要旨一般的に脚長差が3cm 以下であれば 著明な跛行は呈しにくいと考えられているが客観的な根拠を示すような報告は非常に少ない 本研究の目的は 脚長差が体幹加速度の変動性に与える影響を 加速度センサーを用いて定量化することである 対象者は 健常若年成人男性 12 名とした 腰部に加速度センサーを装着し

Similar documents
2 片脚での体重支持 ( 立脚中期, 立脚終期 ) 60 3 下肢の振り出し ( 前遊脚期, 遊脚初期, 遊脚中期, 遊脚終期 ) 64 第 3 章ケーススタディ ❶ 変形性股関節症ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

研究成果報告書



旗影会H29年度研究報告概要集.indb

安定性限界における指標と条件の影響 伊吹愛梨 < 要約 > 安定性限界は体重心 (COM) の可動範囲に基づいて定義づけられるが, 多くの研究では足圧中心 (COP) を測定している. 本研究は, 最大荷重移動時の COM 変位量を測定して COP 変位量と比較すること, 上肢 位置の違いが COP

方向の3 成分を全て合成したもので 対象の体重で除して標準化 (% 体重 ) した 表 1を見ると 体格指数 BMI では変形無しと初期では差はなく 中高等度で高かった しかし 体脂肪率では変形の度合が増加するにつれて高くなっていた この結果から身長と体重だけで評価できる体格指数 BMI では膝 O

要旨 [ 目的 ] 歩行中の足部の機能は 正常歩行において重要な役割を担っている プラスチック短下肢装具 (AFO) 装着により足関節の運動が制限されてしまう 本研究は AFO 装着により歩行立脚期における下肢関節運動への衝撃吸収作用や前方への推進作用に対しどのような影響を及ぼすかを検討した [ 対

高齢者におけるサルコペニアの実態について みやぐち医院 宮口信吾 我が国では 高齢化社会が進行し 脳血管疾患 悪性腫瘍の増加ばかりでなく 骨 筋肉を中心とした運動器疾患と加齢との関係が注目されている 要介護になる疾患の原因として 第 1 位は脳卒中 第 2 位は認知症 第 3 位が老衰 第 4 位に

第 43 回日本肩関節学会 第 13 回肩の運動機能研究会演題採択結果一覧 2/14 ページ / ポスター会場 第 43 回日本肩関節学会 ポスター 運動解析 P / ポスター会場 第 43 回日本肩関節学

4 身体活動量カロリズム内に記憶されているデータを表計算ソフトに入力し, 身体活動量の分析を行った 身体活動量の測定結果から, 連続した 7 日間の平均, 学校に通っている平日平均, 学校が休みである土日平均について, 総エネルギー消費量, 活動エネルギー量, 歩数, エクササイズ量から分析を行った

Microsoft PowerPoint - ①濱説明資料.pptx

要旨 目的 腰 痛症に対する Dynamic Joint Control DYJOC ボードを用いた立位 動的バランストレーニングが立位バランスを高めるのか またその適切 な介入時間について検討した 対象 成 人男性 18 名を腰痛が半年以上持続する9名 腰痛群 と 健常成人 健常群 9名の2群に分

フレイルのみかた


腰痛多発業種における 作業姿勢特性調査 独立行政法人労働者健康福祉機構所長酒井國男 大阪産業保健推進センター 相談員久保田昌詞 特別相談員浅田史成 大阪労災病院勤労者予防医療センター所 長大橋誠 関東労災病院リハビリテーション科 技師長田上光男 日本産業衛生学会産業医部会 部会長岡田章

untitled

最高球速における投球動作の意識の違いについて 学籍番号 11A456 学生氏名佐藤滉治黒木貴良竹田竣太朗 Ⅰ. 目的野球は日本においてメジャーなスポーツであり 特に投手は野手以上に勝敗が成績に関わるポジションである そこで投手に着目し 投球速度が速い投手に共通した意識の部位やポイントがあるのではない

研究報告書レイアウト例(当該年度が最終年度ではない研究班の場合)

P01-16

ータについては Table 3 に示した 両製剤とも投与後血漿中ロスバスタチン濃度が上昇し 試験製剤で 4.7±.7 時間 標準製剤で 4.6±1. 時間に Tmaxに達した また Cmaxは試験製剤で 6.3±3.13 標準製剤で 6.8±2.49 であった AUCt は試験製剤で 62.24±2

Microsoft Word - cjs63B9_ docx

情報処理学会研究報告 IPSJ SIG Technical Report 歩行周期抽出による歩行変化の可視化についての一検討 澤田尚大 郡未来 松田浩一 滝川章子 歩行のリハビリ効果を見る一つの大きな要素として, 歩行スピードの増加が挙げられる. 歩行スピードが増加すると, それに伴い歩行周期が変化

脊椎損傷の急性期治療

Microsoft Word - YPTI PKG Test Report Sample.doc

統計的データ解析

< B837B B835E82C982A882AF82E991CF905593AE90AB8CFC8FE382C98AD682B782E988EA8D6C8E40>

5 月 22 日 2 手関節の疾患と外傷 GIO: 手関節の疾患と外傷について学ぶ SBO: 1. 手関節の診察法を説明できる 手関節の機能解剖を説明できる 前腕遠位部骨折について説明できる 4. 手根管症候群について説明できる 5 月 29 日 2 肘関節の疾患と外傷 GIO: 肘関節の構成と外側

Microsoft Word - 博士論文概要.docx

理学療法科学 20(2): ,2005 研究論文 術後早期における人工股関節置換術患者の歩行分析 - 歩行中の股関節伸展角度の減少が重心移動に及ぼす影響 - Gait Analysis of Patients in Early Stages after Total Hip Arthrop

青焼 1章[15-52].indd

東邦大学学術リポジトリ タイトル別タイトル作成者 ( 著者 ) 公開者 Epstein Barr virus infection and var 1 in synovial tissues of rheumatoid 関節リウマチ滑膜組織における Epstein Barr ウイルス感染症と Epst

ベッドの傾斜角度を変化させ, 各条件において, 背臥位から側臥位への寝返り動作を大きく上肢の振りを先行させて行うもの ( 上肢パターン ) と下肢の振りを先行させて行うもの ( 下肢パターン ) に分類し, それぞれの運動負荷量を計測した. 仮説は, ベッド面の傾斜面の角度と寝返り動作時の運動負荷量

Microsoft Word - Ⅲ-11. VE-1 修正後 3.14.doc

甲第 号 藤高紘平学位請求論文 審査要 ヒ二 A 日 奈良県立医科大学

JAふじかわNo43_ indd

descente-39校了.indd

脳卒中片麻痺者の歩行能力向上のあり方 | 加茂野 有徳氏(農協共済中伊豆リハビリテーションセンター)

<4D F736F F D2092E18F6F90B691CC8F648E998F6F90B682CC919D89C182CC94778C692E646F63>

村 田 図 1. 測定環境ベッド端より後方 2 m にデジタルカメラを設置 垂直に立てた棒を基準とし画面上でカメラが水平になっていることを確認した 図 2. マーカー貼付位置対象者には予め第 7 頸椎 (C7) 第 12 胸椎 (Th12) 第 5 腰椎の棘突起 (L5) 両側上後腸骨棘 ( 両 P

問題 近年, アスペルガー障害を含む自閉症スペク トラムとアレキシサイミアとの間には概念的な オーバーラップがあることが議論されている Fitzgerld & Bellgrove (2006) 福島 高須 (20) 2

情報提供の例

平成18年度厚生労働科学研究費補助金(労働安全衛生総合研究事業)

ロペラミド塩酸塩カプセル 1mg TCK の生物学的同等性試験 バイオアベイラビリティの比較 辰巳化学株式会社 はじめにロペラミド塩酸塩は 腸管に選択的に作用して 腸管蠕動運動を抑制し また腸管内の水分 電解質の分泌を抑制して吸収を促進することにより下痢症に効果を示す止瀉剤である ロペミン カプセル

表紙.indd

を0%,2 枚目の初期接地 (IC2) を 100% として歩行周期を算出した. 初期接地 (IC1) は垂直 9) 分力 (Fz) が 20Nを超えた時点, 荷重応答期 (LR) は Fz の第 1ピーク時, および遊脚後期 (Tsw) は IC1 から 10% 前の時点とした 10). 本研究の

研究の背景これまで, アルペンスキー競技の競技者にかかる空気抵抗 ( 抗力 ) に関する研究では, 実際のレーサーを対象に実験風洞 (Wind tunnel) を用いて, 滑走フォームと空気抵抗の関係や, スーツを含むスキー用具のデザインが検討されてきました. しかし, 風洞を用いた実験では, レー

M波H波解説

博士論文 考え続ける義務感と反復思考の役割に注目した 診断横断的なメタ認知モデルの構築 ( 要約 ) 平成 30 年 3 月 広島大学大学院総合科学研究科 向井秀文

対象 :7 例 ( 性 6 例 女性 1 例 ) 年齢 : 平均 47.1 歳 (30~76 歳 ) 受傷機転 運転中の交通外傷 4 例 不自然な格好で転倒 2 例 車に轢かれた 1 例 全例後方脱臼 : 可及的早期に整復

COP (1 COP 2 3 (2 COP ± ±7.4cm 62.9±8.9kg 7m 3 Fig cm ±0cm -13cm Fig. 1 Gait condition

04_06.indd

研究計画書

医療事故防止対策に関するワーキング・グループにおいて、下記の点につき協議検討する

膝関節運動制限による下肢の関節運動と筋活動への影響

<4D F736F F D20819A918D8A E58D988BD881842E646F63>

rihabili_1213.pdf

シプロフロキサシン錠 100mg TCK の生物学的同等性試験 バイオアベイラビリティの比較 辰巳化学株式会社 はじめにシプロフロキサシン塩酸塩は グラム陽性菌 ( ブドウ球菌 レンサ球菌など ) や緑膿菌を含むグラム陰性菌 ( 大腸菌 肺炎球菌など ) に強い抗菌力を示すように広い抗菌スペクトルを

厚生労働科学研究費補助金(循環器疾患等生活習慣病対策総合研究事業)

当院人工透析室における看護必要度調査 佐藤幸子 木村房子 大館市立総合病院人工透析室 The Evaluation of the Grade of Nursing Requirement in Hemodialysis Patients in Odate Municipal Hospital < 諸

位 1/3 左脛骨遠位 1/3 左右外果 左右第二中足骨頭 左右踵骨の計 33 箇所だった. マーカー座標は,200Hz で収集した. (2) 筋電計筋活動の計測のために, 表面筋電計 ( マルチテレメータ. 日本光電社製 ) を用いた. 計測はすべて支持脚側とし, 脊柱起立筋 大殿筋 中殿筋 大腿

行為システムとしての 歩行を治療する 認知神経リハビリテーションの観点

あった AUCtはで ± ng hr/ml で ± ng hr/ml であった 2. バイオアベイラビリティの比較およびの薬物動態パラメータにおける分散分析の結果を Table 4 に示した また 得られた AUCtおよび Cmaxについてとの対数値

ピルシカイニド塩酸塩カプセル 50mg TCK の生物学的同等性試験 バイオアベイラビリティの比較 辰巳化学株式会社 はじめにピルジカイニド塩酸塩水和物は Vaughan Williams らの分類のクラスⅠCに属し 心筋の Na チャンネル抑制作用により抗不整脈作用を示す また 消化管から速やかに


秋植え花壇の楽しみ方

<82D282A982C1746F95F18D908F57967B95B E696E6464>

歩行およびランニングからのストップ動作に関する バイオメカニクス的研究


化を明らかにすることにより 自閉症発症のリスクに関わるメカニズムを明らかにすることが期待されます 本研究成果は 本年 京都において開催される Neuro2013 において 6 月 22 日に発表されます (P ) お問い合わせ先 東北大学大学院医学系研究科 発生発達神経科学分野教授大隅典

10035 I-O1-6 一般 1 体外衝撃波 2 月 8 日 ( 金 ) 09:00 ~ 09:49 第 2 会場 I-M1-7 主題 1 基礎 (fresh cadaver を用いた肘関節の教育と研究 ) 2 月 8 日 ( 金 ) 9:00 ~ 10:12 第 1 会場 10037


運動器疾患予防靴の開発のための歩行時靴底踏力の計測

い膝関節間距離が変化することから, 膝足比率と同 等の意味を有し, 片脚で計測可能な指標であるため, 3D 膝外反角度および 3D 膝外反モーメントを検出 するために有用な二次元的指標の一つになるのでは ないかと考える. 本研究の目的は,DVJ における 3D 膝外反角度お よび 3D 膝外反モーメ

スライド 1

Microsoft PowerPoint - 統計科学研究所_R_重回帰分析_変数選択_2.ppt

3. 安全性本治験において治験薬が投与された 48 例中 1 例 (14 件 ) に有害事象が認められた いずれの有害事象も治験薬との関連性は あり と判定されたが いずれも軽度 で処置の必要はなく 追跡検査で回復を確認した また 死亡 その他の重篤な有害事象が認められなか ったことから 安全性に問

ギリシャ文字の読み方を教えてください

体幹トレーニングが体幹の安定性とジャンプパフォーマンスに与える影響の検討 体幹トレーニングとしては レジスタンスツイスト ( 以下 RT) を採用した RT とは 図 1 ( 上段 ) のように 仰臥位で四肢を上に挙げ四つ這いする体勢を保持している実施者に対して 体幹が捻られるように補助者が力を加え

2012 年度リハビリテーション科勉強会 4/5 ACL 術後 症例検討 高田 5/10 肩関節前方脱臼 症例検討 梅本 5/17 右鼠径部痛症候群 右足関節不安定症 左変形性膝関節症 症例検討 北田 月田 新井 6/7 第 47 回日本理学療法学術大会 運動器シンポジウム投球動作からみ肩関節機能



課題名

研究成果報告書

<4D F736F F D2095F18D908F D EC96CE816A817C82502E646F63>

研究報告書レイアウト例(当該年度が最終年度ではない研究班の場合)

技術解説_有田.indd

untitled

中京大学体育研究所紀要 Vol 研究報告 ソフトボールのバッティングにおけるストライド長と外力モーメントの関係 堀内元 1) 平川穂波 2) 2) 桜井伸二 Relationship between stride length and external moment in softb

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 長谷川智之 論文審査担当者 主査丸光惠副査星治 齋藤やよい 論文題目 Relationship between weight of rescuer and quality of chest compression during cardiopulmonary r

PowerPoint プレゼンテーション

10 年相対生存率 全患者 相対生存率 (%) (Period 法 ) Key Point 1 10 年相対生存率に明らかな男女差は見られない わずかではあ

第 2 章 構造解析 8

<4D F736F F D A838CA7979D8A7797C396408E6D89EF976C81408A948EAE89EF8ED067656E C8B9E8A4A8DC A837E B8FEE95F188EA C2E646F6378>

運動負荷試験としての 6 分間歩行試験の特徴 和賀大 坂本はるか < 要約 > 6 分間歩行試験 (6-minute walk test; 6MWT) は,COPD 患者において, 一定の速度で歩く定量負荷試験であり, この歩行試験の負荷量は最大負荷量の約 90% に相当すると報告されている. そこ

婦人科63巻6号/FUJ07‐01(報告)       M

運動療法と電気療法の併用 ~シングルケース~

<8FE18A5192F B892E786C73>

セッション 6 / ホールセッション されてきました しかしながら これらの薬物療法の治療費が比較的高くなっていることから この薬物療法の臨床的有用性の評価 ( 臨床的に有用と評価されています ) とともに医療経済学的評価を受けることが必要ではないかと思いまして この医療経済学的評価を行うことを本研

(3) 摂取する上での注意事項 ( 該当するものがあれば記載 ) 機能性関与成分と医薬品との相互作用に関する情報を国立健康 栄養研究所 健康食品 有効性 安全性データベース 城西大学食品 医薬品相互作用データベース CiNii Articles で検索しました その結果 検索した範囲内では 相互作用

Transcription:

脚長差が歩行中の体幹加速度の変動性に及ぼす 影響について 柿本信一 西村拓真林尚孝 秀村碧斗 目 次 Ⅰ. はじめに 71 Ⅱ. 対象と方法 71 Ⅲ. 結果 73 Ⅳ. 考察 74 69

要旨一般的に脚長差が3cm 以下であれば 著明な跛行は呈しにくいと考えられているが客観的な根拠を示すような報告は非常に少ない 本研究の目的は 脚長差が体幹加速度の変動性に与える影響を 加速度センサーを用いて定量化することである 対象者は 健常若年成人男性 12 名とした 腰部に加速度センサーを装着し 補高なし および2cm 3cm 4cm の補高を装着してトレッドミル歩行を行った 結果は 側方方向の加速度データより算出された RMS(Root Mean Square) は 0cm 脚長差 (1.04±0.19m/s 2 ) と比較して 2cm 脚長差 (1.37±0.25m/s2) および 4cm 脚長差 (1.82±0.43m/s 2 ) で有意差が大きかった (p<0.05) しかし 3cm 脚長差 (1.46±0.31m/s 2 ) との間には 有意な差を認めなかった 垂直方向の RMS は 0cm 脚長差 (2.41±0.16m/s 2 ) と比較して 2 cm 脚長差 (2.70±0.22m/s 2 ) および4cm 脚長差 (3.21±0.48m/s 2 ) で有意に大きかった (p<0.05) しかし 3cm 脚長差の RMS(2.81±0.18m/s 2 ) とは有意な差を認めなかった 前後方向加速度の RMS は 0cm 脚長差と各脚長差モデルの間では有意な差を認めなかった 本研究より 健常者であっても2cm 脚長差で体幹加速度の変動性が有意に大きくなったことは 3cm 未満の脚長差であっても 身体機能に影響を与える可能性があり 二次的合併症を予防するための補高などのアプローチの必要性が示唆された キーワード : 脚長差 RMS(Root Mean Square) 加速度センサー 70

脚長差が歩行中の体幹加速度の変動性に及ぼす影響について Ⅰ. はじめに片側の変形性股関節症や大腿骨骨頭壊死 股関節臼蓋形成不全 変形性膝関節症を有する あるいはそれらに整形外科的手術療法が行われると 脚長差が生じることが多く 腰痛や脊柱疾患 神経痛を招きやすいとされている 1 4) 一般的に脚長差が3cm 以下であれば 身体各部の代償で著明な跛行は呈しにくいと考えられているが客観的な根拠を示すような報告は非常に少ない 臨床において 異常歩行の診断や治療の判断材料として測定機器を用いて跛行の客観的定量化することは少なく 主観的な歩行評価に留まることが多い 山田ら 5) は その理由として 従来からの赤外線カメラや床反力などの設置型歩行解析装置は高価な機器であり また測定空間を移動することが困難で なおかつ準備を含めた測定が煩雑で比較的長時間を要し 対象者の負担となりやすいことを挙げている それに対して 近年着目されている加速度センサーを用いた歩行評価は比較的安価で簡便 測定場所を指定する必要がないこと 動作における身体的拘束がないことなどの利点を有する そして加速度データの散布の程度として算出できる二乗平均平方根 (Root Mean Square:RMS) は 歩行中の姿勢変動性を示す つまり RMS の値が大きいほど姿勢動揺の程度が大きく 不安定な歩行であるとされている このように加速度センサーは臨床で容易に歩行異常の定量化が可能であると考える 脚長差が歩行に及ぼす影響について言及した先行文献は非常に少なく 加速度センサーを用いた脚長差と歩行中の姿勢変動性の関係について検討した報告を見つけることができなかった 今回我々は 脚長差が歩行中の周期的な身体重心の移動である体幹加速度の変動性に与える影響を 加速度センサーを用いて定量化することを目的とした Ⅱ. 対象と方法対象者は脚長差を有しない また歩行に影響を与えるほどの整形 中枢疾患を既往歴に有しない健常若年成人男性 12 名 ( 身長 169.8±4.1cm 体重 66.2± 11.3kg 平均年齢 22.1 歳 : 範囲 21 26 歳 ) とした 全員に対して研究の趣旨を説明し理解した上で 同意を得た 測定には Micro Stone 社製の 3 軸加速度計測システム (Wireless Data Recorder MVP-RF8-BC) を用いた このシステムは 加速度センサーと送信器がそれぞれ独立しており センサーで採取されたデータが送信器を介して 71

Bluetooth 送信でパソコン側に送信される 受信された加速度データは3 次元モーション解析ソフトウェアで読み込んだ後 ファイルに記録される 加速度データは Ax( 側方方向 ) Ay( 垂直方向 ) Az( 前後方向 ) で記録される 対象者は第 3 腰椎レベルに3 軸加速度センサーを装着し ( 図 1) 補高なし( 以下 0cm 脚長差 ) 右脚に 2cm の補高 ( 以下 2cm 脚長差 )3cm の補高 ( 以下 3cm 脚長差 )4cm の補高 ( 以下 4cm 脚長差 ) を装着して 脚長差モデルを仮定した 対象者は事前に 各補高を装着し 平地歩行を行った 脚長差歩行に慣れたことを確認し トレッドミル歩行を行った トレッドミル歩行のスピードは 成人男性の平均歩行速度である5km/ 時とした 6) 歩行中の目線を統一するために壁に設置した目印を見ながら歩行するように指示した そして対象者がトレッドミル歩行に慣れたと判断したところから加速度の測定を開始した 測定は0cm 脚長差 2cm 脚長差 3cm 脚長差 4cm 脚長差の順に行った 各測定が終了し 次の脚長差モデルに移行する際に 裸足で2 分間快適速度での平地歩行を行い 脚長差に対する運動学習を消去できるように配慮した 測定時のサンプリング数は 1000Hz とした 山口ら 7) は 踵接地 (Initial Contact=IC) は 腰部に装着した加速度センサーから得られた VT 波形 ( 垂直波形 ) における上方ピークの直前の下方ピークと一致していると述べている 本研究においてもこの方法を参考に 10 歩を特定し 解析の対象とした ( 図 2) 10 歩間の加速度データから RMS を算出し t 検定を用いて 0cm 脚長差と各脚長差モデルの RMS の平均値を比較した すべての解析には Excel 2013 を使用し 危険率 5% 未満をもって有意とした 図 1. 加速度センサーの取り付け位置 (L3) 図 2. 垂直波形上での踵接地期の特定 72

脚長差が歩行中の体幹加速度の変動性に及ぼす影響について Ⅲ. 結果 1)X 軸 ( 側方波形 )( 表 1) X 軸方向加速度データより算出された RMS は 2cm 脚長差 1.37 ± 0.25m/s 2 で0cm 脚長差 1.04±0.19m/s 2 と比較して有意に大きかった (p<0.05) が 0cm 脚長差と3cm 脚長差 1.46±0.31m/s 2 の間には 有意な差は認めなかった また4cm 脚長差の RMS は 1.82±0.43m/s 2 で0cm 脚長差よりも有意に大きかった (p<0.05) 2)Y 軸 ( 垂直波形 )( 表 2) Y 軸方向加速度データより算出された RMS は2cm 脚長差 2.70±0.22m/s 2 で0cm 脚長差 2.41±0.16m/s 2 と比較して有意に大きかった (p<0.05) しかし0cm 脚長差と3cm 脚長差 2.81±0.18m/s 2 の間には有意な差は認めなかった 4cm 脚長差の RMS は 3.21±0.48m/s 2 で0cm 脚長差と比較して有意に大きかった (p<0.01) 3)Z 軸 ( 前後波形 )( 表 3) Z 軸方向加速度データより算出された RMS は 0cm 脚長差と各脚長差モデルでは有意な差を認めなかった 表 1.X 軸 ( 側方方向 ) の RMS 表 2.Y 軸 ( 垂直 ) 方向の RMS 脚長差モデル RMS(m/sec 2 ) 0cm 1.04±0.19 2cm 1.37±0.25 * * 脚長差モデル RMS(m/sec 2 ) 0cm 2.41±0.16 * * 2cm 2.70±0.22 * 3cm 1.46±0.31 3cm 2.81±0.18 4cm 1.82±0.43 4cm 3.21±0.48 平均値 ±SD RMS=Root Mean Square *;p<0.05 平均値 ±SD RMS=Root Mean Square *;p<0.05 **;p<0.01 表 3.Z 軸 ( 前後 ) 方向の RMS 脚長差モデル RMS(m/sec 2 ) 0cm 1.54±0.38 2cm 1.85±0.24 3cm 1.92±0.32 4cm 2.13±0.35 平均値 ±SD RMS=Root Mean Square 73

Ⅳ. 考察脚長差が生じると 歩行中の前額面の骨盤の運動に影響を与え 立脚側股関節の前額面での過度な動きはよくみられる現象であり 体重心は側方へ大きく偏位する原因の一つとなる また両脚支持期では 長い下肢側の腸骨稜は 短い下肢側の腸骨稜より高い位置にある この骨盤の傾斜は 全歩行周期で起こり 矢状面においても周期的な腰椎の前彎を増大させる 8) 一般的には脚長差が3cm 未満の場合は 特に補高を処方する必要がないとされているが 本研究では脚長差が2cm であっても通常歩行と比較して 体幹加速度の変動性が有意に大きくなった 神先ら 9) は若年健常者を対象に 脚長差が快適速度での歩行中の重心動揺の影響を 床反力計を用いて測定した結果 脚長差が3cm 以上になると床反力の垂直成分のみが上昇する傾向にあったと報告している また竹井ら 10) は 健常男性において 脚長差が3cm 以上になると エネルギー消費が増大する傾向にあったとしている 本研究は2cm の脚長差であっても 有意に体幹の変動性が増大したことのは 神先らや竹井らの研究では 快適歩行速度や最大速度でも平地歩行で測定され 本研究では 歩行周期を一定にするためにトレッドミル上で 5km/h の歩行速度を設定したため 個人が日常的に行っている歩行と乖離が生じ 結果として2cm の脚長差であっても歩行時の姿勢動揺が増大した可能性がある 0cm 脚長差と2cm 脚長差の体幹加速度の変動性に有意な差を認めたにもかかわらず 0cm 脚長差と3cm 脚長差の間に有意差を認めなかった理由として 全対象者の測定を0cm 脚長差 2cm 脚長差 3cm 脚長差 4cm 脚長差と一定の順序で行ったため運動学習の影響が考えられる しかし4cm 脚長差では有意性が認められたことに関しては 運動学習で制御できないほどの姿勢動揺が出現した可能性が考えられる 前後方向の RMS が脚長差に影響を受けなかった原因について 以下のことが考えられる まず 本研究ではトレッドミル上で歩行速度を5km/h に設定したために 平地歩行とは異なり 対象者は受動的に一定の歩行速度を保持しなければならず 一定の歩幅を強制されたために 前後方向の RMS が一定になったと考えられる また脚長差モデルでは 歩行中 各面において股関節 膝関節 足関節のストラテジーが作用したことが推測される 矢状面では 前額面と比較して 下肢の関節の運動範囲が大きいために股関節や足関節ストラテジーが作用しやすかったことが 前後方向の RMS が脚長差に影響を受けにくかった1つの要 74

脚長差が歩行中の体幹加速度の変動性に及ぼす影響について 因になったとも考える 本研究より 健常者であっても2cm の脚長差で体幹加速度の変動性が有意に大きくなった これは変形性股関節症などのために脚長差を有する患者では 複数の機能障害が跛行に関与する可能性があるため 3cm 未満の脚長差であっても 二次的な合併症を予防するために補高を処方する検討を行うことが重要であると考える 今後の課題としては 以下のことを挙げる 本研究では体幹加速度の変動性を測定したが その左右差の程度を特定することができなかった またどの歩行周期に変動性が増大するのかは明らかではない 今後は筋電図計や三次元解析装置を用いて これらを明らかにすることで 脚長差を有する患者に対する適切なアプローチ方法を検討していくことができると考える また患者を対象とした臨床的な応用が必要である 本研究の反省としては 各対象者が0cm 脚長差から4cm 脚長差まで一定の順序で測定を行ったことで 運動学習効果が現れたと考える 脚長差モデルをランダムに設定することで 運動学習効果を妨げたのではないかと考える 本研究の限界として 脚長差モデルでは足底より遠位の長さを延長させているが 臨床で股関節疾患 外傷などで脚長差が生じるのは 股関節部あるいは大腿長であることが多い また 補高を装着することは足底に通常とは異なる感覚を生じさせた可能性もある これらは本研究の結果が 臨床に応用する際の限界として 配慮されるべきである 本研究を通して 井上由里先生 本学の学生には 多大なるご協力をいただきました このご協力に感謝し ここにお礼を申し上げます 参考文献 1) 山田実, 他. 体幹加速度由来歩容指数による歩容異常の評価 - 歩容指数の変形性股関節症患者と健常者との比較, および基準関連妥当性 -. 理学療法学第 33 巻第 1 号 14-21 頁,2006. 2) 大浦徹男, 他. 脚長差が生じた人工関節置換術後患者における下肢荷重バランスについて 補高前後の下肢荷重バランスの検討. 東北理学療法学第 20 号,56-60,2008. 3) 本多裕一, 他. 補高による脚長差歩行が股関節周囲筋に及ぼす影響 筋電図を用いた検討. 理学療法福岡 27 号,2014. 4) 寺本喜好, 他. 脚長差が直立姿勢に与える影響. 運動生理 9,171-175,1997. 5) 山田実, 他. 加速度計を用いた女性変形性症疾患における歩容異常の客観的評価法の検討 - 歩容指数の妥当性および機能障害との関連について. 日本臨床バイオメカニクス学会誌 Vol.26,2005. 6)8)GUY SIMONEAU. 歩行の運動学.Donald A Neumann( 編 ), 筋骨格系のキネシオロジー, 東京, 医師薬出版株式会社,707,695,2012. 7) 山口良太, 他. 体幹加速度波形を用いた歩幅推定における妥当性と信頼性の検証 健常若年成人における裸足および脚長差モデルを用いた検討. 理学療法科学 25(1),61-65,2010. 9) 神先秀人, 他. 脚長差がによる歩行中の重心移動への影響. 運動生理 8(2),103-109,1993. 10) 竹井仁, 他. 脚長差が歩行に及ぼす影響. 理学療法学第 21 巻, 学会特別号 ( 第 29 回青森 ),1994. 75