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機器分析化学 3.核磁気共鳴(NMR)法(1)

Transcription:

1) 放射光による元素選択的磁気測定とそのナノ物質科学への期待 堀秀信 1) 山本良之 北陸先端科学技術大学院大学 マテリアルサイエンス研究科, 923-1292 石川県能美市旭台 1-1 2) 秋田大学 工学資源学部, 010-8502 秋田市手形学園町 1-1 2) 1. はじめに最近ナノサイズの科学研究が盛んである 我々は ナノ科学の最大の特徴が イオンなど原子の電子構造が中心となって表現される物性とも 結晶周期性を基本とするマクロな物質科学とも異なり 原子クスターとして共通な特徴的機能発現をする所にある として それが実際に存在する事を期待して実験的研究をすすめて来た 我々は その最も特徴的な性質は ナノ粒子の表面と内部という異なった物理的環境下にある原子同士の結合の存在と その構造に伴う量子効果が関与した物性発現 を期待している この応用面の期待としては ナノ構造に由来する量子効果が室温での強い温度揺籃を超えて生き残る可能性に注目している しかし現段階でこれ等の狙いに十分答える明確な現象が見られないように思われる このような中 我々は Spring8 での実験を通じて 最も単純なナノ構造である微粒子 ( ナノ粒子 ) の磁気偏極現象について一つの明確な実験結果を得た ここではその話題を中心にそれから派生する問題を紹介したい 1) この講演では貴金属ナノ粒子の磁気偏極を直接実証する手段として Spring8 における元素選択的磁気測定の手法が重要なポイントとなり その結果を基礎に従来の方法による観測結果からも新たな議論が展開出来るようになった事 さらに新規磁性材料創出の見通しについても説得性のあるものになる事を紹介したい 図 1. Au ナノ粒子磁化過程の保護材依存性 Au の直径は 2.5nm 温度液体 4 He 温度

貴金属の Pd, Pt, Au はいずれもバルク金属状態では非磁性金属として知られている しかし図 1 にその例を示ように 通常の磁気測定を基にして これ等の貴金属はナノサイズまで小さくすると強磁性スピン偏極する結果が幾つか発表されていた 1) しかし貴金属である Pd や Pt はバルク状態で 磁性不純物により巨大磁気モーメント効果のため磁性出現について不純物説が常に付きまとう事 加えてナノ粒子間を分離している保護材がラジカルを形成して常磁性が生じ得る事など 幾つかの点で根本的な疑義を差し挟む余地があった そもそも今までは ナノサイズ化よる磁気偏極の可能性についての物理的メカニズムが解っていないため 殆ど認知されていなかったという状態であった さらにナノ粒子に対する ESR 観測の結果がバルクの結果とは大きく異なり 異常な結果を示していることが現象理解の難しさを助長してきたといえる たとえば図 2 に示す磁気共鳴の結果はいずれの貴金属ナノ粒子試料においても 明確な第二高調波吸収が観測される ナノ粒子試料では 通常のバルク磁性体では 見出す事が殆ど不可能な第二高調波吸収が 実際に明確に見られる この主吸収線に対する強度比は全く非常識といって良いほど強いほどのものでそのメカニズムの理解は無視できないと言って良い また主吸収線の近くにもかなり強い側帯吸収が観測される この事も異常と言って良い 実際その側帯吸収はパウリ常磁性の Pd, Pt と反磁性の Au とで主吸収線に対して 互いに反対の磁場位置に観測されている このような問題の他最近では まったく磁気偏極とは縁がないと思われる化合物半導体においても ナノサイズでは磁気偏極しているのではないかという報告が見られるような状況になっている 図 2. 貴金属ナノ粒子の ESR 吸収プロファイルの温度変化 破線が第二高調波吸収の位置 粒径 ~2.5nm. Au の ESR の高磁場側帯吸収を明確に示すため 20K の微分データーも磁場を揃えて示してある

2. XMCD による Au ナノ粒子の元素選択的磁気測定とその意義 前節の状況下で 他の色々な可能性を排除して直接的にナノ貴金属粒子の強磁性磁気偏極を実証する必要性が求められて来た その実験のため我々は バルク状態の Au が持つ電子構造が理想金属に近く しかも酸化など化学反応的にも安定な事に注目し 曖昧さの少ない試料として それをターゲットとしてより直接的な磁気偏極観測の方法を検討した そして Au から発せられる固有の X 線を利用した XMCD による磁気偏極観測が最も直接的な方法と考えた この実験は Spring8 に その高性能 XMCD 装置による元素選択的磁気測定により Au の磁気偏極を確かめる実験として提案された その実際の実験結果は 図 3 に示すように磁化の磁場依存性と温度依存性としてまとめられた 2) それ等は超常磁性として SQUID メーターによって観測された結果と一致すると言って良い これにより Au 自身がナノ粒子の状態で強磁性的磁気偏極をしている事が直接証明できたと言ってよい この結果逆に 今まで SQUID により得られた磁化曲線や ESR 吸収形の特異性の磁気的起源が Au 自身に依るものとして ナノサイズ領域の磁気偏極の重要な情報を含んでいると言う事になった この他 粒径依存性も XMCD の結果と SQUID メーターの結論はほぼ一致していると言って良い 図 3. Au ナノ粒子の XMCD による磁化測定 A) 磁化の磁場依存性 B) 磁化の温度依存性 特に粒径が 2~3nm 前後のナノ粒子は表面原子数と内部原子数がほぼ同じ位である この表面と内部の関係がナノ粒子磁性の大きなポイントで ESR 信号の側帯吸収と第二高調波吸収の異常性はそれに由来していると思われる 図 2 に示す ESR の側帯吸収線の結果は その事を支持していると思われる 1) 図 2 で不明確な Au についても図 4 に示すように 第二高調波の吸収強度が非常識と言えるくらい強い つまりこの現象は貴金属ナノ粒子全般で観測されていると言える ナノ粒子全体を一つの磁石とみなした才差運動励起が主吸収線であるとして

超常磁性モデルでの第二高調波吸収はナノ粒子の内部構造を反映する一種のスピン励起が起源と考えられる その非線形性は何に由来するかが問題である 図 1, 4 で その強度と磁化の大きさの関係を見ると その磁性の起源は ナノ粒子独特の第二高調波の起源を反映しているものと思われる その非線形性効果の起源としては 表面と内部の空間的な非一様性に依ると考えるのが一番自然であろう 例えば表面での強い電場勾配はスピン軌道相互作用として働き 何らかの g- シフトがあっても不思議ではなく 表面と内部で g 値の異なるスピン系が形成され得る もしこの両スピンの間に磁気的相互作用が働いていれば非線形カップリング モードの出現が可能になる こうした磁気偏極の起源についての分析には Spring8 の元素選択的磁化測定装置の更なる高感度 高分解能化による ナノ粒子内部の構造分析が必要とされる それによりナノ粒子内部の構造分析に基づいたメカニズムの解明が可能になるものと思われる 図 4. Au ナノ粒子の ESR 吸収プロファイルの保護材依存性 DT 以外の保護材の時 Pd, Pt と同じ位の第二高調波強度となるが この傾向は磁化測定でも見られる ナノ粒子磁性のメカニズムでキーとなる保護材の役割の重要性を示す例として図 4 に Au ナノ粒子の ESR 信号の保護材依存性を示す これを図 1 と比較し 保護材依存性を考えると 第二高調波の主吸収線に対する相対強度の変化と飽和磁化の間に密接な関係が見て取れる 一番共有結合性が弱いと思われる PVP に比べ 一番相互作用が強いと思われる DT と約 10 倍近くの飽和磁気モーメントの違いが見られる この結果 保護材と金属の間に反強磁性の共有結合性 つまり交換相互作用が実際に効いている事を示唆している この事は保護材を通じた磁

気相互作用の効き方によっては 試料全体がナノ粒子を単位として保護材により強磁性結合した磁性体の存在可能性を示唆している 3.Pd/Ni ナノ合金磁性の物性 : ナノ粒子の応用に向けてナノ磁性の科学としての新規性と応用可能性を示すため Pd ナノ粒子に Ni を添加していく実験の結果を紹介する すでに Pd のほか Pt についても バルクでパウリ常磁性であるにもかかわらずナノ粒子状態で自発磁気偏極するという結果を得ている この ESR 観測で重要な点は両イオンの最外殻電子配置にかなり違いがあるにもかかわらず 図 2のように両者の ESR の吸収プロファイルは殆ど同じと言って良い 図 4も参考にすると ESR が関与する電子スピンの環境は各イオン殻の電子配置の違いは殆どなく ナノ領域の電子ガスとしての特徴がパウリ常磁性か 反磁性であるかの違いとして側帯吸収に効いている事を示している しかし磁気偏極の本質的起源をどこに求めるかはまだ明確には解っていない 図 5. Pd/Ni ナノ合金試料の粒径分布の Ni 濃度依存性 試料作成で 最初に 2.5nm の Pd クラスター殻を形成し その後殻表面に Ni を導入していくプロセスで生成 図のナノ合金モデルは 作成温度が室温のため Ni の Pd 殻への拡散はない仮定を根拠にしている 図 5 に実験で使用した Pd/Ni ナノ合金試料の粒径分布とその構造モデルを示す 試料作成では まず直径 2.5nm の Pd ナノ粒子を形成し その後 Ni を添加していく このため Ni 濃度の変化は Pd 表面に堆積していく形の濃度変化のモデルである 図 6 には対応する磁化の濃度依存性を示している この図で注目されるのは 15% 以上とそれ以下で濃度の磁気モーメントの変化率が大きく異なる事と 最低 Ni 濃度で モーメントがステップ状に変化する事である これ等の変化は Ni 一個が複数のモーメントを磁気偏極する効果を示している 特に Pd 殻をほぼ Ni で覆う濃度である Ni-50% 濃度におけるモーメントは明らかに Pd が Ni よってスピン偏

極され Pd が Ni 同じモーメント 0.6µ B を持つ事を示している 図 6. Pd/Ni ナノ合金磁化の Ni 濃度依存性 結果の吟味は本文に示した 図 7 には各濃度変化に対応する ESR のプロファイルが示されている これで解る事は ~ 20% 以下まででは磁気共鳴の形状はそれほど大きく変化しないが Ni- 濃度 50% 以上の試料では大きく変わる つまり低濃度の超常磁性から高濃度の強磁性状態へ変わっていく事を反映しているものと思われる それは ESR の大きなスペクトル幅は大きな磁気双極子相互作用の存在を意味し Ni 不純物濃度の影響は主吸収線に対する低磁場側側帯吸収の強度とスペクトル幅の増加に現れている Ni-99% 濃度の吸収カーブでは純 Ni の極めてシャープな磁気共鳴も 320mT 付近で現れているものと思われる これが出る理由は我々の 99% 試料で分布の乱れから生じた Ni-100% の強磁性粒子の存在を反映すると思われる このモデルで面積強度を比較して 100 %Ni 粒子試料が出来るという度合いを評価するとその割合は 1% 以下と考えてよい また 50 %Ni で目立っている低磁場のシフトは生じた双極子モーメントの分布が非常に広い事を意味する むしろ表面と内部の物質の主役が Ni である 99% の試料ではスペクトルシフトが小さいことが注目される 4. ナノ科学将来展望ナノ粒子は 表面ポテンシャルに由来する表面張力 もっと一般に化学活性が生み出される効果が大きい特徴を持つ物質である そして表面と内部の粒子間の非線形粒子間相互作用が効いている物質としてナノ粒子の特徴を生み出されている事が予想できる その非線型相互作用の効果が 異常と言って良い RSR の第二高調波吸収の起源と考えてよいと思う そのようなナノ粒子表面の化学活性を抑える保護材とナノ粒子の相互作用が マクロなサイズまで生き残

る新しい物質構造を決めているのであろう そのようなナノ粒子は 特徴ある物性を出現させて バルクともイオンとも異なる性質が直接現れるナノ粒子独自の物質群が形成できる事を予想させる これ等の応用として例えば ナノ粒子の磁気モーメント誘起の物質を創出する事は 希少金属 特に希土類金属を使わなくとも大きなモーメントを持つ磁性体創出の可能性を期待させる 3d 遷移金属が ナノ粒子を形成すると量子力学的効果や軌道角運動量が大きく効いたクラスターが形成され その大きな合成スピンを基本として 保護材の共有結合性を利用した強磁性体創出が可能になれば 稀少金属獲得問題に対する解答として実現可能性が高い そうなれば 稀少金属獲得の問題を回避する手段となるであろう 本講演では今までの我々の仕事をまとめ 特に表面と内部原子の間の相互作用と保護材を介したナノ粒子間結合が重要である事を強調した その事を最も明確に反映するのが 異常に強い第 2 高調波吸収の強度観測であり ナノ粒子の内部と表面磁性の結合の新規な可能性を持っていると言って良い またナノ粒子独特の応用の広さも期待できるであろう この背景となるモデルを具体的に確かめ メカニズムを明らかにするには XMCD 装置のより高性能化が必要となるであろう 図 7. Pd/Ni ナノ合金の ESR 吸収の Ni 濃度依存性 特に高濃度で大きなスペクトルの形状変化が見られる

参考文献 1) 本文の実験データーと基本的な考え方及び関係参考文献は次の二つのレビューにまとめられている 堀秀信 山本良之 : 金ナノテクノロジー その基礎と応用 第 15 章 P198-205 ( 監修春田正毅シーエムシー出版 2009 年 3 月 ) 堀秀信 山本良之 :J.Vac.Soc.Jpn. 51 No.10 (2008) の解説記事 2)Au ナノ粒子のより詳しい XMCD 実験の詳しいまとめは次に解説されている 山本良之 堀秀信 :Butsuri ( 日本物理学会誌 ) 62 (2007) 604.