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1 A 浮腫とは体液量増加による間質の腫脹 1 と定義される 1). 浮腫の原因は表 1 に示 Na すように多彩である. 本稿では浮腫の形 成メカニズムについて概説する. 1 浮腫の形成には 2 つの基本的な段階が ある 2). 1 血管内から間質への水の移動 2 水と Na の貯留浮腫の形成において腎臓の役割が大きいと考えられている. アレルギーなどによる局所的な浮腫の場合を除き間質の水分量が 2.5~3.0 L 増加するまでは臨床的に明らかな浮腫とは認識されにくい. 通常の循環血漿量は 3 L 程度であるから, 浮腫を形成する体液量がすべて血漿由来であるならば, 患者は著明な血液濃縮やショックをきたすはずである. しかしながら, 現実にはそのような血液濃縮もショックも起こらない理由は下記のメカニズムが作動するためである. 1) 血管内から間質へ体液の移動が生じると循環血漿量は減少し, 組織還流も減少する. 2) その変化に対する代償として, 腎臓の水と Na の保持作用が亢進する. 3) 体内に貯留した水と Na の一部は血管内に留まるため, 循環血漿量は元の レベルへ戻る. 一方, 血管内から間質への水移動亢進が残存する場合, 体内に貯留した水と Na の一部は間質に留まり, 浮腫が形成される. 循環血漿量が通常レベルに近づくまで細胞外液量は増加するが, このメカニズ 1

1 ムを知ることは, 治療介入時の注意点を知る上で重要である. つまり, 臓器の組織還流を維持するために腎での水と Na 保持作用は重要な代償機構である. 利尿薬投与によって体液量を減少させれば, 浮腫は減少するが, 同時に組織還流も減少するため, その程度によっては臓器障害をきたしうることをよく理解しておく必要がある. 2 血管内と間質の体液移動は, 血管内と間質の各々における静水圧と膠質浸透圧によって規定される. この関係は Starling の式にて表される 3). 血管内 - 間質移動 =LpS (Δ 静水圧 -Δ 膠質浸透圧 ) =LpS [(Pcap-Pif)-s (Πcap-Πif)] Lp: 毛細血管の透過係数 S: 全毛細血管の濾過面積 Pcap: 毛細血管内静水圧 Pif: 間質静水圧 Πcap: 毛細血管内膠質浸透圧 Πif: 間質膠質浸透圧 s: 毛細血管壁の反発係数 ( すべて透過する場合 : 0 ~ 全く透過しない場合 : 1) たとえば骨格筋毛細血管の場合, 毛細血管内静水圧 (Pcap) の平均値は 17 mmhg であり, 毛細血管内から間質へ体液を押し出す力として作用する. 一方, 毛細血管内膠質浸透圧 (Πcap) の平均値は 28 mmhg であり, 間質から毛細血管内へ体液を引き戻す力として作用する. この 2 つが重要な因子であるが, その他の因子である間質静水圧の平均値 (Pif: -3 mmhg) と間質膠質浸透圧の平均値 (Πi f: 8 mmhg) を計算式に入れると, 健常者の骨格筋毛細血管における毛細血管内から間質への体液移動の促進は,s=1 であるとして, [17.3-(-3)]-(28-8)=20.3-20.0=0.3 mmhg という圧に依存する. この機序によって毛細血管内から間質へ移動した体液はリンパ管を介して循環血漿へ戻される. Starling の力は臓器によって異なる 4). たとえば肝臓の場合, 肝類洞の蛋白透過性は大きく, 毛細血管内と間質の膠質浸透圧はほぼ同等である. よって, 膠質浸透圧の差による体液移動は生じにくい 5). つまり, 毛細血管内から間質への体液移動は静水圧格差によってのみ規定されることとなり, 低い門脈圧でも体液移動を制御することが可能となる. 肺胞毛細血管も肺動脈という低圧系で還流されており, 蛋白透過性は骨格筋毛細血管より大きい. 2

A 3 Starling の式を基に考えれば, 毛細血管内から間質への体液移動を促進する方向に働く力が大きくなり, リンパ管を介したドレナージによる代償ができなくなった場合, 浮腫が形成されることが理解できる. つまり, 毛細血管内静水圧 (Pcap) や間質膠質浸透圧 (Πif) の上昇, 毛細血管内膠質浸透圧 (Πcap) や間質静水圧 (Pif) の低下, 蛋白透過性亢進によって間質の体液は増加する方向へ傾く. 増加した間質の体液はリンパ管を介して循環血漿へ戻されるが, このドレナージが間に合わない程度に増加速度が大きい場合やリンパ管に閉塞やドレナージ機能に低下がある場合には浮腫が形成される. 4 毛細血管内静水圧は体血圧の変化によらず一定の範囲内に保たれるようにコントロールされている. 体血圧の変化に伴い前毛細血管括約筋の血管抵抗が変化し, 体血圧の変化が毛細血管への伝導が自動調整される. たとえば体血圧が急に上昇した場合, 前毛細血管括約筋は収縮し毛細血管内静水圧の上昇を抑制し, 浮腫形成を抑制する方向に働く. 一方, 毛細血管の静脈側端において血管抵抗は変化しない. この結果, 静脈圧の変化が毛細血管内静水圧に直接影響する. 循環血漿量の増加により静脈系の容量が増えた場合や静脈系に閉塞が生じた場合などでは静脈圧が上昇する. たとえば, 肝硬変による肝内肝静脈閉塞から生じた後類洞性の門脈圧亢進や下肢深部静脈の血栓性閉鎖ではこの機序で腹水や下肢浮腫をきたす. 5 ネフローゼ症候群で尿中にアルブミンが大量に漏出した場合や肝硬変で肝臓でのアルブミン合成能が低下した場合に低アルブミン血症をきたす. この低アルブミン血症は浮腫形成において促進的に寄与する. 6 血管傷害の結果, 血管壁の透過性が亢進すると浮腫形成に促進的に寄与する. Starling の式の項目で考えると,Lp 値は上昇,s 値は低下,Πcap-Πif 値は低下する. よって, 血管内から間質の体液移動が大きくなり浮腫形成を促進することがわかる. これらの病態をきたす原因を表 2 に示す. 3

1 2 2 2 1 tumor necrosis factor advanced glycosylation end product kwashiorkor 7 リンパ管閉塞は浮腫の原因となりうるが, そのほとんどは癌治療として行われるリンパ節郭清によるものである. また, 末期腎不全患者に報告されている原因不明の腹水貯留 (nephrogenic ascites) の機序にリンパ管閉塞が関与するとされている 6). 8 甲状腺機能低下症は間質にアルブミンなど蛋白質の貯留をきたすことが知られている. この間質蛋白貯留は毛細血管壁の蛋白透過性亢進によるものと考えられる. 通常は透過性亢進だけであれば, 間質へ漏れ出た蛋白質はリンパ管を介して循環血漿へ戻るはずである. しかしながら, 甲状腺機能低下症ではこのリンパ管機能が相対的に低下していること, および, 蛋白質が間質ムコ多糖類と結合しておりリンパ管での回収が進まないこと, 以上 2 つの機序にて浮腫を形成すると考えられている 7). 9 浮腫形成時の抑制反応について以下にまとめた. 1) リンパ管を介した間質から循環血漿への体液移動は浮腫形成において抑制作用を有する 8). たとえば, 急性非代償性心不全における肺浮腫の病態について考えてみると, 肺動脈毛細血管内圧が急速に上昇した場合, 血管内から間質へ体液移動が急速に生じる. この体液移動がリンパ管によるドレ 4

A ナージの許容量を超えた場合, 肺動脈毛細血管内圧が 18 mmhg 未満であっても肺浮腫をきたしうる. これに対して, 慢性心不全では, リンパ管によるドレナージ機能が亢進しているため, 肺動脈毛細血管内圧がより高値であっても, 肺浮腫の増加を認めない. 2) 毛細血管壁を介して毛細血管内から間質へ体液が移動した場合, 間質の静水圧は上昇するため, 毛細血管内 - 間質間の圧格差は小さくなり, 毛細血管内から間質への体液移動の駆動力は減じる方向に向く. 3) 毛細血管内から間質への体液移動とリンパ管による蛋白回収により間質の蛋白 ( アルブミン ) 濃度は低下する. その結果, 間質の膠質浸透圧も低下する. たとえば, 心不全患者において間質の膠質浸透圧は低く, 血漿膠質浸透圧は比較的保たれていることが多い. よって,Starling の式における Δ 膠質浸透圧 (Πcap-Πif) は大きくなり血管内 - 間質移動の推進力は小さくなるため, 浮腫形成に対して抑制的に働くこととなる. 上記 3) の間質の膠質浸透圧のイメージは浮腫の形成機序を考える上で非常に重要である. たとえば, ネフローゼ症候群の場合, 著明な低アルブミン血症をきたすため, 血漿膠質浸透圧は著しく低下する. 多少の時間差はあるものの間質の膠質浸透圧も低下するため, 上記のとおり血管内 - 間質移動の推進力は小さくなり, 浮腫を亢進させることはできない. つまり, ネフローゼ症候群における浮腫の形成機序は腎臓における水と Na 貯留が関与していると考えられる. 10 Na 浮腫を形成する病態において血管内容量の低下に対する代償機構として腎臓における Na 保持作用が起動する 9). 基本的に血管内容量は心拍出量と比例する. よって, 心拍出量が低下した場合, 腎臓は水と Na を貯留させ血管内容量を維持させようとする. しかしながら, 組織還流量と心拍出量は必ずしも比例関係にない. 末梢血管抵抗が低下した場合, 心拍出量の多寡とは無関係に組織還流量は低下するためである. たとえば, 動静脈瘻がある場合, 動脈血の一部は毛細血管を通らずに瘻を介して直接静脈に還流する. この直接静脈へ還流した分だけ末梢組織の還流量が減る. そこで腎臓では水と Na を貯留させ, 動静脈瘻を介し直接静脈に還流する量に相当する血管内容量あるいは心拍出量が増加し平衡状態に至るものと考えられている. 肝硬変患者において末梢に動静脈瘻が多数形成される. 末梢血管抵抗は低下 5