の 2 回のワクチン接種の記録をもって 免疫ありと判断して差し支えないとしております したがって 1 歳以降に 1 回のワクチン接種の記録がすでにある場合は もう 1 回を追加接種すればよいということになります ワクチンの接種記録は 必ず本人と医療関連施設の双方で管理しておく必要があります 個人個人でみていくと 2 回のワクチン接種後も十分な抗体価の上昇が得られない例もまれに認められる場合がありますが まれな例をチェックするために これら 4 疾患において医療関係者の抗体価を定期的に測定する必要は 基本的にはないと考えております 麻疹 風疹 流行性耳下腺炎 水痘についての明らかな罹患歴がある場合は免疫ありと判断して差し支えませんが 医師により確定診断された場合以外は確実とは言えないと思っていてください ワクチン接種歴 既往歴が不明の場合は 血清抗体価の検査を行い その値によってワクチン接種の要否を決定するようにするか 抗体価を測定せずにワクチンを 2 回接種して記録を保存するようにしてください その場合の抗体価の基準値は 感染を確実に防ぐことができる値を念頭に入れて定められているので 麻疹 風疹ではやや高めに設定されています これらの数値は あくまで発症した場合の周囲への影響が大きい医療関係者のみに適用される基準ですので この基準値に達するまでワクチンの接種を繰り返す必要は 必ずしもございません

なお麻疹 風疹 流行性耳下腺炎 水痘の各ワクチンはいずれも生ワクチンなので 明らかに免疫機能に異常のある疾患を有する者及び免疫抑制をきたす治療を受けてい る者 妊娠していることが明らかな者には接種してはならないことになっています 私の視点 私の予測 VPD はワクチンにより防ぐという方略は 国の予防接種施策の中にも示されている基本的かつ重要な考え方です 医療関係者においては 医療関係者自身の安全と 医療関係者が VPD を発症した場合の周囲への影響の大きさを考慮すれば その重要性はより大きなものとなります 感染症をうつさない うつされない ために 各医療関連施設においては ワクチンの費用負担の問題や 健康被害があった場合の対応等も考慮しつつ 今後も積極的に医療関係者に対するワクチン接種に取り組んでいただきたいと思います